「(倫理学的)道徳心理学」関連文献資料

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目次

1. 邦語書籍
   JB
2. 邦語論文
   JA
3. 欧語書籍
   FB
4. 欧語論文
   
FA


   

   1. 邦語書籍



・波多野ED.
・認知心理学講座4:学習と発達
・東京大学出版会 1982.
・INAGAKI.K.,/BERLYNE.D.E.,MARKMAN.E.M.,SAITOU.J.,
・稲垣:「認知への動機づけ」:好奇心:拡散的(diversive);特殊的(specific)、知的好奇心、既有知識(169)、概念的葛藤・不調和(116)、/メタ認知、理解する(126)、文化、学び方の学習(130)、
・AUS:波多野/稲垣『知的好奇心』
98.「退屈ないし情報への飢えより生じ、はっきりした方向性をもたず、幅広く情報を求める傾向は拡散的知識人とよばれる。」/「われわれの行なう情報収集行動は、....。“これについてもっとよく知りたい”、“あそこのところがどうしてこうなるのか知りたい”といった特定の情報の取得をめざした行動も多い。....これを生ぜしめる好奇心は、....特殊的好奇心とよばれる。」
130.「われわれの文化が“効率”を重視するあまり、より深い理解への動機づけを妨害する“メタ認知”が、人々のうちにつくり出されることもある。」(see +125:「斎藤[1979]の子どもの例は、....。“問題ができて答えがあえばよい”と思っている子どもたちが、原理を教えようとする教師の説明に、いかに抵抗していたが、“ちっともわかろうとせずに”と斎藤がこぼすほど、長いこと学習がすすまなかった原因ともいえるからである。」)


・ミュアヘッド
・倫理學講義
・啓文社書店 T.13.(市川一郎訳)
・MUIRHEAD,BENTHAM,
・P2:C1:道徳的判断んP対象:15;行為とは何ぞ、動機・結果、志向(INTENTION)(94)、
・THE ELEMENTS OF ETHICS,3RD.RD.の訳
94.「ゲンザムは動機を、その為めに動作がなさるゝところのものと定義し志向intentionを、その為に或ることがなさるゝところのものと、それに拘はらず或ることがなさるゝところのものとの二つを含むものとして、此の両者を區別した。....それの為めに動作せらるゝ目的或は結果は、勿論志向せらるゝものであるけれども、それは単に志向の一部に過ぎず、而してそれは特に『究竟の志向』ultimate intentionとして志向の他の部分と區別せらるゝことがあるからである。また一方に於ては、採用せる中間の段階即ち手段の結果は、志向の一部であるけれども動機の部分ではない。」
付録 第二 本書に依て解答し得る 文檢修身科問題集:2.動機論と結果論の是非如何(14回本試)第二十節より第二十四節、


・フランク.M.
・ハーバーマスとリオタール
・三元社1990.
・HAB.,LYOTARD,SCHLEIERMACHER,
・論拠、実質的、合理的動機づけ、争い←同一の対象、対話、
・98.論拠の妥当は、想定されている。→論拠に対する唯一理性的な態度は、自分に対立する審級に耳を傾けるという拓かれた態度である。
99.HもL同様、文間の移行に必然性が無いことを認める。しかしHは、ここにアポリアが在ると断言してすませるLと異なる。この必然性の欠如という事態のなかにこそ、議論の特有な問題性格があると考える。この議論が「実質的」と呼ばれるのは、それが、もっぱら演繹によって「強制される」のではなく、むしろ「合理的動機づけ」によった生みだされるからである。
100.争い←同一の対象に対して....の時。CF. S. 確かに、解釈の違いは、争いあうもの同士が争いの対象や対話ゲームを同一の術語で規定することを妨げる場合も在りうる。しかし、こうした差異も、理解しあおうとする目的について一致があって初めて、しかるべき差異になりうる


・福田俊章
・理性の自己矛盾としての実践的二律背反
・倫理学年報40.1991.
・KANT,
・実践的二律背反、動機、幸福、最高善、経験的実践理性、至福(浄福)、弁証論、
・83.英知的幸福とも言うべき「浄福」
84.Kは、ストア派は幸福を「人間的欲求能力のBESONDERESな対象」とみなそうとしなかった(OR.228)と批判。
84.主体的動機に関してのみならず、意志の対象に関してもまた道徳法則が十分な規定根拠であることも、《分析論》の〈動機論〉で確定している。
87.実践的二律背反:
  定立:「幸福への欲望が徳の格律への動因である」
  反定立:「徳の格律が幸福の作用原因である」


・黒田亘
・行為と規範
・勁草
・KURODA,MOORE,ARISTO.,ANSCOMBE,WITT.,KANT,KRIPKE,SEARLE,SOCRATES,DAVIDSON,HUME,PLATON,BENTHAM,MILL,RYLE,RAWLS,LOCKE,
・行為、規範、自然主義的誤謬、意志行為、功利主義、欲望、正義、約束、契約、ゲーム理論、囚人のディレンマ、動機、原因、因果、理由、
・101.快楽をある種の肉体的な苦痛と対比されるべき感覚的体験とする通念 ← 18世紀前半あたり。
106.快:認識の働きと不可分。


・永井均
・『〈私〉のメタフィジックス』
・勁草書房1986.
・NAGAI.H.,ANSCOMBE,
・意図の理由は自己利益的であらざるをえない、動機と動因、理由と原因、
・117.《つもり》(意図)の知には、感覚の知の場合と同種の不可謬性が付与されている。         /117.通常の場合、観察にもとづかない意図の知は、観察にもとづく行動の知と、分かちがたく一体化している。しかし、その分断が《可能》であることをAの思考実験は示している。そして、行為の意図と外的な観察が可能な行動とが一致している場合にのみ、意図的な行為が成立していると言える。
119.意図(意志)には必ず理由がなければならない。そしてその理由は自己利益的で《あらざるをえない》。  →『人』は、自己利益に貢献しないことを意図的に行うことは、いわば《定義上》できない。
121.RATIONAL SELF-INTERESTにおける動機と動因、理由と原因の《幸福な一致》は、一方では無動機の欲求としての衝動の存在によって、他方では無動因の要請としての道徳的諸要求の存在によって脅かされている。


・永井均
・『〈私〉のメタフィジックス』
・勁草書房1986.
・NAGAI.H.,ANSCOMBE,
・欲求(WANT)、狂人、動機と動因との幸福な一致の欺瞞性←無理由な欲求の事後的合理化
・128.N A.:「人が何かを欲する場合、その望ましさがどのようなものであるかを提示するまで、彼は、なんおために、またいかなる点でそれが望ましいのかを、つねに尋ねられうる」   しかし、Aの言うのとは違って、常に実際に答えうるわけではない。答えられない場合:狂人。130.更には:常にでもしばしばでもなければ『人』も、理解不可能な欲求をもつことが可能である。--合理性の裏付を欠く欲求=衝動。
131.しかしまた:『人』は自分の行動を正当化せざるをえない。→無理由な欲求にも後から理由を与える。  その結果:その種の欲求による行動もあたかも意図的な行為であるかのように当人には思われ、あるいはむしろ、その時点ではすでに意図的な行為になってしまっている。−−133.動機と動因との幸福な一致の欺瞞性。
138.自己利益をまったく優先しないような行為は原理的に在りえぬ。


・日本道徳性心理学研究会ED.
・道徳性心理学
・北大路書房
・KOHLBERG,ERIKSON,HARTSHORNE.H./MAY.M.A.,
・道徳性心理学,人格,自我発達,道徳的認知構造,徳,道徳性とは,
・17F. ERIKSONは各段階の心理・社会的危機WP克服し発達課題を達成した時に生じる,その段階に特有の基本的な人格的強さを,"VIRTUE"とした。...VIRTUEの獲得とは,道徳性の内容の獲得ではなく,道徳性を支える力の獲得といえる。
52F. KOHLBERGは,道徳性を,性格特性OR特性の束としてみる立場や,個別的な行動や知識の学習の結果としてみる立場に対して反対する。∵CF HARTSHORNE/MAYの研究結果からは,状況を越えた個人の〈特性〉,例えば「正直な性格」のようなものは想定しにくい。また...
Kはこれらに代えて,道徳的認知構造という概念を提出。
発達の過程とは:自分のもつ道徳的な考えの枠組みでは矛盾を生じさせることが認識され,その矛盾を解消するような新しい枠組みを構成すること,である。


・菅豊彦
・リアリズムの擁護

・KANN.T.,MURDOCH,MCDOWELL,ANSCOMBE,KANN.T.,
・価値の直覚主義、リアリズム、客観性、徳の内在的把握、プラス2、内在主義的言語観、実在(価値)への傾聴、
・100.「黄色」や「プラス2」といった言葉の理解が通常の正当化モデルで説明できないことを示し、「価値の言葉」の理解の場合にはその同じ構造が強く働いていることを指摘したい。
102.....→言葉の理解や意味をその言語使用から超越した、外在的視点から説明することはできない。MACDOWELLはこの「内在主義的言語観」を取るが、私もそれに従いたい。
103.徳の内在的把握。−−ここから捉らえられた行為や意志は.....とは異なる。
103.徳ある人は彼が直面する、無数の記述を含む状況の内である記述(相貌)に目を注ぐ能力をもつということであろう。
103.意志≠選択するもの、=実在(価値)への傾聴(従属)。


・バーク.K.
・動機の文法
・晶文社 1982.
・BURKE.K.,HITLER,BENTHAM,
・動機の文法、象徴、暴露、言語批判(180)、中立的な語彙(201)、象徴的去勢、功利主義(298)、/劇学DRAMATISM、N BURKE:哲学=決疑論(481)、
・117.「自己関与的self-regarding」動機の観点で「外部関与的extra-regarding」動機を扱ったB.
119.この同じ関係の稀釈された俗化版としてわれわれがよく使用するのは、「物質的関心」を「美辞麗句で蓋う」ために用いられる理想化する語彙である(このことばはB.の『行動の源泉の表』に出てくるものだ)。そしてもろもろの「暴露」技術は一貫してB.の線上での還元を狙う。つまり、道徳的美辞麗句の下にかくされている「物質的関心」を暴くことを狙いとする。
298.B.は....修辞や詩の「説教好きな」用語を避け、それに代えるに「中立的な」科学的語彙を確立しようという計画を樹てることで、自分自身に対して、一種の「象徴的去勢」を行なったのである。


・バーク.K.
・文学形式の哲学
・国文社 1974.
・BURKE.K.,HITLER,BENTHAM,CORLERIDGE,MANNHEIM,FREUD(116),
・『我が闘争』、芸術と権力、象徴的行為、文体:アイデンティフィケイションIDENTIFICATION、BENTHAM=暴露家(92)、動機の戦略、暴露の戦略(191)、個人のアイデンティティ(288)、詩的アイデンティティ(288)、象徴劇と生活劇(292)、
・92. 動機の戦略:三種:1.BENTHAM:「暴露家」としていわば「底辺から上方へ向けて」動機を論じたがる。2.CORLERIDGE:動機づけ=「悲劇的」。つまり「威厳付け」、「上から下へ」の方向で人間の動機を考える。3.MARX:動機の「党派的戦略」。4.MANNHEIM:動機に関し「二次的レヴェル」での一般化、「documentary」展望といったものを行なう。
290.「文体」はアイデンティフィケイション(帰属対象の確認による自己主体の確認)の一様相である。
228.コルズィスキイはアイデンティフィケイションの過程をはっきり攻撃することで、彼の原子論的、反権威主義的立場を正確に提出。/アイデンティフィケイションの問題を表面にとり出して取り扱ってはじめて、権威に対する人々の積極的な、もしくは否定的な反応を描き出せるわけである。


・ヒルマン.J.
・魂の心理学
・青土社 1997.
・HILLMAN.J.,FREUD,
・魂の心理学、情動の脱人間化と脱道徳化、ギリシャのヒューマニズムの非人間性、ルネサンスの心理学、ルネサンスの視覚、絵画、遠近法、新プラトン主義、占星術、
・AUS:越智道雄IN朝日1997.04.06.
393.ルネサンス絵画の新しいパースペクティヴには心理学的な背景があるにちがいないのだ。....ルネサンスの視覚visionを深めた「第二の視点」は、古典古代のそれであった。....遠近法は、科学の進歩空想とか客観的観察の空想の中で発展したのではなく、むしろ異教的古代の模倣として発展したのである。....394.フィチーノが創作し歌った占星術的な歌曲....。/プラトン主義


・山下重一
・ジェイムズ・ミル
・研究社出版 1997.04.2400Y.
・YAMASHITA.S.,MILL.J.,MACKINTOSH.J.,BENTHAM,
・功利主義、功利性≠動機、哲学的急進派、
・147.山:「個々人の幸福と社会の幸福とを世論と法律の力によって調和させようとするベンサムの功利主義論」
165.哲学的急進派:「ベンサムの功利主義理論を信奉し、ジェイムズ・ミルを中心としてベンサムの改革構想を実現しようとして結集した知識人グループ」。1810年の後半から徐々に姿を現わし始めた。
233.MACKINTOSH指摘:B.は功利性が動機でなければならないと主張した< M.指摘:「B.氏は、道徳の原理は動機であるとは決して言わなかった。彼の動機の理論は、道徳性も不234.道徳性も、動機に属するのではなく、精神的過程の別の部分に属するということであった」。B.が行為の道徳性が全面的に意図に依存すると論証したことを強調。


・マッキンタイアMACINTYRE.A.
・美徳なき時代(PRG:AFTER VIRTUE)
・みすず書房1993.
・MACINTYRE,BENTHAM,MILL,
・徳、共同体、情緒主義(情動主義)、啓蒙主義、功利主義、社会改革への動機、(WHY BE MORAL?)、幸福概念の改革、
・7FF.今日の道徳的不一致の本性と情緒主義の主張:
64FF.なぜ啓蒙主義の企ては失敗せざるをえなかったのか:
78FF.啓蒙主義の企ての失敗がもたらした諸結果:
78. 「伝統的な道徳には、彼[B.]の見解によれば迷信が滲みわたっていた。これに対して、人間の行為の動機とは快楽に引きつけられたことと苦痛を嫌悪することだけであると理解して初めて、私たちは啓蒙された道徳の諸原則を述べることができ79る。」
79.B.< M.:「社会改革者が他の仕事ではなくこれらの特定の仕事に従事する動機を自分で見出せるためには、今ここでの社会改革者自身の幸福に対する啓蒙された考慮が、18世紀末と19世紀初期のイギリスのような未改革の法的・社会的秩序においても、厳然と最大限の幸福の追求に至るだろうということが成り立つ必要がある」−−N MILL:これは真でない。 → 改革を必要とするのはB.の幸福概念のほうだ。


・竹田青嗣
・夢の外部−−ポスト・モダンのために
・現代批評の遠近法 夢の外部 講談社学術文庫 1998.(ORG:1989.)
・TAKEDA.S.>KARATANI.K.,NIETZSCHE,ASADA.A.,HASUMI.S.,
・夢への無根拠な疑い=知性の倫理<動機が必要、ポストモダニズム=ニヒリズム、形而上学、構造論、
・110.「つねに無根拠に自分の属する共同体のシステムや規範を絶対的に疑いつづけること。そこに「知性」の「倫理」があり、「実存」の絶対的な場所がある。そうK.は言っている。」=111.「つねに自分の「夢」を絶対的かつ無根拠に疑いつづけること、それが人間の実存のありようなのだとK.は言う。」 < 「しかしじつは、ひとが自分の内属する「夢」を疑うためには何らかの”動機”が必要なのである。」
111.「ポスト・モダン的思考[CF.浅田、蓮實]が前提しているのは、わたしたちが「夢」の内部にあるかぎり決してその不全性を根本的には振り払うことができない、という一種のニヒリズムである。そしてこの思考は、いわば「夢」の外にだけ、人間の本来のありよう..があると考える。こういう思考をすでにN.が繰り返し形而上学として批判したのだが、おそらく現代のそれをもたらしたのは、ポスト・モダン思想が内に含む”構造論”的視線にほかならない。」


・蓮見重彦/カラ柄谷行人
・闘争のエチカ
・河出文庫・文芸コレクション
・KARATANI.K.,
・天使・人間、意味という病、共同体、動機なし、
・「私はかつて、「意味という病」にとりつかれて時間的な方向に突き進んだひとりの男について書いたことがあります。その男は、前方においてなにかが実現されるという観念にとりつかれて行動してきたのですが、それが幻影でることを知ったとき、彼はもはやそのような言葉や意味と闘うことをやめます。しかし、そんなことなど知らずただ共同体の秩序によって生きているだけの人間に対して屈伏することは拒むのです。/..../彼は、魔女の言葉と闘うことをやめます。しかし、それは意味や根拠をもとめることをやめ16るだけです。それは、悲劇としての反復を拒絶することです。本当は、それから彼の闘争が、あるいは反復が始まるのです。この闘争に、「理由」や「動機」はありません。たんに自分を殺そうとする敵が眼前にいるからにすぎません。/....さしあたって、われわれの闘争は、「天使」になろうとする「人間」たちに対するものです。つまり、外部を消去しようとする者たちです。彼らは天使ではけっしてありえないし、天使の無力も知らない、たんに人間を支配しようとする人間(魔女)でしかありません。彼らは、私に「動機」がないというでしょう。たしかに、私は「動機」をもっていない。....元「天使」は、互いに元「天使」であることを識別できます。それは、もう人間的連帯とはちがった連帯です。そういう連帯の挨拶を、ひそかに送りたいと思います。」


・マッキーMACKIE.J.L.
・倫理学
・晢書房 1990.
・MACKIE,STEPHEN.J.F.>MILL,LOCKE,NOZICK,
・利己主義、財産の所有権、自由への介入、パターナリズム、道徳への動機、WHY BE MORAL?(274)、道徳的理由と自己利益の合理性、
・「「....めざして、行動する人」を、「人類への私心なき愛情を持つ人」と対照させる。後者は「不特定の数の未知の人々を理論家の言うところの幸福という状態にもたらす手段についての、お気に入りの理論への狂信的執着以上のものではほとんどなく」、「人類一般への愛情を、特定の人々へのあらゆる種類の暴力の理由にすることができる」人ではないだろうかとS.は疑っている。」(S.,Liberty,Equality,Fraternity,1873.)
260.N MILL:ある人の自由への介入には:「その人本人の善は....十分な根拠ではない」;しかし:「本人の善は「彼をいさめ、彼と議論し、彼を説得し、彼に嘆願す」ための理由にはなる」
274.「「なぜ私は道徳的であるべきなのか」という問いを片づける簡単なやり方がる。」:同語反復;命題=偽。「しかしこの答えは表面的で、問題をはぐらかしている。本当の問題は、例えばS.が考えたように、道徳的理由と自己利益の合理性との間に解決できない対立があるか、....


・山下重一
・J.ミルのベンサム論 上・下
・国学院法学 30-2,31-1.1992,1993.
・YAMASHITA.J.,MILL.J,BENTHAM,MACHINTOSH.J.
・法学≠立法の科学(52)、「遅延の誤謬」(B.54)、動機≠意図(=よい結果への予測)(32,36)、急進的改革派≠自由主義的ウィッグ、倫理学を法学的JURIDICALLYに取り扱う、功利主義、
・48. 「MAC.は....自由主義的ウィッグであったが、M.の立場から見れば、局部的な微温的な改革を提案することによって根本的な改革を回避しようとするが、或る意味では....トーリーよりも危険な敵であった。」

32. MAC.:「彼[B.]も彼の追従者たちも、倫理学を余りにも法学的に取り扱った。」
34. M.:「彼[B.]は、道徳の原理は動機であるなどとは決して言わなかった。....彼の動機の理論は、道徳性も非道徳性も、動機ではなく、精神的な過程の別の部分に属するということであった。」「B.氏は、行為の道徳性は全面的に意図(intention)に依存すると論証した。」/ 35.「意図は、行為の結果に全面的に関連を持つ。」「或る行為の善悪は、意図の善悪である。....意図は意図された行為がその確証し得る結果の総計において、善の悪に対する優越を持つ時にのみ善である」。


・山下重一
・J.ミルのベンサム論 上・下
・国学院法学 30-2,31-1.1992,1993.
・YAMASHITA.J.,MILL.J,BENTHAM,MACHINTOSH.J.
・動機≠意図(=よい結果への予測)(32,36)、道徳性←計算、功利性の原理、好意、功利性の命令=慈愛の命令、快楽計算(41)、
・「計算を取り去るならば、意図の善悪を取り去ることになり、意図の善がなければ道徳はない。従って、計算がなければ、道徳はなく....」
36. M.:「道徳性或いは非道徳性は、ことがらの性質そのものによって計算に依存している。」−−N M.:意図=よい結果への予測/ 3.「よい意図とは、自己の行為のすべての結果を十分に考慮する誠実な計算をすること、すなわち功利性の原理に従うことにほかならない。」
38. 「B.にとって、動機の起源は快楽と苦痛であるが、B.の快楽と苦痛の中には、親睦(amity)、名聲(good name)、慈愛(benevolence)の快楽が含まれている」。
39. B.:「さまざまな動機の中で、好意は、その命令が、一般的に見れば功利性の原理に最も確実に一致する動機である。何故ならば、功利性の命令は、最も広範囲の、そして開明的な(すなわちよく熟慮された)慈愛の命令にほかならないからである。」


・山下重一
・J.ミルのベンサム論 上・下
・国学院法学 30-2,31-1.1992,1993.
・YAMASHITA.J.,MILL.J,BENTHAM,MACHINTOSH.J.STEPHEN.L.,HUME,
・連想心理学、エピキュロス派、功利性の原理、幸福、趣味・芸術、道徳と法律、利己的な個人、私利、代議制民主制(60)、
・50. 「J.M.は、B.の構想を連想心理学によって補強しようとして、個人の快楽と同胞の快楽との間の観念連合によって利己的な個人を社会の利益の方向に誘導する過程を説明しようとした。」
53. MAC.:「B.氏の一派が想像力に依存する趣味や芸術の楽しみを無視する点で古代のエピキュロス派と一致していることは、....。」
54< M.:「功利性の原理が人間の幸福を構成するすべての要素を考慮に入れていることは、その用語の定義そのものである。」
54F.S.:「M.は、B.と同様に、道徳を法律と同一の水準に位置付けた。」
60. HUME:「....する場合、人間はすべて無節操で利に走り易い悪人であり、そのすべての行動において私利以外の目的は全く持っていないと推定されなければならない。われわれは....この私利を通じて人間を導き、....公益に寄与させるようにさせなければならない。」 →M.


・アームソン.J.O.
・アリストテレス倫理学入門 第九章 社会的関係
・岩波書店 1998.1100Y.
・URMSON,ARIST.,
・『ニコマコス倫理学』、友情と利己主義、真の自己愛、大きな快が動機、
・192FF.友情と利己主義:
194.「「人々は自分自身を愛する人を非難し、自己愛という言葉を恥ずべきものの形容として使う。・・・・・・それに対して、優れた人は友人のために行動し、自分自身を犠牲にする」(1168a29-35)。しかし、A.はこれを誤解だと言っている。優れた人は自分自身をよい意味で愛するのであり、邪悪な人は悪い意味で愛するのである。」
A.:「優れた人が、国のために多くのことをなし、必要とあれば死をも厭わないというのは本当である。優れた人は、....人々が切望するものをすべて放棄して、自分自身のために精神の気高さをかちえるのである。なぜならば、優れた人は、永続的でわずかな快よりも一時の大きな快を195.....尊ぶからである。これがまさしく、他者のために命を捨てる人の動機に違いない。....通常の自己愛とは異なる真の自己愛は、かくあるべきである。」(1169a18-)


・アームソン.J.O.
・アリストテレス倫理学入門 第九章 社会的関係
・岩波書店 1998.1100Y.
・URMSON,ARIST.,
・『ニコマコス倫理学』、友情と利己主義、自己犠牲と価値の実現、自己嫌悪、恥、動機、エウダイモニア、
・197.「今、自分の命を犠牲にしなければ友人を救うことができないという状況において、もしそうしなかったら一生、自己嫌悪に陥るから、という理由で犠牲的行為を行う場合を考えてみよう。この人は友人に対する純粋な愛情を示したのだろうか、それとも単に利己的に行動したのだろうか。[/]この疑問に対して、次のように答えられるかもしれない。198.....友人を私心なく尊ぶからこそ、自己を犠牲にしないことは恥ずべき行為になるのである、と。[/]このような論法によって、人間行動の動機に関するA.の二つの所説を両立させることができるかもしれない。....A.の議論を失敗の汚名から救うこの試みが成功したかどうかは、読者自身の判断にまかせることにしよう。」(n)
200:訳註:「本書第一章において著者は、A.の「何がエウダイモンな人生か」という質問は、現代の道徳家の「人生いかに生くべきか」という質問とは異なり、親に聞く、「子供にどのような人生を歩んで....


・アームソン.J.O.
・アリストテレス倫理学入門 第三章 行為と動機
・岩波書店 1998.1100Y.
・URMSON,ARIST.,
・『ニコマコス倫理学』、行動と動機、欲求:1.欲望、2.理性的願望、快楽、善、長期的利益、
・71. 欲求のなかの:「欲望」「理性的願望」+「テューモス」
69. 「欲望が快楽を求めるように、理性的願望は善を求める。」
71. 「情動が存在し、したがって欲望が存在して初めて、それを思慮分別によって制御することのできる優れた性格が意味を持ってくるのである。欲望と理性との相互作用があるからこそ理性的願望の役割がある、というのがA.倫理学の中心命題である。」

70. 「ここで言う、善を目指す理性的願望は、道徳的正義あるいは社会全体の幸福への希求と解釈すべきではない。それは単に、合理的勘案にもとづいて自己の長期的利益を目指すことと解釈すべきである。」


・奥野満里子
・シジウィックと現代功利主義
・勁草書房 1999.5500Y.
・OKUNO.M.,HARE,HAJDIN.M.,
・選好充足説VS.快楽説、外的選好、同性愛、動機づけ、経験・感情、想像、
・[....同性愛の慣行によって脅かされると漠然と信じられている社会秩序を経験したくない、さらに言えば、それによって不快を味わいたくないという選好として解釈し直せるならば、道徳的判断において考慮されうる。」
249.しかし:「この議論は決定的でない。問題は、「当の選好が満たされる、あるいは満たされないときの感情を想像しなければ、その選好は我々を行為へと動機づけず、我々の道徳判断を左右しない」ということが《全ての》選好について言えるか、ということである。」
250.「そもそも、[相手の]衝突したくない、苦しみたくないといった選好を単に再現することが私の道徳判断を左右しないのはなぜだろうか。それは、この選好を単に再現するだけでは、私は行為へと動機づけられず、私の行為選択は左右されないからである。....衝突を経験している時の感情を私が想像したときにはじめて、この選好は私を行為へと動機づけ、私の行為選択を左右する。」


・奥野満里子
・シジウィックと現代功利主義
・勁草書房 1999.5500Y.
・OKUNO.M.,SIDGWICK,
・選好充足説VS.快楽説、外的選好、動機づけ、経験・感情、想像、選好の究極的対象、死後、
・250.「しかし、全ての人々の全ての選好が、その充足時の感情ないし経験を想像したときにこそ我々を動機づける、とは言えないだろう。」CF.自分の死後におけるある事態への欲求、理想追求。「これらの欲求は、その選好が満たされたり満たされなかったりする感情を想像していなくとも、人を動機づける。」
251.ただし[逆に:]「道徳判断において....考慮に入れられるのは、私を行為へと動機づけ、それによって私の道徳判断を左右するような選好[だけ]である。そして、どの選好がそのような仕方で道徳判断を左右するか否かは、その選好の究極的対象−−つまり、その対象を予見することによって人を行為へと動機づけるようなもの−−を、S.のよ252.に様々な候補を検討していく方法で確認することによって判定されるだろうと考える。」


・センSEN.A.
・合理的な愚か者
・勁草書房 1989.
・SEN,EDGEWORTH,SIDGWICK,BUTLER,NAGEL,
・合理的愚か者、自己利益、動機、エゴイズム、功利主義、
・120FF.合理的な愚か者:
120.E:「経済学の第一原理は、どの行為者も自己利益のみによって動機づけられているということである」
121.E:他方:「19世紀に生きていた具体的な人々のほとんどは、純粋ならざるエゴイスト、半ば功利主義者である」
121.S:「二つの最高の原理−−エゴイズムと功利主義」は「まさしく宗教によるのでもない限り調停不能」である。
121.N E:S.こそ「万人の利益は各人の利益」という「幻122.想」を霧消させた
127.「人が何をしていよう128.とも、あらゆる孤立した選択の行為においてその人は自分自身の利益を推し進めようとしている、と見ることができるような仕方で、個人の利益を定義してやることは可能である。」−−しかし、すでにB.がこれを批判。+CF.NAGEL


・ベンタム
・民事および刑事立法論
・勁草書房 1998.
・BENTHAM,
・功利の原理(功利原理)、道徳の基礎=苦痛・快楽、動機、立法、良心(57)、道徳計算(59)、
・52. 「あらゆる道徳の体系、あらゆる立法の体系は、この唯一の土台、すなわち、《苦痛と快楽の認識》に支えられている。」
54ff.《制裁として考えられた苦痛と快楽について》。:
54. 「意思に影響を与えるのは、動機を通じるより他はない。《動機》とは、《苦痛》あるいは《快楽》を言う。私たちが、苦痛も快楽も感じさせることがないような存在は、私たちの考慮にまったく入らないであろう。」
58ff.《快楽と苦痛の評価について》。:
58. 「快楽を増し、苦痛を避けることが、立法者の唯一の目的である。」
60. 「人間の道徳的行為あるいは立法における誤りは、善と悪の計算において、軽視されたり、忘れられたり、あるいは正しく評価されない諸事情の中のあれかこれかに、いつでも関連している。」


・ベンタム
・民事および刑事立法論
・勁草書房 1998.
・BENTHAM,
・功利の原理(功利原理)、道徳の基礎=苦痛・快楽、動機、立法、良心(57)、道徳計算(59)、愛国心、柔軟な法律、自由裁量はない、感受性の相違、
・61ff.《感受性に影響する諸事情について》。:
61. 「快楽の原因がすべて、各人に同じ快楽を与えるわけではない。苦痛の原因もすべて、各人に同じ苦痛を与えはしない。そこには《感受性の相違》がある。」
69. 「立派に組織されている統治....の下では、人々が名誉によって統治され、名誉が公益によりよく合致する行為に与えられることが一般に見受けられるであろう。宗教的感受性は狂信や不寛容から免がれ、迷信や卑屈な尊敬から自由になるであろう。愛国心という共通の感情が成立するであろう。」
72. 「柔軟でない法律、すなわち、性、年齢、財産、地位、教育、個人の道徳的・宗教的偏見を考慮しないような法律は、有効性がないか専制的になるか、二重に禍となるであろう。/..../ 73.自由裁量はない。性、年齢、宗教的告白などに従って、あれこれの刑罰を修正する....


・奥野満里子
・シジウィックと現代功利主義
・勁草書房 1999.5500Y.
・OKUNO.M.,SIDGWICK,
・欲求・動機≠意志、衝動、満足感、快、利己主義、自己愛、
・13. 欲求・動機≠意志。欲求=象や行為へと向かう衝動のうち本人に自覚されている衝動。/そのうち特に行為へと向かう衝動=動機。/意志は複数の動機の間で意識的選択をおこない、なす行為をひとつに決める
16. 動機≠単に思考のうちに帰結が表象されていることを意味する「意図」
38. 「どんな衝動であれ、そ39れに従って行為を成し遂げるとき我々は何がしかの満足感や快を感じる。そこで、なすべき行為をめぐって複数の相反する衝動が存在するときには、利己主義の方法では、人はその各々の衝動からなされた行為によって生じると予見される快を比較し、全体として最大の快をもたらす行為を確かめ、それに対する衝動を特別に強化するよう促すことになる。このときに働いているのが、自分自身の快一般、しかも獲得可能な最大限の快への欲求であり、これは「自己愛」と言われる。」


・奥野満里子
・シジウィックと現代功利主義
・勁草書房 1999.5500Y.
・OKUNO.M.,SIDGWICK,BRANDT,
・不合理な欲求、理性、動機、選好:利己的;博愛的、博愛心;利己心、欲求:博愛的な;利己的な、
・65. 「熟慮された判断に反する意志へと駆り立てる欲求がふつう不合理と呼ばれる。」
68. 「そうした真理の認知に基づいて促される動機は、他の一次的な衝動や欲求とは全く異なるものとして我々には感じられる。この認知に基づく特殊な動機は、他の動機を抑制しようとする指令的な力をもつ理性の「命令」となって我々の心に現れる。」
N BRANDT:
281.「博愛的選好とは自分も含めた人々の幸福や満足を願うものをさすが、稀には自分の利害を度外視して他人の幸福を願う人も入る。」
282.利己的選好、博愛的な選好。/博愛心、利己心。/博愛的な欲求、利己的な欲求。


・ライルRYLE.G.
・心の概念
・勁草書房 1987.
・RYLE,
・快楽≠痛み、愛好LIKINGと嫌悪DISLIKING、願望DESIRE(欲求)と忌避AVERSION、第二階の性向INCLINATION、動機≠出来事(→:≠原因)
・149.「「快楽」という語が少なくとも二つの互いにまったく異なるタイプの事柄を表わすために使用されうるという事実....」
151.「「私は胃が痛い」という場合の「痛み」は「快楽」の反意語ではない」  /151.「かくして、愛好と嫌悪、喜悦と悲嘆、願望と忌避は、その所有者には目撃されるが他人には目撃されることがない「内的な」挿話エピソードではない。」
156.「彼は、自分の中の弱い傾向のものを強め、強い傾向のものを弱めるという形で第二階の性向inclinationを伸ばすようになるかもしれない....。....当然のことながら、自分の第一階の動機を訓練しようという彼の新たな第二階の動機は思慮深いものであることもあれば営利追求のためのものであることもありうる。」
157.「動機は出来事ではないであり、したがってそれは原因であると述べることが正当であるようなタイプに属してはいない。」


・山田邦男
・生きる意味への問い V・E・フランクルをめぐって
・佼成出版社 1999.04.2300Y.
・YAMADA.K.,FRANKL,NIETZSCHE,ECKHART,
・生きる意味、意味、意味への意志、人生の意味、超意味、脱意味、ニヒリズム、/快≠動機;=随伴物、権力の感情、
・[....この点に関しては、彼の対極にあると思われたN.においても同様である。」
307.「このように意味(あるいは超意味)や無意味(ニヒリズム)の立場は、それらの徹底においてそれら自身を脱落し、日常の「事」への専心(仕事)(F.)、さらには無心な遊び(N.)の境涯、すなわち脱意味に至る。このように脱意味は、この二人の立場のうちにも潜在的308.に含まれていたが、それを自覚的に打ち出したものとして、以下でE.ハシディズムおよび禅仏教を取り上げ....。」
102.N:「快とは、達成された権力の感情の一症侯、差異性にすぎない−−(あらゆる生物は快をもとめて努力するのではない。そうではなくて、もとめんと努力されているものが達成されるとき、快が生ずるのである。快は随伴するのであって、快が動機であるのではない−−)。」(『権力への意志』)


・デイヴィス.M.H.
・共感の社会心理学
・川島書店 1999.
・DAVIS.M.H.,BATSON.C.D.,HOFFMAN.M.L.,
・共感EMPATHY、愛他性(ALTRUISM利他主義)、援助行動、同情SYMPATHY、「「本当の」愛他的動機づけ」、罪責感、
・157.「B.は少なくともある種の援助行動はけっして利己的なものではなく、援助を求めている相手のためだけを意図したものであるという。....さらにこうした本当の愛他性の源は、応答的な情動的反応としての共感的配慮にあるといえる。..../....159.H.は他の人びとについての同情的な苦痛が自分自身の苦痛よりも相手の苦痛を弱めようとする本当に他人中心の欲求を作り出すという。B.の推論によれば、共感的な配慮を経験している見る側は、自分自身よりも相手の福祉を改善するように動機づけられる。」
167.批判もあるが:「「罪責感から自由な」共感−愛他性のつながりを実験的に示す可能性も捨て去ることはできないのである。」


・水原泰介
・社会心理学入門[第2版]
・UP選書 1989.
・SHERIF,
・社会心理学、自我関与、集団、道徳的行動の実行、感動、宗教教育、児童評価、態度形成→認知分化度の低下、「恋は盲目」、人種的偏見、ファン心理、劣等感、
・241.「道徳的行動に対して態度を形成させることが、道徳的行動の実行を促すであろう。宗教教育においても道徳的行動が教えられるが、この場合には感情(感動)に訴えることが多い。このような感情も態度形成に寄与すると考えられる。態度が形成されると、それと斉合的な行動がとられることが多くなる。宗教教育の場合に、学んだ道徳的行動を実行に移す子ども242.が多いのは、一つにはこのような態度形成に基づくと考えられる。/「教師が早い時期にある児童に対する評価を決めると、その児童の真の姿をとらえることが困難になる」といわれている。このような現象は....「ある人物に対する評価を決めると、態度が形成され、その人物についての認知の単純化や分化度の低下が起こる」という心理的メカニズムによって理解できるであろう。....「恋は盲目」といわれる現象も....。....人種的偏見、熱狂的ファンの心理、劣等感の心理などにおける、一面的な未分化な認知も、未だ十分な知識をもっていない時期における態度の形成と関係があるかも知れない。」


・ハンフリング
・意味の探究
・玉川大学出版部 1992.3800Y.
・HANFLING.O.,KANT,
・H.>K.>「個人の幸福に関する原理」、道徳の崇高さ、道徳性と幸福、動機、
・285.「K.は、とりわけ道徳的な動機が幸福への欲求に還元され得るという考え方を排除することで、道徳的な動機がもつ特異性を強調した。「<<個人の幸福>>に関する原理」が否定されるのは、/「この原理が誤っていて、あたかも人間の安楽はその人の善良な振る舞いに相応するかのようなもっともらしい説が実際に経験に矛盾するという理由からばかりではない。かといってまた人を幸福にすることと善人にすること・・・・・・とはまったく別であるから、このような経験的原理は道徳性の確立にいささかも寄与するものでない、という理由によるものだけでもない。そうではなくて、この原理が道徳性の基礎に据えようとしている諸般の動機は、道徳性を土台ぐるみ転覆させてその崇高さをことごとく滅却するからである。」[『道徳形而上学原論』岩波文庫132f.]/けれども、道徳性と幸福とが実際に対立する度合いは状況に、そして個人の正確にも依存するだろう。徳性の高いさまざまな行動を行うことに喜びを覚える人もいる。」


・片桐雅隆
・自己と「語り」の社会学
・世界思想社 2000.08.2300Y.
・KATAGIRI.M.,SHIBUTANI.T.,BLUMER.H.,
・構築主義、自己、対象←シンボルによる定義、主体AGENT、社会問題、クレーム、動機≠動因、動機の語彙論(38)、
・15F.T・シブタニ:シンボルによる定義によって成立するものとしての「対象(object)」;「もの(thing)」は、対象としてしか人間の理解や生活にかかわらない。
29. 「主体性(agency)としての自己」
29. 「「自己との相互作用」と、主体(agency)としての自己という見方は同じではない。むしろ、B.は、行為を心理的要因としての動機や態度に還元して説明する方法を批判し、その方法は人間の解釈という「自己との相互作用」の側面を見失うことになると指摘している。」
31. 「「社会問題における構築主義」においては、「社会問題」の成立は、行為の属性ではなく、人々が特定の行為を社会問題としてクレーム化していく過程に根拠づけられている。」
36. 「動機は、人々の行為の動因ではなく、事後的に(あるいは事前に)特定の行為に付与された理由づけによって形作られる。」


・片桐雅隆
・自己と「語り」の社会学
・世界思想社 2000.08.2300Y.
・KATAGIRI.M.,SCHUETZ,TURNER.R.H.,MILLS.C.M.,
・構築主義、自己(像)、役割アイデンティティ、役割セイリアンスSALIENCE論(55)、他我の一般定立(SHUETZ,70)、制度的リアルセルフVS衝動的リアルセルフ、感情の構築性、感情労働(79)、動機の語彙論(85)、快楽=シンボルによる構築物、禁欲主義→快楽主義HEDONISM、
・53. 「自己はそのような認知地図に基づいて他者との関係の中で位置づけられ、そして、そのように位置づけられた自己(あるいは自己像)が役割アイデンティティと規定される。」
73. 「制度的リアルセルフ」VS「衝動的リアルセルフ」
85. 「動機が「個人の中で先験的で、より純粋で『深層』にあるものを外的に表現したもの」と考えられてきたのに対して、[M.では:]動機は「個人の『内部に』固着した要素ではなく、社会的行為者によるその行為の解釈をおしすすめる条件である」と考えるべきだとされた」。
91. 「快楽の語彙の時代的変遷」:91.「快楽は....シンボル=快楽の語彙による構築物と考えられる。」
91. 「現代社会における動機の語彙の傾向を、M.は、禁欲的な動機の語彙から快楽主義的(hedonistic)な動機の語彙への変遷として、そして後者の支配としてとらえている。」


・ブラウBLAU.P.M.
・交換と権力
・新曜社 1974.4200Y.
・BLAU.P.M.,
・社会的交換理論、社会的結合、内的報酬、善行の動機、聖人、
・12. 「社会的結合のある種のものは内的報酬をもたらす。たとえば、友人は互いの結合に喜びを見出すのであって、なにごとであれ一13緒にすることの喜び..は、結合それ自体に満足することによって高められる。」
13. 「このような社会的報酬が生み出されやすいという事実が、人びとがしばしば大きな労力を払って仲間を助け、そうすることに喜びを見出す主要な一つの理由だ....。われわれの善行のもたらすこのような有益な結果が、善行をなす重要な誘因でないとするなら、われわれは人間とはいえないだろう(5)。[/]たしかに、なんらの報酬も考えず感謝を期待することすらなしに、他の人びとのために無欲に働くひともいく人かはいる。しかし、このようなひとは真の意味で聖人であり、聖人とはまれにしかいないひとである。[/]聖人でない人びとも、ときには利他的に14行為することがあるが、そのようにするにはなんらかの動機が必要なのであって、その動機が、われわれは利他的であるという社会的承認にすぎないという場合もある。」


・ブラウBLAU.P.M.
・交換と権力
・新曜社 1974.4200Y.
・BLAU.P.M.,
・社会的交換理論、動機、利他的、情緒的コミット、ゲーム理論、物質的利益、理想、
・27(N5):「ある関係に情緒的にコミットするようになれば、他者に対するそのひとの一体感および結合持続の関心は、他者に利益を供与するための新しい独自の動機を引き起こすものである。」
15. 「....ゲーム理論....。人びとは利用できる選択肢のなかからもっとも好むものを選ぶものだという所説は、彼らが最大の物質的利益をもたらす対象をいつも選ぶということを意味しない。彼らはその目的が<<ある高遠な理想>>にあるため、彼らに物質的な犠牲を要求するがその理想達成にもっとも貢献する選択肢を選ぶかもしれず、また、しばしばそうするのである。」


・ガーゲン.K.J.
・社会交換の心理学
・誠信書房 1977.
・GERGEN.K.J.,EPIKOUROS,ARISTIPPOS,
・動機づけ、快・苦痛、生得的動機、
・16. 「エピクロスと、ソクラテスの弟子のアリストピパスとは、現在なお論議の的となっている人間の動機づけの理論を唱えている。簡単にいえば、その理論の核心は、人は快を求め苦痛を避けようとするただ一つの原理で動機づけられているということにある。」
22. 「あらゆる行動は快の追求と苦痛の回避とによって動機づけられるという前提自体が問題となっているが、主な難点は、その前提が特定の予測をするのには余りに抽象的であることにある。..../....有機体のがわに立ったよりきめ細い快と苦痛についての理論を発展させなければならない。すなわち、快と苦痛というような漠然とした理論の代りに、さまざまな型の快と苦痛を明らかにしなければならない。」
25. 「多くの証拠によって裏づけられた基本仮定は、学習による動機はそれが動機となるためには、結局は、生得的動機に依存しているという仮定である。」


・ガーゲン.K.J.
・社会交換の心理学
・誠信書房 1977.
・GERGEN.K.J.,DEUTSCH.M.,
・動機づけ、快・苦痛、心理的な利益、ミニマックス原理、協力的;個人主義的;競争的、囚人のディレンマ、(WHY BE MORAL?)、
・90. 「心理的な利益が何であろうとも、マトリックスの上での利益・損失と、心理的なレベルでの満足・不満足との間には対応関係はない。だからといって、ミニマックス戦略が多くの人々に用いられていないというわけではない。それよりも、種々の行為の利得や効用がすべてマトリックスに表わされているというわけではないという方が正しい。社会的動機や満足も亦、計算してミニマックス原理に組み込まなければならない。われわれは、搾取という文化的価値が役割を果たす可能性について、これまで論じてきた。しかし、取り引き行動に影響を与えると思われる要因は他に何があるのだろうか。/ 91...../恐らく、この件に関して最も明快な説明はドイッチェ(1960年)による説明だろう。三つの異なる目標、あるいは動機的な姿勢の影響が比較された。..../(1) 協力的..../(2) 個人主義的..../ 92.(3) 競争的 金銭を獲得することも重要だが、相手よりもより多くかせぐことが主要な目標である....」


・ガーゲン.K.J.
・社会交換の心理学
・誠信書房 1977.
・GERGEN.K.J.,ADORNO(99),
・動機づけ、権威主義、リベラル、搾取・協力、囚人のディレンマ、(WHY BE MORAL?)、自尊心、おどし、満足、
・100.「権威主義の指標で高い得点をとった人間は[リベラルな人より]第一に、うたぐり深かった。....第二に、彼らは信頼できない人間でもあった。」
101.「搾取の利得が高く、その選択が合理的な時でも、[被験者の]大学生達は必ずしも搾取を選択しようとはしなかった....。逆に、論理的な選択が協力にあっても、彼らは必ずしも協力しようとしていない....。」
112.「人は高い自尊心を持つことで満足を得るが、それを傷つけられることには不満足である。だから相手がおどしを使えば、相対的に、その人の勢力は減ることになる。....この損失を避け、恐らくしっかりとしていることで尊敬を高めるために、可能であれば人はおどし返すことになる。」


・ガーゲン.K.J.
・社会交換の心理学
・誠信書房 1977.
・GERGEN.K.J.,
・動機づけ、(WHY BE MORAL?)、規範、二次的な利益、心理的な利得、
・113.「二者間のどんな交換にも、そこには満足の源泉があり、それを最大化するには複雑な過程が働いている」
118.「規範自体もこれまでに論じられたような報酬がなくても、二次的な利益を与えている。」
152.「一般の人達は社会化の過程によって、たとえば、互恵の規範に従うことで心理的な利得を得ることを学習する....」


・環境経済評価研究会ED.
・CVMによる環境質の経済評価(仮題)
・山海堂 2001.05.4700Y.
・MITCHELL.R.C.,CARSON.R.T.,
・C1:CVMを用いた公共財の評価、C2:CVMの理論的基礎、C3:便益とその測定、C4:CV調査のシナリオ設計における変化、C13:結論−−CVMの将来、非市場財の価値計測、美的便益(4)、WTP、WTA、新しい財産権(27)、私的財市場モデルと政策市場モデル、/=選好聞き出し法(3)、実証経済学と規範経済学(14)、潜在的補償テスト(16)、厚生測度(19)、アメニティ(23)、プロスペクト理論(25)、非利用の便益(43)、存在価値(45)、心理所得/費用(45)、固有価値(INHERENT VALUE)(46)、社会的責任感にもとづく価値(46)、「効率倫理」(46)、倫理的動機(46)、存在価値の推定(222)、アメニティ(23)、
・23. 「本書では”アメニティ”という用語は、便益測度調査で評価されている公共財の変化と同義語として用いられる。」
43. 「”便益”という言葉によって、われわれは経済主体の効用関数で示唆される満足の水準の変化が起こる経路を意味する。」
46. 「これ[固有価値]はアメニティ自体(たとえば自然保護区域)が、何者かによって利用されるかどうかにかかわらず、保存されるという回答者の満足感から発生するものである。」


・センSEN.A.
・経済学の再生
・麗澤大学出版回H.14.2300Y.
・SEN,ROBBINS,
・人間行動の動機、経済学と倫理学、経済学の二つの起源、工学、
・ORG:あり。
16. 「人間行動の動機を純粋かつ単純、冷徹なものととらえ、善意や道徳的感情といったものに乱されないとする経済モデル..../ 17.人間行動の動機をこれほど狭くとらえて経済学が発展してきたという事実には、やはり極めて異常なものがある。」
18.ROBBINS:「二つの学問(経済学と倫理学)を結びつけることは、論理的には可能でないように思われる」
20. 「経済学の二つの起源」:1.「倫理学および政治学の倫理的見方」、 21.2.「もう一つの起源−−「工学的」アプローチに関わるもの−−....。このアプローチは、何が「人間にとっての善」を育むかとか「人はいかに生きるべきか」といった疑問や究極的目的よりも、実証的な問題を主眼にするものである。」
23. 「倫理学につながる起源」「工学につながる起源」 /→別7091


・センSEN.A.
・自由と経済開発
・日本経済新聞社 2000.ORG:1999
・SEN,SMITH.A.,
・共感、献身(コミットメント)、自己利益的行動からの離脱、同情、公平な観察者、公共精神、動機、自己愛のみ→交換、
・310.「A.S.は共感と献身という両方の種類の自己利益的行動からの離脱の必要性を論じた。「もっとも人道に適った行動は自己否定、自制、礼儀正しさの発揮を要求しない」と彼は主張した。なぜならそのような行動は「われわれの同情が自然に促す」ものから生じるからである。[/]「しかしそうでなければ、それは寛大さによる」。したがって、ある人物に自己利益を抑制させ、「公平な観察者を(その人物)自身の行動原則に登場させる」には、正義のような幅広い価値をもってするのである。それはまた、「公共精311.神のより多くの行使」を要求するかもしれない。」
311.「スミスが明らかに正しかったのは、相互に利益になる交換を求める<<動機>>には、彼が「自己愛」と呼んだもの以外は必要としないと指摘した点にある。....しかし、他の問題−−分配と平等....などの問題−−への対処に関しては、S.はもっと広い範囲にわ312.たる動機を強調した。」


・センSEN.A.
・福祉の経済学
・岩波
・SEN,
・効用、厚生、選択行動、合理的馬鹿(合理的愚か者)、>単純化、私益、動機、
・[....しかし、仮に<<両者とも>>に「効用」14と呼び、それらがあたかも同じ物であるかのように取扱うことになると、ひとが最大化に努めるものは実は彼自身の厚生に他ならないという暗黙の仮定が入り込むことになるだろう。効用概念のこのような驚くべき使用法は、現代経済理論における多くの使用法とよく合致しているのである。この意味において、現代経済理論は人間を「合理的馬鹿」として、すなわち自らの幸福、自らの欲望、自らの厚生に関する自己の見解、自分の動機、選択行動における自分の最大化対象など、本来なら完全に区別できるはずのものを識別する能力を欠いた存在として取扱う傾向があるといってよい。/....私益や動機など、大きく異なる概念を同一視するような経済学の理論化に対して私が反対せざるをえない点は、単純化の事実そのものに対してではない。私は、採択された特定の単純化の仕方、....」


・センSEN.A.
・福祉の経済学
・岩波
・SEN,SAMUELSON,
・効用、選択の動機の諸種、>顕示選好学派、個人的福祉、義務、同情、慈善、
・32. 「ひとの選択は、可能な選択対象のなかで二項関係に照して最善なものを選ぶ行動として理解できるのである。現代経済学の文献において、この二項関係はしばしば「効用」とみなされている。そしてこの見方は、少なくとも「顕示選好」学派の出発点〔サミュエルソン(1938)〕にまで遡るアプローチに従うものである。/このアプローチは、問題に答えるものというよりは問題を回避するものである。選択に内在する二項関係がひとの福祉を反映するものとみなせるかどうかという判断は、選択の背後にある動33機に依存せざるをえない。ひとの味覚(および個人的福祉への関心)に従って紅茶かコーヒーを選ぶということと、多くの考慮事項のうちでも<<とりわけ>>他人への義務を考慮したうえでストライキに参加するか否かを決定すること、あるいは同情や引くに引かれぬ感情から懸命に働いたり慈善を行ったりすることとの間には、途方もない差異がある。」


・後藤玲子
・正義の経済哲学−−ロールズとセン
・東洋経済新報社 2002,4200Y.P.466.
・GOTOU.R.,
・正義、公共的判断、私的利益の最大化、動機、関心、喜び、幸福、
・207.「公共的判断の形成をも、ある種私的利益の最大化行動と捉える見解も存在する。確かに、公共的判断の形成もまた外的に強制されるのではなく、本人の主体的・内発的な動機に基づくものであるとしたら、私的利益の最大化行動と共通する側面があるだろう。だが、そのような営みを動機づけ、持続せしめる関心は、まずもって公共的ルールのあるべき姿に向けられたものであって、帰結的に自己にも208.たらされる効用を先取りして目的化するようなものではない点に留意する必要があるだろう。そうような営みによって幸福が得られるとしても、それは正義に適った行為をするという普遍的法則に則った喜びであって、自己の個別的目的を達成する幸福、自我の特定化を推し進めるような幸福とは本質的に異なるものである。....公共的判断を形成しようという動機は、私的利益への関心とは異なるものと考えるべきだろう。」


・田中正司
・アダム・スミスの倫理学 上・下
・御茶の水書房 1997,2800,2800Y.
・TANAKA.S.,SMITH.A.,HUTCHESON,
・上:内なる人、悔恨、神の正義、慣行批判、習慣、感情の摂理、虚栄心、経済学の誕生、義務の感覚、キリスト教ストア主義、決議論批判、公共精神、公平な観察者、効用、シヴィク・ヒューマニズム、自然的自由、自然の構造、自然法学、社会化原理、称賛と称賛に値すること、情念、新古典派、新自由主義、ストア、正義感、相互人愛、相互同感、想像力、適宜性、道徳心理学、富と徳性、配分的正義、便宜の原理、見えない手、名誉、倫理的相対主義、/下:意図しない帰結、穏健派知識人、虚栄心、国民的偏見、シヴィク共和主義、市場の道徳性、自然的自由、贖罪、ストア、性格改善論、世論、普遍的仁愛、見えない手、ミニマリスト・モラル、/適宜性、同感、想像力、
・上:
78. 「S.が道徳哲学の第一の問題として自らに設定したプログラムは、徳性の本質が<<利己心>>や<<利他心>>にではなく、<<関係>>=<<適宜性>>にあり、関係における適宜性が徳性をもちうる次第を論証することによって、人−人<<間>>の同感に基づく人−人<<関係>>道徳を確立する点にあった」。
91f.S.のいう同感≠ハチスンの道徳感覚。「H.は、<<道徳的>>感覚の<<実在性>>を形而上学的に前提していたのに対し、S.は、われわれが想像力の力を借りて、当事者と立場を<<交換>>するとき、自然に<<同感>>という人−人間の交通の原理となる<<感情>>が人間の自然の<<情動>>そのもののうちに生まれると考える」。


・樋口陽一+EDS.
・憲法学の展望
・有斐閣 1991.
・HIBINO.T.,HENNIS.W.,IMBODEN.M.,
・日比野勤:「「市民」と「公論」−−政治参加のありようと動機づけをめぐって−−」、民主主義、参加−支配、公的心情、国家形態の人間学的前提、市民精神、同胞的行動様式、
・253.「政治参加(Engagement)の種類は支配の諸類型に対応する。」
254.「民主主義は、自由と責任、積極的な公的心情(staatsbuergerliche Gesinnung)、市民の政治的徳..の問題として、政治参加の問題をとらえる。」
254.「今日の民主政のもとでの政治参加と政治参加の動機づけのありようを、主としてヴィルヘルム・ヘンニスの所説を手懸りに概観することが本稿の課題である。」
255.(4):「国家形態の人間学的諸前提という国家学のかつての中心問題をふたたびとりあげたすぐれた試みとして、Max Imboden,Die Staatsformen.Versuch einer psychologischen Deutung staatsrechtlicher Dogmen,1959 がある。」
255.(5):「政治的共同体を基礎づける「市民精神」(Buergersinn)が「政治参加の動機づけ」に限られないことは言うまでもない。たとえば「同胞的行動様式」(mitbuergerlice..)は不可欠の要素であろう。H.は「同胞的行動様式」の形成における家族と宗教の意義を強調する。」


・樋口陽一+EDS.
・憲法学の展望
・有斐閣 1991.
・HIBINO.T.,HEGEL,RANKE,
・日比野勤:「「市民」と「公論」−−政治参加のありようと動機づけをめぐって−−」、公民、関与、「積極的完全市民」、倫理的自由、共同体性の感情、公共善、人格的諸属性の発展、
・257.IN 近代:「こうして....。....公民としての内実の相当部分を失った。....特殊的なるものの動機づけに代わる政治参加の動機づけは存在するのだろうか。他方、こうした状況において、市民の政治的協議事項へのより積極的な「参加」(Partizipation)と「関与」(Teilhabe)を求める立場が存在するが、こうした「積極的完全市民」(aktiver Vollbuerger)が普遍性の諸前提のもとで可能かどうかはいっそう明らかではない。」
258.N HEGEL:「国家は倫理的自由が実現される状態」
258.N RANKE:「重要なのは「国家の理念が万人を捉えること、万人が国家の精神的生命のなにものかを自分のなかに感じること、万人が自分のことを全体の一員と考え、全体に対して愛情をもつこと、共同体性の感情が、地方的、郷党的、個人的な諸々の分離の感情より強力であること」である。」/「ひとが関与する、私が言うのは憲制の諸形式への関与ではなくて、公共善の発展への関与、公共体への関与であるが、この関与の真実性に人格的諸属性の発展もかかっている。」


・樋口陽一+EDS.
・憲法学の展望
・有斐閣 1991.
・HIBINO.T.,
・日比野勤:「「市民」と「公論」−−政治参加のありようと動機づけをめぐって−−」、民主主義的自己統治=幻想、行動主義、市民精神の涵養、論証的対話、政治的教育、
・273.「普遍化した市民の近代的諸条件のもとでは、民主主義的自己統治の理念は幻想である。」
273.「「参加」は政治的無関心の誘因であって処方箋ではない。....274.現実の複雑化に由来する市民の政治の世界からの疎外状況においては、平均的知識人と判断力は絶えず低下するであろうから、「参加」は政治的無関心を促進することになる。適正な知識と判断力の閾値を超える「参加」は盲目的行動主義にすぎない。」
274.「「積極的完全市民」の範型に潜んでいる行動主義のイデオロギーの問題性」。
278.「政治参加の動機づけをどのようにして活性化し、市民精神をどのように涵養するかが問題となる。/この問いに対する答えは差し当たり「論証的対話」と「政治的教育」に求められるであろう。」
279.「しかし、「支配から自由な論証」の後にも合意に到達できず「権力状況を生み出す」ことにより決定されなければならない事態は今後も存在するだろう」。


・ドーキンス.R.
・利己的な遺伝子
・紀伊國屋書店 1991.2800Y.
・DAWKINS.R.,
・利己的遺伝子、利他的、利己的、動機(ではない)(+23)、淘汰:群淘汰;個体淘汰;遺伝子淘汰、利己主義、利他主義、/自然淘汰、
・21. 「よく調べてみると、利他的にみえる行為はじつは姿を変えた利己主義であることが多い。くりかえすが、私は、根元にある動機がじつは利己的なものだといっているのではない。生存の見込みに対する行為の効果が、最初に考えられたものとは逆だといっているのである。」
24. 「この本で私は、<<遺伝子の利己性>>と私がよんでいる基本法則によって、個体の利己主義と個体の利他主義がいかに説明されるかを示そうと思う。[/]しかしその前にまず、利他主義についての誤った説明をとりあげねばならない。..../この説明は、....生きものは「種の利益のために」、「集団の利益のために」ものごとをするように進化する、という誤解である。..../ 25.世界は、自己犠牲を払う個体からなる集団によって大かた占められるようになる。これが「群淘汰」説である。....昔から支持されてきたもう一つの説は、ふつう「個体淘汰」とよばれているものである。[<]私としては遺伝子淘汰というほうが好きであるが。・・・・・・」/ 61.「私は自然淘汰の基本単位として、したがって利己主義の基本単位として、遺伝子を考えるほうがいいと述べた。」


・カント
・実践理性批判
・岩波書店 1979.(波多野+訳)
・KANT,
・道徳的法則(道徳法則)、動機、感性、尊敬、感情、法則に対する尊敬≠道徳性を発生せしめる動機、
「....誤りは、善と悪の計算において、軽視されたり、忘れられたり、あるいは正しく評価されない諸事情の中のあれかこれかに、いつでも関連している。」


・ベンタム
・民事および刑事立法論
・勁草書房 1998.
・BENTHAM,
・功利の原理(功利原理)、道徳の基礎=苦痛・快楽、動機、立法、良心(57)、道徳計算(59)、愛国心、柔軟な法律、自由裁量はない、感受性の相違、
・61ff.《感受性に影響する諸事情について》。:
61. 「快楽の原因がすべて、各人に同じ快楽を与えるわけではない。苦痛の原因もすべて、各人に同じ苦痛を与えはしない。そこには《感受性の相違》がある。」
69. 「立派に組織されている統治....の下では、人々が名誉によって統治され、名誉が公益によりよく合致する行為に与えられることが一般に見受けられるであろう。宗教的感受性は狂信や不寛容から免がれ、迷信や卑屈な尊敬から自由になるであろう。愛国心という共通の感情が成立するであろう。」
72. 「柔軟でない法律、すなわち、性、年齢、財産、地位、教育、個人の道徳的・宗教的偏見を考慮しないような法律は、有効性がないか専制的になるか、二重に禍となるであろう。/..../ 73.自由裁量はない。性、年齢、宗教的告白などに従って、あれこれの刑罰を修正する....


・奥野満里子
・シジウィックと現代功利主義
・勁草書房 1999.5500Y.
・OKUNO.M.,SIDGWICK,
・欲求・動機≠意志、衝動、満足感、快、利己主義、自己愛、
・13. 欲求・動機≠意志。欲求=象や行為へと向かう衝動のうち本人に自覚されている衝動。/そのうち特に行為へと向かう衝動=動機。/意志は複数の動機の間で意識的選択をおこない、なす行為をひとつに決める
16. 動機≠単に思考のうちに帰結が表象されていることを意味する「意図」
38. 「どんな衝動であれ、そ39れに従って行為を成し遂げるとき我々は何がしかの満足感や快を感じる。そこで、なすべき行為をめぐって複数の相反する衝動が存在するときには、利己主義の方法では、人はその各々の衝動からなされた行為によって生じると予見される快を比較し、全体として最大の快をもたらす行為を確かめ、それに対する衝動を特別に強化するよう促すことになる。このときに働いているのが、自分自身の快一般、しかも獲得可能な最大限の快への欲求であり、これは「自己愛」と言われる。」


・奥野満里子
・シジウィックと現代功利主義
・勁草書房 1999.5500Y.
・OKUNO.M.,SIDGWICK,BRANDT,
・不合理な欲求、理性、動機、選好:利己的;博愛的、博愛心;利己心、欲求:博愛的な;利己的な、
・65. 「熟慮された判断に反する意志へと駆り立てる欲求がふつう不合理と呼ばれる。」
68. 「そうした真理の認知に基づいて促される動機は、他の一次的な衝動や欲求とは全く異なるものとして我々には感じられる。この認知に基づく特殊な動機は、他の動機を抑制しようとする指令的な力をもつ理性の「命令」となって我々の心に現れる。」
N BRANDT:
281.「博愛的選好とは自分も含めた人々の幸福や満足を願うものをさすが、稀には自分の利害を度外視して他人の幸福を願う人も入る。」
282.利己的選好、博愛的な選好。/博愛心、利己心。/博愛的な欲求、利己的な欲求。


・ライルRYLE.G.
・心の概念
・勁草書房 1987.
・RYLE,
・快楽≠痛み、愛好LIKINGと嫌悪DISLIKING、願望DESIRE(欲求)と忌避AVERSION、第二階の性向INCLINATION、動機≠出来事(→:≠原因)
・149.「「快楽」という語が少なくとも二つの互いにまったく異なるタイプの事柄を表わすために使用されうるという事実....」
151.「「私は胃が痛い」という場合の「痛み」は「快楽」の反意語ではない」  /151.「かくして、愛好と嫌悪、喜悦と悲嘆、願望と忌避は、その所有者には目撃されるが他人には目撃されることがない「内的な」挿話エピソードではない。」
156.「彼は、自分の中の弱い傾向のものを強め、強い傾向のものを弱めるという形で第二階の性向inclinationを伸ばすようになるかもしれない....。....当然のことながら、自分の第一階の動機を訓練しようという彼の新たな第二階の動機は思慮深いものであることもあれば営利追求のためのものであることもありうる。」
157.「動機は出来事ではないであり、したがってそれは原因であると述べることが正当であるようなタイプに属してはいない。」


・山田邦男
・生きる意味への問い V・E・フランクルをめぐって
・佼成出版社 1999.04.2300Y.
・YAMADA.K.,FRANKL,NIETZSCHE,ECKHART,
・生きる意味、意味、意味への意志、人生の意味、超意味、脱意味、ニヒリズム、/快≠動機;=随伴物、権力の感情、
・[....この点に関しては、彼の対極にあると思われたN.においても同様である。」
307.「このように意味(あるいは超意味)や無意味(ニヒリズム)の立場は、それらの徹底においてそれら自身を脱落し、日常の「事」への専心(仕事)(F.)、さらには無心な遊び(N.)の境涯、すなわち脱意味に至る。このように脱意味は、この二人の立場のうちにも潜在的308.に含まれていたが、それを自覚的に打ち出したものとして、以下でE.ハシディズムおよび禅仏教を取り上げ....。」
102.N:「快とは、達成された権力の感情の一症侯、差異性にすぎない−−(あらゆる生物は快をもとめて努力するのではない。そうではなくて、もとめんと努力されているものが達成されるとき、快が生ずるのである。快は随伴するのであって、快が動機であるのではない−−)。」(『権力への意志』)


・デイヴィス.M.H.
・共感の社会心理学
・川島書店 1999.
・DAVIS.M.H.,BATSON.C.D.,HOFFMAN.M.L.,
・共感EMPATHY、愛他性(ALTRUISM利他主義)、援助行動、同情SYMPATHY、「「本当の」愛他的動機づけ」、罪責感、
・157.「B.は少なくともある種の援助行動はけっして利己的なものではなく、援助を求めている相手のためだけを意図したものであるという。....さらにこうした本当の愛他性の源は、応答的な情動的反応としての共感的配慮にあるといえる。..../....159.H.は他の人びとについての同情的な苦痛が自分自身の苦痛よりも相手の苦痛を弱めようとする本当に他人中心の欲求を作り出すという。B.の推論によれば、共感的な配慮を経験している見る側は、自分自身よりも相手の福祉を改善するように動機づけられる。」
167.批判もあるが:「「罪責感から自由な」共感−愛他性のつながりを実験的に示す可能性も捨て去ることはできないのである。」


・水原泰介
・社会心理学入門[第2版]
・UP選書 1989.
・SHERIF,
・社会心理学、自我関与、集団、道徳的行動の実行、感動、宗教教育、児童評価、態度形成→認知分化度の低下、「恋は盲目」、人種的偏見、ファン心理、劣等感、
・241.「道徳的行動に対して態度を形成させることが、道徳的行動の実行を促すであろう。宗教教育においても道徳的行動が教えられるが、この場合には感情(感動)に訴えることが多い。このような感情も態度形成に寄与すると考えられる。態度が形成されると、それと斉合的な行動がとられることが多くなる。宗教教育の場合に、学んだ道徳的行動を実行に移す子ども242.が多いのは、一つにはこのような態度形成に基づくと考えられる。/「教師が早い時期にある児童に対する評価を決めると、その児童の真の姿をとらえることが困難になる」といわれている。このような現象は....「ある人物に対する評価を決めると、態度が形成され、その人物についての認知の単純化や分化度の低下が起こる」という心理的メカニズムによって理解できるであろう。....「恋は盲目」といわれる現象も....。....人種的偏見、熱狂的ファンの心理、劣等感の心理などにおける、一面的な未分化な認知も、未だ十分な知識をもっていない時期における態度の形成と関係があるかも知れない。」


・ハンフリング
・意味の探究
・玉川大学出版部 1992.3800Y.
・HANFLING.O.,KANT,
・H.>K.>「個人の幸福に関する原理」、道徳の崇高さ、道徳性と幸福、動機、
・285.「K.は、とりわけ道徳的な動機が幸福への欲求に還元され得るという考え方を排除することで、道徳的な動機がもつ特異性を強調した。「<<個人の幸福>>に関する原理」が否定されるのは、/「この原理が誤っていて、あたかも人間の安楽はその人の善良な振る舞いに相応するかのようなもっともらしい説が実際に経験に矛盾するという理由からばかりではない。かといってまた人を幸福にすることと善人にすること・・・・・・とはまったく別であるから、このような経験的原理は道徳性の確立にいささかも寄与するものでない、という理由によるものだけでもない。そうではなくて、この原理が道徳性の基礎に据えようとしている諸般の動機は、道徳性を土台ぐるみ転覆させてその崇高さをことごとく滅却するからである。」[『道徳形而上学原論』岩波文庫132f.]/けれども、道徳性と幸福とが実際に対立する度合いは状況に、そして個人の正確にも依存するだろう。徳性の高いさまざまな行動を行うことに喜びを覚える人もいる。」


・片桐雅隆
・自己と「語り」の社会学
・世界思想社 2000.08.2300Y.
・KATAGIRI.M.,SHIBUTANI.T.,BLUMER.H.,
・構築主義、自己、対象←シンボルによる定義、主体AGENT、社会問題、クレーム、動機≠動因、動機の語彙論(38)、
・15F.T・シブタニ:シンボルによる定義によって成立するものとしての「対象(object)」;「もの(thing)」は、対象としてしか人間の理解や生活にかかわらない。
29. 「主体性(agency)としての自己」
29. 「「自己との相互作用」と、主体(agency)としての自己という見方は同じではない。むしろ、B.は、行為を心理的要因としての動機や態度に還元して説明する方法を批判し、その方法は人間の解釈という「自己との相互作用」の側面を見失うことになると指摘している。」
31. 「「社会問題における構築主義」においては、「社会問題」の成立は、行為の属性ではなく、人々が特定の行為を社会問題としてクレーム化していく過程に根拠づけられている。」
36. 「動機は、人々の行為の動因ではなく、事後的に(あるいは事前に)特定の行為に付与された理由づけによって形作られる。」


・片桐雅隆
・自己と「語り」の社会学
・世界思想社 2000.08.2300Y.
・KATAGIRI.M.,SCHUETZ,TURNER.R.H.,MILLS.C.M.,
・構築主義、自己(像)、役割アイデンティティ、役割セイリアンスSALIENCE論(55)、他我の一般定立(SHUETZ,70)、制度的リアルセルフVS衝動的リアルセルフ、感情の構築性、感情労働(79)、動機の語彙論(85)、快楽=シンボルによる構築物、禁欲主義→快楽主義HEDONISM、
・53. 「自己はそのような認知地図に基づいて他者との関係の中で位置づけられ、そして、そのように位置づけられた自己(あるいは自己像)が役割アイデンティティと規定される。」
73. 「制度的リアルセルフ」VS「衝動的リアルセルフ」
85. 「動機が「個人の中で先験的で、より純粋で『深層』にあるものを外的に表現したもの」と考えられてきたのに対して、[M.では:]動機は「個人の『内部に』固着した要素ではなく、社会的行為者によるその行為の解釈をおしすすめる条件である」と考えるべきだとされた」。
91. 「快楽の語彙の時代的変遷」:91.「快楽は....シンボル=快楽の語彙による構築物と考えられる。」
91. 「現代社会における動機の語彙の傾向を、M.は、禁欲的な動機の語彙から快楽主義的(hedonistic)な動機の語彙への変遷として、そして後者の支配としてとらえている。」


・ブラウBLAU.P.M.
・交換と権力
・新曜社 1974.4200Y.
・BLAU.P.M.,
・社会的交換理論、社会的結合、内的報酬、善行の動機、聖人、
・12. 「社会的結合のある種のものは内的報酬をもたらす。たとえば、友人は互いの結合に喜びを見出すのであって、なにごとであれ一13緒にすることの喜び..は、結合それ自体に満足することによって高められる。」
13. 「このような社会的報酬が生み出されやすいという事実が、人びとがしばしば大きな労力を払って仲間を助け、そうすることに喜びを見出す主要な一つの理由だ....。われわれの善行のもたらすこのような有益な結果が、善行をなす重要な誘因でないとするなら、われわれは人間とはいえないだろう(5)。[/]たしかに、なんらの報酬も考えず感謝を期待することすらなしに、他の人びとのために無欲に働くひともいく人かはいる。しかし、このようなひとは真の意味で聖人であり、聖人とはまれにしかいないひとである。[/]聖人でない人びとも、ときには利他的に14行為することがあるが、そのようにするにはなんらかの動機が必要なのであって、その動機が、われわれは利他的であるという社会的承認にすぎないという場合もある。」


・ブラウBLAU.P.M.
・交換と権力
・新曜社 1974.4200Y.
・BLAU.P.M.,
・社会的交換理論、動機、利他的、情緒的コミット、ゲーム理論、物質的利益、理想、
・27(N5):「ある関係に情緒的にコミットするようになれば、他者に対するそのひとの一体感および結合持続の関心は、他者に利益を供与するための新しい独自の動機を引き起こすものである。」
15. 「....ゲーム理論....。人びとは利用できる選択肢のなかからもっとも好むものを選ぶものだという所説は、彼らが最大の物質的利益をもたらす対象をいつも選ぶということを意味しない。彼らはその目的が<<ある高遠な理想>>にあるため、彼らに物質的な犠牲を要求するがその理想達成にもっとも貢献する選択肢を選ぶかもしれず、また、しばしばそうするのである。」


・ガーゲン.K.J.
・社会交換の心理学
・誠信書房 1977.
・GERGEN.K.J.,EPIKOUROS,ARISTIPPOS,
・動機づけ、快・苦痛、生得的動機、
・16. 「エピクロスと、ソクラテスの弟子のアリストピパスとは、現在なお論議の的となっている人間の動機づけの理論を唱えている。簡単にいえば、その理論の核心は、人は快を求め苦痛を避けようとするただ一つの原理で動機づけられているということにある。」
22. 「あらゆる行動は快の追求と苦痛の回避とによって動機づけられるという前提自体が問題となっているが、主な難点は、その前提が特定の予測をするのには余りに抽象的であることにある。..../....有機体のがわに立ったよりきめ細い快と苦痛についての理論を発展させなければならない。すなわち、快と苦痛というような漠然とした理論の代りに、さまざまな型の快と苦痛を明らかにしなければならない。」
25. 「多くの証拠によって裏づけられた基本仮定は、学習による動機はそれが動機となるためには、結局は、生得的動機に依存しているという仮定である。」


・ガーゲン.K.J.
・社会交換の心理学
・誠信書房 1977.
・GERGEN.K.J.,DEUTSCH.M.,
・動機づけ、快・苦痛、心理的な利益、ミニマックス原理、協力的;個人主義的;競争的、囚人のディレンマ、(WHY BE MORAL?)、
・90. 「心理的な利益が何であろうとも、マトリックスの上での利益・損失と、心理的なレベルでの満足・不満足との間には対応関係はない。だからといって、ミニマックス戦略が多くの人々に用いられていないというわけではない。それよりも、種々の行為の利得や効用がすべてマトリックスに表わされているというわけではないという方が正しい。社会的動機や満足も亦、計算してミニマックス原理に組み込まなければならない。われわれは、搾取という文化的価値が役割を果たす可能性について、これまで論じてきた。しかし、取り引き行動に影響を与えると思われる要因は他に何があるのだろうか。/ 91...../恐らく、この件に関して最も明快な説明はドイッチェ(1960年)による説明だろう。三つの異なる目標、あるいは動機的な姿勢の影響が比較された。..../(1) 協力的..../(2) 個人主義的..../ 92.(3) 競争的 金銭を獲得することも重要だが、相手よりもより多くかせぐことが主要な目標である....」


・ガーゲン.K.J.
・社会交換の心理学
・誠信書房 1977.
・GERGEN.K.J.,ADORNO(99),
・動機づけ、権威主義、リベラル、搾取・協力、囚人のディレンマ、(WHY BE MORAL?)、自尊心、おどし、満足、
・100.「権威主義の指標で高い得点をとった人間は[リベラルな人より]第一に、うたぐり深かった。....第二に、彼らは信頼できない人間でもあった。」
101.「搾取の利得が高く、その選択が合理的な時でも、[被験者の]大学生達は必ずしも搾取を選択しようとはしなかった....。逆に、論理的な選択が協力にあっても、彼らは必ずしも協力しようとしていない....。」
112.「人は高い自尊心を持つことで満足を得るが、それを傷つけられることには不満足である。だから相手がおどしを使えば、相対的に、その人の勢力は減ることになる。....この損失を避け、恐らくしっかりとしていることで尊敬を高めるために、可能であれば人はおどし返すことになる。」


・ガーゲン.K.J.
・社会交換の心理学
・誠信書房 1977.
・GERGEN.K.J.,
・動機づけ、(WHY BE MORAL?)、規範、二次的な利益、心理的な利得、
・113.「二者間のどんな交換にも、そこには満足の源泉があり、それを最大化するには複雑な過程が働いている」
118.「規範自体もこれまでに論じられたような報酬がなくても、二次的な利益を与えている。」
152.「一般の人達は社会化の過程によって、たとえば、互恵の規範に従うことで心理的な利得を得ることを学習する....」


・環境経済評価研究会ED.
・CVMによる環境質の経済評価(仮題)
・山海堂 2001.05.4700Y.
・MITCHELL.R.C.,CARSON.R.T.,
・C1:CVMを用いた公共財の評価、C2:CVMの理論的基礎、C3:便益とその測定、C4:CV調査のシナリオ設計における変化、C13:結論−−CVMの将来、非市場財の価値計測、美的便益(4)、WTP、WTA、新しい財産権(27)、私的財市場モデルと政策市場モデル、/=選好聞き出し法(3)、実証経済学と規範経済学(14)、潜在的補償テスト(16)、厚生測度(19)、アメニティ(23)、プロスペクト理論(25)、非利用の便益(43)、存在価値(45)、心理所得/費用(45)、固有価値(INHERENT VALUE)(46)、社会的責任感にもとづく価値(46)、「効率倫理」(46)、倫理的動機(46)、存在価値の推定(222)、アメニティ(23)、
・23. 「本書では”アメニティ”という用語は、便益測度調査で評価されている公共財の変化と同義語として用いられる。」
43. 「”便益”という言葉によって、われわれは経済主体の効用関数で示唆される満足の水準の変化が起こる経路を意味する。」
46. 「これ[固有価値]はアメニティ自体(たとえば自然保護区域)が、何者かによって利用されるかどうかにかかわらず、保存されるという回答者の満足感から発生するものである。」


・センSEN.A.
・経済学の再生
・麗澤大学出版回H.14.2300Y.
・SEN,ROBBINS,
・人間行動の動機、経済学と倫理学、経済学の二つの起源、工学、
・ORG:あり。
16. 「人間行動の動機を純粋かつ単純、冷徹なものととらえ、善意や道徳的感情といったものに乱されないとする経済モデル..../ 17.人間行動の動機をこれほど狭くとらえて経済学が発展してきたという事実には、やはり極めて異常なものがある。」
18.ROBBINS:「二つの学問(経済学と倫理学)を結びつけることは、論理的には可能でないように思われる」
20. 「経済学の二つの起源」:1.「倫理学および政治学の倫理的見方」、 21.2.「もう一つの起源−−「工学的」アプローチに関わるもの−−....。このアプローチは、何が「人間にとっての善」を育むかとか「人はいかに生きるべきか」といった疑問や究極的目的よりも、実証的な問題を主眼にするものである。」
23. 「倫理学につながる起源」「工学につながる起源」 /→別7091


・センSEN.A.
・自由と経済開発
・日本経済新聞社 2000.ORG:1999
・SEN,SMITH.A.,
・共感、献身(コミットメント)、自己利益的行動からの離脱、同情、公平な観察者、公共精神、動機、自己愛のみ→交換、
・310.「A.S.は共感と献身という両方の種類の自己利益的行動からの離脱の必要性を論じた。「もっとも人道に適った行動は自己否定、自制、礼儀正しさの発揮を要求しない」と彼は主張した。なぜならそのような行動は「われわれの同情が自然に促す」ものから生じるからである。[/]「しかしそうでなければ、それは寛大さによる」。したがって、ある人物に自己利益を抑制させ、「公平な観察者を(その人物)自身の行動原則に登場させる」には、正義のような幅広い価値をもってするのである。それはまた、「公共精311.神のより多くの行使」を要求するかもしれない。」
311.「スミスが明らかに正しかったのは、相互に利益になる交換を求める<<動機>>には、彼が「自己愛」と呼んだもの以外は必要としないと指摘した点にある。....しかし、他の問題−−分配と平等....などの問題−−への対処に関しては、S.はもっと広い範囲にわ312.たる動機を強調した。」


・センSEN.A.
・福祉の経済学
・岩波
・SEN,
・効用、厚生、選択行動、合理的馬鹿(合理的愚か者)、>単純化、私益、動機、
・[....しかし、仮に<<両者とも>>に「効用」14と呼び、それらがあたかも同じ物であるかのように取扱うことになると、ひとが最大化に努めるものは実は彼自身の厚生に他ならないという暗黙の仮定が入り込むことになるだろう。効用概念のこのような驚くべき使用法は、現代経済理論における多くの使用法とよく合致しているのである。この意味において、現代経済理論は人間を「合理的馬鹿」として、すなわち自らの幸福、自らの欲望、自らの厚生に関する自己の見解、自分の動機、選択行動における自分の最大化対象など、本来なら完全に区別できるはずのものを識別する能力を欠いた存在として取扱う傾向があるといってよい。/....私益や動機など、大きく異なる概念を同一視するような経済学の理論化に対して私が反対せざるをえない点は、単純化の事実そのものに対してではない。私は、採択された特定の単純化の仕方、....」


・センSEN.A.
・福祉の経済学
・岩波
・SEN,SAMUELSON,
・効用、選択の動機の諸種、>顕示選好学派、個人的福祉、義務、同情、慈善、
・32. 「ひとの選択は、可能な選択対象のなかで二項関係に照して最善なものを選ぶ行動として理解できるのである。現代経済学の文献において、この二項関係はしばしば「効用」とみなされている。そしてこの見方は、少なくとも「顕示選好」学派の出発点〔サミュエルソン(1938)〕にまで遡るアプローチに従うものである。/このアプローチは、問題に答えるものというよりは問題を回避するものである。選択に内在する二項関係がひとの福祉を反映するものとみなせるかどうかという判断は、選択の背後にある動33機に依存せざるをえない。ひとの味覚(および個人的福祉への関心)に従って紅茶かコーヒーを選ぶということと、多くの考慮事項のうちでも<<とりわけ>>他人への義務を考慮したうえでストライキに参加するか否かを決定すること、あるいは同情や引くに引かれぬ感情から懸命に働いたり慈善を行ったりすることとの間には、途方もない差異がある。」


・後藤玲子
・正義の経済哲学−−ロールズとセン
・東洋経済新報社 2002,4200Y.P.466.
・GOTOU.R.,
・正義、公共的判断、私的利益の最大化、動機、関心、喜び、幸福、
・207.「公共的判断の形成をも、ある種私的利益の最大化行動と捉える見解も存在する。確かに、公共的判断の形成もまた外的に強制されるのではなく、本人の主体的・内発的な動機に基づくものであるとしたら、私的利益の最大化行動と共通する側面があるだろう。だが、そのような営みを動機づけ、持続せしめる関心は、まずもって公共的ルールのあるべき姿に向けられたものであって、帰結的に自己にも208.たらされる効用を先取りして目的化するようなものではない点に留意する必要があるだろう。そうような営みによって幸福が得られるとしても、それは正義に適った行為をするという普遍的法則に則った喜びであって、自己の個別的目的を達成する幸福、自我の特定化を推し進めるような幸福とは本質的に異なるものである。....公共的判断を形成しようという動機は、私的利益への関心とは異なるものと考えるべきだろう。」


・田中正司
・アダム・スミスの倫理学 上・下
・御茶の水書房 1997,2800,2800Y.
・TANAKA.S.,SMITH.A.,HUTCHESON,
・上:内なる人、悔恨、神の正義、慣行批判、習慣、感情の摂理、虚栄心、経済学の誕生、義務の感覚、キリスト教ストア主義、決議論批判、公共精神、公平な観察者、効用、シヴィク・ヒューマニズム、自然的自由、自然の構造、自然法学、社会化原理、称賛と称賛に値すること、情念、新古典派、新自由主義、ストア、正義感、相互人愛、相互同感、想像力、適宜性、道徳心理学、富と徳性、配分的正義、便宜の原理、見えない手、名誉、倫理的相対主義、/下:意図しない帰結、穏健派知識人、虚栄心、国民的偏見、シヴィク共和主義、市場の道徳性、自然的自由、贖罪、ストア、性格改善論、世論、普遍的仁愛、見えない手、ミニマリスト・モラル、/適宜性、同感、想像力、
・上:
78. 「S.が道徳哲学の第一の問題として自らに設定したプログラムは、徳性の本質が<<利己心>>や<<利他心>>にではなく、<<関係>>=<<適宜性>>にあり、関係における適宜性が徳性をもちうる次第を論証することによって、人−人<<間>>の同感に基づく人−人<<関係>>道徳を確立する点にあった」。
91f.S.のいう同感≠ハチスンの道徳感覚。「H.は、<<道徳的>>感覚の<<実在性>>を形而上学的に前提していたのに対し、S.は、われわれが想像力の力を借りて、当事者と立場を<<交換>>するとき、自然に<<同感>>という人−人間の交通の原理となる<<感情>>が人間の自然の<<情動>>そのもののうちに生まれると考える」。


・ドーキンス.R.
・利己的な遺伝子
・紀伊國屋書店 1991.2800Y.
・DAWKINS.R.,
・利己的遺伝子、利他的、利己的、動機(ではない)(+23)、淘汰:群淘汰;個体淘汰;遺伝子淘汰、利己主義、利他主義、/自然淘汰、
・21. 「よく調べてみると、利他的にみえる行為はじつは姿を変えた利己主義であることが多い。くりかえすが、私は、根元にある動機がじつは利己的なものだといっているのではない。生存の見込みに対する行為の効果が、最初に考えられたものとは逆だといっているのである。」
24. 「この本で私は、<<遺伝子の利己性>>と私がよんでいる基本法則によって、個体の利己主義と個体の利他主義がいかに説明されるかを示そうと思う。[/]しかしその前にまず、利他主義についての誤った説明をとりあげねばならない。..../この説明は、....生きものは「種の利益のために」、「集団の利益のために」ものごとをするように進化する、という誤解である。..../ 25.世界は、自己犠牲を払う個体からなる集団によって大かた占められるようになる。これが「群淘汰」説である。....昔から支持されてきたもう一つの説は、ふつう「個体淘汰」とよばれているものである。[<]私としては遺伝子淘汰というほうが好きであるが。・・・・・・」/ 61.「私は自然淘汰の基本単位として、したがって利己主義の基本単位として、遺伝子を考えるほうがいいと述べた。」


・カント
・実践理性批判
・岩波書店 1979.(波多野+訳)
・KANT,
・道徳的法則(道徳法則)、動機、感性、尊敬、感情、法則に対する尊敬≠道徳性を発生せしめる動機、
S,VOL1.

・RAPHAEL.D.D.,HUTCHESON,


・ライルRYLE.G.
・心の概念
・勁草書房 1987.
・RYLE,
・心、傾向性DISPOSITION、楽しみ(ENJOYING)と欲求(WANTING)(147)、快楽、喫煙、タバコ、挿話(EPISODE)的用法;傾向を述べる用法、傾向語:一般的;特殊的、「知っている」「信じている」、仮言的、/第二階の性向(INCLINATION)(156)、行為の理由と原因(157)、動機、
・163.「「タバコを吸う」という表現には挿話的な用法と、その用法から派生したと考えられる傾向を述べる用法との二つがある。」
164.「要するに、ある種の傾向語は非常に一般的genericないし確定可能determinableであるのに対し、別の傾向語は非常に特殊的specificないし確定的determinateなのである。....しかしまた、中間的なケースも存在する。」
165.「「知っている」、「信じている」、「あこがれている」、「賢明な」、「ユーモアのある」などの傾向語は確定可能な傾向語である。それらは唯一種類の事柄ではなく互いに異なる多くの種類の事柄を行なう能力、性癖、ないし傾向を表わす。」
168.「仮言的な文形において規則を表現することが可能である。」


・河野哲也
・善悪は実在する アフォーダンスの倫理学
・講談社 2007,1500Y.(選書メチエ)
・KOUNO.T.,GIBSON.J.J.,AGAMBEN,ARENDT,ANSCOMBE,イグナティエフ,EVANS.E.P.,カンギレム,GILLIGAN,KRIPKE,SAKABE.M.,SMITH.A.,SADE,TAYAMA.K.,NODDINGS.N.,HUME,HUSSERL,PLATON,BENHABIB,MILLIKAN,MOORE,
・アフォーダンスの倫理学、共感、現象学、功利主義、事実と価値、自然主義、社会的規範、実在論、修復的司法、生態学的心理学、生命的規範、相互主観、道徳感情、道徳的規範性、徳倫理学、ニーズ、反自然主義、復讐、分析哲学、法的社会、報復、暴力、民主主義、利他主義、/C3:道徳的価値の実在性、C4:道徳の規範はどこからくるのか、ケア、互酬性、/>フォーク・サイコロジー(民間心理学)、
・49. 「「私はできる」[H.]はアフォーダンスの知覚に基づいており、環境の側のアフォーダンスこそがH.の言う根源的志向を可能にすると解釈すべきだと思われる。」
110.「ミリカンは、ギブソンとは別の視点から、知覚とは根源的な内的表象であり、それは「オシツオサレル表象(pushmi-pullyu r.)」であると論じている。」
197.「人間の行為の原因を、欲求と信念に求める考え方は「フォーク・サイコロジー」と呼ばれるが、私はこの説明方式が誤りでることを以前の著作で論じた(....2003)。人間を動かすものは内的名原因であるというのは、典型的な真理主義的誤謬である。」


・大沢秀介
・シリーズ心の哲学 I
・勁草書房 2004.07・08.
・OOSAW.H.,
・大沢:外在主義と自己知の正当化、同一説:タイプ;トークン、信念、心、脳、個体化:内在主義的;外在主義的、
・233.「....。したがってこのタイプの同一説[タイプ同一説]にしたがえば、心の内容仁の個体化に関しては、きわめて明確な内在主義がとれることになる。」
234.「たとえばA君の〈アスナロはヒノキの幼樹だ〉という信念は、タイプ同一説によれば、A君のその信念のみならず、それと同一の内容を持つ信念一般に対応した一定のタイプとしての脳神経系の状態であり、その脳神経系の状態が復元できれば、誰でも常にその信念を持っていることになる。[/]それに対してトークン同一説によれば、A君の〈アスナロはヒノキの幼樹だ〉という信念は、A君のその信念を持っている時点での脳神経系の状態とは同一であるが、他の人がその信念を持つ場合とか、A君の場合でも他の時点でのその信念の表れは、異なる脳神経系の状態と同一であるということになる。したがってトークン同一説の場合には、心の内容の内在主義的個体化はかなり難しくなる。」


・リチャードソン.A./ボウデン.J.EDS.
・キリスト教神学事典
・教文館 2005,5000Y.
・NYUGREN>AUGUSTINUS,
・愛、アガペー、アニミズム、憐れみ、因果性、宇宙論、エキュメニズム、恩恵(恩寵)、悔悛、回心、神、神のイデア、観想、義、犠牲、奇跡、救済、教会、近代主義、禁欲主義、啓蒙主義、厳格主義、原理主義、功績、幸福主義、時間、自然神学、主意主義、宗教体験、自由思想、小罪、人格主義、キエティスム、世俗主義、他律、超越、天国、内在主義、二位一体論、ニヒリズム、美学と神学、福音、プラグマティズム、フロイト心理学、本体論主義、物語の神学、倫理神学(道徳神学)、/欲求、>自己義認、
・16.愛(E.McDonagh):「アウグスティヌスが神に対する愛を人間的な欲求の充足に還元(『告白録』I,1)して、明らかに新プラトン主義的傾向に陥っているとニーグレンが批判しているが、そのような事態が現実に尾起こりやすいのである。」
413.善行(A.T.Hanson):「....、自己義認は罪過よりももって危険であり、我々を堕落させるものであるとのプロテスタント的信念」


・荻原擴
・倫理綱要(改訂版)
・東京寶文館 S.2.
・OGIWARA.H.,
・>動機主義・結果主義、品性(CHARACTER)論=○、
・85. 「共通な欠点の第一は、両86者共に不必要な抽象をしたことに存する。....先ず、目的を実現した行為の結果中には、動機即ち選択された目的が含まれて居るではないか。他方動機は、思考中に存在する究極の結果ではないか。即ち動機は、結果中に実現されて居るものであるから、二者は実は一なのである。之を内的に観て動機と謂ひ、外的に観て結果と謂ふに過ぎない。次に手段の全系列中、最初の者に対すれば補K尚者は全部87目的となる。」


・ニーグレン.A.
・アガペーとエロース I-III
・新教出版社 2007.(オンデマンド版)ORG:1954,55,63.
・NYGREN.A.,LUTHER,
・V:アガペー、エロース、愛、カトリック、罪人、肉的・霊的、動機、価値、十字架の神学(286)、隣人愛、楽しみと使用(297)、
・260ff.ルターのコペルニクス革命:
261.「....。こうして、道徳主義的態度は同時に自我中心的となる。」
266.「キリストは罪人の中にだけ宿り給う」
267.「L.にとって「肉的」と「霊的」との間の区別は、理性と感覚....との伝統的な対象と、何の関係も持っていない。自然のままの人間はその全存在において、彼の行為と存在のすべてが「肉的」である。」
268.「カトリックにおいては、神と交わりは人間の中に見受けられる何かの価値....によって動機を与えられている。L/においては、神との交わりは、独占的に他より与えられない愛によるもので、....」
294.「「愛することは自己を憎むことと同じである」ということこそ、L.にとって根本原理である。」
295.AD 「自分を愛するように隣人を....」


・ニーグレン.A.
・アガペーとエロース I-III
・新教出版社 2007.(オンデマンド版)ORG:1954,55,63.
・NYGREN.A.,LUTHER,RITSCHL.A.,
・V:アガペー、エロース、愛=普遍的・同じ(A:公平)(318)、隣人愛、キリスト者=管・水路(A:=功利主義)(AUCH:327)、動機、キリスト、僕(328)、キルストの尊厳、
・320ff.神の愛の豪雨の通路キリスト者:
312.in L:「神に対しまた隣人に対する関係において、キリスト者は、信仰によって上の方に開き、愛によって下の方に開いている管にたとえられる。....彼は、神の愛が流れて通る管であり水路である7。」
325.n7:WA 1,T,1.S.100,9ff. WA 45,S.591,29ff.参照。
322.「十字架からうまれた十字架の愛は、自分の利益を求めない。それは、"fruitio"(享楽)の思想をも置去りにした。」
323.「隣人への愛にとって満足な動機を与えることにL.は失敗したというリッチェルの時代以来の共通の考えは12、上述の観念から見れば、特異な光のなかに現われてくる。われわれは、L.において、愛の目的論的な動機づけを期待しても無駄であることは事実である。しかし結局彼において、このようなものを期待することは少しも妥当ではない。彼の倫理の構造全体は、目的論的ではなく原因にかかわるのである。」
328.「キリストの尊厳は、犠牲的な自己投与の愛の尊厳である。」


・コースガード.C.+
・義務とアイデンティティの倫理学−−規範性の源泉−−
・岩波書店 2005,4500Y.
・KORSGAARD.C.M.,PRITCHARD,MANDEVILLE,HUTCHISON,HUME,
・C1(K):規範性の問い:WHY BE MORAL?、利益、動機、徳、人間の本性に基盤をもつ、
・11.「なぜ私は道徳的であるべきなのか? このような問いを、H・A・プリチャードは、道徳がわれわれの利益になることを証明せよという見当違いの要請だと考えたが、そうではない(それはその問いに対する一つの答えではあるとしても)。....マンデヴィル流の見解の難点は、道徳的慣行がどのようにして生じたかを適切に説明していないところにあるのではなく、たとえM.流の見解が真だという信念をもっていたとしても、それは、われわれが道徳的慣行を自分のこととして引き受けるに充分なものにはならないだろう、というところにある(10)。」
313.n10:「M.は、政治家が徳を賞賛することによって、したがってわれわれの誇りに訴えることによって、有徳でありたいという欲求をつくりだすのだと、示唆した。ヒュームとハチスンの答えは、性格や行為を誉められるときわれわれが感じる快が、人間の本性に基盤をもたないとすれば、徳の理想はわれわれには理解可能でもないし、われわれに動機を与えるものでもない、というものである。」


・コースガード.C.+
・義務とアイデンティティの倫理学−−規範性の源泉−−
・岩波書店 2005,4500Y.
・KORSGAARD.C.M.,>HUME,
・C1(K):規範性の問い:動機(16)、道徳の基礎づけ、正当性、理性:動機を欠く?、アイデンティティ、人間本性、拘束、内在論・外在論(313):「「外在論者」ですら、他の動機を媒介とすることによってのみであるにせよ、正しさは動機を与えることのある事由だと考えるのが普通である。」(313)、
・11.「道徳の哲学的な基礎づけを探し求めるとき、われわれはたんに道徳的慣行の説明を探しているわけではない。道徳のわれわれに対する要求が<<正当であることを示す>>根拠を尋ねているのだ。これが、私が「規範性の問い」と呼ぶものである。」
14.合理論者<Hume < 「この点に関するH.の議論は、実は妥当性に欠けていることがわかる。彼は、理性が、ここで述べられている通り動機を与えることができないということを、本当は<<証明して>>いないからである。」
20.「規範性の問いに対する私の答えは、自分が誰であるかについての感覚、すなわち自分のアイデンティティの感覚に深く訴えるものでなければならない、と私は思う。」
22.「道徳は人間本性に基礎をもつと信じる哲学者....。そういう哲学者の第一の仕事は、人間本性のなかにある道徳の源泉が何であるか、われわれが道徳的概念を使い、その概念によって拘束されると感じるのはなぜか、を説明することである。」


・コースガード.C.+
・義務とアイデンティティの倫理学−−規範性の源泉−−
・岩波書店 2005,4500Y.
・KORSGAARD.C.M.,PUFENDORF,HOBBES,JESUS,
・C1(K):規範性の問い:義務の動機、内在的な動機、義務≠強制、命令≠勧告、理由としての利益、(→教会の宝?)、道徳法則、動機、罪、罰、(ABIKO:賞罰道徳)、
・27.「プーフェンドルもホッブズも....。しかし、実際には、この二人の哲学者は、道徳的に善い行為は、今なら義務の動機と呼ばれるであろうものから生じる行為だ、と考えていた。」
27.P:「人は自発的に、そして内在的な動機によって、それらの義務が彼に命じることを為すべきだということである。これが義務と強制との主要な区別である。」
27.Hは言う。「人は命令されたことを行うよう義務づけられる」、そして「命令を発する人の意志以外にどんな理由も予想することなく、<<これを為せ>>、とか、<<これを為してはならない>>、と言う場合である」。Hによれば、この点で命令は単なる勧告から区別される。勧告の場合、勧告を受ける人の利益が行為の理由になるのである。....28.Hはこの区別を聖書の一節によって例示している。/「・・・・・・などは、命令である。なぜなら、それらに従うよう義務づけられる理由は、われわれが従うよう義務づけられている王である神の意志に由来するからである。しかし、<<もっているものをすべて売り>>、<<貧しいものに与えなさい>>、<<そして私についてきなさい>>。これは勧告である。なぜなら、そうすべき理由は、われわれ自身の利益に由来するからである。その利益とは、<<天に宝>>を積むことである。<<悔い改めよ>>、<<そしてイエススの名において先例を受けよ>>、これは勧告である。なぜなら、そうすべき理由は、全能の神の利益に向けられてはおらず・・・・・・、過去の罪のためにわれわれにつきまとう罰を免れるすべを他にもたないわれわれ自身の利益に向けられているからである。」/ここから明らかになるのは、賞罰が道徳法則に従う動機を与える、と想定すれば、道徳法則はたんなる勧告であって、命令ではなくなるということだ。あるいは、Pの言葉で言えば、賞罰が動機であれば、法は義務づけるというよりむしろ強制するということになろう。すると、賞罰は義務を支える適切な動機ではない。だからHは言うのである。/[H:][それゆえ、正しい人は、自分のあらゆる行為が正しくあるように最善の注意をする人である。....また、正しくない人は、恐怖のためにある行為を行ったり行うのを控えたりしたからといって、その正しさくないという性格を失うわけではない。なぜなら、彼の意志は、正義ではなく、自分が行おうととしてることがもたらす見た目の利益によって、枠づけられているからである。」/善い人は、Pのいう内在的な動機によって、すなわち、それが法だからという理由で正しい行為を行い、そしてその人の意志は、Hが言うように、その事実によって「枠づけられている」のである。」


・コースガード.C.+
・義務とアイデンティティの倫理学−−規範性の源泉−−
・岩波書店 2005,4500Y.
・KORSGAARD.C.M.,PUFENDORF,HOBBES,
・C1(K):規範性の問い:行為の正、利益、内在的な動機、義務、道徳的動機、
30.AD 必修科目の履修:「その状況の下では、それが必修とされているという事実それ自体が理由なのだ。これが義務の、そして道徳的動機から行為するということの実像であり、....。」


・コースガード.C.+
・義務とアイデンティティの倫理学−−規範性の源泉−−
・岩波書店 2005,4500Y.
・KORSGAARD.C.M.,>NAGEL,
・C1(K):規範性の問い:義務、理由、動機、確信、
・47.「義務が本当に理由になるかどうかという問いは、それが充分な動機になるかどうかという問いと混同されることがある。」
52.Nagel < 「ネーゲルは、われわれの信念や動機そのものをもっとよく見て、それが本当に理由であるかどうかを発見すべきだと考える。だが、そのような<<発見>>は決してなされない。規範的な存在者に対する実在論者の信念は、どんな発見にも基づいていない。それは自分の信念や欲求は規範的だという<<確信>>に基づいて53いるのである。」


・コースガード.C.+
・義務とアイデンティティの倫理学−−規範性の源泉−−
・岩波書店 2005,4500Y.
・KORSGAARD.C.M.,HUME,
・C2(K):反省に基づく認証:好意的でありたいという欲求:満足+それとは別の利点、義務の規範性、道徳的動機、人為的な美徳、義務の感覚、
・64.n Hume:「他者に対して好意的でありたい、という欲求には、欲求の充足に伴う満足に加えて、また別の利点がある。そのような欲求は、「それらを直接的に感じるだけで・・・・・・甘美で、滑らかで、優しく、そして感じのよい」ものであり、....。」
65.「この考えられるかもしれない。H.の議論は、道徳的<<義務>>を果たそうとする動機に従うことのよさを示そうとするものではない。そのれゆえ、H.の議論に依拠しつつ、義務の規範性を明らかにすることはできない、と。」 < 
65.「しかし、以上のようなH.の理解は正しくないであろう。[/]というのも、第一に、H.は次のような議論を求めているからである。ある人が、自分には有徳な好意への道徳的動機が欠けている、と自覚している場合、そのような人物は、「....自分自身を憎むであろう。....。」
65.「また、第二に、正義などH.が<<人為的な>>美徳と呼ぶものの場合、通常は右に述べた義務の感覚が動機としての役割を果たしている、という点が挙げられる。」


・コースガード.C.+
・義務とアイデンティティの倫理学−−規範性の源泉−−
・岩波書店 2005,4500Y.
・KORSGAARD.C.M.,HUME,
・C2(K):反省に基づく認証:自然な動機、正義のシステム、自己利益、公共の利益に対する共感→義務の感覚、自己是認、
・「H.によれば、人はまず自己の利益という自然な動機に促されて正義のシステムに参加する。とはいえ、この自己利益を求める気持ちが、普段から正当な<<行為>>を行うさいの動機として機能しているわけではない。というのも、正当な行為は、それだけをとってみれば、自己利益を促進するとはかぎら66ない、....。自己利益を促進するのは正義の<<システム>>の存在である。しかし、個々の正当な行為と正義のシステムの結びつきは、利益という動機を維持するにはあまりにも「かけ離れ」すぎている。[/]そのかわりに、H.は、公共の利益に対する共感をもち出して議論する。....この公共の利益への共感が、不正を避けるようわれわれを動機づける義務の感覚を基礎づける。つまり、不正を避けなかったら、自分で自分のことが是認できなくなるだろうから−−つまり、自分を卑下するだろうから−−という理由で、われわれは不正を避けるようになるのである。」


・コースガード.C.+
・義務とアイデンティティの倫理学−−規範性の源泉−−
・岩波書店 2005,4500Y.
・KORSGAARD.C.M.,HUME,PRICHARD,BUTLER,
・C2(K):反省に基づく認証:道徳への動機、美徳、善意、満足感、道徳と自己利害、(WHY BE MORAL?)、
・以上のH < 批判:
69.批判1:「第一に、H.は道徳の規範性を説明しているのではなく、たんに道徳的であろうとするわれわれの動機を説明したにすぎないのだから、H.の議論は道徳に関するプリチャードのよく知られた議論と衝突する。」/69.<反論:「われわれが<<特定の>>美徳や義務にかなった行為を行うべきであるのは、そうすることでわれわれの利益が促進されるからだ、などとH.が主張していわけではないのは明らかである。H.が主張しているのは、<<美徳を美徳自身のために実践する人間>>であることは、われわれの利益にかなうことだ、ということなのである。....打算なく心の底から他者のことを気にかける人間でなければ、他者への善意に伴う心地よさを直接に味わったり、そういった善意のもたらす満足感を味わったりすることはできない。そのようなバトラー流の議論が示そうとしているのは、....道徳的関心をもつことはそれ自体でよいことだ、ということなのである。B.流の議論は、道徳と自己利益という潜在的に規範性を有する二つの観点が調和することを論証しているのである。(27)」


・コースガード.C.+
・義務とアイデンティティの倫理学−−規範性の源泉−−
・岩波書店 2005,4500Y.
・KORSGAARD.C.M.,HUME,HUTCHESON,SCHAFTESBURY,
・C2(K):反省に基づく認証:道徳の動機、義務、最悪感、恥かしさ、良心の呵責、利益、
・324.n37: 「ハチスンの理解では、利益はわれわれが道徳的であるための<<動機>>である、とシャフツベリは言っているのであり、そして多くの解釈者たちはこの点ではH.に従ってきた....。....しかし、私の理解が正しければ、道徳がわれわれに対して権威を有するのはそれがわれわれを罰することができるからであり、そして、われわれの動機....は義務の動機である、とS.は述べているのである。この点を支持する証拠の一つとして、悪い行いをしたときの罪悪感、恥かしさ、良心の呵責によって、われわれは惨めな気持ちになるという事実をS.が非常に強調している、という事実を挙げることができる。S.がただ道徳が規範的なのはそれがわれわれの利益を促進するからだ、と言おうとしているだけならば、老獪な悪人が自己を是認する喜びを失うことに対するヒュームの訴えが一見循環していいたのと同様、この主張は循環しているこちおになるであろう。」


・折原浩
・ヴェーバー『経済と社会』の再構成−−トルソの頭
・東京大学出版会 1996.6500Y.
・ORIHARA.H.,WEBER,FREUD,NIETZSCHE,
・理解心理学、応報倫理、パーリア民、精神分析、意味連関、ルサンチマン、
・220.「行為者自身にはまったく、あるいはほとんど意識されず、その意味で主観的に目的合理的には準拠されていないが、それもかかわらず、研究者には客観的に整合合理的に解明できるような意味連関....。ヴェーバーによれば、フロイトの精神分析やニーチェのルサンチマン論は、当時、〈解明〉の範囲を、意味連関のこの範疇にまで拡大しようとする〈理解心理学..〉の企図であった。たとえば、法律を守りつつもなお不幸な、みずからの姿を、神なき敵の高慢と幸福に対比し、みずから謙って罪を告白しながら、神の怒りが敵に向かって解き放たれんことを乞い願う『詩篇』作者の〈応報倫理Vergeltungsethik〉的表現行為、また、そすした詩篇を好んで選び抜き、保存した編纂者の行為は、無力なるがゆえに返り討ちを恐れて「抑圧verdraengen」され、「内向zuruecktreten」せざるをえない、虐げられた〈パーリア民〉の〈復讐欲〉を、道徳主義的に〈正当化〉し、「代償的」に充足するものとして−−その意味では、〈パーリア民〉の利害状況に照して”ある種の理に叶ったもの”として−−解明し、理解することができる。」


・瀧川裕英
・責任の意味と制度
・勁草書房 2003,3500Y.
・TAKIGAWA.H.,SCANLON,OOBA.T.,RAWLS,KANT,(ABIKO),
・配慮応答責任、動機づけの根拠:共感・配慮(対象に基づく欲求);原理に基づく欲求;「構想に基づく欲求」(RAWLS)(244)、
・138.「配慮応答責任論によれば、動機付けの根拠となるのは、他者の福祉の増進を望む欲求として解釈された「共感」139.あるいは「配慮」である。共感は、具体的他者に対するものであれ、抽象的他者に体するものであれ、何らかの対象・客体に対するものであり、道徳概念あるいは原理を用いずに記述することが可能である。したがって、その欲求は「対象に基づく欲求(object-dependent desire)(45)」と呼ぶことができる。/これに対して、スキャンロンの契約論によれば、動機付けの根拠となるのは、他者に対して正当化したいという欲求である。この欲求は、共感のように対象に基づく欲求ではない(46)。他者に対する正当化欲求は、何らかの原理を用いずには記述不可能である。したがって、「原理に基づく欲求(principle-dependent desire)(47)」と呼ぶことができる。/139.他者に対する正当化欲求は、原理に基づく欲求であるために次の二つの特徴を持つ。/第一に、他者に対する正当化欲求が行為の理由となる場合に作用しているのは、欲求の強度ではなく、欲求の内容である。..../第二に、より重要な点だが、他者に対する正当化欲求は、目的ではなく方法に関する欲求である。つまり、共感の場合のように他者の福祉の増進といった目的に対する欲求ではなく、そのような目的を追求する際にいかなる方法で追求するかに関する欲求である。..../以上のような動機付けの理解は、カントの道徳哲学に依拠するものである。」
ABIKO:A.のKANT批判に関わってくる。SEE ON 環境倫理。


・瀧川裕英
・責任の意味と制度
・勁草書房 2003,3500Y.
・正当化欲求、「構想に基づく欲求」、動機づけ、
・244.n46:「Cf.S.Freeman,"Contractualism,Moral Motivation....」
244.n47:「J.R.Political Liberalism,pp.82ff.ロールズ自身は、他者に対する正当化欲求を「構想に基づく欲求(conception-dependent desire)」と位置づけている。Cf.J.R.,PL,p.50,n.2.pp.83ff.」


・渡辺雅子ED.
・叙述のスタイルと歴史教育 教授法と教科書の国際比較
・三元社 2800Y.
・WATANABE.M.,HSU.F.L.,HAMAGUCHI.E.,
・歴史叙述のスタイル、歴史教育、渡辺雅子:「歴史の教授法と説明のスタイル 日米小学校の授業比較から」:説明スタイルの違い、N 認知心理学:通常でない→「なぜ」;通常→「どのように」、「状況倫理」「状況による原因」、態度、因果、
・50. 「認知心理学の研究では、出来事と出来事の間に通常でない関係を見出した時には「なぜ」という質問をするのに対して、出来事の間のリンクが通常だと感じた時には「どのように」起きたのかと尋ねると言われる。」
52. AD 日本の:「この方法では、目的(結果)に到達するための手段(行動)は長い連鎖によってゆるやかにつながっているものの、現在の行動がどう意図した結果に結びつくのかは直接には見えない。そうなると、結果を速やかに達成しようと計画したり行動を起こしたりするよりは、目的に向かう「態度」や「心構え」が重視されるようである。....ここでは、出来事の関係は強い因果律で結びついているというよりは時間の経過によって結びついており、それが一連の出来事を考える上での論理の枠組みとなっていると考えられる。..../フランシス・シューと..濱口惠俊は、このような理解の方法を「状況倫理」または「状況による原因」と呼んでいる。」


・式部久
・倫理学
・牧書店 S.39.
・SHIKIBE.H.,KANT,MOORE,
・結果:直接的;間接的、本質的;偶然的(130)、動機主義VS結果主義、蓋然性、予見、行為の正、
・130.「結果(consequence)とは事柄の後にそれにつながっていい面をもっている。しばしばそれは、行為<<の後に>>出て来るものというより、<<行為そのものの内容>>と考えられていい面をもっている。」
132.「カントの道徳法則は、彼自身の思惑はともあれ事実上は、結果に対する考慮を要求しているのである。カントの倫理学を世上一般の一面的動機主義と同日に論ずるのは誤りである。」
133.「しかしカント的反省に登場する「結果」は、現実的結果ではなく、<<架空の結果>>である。<<その状況>>の中で<<その行為>>によって生み出される結果ではなく、その行為と<<同じタイプ>>の行為が<<普遍的に>>行なわれたと<<仮定した場合>>の結果である。」
140.「ムアのこれらの批判に対する解答は次のようなものである(5)。−−たしかに人はいかなる行為が最善の結果を生むかを<<前もって確言>>することはできないだろう。しかし、もし最善の結果を生むであろうことが<<高い蓋然性をもって>>与件できるものがあるとするならば、それを行なうことが人の義務である。」....パラドクス。....「行為者に責任がないからといってその行141.為が正しいものだったことにはならない。−−」


・石川文康
・カントはこう考えた−−人はなぜ「なぜ」と問うのか
・ちくま学芸文庫 2009,1000Y.ORG:1998.
・ISHIKAWA.F.,KANT,ARIST.,CIPERNICUS,DESCARTES,HEIDEGGER,BAUMGARTEN,HUME,PLATON,HEGEL,BACON.F.,LEIBNIZ,LAMBERT.J.,LESSING,
・アンチノミー(アンティノミー)、理性、因果性、仮象、感性、極限、原因、行為、時間、自由、データ、道徳、パラドックス、矛盾、理性、理念、理由、量子論(108)、理性=自発性、第一原因としての自由(220)、自由による因果性(221)、動機、回心(258)、観点・視点、
・AUS:山本+吉川
222.「他方、人間は<<理性的存在者であるかぎりにおいては>>、自由な意志を備えた存在者である。この第二の観223.点から見られるかぎり、人間は時間の支配を免れており、かれの行為の原因が「より以前」の原因に転嫁されることはできない。」
230.「いずれにせよ、このように考えると、「自由がある」というテーゼの主張も、「自然因果性の法則しかない」とするアンチテーゼの主張も、視点の取りかたによって異なるだけであって−−アンチテーゼの語調の強さを度外視しさえすれば−−両方とも正しいということになる。」
245.「われわれの中に「道徳法則への尊敬の念」が<<結果>>するという事実は、超時間(理性)に起点(根拠)をもつ道徳法則が時間(感性)の中に突入し、れっきとした作用<<原因>>として働くことを意味する」


・渡部峻明
・ヒューム社会哲学の構造
・新評論 1985.
・WATANABE.T.,HUME,SMITH.A.,
・同感(SYMPATHY):感染的(INFECTIOUS)=同類感情(FELLOW-F.);想像的、利他的感情(218)、動機、快楽、結果、想像上の立場交換、
・220.H≠S:「Hが道徳的判断に当たって同感の対象とするのは、行為者ではなくして、利害関係者....であるのに対して、Sにおいては、行為者が同感の対象となる。すなわち、S221.は好意の動機を、Hは、その結果を道徳的判断の基礎とするのである。もっとも、Hにしても、動機を問題にしないわけではない(16)。しかし、Hの動機に対する顧慮は、それが如何なる結果を産む傾向を有するか、すなわち利害関係者に快楽を与えるような行為の持続的原因であるか否かの顧慮であるから、彼の問題は、やはり行為の結果にあるといえる。」
238.n16:H(T・477):「外に表われる動作には何の価値もない。われわれは、道徳的気質を見出すためには、内部をみなければならない。われわれは、このことを直接にはなしえないのであるから、外的な標識としての行動に注目するのである。」
221.「Hの同感には、Sにおけるごとき想像上の立場の交換が含まれていない」


・渡部峻明
・ヒューム社会哲学の構造
・新評論 1985.
・WATANABE.T.,HUME,
・同感(SYMPATHY)、快楽、動機、
・222.「例えば、ブルータスの愛国的な行為を賞賛するさいに、われわれが考慮するのは、悲劇に終った当の行為ではなくして、その種の愛国的行為が通常もたらすであろうところの利益である。」
230.「Hにおいて、善とは快楽であるが、それには行為者に属する快楽と観察者に属する快楽−−同感的快楽−−の二種類があった。そして、レイングが指摘するように、倫理的意味を含む快楽は後者のみであって、前者は行為の動機たるに過ぎないのである。」[Laing,David Hume?,p.192]
230.「この二つの善の分離から、新たな問題が生ずることとなった。それは、観察者に属する倫理的善が、如何にして行為者における実践的原理となりうるかの問題....である。/しかし、以上の問題は、Hによって取り上げられていないのみではなく、その問題の所在すら、明瞭に意識されてはないのである。」


・児玉聡
・功利と直観 英米倫理思想史入門
・勁草書房 2010.3200Y.
・KODAMA.S.,WILLIAMS,AUSTIN.J.,KANT,CARRITT.E.F.,GODWIN.W.,SIDGWICK,SCHNEEWIND.J.B.,SINGER.P.,DEVLIN,HART,BUTLER.J.,WHEWELL.W.,PRICE.R.,BRANDT,PRICHARD,HARE,PALEY.W.,BENTHAM,MIII.J.,MILL,MOORE,REID.T.,RAWLS,ROSS,LOCKE,
・功利主義、直観主義、帰結主義、義務論、共感、嫌悪、自愛、常識、心理学、心理的麻痺、正義、道徳感覚、トロリー問題、反省的均衡、利己主義、理性、利他心、良心、



・藤井直敬
・ソーシャルブレインズ入門 〈社会脳〉って何だろう
・講談社現代新書 2010,740Y.
・FUJII.N.,
・ソーシャルブレイン、社会脳、顔、しぐさ、認知コスト、幸福、脳科学、仮想空間、脳の中のプチマシンと身体イメージ、倫理、>モジュール仮説(30)、「空気」を読む、「社会的ゾンビ」、違和感(98)、


   



   2. 邦語論文




・哲学の探究 33
・2006.
・ISEDA.T.,ICHINOSE.M.,KANAMORI,O.,KUBOTA.S.,TAKAGI.K.,TANAHASHI.T.,HIRAI.Y.,MIKAWA.T.,MITANI.T.,YAMADA.K.,
・伊勢田:「認識論における非個人主義的内在主義」、一ノ瀬:「不確実性の認識論−−確率・因果・曖昧性をめぐって−−」、金森:「遺伝的デザインの哲学」:遺伝子改造、久保田:「指示されている対象とその名前の正しさについて」、高木:ほらふき男爵、棚橋:「知識と学力」、平井:イマージュ、三河:「非-力な言葉」、三谷:「「失われ」に対する反発」、山田:懐疑論、
・7.(伊勢田):「本稿では、認識論における内在主義と外在主義の論争に対する一つの対案としての「非個人主義的内在主義(....,NII)という考え方を提案し、その可能性について考察する。NIIはこの論争における一種の手詰まり状態を、集団という視点を導入することで解消しようとする立場である。」


・飯田
・「道徳的であること」の合理性
・千葉大学教養部研究報告A18(上)
・FRANKENA,HOBBES,NIELSEN,IIDA.
・WHY BE MORAL?、道徳と合理性、心理的自己主義の論駁、
・93.Fの近著THINKING ABOUT MORALITYは、道徳的に生きることが果たしてRATIONALであるかということを吟味。
93.道徳が共同体の維持・個人の幸福実現の点からみて、その合理性を主張しえるかどうかについて:1.社会道徳の観点から:CF.HOBBES,RAWLS,NOZICKが、2.個人的生き方の観点から:CF.NIELSEN,FRANKENAが論じている。
95.Fは心理的利己主義の主張(利他行為も結局は自己満足の為のものなり)を論駁。−−この議論への筆者の付加:そもそも生き方・自我概念に関して、利己主義≠道徳家。     /  96.N F.:我々が頭脳明晰、論理的で、自己自身や自己と関連の在る事柄に関して鮮明な仕方で知識をもちえる時、我々は道徳的であることを選ぶであろう、ということを示すことによって、道徳的であることの合理性が支持される。


・福田俊章
・理性の自己矛盾としての実践的二律背反
・倫理学年報40.1991.
・KANT,
・実践的二律背反、動機、幸福、最高善、経験的実践理性、至福(浄福)、弁証論、
・83.英知的幸福とも言うべき「浄福」
84.Kは、ストア派は幸福を「人間的欲求能力のBESONDERESな対象」とみなそうとしなかった(OR.228)と批判。
84.主体的動機に関してのみならず、意志の対象に関してもまた道徳法則が十分な規定根拠であることも、《分析論》の〈動機論〉で確定している。
87.実践的二律背反:
  定立:「幸福への欲望が徳の格律への動因である」
  反定立:「徳の格律が幸福の作用原因である」


・銭谷秋生
・理性の事実
・カント読本、法政大学出版会1989.
・KANT,ZENIYA.A.,
・尊敬の感情、実行の原理、動機、
・165.道徳法則の普遍的拘束性を告げる(内的)経験=166.「尊敬の感情」という経験。
165.「道徳性の最高の根拠は、決して単なる思弁的な表象ではなく、動機力を持たねばならず、それゆえその根拠は知性的なものではあっても、意志の最初の動機に関して直接的な関係をもっていなくてはならない」(BRIEF AN M.HERZ,1773,X145)−−つまり講義録での言葉を用いれば、道徳性の最高原理は、善悪の「判定の原理」であると同時に、人間がその動機においても善へと根源的に拘束されていることを示す「実行の原理」でもなければならない(XXVII1428)。


・平井亮輔
・正義・対話・デモクラシー2。
・法学論叢130-2,130-4.1991,1992.
・HAB.,HONNETH,YOUNG.I.,HIRAI.R.,ALEXY,WALZER,HOEFFE,ELSTER.J.,NAKAOKA.N.,KANEKO.H.,INOUE,RAWLS,
・対話前提からの正義論の組み立て、現実のコミュニケーションがもつ問題、議論ダーウィニズム、討議倫理学、会話としての正義、福祉国家、民主主義、原初状態への動機づけ問題への対処としての道徳的人格概念の導入、
・25.HIRAI>HONNETH,YOUNG:対話前提のみから正義論を組み立てるならば、行為規範はいかに基本的なものであれ理性的な対話を通じた合意によってその正当性が判断されるという討議倫理学の基本的考えに反する。27.HIRAI>INOUEの「会話としての正義」
28.対話を問題解決のための方法手続きと捉らえることに批判的な見解:CF.金子晴勇、中岡。
28FF.デモクラシー論としての正義。CF.ALEXY。WALZERによる福祉国家の検討。
35.N HOEFFE:現実のコミュニケーションの孕む問題。その一つ=「議論ダーウィニズム」   ELSTER.J.も問題点を挙げる。
20.N H.:Rは「原初状態」へ自己を置くことの動機づけの問題への対処として道徳的人格概念を導入。


・飯田亘之
・「なぜ道徳的であるべきか」の問いについての一考察

・BUTLER,KANT,MILL,NEILSEN,IIDA.,
・なぜ道徳的であるべきかWHY BE MORAL?、良心の呵責、エゴイズム、幸福、慈愛、徳、動機、完全善、よきサマリヤ人、反道徳的人間、
・29.BUTLER:「美徳や....は、....そのことが自分の幸福に役立つかOR....を確信出来るまでは、道徳的公正さや善の追求を正当なものだとして自分みずからに納得させることも出来ないだろう....」( RAPHEAL ED.,BRITISH MORALISTS I P373.)
29. KANTは、完全善(最上善+幸福)が期待出来なければ、どんなに....としても、それが「意図と実行の動機」(KDRP B.841)となりうることはあるまいとしている(KDRV B.840F.;KDPV AK,V 110-4)
31. MILLにヒントを得て(UTILITARIANISM CH.5,15TH PARAG.)、道徳的行為を1.....のレヴェルと,2.「よきサマリヤ人」(『聖書』ルカ伝 CH.10,30-5節)のごとき行為の二つのレヴェルにわける。
33.NIELSENは、人間は通常、....愛...等を必要とする。はなはだしい反道徳的人間はこれらのものを得るのは困難では、と結ぶ。


・飯田亘之
・「なぜ道徳的であるべきか」の問いについての一考察

・IIDA.,HOSPERS,CAMUS,FRANKENA,MARCEL,BENTHAM,
・非利己的動機、「慈愛の快楽」(BENTHAM)、愛、WHY BE MORAL?、
・33.HOSPERSはCAMUSの異邦人とよく似た例を挙げている。HUMAN CONDUCTP180F.
36.FRANKENA:「我々は....のごとき非利己的動機を持っている。....このような動機にもとづく行為は喜びをもたらす。」THINKING ABOUT MORALITY P86.
38.AD MARCELにみる生き方:他者との愛に重きを置く者もそこから喜びをくみとるのであるから、それも又自己の利益を求める故だと解釈でき、エゴイストと根本においては同じではないかという解釈もなりたたないことはない。この点について私は....と解釈している。
39.BENTHAMは、快楽に質的区別をしなかったが、快楽には感覚的快楽だけではなく、友愛の快楽、敬虔の快楽、慈愛の快楽等があるとしている。< これらを快楽とするのは無理がある。


・舩木祝
・シェーラーとカント
・哲学会誌N 16.1992.(学習院大学哲学会)
・SCHELER,KANT,
・個性的善、理性的自己愛、公共主義>利己主義、格律、動機、心情、
・17.S.:「個性的善」
18.Kはこの第一の格律のあり方を、「心術Gesinnung」と呼んでいる( Religion 24)。
18.N K:「人間が善であるか悪であるかの区別は、彼が彼の格律へ採用する動機の区別にあるのではなく(格律の実質にあるのではなく)、従属関係(格律の形式)にあるのでなくてはならない」(Religion 38)。
18.K:道徳法則に条件づけられた限りにおける自己愛=「理性的自己愛」(KpV 86)。
20.N K:「利己主義に対しては公共主義(Pluralism)だけが対立せしめられ得る)(Anthr 15.)
上の三引用:AUS PHILO.BIBLIOTHEK。


・中河伸俊
・クレイム申し立ての社会学(上)(下)
・富山大学教養部紀要 22-2,23・2 1989,1990.
・SPECTOR.M.,KITSUSE.J.I.,GOULDNER,GARFINKEL,
・ラベリング論、権利主張、逸脱、構築主義(CONSTRUCTIONISM)、エスノメソドロジー、動機は行為に対して外的(66)、統計の誤用(2-57)、選択的相対主義(2-57)、
・57.SPECTOR/KITUSEの構築主義(constructionism);主観主義的アプローチ
57.−−これは:社会現象の「構築された」性格に注目する立場をとる研究者にとって、得るところが大きい。
62.構築主義者の社会問題論では、社会問題は「なんらかの想定された状態について苦情を述べ、クレイムを申し立てる個人やグループの活動」として定義される。
66.N S/K:動機や価値は言語的、レトリック的な性格のものであり、行為者に外的、事後的に付与されるという面をもち、それはつまりは「ある状態を社会問題として定義しようとするときに社会のメンバーが使用する資源の一つである」。


・成田和信
・行為の理由と動機づけ
・人文科学 8.1993.慶応大学
・NARITA.K.,HARMAN.G.,BRINK.D.,FRANKENA,
・行為の理由と動機づけ、内在主義の擁護、動機に関する非道徳者
・75. 行為の理由に関する内在主義:或る事柄を行為者が認識した場合、その認識が行為者を当の行為へと動機付けることができなければ、その事柄はその行為を行う理由にはならない。
行為の理由に関する外在主義:認識と当の行為への動機付けとの間にそのような関係がなくとも、その事柄がその行為を行う理由となりえる。93. 以上 ≠ 行為の道徳的な正しさに関する内在主義:ある行為が道徳的に正しい行為となるためには、行為者がその行為へと動機付けられなければならない。
77. 「行為の理由」の二義: 95.FRANKENA:「動機付けの理由」「正当化の理由」          /96. HARMAN:「反事実的内在主義」96. BRINK:動機に関する非道徳者amoralist:或る行為が正しいとは認めるが、その行為へと動機付けられない人


・永井均
・ルサンチマンとは何か
・文藝 1995-冬季号
・NAGAI.H.,NIETZSCHE,SCHELER,LEVINAS,
・ルサンティマン、善、WHY BE MORAL?、キリスト教道徳、ニヒリズム、名誉欲が利己性と利他性とを媒介する、不純な動機、
・263.名誉欲が利己性と利他性とを媒介する。これを不純な動機として否定してしまっては駄目。


・村若修
・倫理学における心理学的リアリズム
・理想 654.特集:分析哲学の新展開 1994.
・MURAWAKA.O.,FLANAGAN.O.,GOLDMAN.A.I.,JOHNSON.M.,STICH.,KANT,
・倫理学における心理学的リアリズム、功利主義批判、最小の人格、最小のリアリズム=同一性を人格概念の不可欠の要素とはみなさない、最小の人格、自己物語、
・41.心理学的リアリズムの原理:道徳理論が指示する規範の内容は、心理学的観点からして、我々によって実現可能なものでなければならない44.強い心理学的R:この「我々によって実現可能なもの」を狭く解釈→いかなる個人の心的特性も、それがその人の同一性を支えているかぎり、それを侵害することは許されない。
45.これに対して最小のRは:場合によっては(f.e.極端な民族主義)人格の同一性を破壊する可能性を認め、そのために、同一性を人格概念の不可欠な要素としては認めない。
46.[そうした「最小の人格」にもやはり同一性を考えるとして]最小人格の同一性はどのようなものか? −−それは脳過程の因果的連続性といったthinな人格の同一性ではない。自分が首尾一貫した人生を送っているということを確認しつつ生きていることが、人格の同一性の維持と呼ばれるものの真相なり。−−いわば「自己物語」としての同一性。


・村若修
・倫理学における心理学的リアリズム
・理想 654.特集:分析哲学の新展開 1994.
・MURAWAKA.O.,FLANAGAN.O.>MACINTYE,DENNETT,
・倫理学における心理学的リアリズム、最小の人格、自己物語、人格の物語的同一性、共同体主義、
・47.N DENNETT:人格の同一性は、「虚構」という意味で物語であり、その物語において表象される自己も実体のない「物語の重心」である。
47.しかし:自己を角にすることがほとんどできない症例や、逆に多重人格の症例もあり。
47.共同体主義倫理学は、人格の物語的同一性の尊重を前提したうえで、価値観の均質な社会が個人の同一性を強めると結論するが、その主張が経験科学によって裏打ちされ得るかどうかは疑わしい。CF.FLANAGANのMACINTYRE批判。   共同体主義も、人格のもつ心理学的な可能性の幅を倫理学的に過度に狭めている点で、結果的に強いRに陥っていると判明するかもしれぬ。


・関口正治
・ミルにおける政治理論と歴史−−1846年まで−−
・東京都立大学法学会雑誌 26-2.27-1.1985,1986.
・SEKIGUCHI.S.,MILL,MILL.J.,BENTHAM,HUME,SCOTT,マコーリー,TOCQUEVILLE,COLERIDGE,COMTE,
・歴史、人間本性、快楽主義的心理学、M.>直観主義的道徳論、
・148FF.人間本性原理の修正:
150.マコーリー> J.MILL
152.M.は:「歴史の効用」では理論は経験にもとづくと漠然と述べていた点を敷衍して、「われわれは推理が導出される際の出発点となる真理の証拠は帰納にもとづいている」と明言
189.M.> B.:歴史的環境の多様性を無視。「国民の社会教育」という発想の欠落。
192.IN 道徳理論の文脈で:マコーリー> 快楽主義的心理学
95FF.むすび:
95. M.は最初、歴史を人間本性原理のたんなる例証とみなした。...だが、「精神の危機」後、....人間本性にかんする複雑な前提からの推論の結果を検証する役割を果たすものとして歴史を評価するようになる
96. M.> 直観主義的道徳論。合理的道徳としての功利主義確立の努力


・鈴木真
・J.S.ミルにおける諸個人の発展の概念とその功利主義的根拠
・実践哲学研究 N.21,1998.
・SUZUKI.M.,MILL,WORDSWORTH,
・個人の発展、功利主義、道徳的選好(25)、動機、欲求、良心、快の感受性(31)、自律、美的快楽(37)、道徳感情、利他的動機(39)、統制的動機(44)、
・26.N M.:欲求=快を伴う観念が形成する連想
37.M.:「私は、それらの[W.の]詩によって、内的な喜び、すなわち共感的で想像的な快の、すべての人間によって共有されうる源から[快を]汲み出しているように思われた。」
38.「想像力によってこそ、他の人々の苦や快を自分の苦や快として感じる(M.によれば、このことは「道徳感情の基礎」である)ことが可能となる。」
47.「M.が示している諸個人の発展の諸特徴には、快楽説功利主義の立場からの理由づけが一貫してある。そこで、これらの根拠となっているM.の事実認識がただしければ、功利主義者M.は諸個人の発展を支持する正当な理由を持つことになる。」


・神崎繁
・二つの合理性−−概念的思考と命題的思考
・哲学 50.1999.
・KANNZAKI.S.,WITT.,
・合理性、「技巧ではなく正しい判断」(W.)、理由の規範性、動機づけ、価値、共同体主義、ノイアートの船、ゲーム理論、
・42.W.:「人が学ぶのは技巧ではなく、正しい判断を学ぶのである。」(『探究』第二部 xi)
42. 「以下、行為の「理由」に関する問題を出発点として、そこにおける理由の規範性と、動機付けの内的相関者としての「価値」に関して、それら両者の相互連関において理解される「合理性」概念を考察することにしたい。」
43. 「....に対して、様々なタイプの共同体主義の立場からの批判が、80年代に入って顕著となる。....それは、このような全体論的議論の動向において好んで用いられる「ノイラートの船」の比喩による示唆も手伝って、現存の社会的条件に定位しつつ、そこで成立している規範についての理論的考察を、いわば内部から形成する(つまり、メタ理論を拒否する)という意味で、歴史的な研究にも新たな展望を開くことにもなった。[/]他方では、よりテクニカルなゲーム理論の知見を応用....」


・神崎繁
・二つの合理性−−概念的思考と命題的思考
・哲学 50.1999.
・KANNZAKI.S.,ARIST.,TAYLOR.C.,
・合理性、ストア派、思案(in A.:=動機形成に関わる概念の習得過程)、同意、意志概念の成立=実践知の崩壊、
・55FF.「われわれ次第(epi hemin)」と意志:
55. 「ストア派の行為の決定の過程においては、A.のそれにおいて不可欠であった、動機形成に関わる概念の習得過程でもある「思案」の過程が、全く欠落している」。....「ストア派においては、同意に対して何か特別の意味合いが付与されてくるようになる。」CF.C・T.。
56. 「「選択」もまた、本来の意味から離れて、とりわけ意志的決断の要素を強く帯びることになる。重要な変化は、その際、選択の不可避の前提である「思案」の過程が、全くと言っていいほど欠落するようになったことである。」
57. 「意志概念の分離・独立は、実践知の崩壊と同義である。」


・神崎繁
・二つの合理性−−概念的思考と命題的思考
・哲学 50.1999.
・KANNZAKI.S.,ANSCOMBE,
・合理性、近世哲学:知識の観照的な概念、特殊で奇妙な視覚、非観察的な実践知=動機づけにおいて規範的に働いている、
・57.ANS.:「近世哲学において、われわれは確かに、知識について徹底して観照的な概念をもっている。....この近世の知の観照的な概念が、われわれを完全な暗闇に陥れる原因なのである。というのは、もし観察に基づく知識と意図による知識という二つの知識があるとすれば、知識の二つの対象が存在しなければならないかのように思われてくるのである。他方、対象は同じであると言うとすれば、行為において、観照的な知識の別の形態を、あたかも行為の最中に極めて特殊で奇妙な視覚が存在するかのように、虚しく求めることになるのである。」(1963(2),P.57)
57. 「このような非観察的な実践知は、既にそれ自体として動機付けにおいて規範的に働いているのである。」


・原田純治
・利他的動機について
・九州大学教育学部紀要(教育心理学部門)29-2.1984.
・HARADA.J.,EISENBERG-BERG.N.,HOFFMAN.H.A.,KARYLOWSKI.J.,MURRAY.H.A.,REYKOWSKI.J.,
・利他的動機、援助行動、価値帰属、実利(功利)的価値と規範的価値、
・3.「R.は、利他的行動の先行条件は、社会的対象(特定の個人)、特定の行動型(例えば、援助、分与)、あるいは特定の状態(例えば、公正)に対してなされる価値の帰属のあり方であり、その価値帰属の源泉は実利(功利)的価値と規範的価値であるとした。実利(功利)的価値は、対象・行動・状態がその欲求充足特性あるいは欲求充足における具体的役割に基づいて置かれる価値であり、いわば自己利益に基づく価値である。これを彼はipsocentricな動機と呼んだ。規範的価値とは、内面化された規範、社会的要求に対する服従から対象・行動・状態に置かれる価値である。これはK.がendocentricと呼ぶ価値であり、自尊感情(self-esteem)の高揚に基づく価値である。」


・佐藤労
・カントの実践的認識論と道徳の理由
・理想 663.1999.
・SATOU.R.,KANT,NIELSEN.K.,
・実践的認識、道徳の理由、動機、尊敬の感情、
・112.....苦痛の感情。尊敬....。「「道徳法則と感情の関係」をア・プリオリに認識することが、実践的認識と呼ばれている」
112.「可想体における原因である....理性が、現象において善い行為を引き出し道徳感情を引き起こすこと、これを認識することが実践的認識と名づけられている....。善い行為をするときの理由、すなわち気持ちを理解することが、実践的認識とよばれている」
118.「ある人が募金するという善行を適法的に認識するだけでなく、その行為の理由を「親切心から」と、行為の道徳性を認識することができることが実践的認識の意味であった。しかし、ある人が善行をなす理由や気持ちが分かったとしても、それが私が善行をなす理由にどのようにつながるかが問題である。」(n)
n:K.Nielsen,Why be Moral?,1989.p.172.


・佐藤労
・カントの実践的認識論と道徳の理由
・理想 663.1999.
・SATOU.R.,KANT,
・実践的認識、道徳の理由、尊敬の感情、実例、動機、(WHY BE MORAL?)、
・119.「彼という実例が私に法則を突き付ける」(V77)=119.「実例を見聞きした人は「自分もこうした人間になることができたら」(V156)と思うようになる。」=119f.K.:「純粋な徳の提示が、主観的にもまた・・・・・・
大きな支配力を人間の心に及ぼし、強大な動機を与える」(V151)
119.「実践的認識は、他者の道徳的行為の理由を判定するだけでなく、自分が善い行為をする、実行の契機にもなるのである。....親切心から募金している彼の気持ちを、「尊敬に値する」「立派だ」と認識することは、「親切心から募金することは立派だから、僕もそうしたい」という実行の契機にもなるのである。」


・大沢秀介
・いわゆる内在主義と外在主義の区別−−篠原氏の書評への反論
・科学哲学 32-2.1999.
・OOSAWA.S.,BONJOUR,
・内在主義・外在主義、
・111.N B.:「内在主義とは正当化の理論について言われるもので、「或る信念が或る人間に対して認識論的に正当化されるために必要なすべての要因が、その人間にとって認知的に到達可能、すなわちその人の認知的視野において内在的であることを要求する理論が内在主義」であり、その正当化の要因の一部でも内在的であることを要求しなければ、その理論は外在主義である。(A Companion to Epistemology,p.132)」


・成田和信
・道具的実践理性の存在について
・慶応義塾大学日吉紀要 人文科学・16 平成13
・NARITA.K.,KANT,NORMAN.D.N.,HAMPTON.J.,HUME,KORSGAARD.C.M.,MCDOWELL,MELE.A.R.,MILLGRAM.E.,MINTOFF.J.,NAGEL,WALLACE.R.J.,
・道具的実践理性、「合理的ヒューム主義」、欲求、動機付け、規範的思慮DELIBERATION、「べき」、
・1.「ここで私が「実践理性」と呼ぶのは、我々が思慮deliberationに基づいて一定の行為へと動機付けられるときに、その動機motiveを生み出す働きをする理性のことである。」
1.「実践理性の存在と能力に関して三つの立場がある」:1.ヒューム、2.「合理的ヒューム主義」:MEAL、3.「カント主義」:KANT,NAGEL,KORSGAARD,HAMPTON。

3.「「その命題に一致するように世界が変わるべきだ」という思いの中の「べき」は、道徳的な「べき」でもプルーデンスの「べき」でも、あるいは、法律上の「べき」でもない。....単に命題内容と世界との「適合の方向」を表す(きわめて原初的な)「べき」である。」
10.「[Hの]このモデルによれば、行為の動機付けに必要なのは、欲求ならびに(欲求の対象とそれを獲得する手段に関する)信念だけである。....道具的合理性という意味での規範性を表す規範的判断は、Hの動機付けモデルには登場しない。したがって、このモデルにおいては道具的思慮が行われる余地はない。」


・柘植尚則
・良心と自愛−−ジョゼフ・バトラーの人間本性論−−
・北海学園大学経済論集 47-2,1999.
・TSUGE.H.,BUTLER.J.,HOBBES,FRANKENA,
・良心と自愛の一致、行為の動機、徳への責務、利益、利己心、心理的利己主義、
・87.N B.:「行為の動機としては、自愛は良心の命令よりも影響力がある」(A.R.WHITE)
87. 「徳への責務が人類に対して実際に持ちうる影響力がどれほど少ないとしても、人々の利益や自愛に訴えて徳を実行させることができるだろう(S.P.28)。そう考えて、B.は良心と自愛の一致を主張したのである。」
87. 「むしろ、B.が自愛をいわば格上げしたことの方が重大であるかもしれない。H.にとってさえ自愛は情念にすぎなかった。....良心と自愛の一致を説くことで、88皮肉なことに、B.は利己心の時代に貢献したのである。」

88.N.7:「B.による自愛と欲求・情念・情愛の区別は、心理的利己主義への有力な批判として、今日でもなお道徳哲学に対する彼の貢献の一つに挙げられている。F.『倫理学 改訂版』35-8参照。」



・発題IVを受けての討論
・経済からみた公私問題、岩波 2002.
・SUZUMURA.K.,SEN,
・同感、コミットメント(→反主観選好的な行動)、動機、制度の設計、制度設計:利害に関連するゲームか公共倫理に関連する制度か、
・164.鈴村:「【同感】は依然として主観的な選好の世界で機能する代替的な行165.動動機です。これに対して、道義的な【コミットメント】のために....するなど、自分が甚だしい不利益を蒙る結果をもたらす可能性を熟知しつつも、止むに止まれぬ思いに突き動かされて、反主観選好的な行動をとるひとがいます。これも....無視できない行動動機である筈です。」/166.「その際[制度を設計する際]に問題になるのは、ひとびとの利害に関連するゲームを作るのか、あるいは公共的倫理に関連する制度を作るのか、という区別です。」


・松井名津
・A.K.SEN 規範的経済学への批判的考察
・理想 662.1999.
・MATSUI.N.,SEN,
・厚生経済学、情報多元論、規範的経済学、経済学と倫理学、心理的要素である効用、合理的愚か者(136)、ホモ・エコノミクス(136)、経済的厚生ではなく良き生を、評価、「他者も首肯可能な」、「立場相対的」、
・136.「現代厚生経済学やいわゆる新古典派経済学の基礎となる人間像が、個人の心理的要素である効用のみを情報的基礎とし、他の要素を捨象する点を、S.は何よりも問題視する。」
137.「この[S.の]新たな厚生経済学にとって主題となるのは、所得に代表される経済的厚生welfareではなく、人間の生き様の反映である良き生well-beingであり、これは単なる効用の増大、欲求の充足度、幸福とは相違する概念である。それは個人がいかに生きることができるかという設問に解答をよせる試みであり、....。」
137.「こうした良き生を評価するにあたってどのような基準をとればよいのか。..../....S.は客観性を喪失することなく、他者も首肯可能な客観的相違として個人間の相違をパラメーターとして評価関数にいれることを提唱している。/....「他者も首肯可能な」という表現....これは....「立場相対的(position-relativity)」道徳判断にその基礎をもつ考え方である。....」


・宇佐美公生
・「道徳の基礎づけ」の再検討−−「理性の事実」から「失敗した演繹の試み」−−
・東北哲学会年報,N.20,2004.
・USAMI.K.,KANT,SINGER.P.WILLIAMS,HARE,ABIKO,ITOU.H.,
・道徳の基礎づけ(の失敗INカント)、K=内在主義、道徳的内在主義としての「理性の事実」、(WHY BE MORAL?)、
・12.N3:「生成過程から言えば、非道徳的な理由から道徳的社会が実現し、実現とともに元来の非道徳的理由が無効となり、まさに道徳的であるべく社会に拘束されるようになった、と考えることができる。それ故、道徳の根拠には自己利益がある、と言うことが可能な13文脈は存在する(cf.Singer,[Practical Ethics,2nd ed.]326/389頁)。」
13.N5:「シンガー自身は、カントの立場を批判したあとで、外在主義の立場から自己利益を持ち出して、道徳への動機付けを語るわけではない。むしろ個人の利益を越えて、公平な視点あるいは「宇宙の観点」をとることで、倫理的に行為することが、その人の生活を豊かにする可能性があるとしている。それゆえ倫理的であるべきことを合理的に正当化することはできないが、しかし人生の意味と幸福の質からして倫理的であることを「推奨する」ことはできる、と考えている(cf.,Singer,331-5/395-9頁)。」


・立岩真也
・社会的分配の理由−−私のため、から−−
・斎藤純一ED.『福祉国家/社会的連帯の理由』ミネルヴァ書房,2004.
・TATEIWA.S.,(ABIKO),/KOIZUMI.Y.,
・分配、必要、(共産主義)、根拠、正当化、利己、利他、動機、
・日倫2004シンポ(「エゴイズム」)で小泉が言及

243.「....「各人がその必要においてとる」ことを主張しようとするのだが、その根拠について考えてみようとする。」
(<A.:「共産主義」という夢が可能だと前提にした議論だ。)
250.「出発点には人にある動機として「利己的動機」か「利他的動機」が置かれ、そしてそれがもたらすものは「利他」的な制度であるとひとまず考える。そして、その制度は行いの履行を強制するものだとしよう。ところが、人間に内的なものとして一般に想定されるこの二通りのものを挿入してもどちらもうまくいかないように思える。」


・濱井修
・宗教倫理と利害状況−−ウェーバーの宗教倫理理論研究ノート−−
・東京女子大学紀要論集 52-2,
・HAMAI.O.,WEBER,NIETZSCHE,
・宗教倫理、利害状況:経済的;心理的、ルサンチマン(ルサンティマン)、>唯物史観、
・16. 「我々の主題は、宗教倫理と利害状況との関係について、前者が後者によって全面的に制約・規定されている、つまり前者は後者の「凾数」に過ぎないという見解に対するW.の批判的視座の提示であった。先に見たように、W.は宗教倫理が階級関係によって制約されているとする見解として、一方に経済的利害状況を根本的規17定要因とするマルクス主義の史的唯物論を置き、もう一方に階級関係における心理的利害状況を規定要因とみるニーチェの「ルサンチマン」理論を置いた。」
20.W.:「外的ならびに内的な利害」


・吉沢伝三郎
・道徳判断
・新倫理学事典 弘文堂 S.45.
・YOSHIZAWA.D.,
・結果説、動機説、
・373.「個別的な行為のほうは通常内的な行為と外的な行為とに、すなわち行為の動機と行為の結果とに分離されるが、両者が常に別個に問題にされるところから、動機説と結果説との対立が生じるのも、悟性的な道徳判断の特徴である。」
374.〔参考文献〕 G.Trumball Ladd,Philosophy of conduct,1902. H.Cohen,Ethik des reinen Willens,1923(4). D.D.Raphael,Moral Judgment,1955. ....吉沢伝三郎『行動の倫理』S.33.



・心術倫理(Gesinnungsethik)/責任倫理
・岩波 哲學小辞[org:旧字]典 S13:増補第1刷(org:S5)
・KANT,WEBER,
・心術倫理(心情倫理)/責任倫理、動機説、結果、予見、政治、
・1196.心術倫理 道徳的評価の対象を専ら心術に置く倫理説。動機説の一種。結果倫理に対立。カントはその最も顕著な代表者。
1182.責任倫理 *ーベル(M.)は心術倫理と責任倫理とを対置した。心術倫理に於いて問題になるのは、’善き意志’のみで、結果ではない。責任倫理は、固より心術の純粋性を無視するのではないが、自己の行為の結果に対して、それが予見され得る限り、飽くまでも自己が責任を負ふべきものであるとする。政治に於いては特に斯る倫理が要求せられる。」



・動機(英 Motive)/欲望(英 Desire)
・岩波 哲學小辞[org:旧字]典 S13:増補第1刷(org:S5)

・動機、目的観念、運動根拠、手段、予想された現実、結果、表象+感情、/欲望、衝動、目的標準説、素質、傾向、要求(NEED)、
・105.「[I][倫] 1)欲望の項(2)と同義。願望の情(所謂衝動弾力)を伴へる目的観念(所謂運動根拠Bewegungsgrund)。....2)其等の欲望が意志の選択決定によって唯一の目的観念に統一された状態(グリーン等の用法)。3)決定された一つの動機の内には、実現さるべき目的の観念に従属して目的に必要なる手段の観念、及び予想された現実の結果の観念も含まれる。それら全体を志向と云ひその中目的観念だけを特に動機といふ場合がある。 [II][心] 意志の生起原因たる表象と感情との複合態を意味す。....」
932.「[I][倫] ....2)対象或は目的の観念に導かれた衝動(動機)。その目的の到達には満足の情を、その不到達には不満の情を伴ふ。倫理学上欲望は三点に於て問題になる。a)道徳の標準として:善とは欲望を満足させるものとする説(目的標準説)の出発点。b)理性との対立に於いて....。c)....自由意志論対決定論の論争点となる。 [II][心] ....素質は之が現実的活動となりて現はれんとする方面より傾向と云ふ。傾向の充されざるものを特に要求と云ひ、要求の意識に反映せるものは之を欲望と云ふ。」


・三谷尚澄
・カント的自律を再考する−−多元的世界における反省する自己−−
・現代カント研究9、晃洋書房,2004.
・MITANI.N.,KANT,KORSGAARD,
・168FF.:反省的認証説の批判的検討:規範性、構成主義、道徳的アイデンティティ≠実践的アイデンティティ、人間性、心理的事実、(ABIKO:道徳性≠人間性)、
・173.「「意図的反省や無条件者なしでも認証は成立する」というこの事態が示しているのは、我々を拘束する規範の権威は、実践理性そのもの(つまり反省に基づいて行為を選択する意志)ではなく、生活形式に根ざしつつ定式化される「重要さの地平」に依存している、との事実である。つまり、規範性に関する第一の審級は(道徳的アイデンティティを想定する必要のない、かつ、その内容が明確に分節化されている必要さえない)「実践的アイデンティティ」であり、そしてそのように想定しても人間の行為主体性は問題なく成立する、ということである。」
174.「「充分に反省を進めさえすれば、人間性という価値に気がつくはずだ」というK.の回答だけでは、本当の意味で問題を解決したことにはならないはずである。というのも、このマフィアが....」
175.「理由として理解できることと、それを実際の行為の理由として認証することの間には越えがたいギャップがある。こういった心理的な事実....。」 /+ SEE:FB....


・田村圭一
・倫理学における認知主義とその帰結−−パティキュラリストの動機付けとその帰結
・哲学 55,2004.
・TAMURA.K.,DANCY,NAGEL,
・パティキュラリズム(特殊主義・個別主義PARTICULARISM)<>ジェネラリズム(一般主義GENERARISM)、理由、動機づけ、内在主義・外在主義、認知主義、直覚主義、規範性・実行可能性、/打算的(PRUDENTIAL、慈愛の思慮、利口)、利益、欲求、
・207.「道徳的な判断は規範性・実行可能性(practicability)も兼ね備えている。道徳的な判断の規範性とは、道徳的な判断が行為の理由・動機付けと繋がっているということである。」
208.「パティキュラリズムとは、「ある事例において行為者を動機付ける状態が<<ほかの事例において同じように>>行為者を動機付けると想定する必要はない」という見解である。本稿の目的は、認知主義的な内在主義がダンシーの言うように、ジェネラリズムを諦め、パティキュラリズムを余儀なくされる事情を明らかにすることである。」
209.「ネイグルは非認知主義に抵抗する。ネイグルに言わせると、打算的な(prudential)信念は欲求なしに行為者を動機付けることができる。そして、道徳的な信念が打算的な信念と同じように機能することをネイグルは示唆する(1970:29)。行為者は「何らかの行為aが自分の利益に適う」という信念を獲得するときに、欲求抜きで、行為aを遂行するように動機付けられる。」


・田村圭一
・倫理学における認知主義とその帰結−−パティキュラリストの動機付けとその帰結
・哲学 55,2004.
・TAMURA.K.,DANCY,MCDOWELL,
・パティキュラリズム(特殊主義・個別主義PARTICULARISM)<>ジェネラリズム(一般主義GENERARISM)、理由、動機づけ、感受性、(WHY BE MORAL?)、
・210.「マクダウェルは....。有徳な人間はほかの人々の必要性を感受し、道徳的な理由を道徳的な理由として認知する。....ただし、有徳な行為者が持っている言われる感受性(sensibility)は、道徳的な理由を認知するための条件ではない。ほかの人々の必要性に敏感であるということは、<<当の事例において>>道徳的な理由を認知すること以上ではない。「人々の必要性の感受」を道徳的な理由の認知の条件として<<事例横断的にコード化することはできない>>(uncodifiable)。..../しかし、そのマクダウェルも<<少なくとも道徳的な動機付けに関し>>、ジェネラリズムを免れない。「道徳的な理由はほかの理由を黙らせる(silence)」からである(1998;90-3)。....211.道徳的な理由は<<あらゆる事例において>>、<<同じように>>行為者を動機付けることができる(1)。」
216,(1):「ウィリアムズの言うように、様々な理由の中で、道徳的な理由が常に優先するとはかぎらない。道徳的な理由は「あらゆる事柄を考慮に入れた上で、私は何をなすべきだろうか」という問いに答えるときに、考慮に入れられる理由の一つにすぎない(1985;6)。」


・田村圭一
・倫理学における認知主義とその帰結−−パティキュラリストの動機付けとその帰結
・哲学 55,2004.
・TAMURA.K.,DANCY,
・パティキュラリズム(特殊主義・個別主義PARTICULARISM)<>ジェネラリズム(一般主義GENERARISM)、理由、動機づけ、信念、認知的な状態、自然的な特性、トークン同一性、RESULTANCE(≠随伴性SUPERVIENIENCE<ABIKO:?)、
・211.N D:「認知的な状態は自らの権利において、行為者を動機付けることができる。しかし、その動機付けは必然的ではない。認知的な状態は状況依存的に、すなわち、<<ほかの適切な認知的な状態と組み合わされて初めて>>、動機付けが可能となる。」
213.「行為者が「飢餓に苦しむ人々が存在する」という信念を抱いていながら、寄付するように動機付けられないとしても、「寄付する」欲求がないからではない。信念と組み合わされ、信念の動機付けを可能とする<<ほかの適切な認知的な状態>>が欠けているからである。」
214.n D:「道徳的な特性と、快苦などの自然的な特性は「出来(resultance)」の関係にある(1993;73)。....[しかし]道徳的な特性と土台(base)としての自然的な特性はトークン同一的であると想定される。裏を返すと、道徳的な特性と<<事例横断的に>>同一視できる土台を見出すことは難しい(1993;78)。」


・田村圭一
・倫理学における認知主義とその帰結−−パティキュラリストの動機付けとその帰結
・哲学 55,2004.
・TAMURA.K.,DANCY,
・パティキュラリズム(特殊主義・個別主義PARTICULARISM)<>ジェネラリズム(一般主義GENERARISM)、理由、動機づけ、内在主義・外在主義、認知主義、直覚主義、規範性・実行可能性、>トリヴィアルなジェネラリズム、形而上学<>認識論、直覚主義、(随伴性)、世界観の問題、現実、
・214.「トリヴィアルなジェネラリズムとは、ただ一つの事例以外に適用できない行為の記述の全称化である。....私たちはパティキュラリストの答えを全称化し、「<<あらゆる事例において>>しかじかの行為が正しい」と言うことができる。..../しかし、今度は道徳的な特性の認識論がトリヴィアルなジェネラリズムを阻む。道徳的な特性についての形而上学と認識論は方向が正反対だからである。将棋のある<<こま>>組みが全体として弱いという特性は、たしかに、盤面のこま組みの、個々の部分の特性から出て来る(こま組みの特性の形而上学)。しかし、棋士は個々の部分の弱点を認識する以前に、こま組み全体の弱さを認識できる(こま組みの特性の認識論)(1993;74)。....215.土台の形態は上部の特性を介して初めて、見分けられる(1993;76,78)。だから、土台の構造を事例横断的に記述することはできない。....すなわち、私たちは認識論上、直覚主義を余儀なくされる。」
216.「現実は....既にして実践的な可能性を孕んでいる。/道徳的な実在論の是非は結局、世界観の問題である。....実践的な世界観を認めるべきか否かという問題と係わる....。」



・結果説
・哲学事典 S.46.平凡社

・結果説(consequentism、Konsequentisumus、consequentisme)、/動機説(motivism、Motivismus、motivisme)、
・416. 結果説:「動機説に対するもの。行為の結果および他におよぼす影響を道徳的判断の対象とする道徳説。行為における意図、動機、志向をまったく無視するものと、志向的、必然的結果だけを問題として非志向的な偶然的結果は問題にしないものとがある。このような説において道徳は方便にすぎない。イギリス功利主義はこれに属する。」
1003.動機説:「結果説に対する。行為の道徳的判断にさいして動機を唯一もしくは主要の対象とする立場をいう。そのもっとも極端なものは、意図さえ正しければ手段や結果の如何は問わぬ、目的は手段を神聖にするという立場であるが、動機をひろく解して、そこには実現されるべき目的の観念(意図)を中心として、目的の実現に必要な手段、予期さるべき結果の観念も含まれているとするときは、当然手段や結果も顧慮され、一種の結果説に帰着する。」


・安藤泉
・感受性の問題としての隠喩 スーザン・ソンターグ論
・名古屋工業大学学報 V.32.1980.
・ANNDOU.I.,SONTAG.S.,BURKE.K.,
・感受性、隠喩、メタファ、態度、動機、
・abst.: Her aim is to expose and clarify the assumptions underlying some of our judgements and tastes. She explains the metaphor as a problem concerning sensibility,expounding it to be the key to comprehending the nature of our culture and history.
17.「彼女が行なおうとしているのは、思想、観念、主義といった筋道だった議論を社会事象にあてはめることではなく、感じ方の問題、感覚あるいは感受性が機能・支配している領域を扱うことなのである。」
18.S:「私はある種の判断や趣味の根底にある前提をさらし出し、明らかにしたかったのである。」(『反解釈』)−−「彼女がここで語った「前提」ということが、『隠喩としての病い補身では、人間の長い歴史の中で人が病気に対して抱いてきた先入観として分析される。....彼女にとっ19て、メタファは感受性の問題として存在する。」
21.「バーク....。『歴史に対する態度』(1937)の中心的な関心は、態度を図式化し、「動機」のコミカルな語彙を作ることであったが、「動機についての陳述は、かならず象徴行動そのものとなる」と彼は考えていた。」


・林芳紀
・メタ倫理学の現在
・入門・医療倫理II
・HAYASHI.Y.,BLACKBURN,BRINK,DANCY,HARMAN.G.VS.STURGEON.N.,,MCDOWELL,SMITH.M.,HUME,NAGEL,
・メタ倫理学、反実在論、準実在論、投影説、第二性質、色、価値、外在主義・内在主義、最善の説明テスト、欲求、動機、信念、個別主義(特殊主義)、
・138.M. 140.N D.:「行為の動機づけを生み出すのは、あくまでも、[欲求ではなく]これら二つの表象の間のギャップを認知する<<信念>>にほかならない。」
141.D.:「必然的に動機づける状態」「偶然的に動機づける状態」。 「D.は、このような偶然的ではあるがそれだけで動機づける状態のことを「本来的に動機づける状態」と呼んでいる」。
143.N D.:「確かにその信念は<<それだけで>>動機づけることが可能であるとはいえ、それはあくまでも<<偶然的に>>動機づけるにすぎず、行為者がその信念によって実際に動機づけられるかどうかは、行為者が持つその他の背景的な信念全体に依存している。」−−個別主義。


・柴田正良
・素朴心理学が静かに消える日
・心の科学と哲学,2003.
・SHIBATA.M.,RAMSEY.W.,STICH.S.,GARON.J.,
・コネクショニズム、素朴心理学(民間心理学)、心的因果性の理論→行為の因果説;古典的計算主義、>内的直観、志向性、(道徳)、
・130.「心的因果性の理論は、....まず哲学的行為論としては行為の因果説を生みだし、認知科学の理論としては〈思考の言語〉..仮説による古典的な計算主義に格別の支持を与えるだろう。....〈行為の理由が行為の原因である〉という行為の因果説....。」
131.< 「そのような因果的ストーリーは架空のものである。....132.そのような因果的ストーリーになにがしかの信憑性を与えているわれわれの内的直観もまた、信頼のおけないものとして棄却されるだろう。....もはや認知機能の中には、その外部の何かによって真/偽あるいは充足/不充足を評価されるような独立した部分は存在しないのだから、第三者から見てわれわれが持っているように見える各々の志向性は、それに対応する支えを認知機構内に持たない単なるイリュージョンになるのである。/こうした消去の影響を最も大きく受ける領域の一つは、われわれの〈罪と罰〉の概念世界である。」


・宇佐美公生
・カントにおける自由と道徳法則−−「両立可能論」からのもう一つの道徳理論の可能性−−
・日本カント協会ED.『日本カント研究6』理想社、2005.
・USAMI.K.,KANT,KITAOKA.T.,INOUE.T.,ITOU.H.,ALLISON.H.E.,AMERIKS.K.,BECK.L.W.,PATON,SINGER.P.,NARITA.K.,
・自由、実践的自由、超越論的自由、両立可能論、二観点説、他行為可能性、二視点説、理性の事実、内在主義、道徳的自然主義、道徳法則、WHY BE MORAL?、/前批判期:=柔らかい決定論(91)、
・AUS:太田報告AT関倫2007,12:「本発表と同様に「二観点説」の問題点にまで触れたものとして、宇佐美..が挙げられる。」
94.「「別の行為も可能であったほずだ」という表現を、既に行われてしまったしまった行為が「実際に変更可能[で]あった」ということを語ろうとしているものとしてではなく、少なくともその段階では「(他の行為を促す)別の十分な(道徳的)理由を持つことができた」ということを表したものとして解釈し直すのである。(3)」
102.N3:「この考え方の現実的な理解には、成田..が参考になる。」
95.「ここまでの解釈では、....前批判期の考え方が基本的に引き継がれていると解釈しても問題はなかった。しかし、「道徳の基礎づけ」という課題の中に組み込まれると、....。」
100.「この様にして、道徳法則の客観的実在性と必然性を確保できず、「幻想」の疑いの中で、「理性の自然的性向」に突き動かされて無制約性という要件に適った法則を探究する「課せられる道徳」の姿が浮かび上がってくる。そしてそれは、K.にとっても十分受け入れ可能な理論であると考えられる。」


・大沢秀介
・シリーズ心の哲学 I
・勁草書房 2004.07・08.
・OOSAW.H.,
・大沢:外在主義と自己知の正当化、同一説:タイプ;トークン、信念、心、脳、個体化:内在主義的;外在主義的、
・233.「....。したがってこのタイプの同一説[タイプ同一説]にしたがえば、心の内容仁の個体化に関しては、きわめて明確な内在主義がとれることになる。」
234.「たとえばA君の〈アスナロはヒノキの幼樹だ〉という信念は、タイプ同一説によれば、A君のその信念のみならず、それと同一の内容を持つ信念一般に対応した一定のタイプとしての脳神経系の状態であり、その脳神経系の状態が復元できれば、誰でも常にその信念を持っていることになる。[/]それに対してトークン同一説によれば、A君の〈アスナロはヒノキの幼樹だ〉という信念は、A君のその信念を持っている時点での脳神経系の状態とは同一であるが、他の人がその信念を持つ場合とか、A君の場合でも他の時点でのその信念の表れは、異なる脳神経系の状態と同一であるということになる。したがってトークン同一説の場合には、心の内容の内在主義的個体化はかなり難しくなる。」


・大沢秀介
・シリーズ心の哲学 I
・勁草書房 2004.07・08.
・OOSAW.H.,
・大沢:外在主義と自己知の正当化、機能主義、タイプ、トークン、付随(随伴性)、心、脳、行動、個体化:内在主義的;外在主義的、
・234.「トークン同一説における個体化の説明には、機能的同一性という言い方がよくなされる。....それらの信念が、A君の脳神経系の、他の状態として実現されている他の信念や欲求およびA235.君の行動との間に、同一の機能的関係つまり同一の因果的関係を持っているならば、実現の仕方が異なっていても同一の信念であり、したがって心の内容に関しても内在主義的な個体化が可能になるように思える。」
235.「ある一定の内容を持つ心の状態は、タイプとしても、トークンとしても、ある一定の脳神経系の状態と同一である必要はまったくないが、しかしそれにも関わらず、ある一定の内容を持つ心の状態は、ある一定の脳神経系の状態に付随する..という考え方がある。....この立場は....心の内容に関しても内在主義的個体化を可能にしてくれるように思える。」


・大島正徳
・動機論-結果論
・哲学大辭典,S3(3-3),ORG:M45.
・OOSHIMA.Y.,KANT,
・動機論(動機説)(MOTIVISM)、結果論(結果説)(CONSEQUENTISM)、動機論:狭義;広義、目的、ジェズイット、中心要望、予想、動機、意向論(A:意図:INTENTION)、手段、行為、欲求、善意(善意志)、(A:目的論)、
・2127.「動機論には、狭義の厳密なる意味の動機論と、広義の動機論とを区別することを得。所謂<<目的は手段を神聖にす>>といへる、ジェスイット派の倫理観....。[/]中心要望したる目的観念のみならず、之を達する手段方法も....是等目的手段全体を目的として善と判断し得べくば、結果としていかに不測の災禍を生ずるとも....。....蓋し適切に言は*[ば]、<<意向論>>と称すべく、之を動機論といふは、其が中核として欲求執意せられたるものなればなり。かの凡ての善中、善意は其の最たるものなりといふカントの説の如きは、此の動機論の中心要求を吐露したるものなり。....。」


・大島正徳
・動機論-結果論
・哲学大辭典,S3(3-3),ORG:M45.
・OOSHIMA.Y.,KANT,
・動機論(動機説)(MOTIVISM)、結果論(結果説)(CONSEQUENTISM)、動機意向、功利説、予想、
・/結果論 凡て結果には、動機若くは意向中に、予想せられたるものと、せられざるものとあり。予想せられたるものに就てのみ、其人の行為として善悪を判ずべしといはば、即ち動機論に外ならずといへども、結果論に於ては、予想の有無は痛く関する所にあらず、....。2128.功利説の如き、経験主義....。


・大島正徳
・動機論-結果論
・哲学大辭典,S3(3-3),ORG:M45.
・OOSHIMA.Y.,KANT,
・動機論(動機説)(MOTIVISM)と結果論(結果説)(CONSEQUENTISM)の調和、広義の動機論、答責(責任)、反省悔悟、
・2128.「両論の調和 ....貧民を救済するの意志を以てするも、他人の財貨を窃むは、決して義とせられず。....動機は善にして意向は悪なるなり。....中心要望したる目的、即ち動機に添ふるに、之を達する手段即ち意向を加へ、且つ之が発表されて結果を呈するまでを総称して、行為といふべきものなればなり。[/]然らば目的の外に手段を加へたる広義の動機論は如何といふに、此の場合に於ては....其等全体として比較考量の後、意志したる所が善なりと評定し得べくば、其の行為は即ち善....なりとして、其生じたる結果に於ては、其の動機意向中に予想したるとの外は、一切答責の必要なく、....と主張すべか如何。....是は反対論の出づるを免るる能はざる所にして、若し斯くの如くんば人は其の行為の結果を見て、自ら反省悔悟する等の事は、終に之無き筈なり。....然らば、予想したる結果以外のものには、答責任の必要なく、....と断言する動機論は、蓋し主観的にして又狭隘なるの誹を免るることを能はざるべきなり。」


・大島正徳
・動機論-結果論
・哲学大辭典,S3(3-3),ORG:M45.
・OOSHIMA.Y.,KANT,
・動機論(動機説)(MOTIVISM)と結果論(結果説)(CONSEQUENTISM)の調和、予想、偶然、動機意向、
・2128.「/....然らば結果中、真に偶然と思惟し得べきものは、之を去り、たとひ予想せざりしも、其は予想せざりしが不当なりとやうに、動機意向の不完全として、判定し得べきものは之を入れて其の人の行為なりと認め、而して行為の評価を論断せざるべからず。此に於ける結果とは、偶然的結果をも混入せる結果論よりは、其の範囲狭く、又かの独り予想的結果をのみ主張する動機論よりは、其範囲広く、而かも、当然其の人の所為に属する結果として判断し得べきものは、翻つては、其の動機意向を吟味して、当然共に其の中に予想せられるべき筈のものと認定すべきものなるが故に、是に於て、吾人は修正せられたる結果論は、即ち修正せられた動機論と、全く調和するを見るなり。」


・ラーナー.K.
・神への愛と隣人愛
・神学ダイジェスト 67,1969.(中島大志郎/裏辻洋二抄訳)(org:"The unity of love of God and love of neighbor",Theology Digest 15(1697) 87-93)
・RAHNER.K.,JESUS.PAUL,
・神への愛、隣人愛、救済、反省的動機、超越的、人格的、
・33.「その対象によって測るならば、このような神への愛は主題的にとらえられた隣人愛の行為より価値が高い。/しかし、人間同士の愛の超越的深みがすべて実現され表わされる場にあっては、隣人自身が真に愛されなければならないし、隣人こそ、愛と愛の動機の固有な対象でなければならない。このような愛は、たとえその明白さがどれほど異なっていても、必然的にまた主題的な神への愛であり、神がその反省的動機になっている。/..../私たちはここで、カトリック神学において、まだ通説ではない命題を前提にするつもりだ。つまり、「人がまったく自由な自分自身の意向で積極的な道徳行為をするならば、その行為は救いの現実的な34場において、積極的・超自然的救いの行為にもなる」と。これは、たとえそのアプステリオリ(経験的)な対象や表向きの動機が、明白に神の啓示の言葉にもとづかず、その意味で「自然的」である場合でもやはり妥当する。」
34.「人間にとって真にふさわしい精神風土は、人格的なものである。この人格世界を通して、人は....自己から離脱するのである。」


・二瓶真理子
・心をめぐる科学と日常
・MORALIA 15,2008.
・NIHEI.M.,WITT.,DENNETT,
・心をめぐる科学と日常、脳神経倫理学、物理主義、命題的態度、素朴心理学(民間心理学)、
・40. 「命題的態度がふるまいを因果的に説明することを認めるという彼女の立場の是非は、おそらく「物理主義的でない因果的説明」の成否にかかっているだろう(Baker [1995] ch.4,5)。」
45.「彼[D.]が素朴心理学の二面性を認めている点、つまり素朴心理学には「人類学」の対象としての側面と「科学」の対象としての側面があることを指摘している点....。人類学的な視点からは、「それ[素朴心理学]は神話かもしれない。だが、それは我々がそのなかで生活していく神話である。だから、それは自然のなかの「重要な」現象である」。だが、科学的な視点からみれば、「それ[素朴心理学]は、おおむね<<真なる>>理論のようにもみえる。だから・・・磁石についての素朴物理学のように、科学内部にとりこみ可能な理論候補である」ようにみえる(Dennett [1987]:.47)。」


・二瓶真理子
・心をめぐる科学と日常
・MORALIA 15,2008.
・NIHEI.M.,DENNETT,
・心をめぐる科学と日常、脳神経倫理学、物理主義、命題的態度、素朴心理学(民間心理学)、志向システム理論、サブ・パーソナル認知心理学、科学的心理学、
・46. 「彼[D.]はまず、「心的なもの」についての体系を(i) 人類学的な素朴心理学、(ii) 素朴心理学的実践を理想化した抽象的素朴心理学理論(「志向システム理論」)、(iii) 志向システムの現実化についての神経科学的理論(「サブ・パーソナル認知心理学」)の三つに区別する(D.[1987]ch3)。....「志向システム理論」は道具主義的理論であり、存在論的には空虚であるが、日常的タームによって記述されており....意味論的な特性をもっている。「サブ・パーソナル認知心理学」は、志向システムの実現のための因果的特性についての理論であるが、物理科学的タームによって記述されている構文論的なものであり、それだけでは「抽象的な神経生理学」にすぎない(13)。だが、「サブ・パーソナル認知心理学」を、「志向システム理論」に照して解釈していけば、将来我々はなんらかのもっともらしい「科学的心理学」を手にできるかもしれない、というのがD.の見解である。」
51.n13:「「サブ・パーソナル認知心理学」は、「理想的志向システム」についての設計的スタンスからの理論である。」


・林誓雄
・ヒュームにおける道徳感情と道徳的な行為の動機づけ
・倫理学年報 58,2009.
・HAYASHI.S.,HUME,BOTROS.S.,KALT.S.,
・道徳感情、動機づけ、共感、情念、義務感、動機外在主義、快苦、欲求、
・93. 「道徳感情である是認と否認」
95. 「道徳判断を下しているとき、すなわち道徳感情を抱いているとき」
102.「まとめると、本稿は道徳感情を、共感を介して獲得される「穏やかな間接情念」と解釈する。間接情念は快苦の感覚を持っており、これが欲求(直接情念)を引き起こす。それゆえ行為者は道徳感情ではなく、この欲求(著K説情念)によって動機づけられる。かくして、知識や信念が行為者を動機づけないことはもちろんのこと、道徳感情すら行為者を動機づけないと考えられる。行為者が動機づけられるためには、必ず欲求が必要となる。したがって、本稿はH.に「外在主義」を帰するのが妥当であると考えるのである。」


・林誓雄
・ヒュームにおける道徳感情と道徳的な行為の動機づけ
・倫理学年報 58,2009.
・HAYASHI.S.,HUME,BOTROS.S.,KALT.S.,>DARWALL,TATE.M.W.,/ ・道徳感情、動機づけ、共感、情念、義務感、動機外在主義、快苦、欲求、一般的観点、
・102.「....人物はAは、まわりの人々によって非難される。まわりの人々に共感することでAが受け取る嫌悪の情念(道徳感情)は、最初のうちは「<<穏やかな>>間接情念」である。しかし、....103.H.によれば、共感が働くときに「自分自身との関係」が考慮に入ると、抱かれる知覚に驚くべき変化がもたらされる。」→不快感の強烈化→耐え切れなくなって義務行為の遂行。
103.−−これは、「「一般的観点」の議論と齟齬を来す」ことはない。∵....。[ABIKO:「一般的観点において評価者自身の利害が考慮から外される」とは、やはり、「不快感を回避」は齟齬を来すのでは?]
106.n25:「ダーウォル[1995]は動機を「規則的責務の感覚」とする。だが、テート....が指摘するように、これはヒュームにない要素であり受け入れがたい。」 < ABIKO:これと次は矛盾:96.「他の箇所でヒュームは「責務や義務の感覚」こそが、正義の場面で行為者を動機づけると語っている。」


・矢島壮平
・アダム・スミスと徳の実在性
・倫理学年報 58,2009.
・YAJIMA.S.,SMITH.A.,MANDEVILLE,BUTLER,SOBER.E.>BUTLER,
・徳、「称賛への愛」≠「称賛に値することへの愛」、道徳、快への欲求、心理的利己主義、虚栄心、神、「バトラーの石」(SOBER)、
・135.A.S.:「私たちは称賛によって快を感じるだけでなく、称賛に値することを行ったことによっても快を感じる」
136.「つまりS.は、M.と同様に「快への欲求」のみが行為の究極的欲求であることを認め、有徳な行為に関して信R的利己主義を採りつつも、その「快への欲求」が虚栄心とは異なる「快への欲求」であるとすることで、自説とM.の学説とを区別できるのである。」
137.「[N S:]称賛に値することへの欲求は、人に徳への愛を抱かせ、そのことで人を社会に適応させる<<ために>>必要である。....しかし、「称賛に値すること」の「快」がそうした目的のために必要であるとしても、そのことでそうした「快」が存在するということの証明にはならない。このことを論証するには、人が<<そうした目的に基づいて作られている>>こと、人が「称賛に値すること」に「快」を感じるよう<<できている>>ことを示さなければならない。/....[S.はこう言う:]社会とは「人間のため」に作られたものであり、人間は「社会においてのみ生存しうる」。したがって、「人類の幸福」を目的とする....神は、人間を社会に適応するよう作ったはずである。」


・矢島壮平
・アダム・スミスと動機付けの内在主義/外在主義
・倫理学紀要 16,2008.(東京大学大学院倫理学研究室)
・YAJIMA.S.,SMITH.A.,DARWALL.S.,MILLER.A.,SMITH.M.,WILLIAMS,
・動機付けの(MOTIVATIONAL)内在主義/外在主義、共感的感情、適切さ、是認、自己欺瞞、「道徳的妄執」、冷めた義務感、
・46. 道徳的妄執:「正しいことを何であれ行うという動機付けから、正しいと判断されることを手段的に行うよう動機付けられる人は、正しい行為に「直接的な配慮」を持つ人間ではなく、ただひたすら正しいことを行うことのみに執着する「道徳的妄執」に囚われているに過ぎない。」 −− これW.の議論とパラレル。→ M.S.> 外在主義(としてのA.S.)
47. 「右で挙げたW.の議論と全く同様の議論を、実はA・スミス自身が展開している。彼は、どの場合に行為が義務感からのみ生じるべきであり、どの場合に感情が行為の動機となるべきであるのかという問いに答えるなかで、「仁愛的感情(benevolent affection)」が促すような行為は、義務感ではなくそうした感情自体が動機であるべきだと述べる。....する際に、それらが完全に「冷めた義務感」からなされるのであれば、私たちはそれらの行為に満足することはできないのである。」


・田口周平
・VM障害と動機内在主義について
・先端倫理研究 2,2007.
・TANIGUCHI.S.,T.>ROSKIES.A.,BRINK,DAMASIO,ESLINGER.P.J.,FALK.W.D.,FRANKENA,GAZZANIGA,HARE,KANN.T.,KORSGAARD,MACKIE,MCDOWELL,MCNAUGHTON.D.,MELE.A.,NAGEL,.A.,SAFIRE.W.,SAVER.J.L.,SMITH.M.,
・VM障害(前頭前腹内側領域(VENTROMEDICAL FRONTAL REGION)障害)、動機内在主義、脳神経科学、後天性社会病理者(ACQUIRED SOCIOPATHY)、皮膚伝導反能(SKIN-CONDUCTANCE RESPONSE)、D:「将来に対する近視眼」(157?)、引用符つきの道徳的判断、
・「道徳的判断が必然的に動機のひとつを与えることを主張しているに過ぎず、その他の対立する動機によって別の行為をしてしまうことはありうる(McNaughton,1988,p.118,p.134)。動機内在主義は、道徳的判断と行為との内的で必然的な関連を主張しているのではなく、道徳的判断と動機との内的で必然的な関連を主張している。つまり、その他の対立する動機がない場合には、必ずその行為を行うことを意味している。」
「最後に、動機内在主義の実質的立場が前提としている神経的基盤の解釈を提示し、ロスキースの[動機内在主義を否定する]議論の誤りを明らかにしたい。」


・田村圭一
・道徳的な実在論と道徳的な動機づけ
・思想 2004-5,N.961.
・TAMURA.K.,HUME,SMITH.M.,JACKSON.F.PETTIR.P.,DARWALL,NAGEL,MCDOWELL,WIGGINS,
・道徳的実在論、動機づけ、内在主義、自然主義、信念−欲求理論、理由、
・A.> 67.「信念」の二義性?:「「密柑が冷蔵庫にある」という信念」≠「「何らかの行為aが自分の利益に適う」という信念」
67. 「ヒューム主義の改変はネーゲルに始まる。ネーゲルに言わせると、打算的な(prudential)信念は欲求なしに行為者を動機づけることができる(Nagel 1970:29)。「何らかの行為aが自分の利益に適う」という信念を獲得するとき、行為者は欲68求なしに当の行為を遂行するように動機づけられる。たしかに、<<結果的に>>行為者のうちに「行為aを遂行する」欲求が存在すると想定できるかもしれない。しかし、結果的に想定される欲求は、すでにして、信念により動機づけられている。だから、「(信念により)<<動機づけられる>>欲求(motivated)」である。したがって、ヒューム主義者の想定する「(行為者を)<<動機づける>>欲求(motivating desire)」が存在しないとしても、行為者は動機づけられることがある。....マクダウェルはネーゲルの反ヒューム主義をうけつぎ、道徳的な動機づけの問題に説き及ぶ。....道徳的な理由を道徳的な理由として認知するとき、行為者は欲求なしに適切な動機づけをもつ(M.1978:20)。」


・蟹池陽一
・社会的価値行動の脳科学的分析〜神経倫理学研究の現状及び理論的展望〜 (参考資料)

・KANIKE.Y.,AJZEN.I.,ANDERSON.S.W.,BECHARA.A.,DAMASIO,ESLINGER.P.J.,FOOT,GREEN.A.E.,GREENE.J.D.,HEEKEREN.H.R.,MOLL.J.,ROLLS.E.T.,WALLIS.J.D.,OOTOMO.S.,HIROSE.Y.,
・社会的価値行動の脳科学的分析、腹内側前頭前野(VMPFC)、ソーマティック・マーカー、道徳的判断、社会的認知、報酬・価値・感情、道徳的ジレンマ(ディレンマ):人身的;非人身的、功利主義的計算、>二重過程説(85)、社会心理学の二重動機モデル:目標志向型の意思決定;状況依存型意思決定:プロトタイプ・イメージ、
・81. 「前頭極皮質は、長期的な計画目標の維持や(行動上の)副次的な目標の監視と統合....に関わるとされている。」
81. 「モルの2001年の実験での前側頭葉の賦活は、道徳的知識や社会規範についての知識等の抽象的な社会的知識への依存を示唆すると考えられる。」
85. Greene:二重過程説 < 筆者:「STS、OFCや内側前頭回による自動的な反応により、各選択肢の道徳的評価は与えられるが、そのように評価された選択肢同士が、DLPFCでの認知過程で比較され、選択され、最終的判断が出てくるとも考えられる。」
86. 判断・行動には:「社会的価値を表す社会的知識と結び付けられた当該の状況の表象に関連する対象に対して、DFC....による、何らかの価値の賦与が必要である。」
97. n Greene+、2004:「最終的に認知的反応が上回ると想定されるような功利主義的判断が下される場合には、背外側前頭前野が賦活される」。


・児玉聡
・百万人の死は、一人の死の何倍悪いか−−道徳心理に関する近年の実証研究が功利主義に持つ含意−−
・倫理学年報 58,2009.
・KODAMA.S.,SLOVIC.P.,GREEN.J.,GAZANIGA.M.S.,MILL,SINGER.P.,THOMPSON.C.,/(ANNDOU.K.),
・功利主義、「心理的麻痺」(S.)、「特定個人の人命と統計的人命に関する共感能力の違い」、「経験的思考と分析的思考」、道徳心理、動機付け、「顔の見える」戦略、博愛主義、
・2009.03.21.生倫研MS(=再校ゲラ):「われわれの共感能力には、「統計的な人々の生命よりも、特定の少数の個人の生命を重視する」という傾向があるようなのだ。....大規模な災害や虐殺などに関しては、われわれの利他心はしばしば「麻痺」してしまう。心理学者のポール・スロヴィックはこの傾向を「心理的麻痺」と呼び、「われわれの人間性における根本的な欠陥」とみなした。」
「彼ら[ビル・ゲイツと妻]は、寄付金を決めるさい、<<共感ではなく>>、「どの問題が、最も多くの人々に影響を及ぼしているか」、「過去に無視されてきた問題は何か」という二つの原則に従っているという(Sellers 2008)。多くの博愛主義者も多かれ少なかれ同じような思考をしていると思われるが、....。/このように、二人はシステム1思考を極力排除して、システム2思考で寄付金を決めていると言える。....「われわれは大きな数字を見ると無関心になる。ゲイツは大きな数字を見て、次のような道徳的な計算を行うのだ。....回避可能な死×100万人=100万倍悪い」(Thompson 2008)。」


・児玉聡
・百万人の死は、一人の死の何倍悪いか−−道徳心理に関する近年の実証研究が功利主義に持つ含意
・倫理学年報 58,2009.
・KODAMA.S.,SLOVIC.P.,SINGER.P.,GAZZANIGA,GATES.B.,
・死、人命:特定個人の;統計的、功利主義、道徳心理、共感、経験的システムと分析的システム(EPSTEIN.S.251)、脳科学、「直観に反する答えを出すことに対する心理的抵抗を克服するのに時間が必要だった」(252)、
・248.マザー・テレサ:「(助けを必要としている)群集を目にしても、わたしは決して助けようとしません。それが一人であれば、わたしは助けようとします。」  <247.Slovic:「心理的麻痺」「われわれ人間性における根本的な欠陥」
249.S.の調査実験1:「ロキアという特定の少女に対する寄付の平均額は、統計的事実のみを見せた場合の寄付よりも多かった。」 /2:G1:ロキア、G2:ムーサ、G3:ロキア+ムーサ。250.「グループ3がロキアとムーサの<<二人>>に寄付した平均額は、グループ1と2がロキアとムーサの<<それぞれ>>に対して寄付した平均額よりも少なかった。」[ABIKO:環境倫理で言われる「スコープ無反応性」より更に悪い!?]
253.進化論的な説明:身近>遠い者 [<ABIKO:ロキアも遠いことは遠い。→媒介的説明要る。具体性云々といった。]


・児玉聡
・百万人の死は、一人の死の何倍悪いか−−道徳心理に関する近年の実証研究が功利主義に持つ含意
・倫理学年報 58,2009.
・KODAMA.S.,SLOVIC.P.,SINGER.P.,GAZZANIGA,GATES.B.,/MILL,
・死、人命:特定個人の;統計的、功利主義、道徳心理、共感、経験的システムと分析的システム(EPSTEIN.S.251)、脳科学、「直観に反する答えを出すことに対する心理的抵抗を克服するのに時間が必要だった」(252)、「共感ではなく」、/功利主義への動機づけ、同胞、人々との一体感、
・255. 「この問題は、ジョン・スチュアート・ミルの『功利主義論』(..ch.3)でも論じられている古典的な問題だと思われる。すなわち、功利主義が指示する結論が、直観に反するか、直観的に自明ではない場合に、その結論に従う動機付けはどのようなものであるか、という問題である。」 → 
255f.「援助義務に対する動機付けを生み出す方法」−−3つの戦略。
255.M(訳(『名著』493-4):「同胞と一体化したいという欲求・・・・・・は、すでに人間本性の力強い原理であるうえに、幸いなことには、わざわざ教えこまなるても、文明が進むにつれて次第に強くなる傾向をもとものの一つである。....あらゆる人との一体感が生まれよう」
256.第三:「システム2思考を重視し、理性的な判断に従って行為することを自らに義務付けるという戦略」。cf.Singer(2005)。
256.ビル・ゲイツ夫妻の寄付先決定:「<<共感ではなく>>、「どの問題が、最も多くの人々に影響を及ぼしているか」....に従っているという」


・荻原
・われわれがしていることにめまいをおぼえてはならない−−ジョン・マクダウェル「徳と理性」解説−−
・思想 2008.07.N.1011
・OGIHARA.S.,MCDOWELL,WIGGINS,HARMAN.B.,CAVELL.S.,
・「徳と理性」、徳倫理学、合理性、知覚能力としての徳、行為の動機づけについての認知主義、実在論、>「ゴリゴリの科学主義」、せり出し(SALIENT)、生活形式、
・84.「M.は、欲求的状態が行為の動機づけに関与するという言い方に反対しない。だがその言い方をするのなら、何をなすべきかの認知それじたいが欲求的なのだと言うだろう。彼が反対しているのは、行為を動機づけるものを、認知と欲求の二要素に<<分解>>する発想である。そのように分解するからこそ、認知だけでは行為者を行為へと動かせないと考えられる。」


・中村隆文
・ヒューム情念論再考−−道徳的行為へとわれわれを動機付ける「理由」はどこにあるのか?−−
・2009.09.07.ヒューム研究会?、at 日本大学理工学部 MS.
・NAKAMURA.T.,HUME,BRINK,MCDOWELL,HAYASHI.S.,SMITH.A.,KAMINO.K.,
・情念、道徳的行為への動機付け、理由、欲求、情動主義・指令主義、内在主義、「中間帯(MEDIUM)」、共感原理、比較原理、義務感、社会的価値、自卑、嫉妬、嫌悪、
・13. 「このように、一定の範囲内において、他者と諸価値を共有しながら、共感原理と並行的に比較原理が機能するような状況をH.は「中間帯(medium)」と呼ぶ(T3・3・2・5)。/こうした「中間帯」では比較原理が共感原理を押さえがちであるため、「社会的価値」として<<「まともな人格としてどう感じるべきか」を理解しながらもそう感じることなく、別の感情と、そして、通常生じるべきでない欲求が付随しがちである>>(自卑という適切な間接情念を抱く一方、嫉妬という不適切な間接情念とそれに対応する不適切な直接情念が付随してしまうかもしれない)。....このよう14に、「不適切な情動的反応」が間接情念として生じたとしても、そこから「不適切な行為」が生じないとき、「有徳な原理が自分の心に欠けていると感じる人は、そのために自分自身を嫌悪し、その動機を持たずとも或る種の義務感から行為を遂行する(T3・2・1・8)」といううおうな徳の概念に基づく「義務感」が人を動機付けているかもしれない。」


・宇佐美公生
・道徳の基礎づけにおける内在主義と外在主義
・岩手大学教育学美研究年報 V.63,2004.
・USAMI.K.,PLATON,KANT,ARIST.,WILLIAMS,YAGI.S.,MACINTYRE,HOBBES,ITOU.H.,YAGI.S.,
・内在主義、外在主義、義務、幸福、「理性の事実」、キリスト教、愛(自己放棄)、
・24.「「幸福」を行為の動機付けにとる立場の人は、....と考える。....どこかに「したい」という思いがあったと考えても良いはずである、と。つまり義務から行為する人でさえ特殊な自己幸福に裏付けられていた、と勘ぐられる可能性はあるというわけである。むろんカントの方はそのことを承知していた。だから、自分の行った行為が道徳的か適法25的かは、自分でさえも証明できないと繰り返しているのである(Vgl.,GMS,406-407)。そしてだからこそ、(恰もグラウコンを逆手にとったように)どんな快も報いも伴わない極限状況でさえ、それでも道徳的であるべきだという心の声(=「理性の事実」)だけが、幸福を越えた道徳の可能性を指し示している(Vgl.,KpV,30)と言うのである。」
27.n6:ad キリスト教:「外的な報酬や見返り(正義)の破綻によるニヒリズムを愛(自己放棄)によって乗り越える可能性が示唆されており、それが内在主義的道徳のあらわれと解することもできるかもしれない。(八木誠一「イエスとニヒリズム」『現代思想』vol.6-14,1978所収参照。および同『愛とエゴイズム』..)


・久米暁
・ヒューム哲学における道徳言明と動機内在主義
・関西学院哲学研究年報 40,2006.
・KUME.A,,HUME,AYER,STEVENSON,NORMAN.R.,ISE.T.,
・動機内在主義、「道徳的区別」(M.DISTINCTION)、共感、一般的観点、言明先行解釈<感情先行解釈、動機づけ、情動主義、
・AUS:林
1.「本論文で言う動機内在主義..とは、道徳判断は動機づけを内的にすなわち論理的に含意すると主張する立場のことである。」
13.「一致を実現する言語の多様性の問題、および動機内在主義との撞着といったあからさまな難点を回避するためには、やはりヒューム解釈を修正する必要があろう。道徳言明がそれに対応する道徳感情とは独立に採用されるという解釈は諦め、一般的観点に立って快苦を実際に感じるという道徳感情が、道徳言明とは独立にそれに先立って生じ、道徳言明が逆に道徳感情のあり方に沿って構成されると考えるしかない。」
16.「動機内在主義は、道徳判断には心動かされる・動機づけられることが含まれているが、意志に反映されることや、ましてや、実際に行動に反映されるということは必ずしも含まれていない。動機内在主義の主張は、道徳判断を採用しているのに全く心動かされていないということはありえない、ということである。」

   

   3. 欧語書籍



・BISHOP.J.
・NATURAL AGENCY
・CAMBRIDGE UP,1989.
・BISHOP.J.,
・AGENT=SUBSTANCE,REASON,CAUSE,MOTIVATION,
・AUS:FA6870(PEREBOOM),p.283: A further feature of the Stoic theory is that in order for a decison to take place,the hegemonikon indeed must exerice exectutive control.....With only the causal efficacy of the various motivational states in place we don't yet have a decision. Rather,a decison doesn't come about until the agent makes up her mind and bring it about. Here again,it would seem that what is causing the decision is independent of motivational states,and given this specification,it is not unnatural to identify this cause of with the agent fundamentally as substance.(22)
285.n22: J.Bishop remarks:"Intuitively,we think of agents as carrying out there intentions or acting in accord with their practical reasons,and this seems different from (simply) being caused to behave by those intentions or reasons"NATURAL AGENCY,72.


・RAPHAEL.D.D.
・BRITISH MORALISTS,VOL1.

・RAPHAEL.D.D.,HUTCHESON,
・MOTIVE OF DUTY = SELF-INTERESTED,
・AUS:FA7232(Korsgaard):14:"Hutcheson,who thought of the motive of duty in much the same way Hume does,even suggested that people who act from duty are self-approva;.14." / 33.n.14:"This is the main ground on which Hutcheson criticizes Shaftesbury. See the selections from An Inquiry concerning the Original of our Ideas of Virtue or Moral Good,in....V.1,see p.305." / 25:"As Hume's predecessor,Hutcheson,had pointed out,it appears as if acting on the motive of duty so conceived is a form of self-interested motivation."


・BAIER.K.
・1978 IN:M.S.IN P.

・BAIER,
・理由=/動機付ける事実,CONCIDERATION,
・他の一部に,認知的Rあり.
65. 動機付ける事実=/REASON.
65. CONCIDERATION.
66. CONCIDERATION を批判的に調べる能力.
−−Rを語るときは,これ要る.


・BEARN.G.C.
・RELATIVISM AND REALI

・PUTNAM,KUHN,WITT.,
・主観主義,客観主義,内在主義,相対主義,
・....可能性在る。
201F.まとめ:
1981のPは主観主義と客観主義(=外在主義)との中間(内在主義)を行く。 モデル−理論的議論によって,世界(大)への対応=UNINTELLIGIBLEを示そうと目指す。< この目標,達せられず。SEE 付録2。 主観主義論駁の,1.積極的面:主観主義的説明では不可能とされる言語的・認識的実践に我々は参加している。 < 。
2.消極的面:主観主義=自己論駁的。 < 次章で,自己論駁的ではない相対主義のかたちを,KUHN,ODER BESSER WITT.のものとして示す。


・MCNAUGHTON
・MORAL VISION

・HUME,MCNAUGHTON,
・内在主義,非認知説,道徳的実在論,欲求,
・与え,従って,行為へと十分動機付ける,とする見方=内在主義。
内在主義は,行為者のM態度と行為の選択との間に内的OR概念的関係を要請する。
22.内在主義とBELIEF-DESIRE THEORYとの結合は非認知説に強力な議論 を与える。
22.M実在論は事実的信念とM態度との否認知説的区別を拒否。
23.実在論が信念−欲求理論を受容するとき,それは外在主義となる。 外在主義はしかし,我々の直観に反する。

23.1.信念−欲求理論=妥当,2.内在主義,3.M意見は純粋に認 知的。 非認知説は1,2を受容;3を批判。実在論は3を主張→1か2を拒否せざるをえぬ。しかるに,1,2は高度にPLAUSIBLE。


・MCNAUGHTON
・MORAL VISION

・STEVENSON,HUME,HARE,MACKIE,
・非認知説,真理,整合性,道徳現象論,動機,還元主義
・31.非認知説は,真理なしにM不一致を説明。
33.非認知説は整合性を重要視。34.M態度と行為との関係に訴えることによって,整合性の必要を説明。
37.非認知説は実際上,M性に関するERROR THEORYを受容。
39FF.M実在論:
N MR:我々の日常的M思考の構造は自分達の見方を支持。
40.MRは,我々のM経験に訴えるという,M現象論の戦略を採る。
43.非実在論の非認知説以外のかたちとして還元主義あり。
44.N 還元主義:見解の正←多数派。
43F.還元主義の難点。
47.1,2のどちらを拒否するかによって,M実在論は二派に別れる: 1.2を拒否→外在的M実在論,1を拒否→内在的M実在論:行為者は


・MCNAUGHTON
・MORAL VISION

・BLACKBURN,KANT,NAGEL,MACKIE,
・道徳的実在論,欲求,動機,美,観察,道徳的命令,外在主義、
・認知的状態によってのみ動機付けられる。
48.Mの我々への主張は欲求から独立のように思われる。信念−欲求理 論は,道徳的命令のこの関係に意義を与え得ない。
48.望ましいからそれを欲求する,という我々のM経験に対して,非認 知説は,欲求するから望ましいのだとする。外在主義は,望ましさは欲求から独立とする。
55.HUMEの,美の観察不可能性の言は直観に反する。CF.我々はSUNSETを美としてSEEする。−−−56F.M性質は観察できぬとする見方は,観察 を制限している。
57.M真が存在するが,人間はそれが何であるか見つけることができな いとする実在論はX。Oな実在論は,いかなる方法によって我々がM真に到達できるかを説明しなければならない。そしてこのことは,我々の


・BRINK.D.O.
・MORAL REALISM AND TH

・WILLIAMS,PRICE,FALK,PLATON,
・内在主義;動機に関する≠理由に関する,正当化,信念
・39.動機に関する内在主義≠理由に関する内在主義。
40.内在主義;AGENT,APPRAISER,HYBRID の三種。
41.内在主義;弱い(或る動機を与える),強い(十分な動機を与える 39.ここで言う内在主義≠行為の全ての理由は行為者の現実的OR反事実 的欲求に依存すると仮定する,合理性に関する内在主義。
296.内在主義;知識に関する≠正当化に関する。
296.N 正当化に関する内在主義:正当化=認知者の信念の性質の機能,この性質は認知者自身に近ずきうる。 N 正当化に関する外在主義:正当化=認知者の信念と世界との間の自然的(E.G.因果的)関係。
297.正当化に関しては内在主義でなければならぬ。整合説は正当化の内在主義的理論の一つ。


・BRINK.D.O.
・MORAL REALISM AND TH

・BRINK,BONJOUR,GOLDMAN,NOZICK,
・内在主義,外在主義,知識,正当化,整合説,
・297.正当化に関する内在主義は,知識に関する内在主義,外在主義には中立的。
298.知識に関する内在主義.外在主義は対立的であるよりは相補的。 それらはそれぞれ「知る」の異なった意味を明らかにする;特に道徳的,法的,哲学的文脈では内在主義的説明が要求される。特に知覚的,科学的文脈では外在主義的説明が要求される。


・DANCY.J.
・INTRO.TO CPNTEMPORAR

・NOZICK,GETTIER,HUME,DESCARTES,
・懐疑主義,知識の因果理論,内在主義と外在主義,
・8F.懐疑主義の議論の諸種。1.LOCALな議論と,GLOBALな議論。2.,3..10FF.三つの懐疑的議論:1.BRAINS IN VATS, 2.ARG.FROM ERROR, 3. JUSTIFICATION OF ARG.FROM EXPERIENCE.:CF.1,DESCARTES,2.HARE,3. HUME.

23.知識の標準的説明:1.P, 2.A BELIEVES THAT P, 3.A'S BELIEF THATP IS JUSTIFIED.
25FF.GETTIER の反例。 27FF. これへの反応。
46FF.内在主義と外在主義: N 知識の因果理論:'A KNOWS THAT P'= 1.P IS TRUE, 2.A BELIEVES THAT P, 3.A'S BELIEF 2 IS JUSTIFIED, 4.A'S BELIEF 2 IS CAUSED BY THE FACT THAT P IS TRUE. 内在主義はこれに5.A BELIEVES 4を付け加える。


・POLLOCK.J.
・CONTEMPORARY THEORIE

・POLLOCK,BONJOUR,WILLIAMS.M.,
・DOXASTIC T.,基礎主義,正当化,信念,内的状態,
・19.DOXASTIC T.:信念の正当化は唯一,人がいかなる信念を抱くかということ(人のDOXASTICな状態)のみの機能である,という仮定に就く。21.NONDOXASTIC T.:信念が正当化されうるか否かの決定に他の考察も 入ってくる。
20.FOUNDATION T.:感覚知覚から直接に結果する信念は認識論的基礎を成す。そういう信念=自己正当化的。(←感覚は周囲世界との唯一の接触を我々に与える)
20.COHERENCE T.:かかる特権的クラスの信念の存在を拒否。整合→正当。
22.INTERNALISM:信念の正当化可能性は我々の内的状態の機能であるべきである。
23.EXTERNALISM:信念者の内的状態以上のものが信念の正当化に入って


・POLLOCK.J.
・CONTEMPORARY THEORIE

・POLLOCK,
・信念,知覚状態,内在主義,正当化,直接的実在論,
・てくる。
22.信念と知覚的状態とは等しく「内的状態」である。共に直に接近しえる。 内在主義者は,何を信ずべきかの決定に関して,我々が信念を もっているもの以外のものは考慮に入れられないという直観を背後にもつ。しかし,それは,信念獲得の過程の過剰の知性化である。信念獲得は信念以外のものへも接近をもつところの認知的過程によって規定される。(そこに,FOUNDATION T.,COHERENCE T.以外の内在主義の余地をあたえつつ)信念以外の内的状態をも考えにいれる立場がでてくる→直接的実在論:21.正当化は部分的には知覚的状態そのものの機能でなけれ ばならず,その知覚的状態に関する我々の信念の機能のみであってはならない。
22.内在主義は,認知的過程の正しさは認知的過程に内在する特徴であ


・POLLOCK.J.
・CONTEMPORARY THEORIE

・POLLOCK,
・認知過程,PROCESSEXTERNALISM,信念の正当化,
・るとする。→認知的過程が同一であれば,その内的な認知的過程以外が様々であっても,正・誤について全て同一である。--COGNITIVE ESSEN-TIALISM。
23.これに対してPROCESS EXTERNALISMは,同一の認知的過程であっても状況の相違によって正であったり誤であったりするとみる。
23.PROCESS RELIABILISTは,認知的過程は新なる信念を産出することにおけるRELIABILITYの見地から評価さるべしとする。そして,このRELIABILITYは偶然的事柄なり。
23.PROBABILISMは,信念を真である確率の見地から評価。−−科学に関して(のみ)この立場影響力在り。そこにおいて,この立場はBAYESIAN認識論と呼ばれるものの一部を成す。


・BENHABIB+ EDS.
・THE COMMUNICATIVE ETHICS CONTROVERSY
・MIT 90.10. PA.4210Y.13.95D.
・HAB.,BENHABIB,HELD.V.,BAIER.A.,
・倫理的認知主義≠合理主義、動機、人格の偶然的発達、
・355FF.道徳的動機・性格の問題:
355.しばしば、倫理的認知主義が倫理的合理主義と混同され、倫理の感情的基礎の無視が新−カント主義的理論の合理主義から帰結するとさているが、それ−−X。
357.C.-E.は、これまでのところ一種の倫理的合理主義として提示されてきたところの一種の倫理的認知主義である。
356.かかるC.-E.への批判:1.それは、人間存在のEMBEDDEDな、偶然的な、有限な側面を捨象することによって、感情的・道徳的発達の様々さ・意味に盲目である。 2.道徳的人格の偶然的端緒の無視が一定の人間関係やその道徳的織り成しに対する歪んだ見方を結果。(自律という道徳的理想をMUSHROOM(HOBBES)としての自己という見方と混同。)
358.しかし、C.-E.はこのような合理主義でなくともよい。


・COPP.D.
・INTRO. TO:MORALITY,REASON AND TRUTH,ED.BY COPP+
・ROWMAN A.ALLANHELD 1984.
・BRANDT,DANIELS,RAWLS,
・道徳的言語の意味論が満たすべき二制約、正当化、動機づけ、広い反省的均衡、欲求と文化、DISALIENATION、
・14.AD 道徳的言語の明瞭化 BRANDT:二つの伝統的アプローチ在り:1.道徳語の日常的意味の《記述》を目指す。2.道徳言語の構成のための《推奨》の提供を目指す−−改革的定義。 N B:2の方がO。しかし、どんな改革でもいいというわけではなく、規準在り。−−14.二つの制約:1.道徳コードの正当化はそれ自身は価値中立的でなければならないと要求する「経験主義的制約」 2.正当化の成功的説明は正当化と動機づけとの間のギャップを閉じなければならないことを要求する「反疎外化の制約」。  −−N DANIELS:両制約間には緊張在り−−我々の欲求は我々の文化によって型取られている。→我々自身を結果から疎外するという犠牲なしでは、制約1が要求するようには「我々の文化の外へ出」られぬ。   RAWLSの「広い反省的均衡」理論によって定義される意味での直覚主義も両制約を満たすことができない。


・GAUTHIER
・MORALS BY AGREEMENT,CH.X
・CLARENDON PR.OXFORD 1986.
・GAUTHIER,GLAUCON,MACINTYRE,
・自然人概念、ソフィスト的誤謬、自然のホメロスの社会との混同、価値づけ・動機づけ=非社会的でありうる。
・310.N MACINTYRE:自然人の概念は致命的な内的不整合を被っている:自然人の特徴とされる「利己的」「攻撃的」は、社会生活の語彙を構成するものなり。
N M.:GLAUCONは、ホメロスの社会を自然と混同している。ホメロスの言う英雄(AGATHOS)を自然人と混同している。
310.N M.:西洋の道徳哲学は最近、自然的にせよ合理的にせよ外−道徳的立場が存在すると想定するソフィスト的誤謬を犯している。 SEE A SHORT HISTORY OF ETHICS P18.  更に N M.:理論においてアルキメデス点として自然人を使うことは、道徳的試みのポイントを危うくする。310.反論:自然人の使用=整合的:非社会性≠起源、=動機づけ、価値:人は慣習によってmake upされてはいるが、価値づけ・動機づけに社会性の要素が不可避的に入るわけではない。


・GAUTHIER.D.+EDS.
・RATIONALITY,JUSTICE AND THE SOCIAL CONTRACT:THEMES FROM MORALS BY AGREEMENT
・U.OF MICHIGAN PR.39.50D. 7548Y.
・GAUTHIER,SUGDEN.R.,HOLLIS.M.,NIDA-RUEMELIN.J.,WEALE.A.,LEHNING.P.B.,GOODIN.R.E.,BINMORE.K.,/HOBBES,RAWLS,BUCHANAN.J.M.,HUME,HARSANYI,KALAI,KANT,NASH,NOZICK,RUBINSTEIN.A.,WOLFF.R.P.,ZEUTHEN.F.,
・CONTRACTARIANISM,JUSTICE,SEPARATENESS OF PERSON,EQUAL RATIONALITY,BARGAINING A.MORALITY,IMPARTIALITY,DIFFERENCE PRINCIPLE,MINMAX RELATIVE CONCESSION,MORAL PSYCHOLOGY,PRISONER'S DILEMMA,UTILITARIANISM,
・AUS:SHISEIDO INFO.N.36. 1994.O5./ローマー、訳書113:「ゴティエの合理性概念に対する批判はビンモア(Binmore(1993))、自身の誤りを部分的に認めたものはゴティエ(Gauthier(1993))を参照のこと。」


・FULLER.A.R.
・INSIGHT INTO VALUE.AN EXPLORATIO OF THE PREMISES OF A PHENOMENOLOGICAL PSYCHPOLOGY
・SUNY 1990.PA.2790Y.
・FULLER.A.R.,ARNHEIM.R.,CARLSON.N.,DESCARTES,GURWITSCH.A.,HEIDEGGER,HUSSERL,KOFFKA,KOEHLER,MASLOW,M.-PONTY,WERTHEIMER.M.,
・VALUE,PHENOMENOLOGICAL PSYCHOLOGY,GESTALT PSYCHOLOGY,FEELING,MEANING,ALREADINESS,BEAUTY,BODILY SELF,DASEIN,DISPOSITION,GOOD GESTALT,INTERPRETING,MEANING,MOTIVATION,PERCEPTION,INTRINSIC VALUE,BEAUTY VALUE(149),
・AUS:至成堂95/96 175.2790Y.
133.KOEHLER:「すべての価値経験とそれに伴う活動が突然消失するならば、人間は単純に崩壊する。」
152.N MASLOW:美=我々の生活の a necessity。


・WILLIAMS.B
・MAKING SENSE OF HUMANITY AND OTHER PHILOSOPHICAL PAPERS 1982-1993
・CAMBRIDGE UP.1995.PA.12.95P.
・WILLIAMS,ARIST.,FOOT,FRANKUFRT.H.G.,HARE,KANT,KEYNES,MACKIE,MCDOWELL,MCGINN,MOORE,NAGEL,NIETZSCHE,SIDGWICK,TAYLOR.C.,WIGGINS,WITT.,
・HUMANITY,FREEDOM,INTERNAL REASON,MORAL PSYCHOLOGY,INDIVIDUALISM,INTUITIONISM,SLIPPERY SLOPE,MORAL LUCK,ANTHROPOCENTRISM,BLAME,CO-OPERATION,ERROR THEORY,GAME THEORY,OBJECTIVISM,PRACTICAL NECESSITY,REALISM,RESPONSIBILITY,THICK CONCEPT,/FEAR(185),SECONDARY QUALITY(185),SHARED PRACTICE(187),VALUE QUALITY,/"ACTS AND OMISSIONS,DOING AND NOT DOING",
・AUS:至成堂 総合新刊案内 N.38.1995.05./AIR MAIL 1WEEK
182.方法論的直覚主義≠(二種の)認識論的直覚主義。
184FF.AD MCDOWELL
AUS:JA4243(神崎),15:「B.W.による纏めによれば、この問題には、行為の帰結の望ましさと、行為の帰結に対して行為者の負うべき責任の範囲という二つの問題が、複雑に絡まり合っている。クウィンは前者の問題を否定して、後者の問題に一元化し、ベネットは後者の「為すこと」と「容認すること」との区別を否定して、前者に問題を一元化したと言うことができるかもしれない。」


・CLARK.K.
・RUSKIN TODAY
・PENGUIN 1964.
・CLARK.K. ON RUSKIN,PUGIN,TURNER(25,217),CARLYLE(69),
・NATUR,ART,ARCHITECTURE,MOUNTAIN(20,103FF.),CHRISTIANITY(52),DARWINISM(71),ANTI-SCIENCE(71),LOCOMOTIVE(57),VENICE(73,206F.,324),NATIONAL CHARACTER(92),SOCIALIZED TREE893),NATURAL BEAUTY(95),LANDSCAPE(115),EVIL NATURE(117),LOSS OF FAITH ON NATURE(118),MEANING OF THE WORD BEAUTIFUL(137),PERCEPTION(143),ART A.HISTORY8196),19C.(204,233,307),ENGLISH ART(212),ORNAMENT(227FF.),GOTHIC(236),RESTORATION(249),MODERN CITY(257),ORNAMENT A.FUNCTION(257),PICTURESQUE(277),CATHEDRAL(331),
・AUS:鈴木『建築の世紀末』105.:『建築の七灯』にはP.の影響と思われる部分が少なからず指摘される。CF. SEE P.125.ABIKO:どういう文脈でかを確認せよ。
125.彼はすでに建築について、国民的性各の表現として書いていた。今やto show that certain right states of temper and moral feeling were the magic process by which all good architecture has been producedよう決めた。....結果は『建築の七灯』であった。彼のテーゼは挑発的であった。そして大部分はオリジナルであった。n.1.:R.はPUGINに負っていることを決して認めなかったし、彼について軽蔑をもって語っている。しかし、影響の可能性は排除できない。


・DANCY.J.
・MORAL REASONS
・BLACKWELL 1992. PA.14.95D./5080Y.
・DANCY.J.,MCDOWELL,
・色・価値と傾向性(傾性):同一?、本質的に現象的、本質的に動機づけ的、IN VIRTUE OF、形SHAPEと傾向、
・158.M.は同一的だとみている。色についても。
158.M.< 筆者:色は、非-傾向的である。
158.1.色=傾向性、2.色は傾向性のゆえに(in virtue of)存在する、の二つの見方。159.M.はあいまいなのだが、彼の本当の見解は1.である。
159.「確かに主要な別見解は、傾向性は色のおかげで存在する、一定の経験を結果する傾向性は対象における現象的propertyのおかげで存在する、という見解である。」
159.傾向性との等置 → 色は本質的に現象的、価値は本質的に動機づけ的。
159.これに対して筆者:色≠傾向性。しかし、別の意味で現象的だとしえる。160.しかし、その仕方で価値を本質的に動機づけ的とはできない。 −− しかし、本質的に動機づけ的だと考える。しかし、説明を変えねばならない。

160FF.形と傾向:


・MCNAUGHTON
・MORAL VISION
・BKACKWELL 1988.
・MCNAUGHTON,HUME,
・INTERNALISM内在主義、EXTERNALISM外在主義、信念−欲求理論、道徳的実在論、
・21. 行為者は、適当な種類の信念と欲求をとの両方をもつならば、行為する理由をもつ:=信念−欲求理論 BY HUME
22. 適切な信念と一つになった道徳確信は行為者に行為する理由を与えるに、したがって行為者を行為するよう動機づけるに十分である、 という見解は、しばしば内在主義と呼ばれる。なぜなら、その見解は、行為者の道徳的態度と行為者の行為の選択との間の内的あるいは概念的関係を要請するからである。 /23. 行為者の他の信念と結びつくとき、道徳的意見は、行為する理由を与えることによって行為者を動機づけうる。(内在主義)  /23. 道徳的実在論者は、行為する理由をもつとは何かについて信念−欲求理論を受け入れるなら、道徳的動機に関して外在主義にコミットせざるをえない。=或る行為が道徳的に要求されていると信じつつ、なぜそうするかの理由を見ない、ということを認めざるを得ない。


・MCNAUGHTON
・MORAL VISION
・BKACKWELL 1988.
・MCNAUGHTON,DANCY,BLACKBURN,MCDOWELL,
・道徳的価値、準-実在論(99)、理想的観察者理論、改心CONVERSION(102)、道徳的動機(106FF.)、道徳的実在論、文化的多様性、
・「....道徳的価値の余地を見出すことができる。」
97. 「M.の立場は、DANCY(1986)によって不十分に実在論的と、BLACKBURN(1985)によって余りに実在論的に過ぎると批判されている。」
99. 「理想的観察者理論は、実際、人々を実在論への誘引している我々の道徳的思考の含意を意味あるものにする非-認知説の一ヴァージョンを構成しようという準-実在論の試みの一例であるとみなしうる。」

147FF.道徳的実在論と文化的多様性DIVERSITY:
149.「一つ以上の社会的世界が存在し、したがって一つ以上の道徳的実在が存在するというW.の指摘」
154F.彼らの道徳性を理解すること:
155.要約:「我々の道徳的コミットメントは我々の他の信念と独立に変わりうるという言は、非-認知説の特徴である。この言は拒否されな....」


・JOHNSON.M.
・MORAL IMAGINATION
・U.OF CHICAGO PR.1993.PB.14.95D.
・JOHNSON.M.,DONAGAN.A.,FLANAGAN.O.,GADAMER,HARE,KANT,MACINTYRE,MOORE,RAWLS,SANDEL,TAYLOR.C.,WINTER.S.L.,J.>BENTHAM,
・IDENTITY,PERSON,AESTHETIC,EMOTIVISM,FOLK THEORY OF MORAL LAW,IMAGINATION,METAPHOR,NARRATIVE,SELF,TRADITION,
・AUS:村若(2233)/菅野JA4720が言及:139.:「道徳の規則主義の批判については、マッキンタイア..、またJ...が委細をつくしている。」


・HAUSMANN.D.M./MCPHERSON.M.S.
・ECONOMIC ANALYSIS AND MORAL PHILOSOPHY
・CAMBRIDGE UP.1996.18.95D.
・HAUSMAN.D.M.,MCPHERSON.M.S.,ARROW,
・ETHICS A.ECONOMICS,倫理と経済、功利主義、選択、自己利益的、効用理論、規範によって動機づけられた行為、貢献への欲求≠利他主義、
・「....現実の選択の理論と解釈されるとき効用理論は、この説明では、利他的で道徳的な行動は現実的に自己利益的であることを示す。..../この結論は逆説的である。論証は誤っている。自己利益的であることは、自分自身の善に向かう選好をもつことであって、単に自分自身の選好に即して行為することではない。....我々は以下で、或る道徳的現象は効用理論の内部で適応させられえない、ことを論証する。」

58. 「規範によって動機づけられる個人は《どのように》規範に一致するのか。一つの可能性は、規範を正当化する道徳的《理由》は《それ自身》一致を動機づける、というものである。原理に従って行為したいという人々の欲求は....人々を規範に従うよう動機づける。」
63. 「A.が注意しているように、貢献したいという欲求は、単なる利他主義とは実質的に異なった含意をもちうる。」


・NAGEL
・THE POSSIBILITY OF ALTRUISM
・PRINCETON UP.1970.
・NAGEL,
・利他主義≠人類に対する感情、他者、正当化、説明、WHY BE MORAL?、倫理の心理的基礎、
・3.「利他主義そのものは、他の人の実在性の認知と、自分自身を多くの者の間の単なる一人とみなす・それと等しい能力とに依存する。」
3.「利他主義は、人類に対する一般化された感情と混同されてはならない。それは、感情ではない。」
5.「「なぜ私は道徳的であるべきか」は無意味であるか、原則的に解答不可能である。....私が思うに、倫理の基礎原理に対する《説明explanation》は発見しうる。たとえ、それが正当化ではないとしても。満足のいく説明は、行為への要求に適切な動機的力を説明しなければならない。」
6.「倫理に対する充分に堅固な心理的基礎を発見する必要」


・NAGEL
・THE POSSIBILITY OF ALTRUISM
・PRINCETON UP.1970.
・NAGEL,
・利他主義、二種類の欲求:動機づけられた;動機づけられていない、処世的PRUDENTIAL動機づけ、道徳的動機づけ、
・27. 「行為者の欲求の見地ですべての動機を説明する、表面的にはもっともらしい方法は機能しない、と私は論じるであろう。」
29. 「動機づける欲求がすべての意図的行為の下にあるという仮定は、私が思うに、二種類の欲求、つまり動機づけられた欲求と動機づけられていない欲求の間の混同に拠っている。....単純に我々に来る欲求は、説明されうるはするが動機づけられていない。空腹は食物の欠如によって産み出されるが、そのことによって動機づけられてはいない。八百屋に買物に行くという欲求は....空腹によって動機づけられている。」

32. 「....。それは、処世的動機づけと利他的動機づけの両方とも、未来の幸福あるいは他者の福祉への媒介する欲求の助けなしに、説明する。」


・NAGEL
・THE POSSIBILITY OF ALTRUISM
・PRINCETON UP.1970.
・NAGEL,
・利他主義、道徳の正当化、道徳的懐疑主義、利他的動機≠愛、
・143.「この議論は、道徳的であることの正当化を提供しないが、なぜ典型的には道徳的正当化は我々を説得させうるのかを説明することを試みる。」
143.「道徳的懐疑主義は、道徳的議論あるいは理由によって説得されることを拒否することである。」
145.「利他的動機は愛あるいは他の間人格的感情にではなく、他の人々の実在性のおそらく普遍的な認知に依存すのではあるが、146.利他主義は遠く離れて普遍的であるのではない。というのも、我々は絶えずこの認知の効果を塞ぐからである。/利他主義と道徳性とは何か人間本性に基礎的なものによって可能であると言うことは、人は基礎的に善であると言うことではない。」−−利他主義の《可能性》。


・BROAD.C.D.
・ETHICS AND THE HISTORY OF PHILOSOPHY PART.C.
・ROUTLEDGE A.KEGAN PAUL,1952.
・BROAD.C.D.,
・"""EGOISM AS A THEORY OF HUMAN MOTIVES"",自己中心的SELF-CENTERD欲求、自己配慮的SELF-REGARDING欲求、他者配慮的欲求、自己言及的SELF-REFERENTIAL欲求、所有・自己肯定・自己提示・感情への欲求、母親−子供、動機、"
・「....自己-中心的欲求の部類には、《所有》への欲求、《自己-肯定》への欲求、《自己-提示》への欲求、《感情》への欲求が含まれる。」
221.「他者-配慮的ではあるが、利己的な動機-刺激を含む欲求は、《自己-言及的》と記述しうる。自分自身の子供に対して、他の子供にはする気がないであろうような奉仕をする母親の欲求は、他者-配慮的ではあるが自己-言及的な欲求の事例である。また、自分を傷つけた者、あるいは自分がねたんでいる者に苦しみを与えるという・人の欲求も、そうである。」

223.「この自己-言及的な他者-配慮的動機は大体において常に、自己-配慮的な他の動機と混合している。婦人が自分の子供が幸福....であることを欲するさいにもっている動機は、他の婦人が幸福....な子供の母親として自分をうらやむ、という欲求である。」


・BROAD.C.D.
・ETHICS AND THE HISTORY OF PHILOSOPHY PART.C.
・ROUTLEDGE A.KEGAN PAUL,1952.
・BROAD.C.D.,
・"""EGOISM AS A THEORY OF HUMAN MOTIVES"",自己中心的SELF-CENTERD欲求、自己配慮的SELF-REGARDING欲求、他者配慮的欲求、自己限定的、自己言及的SELF-REFERENTIAL欲求、自己幸福、心理的ヘドニズム、動機、"
・223.「唯一の究極的動機は《自己-限定的》であり、唯一の究極的な自己-限定的動機は《自分自身の幸福への欲求》である」−−「これは偽である。」
224.「論じるに値する心理的利己主義の唯一のかたちは以下のものである。次のように言えるかもしれない。全ての究極的動機は、自己-限定的《か》自己-中心的《か》他者配慮的かつ自己-言及的《かのいずれかである》....。これは。例えば心理的ヘドニズムよりずっと穏当な理論である。私は、これが満足のいくかたちで、非常に広い範囲の人間の動機づけをカヴァーすると考える。しかし、これが例外なしに真であると確信してはいない。..../229.或る人々は或る時々に、自己-言及的刺激によって刺激されたと尤もにはみなせない他者-配慮的動機によって強く影響されている。..../230.私としては、人間の動機について還元不可能なかたちの多元論を受容することに傾いている。」


・BRANDT
・A THEORY OF THE GOOD
・OXFORD UP.1979.
・BRANDT,
・道徳の合理性、厳密に道徳的な動機づけ、
・」....そして我々は、これらの欲求の全てを自己利益的と呼ぶ。」しかし....330.死後の事態にも関わる欲求もある。→自己利益的欲求からはこれは除外する。=その人の存在を含意するものに限る。また:「慈愛的な欲求、道徳的に行為するという欲求」も除外する。

331ff.合理的な人は常に自己利益に反対して道徳的に行為するであろうか?:
333.「慈愛を表わす行動は通常、自己利益の点でペイするということを....示すことは困難ではないであろう。....したがって、共感や慈愛は合理性のテストをパスする。/厳密に「道徳的な」動機づけについてはどうであろうか。」−−334.この場合、合理的とは言い難い。しかし、その人のよる。−−「重要な道徳的動機づけの生成に関する機能的説明が正しい限りで、道徳的動機づけは合理的である。」


・BROOME.J.
・COUNTING THE COST OF GLOBAL WARMING
・WHITE HOUSE PR.1992.2460Y.
・BROOME.J.,BARRY.B.,DIAMOND.P.,HAMMOND.P.,HUME,MARGLIN.S.,MIRRLEES.J.,PARFIT,PIGOU,RAWLS,SCHELLING.T.,SEN,
・COUNTING THE COST OF GLOBAL WARMING,AGENT NEUTRALITY,CLIMATE A.SEA LEVEL,COST-BENEFIT ANALYSIS,EXTERNALITY,FUTURE GENERATION,GRENNHOUSE GAS,IMPARTIALITY,CONSUMER,INVESTIMENT,JUSTICE,OUTLOOKS,POPULATION,RESOURCISM,RISK,SEPARABILITY,TELEOLOGY,UTILITARIANISM,WEIGHING GOODS A.BADS,WELLBEING,MOTIVATION(43),/動機、幸福>厚生、目的論、平等、(将来世代、未来世代)、
・41. 「平等が善いことなら、その善は人々の幸福の総量のような他の善と一つにされうる。その結果、善全体を規定することになる。」
42. 「私は目的論を、善に関する特定の観念によってではなく、その構造によって同定する。このことは、一つとして、目的論は、A.Senが「厚生主義」とよぶものではない、ということを含意する。....Senは「厚生」を非常に狭く理解している。」
44. 「私が思うに、或る行為を善だと認知することは、人をしてそうするよう動機づけるに十分である。」
44. 「善に関する私の観念は、厚生に関するSenの観念よりも広い。そたがって、幸福wellbeingは厚生welfareと混同されてはならない。」


・SEN.A.
・RESOURCES,VALUES AND DEVELOPMENT
・HARVARD UP.1984.2985Y.
・SEN,PARFIT,
・(選好の)順序づけ:利己的;道徳的、囚人のディレンマ、動機づけ、合理的愚か者:愚かな利己主義者;愚かな道徳主義者、
・AUS:セン『経済学の再生』147:「選択された一つの順序付けの情報内容の少なさについての一般的論点は、道徳的順序付けにも当てはまる(Sen 1984a,[14])。」
14. 「伝統的経済理論でも、所与の個人的順序づけの変わることのない追求という仮定が、動機づけと行動との重要な論点を排除している。以下の事は見られうる。囚人のディレンマに関わる者がたとえ(利己的selfishではなく)<<道徳的>>な順序づけを最大化する者であっても−−それは個人毎に異なっている−−、同じ「ディレンマ」が生じうる(36)。本当の論点は、個人の行動を個人の目標(それが利己的なものであるか道徳的なものであるかに拘らず)に結び付けることに関わっている。「集合的合理性」の要求は、もっと洗練されたアプローチを要求するであろう。「合理的愚か者」は愚かな利己主義者であるのと同様に容易に愚かな道徳主義者でもありうる。」
(36):Parfit....を見よ。


・SEN.A.
・RESOURCES,VALUES AND DEVELOPMENT
・HARVARD UP.1984.2985Y.
・SEN,SMITH.A.,MARX,COLLARD.D.,SIDGWICK,HAYEK,
・選好の内容vs行為の規則、孤立化のパラドクス(ISOLATION P.)、>利得動機に基づく市場メカニズム、相互依存性、自己利益追求=自己論駁的、
・15. 「<<選好の内容>>に対する<<行為の規則>>の問題は、もちろん、社会分析における新しいものではない。」すでにA.S.,MARXが....。
15.isolation problems
15. 「最適の節約・割引(discounting)の問題に適用された「孤立化のパラドックス」に関して−−私的節約の非最適性と市場割引率の不適切性の可能性を同定しながら−−非常に生き生きした論争がなされてきた。(43)
(43):see.....D.Collard,Altruism and Economy,1978,....。

98. 「利得動機に基づく市場メカニズムが公共財を扱うのに失敗することは、価格システムの外部で働く相互依存性を扱うことの失敗の特定の事例である。」→次頁→
98. 「自己利益の能動的追求が集合的に自己論駁的であるだけでなく、個人的にも自己論駁的である可能性もある。」−−CF.Sidgwick(個人的幸福を能動的に最大化する試みは、幸福の達成すを困難にする傾性を生み出すという結果を持ちうる),Hayek。


・MUSGRAVE.R.A.
・THE THEORY OF PUBLIC FINANCE
・MCGRAW-HILL BOOL COMPANY,INC.,1959
・MUSGRAVE.R.A.,
・防衛・教育、社会的欲求、善き社会のイメージ、消費者選択、利他主義、選好、私的欲求、社会的欲求、動機づけ、
・88. 「防衛・教育といった社会的欲求....。ここでは投票者の態度・選好は、善き社会に関する自分のイメージや、自分の直接的な環境の事柄をはるかに越えた影響によって条件づけられているかもしれない。彼の選択は、市場における典型的な消費者選択の基にある狭義での自己利益によてではなく彼が利他主義的動機づけと呼ぶものによって規定されているかもしれない(2)。....基にあるこの選好は、私的欲求に関わる場合と比べて社会的欲求に関わる場合にはより少なく主観的である、ということは帰結しない。両ケースにおいて様々な動機づけが重なり合う。動機づけにおける差異が存在するところでさえ、総欲求のヒエラルキーはなお、入手可能な収入や乏しい資源に照して測定される。」


・KNIGHT.K.
・THE ETHICS OF COMPETITION PART.C.
・1951(2.IMPRESSION),1=1931.
・KNIGHT,
・"""ETHICS AND THE ECONOMIC INTERPRETATION"",""ECONOMIC PSYCHOLOGY AND THE VALUE PROBLEM"",""VALUE AND PRICE"",""INTEREST"","
・AUS:後藤138:「ナイトは、ルールの社会的決定に参加する個々陣は市場原理とは異なる原理に基づいて行動する点に、合意の可能性を見出していた。「政治的討議は諸利益間の競い合いではなく、客観的観念や『最善の』政策の探究を表現すると想定されるはずだ」(K.p.288n)/SEE FA4597


・KAVKA.G.S.
・HOBBESIAN MORAL AND POLITICAL THEORY
・PRINCETON UP,1986.PA.
・KAVKA.G.S.,HOBBES,
・PRUDENCE(利口、慈愛の思慮)、正当化、動機付け、仮説的合意、遵守、政府、人間本性、>心理的利己主義(エゴイズム)、優勢的(PREDOMINANT)利己主義、
・19ff.1-3:Our Problems a.Plans:
20.「ここ及び以下では、"prudence"というタームは、H.によって定義された、上の1-2節で注記された特殊な意味ではなく、標準的な近代的意味で使用される。」
22.「理論が正当化的力と並んで動機付け的力をもつと想定される限りで、H.は、単なる仮説的合意を人が認めることがどのようにして結果する配置を自分が遵守するのかを、説明しなければならない。」
23.「人々は、制限的政府よりも無制限の政府を好むであろうというH.の議論は、誤った社会学的−歴史的前提に依存しており、したがって失敗している。」 (H.から、むしろ→制限的政府)
23.「人間本性に関するH.の理論は単純な心理的利己主義であるという共通の考えは、二つの根拠から批判されている。....H.理論の企図のために、心理的利己主義は明瞭に、優勢的利己主義と呼ばれる・人間の動機に関する別の見解によって置き換えられる。この利己主義は、もっとmildなものであり、....。」


・KAVKA.G.S.
・HOBBESIAN MORAL AND POLITICAL THEORY
・PRINCETON UP,1986.PA.
・KAVKA.G.S.,HOBBES,(A:SCHUETZ,DANTO),
・真正の心理的利己主義≠偽的に利己主義的な理論(同語反復的(TAUTOLOGICAL)利己主義、因果的(CAUSAL)利己主義)、(A:SHUETZ:ために動機;ゆえに動機;DANTO:基礎的行為)、自己から発する欲求≠自己的(SELFISH(利己的))欲求、
・「....しかし、或る欲求が自己利益的であるか否かは、欲求の<<対象>>の本性に拠るのであって、その因果的etiology[原因論]に拠るのではない。例えば、貧しい人々を助けることにおけるマザー・テレサの真性(genuine)の目的が彼らをbetter offにすることであるなら、たとえ貧者に対する彼女の関心が彼女が受け取る報酬(他人に親切であることに関して両親から子供が受け取る報酬のような報酬)によって引き起こされる(caused)としても、彼女はunselfishlyに行為している。....因果的利己主義は、我々の欲求の(全部ではないとしても)いくつかが利己的でないことと論理的に両立可能である。したがって心理的利己主義の真性の形ではない。」
36.「欲求の本当(real)の対象で二規準」


・KAVKA.G.S.
・HOBBESIAN MORAL AND POLITICAL THEORY
・PRINCETON UP,1986.PA.
・KAVKA.G.S.,HOBBES,BUTLER,FREUD,SKINNER,WILSON.E.O.,DAWKINS,AXELROD,
・進化(論)的説明、快楽主義のパラドクス、無意識、死の本能、行動主義、SOCIOBIOLOGY、親族淘汰、相互的利他主義、利己的遺伝子、行動論的に利他的;動機論的に利他的、>心理的利己主義、無意識の欲求、
・51ff.2-4.Evaluating Egoism:
63.「進化的説明は究極には、種の遺伝子プールにおける遺伝子タイプの相対的頻度に基づくものであって、遺伝子の自己利益(それが何であれ)に本当に訴えるものではない。n88」
63.n88:「Dawkinsの利己的遺伝子メタファーを文字通りに受け取る−−彼自身何かを為していると非難されているのであるが−−のでなければ、である。」
63.n89:「この因果的説明を当の欲求の利己主義的分析へと転形するためには、我々は、外見上の利他主義者に、遺伝子プールにおいて自分自身のと同じタイプの遺伝子の数を最大化する無意識の欲求を帰属させなければならないであろう。」
64.「....のとき、我々は、心理的利己主義は拒否さるべきであるという我々の常識的結論についての理論的確証を見出す。」


・PETTIT.P.
・RULES,REASONS,AND NORMS:SELECTED ESSAYS
・OXFORD UP.2002.TOTAL:3361Y.
・PETTIT.P.,SEN,GAUTHIER,PLATTS.M.,
・"""THE VIRTUAL REALITY OF HOMO ECONOMICUS"":ECONOMIC MIND(経済的精神),EGOCENTRICITY(自我中心性),SELF-CENTREDNESS(自己中心性),NON-TUISM,SELF-REGARDINGNESS,EXTERNAL BENEFIT(225),欲求、動機づけ、コミットメント、"
・223ff.経済人のテーゼ:
223.「各人が或る自己中心性に帰属させる様々なテーゼの間のいくつかの諸区別..../224.Self-centredness /Weak non-tuism:....(Gauthier 1986:87) /Strong non-tuism:....(Gauthier 1986:311) /Self-regardingness
224.「M.P.(1980)は、道徳的信念は、欲求の存在なしに動機づけ得ると想定する」
224.「S.(1982:ESSAY 4)は、コミットメントの可能性を語る」


・CURRAN.C.E./MCCORMICK.R.A.EDS.
・JOHN PAUL II AND MORAL THEOLOGY
・PAULIST PR.1998.
・MCCORMICK.R.A.,HINTTINGER.R.,ZALBA.M.,
・pp.5-34:MCCORMICK.R.A.:1. SOME EARLY REACTIONS TO VERITATIS SPLENDOR:内在的に悪、意図≠動機、行為、自衛、臓器移植、自慰、手段、Z.>二重結果、
・14.encyclical no.81:If acts are intrinsically evil,a good intention or particular circumstances can diminish their evil,but they cannot remove it.
18.What Hinttinger fails to do is distinguish intention from motive. The intention makes the act what it is.....Thus,we refer to an act of self-defense,not to an act killing for the added purpose of defending my life.50 We refer to an act the transplantation of organs,not to an act of multilation done for the good purpose of saving another's life. It is precisely this structure I had in mind when I wrote that "self-stimulation for sperm testing is a different huma act from self-pleasing."
33.n.50:There was a schoolof thought within Catholicism that held that the death of the aggressor colud be intended as a means.....Zalba holds this himself and refers to appeal to double effect as "obscurior."


・CURRAN.C.E./MCCORMICK.R.A.EDS.
・JOHN PAUL II AND MORAL THEOLOGY
・PAULIST PR.1998.
・MCCORMICK.R.A.,
・pp.5-34:MCCORMICK.R.A.:1. SOME EARLY REACTIONS TO VERITATIS SPLENDOR:目的論、自尉、人間的行為、動機、行為の「対象」、動機、意図、独立の倫理的判断、
・....Similarly "intention [not motive] tells 19.us what is going on." That is why theologians like Bernard Naering,Marciano....distinguisch "moral" from merely "biological" self-stimulation,or masterbation from "ipsation", They see them as different human acts,not the same act with different motives.
119.「行為の対象に対して終極である、あるいは「行為の種類」から独立の意図(no.76)は動機である。動機にのみ言及するものとしての意図のこの理解が、善き意図は道徳的に悪しき行為を正当化すると語っているとして比例主義者を非難することをV.S.に許しているのである。」
20.「いかなる対象が道徳的に悪と性格づけられべきで、またいかなる規準に即してなのか。もちろん、この問いに隠されているのは、何が対象に属すると数えられべきなのか、という更なる問いである。これはしばしば、或る領域で道徳的に正あるいは悪であると人が考えるものについての独立の倫理的判断によって決定されている。」


・BROAD.C.D.
・BROAD'S CRITICAL ESSAYS IN MORAL PHILOSOPHY,ED.BY CHENEY.A.R. PART C.
・GEORGE ALLEN & UNWIN LTD,1971
・BROAD.C.D.,RUSSELL,MOORE,DUNCAN JONES,SIDGWICK,KANT,FRANKENA,HARE,PRICHARD,
・"""THE DOCTRINE OF CONSEQUENCES IN ETHICS""(1914),""ON THE FUNCTION OF FALSE HYPOTHESES IN ETHICS""(1916),""ANALYSIS OF SOME ETHICAL CONCEPTS""(1928),""IS 'GOODNESS' A NAME OF A SIMPLE NON-NATURAL QUALITY""(1934),""EGOISM AS A THEORY OF HUMAN MOTIVES""(1950),""SELF AND OTHERS""(1953),""A REPLY TO MY CRITICS""(1956),/INTENTION(63),ALTRUISM(280),NEUTRALISM,UTILITARIANISM(280),"
・AUS:BRINK(M8173)
280.what I mean by saying that the altruism which common sense accepts is self-referential.


・KEENAN.S.J.
・GOODNESS AND RIGHTNESS IN THOMAS AQUINAS'S SUMMA THEOLOGICA
・GEORETOWN UP.1992.
・KEENAN.S.J.,THOMAS,
・GOODNESS(善さ),RIHTNESS(正しさ),CHARITY(博愛)とBENEVOLENCE(博愛、慈善)、信仰、努力(STRIVE)、徳、動機づけ≠意図、行為(ACTION)そのもの、
・11.「Charityの元来の意味は、獲得を強調する他の徳に対して、人の努力をそれとは区別して記述することを提供する。」
11.「charityが信仰を前提する神学的徳であるのに対して、benevolenceは信仰の前提なしに善き人格を記述する。」
13.「徳は、同じタイプの行為を繰り返して遂行するによってではなく、同じタイプの行為を意図し実行することによって獲得される。」
13.「我々は、動機づけと意図とを区別する....。善さは前者に、正しさは後者に属する。」
14.「正しさは二つの領域をもつ。実行された行為(選択)と行為への行為者の理由(意図)とである。/時として著述家達は、意図を道徳的善さの内部で考察する。これらの著述家は誤っている。なぜなら、行為(action)そのものに属する正しさの要素を論じることを欲しながら、彼らは正しさを選択だけと同一視するからである。」


・KEENAN.S.J.
・GOODNESS AND RIGHTNESS IN THOMAS AQUINAS'S SUMMA THEOLOGICA
・GEORETOWN UP.1992.
・KEENAN.S.J.,THOMAS,
・GOODNESS(善さ),RIHTNESS(正しさ),動機づけ:心理的≠道徳的、
・14.「同様に、心理的動機づけは、道徳的動機づけとは異なっている。<<心理的に>>用いられるとき、動機づけは正しさOR悪さの問いに関わる。<<道徳的に>>用いられるとき、動機づけは、人が自分自身OR自分の行為を正しく実現するためにcharityあるいはbenevolenceから動くか否かに関わる。」
15.「人格が自由であるべく努力することは、道徳的(あるいは形相的)動機づけを善にする。これに対して心理的(あるいは質料的)動機づけは、それがgreedに留まる限りで悪である。」


・KEENAN.S.J.
・GOODNESS AND RIGHTNESS IN THOMAS AQUINAS'S SUMMA THEOLOGICA
・GEORETOWN UP.1992.
・KEENAN.S.J.,THOMAS,MOORE,HARE,PATON,KANT,
・GOODNESS(善さ),RIHTNESS(正しさ),動機、
・5.「Mooreは問う。我々は行為を、行為者のづきを考慮することなしないright or wrongと記述できるか、と。」....6.「かくてM.は、badな動機づけをもった人格の行為に関して「パラドクス」をもって次のように結論する。「人は実際、実際に正しい行為を選択してことに対して最強の道徳的非難に値することもありうる。」[Ethics,195-5]ここに、人格がbadであることは、行為の正しさに影響を与えない、という新たな洞察が生じる。」
6.「行為がrightかwrongか我々は、行為者の動機に関する情報なしに決定できる、とM.は考える。しかし彼は、動機だけで、あるいは動機のみが「時として」「善さ」を記述できるかどうかという逆を考察しなかった。11」
18.n11:see Paton,in:The Philo.of M.ed by P.Schilpp,113-134.
6.「事実M.は、カントやデモクリトス同様、善き動機からwrongな行為をした人格をgoodとは呼ばなかった。」


・FINNIS.J.
・FUNDAMENTALS OF ETHICS
・GEORGETOWN UP.,1983.
・FINNIS.J.,SOCRATES,
・KEEP HIS HANDS CLEAN、自己の状態、動機、自己統合原理、選択、反省、
・M8372→
142.「ソクラテスの選択を動機づけるものは生きた人間人格としてのLeonへの、そしてギリシアの正義の法的秩序への尊敬であった。これらの動機は彼の選択の十分で完全な理由である、ソクラテスは、彼の選択が彼自身の善い性格を保持する、民間の皮肉が言うであろうように、「自分の手をきれいにしておく」であろう、と<<反省>>することも出来たであろう。しかし、これらは実際反省であるであろう。[しかし]その選択に関する思想あるいは理由を動機づけるものではない。人は、自分の選択によって構成・確証する「自己の状態」をaffirm,approveすることができる。しかし、その自己の状態をいかなる仕方でも自分のobjectiveにすることなしにである。(そのようにまた、人は、自分が選んだ性格を、何らかの新しい自己統合原理を後悔・修正することを選択することがなくても、regretしdetestすることができる。)」


・ROSS.D.
・THE RIGHT AND THE GOOD
・CLARENDON PR.1930,2002,2813Y.(ED.BY P.STRATTON-LAKE)
・ROSS,KANT,
・義務の感覚(SENSE OF DUTY)、完全な性格=神聖な意志、正≠義務的(Kant)、動機の善、義務を為すことへの欲求、
・159.Goodness is measured not by the intensity of the conflict but by the strengt of the devotion to duty.
159.n Kant:「完全な性格or「神聖な意志」は義務の感覚の下ではなく、単に一定の行為の善さor正しさの感覚の下で行為するであろう」 <「我々が見てきたように、一定の動機から行為することとは異なったものとして行為は決して<<善>>ではない。或る行為を<<正>>と考えることは、それを義務的と考えること....である。したがって、カントがthe rightとthe obligatoryとの間に引いた区別は、160.本当の相違に対応(answer)していない。....神聖な意志は義務の感覚の下で行為するであろう、と言うことに我々は躊躇う必要はない。」
160.It would seem, then, that conscientious action springs from a certain desire (the desire to do one's duty), and owes its goodness to the specific nature of this desire.


・MUIRHEAD
・THE ELEMENTS OF ETHICS
・JOHN MURRAY 1921.
・MUIRHEAD,BENTHAM,KANT,BUTLER,
・CINDUCT,WILL,CHARACTER,DO WE JUDGE AN ACT BY ITS MOTIVES OR CONSEQUENCES?(59),MOTVIE A.INTENTION,INTUITIONALISM,DEFECTS OF CONSCIENCE AS ULTIMATE STANDARD(83),END,
・62.Bentham formulated this distinction by defining motive as that for the sake of which an action is done; whereas the intention includes both that for the sake of which, and in spite of which, anything is done. Intention is thus wider than motive.
62.Motive and consequent are not really opposed to one another in the manner supposed.
65.the 66motive of an action is not, as commonly supposed, the feeling....but the idea of the object in which the self is moved to look for its fulfilment.


・SCHEFFLER.S.
・HUMAN MORALITY
・OXFORD UP.1992.PB.12.95D.3150Y.
・SCHEFFLER.S.,
・道徳的視点と自己利害的観点、動機、個人の発達、人格、穏和な、
・3ff.chap1:
4. My own belief....is that the moral point of view and the point of view of the individual agent satnd in a relation that might be termed one of potential congruence. This notion involves three constitutent ideas.....The second idea is that,despite the undeniable strength of self-interested motives,poweful motivations that are responsive to moral considerations can also emerge during the course of an individual's development,motivations deeply rooted in the structure of individual's personality.
6. As far as the issu of content is concerned,I will argue that morality should be thought of as moderate rather than stringent.


・KACZOR.C.
・PROPORTIONALISM AND THE NATURAL LAW TRADITION
・THE CATHOLIC U.OF AMERICAN P.2002,HB.49.95D.6591Y.
・KACZOR.C.,KNAUER.P. ・二重結果説の第一条件の脱落化、比例主義、(邪)悪:前道徳的;道徳的、f K.:意図:心理的≠道徳的、比例する理由(釣り合う理由)、
・31. ad K.: once the distinction between premoral and moral evil is made,the first condition drops out as begging the question.....Today the principle of double effect is most breifly as follow: One may permit the evil effect of this act only if this is not intended in itself but is indirect and justified by a commensurate reason."[K.] ...."intention" here has a new meaning....,a meaning defined in terms of proportionate reason. It is this emphasis on the fourth condition that led William May to coin the terms "proportionalist" and "proportionalism."
32. For Knauer,what one psychologically intends is different from what one morally intends. If agent has a proportionate reason,the evil caused,even if used as a means,though psychologically intended,remains outside of the agent's moral intention.


・KACZOR.C.
・PROPORTIONALISM AND THE NATURAL LAW TRADITION
・THE CATHOLIC U.OF AMERICAN P.2002,HB.49.95D.6591Y.
・KACZOR.C.,THOMAS,
・人間的行為の対象、遠い意図あるいは動機、目的、対象、自己防衛、拡張された対象、
・95. some circumstances,for example,motivation or remote intentions....
96. the original act as formed by proximate intention and the consequences as formed by remote intention or motive,and the end,remain distinct.
96. Proportionalism,at times,wants certain motives or remote intentions to be included in the object of the act as if they were proximate intentions. "Thus,we refer to an act of self defense,not 97.to an act of killing for the added purpose of defending my life. --97. これ>T.
98. これ<筆者。
99.「拡張された対象」観念<筆者。


・KACZOR.C.
・PROPORTIONALISM AND THE NATURAL LAW TRADITION
・THE CATHOLIC U.OF AMERICAN P.2002,HB.49.95D.6591Y.
・KACZOR.C.,THOMAS,BRATMAN.M.,CAVANAUGH.T.(107),
・人間的行為の対象、状況、殺人、死刑の執行、動機と意図、意図と予見、
・105. In this example,circumstances do change the act,but not from "murder to legal execution." Rather,the change is from an act 106.considered in a very general sense "killing a person" to an act more concretely considered "legal execution."
106.動機に対する意図を何が規定するか、の困難。+ 意図と意図外のものの区別。T.には明瞭な答えなし。
107.意図と予見。
108. the intended from the foreseen can be distinguished according to the criteria by which success is reconed.


・LIEBERMAN.M.S.
・COMMITMENT,VALUE AND MORAL REALISM
・CAMBRIDGE UP.1998.
・LIEBERMAN.M.S.,
・コミットメント(COMMITMENT)、道徳的実在論、同一視、心理的愛着、
・17. commitmant often involves....identification with certain norms,ideals,or values. As a result,commitment can be thought of as that in which one recognizes oneself.....,as well as that by which one recognizes oneself....
17.心理学者達は語る:commitment,defined in terms of "psychological attachment," results from "identification with the attitudes,values or goals of the model....become incorporated into the cognitive set of the individual,"....


・LIEBERMAN.M.S.
・COMMITMENT,VALUE AND MORAL REALISM
・CAMBRIDGE UP.1998.
・LIEBERMAN.M.S.>RORTY,
・コミットメント(COMMITMENT)、道徳的実在論、リベラルなイロニスト<心理的に可能か?、理論的アクラシア、知的精神分裂病、
・42.n22. solidarity can be thought of as a particular kind or form of commitment....
45. all Rorty has said is that in the ironist utopia there is still commitment,but it refers tosomething else,namely,identifying with contingency.
45. ....whether it is psychologically possible to be a liberal ironist(CIS,p.85)....for solidarity and commitment to emerge there wolud have to develop a radical split or detachment of the ironist from her actions; that is to say,Rorty is gultiy of a kind of "theoretical akrasia," or "intellectual schizophrenia."
46. being a believer means,as Peter Railton and others suggest,having an interest in truth.


・BLUSTEIN.J.
・CARE AND COMMITMENT.TAKING THE PERSONAL POINT OF VIEW
・OXFORD UP.1991.
・BLUSTEIN.J.,WILLIAMS,ADAMS.R.M.,
・統合性、>動機の源として受容不可な道徳理論、
・77. 以上への反論:consequentialism is a theory about the ultimate basis of moral rightness,and it needs to be separated from the attempt to inculcate a directly corresponding moral motivation.
77. 再批判:this defence of consequentialism comes at too high a cost. A moral theory that deems its own principles generally unacceptable as a source of motives....disqualifies itself from serious consideraltion as a moral theory.12
241.n12: See for example,R.M.Adams,"Should Ethics Be More Impersonal?....,"Philo.Review98(1989),esp.pp.452-53....


・BLUSTEIN.J.
・CARE AND COMMITMENT.TAKING THE PERSONAL POINT OF VIEW
・OXFORD UP.1991.
・BLUSTEIN.J.,WILLIAMS,FEINBERG,
・統合と自己満足、有徳な自己という自己イメージの維持が動機となっている、感情家、
・....この異論は:This objection might be that those who regard their own integrity as their special or fundamental responsibility and act accordingly are guilty of self-indulgence.
84. Williamsはこの自己満足を次のように記述している:He has an image of himself as a virtuous [person],and this image is more important in his motivation than any concern for other persons.["Utilitarianism and Moral Self-Indulgence,"in H.D.Lewis,ed.,Contemporary British Philosophy 4,,,1976,pp.311-12]
84. Feinbergも次のように記述している:Sentimentalist....85.....the energetic efforts to remain absorbed in them[sentiments],disconnected as they are from real life purposes,are described as "wallowing.["Sentiment and Sentimentality in Practical Ethics,"Proceedings a.Addresses of The American Philo.Association56(1982),pp.26-7.


・SCHEFFLER.S.
・HUMAN MORALITY
・OXFORD UP.1992.PB.12.95D.3150Y.
・SCHEFFLER.S.,KORSGAARD,KANT,
・内在主義、理由、動機、実践理性、合理的人格、
・135.n2: 「この解釈[135.if one interprets defenders of OC as claiming that moral reasons can legitimately be ascribed to people who lack any motive at all for acting on them,.....] を拒否する際私は、C.Korsgaardの影響を受けている。「実践理性に関する懐疑主義」(JP.83,1986,5-25)で彼女は次のように論じている。Kantian can accept what she calls the "internalism requirment," accrding to which "[p]ractical reasons,if they are really to present us with reasons for action,must be capable of motivating rational persons"(p.11)


・DREIER.J.ED.
・CONTEMPORARY DEBATES IN MORAL THEORY
・BLACKWELL 2006,4676Y.
・DREIER.J.,SHAW.W.,VALLENTYNE.P.,NORCROSS.A.,FREEMAN.S.,PETTIT.P.,HURSTHOUSE.R.,KERSTEIN.S.J.,BLACKBURN,SVAVARSDOTTIR.S.,WALLACE.R.J.,RAILTON.P.,TIMMONS.M.,STURGEON.N.L.,ZANGWILL.N.,AUDI.R.,LANCE.M.N.,LITTLE.M.O.,/ARIST.,GAUTHIER,HARE,HARMAN.G.,HUME,KANT,KORSGAARD,MACKIE,MILL,MOORE,PEACOCKE.C.,RAWLS,ROSS,SCANLON,SIDGWICK,SMITH.A.,
・S:THE CONSEQUENTIALIST PERSPECTIVE,V:AGAINST MAXIMIZING ACT CONSEQUENTIALISM,N:REASONS WITHOUT DEMANDS,F:MORAL CONTRACTARIANISM AS A FOUNDATION FOR INTERPERSONAL MORALITY,P:CAN CONTRACT THEORY GROUND MORALITY?,H:ARE VIRTUES THE PROPER STARTING POINT FOR MORALITY?,D:VIRTUE THEORY,K:REASON,SENTIMENT,AND CATEGORICAL IMPERATIVES,B:MUST WE WEEP FOR SENTIMENTALISM?,S:HOW DO MORAL JUDGMENTS MOTIVATE?,W:MORAL MOTIVATION,R:MORAL FACTUALISM,T:MORALITY WITHOUT MORAL FACTS,S:MORAL EXPLANATIONS DEFENDED,Z:MORAL EPISTEMOLOGY AND THE BECAUSE CONSTRAINT,A:ETHICAL GENERALITY AND MORAL JUDGMENT,L/L:DEFENDING MORAL PARTICULARISM,
・V.:
19/30(MS).行為者相関的関心<筆者。Such a theory is concerned with "keeping the agent's hands as clean as possible" in a consequentialist way,but it[?] does not adequately respect the normative separateness of persons. It judges it permissible for Jones to kill Smith in order to avoid Jones' later killing four other people(23). This fails to respect the normative separateness of Smith from others.
29.n23: Kamm(1992,1996,chs,8&9;2000),and Mack(1993,1998) both argue against the common (and mistaken) supposition that agent-relativity is the ground of constraints on the promotion of the good. They both argue,....that it is rather a kind of agent-neutral concern for victims.


・JACKSON.F./PETTIT.P./SMITH.M.
・MIND,MORALITY,AND EXPLANATION
・CLARENDON PR.,2004.
・JACKSON.F.,PETTIT,,SMITH.M.,/AYER,BLACKBURN,BLOCK.N.,BOGHOSSIAN.P.,BURGE.T.,CHURCHLAND.P.,CLARK.A.,DENNETT,DEVITT.M.,ELSTER.J.,FODOR.J.,FRANKFURT,GIBARD,HORWICH.P.,HUME,JOHNSTON.M.,KANT,KRIPKE,LOCKE,MACDONALD.G.,MCDOWELL,MCGINN,MENZIES.P.,MOORE,NAGEL,NOZICK,PARFIT,PARGETTER.R.,PLATTS.M.,PUTNAM,RAWLS,SIDGWICK,WATSON.G.,WILLIAMS,WITT.,WRIGHT.C.,/ >MCDOWELL;DANCY,
・J./P.:IN DEFENCE OF FOLK PSYCHOLOGY;FOLK BELIEF AND COMMONPLACE BELIEF;CAUSATION IN THE PHILOSOPHY OF MIND;SOME CONTENT IN NAROW;FUNCTIONALISM AND BROAD CONTENT;PROGRAM EXPLANATION:A GENERAL PERSPECTIVE;STRUCTURAL EXPLANTION IN SOCIAL THEORY;IN DEFENCE OF EXPLANATORY ECUMENISM;MORAL FUNCTIONALISM AND MORAL MOTIVATION;J./P./S.:ETHICAL PRATICULARISM AND PATTERNS;MINIMALISM AND TRUTH APTNESS,F./P/:A PROBLEM FOR EXPRESSIVISM;BACKGROUNDING DESIRE;PARFIT'S P;PRACTICAL UNREASON;BRANDT ON SELF-CONTROL;FREEDOM IN BELIEF AND DESIRE,/
・5.「論点は、非-道徳的特性の或るsubsetからのmappingが存在するのか、かかるmappingは非-道徳的特性の全setから出発すべきなのか、である。後者の見解は、最近McDowellとDancyによって弁護されてきている。これに対して我々は、道徳思考が完全に個別主義的であるなら、ムーア的な非-自然的特性へのコミットメントが不在なので、6.随伴性条件の無限のリストを除いては、術語「正」の外延を補足する仕方は存在しないであろう、と論ずる。....これとは別の見解は、この条件に先行して或るパターンが存在し、術語「正」の外延を把握するとき我々が把握するのはこのパターンであるところのものである、というものである。....非-道徳的パターンの優位的な種類の性格づけを提供する....。」
・CLARENDON PR.2004.
JACKSON,F,,PETTIT,OPPY.G.,SMITH.M.,/AYER,BLACKBURN,BLOCK.N.,BOGHOSSIAN.P.,BURGE.T.,CHURCHLAND.P.,CLARK.A.,DENNETT,DEVITT.M.,ELSTER.J.,FODOR.J.,FRANKFURT,GIBARD,HORWICH.P.,HUME,JOHNSTON.M.,KANT,KRIPKE,LOCKE,MACDONALD.G.,MCDOWELL,MCGINN,MENZIES.P.,MOORE,NAGEL,NOZICK,PARFIT,PARGETTER.R.,PLATTS.M.,PUTNAM,RAWLS,SIDGWICK,WATSON.G.,WILLIAMS,WITT.,WRIGHT.C.,/ >MCDOWELL;DANCY,
・J./P.:IN DEFENCE OF FOLK PSYCHOLOGY;FOLK BELIEF AND COMMONPLACE BELIEF;CAUSATION IN THE PHILOSOPHY OF MIND;SOME CONTENT IN NAROW;FUNCTIONALISM AND BROAD CONTENT;PROGRAM EXPLANATION:A GENERAL PERSPECTIVE;STRUCTURAL EXPLANTION IN SOCIAL THEORY;IN DEFENCE OF EXPLANATORY ECUMENISM;MORAL FUNCTIONALISM AND MORAL MOTIVATION;J./P./S.:ETHICAL PRATICULARISM AND PATTERNS;MINIMALISM AND TRUTH APTNESS,F./P/:A PROBLEM FOR EXPRESSIVISM;BACKGROUNDING DESIRE;PARFIT'S P;PRACTICAL UNREASON;BRANDT ON SELF-CONTROL;FREEDOM IN BELIEF AND DESIRE,/
・5.「論点は、非-道徳的特性の或るsubsetからのmappingが存在するのか、かかるmappingは非-道徳的特性の全setから出発すべきなのか、である。後者の見解は、最近McDowellとDancyによって弁護されてきている。これに対して我々は、道徳思考が完全に個別主義的であるなら、ムーア的な非-自然的特性へのコミットメントが不在なので、6.随伴性条件の無限のリストを除いては、術語「正」の外延を補足する仕方は存在しないであろう、と論ずる。....これとは別の見解は、この条件に先行して或るパターンが存在し、術語「正」の外延を把握するとき我々が把握するのはこのパターンであるところのものである、というものである。....非-道徳的パターンの優位的な種類の性格づけを提供する....。」


・JOHNSON.O.A.
・RIGHTNESS AND GOODNESS. ASTUDY IN CONTEMPORARY ETHICAL THEORY
・M.NIJHOFF 1969.
・JOHNSON.O.A.,ROSS,BROAD,CARRITT.E.F.,EWING.A.C.,KANT,MOORE,PRICHARD,JOSEPH.H.W.B.,KANT,
・RIGHTNESS A.GOODNESS,DEONTOLOGY,AXIOLOGICAL ETHICS,MOTIVE,DUTY,OUGHT-CAN ARG.,INFINITE REGRESS ARG.,CONSEQUENCE,DEBT-PAYING,DESIRE,FIDELITY,FITTINGNESS,HEDONISM,IDEAL UTILITARIANISM,INTUITIONISM,ORGANIC GOODNESS,PRIMA FACIE DUTY,PROMISE-KEEPING,PUTATIVE RIGHTNESS,SELF-IMPROVEMENT,UTILITY,SECURE,/AIMING AT(44),SECURE OR ENSURE(45),/DIRECTLY(46),TOTAL ACT(46),RIGHTNESS:OBJECTIVE;SUBJECTIVE,CONSEQUENCE,SCOPE OF AN ACT(47),FULFILMENT-OF-A-PROMISE(49),THE ACT ITSELF(50),/GUARANTEE,LIKELY,
・45. to aim at my friend's reception of the book is not necessarily to guarantee that he will get it;but,unless he actually receives it,I have not fulfilled my obligation to him.
45. It might be maintained that my duty in this situation is to perform an act which will likely result in my friend's reception of the book.


・ROSS.W.D.
・FOUNDATIONS OF ETHICS
・OXFORD UP.1939(1).PB.4872Y.
・ROSS.D.,KANT,
・正(RIGHT)、厳粛主義−自由意志論、動機の善;行為の善、ネポティズム(307)、常識(310)、性格の善、利己主義(308)、
・290-310:Moral Goodness:
306.Kant:リゴリスティックな道徳見解:「極端にlibertarianな対置」だ。
306.「行為の善さは、完全に動機の善さに依存するか?」
307.「動機は純粋に善だが、行為は純粋に善ではない」場合。
307. Even action done from a sense of duty may for this fail to have moral goodness....
308.「正性と善性とはそれほど離れてはいない。」
309.しかし、両者は独立。
310.しかしまた:goodness of character is the only condition that even the slightest degree of probability tends to make for the doing of right acts......but if it is so,the coincidence is accidental.


・ROSS.W.D.
・FOUNDATIONS OF ETHICS
・OXFORD UP.1939(1).PB.4872Y.
・ROSS.D.,PRICHARD,
・正(RIGHT)、動機、意図、SET ONESELF TO、
・Indeed,for this reason,its existence must depend upon some fact about ourselves.....156."I ought to set myself to do so-and-so,because I think that it would have a certain effect."[Ibid.26-7.]

158.一定の動機によって行為へと駆り立てられること ≠ 特定の欲求からそうなること。:What we ought to do,then,strictly speaking,is just to set ourselves to produce this. And that is different from doing so from any special motive,such as sense of duty or benevolence. 義務なのは前者。
160.「意図」はidleに留まりうるが、しかし:it would be true to say that the nature of what is intended in an act is what makes the act right or wrong.


・ROSS.W.D.
・FOUNDATIONS OF ETHICS
・OXFORD UP.1939(1).PB.4872Y.
・ROSS.D.,PRICHARD,
・正(RIGHT)、自分の確信との調和、非難、道徳的善≠正、義務、親切、動機、
・163. even if both his opinion about the facts and his moral insight are at fault,he can always do act C with the knowledge that it is right in sense C,....
163.しかし、もう一つの考慮点あり。非難に値すること....。
164. the agent mya be mistaken in his moral judgement of his duty in the supposed situation; but so long as he thinks as he does,the act in which he acts on his conviction has the same sort of harmony with his conviction as an act in which a man act on a correct conviction has with that con-165.viction,....
165.しかし:道徳的に善なる行為は必ず正しい行為であるのではない。
167. he may think that A is his duty,but do act B from some other good motive (e.g.that of kindness to an individual),and in such a case his act has some moral goodness,but does not harmonize with his thought about his duty,and is not right in the third sense.


・HARGROVE.E.C.
・FOUNDATIONS OF ENVIRONMENTAL ETHICS
・ENGLEWOOD CLIFFS,1989.
・HARGROVE.E.C.,DARWIN,DESCARTES,EMERSON.R.W.,FLADER.S.,GALILEO,JEFFERSON.T.,KANT,LEOPOLD.A.,MOORE,MUIR.J.,NICOLSON.M.H.,PARMENIDES,PASSMORE.J.,PLATON,ROLSTON.H.III,SAGOFF.M.,SINGER.P.,THOREAU,TOLKIN.J.R.R.,WHITEHEAD,WITT.,WORDSWORTH,
・ENVIRONMENTAL ETHICS,AESTHETICS,(HISTORY OF IDEAS),/TASTE,ART,BEAUTY,CONSERVATION;PRESERVATION,DESIRE,DUTY,ECOLOGY,ECONOMICS,EMOTIVISM,INTUITION,REVERENCE FOR LIFE,EVOLUTION,VALUE OF EXISTENCE,GARDENING,GOD,HUNTING,IMAGINATION,LANDSCAPE,MANAGEMENT,MATTER,NATURE,NIHILISM,PAINTING,PHILOSOPHY,POETRY,PROPERTY:PRIMARY/SECONDARY,RELIGION,RIGHTS,RULES,SCIENCE,SPECIES,SUBLIME,UNIFORMITARIANISM,UTILITARIANISM,VALUE:INTRINSIC,FACT/VALUE,NONANTHROPOCENTRIC,WILDERNESS,YELLOWSTONE,YOSEMITE,
・AUS:FB2135,P.156: An important account of environmental ethics from the perspective of the history of ideas,emphasizing aesthetics.


・GOTTCHICK.J.
・LUTHERS THEOLOGIE PART.C.
・J.C.B.MOHR,1914.
・GOTTSCHICK.J.>LUTHER,
・MOTIV(MOTIVE),NAECHSTENLIBE(LOVE),
・AUS:ニーグレンV,323.「隣人への愛にとって満足な動機を与えることにL.は失敗したという....共通の考え」/n.325.....S.57ff.
57. So sehr diese Motivierung ein wirkliches Motiv trifft,genuegt sie doch nicht.
58. So sehr Luther auch hier ein wirkliches Motiv trifft und zwar eins,das als Kraft besonders wichtig ist,so reicht doch auch dise Motivierung noch nicht aus. Denn dies Motiv haelt sich aud dem Gebiet des pathologischen Dranges der natuerlichen Sympathie. Diese wendet sich von selbst dem Naechten zu,ohne dass dabei der Gedanke an ein unveraeusserliches Soll,an einen hierdurch zu erfuellenden Willen Gottes konkurrierte.


・DARWALL.S.
・THE BRITISH MORALISTS AND THE INTERNAL 'OUGHT':1640-1740
・CAMBRIDGE UP.1995.
・DARWALL.S.,HUME,CLARKE.S.,CUDWORTH.R.,CUMBERLAND.R.,GAUTHIER,HOBBES,HUTCHESON,KANT,KORSGAARD,LOCKE,PRICE.R.,SIDGWICK,SHAFTESBURY,
・THE BRITISH MORALISTS,INTERNALISM,NATURAL LAW,PASSION,OBLIGATION NATURALIZED,MORAL AGENCY,AUTONOMY,MORAL SENTIMENT,CONSCIENCE AS SELF-WUTHORIZING,JUST,BENEVOLENCE,CALM DELIBERATION,CONVENTION,EGOISM,FREE WILL,GOD,GOOD,HEDONISM,IDEA,LOVE,MORAL SENSE)SENTIMENT),RATIONAL MOTIVE,OBLIGATION,OBSERVER'S PERSPECTIVE,REASON,SELF-LOVE,SENTIMENTALISM,VIRTUE,WILL,
・AUS:JA7244,p.105:林:「D.は1983年の著書から解釈を変えている」


・CHURCHLAND.P.
・BRAIN-WISE:STUDIES IN NEUROPHILOSOPHY
・MIT PR.2002.4247Y.
・CHURCHLAND.P.S.,ARIST.,CHURCHLAND.P.,COTTRELL.G.,CRICK.F.,DAMASIO.A.,DENNETT,DESCARTES,FREGE,FREUD,GALILEO,GRUSH.R.,HAMEROFF.S.,HELMHOLTZ,HUME,KANT,MCGINN.C.,MOORE,NEWTON,PENROSE,PLATON,SELLARS,SOCRATES,WUNDT.W.,
・NEUROPHILOSOPHY,"IN CONTROL"-DRIVEN COMPATIBILISM,.AGENT,AMYGDALA,ANIMAL,AUTISM,BRAIN,CAUSATION,CHIMPANZEE,COGNITION,COLOR VISION,COMMON SENSE,CONSCIOUSNESS,CONVICTION,DECUSION MAKING,DOPAMINE,DUALISM,EMOTION,EMULATOR,EPISTEMOLOGY,EVOLUTION,EXPLANATION,FACE NET,FEEDBACK,FOLK PSYCHOLOGY,FREE WILL,GENE,GOD,HYPOTHALAMUS,INTERPRETATION,KNOWLEDGE,LANGUAGE,LEARNING,MEMORY,MENTAL STATE,METAPHYSICS,MIND,MONKEY,MORALITY,NERVOUS SYSTEM,NEURAL NETWORK,NEUROSCIENCE,PERCEPTION,PHILOSOPHY,PSYCHOLOGY,QUALIA,QUANTUM MECHANICS,RAT,REASON,REDUCTIONISM,RELIGION,REPRESENTATION,RESPONSIBILITY,SCIENCE,SELF,SOUL,SYNAPSE,TIME,/IN CONTROL;OUT OF CONTROL,AUTISM(214),"KANTIAN MONSTER"(DE SOUSA)(221),"SECONDARY EMOTIONS"(Damasio)(232),
・AUS:MORAL PSYCHOLOGY VOL1.p29(Caseberr):Pratricia Churchland articulates the basics of an "in-control"-driven compatibilism in chaper 5 of her excellent book ....(2002),where she argues there are real neural differences between cognitive systems that are in control of their actions and those are not,..../SEE 232.

223.Curiously,if asked to say what he saw in the pictures,E.V.R.'s emotional responses became somewhat more normal.
224.rationally E.V.R.does indeed know what the best long-run strategy is,but in exercising choice in actual situations,he goes for short-run gain,---- 224.lack of emotional responsivity to complex plans.


・HAMPTON.J.
・THE AUTHORITY OF REASON
・CAMBRIDGE UP.1998.
・HAMPTON.J.,BENTHAM,BOYD.R.,DENNETT,FEYERABEND,GAUTHIER,HERMAN,HOBBES,HUME,KAHNEMAN,KANT,KREPS.D.,LUCE.R.D.,MACKIE,MCDOWELL,MILL,MORGENSTERN.O.,NAGEL,PLATON,QUINE,RAZ,SAVAGE.L.,SUGDEN.R.,VON NEUMANN,WILLIAMS,
・P1:SCIENCE A.OBJECTIVE NORMS:NATURALISM A.MORAL REASONS,REASON'S AUTHOEITY,P2:INSTRUMENTAL REASON:WHY INSTRUMENTAL RESONING ISN'T INSTRUMENTAL,P3:REASONS A.REASONING:EXPECTED UTILITY THEORY,CONSEQUENTIALISM,TOWARD A "POSTNATURALIST"THEORY OF REASONS,


・TIMMONS.M.ED.
・KANT'S METAPHYSICS OF MORALS
・OXFORD UP.2002.
・TIMMONS.M.,WOOD.A.,GUYER.P.,WILLASCHEK.M.,WESTPHAL.K.R.,BYRD.S.,POGGE.T.W.,LUDWIG.B.,FLIKSCHUH.K.,HOLTMAN.S.W.,HILL.T.E.JR.,ENGSTROM.S.,JOHNSON.R.N.,O'NEILL.O.,REATH.A.,POTTER.N.,BARON.M.W.,/KANT,ALLISON.H.,BARON.M.W.,FALK.W.D.,GREGOR.M.,HARE,HERMAN.B.,HOBBES,HOFFE,HUME,KORSGAARD,MILL,ROSS,SIDGWICK,WILLIAMS,
・W:THE FINAL FORM OF kANT'S PRACTICAL PHILO.,G:KANT'S DEDUCTIONS OF THE PRINCIPLES OF RIGHT,W:WHICH IMPERATIVES FOR RIGHT?,W:A KANTIAN JUSTIFICATION OF POSSESSION,B:KANT'S THEORY OF CONTRACT,P:IS KANT'S RECHTSLEHRE A 'COMPREHENSIVE LIBERALISM'?,L:WHENCE PUBLIC RIGHT?,F:KANTIAN DESIRES.H:REVOLUTION,CONTRADICTION,A.KANTIAN CITIZENSHIP,H:PUNISHMENT,CONSCIENCE,A.MORAL WORTH,T:MOTIVE A.RIGHTNESS IN KANT'S ETHICAL SYSTEM,E:THE INNER FREEDOM OF VIRTUE,J:HAPPINESS AS A NATURAL END,O:INSTITUTING PRINCIPLES:BETWEEN DUTY A.ACTION,R:SELF-LEGISLATION A.DUTIES TO ONESELF,P:DUTIES TO ONESELF,MOTIVATIONAL INTERNALISM,A.SELF-DECEPTION IN KANT'S ETHICS,B:LOVE A.RESPECT IN THE DOCTRINE OF VIRTUE,/MOTIVE OF DUTY,DUTY A.MOTIVE,DESIRE A.FREEDOM,FEELING A.MORAL MOTIVATION,MORAL MOTIVATION,


・KORSGAARD
・SEKF-CONSTITUTION.AGENCY,IDENTITY,AND INTEGRITY
・OXFORD UP.2009.
・KORSGAARD,WILLIAMS,ARIST.,BUTLER,HUME,NAGEL,PLATON,RAWLS,ROSS,
・SELF-CONSTITUTION,AGENCY,IDENTITY,INTEGRITY,NORMATIVITY,PRACTICAL REASON,UNITY OF THE WILL,AUTONOMY,EFFICACY,HUMANITY,ANIMAL,CAUSATION,CATEGORIACL IMPERATIVE,CHOICE,DELIBERATION,DESIRE,INCLINATION,EMOTION,FREEDOM,FUNCTION,GOOD,HEPPINESS,HYPOTHETICAL IMPERATIVE,INCENTIVE,INSTINCT,JUSTICE,MAXIM,OUGHT,PLEASURE,PROMISE,PRUDENCE,REASON,RESPONSIBILITY,SELF-DETERMINATION,TELEOLOGY,UNIVERSALITY,UNIVERSALIZABILITY,UTILITARIANISM,VIRTUE,WILL,


・HAMPTON.J.
・THE AUTHORITY OF REASON
・CAMBRIDGE UP.1998.
・HAMPTON.J.,BENTHAM,BOYD.R.,DENNETT,FEYERABEND,GAUTHIER,HERMAN,HOBBES,HUME,KAHNEMAN,KANT,KREPS.D.,LUCE.R.D.,MACKIE,MCDOWELL,MILL,MORGENSTERN.O.,NAGEL,PLATON,QUINE,RAZ,SAVAGE.L.,SUGDEN.R.,VON NEUMANN,WILLIAMS,
・P1:SCIENCE A.OBJECTIVE NORMS:NATURALISM A.MORAL REASONS,REASON'S AUTHOEITY,P2:INSTRUMENTAL REASON:WHY INSTRUMENTAL RESONING ISN'T INSTRUMENTAL,P3:REASONS A.REASONING:EXPECTED UTILITY THEORY,CONSEQUENTIALISM,TOWARD A "POSTNATURALIST"THEORY OF REASONS,


・TIMMONS.M.ED.
・KANT'S METAPHYSICS OF MORALS
・OXFORD UP.2002.
・TIMMONS.M.,WOOD.A.,GUYER.P.,WILLASCHEK.M.,WESTPHAL.K.R.,BYRD.S.,POGGE.T.W.,LUDWIG.B.,FLIKSCHUH.K.,HOLTMAN.S.W.,HILL.T.E.JR.,ENGSTROM.S.,JOHNSON.R.N.,O'NEILL.O.,REATH.A.,POTTER.N.,BARON.M.W.,/KANT,ALLISON.H.,BARON.M.W.,FALK.W.D.,GREGOR.M.,HARE,HERMAN.B.,HOBBES,HOFFE,HUME,KORSGAARD,MILL,ROSS,SIDGWICK,WILLIAMS,
・W:THE FINAL FORM OF kANT'S PRACTICAL PHILO.,G:KANT'S DEDUCTIONS OF THE PRINCIPLES OF RIGHT,W:WHICH IMPERATIVES FOR RIGHT?,W:A KANTIAN JUSTIFICATION OF POSSESSION,B:KANT'S THEORY OF CONTRACT,P:IS KANT'S RECHTSLEHRE A 'COMPREHENSIVE LIBERALISM'?,L:WHENCE PUBLIC RIGHT?,F:KANTIAN DESIRES.H:REVOLUTION,CONTRADICTION,A.KANTIAN CITIZENSHIP,H:PUNISHMENT,CONSCIENCE,A.MORAL WORTH,T:MOTIVE A.RIGHTNESS IN KANT'S ETHICAL SYSTEM,E:THE INNER FREEDOM OF VIRTUE,J:HAPPINESS AS A NATURAL END,O:INSTITUTING PRINCIPLES:BETWEEN DUTY A.ACTION,R:SELF-LEGISLATION A.DUTIES TO ONESELF,P:DUTIES TO ONESELF,MOTIVATIONAL INTERNALISM,A.SELF-DECEPTION IN KANT'S ETHICS,B:LOVE A.RESPECT IN THE DOCTRINE OF VIRTUE,/MOTIVE OF DUTY,DUTY A.MOTIVE,DESIRE A.FREEDOM,FEELING A.MORAL MOTIVATION,MORAL MOTIVATION,


・KORSGAARD
・SEKF-CONSTITUTION.AGENCY,IDENTITY,AND INTEGRITY
・OXFORD UP.2009.
・KORSGAARD,WILLIAMS,ARIST.,BUTLER,HUME,NAGEL,PLATON,RAWLS,ROSS,
・SELF-CONSTITUTION,AGENCY,IDENTITY,INTEGRITY,NORMATIVITY,PRACTICAL REASON,UNITY OF THE WILL,AUTONOMY,EFFICACY,HUMANITY,ANIMAL,CAUSATION,CATEGORIACL IMPERATIVE,CHOICE,DELIBERATION,DESIRE,INCLINATION,EMOTION,FREEDOM,FUNCTION,GOOD,HEPPINESS,HYPOTHETICAL IMPERATIVE,INCENTIVE,INSTINCT,JUSTICE,MAXIM,OUGHT,PLEASURE,PROMISE,PRUDENCE,REASON,RESPONSIBILITY,SELF-DETERMINATION,TELEOLOGY,UNIVERSALITY,UNIVERSALIZABILITY,UTILITARIANISM,VIRTUE,WILL,



・BISHOP.J.
・NATURAL AGENCY
・CAMBRIGE UP.1989
・BISHOP,J.
・AGEBT=SUBSTANCE,REASON,CAUSE,MOTIVATION
・A further feature of the Stoic theory is that in order for a decison to take place,the hegemonikon indeed must exerice exectutive control.....With only the causal efficacy of the various motivational states in place we don't yet have a decision. Rather,a decison doesn't come about until the agent makes up her mind and bring it about. Here again,it would seem that what is causing the decision is independent of motivational states,and given this specification,it is not unnatural to identify this cause of with the agent fundamentally as substance.(22)
285.n22: J.Bishop remarks:"Intuitively,we think of agents as carrying out there intentions or acting in accord with their practical reasons,and this seems different from (simply) being caused to behave by those intentions or reasons"NATURAL AGENCY,72.


・RAPHAEL.D.D.
・BRITISH MORALISTS,VOL1.

・RAPHAEL.D.D.,HUTCHESON,
・MOTIVE OF DUTY = SELF-INTERESTED,
・AUS:FA7232(Korsgaard):14:"Hutcheson,who thought of the motive of duty in much the same way Hume does,even suggested that people who act from duty are self-approva;.14." / 33.n.14:"This is the main ground on which Hutcheson criticizes Shaftesbury. See the selections from An Inquiry concerning the Original of our Ideas of Virtue or Moral Good,in....V.1,see p.305." / 25:"As Hume's predecessor,Hutcheson,had pointed out,it appears as if acting on the motive of duty so conceived is a form of self-interested motivation."


・BAIER.K.
・1978 IN:M.S.IN P.

・BAIER,
・理由=/動機付ける事実,CONCIDERATION,
・他の一部に,認知的Rあり.
65. 動機付ける事実=/REASON.
65. CONCIDERATION.
66. CONCIDERATION を批判的に調べる能力.
−−Rを語るときは,これ要る.


・BEARN.G.C.
・RELATIVISM AND REALI

・PUTNAM,KUHN,WITT.,
・主観主義,客観主義,内在主義,相対主義,
・....可能性在る。
201F.まとめ:
1981のPは主観主義と客観主義(=外在主義)との中間(内在主義)を行く。 モデル−理論的議論によって,世界(大)への対応=UNINTELLIGIBLEを示そうと目指す。< この目標,達せられず。SEE 付録2。 主観主義論駁の,1.積極的面:主観主義的説明では不可能とされる言語的・認識的実践に我々は参加している。 < 。
2.消極的面:主観主義=自己論駁的。 < 次章で,自己論駁的ではない相対主義のかたちを,KUHN,ODER BESSER WITT.のものとして示す。


・MCNAUGHTON
・MORAL VISION

・HUME,MCNAUGHTON,
・内在主義,非認知説,道徳的実在論,欲求,
・与え,従って,行為へと十分動機付ける,とする見方=内在主義。
内在主義は,行為者のM態度と行為の選択との間に内的OR概念的関係を要請する。
22.内在主義とBELIEF-DESIRE THEORYとの結合は非認知説に強力な議論 を与える。
22.M実在論は事実的信念とM態度との否認知説的区別を拒否。
23.実在論が信念−欲求理論を受容するとき,それは外在主義となる。 外在主義はしかし,我々の直観に反する。

23.1.信念−欲求理論=妥当,2.内在主義,3.M意見は純粋に認 知的。 非認知説は1,2を受容;3を批判。実在論は3を主張→1か2を拒否せざるをえぬ。しかるに,1,2は高度にPLAUSIBLE。


・MCNAUGHTON
・MORAL VISION

・STEVENSON,HUME,HARE,MACKIE,
・非認知説,真理,整合性,道徳現象論,動機,還元主義
・31.非認知説は,真理なしにM不一致を説明。
33.非認知説は整合性を重要視。34.M態度と行為との関係に訴えることによって,整合性の必要を説明。
37.非認知説は実際上,M性に関するERROR THEORYを受容。
39FF.M実在論:
N MR:我々の日常的M思考の構造は自分達の見方を支持。
40.MRは,我々のM経験に訴えるという,M現象論の戦略を採る。
43.非実在論の非認知説以外のかたちとして還元主義あり。
44.N 還元主義:見解の正←多数派。
43F.還元主義の難点。
47.1,2のどちらを拒否するかによって,M実在論は二派に別れる: 1.2を拒否→外在的M実在論,1を拒否→内在的M実在論:行為者は


・MCNAUGHTON
・MORAL VISION

・BLACKBURN,KANT,NAGEL,MACKIE,
・道徳的実在論,欲求,動機,美,観察,道徳的命令,外在主義、
・認知的状態によってのみ動機付けられる。
48.Mの我々への主張は欲求から独立のように思われる。信念−欲求理 論は,道徳的命令のこの関係に意義を与え得ない。
48.望ましいからそれを欲求する,という我々のM経験に対して,非認 知説は,欲求するから望ましいのだとする。外在主義は,望ましさは欲求から独立とする。
55.HUMEの,美の観察不可能性の言は直観に反する。CF.我々はSUNSETを美としてSEEする。−−−56F.M性質は観察できぬとする見方は,観察 を制限している。
57.M真が存在するが,人間はそれが何であるか見つけることができな いとする実在論はX。Oな実在論は,いかなる方法によって我々がM真に到達できるかを説明しなければならない。そしてこのことは,我々の


・BRINK.D.O.
・MORAL REALISM AND TH

・WILLIAMS,PRICE,FALK,PLATON,
・内在主義;動機に関する≠理由に関する,正当化,信念
・39.動機に関する内在主義≠理由に関する内在主義。
40.内在主義;AGENT,APPRAISER,HYBRID の三種。
41.内在主義;弱い(或る動機を与える),強い(十分な動機を与える 39.ここで言う内在主義≠行為の全ての理由は行為者の現実的OR反事実 的欲求に依存すると仮定する,合理性に関する内在主義。
296.内在主義;知識に関する≠正当化に関する。
296.N 正当化に関する内在主義:正当化=認知者の信念の性質の機能,この性質は認知者自身に近ずきうる。 N 正当化に関する外在主義:正当化=認知者の信念と世界との間の自然的(E.G.因果的)関係。
297.正当化に関しては内在主義でなければならぬ。整合説は正当化の内在主義的理論の一つ。


・BRINK.D.O.
・MORAL REALISM AND TH

・BRINK,BONJOUR,GOLDMAN,NOZICK,
・内在主義,外在主義,知識,正当化,整合説,
・297.正当化に関する内在主義は,知識に関する内在主義,外在主義には中立的。
298.知識に関する内在主義.外在主義は対立的であるよりは相補的。 それらはそれぞれ「知る」の異なった意味を明らかにする;特に道徳的,法的,哲学的文脈では内在主義的説明が要求される。特に知覚的,科学的文脈では外在主義的説明が要求される。


・DANCY.J.
・INTRO.TO CPNTEMPORAR

・NOZICK,GETTIER,HUME,DESCARTES,
・懐疑主義,知識の因果理論,内在主義と外在主義,
・8F.懐疑主義の議論の諸種。1.LOCALな議論と,GLOBALな議論。2.,3..10FF.三つの懐疑的議論:1.BRAINS IN VATS, 2.ARG.FROM ERROR, 3. JUSTIFICATION OF ARG.FROM EXPERIENCE.:CF.1,DESCARTES,2.HARE,3. HUME.

23.知識の標準的説明:1.P, 2.A BELIEVES THAT P, 3.A'S BELIEF THATP IS JUSTIFIED.
25FF.GETTIER の反例。 27FF. これへの反応。
46FF.内在主義と外在主義: N 知識の因果理論:'A KNOWS THAT P'= 1.P IS TRUE, 2.A BELIEVES THAT P, 3.A'S BELIEF 2 IS JUSTIFIED, 4.A'S BELIEF 2 IS CAUSED BY THE FACT THAT P IS TRUE. 内在主義はこれに5.A BELIEVES 4を付け加える。


・POLLOCK.J.
・CONTEMPORARY THEORIE

・POLLOCK,BONJOUR,WILLIAMS.M.,
・DOXASTIC T.,基礎主義,正当化,信念,内的状態,
・19.DOXASTIC T.:信念の正当化は唯一,人がいかなる信念を抱くかということ(人のDOXASTICな状態)のみの機能である,という仮定に就く。21.NONDOXASTIC T.:信念が正当化されうるか否かの決定に他の考察も 入ってくる。
20.FOUNDATION T.:感覚知覚から直接に結果する信念は認識論的基礎を成す。そういう信念=自己正当化的。(←感覚は周囲世界との唯一の接触を我々に与える)
20.COHERENCE T.:かかる特権的クラスの信念の存在を拒否。整合→正当。
22.INTERNALISM:信念の正当化可能性は我々の内的状態の機能であるべきである。
23.EXTERNALISM:信念者の内的状態以上のものが信念の正当化に入って


・POLLOCK.J.
・CONTEMPORARY THEORIE

・POLLOCK,
・信念,知覚状態,内在主義,正当化,直接的実在論,
・てくる。
22.信念と知覚的状態とは等しく「内的状態」である。共に直に接近しえる。 内在主義者は,何を信ずべきかの決定に関して,我々が信念を もっているもの以外のものは考慮に入れられないという直観を背後にもつ。しかし,それは,信念獲得の過程の過剰の知性化である。信念獲得は信念以外のものへも接近をもつところの認知的過程によって規定される。(そこに,FOUNDATION T.,COHERENCE T.以外の内在主義の余地をあたえつつ)信念以外の内的状態をも考えにいれる立場がでてくる→直接的実在論:21.正当化は部分的には知覚的状態そのものの機能でなけれ ばならず,その知覚的状態に関する我々の信念の機能のみであってはならない。
22.内在主義は,認知的過程の正しさは認知的過程に内在する特徴であ


・POLLOCK.J.
・CONTEMPORARY THEORIE

・POLLOCK,
・認知過程,PROCESSEXTERNALISM,信念の正当化,
・るとする。→認知的過程が同一であれば,その内的な認知的過程以外が様々であっても,正・誤について全て同一である。--COGNITIVE ESSEN-TIALISM。
23.これに対してPROCESS EXTERNALISMは,同一の認知的過程であっても状況の相違によって正であったり誤であったりするとみる。
23.PROCESS RELIABILISTは,認知的過程は新なる信念を産出することにおけるRELIABILITYの見地から評価さるべしとする。そして,このRELIABILITYは偶然的事柄なり。
23.PROBABILISMは,信念を真である確率の見地から評価。−−科学に関して(のみ)この立場影響力在り。そこにおいて,この立場はBAYESIAN認識論と呼ばれるものの一部を成す。


・BENHABIB+ EDS.
・THE COMMUNICATIVE ETHICS CONTROVERSY
・MIT 90.10. PA.4210Y.13.95D.
・HAB.,BENHABIB,HELD.V.,BAIER.A.,
・倫理的認知主義≠合理主義、動機、人格の偶然的発達、
・355FF.道徳的動機・性格の問題:
355.しばしば、倫理的認知主義が倫理的合理主義と混同され、倫理の感情的基礎の無視が新−カント主義的理論の合理主義から帰結するとさているが、それ−−X。
357.C.-E.は、これまでのところ一種の倫理的合理主義として提示されてきたところの一種の倫理的認知主義である。
356.かかるC.-E.への批判:1.それは、人間存在のEMBEDDEDな、偶然的な、有限な側面を捨象することによって、感情的・道徳的発達の様々さ・意味に盲目である。 2.道徳的人格の偶然的端緒の無視が一定の人間関係やその道徳的織り成しに対する歪んだ見方を結果。(自律という道徳的理想をMUSHROOM(HOBBES)としての自己という見方と混同。)
358.しかし、C.-E.はこのような合理主義でなくともよい。


・COPP.D.
・INTRO. TO:MORALITY,REASON AND TRUTH,ED.BY COPP+
・ROWMAN A.ALLANHELD 1984.
・BRANDT,DANIELS,RAWLS,
・道徳的言語の意味論が満たすべき二制約、正当化、動機づけ、広い反省的均衡、欲求と文化、DISALIENATION、
・14.AD 道徳的言語の明瞭化 BRANDT:二つの伝統的アプローチ在り:1.道徳語の日常的意味の《記述》を目指す。2.道徳言語の構成のための《推奨》の提供を目指す−−改革的定義。 N B:2の方がO。しかし、どんな改革でもいいというわけではなく、規準在り。−−14.二つの制約:1.道徳コードの正当化はそれ自身は価値中立的でなければならないと要求する「経験主義的制約」 2.正当化の成功的説明は正当化と動機づけとの間のギャップを閉じなければならないことを要求する「反疎外化の制約」。  −−N DANIELS:両制約間には緊張在り−−我々の欲求は我々の文化によって型取られている。→我々自身を結果から疎外するという犠牲なしでは、制約1が要求するようには「我々の文化の外へ出」られぬ。   RAWLSの「広い反省的均衡」理論によって定義される意味での直覚主義も両制約を満たすことができない。


・GAUTHIER
・MORALS BY AGREEMENT,CH.X
・CLARENDON PR.OXFORD 1986.
・GAUTHIER,GLAUCON,MACINTYRE,
・自然人概念、ソフィスト的誤謬、自然のホメロスの社会との混同、価値づけ・動機づけ=非社会的でありうる。
・310.N MACINTYRE:自然人の概念は致命的な内的不整合を被っている:自然人の特徴とされる「利己的」「攻撃的」は、社会生活の語彙を構成するものなり。
N M.:GLAUCONは、ホメロスの社会を自然と混同している。ホメロスの言う英雄(AGATHOS)を自然人と混同している。
310.N M.:西洋の道徳哲学は最近、自然的にせよ合理的にせよ外−道徳的立場が存在すると想定するソフィスト的誤謬を犯している。 SEE A SHORT HISTORY OF ETHICS P18.  更に N M.:理論においてアルキメデス点として自然人を使うことは、道徳的試みのポイントを危うくする。310.反論:自然人の使用=整合的:非社会性≠起源、=動機づけ、価値:人は慣習によってmake upされてはいるが、価値づけ・動機づけに社会性の要素が不可避的に入るわけではない。


・GAUTHIER.D.+EDS.
・RATIONALITY,JUSTICE AND THE SOCIAL CONTRACT:THEMES FROM MORALS BY AGREEMENT
・U.OF MICHIGAN PR.39.50D. 7548Y.
・GAUTHIER,SUGDEN.R.,HOLLIS.M.,NIDA-RUEMELIN.J.,WEALE.A.,LEHNING.P.B.,GOODIN.R.E.,BINMORE.K.,/HOBBES,RAWLS,BUCHANAN.J.M.,HUME,HARSANYI,KALAI,KANT,NASH,NOZICK,RUBINSTEIN.A.,WOLFF.R.P.,ZEUTHEN.F.,
・CONTRACTARIANISM,JUSTICE,SEPARATENESS OF PERSON,EQUAL RATIONALITY,BARGAINING A.MORALITY,IMPARTIALITY,DIFFERENCE PRINCIPLE,MINMAX RELATIVE CONCESSION,MORAL PSYCHOLOGY,PRISONER'S DILEMMA,UTILITARIANISM,
・AUS:SHISEIDO INFO.N.36. 1994.O5./ローマー、訳書113:「ゴティエの合理性概念に対する批判はビンモア(Binmore(1993))、自身の誤りを部分的に認めたものはゴティエ(Gauthier(1993))を参照のこと。」


・FULLER.A.R.
・INSIGHT INTO VALUE.AN EXPLORATIO OF THE PREMISES OF A PHENOMENOLOGICAL PSYCHPOLOGY
・SUNY 1990.PA.2790Y.
・FULLER.A.R.,ARNHEIM.R.,CARLSON.N.,DESCARTES,GURWITSCH.A.,HEIDEGGER,HUSSERL,KOFFKA,KOEHLER,MASLOW,M.-PONTY,WERTHEIMER.M.,
・VALUE,PHENOMENOLOGICAL PSYCHOLOGY,GESTALT PSYCHOLOGY,FEELING,MEANING,ALREADINESS,BEAUTY,BODILY SELF,DASEIN,DISPOSITION,GOOD GESTALT,INTERPRETING,MEANING,MOTIVATION,PERCEPTION,INTRINSIC VALUE,BEAUTY VALUE(149),
・AUS:至成堂95/96 175.2790Y.
133.KOEHLER:「すべての価値経験とそれに伴う活動が突然消失するならば、人間は単純に崩壊する。」
152.N MASLOW:美=我々の生活の a necessity。


・WILLIAMS.B
・MAKING SENSE OF HUMANITY AND OTHER PHILOSOPHICAL PAPERS 1982-1993
・CAMBRIDGE UP.1995.PA.12.95P.
・WILLIAMS,ARIST.,FOOT,FRANKUFRT.H.G.,HARE,KANT,KEYNES,MACKIE,MCDOWELL,MCGINN,MOORE,NAGEL,NIETZSCHE,SIDGWICK,TAYLOR.C.,WIGGINS,WITT.,
・HUMANITY,FREEDOM,INTERNAL REASON,MORAL PSYCHOLOGY,INDIVIDUALISM,INTUITIONISM,SLIPPERY SLOPE,MORAL LUCK,ANTHROPOCENTRISM,BLAME,CO-OPERATION,ERROR THEORY,GAME THEORY,OBJECTIVISM,PRACTICAL NECESSITY,REALISM,RESPONSIBILITY,THICK CONCEPT,/FEAR(185),SECONDARY QUALITY(185),SHARED PRACTICE(187),VALUE QUALITY,/"ACTS AND OMISSIONS,DOING AND NOT DOING",
・AUS:至成堂 総合新刊案内 N.38.1995.05./AIR MAIL 1WEEK
182.方法論的直覚主義≠(二種の)認識論的直覚主義。
184FF.AD MCDOWELL
AUS:JA4243(神崎),15:「B.W.による纏めによれば、この問題には、行為の帰結の望ましさと、行為の帰結に対して行為者の負うべき責任の範囲という二つの問題が、複雑に絡まり合っている。クウィンは前者の問題を否定して、後者の問題に一元化し、ベネットは後者の「為すこと」と「容認すること」との区別を否定して、前者に問題を一元化したと言うことができるかもしれない。」


・CLARK.K.
・RUSKIN TODAY
・PENGUIN 1964.
・CLARK.K. ON RUSKIN,PUGIN,TURNER(25,217),CARLYLE(69),
・NATUR,ART,ARCHITECTURE,MOUNTAIN(20,103FF.),CHRISTIANITY(52),DARWINISM(71),ANTI-SCIENCE(71),LOCOMOTIVE(57),VENICE(73,206F.,324),NATIONAL CHARACTER(92),SOCIALIZED TREE893),NATURAL BEAUTY(95),LANDSCAPE(115),EVIL NATURE(117),LOSS OF FAITH ON NATURE(118),MEANING OF THE WORD BEAUTIFUL(137),PERCEPTION(143),ART A.HISTORY8196),19C.(204,233,307),ENGLISH ART(212),ORNAMENT(227FF.),GOTHIC(236),RESTORATION(249),MODERN CITY(257),ORNAMENT A.FUNCTION(257),PICTURESQUE(277),CATHEDRAL(331),
・AUS:鈴木『建築の世紀末』105.:『建築の七灯』にはP.の影響と思われる部分が少なからず指摘される。CF. SEE P.125.ABIKO:どういう文脈でかを確認せよ。
125.彼はすでに建築について、国民的性各の表現として書いていた。今やto show that certain right states of temper and moral feeling were the magic process by which all good architecture has been producedよう決めた。....結果は『建築の七灯』であった。彼のテーゼは挑発的であった。そして大部分はオリジナルであった。n.1.:R.はPUGINに負っていることを決して認めなかったし、彼について軽蔑をもって語っている。しかし、影響の可能性は排除できない。


・DANCY.J.
・MORAL REASONS
・BLACKWELL 1992. PA.14.95D./5080Y.
・DANCY.J.,MCDOWELL,
・色・価値と傾向性(傾性):同一?、本質的に現象的、本質的に動機づけ的、IN VIRTUE OF、形SHAPEと傾向、
・158.M.は同一的だとみている。色についても。
158.M.< 筆者:色は、非-傾向的である。
158.1.色=傾向性、2.色は傾向性のゆえに(in virtue of)存在する、の二つの見方。159.M.はあいまいなのだが、彼の本当の見解は1.である。
159.「確かに主要な別見解は、傾向性は色のおかげで存在する、一定の経験を結果する傾向性は対象における現象的propertyのおかげで存在する、という見解である。」
159.傾向性との等置 → 色は本質的に現象的、価値は本質的に動機づけ的。
159.これに対して筆者:色≠傾向性。しかし、別の意味で現象的だとしえる。160.しかし、その仕方で価値を本質的に動機づけ的とはできない。 −− しかし、本質的に動機づけ的だと考える。しかし、説明を変えねばならない。

160FF.形と傾向:


・MCNAUGHTON
・MORAL VISION
・BKACKWELL 1988.
・MCNAUGHTON,HUME,
・INTERNALISM内在主義、EXTERNALISM外在主義、信念−欲求理論、道徳的実在論、
・21. 行為者は、適当な種類の信念と欲求をとの両方をもつならば、行為する理由をもつ:=信念−欲求理論 BY HUME
22. 適切な信念と一つになった道徳確信は行為者に行為する理由を与えるに、したがって行為者を行為するよう動機づけるに十分である、 という見解は、しばしば内在主義と呼ばれる。なぜなら、その見解は、行為者の道徳的態度と行為者の行為の選択との間の内的あるいは概念的関係を要請するからである。 /23. 行為者の他の信念と結びつくとき、道徳的意見は、行為する理由を与えることによって行為者を動機づけうる。(内在主義)  /23. 道徳的実在論者は、行為する理由をもつとは何かについて信念−欲求理論を受け入れるなら、道徳的動機に関して外在主義にコミットせざるをえない。=或る行為が道徳的に要求されていると信じつつ、なぜそうするかの理由を見ない、ということを認めざるを得ない。


・MCNAUGHTON
・MORAL VISION
・BKACKWELL 1988.
・MCNAUGHTON,DANCY,BLACKBURN,MCDOWELL,
・道徳的価値、準-実在論(99)、理想的観察者理論、改心CONVERSION(102)、道徳的動機(106FF.)、道徳的実在論、文化的多様性、
・「....道徳的価値の余地を見出すことができる。」
97. 「M.の立場は、DANCY(1986)によって不十分に実在論的と、BLACKBURN(1985)によって余りに実在論的に過ぎると批判されている。」
99. 「理想的観察者理論は、実際、人々を実在論への誘引している我々の道徳的思考の含意を意味あるものにする非-認知説の一ヴァージョンを構成しようという準-実在論の試みの一例であるとみなしうる。」

147FF.道徳的実在論と文化的多様性DIVERSITY:
149.「一つ以上の社会的世界が存在し、したがって一つ以上の道徳的実在が存在するというW.の指摘」
154F.彼らの道徳性を理解すること:
155.要約:「我々の道徳的コミットメントは我々の他の信念と独立に変わりうるという言は、非-認知説の特徴である。この言は拒否されな....」


・JOHNSON.M.
・MORAL IMAGINATION
・U.OF CHICAGO PR.1993.PB.14.95D.
・JOHNSON.M.,DONAGAN.A.,FLANAGAN.O.,GADAMER,HARE,KANT,MACINTYRE,MOORE,RAWLS,SANDEL,TAYLOR.C.,WINTER.S.L.,J.>BENTHAM,
・IDENTITY,PERSON,AESTHETIC,EMOTIVISM,FOLK THEORY OF MORAL LAW,IMAGINATION,METAPHOR,NARRATIVE,SELF,TRADITION,
・AUS:村若(2233)/菅野JA4720が言及:139.:「道徳の規則主義の批判については、マッキンタイア..、またJ...が委細をつくしている。」


・HAUSMANN.D.M./MCPHERSON.M.S.
・ECONOMIC ANALYSIS AND MORAL PHILOSOPHY
・CAMBRIDGE UP.1996.18.95D.
・HAUSMAN.D.M.,MCPHERSON.M.S.,ARROW,
・ETHICS A.ECONOMICS,倫理と経済、功利主義、選択、自己利益的、効用理論、規範によって動機づけられた行為、貢献への欲求≠利他主義、
・「....現実の選択の理論と解釈されるとき効用理論は、この説明では、利他的で道徳的な行動は現実的に自己利益的であることを示す。..../この結論は逆説的である。論証は誤っている。自己利益的であることは、自分自身の善に向かう選好をもつことであって、単に自分自身の選好に即して行為することではない。....我々は以下で、或る道徳的現象は効用理論の内部で適応させられえない、ことを論証する。」

58. 「規範によって動機づけられる個人は《どのように》規範に一致するのか。一つの可能性は、規範を正当化する道徳的《理由》は《それ自身》一致を動機づける、というものである。原理に従って行為したいという人々の欲求は....人々を規範に従うよう動機づける。」
63. 「A.が注意しているように、貢献したいという欲求は、単なる利他主義とは実質的に異なった含意をもちうる。」


・NAGEL
・THE POSSIBILITY OF ALTRUISM
・PRINCETON UP.1970.
・NAGEL,
・利他主義≠人類に対する感情、他者、正当化、説明、WHY BE MORAL?、倫理の心理的基礎、
・3.「利他主義そのものは、他の人の実在性の認知と、自分自身を多くの者の間の単なる一人とみなす・それと等しい能力とに依存する。」
3.「利他主義は、人類に対する一般化された感情と混同されてはならない。それは、感情ではない。」
5.「「なぜ私は道徳的であるべきか」は無意味であるか、原則的に解答不可能である。....私が思うに、倫理の基礎原理に対する《説明explanation》は発見しうる。たとえ、それが正当化ではないとしても。満足のいく説明は、行為への要求に適切な動機的力を説明しなければならない。」
6.「倫理に対する充分に堅固な心理的基礎を発見する必要」


・NAGEL
・THE POSSIBILITY OF ALTRUISM
・PRINCETON UP.1970.
・NAGEL,
・利他主義、二種類の欲求:動機づけられた;動機づけられていない、処世的PRUDENTIAL動機づけ、道徳的動機づけ、
・27. 「行為者の欲求の見地ですべての動機を説明する、表面的にはもっともらしい方法は機能しない、と私は論じるであろう。」
29. 「動機づける欲求がすべての意図的行為の下にあるという仮定は、私が思うに、二種類の欲求、つまり動機づけられた欲求と動機づけられていない欲求の間の混同に拠っている。....単純に我々に来る欲求は、説明されうるはするが動機づけられていない。空腹は食物の欠如によって産み出されるが、そのことによって動機づけられてはいない。八百屋に買物に行くという欲求は....空腹によって動機づけられている。」

32. 「....。それは、処世的動機づけと利他的動機づけの両方とも、未来の幸福あるいは他者の福祉への媒介する欲求の助けなしに、説明する。」


・NAGEL
・THE POSSIBILITY OF ALTRUISM
・PRINCETON UP.1970.
・NAGEL,
・利他主義、道徳の正当化、道徳的懐疑主義、利他的動機≠愛、
・143.「この議論は、道徳的であることの正当化を提供しないが、なぜ典型的には道徳的正当化は我々を説得させうるのかを説明することを試みる。」
143.「道徳的懐疑主義は、道徳的議論あるいは理由によって説得されることを拒否することである。」
145.「利他的動機は愛あるいは他の間人格的感情にではなく、他の人々の実在性のおそらく普遍的な認知に依存すのではあるが、146.利他主義は遠く離れて普遍的であるのではない。というのも、我々は絶えずこの認知の効果を塞ぐからである。/利他主義と道徳性とは何か人間本性に基礎的なものによって可能であると言うことは、人は基礎的に善であると言うことではない。」−−利他主義の《可能性》。


・BROAD.C.D.
・ETHICS AND THE HISTORY OF PHILOSOPHY PART.C.
・ROUTLEDGE A.KEGAN PAUL,1952.
・BROAD.C.D.,
・"""EGOISM AS A THEORY OF HUMAN MOTIVES"",自己中心的SELF-CENTERD欲求、自己配慮的SELF-REGARDING欲求、他者配慮的欲求、自己言及的SELF-REFERENTIAL欲求、所有・自己肯定・自己提示・感情への欲求、母親−子供、動機、"
・「....自己-中心的欲求の部類には、《所有》への欲求、《自己-肯定》への欲求、《自己-提示》への欲求、《感情》への欲求が含まれる。」
221.「他者-配慮的ではあるが、利己的な動機-刺激を含む欲求は、《自己-言及的》と記述しうる。自分自身の子供に対して、他の子供にはする気がないであろうような奉仕をする母親の欲求は、他者-配慮的ではあるが自己-言及的な欲求の事例である。また、自分を傷つけた者、あるいは自分がねたんでいる者に苦しみを与えるという・人の欲求も、そうである。」

223.「この自己-言及的な他者-配慮的動機は大体において常に、自己-配慮的な他の動機と混合している。婦人が自分の子供が幸福....であることを欲するさいにもっている動機は、他の婦人が幸福....な子供の母親として自分をうらやむ、という欲求である。」


・BROAD.C.D.
・ETHICS AND THE HISTORY OF PHILOSOPHY PART.C.
・ROUTLEDGE A.KEGAN PAUL,1952.
・BROAD.C.D.,
・"""EGOISM AS A THEORY OF HUMAN MOTIVES"",自己中心的SELF-CENTERD欲求、自己配慮的SELF-REGARDING欲求、他者配慮的欲求、自己限定的、自己言及的SELF-REFERENTIAL欲求、自己幸福、心理的ヘドニズム、動機、"
・223.「唯一の究極的動機は《自己-限定的》であり、唯一の究極的な自己-限定的動機は《自分自身の幸福への欲求》である」−−「これは偽である。」
224.「論じるに値する心理的利己主義の唯一のかたちは以下のものである。次のように言えるかもしれない。全ての究極的動機は、自己-限定的《か》自己-中心的《か》他者配慮的かつ自己-言及的《かのいずれかである》....。これは。例えば心理的ヘドニズムよりずっと穏当な理論である。私は、これが満足のいくかたちで、非常に広い範囲の人間の動機づけをカヴァーすると考える。しかし、これが例外なしに真であると確信してはいない。..../229.或る人々は或る時々に、自己-言及的刺激によって刺激されたと尤もにはみなせない他者-配慮的動機によって強く影響されている。..../230.私としては、人間の動機について還元不可能なかたちの多元論を受容することに傾いている。」


・BRANDT
・A THEORY OF THE GOOD
・OXFORD UP.1979.
・BRANDT,
・道徳の合理性、厳密に道徳的な動機づけ、
・」....そして我々は、これらの欲求の全てを自己利益的と呼ぶ。」しかし....330.死後の事態にも関わる欲求もある。→自己利益的欲求からはこれは除外する。=その人の存在を含意するものに限る。また:「慈愛的な欲求、道徳的に行為するという欲求」も除外する。

331ff.合理的な人は常に自己利益に反対して道徳的に行為するであろうか?:
333.「慈愛を表わす行動は通常、自己利益の点でペイするということを....示すことは困難ではないであろう。....したがって、共感や慈愛は合理性のテストをパスする。/厳密に「道徳的な」動機づけについてはどうであろうか。」−−334.この場合、合理的とは言い難い。しかし、その人のよる。−−「重要な道徳的動機づけの生成に関する機能的説明が正しい限りで、道徳的動機づけは合理的である。」


・BROOME.J.
・COUNTING THE COST OF GLOBAL WARMING
・WHITE HOUSE PR.1992.2460Y.
・BROOME.J.,BARRY.B.,DIAMOND.P.,HAMMOND.P.,HUME,MARGLIN.S.,MIRRLEES.J.,PARFIT,PIGOU,RAWLS,SCHELLING.T.,SEN,
・COUNTING THE COST OF GLOBAL WARMING,AGENT NEUTRALITY,CLIMATE A.SEA LEVEL,COST-BENEFIT ANALYSIS,EXTERNALITY,FUTURE GENERATION,GRENNHOUSE GAS,IMPARTIALITY,CONSUMER,INVESTIMENT,JUSTICE,OUTLOOKS,POPULATION,RESOURCISM,RISK,SEPARABILITY,TELEOLOGY,UTILITARIANISM,WEIGHING GOODS A.BADS,WELLBEING,MOTIVATION(43),/動機、幸福>厚生、目的論、平等、(将来世代、未来世代)、
・41. 「平等が善いことなら、その善は人々の幸福の総量のような他の善と一つにされうる。その結果、善全体を規定することになる。」
42. 「私は目的論を、善に関する特定の観念によってではなく、その構造によって同定する。このことは、一つとして、目的論は、A.Senが「厚生主義」とよぶものではない、ということを含意する。....Senは「厚生」を非常に狭く理解している。」
44. 「私が思うに、或る行為を善だと認知することは、人をしてそうするよう動機づけるに十分である。」
44. 「善に関する私の観念は、厚生に関するSenの観念よりも広い。そたがって、幸福wellbeingは厚生welfareと混同されてはならない。」


・SEN.A.
・RESOURCES,VALUES AND DEVELOPMENT
・HARVARD UP.1984.2985Y.
・SEN,PARFIT,
・(選好の)順序づけ:利己的;道徳的、囚人のディレンマ、動機づけ、合理的愚か者:愚かな利己主義者;愚かな道徳主義者、
・AUS:セン『経済学の再生』147:「選択された一つの順序付けの情報内容の少なさについての一般的論点は、道徳的順序付けにも当てはまる(Sen 1984a,[14])。」
14. 「伝統的経済理論でも、所与の個人的順序づけの変わることのない追求という仮定が、動機づけと行動との重要な論点を排除している。以下の事は見られうる。囚人のディレンマに関わる者がたとえ(利己的selfishではなく)<<道徳的>>な順序づけを最大化する者であっても−−それは個人毎に異なっている−−、同じ「ディレンマ」が生じうる(36)。本当の論点は、個人の行動を個人の目標(それが利己的なものであるか道徳的なものであるかに拘らず)に結び付けることに関わっている。「集合的合理性」の要求は、もっと洗練されたアプローチを要求するであろう。「合理的愚か者」は愚かな利己主義者であるのと同様に容易に愚かな道徳主義者でもありうる。」
(36):Parfit....を見よ。


・SEN.A.
・RESOURCES,VALUES AND DEVELOPMENT
・HARVARD UP.1984.2985Y.
・SEN,SMITH.A.,MARX,COLLARD.D.,SIDGWICK,HAYEK,
・選好の内容vs行為の規則、孤立化のパラドクス(ISOLATION P.)、>利得動機に基づく市場メカニズム、相互依存性、自己利益追求=自己論駁的、
・15. 「<<選好の内容>>に対する<<行為の規則>>の問題は、もちろん、社会分析における新しいものではない。」すでにA.S.,MARXが....。
15.isolation problems
15. 「最適の節約・割引(discounting)の問題に適用された「孤立化のパラドックス」に関して−−私的節約の非最適性と市場割引率の不適切性の可能性を同定しながら−−非常に生き生きした論争がなされてきた。(43)
(43):see.....D.Collard,Altruism and Economy,1978,....。

98. 「利得動機に基づく市場メカニズムが公共財を扱うのに失敗することは、価格システムの外部で働く相互依存性を扱うことの失敗の特定の事例である。」→次頁→
98. 「自己利益の能動的追求が集合的に自己論駁的であるだけでなく、個人的にも自己論駁的である可能性もある。」−−CF.Sidgwick(個人的幸福を能動的に最大化する試みは、幸福の達成すを困難にする傾性を生み出すという結果を持ちうる),Hayek。


・MUSGRAVE.R.A.
・THE THEORY OF PUBLIC FINANCE
・MCGRAW-HILL B・AUS:MORAL PSYCHOLOGY VOL1.p29(Caseberr):Pratricia Churchland articulates the basics of an "in-control"-driven compatibilism in chaper 5 of her excellent book ....(2002),where she argues there are real neural differences between cognitive systems that are in control of their actions and those are not,..../SEE 232.

223.Curiously,if asked to say what he saw in the pictures,E.V.R.'s emotional responses became somewhat more normal.
224.rationally E.V.R.does indeed know what the best long-run strategy is,but in exercising choice in actual situations,he goes for short-run gain,---- 224.lack of emotional responsivity to complex plans.


・HAMPTON.J.
・THE AUTHORITY OF REASON
・CAMBRIDGE UP.1998.
・HAMPTON.J.,BENTHAM,BOYD.R.,DENNETT,FEYERABEND,GAUTHIER,HERMAN,HOBBES,HUME,KAHNEMAN,KANT,KREPS.D.,LUCE.R.D.,MACKIE,MCDOWELL,MILL,MORGENSTERN.O.,NAGEL,PLATON,QUINE,RAZ,SAVAGE.L.,SUGDEN.R.,VON NEUMANN,WILLIAMS,
・P1:SCIENCE A.OBJECTIVE NORMS:NATURALISM A.MORAL REASONS,REASON'S AUTHOEITY,P2:INSTRUMENTAL REASON:WHY INSTRUMENTAL RESONING ISN'T INSTRUMENTAL,P3:REASONS A.REASONING:EXPECTED UTILITY THEORY,CONSEQUENTIALISM,TOWARD A "POSTNATURALIST"THEORY OF REASONS,


・TIMMONS.M.ED.
・KANT'S METAPHYSICS OF MORALS
・OXFORD UP.2002.
・TIMMONS.M.,WOOD.A.,GUYER.P.,WILLASCHEK.M.,WESTPHAL.K.R.,BYRD.S.,POGGE.T.W.,LUDWIG.B.,FLIKSCHUH.K.,HOLTMAN.S.W.,HILL.T.E.JR.,ENGSTROM.S.,JOHNSON.R.N.,O'NEILL.O.,REATH.A.,POTTER.N.,BARON.M.W.,/KANT,ALLISON.H.,BARON.M.W.,FALK.W.D.,GREGOR.M.,HARE,HERMAN.B.,HOBBES,HOFFE,HUME,KORSGAARD,MILL,ROSS,SIDGWICK,WILLIAMS,
・W:THE FINAL FORM OF kANT'S PRACTICAL PHILO.,G:KANT'S DEDUCTIONS OF THE PRINCIPLES OF RIGHT,W:WHICH IMPERATIVES FOR RIGHT?,W:A KANTIAN JUSTIFICATION OF POSSESSION,B:KANT'S THEORY OF CONTRACT,P:IS KANT'S RECHTSLEHRE A 'COMPREHENSIVE LIBERALISM'?,L:WHENCE PUBLIC RIGHT?,F:KANTIAN DESIRES.H:REVOLUTION,CONTRADICTION,A.KANTIAN CITIZENSHIP,H:PUNISHMENT,CONSCIENCE,A.MORAL WORTH,T:MOTIVE A.RIGHTNESS IN KANT'S ETHICAL SYSTEM,E:THE INNER FREEDOM OF VIRTUE,J:HAPPINESS AS A NATURAL END,O:INSTITUTING PRINCIPLES:BETWEEN DUTY A.ACTION,R:SELF-LEGISLATION A.DUTIES TO ONESELF,P:DUTIES TO ONESELF,MOTIVATIONAL INTERNALISM,A.SELF-DECEPTION IN KANT'S ETHICS,B:LOVE A.RESPECT IN THE DOCTRINE OF VIRTUE,/MOTIVE OF DUTY,DUTY A.MOTIVE,DESIRE A.FREEDOM,FEELING A.MORAL MOTIVATION,MORAL MOTIVATION,


・KORSGAARD
・SEKF-CONSTITUTION.AGENCY,IDENTITY,AND INTEGRITY
・OXFORD UP.2009.
・KORSGAARD,WILLIAMS,ARIST.,BUTLER,HUME,NAGEL,PLATON,RAWLS,ROSS,
・SELF-CONSTITUTION,AGENCY,IDENTITY,INTEGRITY,NORMATIVITY,PRACTICAL REASON,UNITY OF THE WILL,AUTONOMY,EFFICACY,HUMANITY,ANIMAL,CAUSATION,CATEGORIACL IMPERATIVE,CHOICE,DELIBERATION,DESIRE,INCLINATION,EMOTION,FREEDOM,FUNCTION,GOOD,HEPPINESS,HYPOTHETICAL IMPERATIVE,INCENTIVE,INSTINCT,JUSTICE,MAXIM,OUGHT,PLEASURE,PROMISE,PRUDENCE,REASON,RESPONSIBILITY,SELF-DETERMINATION,TELEOLOGY,UNIVERSALITY,UNIVERSALIZABILITY,UTILITARIANISM,VIRTUE,WILL,

   

   4. 欧語論文



・SOSA.E.
・THE CIHERNCE OF VIRT

・SOSA.E.,CHISHOLM,
・SKEPTICISM,INTERNALISM,COHERENTISM,JUSTIFICATION,
・26.THE RELATIVE PRIORITY OF RELIABILITY AND COHERENCE.


・KELLY.M.
・MACINTYRE,HABERMAS,AND PHILOSOPHICAL ETHICS
・IN:KELLY ED.,HERMENEUTICS AND CRITICAL THEORY IN ETHICS A.POLITICS 1990.
・HAB.,MACINTYRE,BENHABIB,WELLMER,MACARTHY,HEGEL,RAWLS,
・正当化は伝統から独立か否か?、理解可能性、手続き主義、道徳的出発点、具体的他者(B)、「意味論的内容」(W)、正と善、適用、動機づけ、
・79.N H.:成程、伝統との結合なしには理解不能であるが、正当化は伝統とは独立。コミュニケーション能力の普遍的構造に基づいて普遍化原理は普遍的であるのだ。 < 筆者:「独立」とは何か?−−=「公平」なり。そしてN H.,独立であるためには伝統に依存してはならず、実践的理性は合理的発話の条件に基づいて手続き的でなければならぬ。しかるに、この討議の前提は経験的・伝統結合的論証によってのみ弁護可。→80.手続き主義=一時的、ということになる。
80.更に:普遍化の原理はリベラリズムの伝統にも依存。N H.:....< B 80.理解可能性=哲学的−批判的倫理学にとって前提条件なり。Mはこれを「道徳的出発点」と呼んでいるのだ。
81.我々はMのH批判のこの線に照して、BENHABIB,WELLMER,MCCARTHY, ETC.のH批判を解明できる。


・KELLY.M.
・MACINTYRE,HABERMAS,AND PHILOSOPHICAL ETHICS
・IN:KELLY ED.,HERMENEUTICS AND CRITICAL THEORY IN ETHICS A.POLITICS 1990.
・MACINTYRE,HAB.,KELLY.M.,BAYNES.K.,BERNSTEIN,LARMORE,
・道徳的OR合理的であるための動機、遂行的矛盾、
・87.道徳的OR合理的であるための動機の問題、在り。

88.Mほこの規準の弁護を提供せねばならぬ。しかしそのことは、Mが遂行的矛盾を犯していることを意味せぬ。∵Mの三規準は近代性の討議に関するHの説明を前提せぬからである。しかし明らかにMはもっと言わねばならぬ。

93.BAYNES.K.,BERNSTEIN,LARMORE > M.


・EKMAN.R.
・INTRO.
・READINGS IN THE PROBLEMS OF ETHICS
・EKMAN.R.,STACE.W.T.,BRADLEY,TOULMIN,NIELSEN,
・WHY BE MORAL?、道徳性の正当化、動機づけ、処世的(PRUDENTIALな)見解、
・334.WHY BE MORAL?ーーーー可能な二種類の解答在り:1.あなたは道徳的であるべきだ。∵長い目で見れば、道徳的であることはあなたに幸福OR自己−充足をもたらすものであるからである。−−この解答は、道徳性に関するPRUDENTIALな見解である。 < この見解は、動機づけは与えるが、本当に道徳性に正当化を与えない。  →   2.人は道徳的であるべきだ。∵それは正しいことだからである。 < 循環的なり。−−こう批判すると → 正当化は要らぬ、この問いは有意味な問いではない、とされる。
STACE:唯一道徳的であることによってのみ、人は幸福でありえる。
BRADLEY:道徳性は何に対して善か、と問う人を批判。
TOULMIN:WHY BE MORAL? は字義通りの・哲学的意味をもたず。
NIELSEN:道徳性の正当化に関して有意味に問える。


・GAUTHIER
・INTRODUCTORY ESSAY
・GAUTHIER ED.,MORALITY AND RATIONAL SELF-INTEREST
・KALIN,HUTCHESON,HUME,PRICHARD,HOBBES,BAIER,GAUTHIER,
・WHY BE MORAL?、動機づけ、実践的効果、道徳的共同体=BETTER OFF、利己主義、
・3.しかしKALINは、利己主義者の立場は合理的であると反論。
3.2.AD 動機づけ:
3.N HUTCHESON:道徳的動機づけ≠自己利害によるそれ。
3.N HUME:そうではあるが、にもかかわらず道徳性は、実践的効果をもつべきであるなら、我々の利益になるのでなければならぬ。また、そうである。
4.N PRICHARD:道徳的動機づけを自己利害の動機づけに還元するなら、道徳性をなくすることになる。
5.3.両命令は非両立であるとしても、道徳的人間から成る共同体は自己利害的人間から成る共同体よりもBETTER OFFではなかろうか?−−そうなら、道徳は利にかなうことになり→非両立なくなる。CF.HOBBES,BAIER。 < GAUTHIER。


・GAUTHIER
・INTRODUCTORY ESSAY
・GAUTHIER ED.,MORALITY AND RATIONAL SELF-INTEREST
・HOBBES,BAIER,
・WHY BE MORAL?、動機づけ、処世PRUDENCE、PAY、利己主義、自己利害、道徳の非道徳的理由=なし、
・16F.N HOBBES:....17.処世PRUDENCEを越える道徳は存在しない。
17F.N BAIER:.... 18.Bはしかし、人間の動機づけに関するHの説明を受容しない。したがってBは、個々の状況において道徳規則に則して行為することは実際にACTUALLYに利益になる限りでのみ道徳性は機能しえる、と結論しなくてもよい。
18.行為の理由として道徳的考慮を受容することがPAYするに違いない、と本当にBは示しているか?
18FF.N 筆者(GAUTHIER):
18.自己利害の考慮を越える道徳的考慮に従うことはPAYしない。
18.合理的に処世的なOR合理的に自己利害的な人は道徳的行動の能力を欠いている。....19.道徳的であることの非道徳的理由は存在しない。


・GAUTHIER
・BIBLIOGRAPHICAL ESSAY
・GAUTHIER ED.,MORALITY AND RATIONAL SELF-INTEREST
・BROAD,SIDGWICK,CLARKE OF HULL,HUME,BUTLER,
・自己利害と合理性、道徳的動機づけ、自愛→道徳性?、誇り、感情、自己利害、好意、良心の関係、
・BROAD,FIVE TYPES OF ETHICAL THEORY pp.240-46は、SIDGWICKを支持。BRUNTON.J.A.,"EGOISM AND MORALITY",in:PHILO.Q.6.は、個人主義的利己主義を弁護。
182.C.IS MORAL MOTIVATION BASED ON INTYEREST?:
CLARKE of HULL.J.は、HUTCHESONに対して、自愛からの道徳性の導出を弁護。
MANDEVILLE.B.の『蜂の寓話』は最近、受容が誇りによって動機づけられている・相互的自己利害の体系として道徳性を説明する試みとして解釈されている。 SEE SCOTT-TAGGART。
//HUME,ENQUIRY CONCERNING THE PRINCIPLES OF MORALS,sec.5 and appendix IIは、自愛からの道徳性の導出に反対。
BUTLERは感情、自己利害、好意、良心の関係を吟味。


・GAUTHIER
・BIBLIOGRAPHICAL ESSAY
・GAUTHIER ED.,MORALITY AND RATIONAL SELF-INTEREST
・BROAD,BUTLER,BENTHAM,MILL,SIDGWICK,PRICHARD,FRANKENA,BRADLEY,STACE,SCOTT-TAGGART,FALK,
・道徳的動機づけ、道徳=有利?、幸福、利他的幸福、義務と動機づけとの関係、功利主義、心理的快楽主義、ギリシア的見解、
・BROAD,FIVE....は、BUTLERの業績の支持的評価を提供。反対的評価はby SCOTT-TAGGART.M.J.
//N 功利主義:心理的な利己主義的快楽主義→普遍主義的倫理。 cf.BENTHAM。  しかし、MILLは。
//SIDGWICKは、心理的利己主義の否定に努力。BROADがそれを支持。
//PRICHARDによって展開された・義務と動機づけとの関係は、FALK.W.D.によって挑戦される。
FRANKENA 1958は、道徳的動機づけの問題の基に在る論点の解明。
182.D.IS MORALITY ADVANTAGEOUS?:
BRADLEYはギリシアの見方を弁護。しかし、道徳性を有利ではなく、人間にとっての目的に関係づける。  STACEも、PLATON的立場を弁護。道徳性は幸福に必要、しかしその幸福は利他的、と主張。


・GAUTHIER
・INTRODUCTION
・GAUTHIER,MORAL DEALING 1990.
・GAUTHIER,HOBBES,LOCKE,
・契約説的道徳=最小の制約、動機づけ、安定性、正義の原理、ロック的但し書きLOCKEAN PROVISO、
・5.論稿2.:HOBBES主義者は「道徳の非常に多くの明白な義務」を認めないというLOCKEの主張を裏書き。−−契約説的道徳は、自分自身の利害の追求の最小の制約である。非難は、それが小さ過ぎるということなり。
5.論稿14.:直接的に自己利害的な支出的動機づけは、最小の制約の遵守をも切り崩す。  6. →私は契約説の批判者であると解釈させるかもしれない(MA以後は、この解釈は殆ど残りえないが)。しかし、....。6.社会的安定性に必要なものへの注目によって、契約説は純粋にHOBBES的説明が言うのよりも強い道徳的制約の合理的弁護を提供できる。 :共同associationの見地が社会の安定的基礎を提供するのなら、正義の原理は、HOBBES的な自然状態ではなくLOCKE的なそれの視点から受け入れられねばならぬ。−−LOCKE的但し書き。


・CAMPBELL.R
・GAUTHIER'S THEORY OF MORALS BY AGREEMENT
・PHILO.Q.V.38,N.152.
・GAUTHIER,CAMPBELL.R.,STOCKER.M.,
・選好←信念のコンテクスト、公平性としての道徳性、理由と動機との乖離、合理性→道徳性、選好のコンテクスト依存性、アズテカ人、
・361F.−−「アズテカ人の選好は彼らの信念のコンテクストのなかで形成されている。彼らがもっているそのコンテクストを越えるなら....選好は存在しない」(P29)
361FF.公平性としての道徳性:動機から切り離された理性:
361.N G.:公平性の観点から選ばれた社会構造=ミニマックス相対譲歩の原理に基づいて合理的行為者によって選ばれたそれ。  −−かくて、<合理性→道徳性>に成功!?
361.N G.:アルキメデス点=RAWLSが「無知のヴェールの背後に求めた点」(P16F.)
361.更に問題在り。行為の究極的に正当化する理由と道徳的動機との乖離の問題。−−362.この乖離として我々は、STOCKER.M.が示したものを念頭に置いている。


・CAMPBELL.R
・GAUTHIER'S THEORY OF MORALS BY AGREEMENT
・PHILO.Q.V.38,N.152.
・GAUTHIER,CAMPBELL.R.,STOCKER.M.,GLAUCON,
・理性と動機、「リベラルな個人」、内在的価値、道徳的精神分裂症、道具的正当化、共同体、友人、
・362.人間的道徳的行為者は、友人関係、愛、共同体という関係において《特定の》個人への関心によって動機づけられている、と予期しうる。Gが言う「リベラルな個人」は、社会の全成員が合理的に受容できる原理によってのみ制約されている。
362.また、別の側面として:GLAUCONの挑戦に答えてG言う:正しい社会においては、人々は道徳性そのものへの内在的利害をもつであろう。(P325-329,337-339)....合理的道徳は、「我々にとって純粋に道具的価値のもの」ではない。(P339) しかし他方言う:「我々の内在的価値のいくつかのものの道具的説明のなかには何も矛盾したものはない。」(P325) < :我々は、内在的価値に道具的正当化を与えうるか?−−このレヴェルでの乖離をSTOCKER.M.は道徳的精神分裂症SCHIZOPHRENIAと呼ぶ.


・CAMPBELL.R
・GAUTHIER'S THEORY OF MORALS BY AGREEMENT
・PHILO.Q.V.38,N.152.
・GAUTHIER,CAMPBELL.R.,STOCKER.M.,RAWLS,
・人の個別独自性SEPARATANESS、動機と理性との乖離→統合性の損傷、人を社会的道具として扱う、認識論的優位、正当化、
・363.Gはこの批判にSENSITIVEであり、....と言うが、しかし。
363.ここに皮肉ないだろうか?:RAWLS > 功利主義:人の個別独自性SEPARATENESSを無視。G.> R.:Rも、自然的資質の道徳的有意性を拒否することにおいて同じ間違いをしている:「人を、個人的性格の気ままから解放された純粋な存在者として扱おうとすることにおいて、Rは、人をただ社会的道具として扱うことに成功している」  −−Gも同じではないのか?
363.道徳的動機づけと究極的に正当化する道徳的理由との間の組み込まれた乖離は、人間存在の《道徳的》統合性を犯している。
363F.結論:
364.これらの難点は、第一章で約束された存在論的・認識論的優位を破棄しているように思える。


・BAIER.K.
・RADICAL VIRTUE ETHICS
・MIDWEST STUDIES IN PHILO.13.1988.
・BAIER.K.,VON WRIGHT,ANSCOMBE,STOCKER.M.,DENT.N.J.H.,KANT,ARISTO.,
・徳倫理学の二つの立場,繁栄,愛・友情,義務≠唯一の動機,
・126.N VON WRIGHT,IN 1963:徳は現代倫理学において無視されているトピックである。
126.徳倫理学のリヴァイヴァルに二つの立場あり:1.穏健なテーゼ:現代倫理学の主流は「何が徳を成すのか」といった重要な問いを無視。2.ラディカルなデーゼ:この徳に関わる問題の無視はそもそも倫理的問いへの解答を無効にする。
127.以下,後者の三人の論者を検討:ANSCOMBE,STOCKER.M.,DENT.N.J.H.127. N A.:道徳哲学は,道徳的立法者のモデルを放棄して,徳に関するARISTO.的モデルを採用すべし。このモデルは,人間の繁栄の観念から出発。
129.N S.: /Sは愛・友情といった人間関係を重視。N S.:義務が唯一の動機ではない。→ > KANT。


・BLUM.L.A.
・MORAL EXEMPLARS:
・MIDWEST STUDIES IN PHILO.13.1988.
・MURDOCH,NAGEL.T.,WILLIAMS,FOOT,WOLF.S.,BLUM.L.A.,
・自己実現、道徳的英雄主義の批判、道徳的心理学、
・196.N MURDOCH:英米の哲学者たちは道徳的理想の記述に失敗。この記述のためには、より完全な道徳心理学が必要。
196.徳理論の内部で、道徳的卓越そのものへの攻撃。この攻撃は二つの源泉をもつ:1.普通、非個人的、公平、普遍的な観点と結び付いた道徳的考察が自動的に、他の行為嚮導的考察に優先するという伝統的見解を問う。NAGEL,WILLIAMSが、個人的満足OR自己実現の考察が或る場合は優越せねばならぬと議論。FOOTは、道徳的考察が非−道徳的考察に常に優越するわけではない、と議論。  2.1(弱いかたち):多くの人間的善は道徳性の外部に在る。 2.2(強いかたち):道徳的関心に集中した生そのもの価値を問う。  CF.WOLF.S.。  −−これらの批判の試みが、MURDOCHのチャレンジを再度挙げる。
199.MORAL HEROISM(道徳的英雄主義)。


・THOMAS.L.
・MORAL MOTIVATION:KANTIANS VERSUS HUMEAN(AND EVOLUTION)
・MIDWEST STUDIES IN PHILO.13.1988.
・FOOT,KANT,RAWLS,
・欲求なしの動機づけ、徳、仮言的命法、性格功利主義、
・367.N FOOT:「道徳判断は....次の意味で仮言的命法である。つまり、それが行為への理由を与えるのは利害・欲求と結び付いてのみである、という意味で。」
369FF.:KANTIAN MOTIVATION:
369FF:欲求なしの動機づけ:
375.RAWLS:「このような人[自分の正義の感覚の肯定が善ではない人]に対しては人は誠実には正義を徳として推薦できない、と論じられてきた[RはFOOTに言及している]。そして、このことは確かに正しい。....」(TJ575)
398.次の論文:性格功利主義


・WREN.T.E.
・CARING ABOUT MORALITY, MIT PR.1991.25D.
・ETHICS 103-2.1993.
・WREN.T.E.,KOHLBERG,FREUD,
・MORAL PSYCHOLOGY,MORAL MOTIVATION,
・377.MORAL MOTIVATIONに関する:1.SUMMARY VIEW,2.CONSTITUITIVE VIEW


・PINCOFFS.E.L.
・VIRTUES
・L.C.BECKER+EDS.,ENCY.OF ETHICS VOL.II.1992.
・PINCOFFS.E.L.,
・徳の動機的分析 > 行動主義的分析、
・1284. 単に習慣的な行為は、徳OR悪徳を帰する十分な理由ではない。もっと何かが要る。それが理由、自分の義務に関する自分の信念である。1285. なぜ徳は違った状況においては違った種類の行為を要求するのか、をもこの定義は答え得る。
1285. しかし、この見解には二つの難点あり。:1.直観的に有徳的と思われる多くの性質(CF.知恵、陽気さ) を、この規定を排除してしまう。2.かかる原理を抱いている人だけが勇敢であると示すことは困難。
1285. 動機づけるMOTIVATIONAL傾向:
1285. 単なる行動は[有徳的と言えるには]不十分である。∵行動パターンは様々な動機づけと整合的であるからである。
1286. 徳・悪徳の動機的分析は、行為者の信念のinquiry を伴うことを要する。∵....。


・SLOTE.M.
・CONSEQUENTIALISM
・BECKER.L.C.+EDS.,ENCY.OF ETHICS 1992.
・SLOTE.M.,ANSCOMBE,
・帰結主義、行為功利主義、動機帰結主義、CONSEQUENTIALISM,UTILITARIALNISM,COMMON-SENSE MORALITY,ACTUALIST VS.EXPECTABILIST(期待される帰結vs実際の帰結)、
・211.「帰結主義」という語←ANSCOMBE 1958.
211.現代哲学においてはこの語は、行為功利主義を指示するのに、最もしばしば用いられる。
211.行為功利主義≠行為帰結主義。前者は後者に加えて:幸福ETC.だけが、帰結の善さをなすとする。(理想的功利主義という言い方はあるが)211.帰結主義のこの(行為功利主義として)規定は、次の三点で狭すぎる。1:規則功利種は....と主張。 2:「帰結主義」はもっと広い意味で使える。動機、性格特性ETC.も、それら自身の帰結から評価できる。→動機帰結主義。 3:「行為功利主義」という語はもっと広い意味で使える。実際の帰結ではなく、期待される効用性の見地からも行為は評価できる。実際の帰結が善ければいいとするなら、恐ろしい帰結を予期するものでも正ということになるが、これは常識に反する。(行為功利主義者は、この、常識との一致をあまり評価していない。)
2ND.V.304:today a majority of writers on consequentialism seem to prefer the actualist to the expectablist version of the doctrine.


・GOODIN.R.E.
・MOTIVATING POLITICAL MORALITY
・PQ 44-174.1994.
・GOODIN.R.E.,
・MOTIVATING POLITICAL MORALITY,WHY SHOULD BE MORAL?,GOLDEN RULE,
・GOLDEN RULEを守る良心へと鼓舞するための三戦略。


・MELE.A.R.
・INTERNALIST MORAL COGNITIVISM AND LISTLESSNESS
・ETHICS 106-4.1996.
・MELE.A.R.,WIGGINS.D.,BRINK.D.,FALK.W.D.,FOOT,MCDOWELL,NAGEL.T.,PRICE.R.,MCNAUGHTON.D.,DANCY.J.,COHON.R.,DARWALL.S.,FRANKENA,DAVIDSON,HARE,LEWIS.D.,SMITH.M.,
・INTERNALIST MORAL COGNITIVISM,MOTIVATION,
・728.COHEN.R.in:Internalism about Reasons for Action,in:Pacific Philosophical Quarterly 74.1993.265-88.が言っているように:「最近のwritersは、「内在主義」という語、およびその相手である「外在主義」という語を....様々な、重なるがしかし両立しない仕方で定義している」


・SCHUELER.G.F.
・DESIRE, MASSACHUSETTS INSTITUTE OF TECHNOLOGY PR.1995.CL.24.95D.
・ETHICS 106-4.1996.
・SCHUELER.G.F.,HUME,/GOLDMAN.A.,DENNETT.D.,WILLIAMS,DAVIDSON,SCHIFFER.S.,PLATTS.M.,DRETSKE.F.,SMITH.M.,PETTIT.P.,NAGEL.T.,
・DESIRE,PRACTICAL REASON,EXPLANATION OF ACTION,MOTIVATION,"DESIRE PROPER",
・850.本書は:HUME VS.反HUME論争への現在の文献にコメント

・FRANKENA
・OBLIGATION AND MOTIVATION IN RECENT MORAL PHILOSOPHY
・SELLARS.W./HOSPERS.J.EDS.,READINGS IN ETHICAL THEORY 2.ED.
・FRANKENA,FALK.W.D.,HUME(712),
・EXTERNALISM,INTERNALISM,外在主義、内在主義、
・708.当の行為をする動機を自分はもたないときでさえ自分は義務をもつとみなすことは、行為者にとって或る意味で、論理的に可能である−−とみる哲学者。逆に:このことは逆説的であり、論理的に可能ではない−−とする哲学者。前者は:行為者における動機の存在への言及は、道徳判断の分析においてされる必要がない、と確信。後者は:かかる言及が必要と確信。−−この対立:義務に対して、動機は外的とみる者、と内的とみる者、との対立。−−N FALK.W.D.:外在主義と内在主義。
708.N 内在主義者:動機づけは与えられねばならぬ。∵動機づけは、道徳判断の分析に含まれ、或る行為が義務であるということにとって本質的。 N 外在主義者:動機づけは、道徳判断の分析OR道徳的主張の正当化の部分ではない。


・ROBERTSON.J./STOCKER.M.
・EXTERNALISM AND INTERNALISM


・EXTERNALISM,INTERNALISM,
・352.これらの言葉:曖昧に使われてきた。
353.この二つのヴァージョンのように異なった理論が一つのlabelのもとにfallしているというのは不幸。
353.KANTの内在主義から見れば:HUME=外在主義;また逆に。


・COHEN.R.
・INTERNALISM ABOUT REASONS FOR ACTION
・PACIFIC PHILO.QUATERLY 74.1993.
・COHEN.R.,KORSGAARD.C.M.,WILLIAMS.B.,FRANKENA,FOOT,BOND.E.J.,ALSTON.W.S.,DARWALL.S.,
・INTERNALISM ABOUT REASONS FOR ACTION,RATIONALITY,内在主義、
・265.内在主義とは:行為の全ての理由は、その理由がそう行為することの理由であるところのものを為すことへと動機づけるOR動機づけうる・行為者の心理学的特徴に基礎をもつ、という見解。→理由と動機づけとの必然的関係。
266.最近のwriterは、オーバラップするが両立不可能な仕方をもったvarietyにおいて、「内在主義」「外在主義」の語を定義。→或るwriterの用法を別のwriterの用法へと翻訳する単一のものは存在しない。大部分の不一致は見かけのものである。


・SMITH.M.
・THE MORAL PROBLEM,BASIL BLACKWELL 1994.PB.14.99P.
・PQ 46-185.1996.10.
・SMITH.M.,HUME,FOOT,BRANDT,NAGEL.T.,BRINK,FOOT,
・MOTIVATION,EXPRESSIVISM(:道徳判断は本当の信念を表現する),EXTERNALISM(外在主義),REASON/MOTIVE,
・509.....にもかかわらずS.は:以下の「実践的要請」を肯定:何かを為すことは正しいと判断する行為者は、必然的かつアプリオリに、そうするよう動機づけられるか、あるいは、実践的に非合理的である。S.はまた以下の「合理主義」を肯定する:行為者にとって何かを為すことが正しいのは、彼にとってそうする(規範的)理由があるときのみである。−−これらは:BRINK(MORALITY/MOTIVE'JUDGMENT EXTERNALISM')と矛盾する。また、FOOT(MORALITY/REASONS 'EXISTENCE EXTERNALISM')とも矛盾する。


・SMITH.M.
・DISPOSITIONAL THEORIES OF VALUE
・PROCEEDINGS OF THE ARIST.SOCIETY,SUPPL.VOL.1989.
・SMITH.M.,HARE,FOOT,PLATTS.M.,MCDOEWLL,MACKIE,HUME,KANT,WILLIAMS,WIGGINS.D.,NAGEL.T.,BLACKBURN.S.,WITT.LEWIS.D.,KRIPKE,JOHNSTON.M.,
・DISPOSITIONAL THEORIES OF VALUE,EMOTIVIST,PRESCRIPTIVIST,PROJECTIVIST,NATURALIST,MORAL REALIST,BEDROCK,US(107),
・107.Bedrock should not be thought arbitary.


・KLAGGE.J.
・SUPERVENIENCE:ONTOLOGICAL AND ASCRIPTIVE
・AUSTRALASIAN JOURNAL OF PHILO.66.1988.461-70.
・KLAGGE.J.,
・随伴性SUPERVENIENCE:存在論的ONTOLOGICAL A.帰属的(帰属させる)ASCRIPTIVE;記述的DESCRIPTIVE,NECESSITY:METAPHYSICAL;CONCEPTUAL,道徳的実在論MORAL REALISM、反実在論、真理、心理、
・465.「実在論者が判断or信念に対して置くことができる唯一の制約はそれが《真》であるということであると考えている。しかるに、この制約は、単なる形而上学的必然性をもつ記述的随伴性以上に達しない。[B.の]これに対して、固有の種類の基礎or証拠に基づいて或る領域に関して判断を行なうことは、その領域に関する判断を行なうことにおける能力に対して構成的である、と考えうる。この制約は、一つの概念的必然性の地位をもつように思われる。実在論者はこれを擁護しえるか?」

467.心理の場合とは異なって道徳の場合は:「帰属的随伴性は、存在論的随伴性によって結びついた特性のクラス間に証拠的関係を主張する。」/n.「道徳のケースにおいては、存在論的なものと証拠的なものとは一致する。」


・MCDOWELL
・SOME ISSUES IN ARISTOTLE'S MORAL PSYCHOLOGY
・MIND,VALUE,AND REALITY,1998.
・MCDOWELL,ARIST.,(A.:HUME),
・動機的傾向(PROPENSITY)、際立つ(SALIENT)、動機的感受性、有徳な行為のコード化=不可能、方法、欲求的状態・認知的状態=一つ(A.:≠HUME)、
・28. in A.:「目的の正しい概念をもつことは、少なくとも、人の動機的傾向の状態である。それは、多くの関心、すなわち、例えば他人を助ける機会への動機的感受性を含んでいる。」
29. 「A.の、有徳な行為のコード化に関する懐疑」−−「A.の描像では、人はどのように生きるべきかに関する正しい概念は、どの関心に即して行為すべきかを決定する《方法》を与えない。にもかかわらず、状況の潜在的に実践的に有意的な特徴のうちの別のではなく或る一つのものが、有徳な人を打つであろう。そしてまさしく、その状況について重要であるものとして際立ったものとして打つであろう。」−−あなたは見なければならない。
30. 「善の前提と、可能なものの前提として機能する状況の正しい特徴の選択とは、行為者に関する単一の事実に対応する。この単一の事実を我々は、欲求的状態とも認知的状態とも見なすことができる。」


・MCDOWELL
・SOME ISSUES IN ARISTOTLE'S MORAL PSYCHOLOGY
・MIND,VALUE,AND REALITY,1998.
・MCDOWELL,ARIST.,
・有徳な行為、動機的傾向の形造り、教育(UPBRINGING)、外部から、評価の習慣、
・30. −−「このことは、A.がどのように、実践知を知覚的能力とも(NE 1142a23-30)、目的に関する正しい概念とも(NE 1142b33)等置できるのかを説明している。」
31. 「目的に関して有徳な人がもつ正しい概念の内容を規定するものは、実践的知性の行使ではなくて、教育におけるその人の動機的傾向の形造りである。このことは、NE,book2で、性格の徳の教え込みとして記述されている。」(see auch,32,33)
36. 「目的の正しい概念に一致して生きることによって我々は、我々の生を高貴な(kalon)行為で満たすことができる」−−「このことはまさしく、基礎に外部から自分の評価的図式を提供するものではない。それは、教育において説き教えられた評価の習慣に訴えることであろう。....(NE 1095b4-6)」


・MCDOWELL
・MIGHT THERE BE EXTERAL REASONS?(ORG.:1995)
・MIND,VALUE,AND REALITY,1998.
・MCDOWELL,WILLIMAS,ARIST.,
・外的理由、新しい動機づけ、規範的次元、改心(CONVERSION)、思案する(DELIBERATE)、
・* 「改心に似た何か」−−これに外的理由論者は訴えない−−が必要である。
102.「私が直面した種類の改心は、外的理由理論家が必要としているもの、つまり正しい信念の獲得という仕方による新しい動機づけの獲得のケースでありうる、となぜ想定しないのであろうか。[そう想定すべきである]」
104.「ここで問題となっているのは、理由概念の《説明的》役割と、それがもつはずである《批判的ないし規範的な》次元、との関係である。」
107.「そのように動機づけられることへの移行は、正しく思案すること《への》移行であって、正しく思案すること《によって》引き起こされる移行、ではない。その移行を結果することは、改心のようななんらかの非-合理的な変更を要するであろう。」  →M4358へ


・MCDOWELL
・SOME ISSUES IN ARISTOTLE'S MORAL PSYCHOLOGY
・MIND,VALUE,AND REALITY,1998.
・MCDOWELL,ARIST.,HUME,
・A.の二つの極端な読み方=X、動機づけ、知性、非-知性的動機づけ、性格的徳、
・38. 「私は、準-ヒューム的な読み方から出来る限り遠ざかる・A,の読み方を論じてきた。準-ヒューム的読み方では、性格の徳を提示する行為において行使される知的卓越性は、知性外の動機づけ的方向づけに奉仕する(subservient)。私が論じてきた反対極においては、奉仕の関係がなお存在するが、それは反対の方向においてである。この見解では、奉仕の関係は、完全に有徳な人の動機的方向づけを規定する知性の行使である。39源泉を習慣化(habituation)のうちにもつ「性格の徳」−−これをA.はNE book2で記述している−−は、非-知性的な動機づけ的性癖(propensities)であり、完全に有徳な行為者の心理的組織化におけるその究極の役割は、その人をして、実践的知性の独立的命令に対して受容的にすることである。NE6.13では、この状態は厳密な意味での性格の徳ではないということになっている。厳密にそう呼ばれる性格の徳は、知性的要素と非-知性的要素との調和的な共在である。この非-知性的 *


・MCDOWELL
・SOME ISSUES IN ARISTOTLE'S MORAL PSYCHOLOGY
・MIND,VALUE,AND REALITY,1998.
・MCDOWELL,ARIST.,HUME,(A.:NEURATH),
・A.の二つの極端な読み方=X、動機づけ、知性、非-知性的動機づけ、性格的徳、習慣化、概念空間への導き入れ(initiation)、(内的な(=ノイラート的)反省)、
・* 要素は、行為者が、その内容が知性的要素によって自律的に固定される目標の追求によって設定された要求に服従することを保証する。/私が論じてきたのは、我々はこれらの反対極の間で選択する必要はない、ということである。A.は、有徳的行動の生成において、自律的に働く実践的知性にも、完全に非-知性的な願望的(desiderative)状態にも、優越性を与えていない。事実、両方の極端な読み方が性格の徳の最初の議論のうちに見る・習慣化の所産としての完全に知性外的な動機づけ的性癖なるものは、一つの抽象である。..../....習慣化の所産は、訓練された動物の行動的形成のように概念的思考から独立な性癖である、と想定するなら、性格の徳への習慣化というA.の描像を曲解することになる。これとは逆にbook2におけるトピックは確かに、行為を正しい仕方で尊重し、喜ぶことを教えられるという仕方での、一つの概念空間への導き入れである。」 → M4357へ


・MCDOWELL
・SOME ISSUES IN ARISTOTLE'S MORAL PSYCHOLOGY
・MIND,VALUE,AND REALITY,1998.
・MCDOWELL,ARIST.,NEURATH,
・A.の二つの極端な読み方=X、ノイラート的反省、実践的知恵、動機づけ的性癖(PROPENSITY)、知性と動機との調和、
・40. 「この導き入れを受けている者達は、すでに、無理解な習慣を超えている。....彼らは、....「the because」への移行に必要であるであろう反省のために教えられている概念的到達をもっている。そしてこの移行は、外部から注入される新しい概念的実質を含む必要がない。「the because」へと向かう反省は、ノイラート的でありうる。」
40. 「この[私の]読み方では、実践的知恵が、それ自身の独立的働きによってその[秩序の]内容を規定しつつ、服従へと別個に鋳造されている動機づけ的性癖に対して、秩序を配給する、というのではない。厳密にそう呼ばれる性格の徳とは、知性と動機との調和を含む....。実践的知恵は、反省的に調整された形における動機づけ的性癖の適切に鋳造された状態《である》。」


・MCDOWELL
・MIGHT THERE BE EXTERAL REASONS?(ORG.:1995)
・MIND,VALUE,AND REALITY,1998.
・MCDOWELL,WILLIMAS,
・外的理由、新しい動機づけ、規範的次元、改心(CONVERSION)102、思案する(DELIBERATE)、感情VS.無感情は駄目、(内在主義・外在主義)、
・108.「内的考え方では、実践理性は或る意味で内容-中立的でありうる。思案は、それへの入力を構成する動機づけの本性にとって無差別であり、何であれ先行する動機づけの集合に対して整合性と実践的決定とを課すための手続として考えうる。これに対して外的な考え方では、実践理性は、動機づけの内容が何であっても等しく十分に実例化されうる何か、ではない。」
111.「行為に関する行為者の理由に関する正しい見方は、その者の「感情」によって(間接的には思案を介して)規定されたものであるか、それは感情のない理性によって規定されたものであるかのいずれかであるか、という選択を断ち切る」...。


・JOHANSSON-STENMAN.O.
・THE IMPORTANCE OF ETHICS IN ENVIRONMENTAL ECONOMICS WITH A FOCUS ON EXISTENCE VALUE
・ENVIRONMENTAL AND RESOURCE ECONOMICIS 11,3-4.1998.
・JOHANSSON-STENMAN.O.,ROBBINS,MIRRLEES,EDGEWORTH,MILL,
・ALTRUISM,ENVIRONMENTAL ECONOMICS,SYMPATHY A.COMMITMENT(434)、WARM-GLOW,MORAL SATISFACTION,VALUE NATURE INTRINSICALLY,/環境経済学、新厚生経済学、新・新厚生経済学、WTP(支払い意志)、動機、効用の比較、
・AUS:竹内憲司21
429.「環境経済学において扱われる論点はしばしば、倫理的《本性》のものである。」
430.「Robbins(1935)や、「新厚生経済学」の他の提唱者達に従うなら、以下のものが経済学者達の間での見たところ共通の見解である。それは、我々は、様々な財(環境の改善のような公共財を含む)に対する支払い意志にのみ焦点を当て、この支払い意志に関する《動機》については心理学者等の他の者に委ねるべきである、という見解である。」
431.「普通Mirrlees(1971)のseminal paperによって始まったとみなされている「新、新厚生経済学」は、したがって、EdgeworthやMillのような、効用の間人格的比較が必要であるという古典的経済学の見解に立ち返っている。」


・JOHANSSON-STENMAN.O.
・THE IMPORTANCE OF ETHICS IN ENVIRONMENTAL ECONOMICS WITH A FOCUS ON EXISTENCE VALUE
・ENVIRONMENTAL AND RESOURCE ECONOMICIS 11,3-4.1998.
・JOHANSSON-STENMAN.O.,
・利他主義:純粋;パターナリスティックな;不純;真正GENUINE;コミットメント;社会的規範、WTP、動機づけ、資源、
・432.「この説において我々は、各個人が直接的使用をもっていない資源に対する肯定的なWTPへのいくつかの動機を議論するつもりである。加えて我々は、各個人は未来における資源の使用も確実にもたない、したがってOPTION価値、準-OPTION価値はゼロであるであろうと、仮定する。我々は最初に、おそらく最も普通に想定されている動機づけである純粋利他主義を考察する。その後、他の利他的動機づけを論ずる。そこには、パターナリスティックな(環境に焦点を当てた)利他主義、不純な利他主義、真正利他主義、人間以外の被造物に対する利他主義、コミトメント、社会的規範が含まれる。」

433.「諸個人のWTPが利他的関心によって影響されているか否かは、結局、WTP問題が立てられている仕方に、つまり支払いvehicleの構成に、決定的に依存している。*


・JOHANSSON-STENMAN.O.
・THE IMPORTANCE OF ETHICS IN ENVIRONMENTAL ECONOMICS WITH A FOCUS ON EXISTENCE VALUE
・ENVIRONMENTAL AND RESOURCE ECONOMICIS 11,3-4.1998.
・JOHANSSON-STENMAN.O.,MILGROM,
・純粋な利他主義、公共財、動機づけ、ダブル・カウント、利他的効用、
・* 次の二つの選択肢を考えてみなさい。
1.公共財が、もしあなたがx USD支払うなら供給されるであろう、そうでなければ供給されない。
2.公共財が、もし所得税が全員についてx USD引き上げられるなら供給される、そでないなら供給されない。
ケース1.においては、個人は、at the margin、利他的関心から....な額を支払う意志があるであろう。そのさいの理由は、自分の効用が、他人の効用が増加するという事実によって増加するからである。このことは、(純粋)利他主義の存在におけるダブル・カウントに関するMilgrom(1993)の主張の基礎である。しかしケース2.においては、このことは一般的にはそうでない。実際、各個人は、他人が予備の増加に対してmarginalなWTPを支払うであろうと知っているなら、増加したGからの付加的な「利他的効用」をなんら受取らないであろう。というのも、*


・JOHANSSON-STENMAN.O.
・THE IMPORTANCE OF ETHICS IN ENVIRONMENTAL ECONOMICS WITH A FOCUS ON EXISTENCE VALUE
・ENVIRONMENTAL AND RESOURCE ECONOMICIS 11,3-4.1998.
・JOHANSSON-STENMAN.O.,MILGROM,
・純粋な利他主義、動機づけ、ダブル・カウント、利他的効用、パターナリスティックな利他主義、不純な利他主義、WARM-GLOW効果(温情効果、暖かい幸福感)、効用関数、
・* at the margin、GからのBの効用の増加は、増加した税によって減少したxによって相殺されるであろうからである。」

433.「別の動機づけは、諸個人が他者の効用《そのもの》は気にせず、自分の環境質といった自分の効用関数における一定の要素を気にしているということである。....434.ここでは、Milgromの純粋利他主義のケースにおけるようには、ダブル・カウントを我々はもたない。したがって、社会的CBAにおいてパターナリスティックな利他主義に基づいている個々のWTPが含められるべきである。」

434.「しかし、更に別の動機づけがありうる。第一に、我々は、いわゆる《不純な》利他主義、すなわち、人々が、他者の効用への貢献からのなんらかの"warm-glow"効果を得るということ、を排除できない。....*


・JOHANSSON-STENMAN.O.
・THE IMPORTANCE OF ETHICS IN ENVIRONMENTAL ECONOMICS WITH A FOCUS ON EXISTENCE VALUE
・ENVIRONMENTAL AND RESOURCE ECONOMICIS 11,3-4.1998.
・JOHANSSON-STENMAN.O.,KAHNEMAN/KNETSCH,HANEMANN,SPASH/HANLEY,
・不純な利他主義、動機づけ、道徳的満足、WARM-GLOW効果(温情効果、暖かい幸福感)、環境保護、内在的評価、効用最大化、利己的、
・* Kahneman a.Knetsch(1992)は、WTP問題への個々人の反応は大部分、「道徳的満足の追求」を反映している、という証拠を提供していると主張する。これに対してHanemannは、このようなwarm-glow効果は、健全な支払いvehicleが用いられるならありえないように思えると論じている。....支払いvehicleから独立に、人は、環境保護《そのもの》からのwarm-glow効果の存在に賛成する議論を行い得る。Spash a,Hanley(1995)は、多くの人々は環境を内在的に、つまりそこから引き出される人間の効用から独立に評価しているように思われる証拠を見出している。」

434.「個々人は自分自身の効用(幸福)−−それは時として、論拠として他人の効用あるいは消費を含む−−を最大化するという意味で、究極的な利己的であるような利他主義、に加えて、他の動機も存在しうる。*


・JOHANSSON-STENMAN.O.
・THE IMPORTANCE OF ETHICS IN ENVIRONMENTAL ECONOMICS WITH A FOCUS ON EXISTENCE VALUE
・ENVIRONMENTAL AND RESOURCE ECONOMICIS 11,3-4.1998.
・JOHANSSON-STENMAN.O.,SEN,EDWARDS,JOHANSSON,KENNET,SUGDEN,
・共感≠コミットメント、真正利他主義、動機づけ、効用最大化、規則功利主義、社会的規範、利己的な利他主義、博愛的行動、
・* Sen(1977)は、共感−−これは、基本的に今まで論じてきた種類の利己的な利他主義である−−と、「自分により低い程度の個人的福祉を与えるであろうと自ら考える行為を個人が選択するという見地で」暗黙には定義されるコミットメントとの間で、有用な区別を行っている。Edwards(1986,1992)とJohansson(1997a)は、Kennet(1980)に従って、利他主義からいかなる効用(あるいは個人的福祉)をも引き出すことなく、もっぱら他人の効用によってのみ動機づけられている行為を特徴づけるのに、《真正な》利他主義という観念を用いている。Sugden(1982)は、博愛的行動を説明するいくつかの可能性を論じ、「最も見込のあるのは、効用最大化の仮定を放棄することである」と信じている。代わりに彼は、規則功利主義やカント的倫理を含む様々な動機を提案している。何人かの論者達は、435.WTPにとって、個人の選好に加えて社会的規範が非常に重要であるであろうと強調している。」


・JOHANSSON-STENMAN.O.
・THE IMPORTANCE OF ETHICS IN ENVIRONMENTAL ECONOMICS WITH A FOCUS ON EXISTENCE VALUE
・ENVIRONMENTAL AND RESOURCE ECONOMICIS 11,3-4.1998.
・JOHANSSON-STENMAN.O.,BROOKSHIRE,HICKS,KALDOR,MITCHELL,CARSON,
・WTP、選好、効用関数、倫理的動機づけ、内面かされた規範の満足、利己主義、
・435.「評価の関する文献の大部分は....個人のWTPは個人の選好を、したがって個人の効用関数あるいは幸福を反映すると、単に仮定しているだけである。Brookshire+(1986)は初期の例外である。彼らは、彼らが倫理的に動機づけられた解答を指示するものと、選好に基づく解答との間の区別を行っている。彼らは、後者だけが、彼らがCBAの規範的基礎であるとみなすものである、Hicks-Kaldor補償規準にしたがった個人的合理性・効率性に基づいており、CBAにおいて使いうる真の経済的価値であるとみなしている。Mitchell a.Carson(1989)は、Brookshire+に応じて、「人々は、物質的な報酬の期待なしに、他人を助けることから効用を得る。なぜなら、人々はこの行動を評価することを学んでいるからである。」「この種の選択をなす人々は、内面化された規範を満足させることから効用を得る。」「適切に行われたCV研究においては、選好に基づく選択は自己利害的あるいは利己主義的考慮によって *


・JOHANSSON-STENMAN.O.
・THE IMPORTANCE OF ETHICS IN ENVIRONMENTAL ECONOMICS WITH A FOCUS ON EXISTENCE VALUE
・ENVIRONMENTAL AND RESOURCE ECONOMICIS 11,3-4.1998.
・JOHANSSON-STENMAN.O.,ALDRED,MITCHELL,CARSON,
・利己的利他主義、効用の最大化、動機づけ、
・* 動機づけられている。」と述べている。このような利己的利他主義がいかなる役割も演じない、社会規範を破壊することは決して(効用の点で)有コスト的ではない、とは、ほとんど誰も論じないであろう。しかし、Aldred(1994)によって注意されているように、Mitchell a.Carsonの見解がもつ問題は、彼らが、個人の効用の最大化が唯一のストーリーである、それ以外にはいかなる動機づけも存在しない、と考えているように思えるということである。」
435.「Brookshire+以降、数多くの論文が、人々は本当にCV研究に主として消費者として応じているのかどうかを問うている。そして、人々は(少なくとも部分的は)消費者としてではなく市民として応じていると論じている。Sagoff(1994,1998)、Blamey+(1995)、Common+(1997)、Stevens+(1991,1993)、Kohn(1993)を見よ。*


・GOLDMAN.A.
・ETHICS AND COGNITIVE SCIENCE
・ETHICS 103,1993.ESP.345-50.
・GOLDMAN.A.,STICH.S.,PLATON,SMITH.E.E.,AYER,RAWLS,CAMPBELL.A.,STRACK.F.,TVERSKY.A.,GRIFFIN.D.,BRICKMAN.P.,EASTERLIN.R.A.,SLOVIC.P.,BARNETT.M.,BERGER.S.M.,STOTLAND.E.,KREBS.D.,SMITH.A.,SCHOPENHAUER,ROUSSEAU,WALKER.L.J.,GILLIGAN,EISENBERG.N.,BLUM.L.,HARE,HUME,HOFFMAN.M.,
・幸福、COGNITIVE SCIENCE,HEDONIC STATE,PREFERENCE,HAPPINESS,WELL-BEING,UTILITY,PREFERENCE-SATISFACTION,WELFARE,MORAL FEELING,EMPATHY,MOTIVATION,
・AUS:BRANDT 1996,P.284:「自分の《全》人生への満足は、自分の全人生における諸経験の快適さの《総計》と相互に関係する《必要》はない」という考え方(CF.DINER.E.,CAMPBELL.A.)への批判については、A.G.参照。


・PLATTS.M.
・MORAL REALITIES:AN ESSAY IN PHILO.PSYCHOLOGY, ROUTLEDGE 1991.35P.
・PQ 43-170.1993.
・PLATTS.M.,NAGEL,FOOT,
・MORAL REALITY,4 KINDS OF DESIRE,MOTIVATION,欲求、動機、(評価)価値づけ、
・107.CHAP7は欲求の概念を扱う。
107.「彼は、欲求を'an active power'とする古典的見解と、欲求をもつことは(端的に)欲求の対象のdesirability-characterizationをもつことであるという見解の両方を放棄して、108.欲求と世界との間の「適合の方向」を....強調する。....P.はこの説明を....主としてNAGEL の、「動機づけられた」欲求と「動機づけられていない」欲求との説明を通して作り上げる。これは、4種の欲求を認める。(1)例えば、空腹という感じられた不快をなくすために食べることを欲するというような、明確な現象論をもつ「動機づけられていない」欲求、(2)明確な現象論を欠いていて、欲求の対象のいかなるdesirability-characterizationをも許さない「動機づけられていない」欲求。最も明らかな....例は、空腹でないのにリンゴを空想する、あるいは'just want'するときのwhimsやfanciesである。(3)例えば、Yへの手段としてXを欲する *


・PLATTS.M.
・MORAL REALITIES:AN ESSAY IN PHILO.PSYCHOLOGY, ROUTLEDGE 1991.35P.
・PQ 43-170.1993.
・PLATTS.M.,NAGEL,FOOT,
・MORAL REALITY,4 KINDS OF DESIRE,MOTIVATION,欲求、動機、(評価)価値づけ、非個人的な「価値TALK」、主観主義、
・* といたような、別の欲求を前提する「動機づけられた」欲求、(4)他の欲求を前提しない「動機づけられた欲求」。例えば、それが誠実あるいは名誉ある行為の仕方であると見えるので特定の仕方で行為することを欲することである。」
108.「このtaxonomyを武器としてP.はF.の攻撃を取り上げる。F.によるなら哲学者は、「何かを欲する....ことではなく、それが価値をもつ、あるいはさらに我々はそれを評価すると言うことによって我々が意味しているところのもの」を説明する。彼[P.]は、(2)-(4)の種類の欲求はすべて、「価値についてのtalk」の可能性を導入するが、(4)の種類の欲求だけについては、《impersonal》な「価値についてのtalk」の余地をもつ、と考える。さらに、(2)と(3)の種類の欲求のコンテクストにおいては「価値についてのtalk」は「全ての評価を欲することに還元する」という主観主義者のprojectの内部に容易に収容可能であるが、*


・PLATTS.M.
・MORAL REALITIES:AN ESSAY IN PHILO.PSYCHOLOGY, ROUTLEDGE 1991.35P.
・PQ 43-170.1993.
・PLATTS.M.,NAGEL,FOOT,
・MORAL REALITY,4 KINDS OF DESIRE,MOTIVATION,欲求、動機、(評価)価値づけ、
・* (4)の種類の欲求はこのprojectへの「圧倒的な攻撃を表わす」。この欲求に関しては、「欲求の対象の完全なdesirability-characterizationは、」関係する個人の側での「いかなる欲求の存在への論理的な言及をも必要としない」(p.87)。その人は、「[自分の]欲求を、その対象の価値の"impersonal"なdesirabilityへのreasonableな反応と考える」(p.77)であろう、そして、この価値を'transcending'と、つまり、自分あるいは誰か他の人におけるその対象の欲求あるいはそれを評価する傾性、の不在によって影響を受けずに留まるものと見なす(pp.97-102)。」


・BADHWAR.N.K.
・ALTRUISM VERSUS SELF-INTEREST.SOMETIMES A FALSE DICHOTOMY
・SOCIAL PHILO.AND POLICY 1993(10),N.1.
・BADHWAR.N.K.,ARIST.,NIETZSCHE,KANT,RAWLS,GAUTHIER,NAGEL,
・利他主義、道徳的関心、自己愛、高貴な魂、自尊、義務による動機づけ、他者配慮的、自己利害(利益・関心INTEREST)、EGOISTICな利益、NONTUISTICな利害、
・90.ARIST.:「善き人は自分を愛する人でなければならない。」(NE 1168a28-9)
90.NIETZSCHE:「高貴な魂は、それ自身への尊敬をもつ。」(『彼岸』)
90. 「最近の2世紀の道徳哲学において、なんらかの種類の利他主義は典型的には、道徳的関心と同一とみなされてきた。自己配慮的義務が認められたとき、《義務》による動機づけは、自己利害による動機づけから鋭く区別されている。」cf.KANT。
91. 「J.R.[TJ,13,127-9]とD.G.[MA,7]は、自己利害と、その他のnontuisticな利害−−他者の利害から独立である利害−−とを、道徳的利益と対比している。」*
91n.「Nontuisticな利益とは、NAGELがegoisticな利益、自己であれ他者であれ、自己から独立な利益と呼ぶところのものである。」


・BADHWAR.N.K.
・ALTRUISM VERSUS SELF-INTEREST.SOMETIMES A FALSE DICHOTOMY
・SOCIAL PHILO.AND POLICY 1993(10),N.1.
・BADHWAR.N.K.,NAGEL,KANT,
・利他主義、自己利益、EGOISTICな利益、道徳的動機づけ、義務、他者配慮的、
・91n.「NAGELによるなら、Egoisticな利益は、自己利益と、「我々がたまたま他の物や他の人達のためにもつ利益」(PA,3)との両方を含む。N.は明らかに、全ての利益は自己利益に還元されるというKANTの主張を受入れていない。しかしK.同様、すべてのegoisticな利益を道徳的動機づけから除外している。」
91.* 「我々は疑いなく、一定の制約のなかで自己利益から行為することを道徳的に《許されている》が、そのような行為は、内在的な道徳的worthをもちえない。(かかる義務があるとして)《義務》から我々自身の利益を追求することは、仮定上、自己利益によって動機づけられえない。我々自身の自己利益的追求そのものは、いかにリアリスティックであろうと、....誠実であろうと、勇敢であろうと、内在的には道徳的でありえない。そしてこれは、自己利益が他者配慮的行為を遂行するよう動機づけるとしても、そうである。*


・BADHWAR.N.K.
・ALTRUISM VERSUS SELF-INTEREST.SOMETIMES A FALSE DICHOTOMY
・SOCIAL PHILO.AND POLICY 1993(10),N.1.
・BADHWAR.N.K.,GAUTHIER,NAGEL,BLUM,THOMAS,
・自己利益、EGOISTICな利益、道徳的動機づけ、義務、他者配慮的、利他主義、合理的能力、SYMPATHY(共感)、COMPASSION、
・* 他者の利益によって(適切に)動機づけられた他者配慮的行為のみが、道徳的と数えられる。そういう行為のみが利他的であるからである。」
91.G:「義務は有利に優先する」が、「義務の受容は真に有利である。」(MA,2)
92. 「しかしG.は、自己利益あるいは有利は道徳的行為の《動機》でありえないという一般的一致点に参加する。」
92n.「N.とG.は利他主義を、純粋に合理的な能力、つまり我々の、仲間感情あるいはcompassionのような他者配慮的感情から独立な能力とみている。これに対してTHOMASは利他主義を、かかる感情に根をもつものとみている。BLUMは、他者に対する一定のかたちの関心....が純粋に合理的である可能性を認めているが、しかし、sympathyあるいはcompassionによって動機づけられた関心の道徳的worthを強調する。*


・BADHWAR.N.K.
・ALTRUISM VERSUS SELF-INTEREST.SOMETIMES A FALSE DICHOTOMY
・SOCIAL PHILO.AND POLICY 1993(10),N.1.
・BADHWAR.N.K.,BLUM,NAGEL,KANT,
・直接的利他主義、自己利益、EGOISTICな利益、道徳的動機づけ、義務、他者配慮的、利他主義、合理的能力、心理、道徳原理へのコミットメント、
・* (Friendship,....,特に121-24)。再び言うが、或る哲学者達は真正の利他主義を、他者の利益によって直接に動機づけられたものとみなす。他方、他の哲学者達−−第一にKANT主義者−−はそれを、利他主義的関心を要求するなんらかの道徳原理へのコミットメントを介して、かかる利益によって間接的にのみ動機づけられたものとみなす。最終的に言うなら、異なった哲学者達が《直接的利他主義》によって意味するところのものも異なっているのである。かくて、B.の、直接的な(感情的に動機づけられた)利他主義の理念は、N.の、egoisticな動機づけの理念である。なぜなら、N.にとって感情は、他者の利益と実践理性との間を「媒介する」要素であり、行為者自身の利益の部分を構成するものである(84,87)からである。N.に従えば直接利他主義は、他者の利益による純粋に合理的に動機づけである(15-6)。/....心理学的研究は、純粋に合理的な能力としての利他主義の理念を支持しない。」


・BADHWAR.N.K.
・ALTRUISM VERSUS SELF-INTEREST.SOMETIMES A FALSE DICHOTOMY
・SOCIAL PHILO.AND POLICY 1993(10),N.1.
・BADHWAR.N.K.,GAUTHIER,BUTLER,(ARIST.),GILLIGAN,
・利他主義、自己利益、道徳的行為への動機づけ、道徳的卓越、道徳的関心としての自己への配慮、
・92.G.等< 筆者:「この見解は誤りだと私は考える。自己利益は道徳的行為の動機であり《うる》。....J.B.が言っているように、「自己愛は、その適切な程度においては、正義であり道徳的善である....。」なぜなら行為の善さは、それが、それが利他的であるかいなかではなく、我々の本性と事実の本性に一致しているかどうかに依存するからである。」

93. 「自己利益は道徳的でありうるというテーゼへの私の主要な論証は、同時に一つのかたちの深い利他主義かつ一つのかたちの自己利益であるような、一種の道徳的卓越、性格・行為の直観的に認めうる卓越が存在する、というものである。」
93. 「GILLIGANは、『もう一つの声』で、道徳的関心としての自己への配慮の承認への重要な哲学的貢献を行っている。」


・SEN
・ECONOMIC BEHAVIOUR AND MORAL SENTIMENTS
・ON ETHICS & ECONOMICS,1987.
・SEN,
・合理性に関する自己利益的見解、動機づけ、倫理、自己利益の最大化、
・15. 「合理性に関する自己利益見解は、《とりわけ》動機づけに関する「倫理に関係する」見解を固く拒否することを含む。達成することを求めるであろうものを達成するために人は最善を尽くすよう努力するということは、合理性の一部分でありうる。そしてこれは、我々が評価し、目指すことを意志するであろう非-自己利益的目標の促進を含みうる。自己利益の最大化からのいかなる離反をも非合理性の証拠とみなすことは、実際の決定における倫理の役割を拒否することを必然的に含む。」


・BROOKSHIRE.D.S./EUBANKS.L.S./SORG.C.F.
・EXISTENCE VALUES AND NORMATIVE ECONOMICS:IMPLICATIONS FOR VALUING WATER RESOURCES
・WATER RESOURCES RESEARCH VOL.22.N.11.1986.PP.1509-1518.
・BROOKSHIRE.D.S.,EUBANKS.L.S.,SORG.C.F.,SEN,
・存在価値EXISTENCE VALUE,保存PRESERVATION、消費CONSUMPTION、VICARIOUS消費、遺贈BEQUEST、利他的動機、STEWARDSHIP、INTRINSIC、使用USE価値、オプション価値、共感SYMPATHY、
・1510.「或る人は、自然な水環境の存在ないしは保存に関する単なる知に対して支払う用意がある。知ることいかいのいかなる動機も示されていない。」
1510.「何が存在価値を構成するかに関する以前の主張は、自然資源の単なる存在に関する知という観念によって最善に表現される。....[存在価値の]この、より狭い定義....」
1510.「vicarious消費、bequest、利他的動機、stewardship、intrinsic characteristicsを含んで多くの動機、諸形態の消費が、存在価値の要素として主張されてきた。我々はこれらの意味論的構造のそれぞれを順番に再吟味する。それは、これらのタイプの価値が存在しないと議論するためではなく、それらはすでに使用価値・オプション価値に含まれていると議論するためである。多くの程度において、これらの諸価値は、センによって定義された限りでの共感のカテゴリーの中にある。」


・BROOKSHIRE.D.S./EUBANKS.L.S./SORG.C.F.
・EXISTENCE VALUES AND NORMATIVE ECONOMICS:IMPLICATIONS FOR VALUING WATER RESOURCES
・WATER RESOURCES RESEARCH VOL.22.N.11.1986.PP.1509-1518.
・BROOKSHIRE.D.S.,EUBANKS.L.S.,SORG.C.F.,
・存在価値EXISTENCE VALUE,VICARIOUS消費、共感、美的存在価値、動機、INTRINSIC、INHERENT、選好、支払い意志、
・1512.「"vicarious"の辞書的定義:他人の経験に共感的ないしは想像的に参与することを通して経験あるいは享受enjoyedされる。」
1514.「Fisher and Raucher[1984]は、"intrinsic value"がオプション価値・美的存在価値・遺贈価値の全体を記述するのに用いられる、と主張している。これは諸用語の不幸な使用であると思われる。というのも、intrinsicは「事物の本質的本性に属する」を意味するからである。換言するなら、intrinsicという語を使用することは、不特定の個人の選好を満足させることへの動機をもった価値を除外してしまうであろう。..../....個人の選好によって評価される資源の属性が存在するという考えを、倫理哲学者によって用いられるようなintrinsic v.概念(v.in and itself)から区別するために、そのような価値をinherentであるとして言及することがよりよいであろう。なぜなら、それは、個人が資源にinherentと知覚する水資源の属性に対して個人が支払う用意があるということと結びついているからである。」


・BROOKSHIRE.D.S./EUBANKS.L.S./SORG.C.F.
・EXISTENCE VALUES AND NORMATIVE ECONOMICS:IMPLICATIONS FOR VALUING WATER RESOURCES
・WATER RESOURCES RESEARCH VOL.22.N.11.1986.PP.1509-1518.
・BROOKSHIRE.D.S.,EUBANKS.L.S.,SORG.C.F.,SEN,
・存在価値EXISTENCE VALUE,水資源、INHERENT、反選好的選択、便益-費用分析、EFFICIENCY ETHIC、MANAGEMENT ETHIC、コミットメント、支払意志、経済的価値、保存への倫理的動機、
・1515.「反選好的選択から由来するコミットメントによって動機づけられている支払意志は、便益-費用分析に有意的な価値であるべきでない。もし、存在・保存への支払意志のうちに経済的価値が存在するのなら、個人によって、自然の水環境にinherentであって効用ないしは満足を産むと知覚される何かが存在していなければならない。かくて、水環境のinherentな属性とmanagement ethicは、経済的な存在価値の基礎である。個人がこのようなefficiencyに有意的な価値を抱くためには、個人は、支払意志が他人....に対する関心に関係していはいないと感じなければならないであろう。また、水資源の保存に資することはすべき正しいことであるという感情に関係していてもならない。..../....このタイプの支払い意志は、便益-費用分析のコンテクスト内部で定義されるものとしての経済的価値を表してはいない。....保存への倫理的に動機づけられた支払意志を経済的価値として扱うことは、便益-費用分析の規範的基礎と両立しない。」


・ROSATI.C.S.
・INTERNALISM AND THE GOOD FOR A PERSON
・ETHICS 106-2.1996.01.
・ROSATI.C.S.,RAILTON.P.,SIDGWICK,NOZICK,MOORE,VELLEMAN.J.D.,DRIER.J.,HUME,MACDOWELL,WIGGINS,PERRY.R.B.,MILL,GOBBARD.A.,HOBBES,DARWALL.S.,
・PRESON'S GOOD,MOTIVATION,INTERNALISM:EXISTENCE;JUDGMENT;SIMPLE;STRONG FORM OF;TWO-TIER;HEDONISM,BEAUTY,IDEAL GOODS,DESIRE THOERY,EXPERIENCE MACHINE(299),PROATTITUDE,NONCOGNITIVISM,ETHICAL SENSIBILITY(314),MOTIVATIONAL PROPERTY(313),INTRINSIC VALUE,AUTONOMY,RATIONAL SELF-GOVERNANCE,IDEAL OF THE PERSON,RATIONALLY DESIRED(317),THEORY SELECTION(325)、PLEASURE,PREFERENCE,EMOTION OR FEELING(301),VALUE,
・299.「欲求理論は....例えばNozickの経験機械のような例に訴えて快楽主義を拒否する。この経験機械の例を、我々は快楽以外の事柄にも気を配っていることを示すものと理解して。−−see Griffin,Well-being,9-10。「奇妙なことに、内在主義を拒否するように見える者さえも、この例に依拠した議論を行っている。see Brink,Moral Realism..,223-4.
314.「人にとっての善を動機づける特性として扱うことを拒否する別の内在主義....。例えば、M.とW.によって提唱された"感受性理論"の線に沿った内在主義的見解は、人にとっての善は....固有の倫理的感受性をもった人によってのみ把握される、と主張しうる。」  /315.「感受性理論についての批判的議論については、see Darwall..,152-65


・ROSATI.C.S.
・NATURALISM,NORMATIVITY,AND THE OPEN QUESTION ARGUMENT
・NOUS 29,1995,PP.46-70.
・ROSATI.C.S.,BOYD.R.N.,BRANDT.R.B.,BRINK.D.O.,DARWALL.S.L.,FIRTH.R.,FRANKENA,FRANKFURT.H.G.,GAUTHIER,GIBBARD.A.,GRANDY.R.,GRIFFIN.J.,HARE,HARSANYI,KOLNAI.A.,LANGFORD.C.H.,LEWIS.D.,LEWY.C.,MARKUS.H.,MARX,MILL,MOORE,NEELY.W.,OVERVOLD.M.,PERRY.R.B.,PUTNAM,RAILTON.P.,RAWLS,SARTRE,SMITH.M.,SOBEL.D.,STEVENSON.C.L.,STURGEON.N.,TAYLOR.C.,WATSON.G.,VELLEMAN.J.D.,
・IDEAL OF THE PERSON,NATURALISM,OPEN QUESTION ARG.,NEW NATURALISM,INTERNALISM,GOOD FOR A PERSON,HIGHER-ORDER DESIRE,
・AUS:FA4126,325:「結局、いかなる条件が人の善の規定に適切かの問いは、それに対して、任意の個人に関して、その個人が人に関するいかなる理想を抱く傾向にある、ないしは抱きうるかを要求するところの規範的問いであるだろう。」(48)/(48)See my ....。


・MCPHERSON.M.S.
・LIBERTY AND THE HIGER PLEASURE IN DEFENSE OF MILL
・ECONOMIC INQUIRY VOL.XVIII,1980.
・MCPHERSON.M.S.ON BRONFENBRENNER.M.,MILL,RAWLS,
・道徳性=より深い選好の表現、道徳的動機づけ、高級な快、自由、自律、幸福、
・316.「....。このことが含意するのは、良き社会においては道徳性は、全員の善のために各人に課せられるのではない何かとなりうるというのではなく、むしろ人々自身のより深い選好の自然で強制されていない表現となりうる、ということである。」(9)
316.(9) 「道徳的動機づけに関するこの考え方は、R.がTJ[7章]で展開したものと似ている。」
316.「このように、高級な快の教説を、人々の選択の自由を侵害することに関する保証として使用したということではなく、M.は、個人の自由に関する自分の主張を人格的自律をそれ自身「人間の幸福の原則的な構成要素の一つ」として弁護することによって支えようと意図したのである。」


・SMITH.M.
・THE HUMEAN THEORY OF MOTIVATION
・MIND,96,1987,PP.37-41.
・SMITH.M.,HUME,NAGEL,MCDOWELL,PLATTS.M.,
・MOTIVATION,DESIRE,BELIEF,MOTIVATING REASON A.NORMATIVE REASON,FEELING,DIRECTION OF FIT,DISPOSITION,
・AUS:FB1733.44:「或る行為を善と認知することは、人をしてその行為を行うよう動機づけるに十分である、と私は思う。しかし、この古くからの議論にここで加わるよう試みることはできない。」(36)/51.(36):「この論争の最も最近のラウンドはNagelのThe Possibility of Altruismによって開始された。他面でのもっと最近の貢献については、Smithの..を見よ。」


・MERCER.M.
・IN DEFENCE OF WEAK PSYCHOLOGICAL EGOISM
・ERKENNTNIS 2/2001
・MERCER.M.,BROAD.C.,DAVIDSON,MCDOWELL,NAGEL.T.,SLOTE.M.A.,
・WEAK PSYCHOLOGICAL EGOISM,DESIRE,MOTIVATION,SELF-REGARDING,
・AUS:IP2002-01.
AUS:PHILO.INDEX:Though weak psychological egoism is a doctorine ultimately answeable to empirical evidence,we presently have excellent a priori reasons for accepting it and attempting to construct psychological theories that include it as an organizing principle.....(edited).


・KREPS.D.M.
・INTRINSIC MOTIVATION AND EXTRINSIC INCENTIVES
・THE AMERICAN ECONOMIC REVIEW,87-2,1997.
・KREPS.D.M.,BARON.J.N.,BERNHEIM.D.B.,DECI.E.,GOFFMAN.E.,HOLMSTROM.B.,MILGROM.P.,KIDDER.T.,LAZEAR.E.P.,LEPPER.M.,LINDBECK.A.,STAW.B.M.,WILLIAMSON.O.,
・INTRINSIC MOTIVATION,NORM,UTILITY FUNCTION,(WHY BE MORAL?)、
・359.「人々はなぜ規範に従うのか。経済学者達は入手可能な四回答をもつ。(i) 遵守は違反に比べてcostlessであれう。だから、なぜ従わないのか。(ii)遵守は、協同を可能にするので直接に個人的に有益である。....(iii) 直接にはcostlyであるが、他人によって遵守は違反よりもよく扱われることに導く。(iv)遵守はそれ自身望ましい。/...説明(iii)は通常のゲーム理論的物語へspin outである。....(iv)に関しては、選択/効用理論は顕示選好に基づいているので、これは遵守を個人の効用関数における独立変数とすることを含む。」
359.「彼ら[A.Lindbeck等]のモデルでは、この規範の遵守は、直接に効用関数に入ってくる[彼らは説明(iv)を使っている]。しかし、彼らの分析は、代ってd.b.(1994)の導きに従っても変化しない。D.B.は、遵守の基礎として、社会的評価を得る欲求を使用している[a type-(iii)rationale]。」


・SUMNER.L.W.
・WELFARE,HAPPINESS,AND PLEASURE
・UTILITAS VOL.4.,NO.2.,1992.PP.199-223.
・SUMNER.L.W.,BENTHAM,SIDGWICK,MILL,J.,MILL,
・快、EUDAIMONICS、WELL-BEING、幸福、完全主義(卓越主義)、感情、外的世界、内在主義的見解、
・AUS:W.H.SHAW,CONTEMPORARY ETHICS
201.「eudaimonicsについてのB.の定義:「....well-being....」(Deontology(CW),pp.124-5)」
202.「B.は、幸福は「快楽の享受、苦痛からの保護」から成る、と我々に語っている。」
202.「S.にとって、幸福を競合する完全主義者の善から区別するものは、幸福は、完全に、同意できる感情、つまり快をもっていることから成っているので、主観に対して外的な世界状態への指示を含まない、という事実である。」
204.「快苦をその純粋に現象的な特性の見地で同定するB.のやり方」→J.M.,M.,S.。/205.S.:「彼は快を、快適さpleasantnessという共通の特性をもつゆえにそう呼ばれる諸感情のクラス、として扱う。」
−−このinternalist view <>別のview:*


・MCDOWELL
・EUDAIMONISM AND REALISM IN ARISTOTLE'S ETHICS
・R.HEINEMAN ED.,ARISTOTLE AND MORAL REALISM,1995
・MCDOWELL,ARIST.,NEURATH,
・THE THAT、THE BECAUSE、ノイラートの舟、知的徳、性格的徳、動機的傾向(PROPENSITY)、選択、
・213.「この見解では、the becauseへと動くことに含まれているであろう知的活動性を我々は、ノイラート版のイメージで描くことができる。」
214.「the thatの所有は、A.がNEのBook IIで描いた倫理的性格の陶冶によって与えられるものである。the becauseの完全な所有は、おそらく、知的徳、実践的知恵であるであろう。これを彼は、より特定的にはBook VIで論じている。[/]コメンテータ達には、この区別を誇張する傾向が在る。そうした考えは、Book IIは動機的傾向(それは、理性の命令への服従という仕方でのみ理性に関係する(compare 1102b30-31)の獲得に関するものである、というものである。215.....しかし、Book IIはそれ自身、性格の徳を示す行為は、選択されなければならない、という主張を含む。そしてA.は、選択の考えを熟慮の考えに結び付けている(1112a15-16,1113a9-12)。そしてそれによって、知性の卓越と結び付けている。*


・MCDOWELL
・EUDAIMONISM AND REALISM IN ARISTOTLE'S ETHICS
・R.HEINEMAN ED.,ARISTOTLE AND MORAL REALISM,1995
・MCDOWELL,ARIST.,
・知的徳、性格的徳、知的卓越性、動機的傾向(PROPENSITY)、選択、>歴史性を越えること、内在的反省、GETTING THING RIGHT、
・* したがって、性格の徳は....知的卓越性を含むということが、すでにBook IIに含意されているのである。そこから選択が出てくる人の状態は、それ自身、指令の源であって、単に、源をどこかにもつ指令に従うという動機的準備性のことではない。」
216.「the becauseのもっと完全な所有への動きは、....人がすでにもっているものの中からの内在的反省以上のものを必要としない。」
216.近代の読者はこれを批判して、そうしたinherited way of thinkingを越えることを求める。< :「歴史性を越えるという考えをめぐって我々の形而上学を組織化することは、根底的に疑わしい。そうしたものの本当の結果は、getting thing rightというまさにその考えを掘り崩すことである。」


・NUNES.P.A.L.D./SCHOKKAERT
・IDENTIFYING THE WARM GLOW EFFECT IN CONTINGENT VALUATION
・JOURNAL OF ENVIRONMENTAL ECONOMICS AND MANEGEMENT,2003?(IN PRESS)
・NUNES.P.A.L.D.,SCHOKKAERT.E.,ANDREONI.J.,ARROW,CARSON.R.,DIAMOND.P.,HAGENAARS.J.A.,HANEMANN.W.,HARMAN.H.,KAHNEMAN.D.,LEHMANN.E.,MILGROM.P.,SCHKADE.D.,THOMPSON.S.,
・WARM GLOW,"COLD"WTP(DRY WTP?),CONTINGENT VALUATION,EMBEDDING,SOCIOECONOMIC VARIABLES,MOTIVATIONAL FACTOR,MORAL SATISFACTION OR A WARM GLOW(2),IMPURE ALTRUISM(3),TWICE(3),SYMPATHY(3),UTILITY(4),SCOPE TEST,ADDING-UP PROPERTY,
・AUS:NUNES,FB1742,147.
2.「要素分析のテクニックは、個人のitemを三つの基礎的要素に還元するために用いられる。その三要素とは、使用価値、存在価値、与えることのwarm glowに関連しうる。....我々はまた、warm glowとembedding現象との間の関係をも調べる。/....心理的な動機づける要素は、統計的に重要である。そしてこれは、またwarm glow効果にも当てはまる。このwarm glow効果を取り去って後、結果としての"cold"WTPはより低いものであり、scopeテストとadding-upテストの両方を満足する。」
3.「このことが意味するのは、共通善への個人の貢献が彼女の効用関数へと二回入るということである。」
4.the utility with respect to the protection of nature independently of recreational use(existence motivation),....


・GUEVARA.D.
・KANT'S THOERY OF MORAL MOTIVATION, WESTVIEW PR.2000.
・PR 111-1,2002.01.
・GUEVARA.D.,KANT,
・MORAL MOTIVATION,FREEDOM,
・Groundwork,448:every being who cannot act except under the idea of freedom is by this alone - form a practical point of view - rellay free;that is to say,for him all the laws inseparably bound up with freedom are valid just as much as if his will could be pronounced free in itself on grounds valid for theoretical philosophy.

・GALVIN.R.
・DOES KANT'S PSYCHOLOGY OF MORALITY NEED BASIC REVISION?
・MIND 100-2,1991.
・GALVIN.R.,KANT,BUTLER,HERMAN.B.,HUME,PRICE.R.,PRITCHARD,ROSS.W.D.,TAYLOR.C.,WILLIAMS,WOLF.S.,
・MORAL PSYCHOLOGY,DESIRE,DUTY,PURE REVERENCE FOR THE LAW,MORAL MOTIVATION,FEELING OF SATISFACTION,ETHICAL REWARD,INTEREST(226),
・226.N K:"taking an interest in something" ≠ "acting from interest"
231.第一次動機、第二次動機。
235.And along with the moral interest Kant speaks often of moral feeling, which he characterizes as "the susceptibility to feel pleasure or pain merely from being aware that our actions are consistent with or contrary to the law of duty"(DV 59,399).This is a "feeling of satisfaction"(CPR 128,152)involving an "ethical reward" that Kant characterizes as a "pleasure which is more than mere contentment with oneself"(DV 150,391).


・REATH.A.
・HEDONISM,HERERONOMY,AND KANT'S PRINCIPLE OF HAPPINESS
・PACIFIC PHILO.QUARTERLY,70-1,1989.
・REATH.A.,KANT,GREEN.T.H.,RAWLS,WILLIAMS,
・HEDONISM,HETERONOMY,PRINCIPLE OF HAPPINESS,MOTIVATION,SELF-LOVE,EGOISM,
・AUS:FA4550(REATH),292:....,where I argue....that the "principle of self-love" is simply the principle of acting from the strongest desire,and that action done from "self-love" need not be egoistical.


・HU.Y.-A./LIU.D.-Y.
・ALTRUISM VERSUS EGOISM IN HUMAN BEHAVIOR OF MIXED MOTIVES
・AMERICAN JOURNAL OF ECONOMICS AND SOCIOLOGY,62-4,2003.
・HU.Y.-A.,LIU.D.-Y.,MARGOLIS.H.,SEN,
・ALTRUISM(利他主義)VS.EGOISM(利己主義),MIXED MOTIVES(動機),近代経済理論の主流、趣味(好みTASTE)、合理的、自己利益的、同一性(アイデンティティ)、
・677.「近代経済理論の主流は、二つの決定的な前提の上に建てられている。第一は、趣味は所与である、第二は、個人は合理的で678.自己利益的な経済的人間存在である、である。」
678.「行動的(behavioral)アプローチと意図的(intentional)アプローチ」
679.「Margolis(1982)は、利他主義を社会的責任の感覚と見ている。彼のモデルにおいてはその感覚は、二つの別の概念をもった集団利益として現れる。第一は「参加的利他主義」である。そこでは、人は、他者の便益のためにリソースを与えることから効用を得る。つまり、人は、社会的行為への参加への趣味をもっている。第二は「財利他主義」である。そこでは、人は、他者の手に入る財の増加から効用を得る。つまり、人の効用は、他者をbetter offさせることへの趣味を含んでいる。」
681.「人の同一性に関するSENの見解は....これらの議論にとって或る重要性をもつ。」


・HU.Y.-A./LIU.D.-Y.
・ALTRUISM VERSUS EGOISM IN HUMAN BEHAVIOR OF MIXED MOTIVES
・AMERICAN JOURNAL OF ECONOMICS AND SOCIOLOGY,62-4,2003.
・HU.Y.-A.,LIU.D.-Y.,
・ALTRUISM(利他主義)VS.EGOISM(利己主義),MIXED MOTIVES(動機),二つの非-(外見的)利他的な理由:相互的利他主義;計算的利他主義、純粋な利他主義、狭い自己利益、非利己的行為への欲求、
・681.「我々は、見たところ利他的な行動のカテゴリーの内部で繊細な区別を行ない、二つのタイプの非-利他的な理由を同定する。一つは、相互的利他主義に導く相互性への理由であり、一つは、いわゆる計算的利他主義に導く直接的便益への理由である。」 −−≠純粋な利他主義。
681.「計算的利他主義に関して言えば、援助行動は、682.社会的賞賛あるいは他の便益を得ることへの底にある利己的欲求を反映する道具的反応でありうる。」
701.「狭い自己利益は確かに702.唯一の動機ではない。」
702.N.1.:「人間は非利己的に行為することへの基礎的な欲求をもっている、という見解を多くの思想家は抱いている。」


・LEMOS.N.M.
・HIGH-MINDED EGOISM AND THE PROBLEM OF PRIGGISHNESS
・MIND VOL.XCIII,N.372.1984.pp.542-558.
・LEMOS.N.M.,EWING,DEWEY,FELDMAN.F.,CHISHOLM,WILLIAMS,KIERKE.,KALIN.J.,
・HIGH-MINDED EGOISM,PRIGGISHNESS(道徳家ぶること),HEDONISTIC EGOISM,VIRTUE,MORAL EGOISM(546),MOTIVE,SELF-INTERESTED,
・542.High-minded egoism is a form of egoism which maintains that among those things which are worthy of one's desire for their owan sakes are one's acting virtuously and one's good character.Both A.C.Ewing and John Dewey argue that while the egoist might conceive of such things as part of one's own good,the posession of virtue or good character is not something the egoist can acquire.= 554.the high-minded egoist's pursuit of good charcter or virtue is sel-dfeating. < 356.L.:even if E.and D.are correct in holding that the hig-minded egoist is a prig,it is not clear that the high-minded egoist cannot be brave or merciful.
358.「かくて、h.-minded利己主義を魅力的にするのに奉仕する自分自身の善の概念は、いかなる形の利己主義にも不適切であるように見える。」


・SIMON.H.A.
・ALTRUISM AND ECONOMICS
・THE AMERICAN ECONOMIC REVIEW,83-1,1993.
・SIMON.H.A.,
・利他主義ALTRUISM、経済的利得ECONOMIC GAIN、効用UTILITY、快、動機、利己的SELFISH、
・158.That economic actors desire only economic gain is a far stronger assumption than that they mazimize utility.It is also empirically false.
158.Suppose,more realisticaly,that human choice is driven by a number of motives,not limited to economic gain,that are based on anticipated conseauences (plesure and pain) for the chooser. Then one can call behavior "altruistic"to that extent that it is influenced by expectations of pleasure and pain for other persons.This definition also has problem (e.g.,how do we deal with empathetic pleasure?),but it comes close to everyday commonsense definition of altruism.It includes economic gain among the selfish motives but does not restrict selfishness to it alone.


・MULLIGAN.C.B./PHILIPSON.T.J.
・MERIT MOTIVES AND GOVERNMENT INTERVENTION:PUBLIC FINANCE IN REVERSE
・NATIONAL BUREAU OF ECONOMIC RESEARCH,WORKING PAPER 7698
・MULLIGAN.C.B.,PHILIPSON.T.J.,HARBERGER.A.C.,
・MERIT GOOD MOTIVE VS.PURE REDISTRIBUTIVE MOTIVE(1),ALTRUISM(5),INFORMATION INDUCED PATERNALISM(38),ENDOGENOUS ALTRUISM(39),SAMARITAN'S DILLEMMA(44),
・1.WE argue that merit motives may induce the reverse tradeoff between redistribution and efficiency than dictated by classic public finance.
4.Harberger(1984) integrates merit motives into cost-benefit analusis.
50.Paternalistic economy simply reduces to a Merit Good economy with altruistic motives only.


・FITZPATRICK.W.J.
・REASONS,VALUE,AND PARTICULAR AGENTS:NORMATIVE RELEVANCE WITHOUT MOTIVATIONAL INTERNALISM
・MIND,VOL.113,2004.
・FITZPATRICK.W.J.,BRINK,COHEN.R.,DARWALL.S.,FOOT,GIBBARD.A.,HURSTHOUSE.R.,KORSGAARD.C.,MCDOWELL,PARFIT,QUINN.W.,RORTY.A.,SCANLON.T.M.,SMITH.M.,WILLIAMS,
・NORMATIVE RELEVANCE WITHOUT MOTIVATIONAL INTERNALISM,NEO-HUMEAN,NEO-KANTIAN,REALIST EXTERNALISM=○,NORMATIVITY,
・285.「規範性に対する新ヒューム的アプローチ[Williams]と新カント的アプローチ[Korsgaard]の両方とも、行為への理由を潜在的動機づけに結びつける内在主義的テーゼを採用している。....規範的理由の本性に関するウィリアムズとマクダウエルとの最近の論争に主として焦点を合せながら、私は、適切に理解されるなら価値に基づく外在主義的理論が、特定の行為者に対して理由がもつ規範的有意性を説明できる、ことを示す。....理由に関する実在論的外在主義が、新ヒューム主義・新カント主義双方にとって、多くの人がそうだと見ているよりももっとviableで魅力的な対案であることが分かる。」
286.n1.:「この意味での内在主義−−Korsgaard(1986)が呼ぶ(p.317)ところの「内在主義の要請」−−は他のかたちの諸内在主義と混同されてはならない。それはらは、道徳判断と動機づけとの、あるいは道徳義務と行為への理由との結合を主張する。....内在主義の多く諸形態についての有用な議論が、Darwall(1992)とBrink(1989)に見られるうる。」


・HARBERGER.A.C.
・BASIC NEEDS VERSUS DISTRIBUTIONAL WEIGHTS IN SOCIAL COST-BENEFIT ANALYSIS
・ECONOMIC DEVELOPMENT AND CULTURAL CHANGE,32-3,1984,pp.455-74.
・HARBERGER.A.C.,BOULDING.K.,BRENNAN.H.G.,MUSGRAVE.R.A.,
・MERIT MOTIVE,BASIC NEEDS VS.DISTRIBUTIONAL WEIGHTS IN COST-BENEFIT ANALYSIS,UTILITARIANISM,MARGINAL UTILITY,CHARITABLE ACTS,3 BASIC POSTULATES FOR APPLIED WELFARE ECONOMICS(456),
・AUS:FA4691,4:「H.(1984)は価値動機を費用-便益分析に統合している。」


・VPGLER.C.
・EASOPNABLY VICIOUS, HARVARD UP.2002,CL.47D.
・JP 2004.04.
・VOGLER.C.,AQUINAS,(THOMAS),ANSCOMBE,
・INSTRUMENTALIST THEORIES OF PRACTICA REASONING,MORAL PSYCHOLOGY,
・211.Aquinas's division of worldly goods into the useful,the pleasant,and the fitting.

●BRINK.D.O.
・MORAL MOTIVATION
・ETHICS,108-1,1997.
・BRINK.D.O.,SMITH.M.,DARWALL,AYER,GIBBARD.A.,GEACH.P.,STEVENSON,NAGEL,MCDOWELL,ANSCOMBE.E.,STOCKER.M.,FOOT,HART,WILLIAMS,HERMAN.B.,LEWIS.C.I.,KANT,
・MORAL MOTIVATION,NONCOGNITIVISM,RATIONALISM,EXTERNALISM,
・6.「1.道徳判断は信念を表わす。/2.道徳判断は動機づけを伴立entailする。/3.動機づけは欲求or賛成-態度を含む。/4.どんな信念とどんな欲求or賛成-態度の間にも必然的な関係はない。/....個人がどれに訴えるとしても、4主張の全てが真であることはできない。不整合を避けるために、我々は少なくとも一要素を拒否しなければならない。....非認知論者(例えばAyer,Stevenson,Hare,Gibbard)は(2)-(4)に訴え、(1)を拒否する。....或る認知論者(例えばFoot,私)は、(1)(3)(4)に訴え、(2)を拒否する。....この見解は、道徳的動機づけに関する外在主義と呼ばれうる。他の認知論者は、内在主義を受け容れる。彼らは(3)か(4)を拒否しなければならない。我々はこの見解を、道徳的動機づけに関する「合理主義」と呼びうる。或る合理主義者(たとえばNagel,McDowell)は、道徳義務の認知は、賛成-態度の便益なしに、内在的に動機づけ的でありうる、と考える。もう一つのかたちの合理主義は、道徳的動機づけは賛成-態度を要することを認めるが、7.規範的信念は当の行為へ向かう賛成-態度を伴立すると主張する。」


・BROAD.C.S.
・EGOISM AS A THEORY OF HUMAN MOTIVES
・HIBBERT JOURNAL,1949-50.
・BROAD.C.D.,
・EGOISM(利己主義)AS A THOERY OF HUMAN MOTIVES(動機),DESIRE(欲求)の諸種:SELF-PRESERVATION;ONE'S HAPPINESS;TO BE A SELF OF A CERTAIN KIND;SELF-RESPECT(自尊);TO GET AND TO KEEP PROPERTY;SELF-ASSERTIN;SELF-DISPLAY(自己提示・顕示),EGOISTIC MOTIVE-STIMULANTS,RELATIONSHIP,OTIVE(108),PSYCHOLOGICAL EGOISM<>COMMON-SENSE NOTIONS OF MORALITY(114),
・105.心理的利己主義、心理的快楽主義
105f.欲求の諸種:
DESIRE FOR:SELF-PRESERVATION;ONE'S HAPPINESS;TO BE A SELF OF A CERTAIN KIND;SELF-RESPECT;TO GET AND TO KEEP PRPPERTY;SELF-ASSERTIN;SELF-DISPLAY
,EGOISTIC MOTIVE-STIMULANTS,RELATIONSHIP,DESIRE:SELF-REGARDING(SELF-CONFINED;SELF-CENTRED);SELF-REFERENTIAL;OTHER REGARDING,SELF-REFERENTIAL OTEHR REGARDING MOTIVE(108),PSYCHOLOGICAL EGOISM<>COMMON-SENSE NOTIONS OF MORALITY(114)
106.「第一義的に他の事物や人に関わっている或る欲求は、そもそも存在しないかもしれない、あるいは、非常に弱いかもしれない、あるいはまた、違った形をとるかもしれない。これらの事物や人が自分自身とすでに或る関係にあるということが事実でなければ(if it were not for the fact that....)。私は、このような関係をegoistic motive-stimulantsと呼ぶ。」−−cf.


・BROAD.C.S.
・EGOISM AS A THEORY OF HUMAN MOTIVES
・HIBBERT JOURNAL,1949-50.
・BROAD.C.D.,
・心理的利己主義、他者−配慮的動機、常識的道徳COMON-SENSE MORALITY、
・107.「....を説明するのには、これらの他者−配慮的動機が<<必要>>であるとみなすことは理に適っている。....それが<<十分>>でもあるかどうかは、確実には決定できない。」
114.「心理的利己主義を受け容れるよう強いられているなら、....我々はこう言わなければならない。「それは、道徳性に関する常識的観念にとってより悪い」と、しかし、私が正しいなら、常識の道徳性は....少なくとも、心理的利己主義に基づく攻撃には免疫である。」


・COHEN.J./HAZELRIGG.L.E./POPE.W.
・DE-PARSONIZING WEBER:A CRITIQUE OF PARSONS'INTERPRETATION OF WEBER'S SOCIOLOGY
・AMERICAN SOCIOLOGICAL REVIEW,40-2,1975.
・COHEN.K.,HAZELRIGG.L.E.,POPE.W.,WEBER,PARSONS.T.,
・動機MOTIVE(236),利害(利益)INTEREST:MATERIAL;IDEAL(236),理想IDEA、
・236.In a famous passage from the essay to which Gerth and Mills assigned the title,"The Social Psychology of the World religions,"Weber(1946:280) summarized his position. He first observed that "not ideas",but material and ideal interest,directly govern men's conduct" (a sharp contrast to Parsons' interpretation,which held that Weber assigned priority to the value component),and then continued with the qualification that "very frequently the 'world images'that have been created by 'idea' have,like switchmen,determined the tracks along which action has been pushed by the dynamic of interest."*
邦訳57F.[M8110]


・COHEN.J./HAZELRIGG.L.E./POPE.W.
・DE-PARSONIZING WEBER:A CRITIQUE OF PARSONS'INTERPRETATION OF WEBER'S SOCIOLOGY
・AMERICAN SOCIOLOGICAL REVIEW,40-2,1975.
・COHEN.K.,HAZELRIGG.L.E.,POPE.W.,WEBER,PARSONS.T.,
・動機MOTIVE(236),利害(利益)INTEREST:MATERIAL;IDEAL(236),理想IDEA、
・* In short,ideas and interests are interdependent (see,e.g.,Weber 1946:277-8). It is this emphasis on mutual interaction and persistent tension between the two that is so characteristically (though not exclusively) Weberian.


・GLASGOW.W.D.
・BROAD ON PSYCHOLOGICAL EGOISM
・ETHICS 88-4,1978.
・GLASGOW.W.D.,BROAD,NOWELL-SMITH,BUTLER,
・PSYCHILOGICAL EGOISM,SECOND-ORDER MOTIVE,COOL SELF-LOVE,
・361.Broadの心理的利己主義論=例外的。これは ← 361.Butler's attack on psychological egoism constituted a powerful argument.
361.By abandoning this assumption[Bの],we can state the doctrine in a more adequate form -- a form which emphasizes the point that men ,although psychological egoists, are also rational beings,capable of acting on principle!
367......But egoist would also emphasize that overriding such components in authority,....,is the second-order principle of "cool self-love". A man could,for example,act generously on impluse,but insofar as he acts rationally he acts,and can only act,from the ulterior motive of self-interest. For the egoist,a man can,and indeed sometimes must,if he is rational,act on principle. Broad's account fails to bring this out.
368.To treat it[p.e.]as a conceptual truth is indeed to destroy it.


・LOEB.D.
・GENERALITY AND MORAL JUSTIFICATION
・PHILO.A.PHENOMENOLOGICAL RESEARCH,56-1.
・LOEB.D.,ARIST.,
・GENERALITY(一般性)、正当化要求への動機、単純な真理、基礎づけ主義:認識的;形而上学的、受容可能性F.、
・86ff.正当化要求の底にある動機:
86f.単純な真理:
87. 「「単純な真理」は自明を意味しない。単純な真理は形而上学的である。自明は認識論的である。」
88. 基礎づけ主義:1.epistemic;2.形而上学的:これによるなら「単純に真理である道徳原理は、<<規範的に>>基礎的である。道徳原理が認識的に基礎的であるかどうかは、別の問題である。」
88ff.動機:
89. 「正当化要求は、何らかの次元における一般性テーゼへのコミットに基礎をもっている。」
89.n11:acceptability foundationalism


・BECK.L.W.
・SIR DAVID ROSS ON DUTY AND PURPOSE IN KANT
・PHILO.A.PHENO.RESEARCH,16-1,1955.
・BECK.L.W.,ROSS,KANT,
・DUTY,PUPOSE,MOTIVE,GOOD,PRINCIPLE,
・99. 「従って、David卿は、K.は、善き行為を義務からなされた行為として記述されることと、目標をもって為された行為として記述されることとの間で選択するよう我々に要求している、と書き、「我々は目標からではなく原理から行為しなければならないと言うことによって、K.は誤っているはずである」(Kant's Ethical Theory:20,22)、と書く。『倫理学の基礎』においては、同じ区別が以下のように表現されている:「K.は....或る行為が善であるのは、唯一、それが動機からではなく、格律からなされたときである」と主張している。....これはK.が言っていることではない。....それに従えば、目標と原理との根本的な対立が存在することになるその一般の解釈を避けるために、100.原理と目標との共在が、指定される必要があるところである。」


・ADAMS.R.M.
・MOTIVE UTILITARIANISM
・JP.73,1976,pp.467-81.
・ADAMS.R.M.,BENTHAM,
・MOTIVE UTILITARIANISM(動機的功利主義),INTENTION(意図),EXPECTED CONSEQUENCE(期待される帰結),FORSEEN(予期される)、
・469.Bentham would presumably defend the evaluating of intentions by the utility of expected consequences of the intended act rather than utility of the intentions themselves in the same way that he defends a similar method of evaluating dispositions. That is,he would appeal to the assumption "that in the ordinary course of things the consequences of actions commonly turn out conformable to intentions"(Introduction,133),so that there is no practical difference between the utility of the intention and the utility of the expected consequences of the intended action.
−−「この想定は、我々の行為の短期的な帰結に関してはplausibleである。しかし、ここでも、それは、せいぜい、意図の効用性と期待された帰結との間の大雑把な等価を産み出すだけである。それは、我々の行為の長期的な帰結を予期する我々の能力に関しては、....楽観主義的である。」


・ADAMS.R.M.
・MOTIVE UTILITARIANISM
・JP.73,1976,pp.467-81.
・ADAMS.R.M.,SIDGEWICK,
・MOTIVE UTILITARIANISM(動機的功利主義)、動機づけ、功利原理、欲求、
・469.S.:「普遍的幸福は究極の<<標準>>であるという教説は、普遍的慈善は行為の唯一の正しいあるいは最良の<<動機>>であるということを含意すると理解されてはならない。というのは....一般的幸福は、人が純粋な普遍的博愛とは別の動機からしばしば行為するとき、より満足的に実現されるであろうということを経験が示すのなら、これらの他の動機が、功利原理に基づいて、利に適って選好されるべきである、というこは明らかであるからである。」
470.「したがって、私のここでの主要なテーマであるであろう理論は、動機づけの一パターンが他のものより道徳的により善いのは、前者が後者より以上の功利性を持つ限りにおいてである、というものである。この見解では、道徳的に完全な人は、最も有用な欲求をもつであろう....。彼or彼女は、人間存在にとって因果的に可能な動機づけのパターンの中で最も有用なものをもつであろう。この教説を<<動機的功利主義>>と呼ぼう。」


・ADAMS.R.M.
・MOTIVE UTILITARIANISM
・JP.73,1976,pp.467-81.
・ADAMS.R.M.,BENTHAM,
・MOTIVE UTILITARIANISM(動機的功利主義)個体主義的な動機的功利主義≠普遍主義的な動機的功利主義、功利性のテスト、功利主義:行為;規則、
・479.「個体主義的動機功利主義と普遍主義的動機功利主義との区別−−480.行為功利主義と規則功利主義の区別に類比的な。/B.にとっては、全体として、前者が、動機づけの道徳的価値に関してより少なく不満足な見解であるように見える。」
480.「B.の主要な努力は....は、功利性のテストの諸種類の動機への適用は結果をうまない、ということを示すことであった。うまないというのは、「どんな種類の行為をも産むということはないであろう以下なる種類の動機も散在しない」(Intoroduction,128)からである。[/]彼の議論は、動機の諸種類に関する非常に薄い記述に依拠している。/道徳教育のシステムの中でそれを命令するあるいは育成することの功利性が大きければ大きい程、或るタイプの動機はより善い、という教説は、普遍主義的な動機功利主義の別のヴァージョンであるように見えるかもしれないが、そもそも動機的功利主義の一形態ではない。というのは、そこでは、功利性のテストが適用されるのは、直接には、動機あるいは動機のタイプではなく、道徳教育のシステムにであるからである。」


・MERCER.M.
・PSYCHOLOGICAL EGOISM AND ITS CRITICS
・SOUTHERN JOURNAL OF PHILO,36-4,1998.pp.557-576.
・MERCER.M.,BROAD,FEINBERG.J.,BOND.E.J.,HOSPERS.J.,RACHELS.J.,SLOTE.M.A.,
・PSYCHOLOGICAL EGOISM:WEAK=O;STRONG=X(575),SELF-REGARDING,TAUTOLOGY,PLEASURE,MOTIVATION,DESIRE,SELFISH,UNFALSIFIABLE,UNEMPIRICAL,REASON,INTENTION,PREDICTION,
・AUS:PHILO.INDEX:I criticize five popular objections to psychological egoism,including both the objection that taking satisfaction in helping another shows that one's end really was to help that other and the objection psychological egoism is unfalsfiable.
575.「例えば、心理的利己主義の強いテーゼにおける「或る自己顧慮的目標を実現するために」という語句を「或る自己顧慮的目標の実現を目標として」に置き換えることによって、行為の源についての異なった説明を構成できるあると想定せよ。....利己主義の一ヴァージョンのこのテーゼは、恐らく弱い心理的利己主義として最良に記述される。」


・SAYWARD.C.
・W.D.ROSS ON ACTING FROM MOTIVES
・THE JOURNAL OF VALUE INAUIRY,22,1988,pp.299-306.
・SAYWARD.C.,ROSS,MOORE,DAHL.N.O.,
・ACTING FROM MOTIVES,DUTY,LOVE,CHARACTER,DISPOSITION,
・AUS:ROSS,THE RIGHT A.THE GOOD
299. To say we ought to act from love is....But it is surely clear that neither opinion nor desire is under our immediate control. It cannot be my duty to think that a certain act would have certain character because I cannot by choice produce any other opinion.
300. There are other construals of 'Love thy neighbor as thyself' under which the directive makes sense even if Rpss is correct. It might be construed as a principle of moral worth rather than a principle of right action. That is,we might construe it as a directive to develop certain behavioral dispositions,to be a certain type of person.
306. Ross's argument shows that no person has a duty to act from a certain motive.


・HOFFMAN.R.
・INTENTION,DOUBLE EFFECT,AND SINGLE RESULT
・PHILO.A.PHENO.RESEARCH,44-3,1984.
・HOFFMAN.R.,ANSCOMBE,
・INTENTION(意図)≠MOTIVE(動機)、DOUBLE EFFECT(二重結果)、
・389.To understand how to apply the PDE[Principle of Double Effect],we need to distingusih motive from intention.
389.「そのoccurrentな意味においては動機とは、行為することへの前向き的理由、すなわち、特定の結果を、行為者に、それを結果するよう欲求させるに十分なほど魅力的にする心状態である。そのdispositionalな意味においては動機とは、特定の種類の状況において、別のではなく或る仕方で行為するpropensityである。[/]意図の標準的観念は、....である。こう見るなら、意図はしばしば、occurrentな動機と同一視される。しかし、意図を見るもう一つの仕方がある。それによれば、意図は、行為への内的な心的先行者というより、一種の行為である。この見方では、意図は、特定の記述のもとで行為に帰属させられた性格である。....したがって、意図は前向き的心状態でも心的傾性でもないので、それは動機ではありえない。」


・RHONHEIMER.M.
・INTENTIONAL ACTIONS AND THE MEANING OF OBJECT:A REPLY TO RICHARD MCCORMICK
・THE THOMIST 59-2,1995.
・RHONHEIMER.M.>MCCORMICK.R.>R.,THOMAS,
・意図、動機的な副次的特徴、更なる意図、選択、基礎的な意図、意図のSHAPING、
・299.7名の無垢な者を殺して大勢を救うPaul Touvier について:「彼の行為を適切に記述するためには、人はpurposeあるいは意図=「彼らを死なせることを望む」を含まなければならぬ(たとえ彼がそれをregretするであろうとしても、それは単に動機的なside-featureにすぎず、彼の行為のまさにその意図ではない。)Touvierは明らかに、その7名が殺されることを<<望んだ>>のであり、彼は、何らかのそれ以上の者の利益のために、彼らの死を選択したのである。」
300.「それゆえ人は、行動の種類の具体的な選択を、更なる意図から独立にwrongあるいはevilとして記述できる。このような記述は、しかし、常に、基礎的な意図を<<含む>>。それは、それ自身、それなしには、理性によって形成されていかなる意図も存在に入らない所の所与の倫理的に重要なコンテクストを前提する。」
303.N T:「意図のshapingは、<<あなたが成していること>>、このケースでは、攻撃を止めるためにあなたが使用する暴力の量<<に>>依存する。」


・DEDEK.J.F.
・INTRINSICALLY EVIL ACTS:AN HISTORICAL STUDY OF THE MIND OF ST.THOMAS
・THE THOMIST 43,1979.
・DEDEK.J.F.,THOMAS,PETER OF POITIERS,PHILIP THE CHANCELLOR,
・INTRINSICALLY EVIL ACTS(内在的に邪悪な行為)、聖書、息子の殺害、自然法、十戒、質料的意味;形相的意味、意志、動機、FORNICATION、
・388FF.N PETER OF POITIERS:
389.聖書から。神はアブラハムに子の殺害を命じる。 → 神の命令で行ったのだから、その殺害=善。 「Peterが与える理由は端的に、神は全ての法の上にいるということであり、人はいななる法の以前にLawgiverに従わなければならないのである。/このことは、神は自然法に反した行為を命じうることを意味するのであろうか。Peterが答えるには、十戒における自然法指令は、質料的意味ではなく形相的意味で理解されるべきである。..../それゆえP.は結論する。アブラハムは、自分の無垢な息子を殺すことを意志する点で罪があるのではない。なぜなら、彼は憎しみによって動機づけられているのではなく、神に従う欲求によって動機づけられているからである、と。」
392.N Philip the Chancellor:「神は人に、売春婦と性関係をもつことを命じうるが、fornicateすることを命じうるのではない。なぜなら、fornicationは、その行為がex libidineになされることを意味するからである。」


・SOBER.E./WILSON.D.S.
・UNTO OTHERS:THE EVOLUTION AND PSYCHOLOGY OF UNSELFISH BEHAVIOR, HARVARD UP.1998.PB.19.95D.
・TREE 13-11,1998.
・SOBER.E.,WILSON.D.S.,
・EGOISM A.ALTRUISM,3 THEORIES ON HUMAN MOTIVATION(CHAP7):HEDONISM;EGOISM;ALTRUISM,GROUP SELECTION,
・467.Iver Mysterud:Sober and Wilson suggest that hedonism is a bizarre proximate mechanism for creatures like ourselves, whereas motivational pluralism has a higher degree of evolutionary plausibility.


・CRISP.R.
・PARTICULARIZING PARTICULARISM
・HOKKER.B./LITTLE.M.EDS.,MORAL PARTICULARISM,2000
・CRISP.R.>DANCY.J.,
・特殊主義・個別主義(PARTICULARISM)、普遍化可能、動機づけに関する特殊主義、理由:説明する≠正当化する、
・* 人が状況を見ているその仕方を、その状況の道徳的に有意的な特徴の説明の一部として含めることには、何か奇妙なものがあるように思われる。....普遍化可能性に反対する議論において用いられているケースに関して目立つものは、各行為に賛成・反対する考慮点の最終のバランスである。行為者の道徳的性向が道徳的に重要な状況の一部分であることを許すことを避けたいのであれば、我々は、これらのケースにおいて考慮点は事実、等しくバランスされ、Vereは事実いずれの道を行くことも許される、と主張してもいい。」
42.「理由に関する特殊主義は、普遍化可能性テーゼの偽を含意する。たとえそれが実践的には重要でないとしても、このテーゼはplausibleであるように思えるので、特殊主義に反対するさらなる議論を我々はここにもっている。」


・JENSEN.H.
・KANT AND MORAL INTEGRITY
・PHILOSOPHICAL STUDIES 57,1989,193-205.
・JENSEN.H.,KANT,SCHOPENHAUER,WILLIAMS,HERMAN.B.,GREGOR.M.,(ABIKO:SEE ROSS),
・DUTY TO ONESELF,MORAL INTEGRITY,HUMANITY,LOVE,COMPASSION,SENSE OF DUTY,HIGER ORDER MOTIVE OF DUTY,WANTON,
・195. ....In the latter case,however,the motive of duty must be seen to function as a higher order motive which directs us to perform a morally permissible act from an emotion-based motive. The stronger conclusion,not drawn by Herman,is absolutely crucial importance since it indicates the presence of stronger connections between the 196.notions of integrity and morality than those described by Herman herself.
203. the right actions performed out of love or compassion to which we give preference are morally permissible and in accordance with the moral law.
203. it is both rational and morally desirable that we should prefer an emotion-based morally permissible action to the same action done solely from duty.

・LENMAN.J.
・CONSEQUENTIALISM AND CLUELESSNESS
・PHILOSOPHY AND PUBLIC AFFAIRS,29-4,2000.
・LENMAN.J.,KAGAN.S.,FRAZIER.R.L.,HOWARD-SNYDER.F.,MILLER.D.,HOOKER.R.,PALMER.D.E.,GLEICK.J.,MOORE,SMART.J.J.C.,SNGER.M.G.,NORCROSS.A.,RAILTON.P.,JACKSON.F.,SCANLON,PETTIT.P.,WILLIAMS,SCANLON,/HITLER,
・CONSEQUENTIALISM,CLUELESSNESS,TU QUOQUE,INTEGRITY,RIGHT:SUBJECTIVE;OBJECTIVE(SCHEFFLER)(359),MOTIVATION,PROMOTION;HONOURING OF VALUES,
・365. how ill-placed we are to offer a sonsequentialist....motivation for taking this cure.(Perhaps there is an impure consequentialist motivation.....)
366. an influential distinction introduced by Philip Pettit as shift in emphasis from the promotion to the honouring of values23.
366.n23: See Pettit's "Consequentialism" in A Companion to Ethics,ed.Peter Singer 1991,pp.230-40.


・ROSS.W.D.
・THE NATURE OF MORALLY GOOD ACTION
・PROCEEDINGS OF THE ARIST.SOCIETY 29,1928-9.
・ROSS,
・道徳的に善い行為(MORALLY GOOD ACTION)≠正(THE RIGHT)、動機(MOTIVE)、ACTION≠ACT、帰結、世界における善、
・251. The notion of the morally good must be sharply distinguished from that of the right. It is only the doing of certain things,irrespective of the motive from which they are done,that is right.....A right act,merely as such,has no value in itself,the world is a better place for its occurrence if it has been done from a good motive,....The right act no doubt usually produces consequences that are good in themselves,....;but that does not make the right act good in itself.....A morally good action,on the other hand,whatever be its consequences,is good in itself;the sum of good in the world has been increased by its occurrence.....


・ROSS.W.D.
・THE NATURE OF MORALLY GOOD ACTION
・PROCEEDINGS OF THE ARIST.SOCIETY 29,1928-9.
・ROSS,
・道徳的に善い行為(MORALLY GOOD ACTION)≠正(THE RIGHT)、動機(MOTIVE)、二タイプの理論、愛と義務の感覚、
・251. The theories that stress the thing done and those that stress the motive from which it is done are both in a sense justified,for both "the right act" and "the morally good action" are notions of the first importance in ethics;but the two types of theory have been at cross-purposes,because they have failed to notice that they are talking about different things.
253. It seems clear that since the sense of duty is recognized as the higher motive when the two are in conflict,it is still the higher when they[love and sense of duty] are in agreement.
254. We might (rather artificially,but conveniently) call the action from sense of duty a morally good and the action from love an ethically good action. But,on the whole,I prefer to use "morally good" to include both.


・D'ARMS.J./JACOBSON.S.
・SENSIBILITY THEORY AND PROJECTIVISM
・THE OXFORD HANDBOOK OF ETHICAL THEORY,ED.BY COPP,2006.
・D'ARMS.J.,JACOBSON.D.,MCDOWELL,ARIST.,
・感受性理論(SENSIBILITY THEORY)、徳、道徳心理学、
・210. Indeed,some authentically Aristotelian virtues strike modern readers,including McDowell himself,as dubious.40.
n40: "I am unabashed about abstracting from Aristotle's substantive ethical views," he writes,since "it seems obvious that if anything in Aristotle's ethics can still live for us,it is his moral psychology,as a potential frame for a more coginial list of virtues"(1996,p.195n.)


・LENMAN.J.
・CONSEQUENTIALISM AND CLUELESSNESS
・PHILOSOPHY AND PUBLIC AFFAIRS,29-4,2000.
・LENMAN.J.,PETTIT.P.,
・帰結主義(CONSEQUENTIALISM)、動機づけ、価値の促進≠尊重(PROMOTION;HONOURING OF VALUES)、
・365. how ill-placed we are to offer a sonsequentialist....motivation for taking this cure.(Perhaps there is an impure consequentialist motivation.....)
366. an influential distinction introduced by Philip Pettit as shift in emphasis from the promotion to the honouring of values23.*
366.n23: See Pettit's "Consequentialism" in A Companion to Ethics,ed.Peter Singer 1991,pp.230-40.[ありI]


・MARKELL.P.
・MAKING AFFECT STATE SAFE FOR DEMOCRACY? ON "CONSTITUTIONAL PATRIOTISM"
・POLITICAL THEORY,28-1,2000,pp.38-63.
・MARKELL.P.,HAB.,
・憲法愛国主義(CONSTITUTIONAL PATRIOTISM)、自由民主主義、文化、>意味の創造による社会統合、道徳性、動機づける力、
・AUS:PHILO.INDEX(PATRIOTISM-HAB.)
39.The project of making affect safe for liberal democracy, I claime, dounders on the troubling fact that even the reproduction of civic affect proceeds by tying citizens to historical institutions and concrete cultures....
43.Hab.> social integration through the creation of meaning
47. the incapability of practical reason alone to motivate moral action,a gap that only a system of legal sanction fill. In modernity,Habermas argues,morality has become detached from the "customary oractices" that once gave it a strong motivating force. As mere knowledge,however,morality possesses only the "weak motivating force of good reason"(pp.113-4) *


・MARKELL.P.
・MAKING AFFECT STATE SAFE FOR DEMOCRACY? ON "CONSTITUTIONAL PATRIOTISM"
・POLITICAL THEORY,28-1,2000,pp.38-63.
・MARKELL.P.,HAB.,
・憲法愛国主義(CONSTITUTIONAL PATRIOTISM)、道徳性、動機づける力、道徳の内面化、制裁(サンクション)、自己利益、「自己」の拡大:「我々」、
・* The internalization of morality in the form of conscience can help compensate for this weakness,but the reproduction of conscience is itself notoriously unreliable. Thus Habermas concludes, / 48.....an institutionalized legal system that supplements postconventional morality in a manner effective for action.(p.114,emphasis added).
49. While positive law fills in the motivational deficits of practical reason by imposing effective sanctions that appeal to self-interest,the production of identifications fills in these same deficits in a different way:by brodening the reference of the "self" in "self-interest" to include the members,institutions,and practices of a community that we come to regard as ours,or even as "us"41


・MARKELL.P.
・MAKING AFFECT STATE SAFE FOR DEMOCRACY? ON "CONSTITUTIONAL PATRIOTISM"
・POLITICAL THEORY,28-1,2000,pp.38-63.
・MARKELL.P.,HAB.,
・憲法愛国主義(CONSTITUTIONAL PATRIOTISM):当初≠後、動機づける力、同一化、アイデンティティ、
・n41: On this,see Tamir,Liberal Nationalism,chap.5.
51. As we saw earlier,Habermas's original images of constitutional patriotism posited the possibility of reproducing identification with and loyalty to abstract normative principles independently of any identification with particular national or historical communities.....Yet Habermas's own reflection about the interdependence of facticity and validity suggest that this kind of attachment to pure principle is impossible;the norms "behind" a constitution can become objects of identification and loyalty only via an admixture or particularity.50
n 50: ...."The system of rights does not exist in transcendental purity" (Between Facts and Norms,129)


・MARKELL.P.
・MAKING AFFECT STATE SAFE FOR DEMOCRACY? ON "CONSTITUTIONAL PATRIOTISM"
・POLITICAL THEORY,28-1,2000,pp.38-63.
・MARKELL.P.,HAB.,
・憲法愛国主義(CONSTITUTIONAL PATRIOTISM)、道徳性、動機づける力、「共有された政治文化」、愛着・感情、民主制、
・51. His Sonnig Prize speech,for example,glosses constitutional patriotism not as loyalty to universal principle but rather as attachment to "the political order and the principles of the Basic Law",that is,to a set of particular institutions and a historical constitution.51
n 51: Hab.,"Historical Consciousness and Post-Traditional Identity",262.
51. Habermas simply refers to a "shared political culture" as the supplement of particularity that abstract principles require if they are to become objects of attachment and affect.54
n54: "The Limits of Neo-Historicism",499-50.
52. このHab.のimpulse to make affect safe for democracy < 筆者。


・MARKELL.P.
・MAKING AFFECT STATE SAFE FOR DEMOCRACY? ON "CONSTITUTIONAL PATRIOTISM"
・POLITICAL THEORY,28-1,2000,pp.38-63.
・MARKELL.P.,HAB.,
・憲法愛国主義(CONSTITUTIONAL PATRIOTISM)、道徳性、動機づける力、アイデンティティ、想像の共同体(54)、別の感情、
・55. Rather than only allowing our relation to the central imaginary object to guide our relations to individual others,might we sometimes also allow love,sympathy,indebtedness,or gratitude toward particular others to generate new and different affects toward the state....? Affects,perhaps,such as fear,anger,and shame? / These possibilities are exemplified by some of Habermas's recent interventions into German political discourse.
57. Hab.も:For Habermas....the demonstration were important not because they expressed an identity but rather because they resisted an identification,that is,because they refuses the claim of the state to be a true or an adequate instantiation of the will of the German people.


・HOLLEY.D.M.
・IS GOD A UTILITARIAN?
・RELIGIOUS STUDIES 29,1993,pp.27-45.
・HOLLEY.D.M.,MILL,HARE,NAGEL,BUTLER,ADAMS.R.,JOHNSON.C.,SMART.J.J.C.,BERGER.F.,GRIFFIN.J.,SCHLESSINGER.G.,SLOTE.M.,CHANDLER.J.,SLOTE.M.,CHANDLER.J.,SEN,WILLIAMS,FOOT,KANT,
・IS GOD A UTILITARINA?,JUDEO-CHRISTIAN THEOLOGY,GOD JUDGMENT,BENEVOLENCE A.HAPPINESS,UTILITARIAN ENDS A.THE GOOD OF ALL,IS GOD A CONSEQUENTIALIST?,MOTIVATION,TWO-LEVEL THEORY,RATIONALLY CONSTRUCTED BENEVOLENCE,
・AUS:FA5203:SEE p.39.
30. The insight that utilitarian theory,even if it functioned as an ultimate justification of rightness,would be far from adequate at the level of motivation of the individual agent is widely acknowledged in contemporary discussions of utilitarinaism.
39. We call the latter[a concern to produce an aggregate benefit] benevolent,but it is a kind of rationally constructed benevolence which has lost touch with its roots.


・AUDI.R.
・ACTING FROM VIRTUE
・MIND 104-415,1995.
・AUDI.R.,ARIST.,KANT,ROSS,HUME,
・徳から行為すること(ACTING FROM VIRTUE)、実践的知恵=高次の徳、繁栄、徳倫理:カント主義と両立、有徳的動機、
・465. ad Ross、葛藤:Practical wisdom is not a specifically moral virtue but a higher order one applicable to reflections and decisions concerning moral and other kinds of virtues.
467. the virtuous agent aims at targets appropriate to human flourishing and acts so as to hit a mean between excess and deficiency.
467. This kind of virtue ethics is consistent with Kantianism and with other views commonly contrasted with virtue ethics when latter is construed as embodying a theory of moral obligation.23
467.n23: Hume: all virtuous actions derive their merit only from virtuous motives,...


・DUNCAN.B.
・MODELING CHARITABLE CONTRIBUTIONS OF TIME AND MONEY
・JOURNAL OF PUBLIC ECONOMICS,72,1999.pp.213-242.
・DUNCAN.B.,
・CHARITABLE CONTRIBUTION,(PURE ALTRUISM),PUBLIC GOODS,貢献への動機づけ、
・AUS:FA5595(E.Schokkaert),p.23.: While most of the empirical work on crowding-out has rejected the hypothesis of "pure altruism",this is only an indirect test of the motivational structure. As shown by Duncan(1999),the interpretation of this indirect evidence on motive may be ambiguous.
214. In the public goods model,a desire toincrease the public good motivates contributors to give,and thus,a charitable gift is only meaningfulif it increase the supply of the public good. In the private consumption model,the act of giving itself motivates contributors to give,and thus,a charitable gift is always meaningful.


・LOCKE.D.
・ABSOLUTISM V CONSEQUENTIALISM:NO CONTENT
・ANALYSIS,41,1981.
・LOCKE.D.,
・絶対主義vs帰結主義(ABSOLITISM VS.CONSEQUENTIALISM)< 、内在主義(INTRINSICALISM)、状況主義(SITUATIONALISM)、
・101. The obvious contrast with Consequentialism is not Absolutism but 'Intrinsicalism',the theory that (at least some) actions have a moral value because of their intrinsic nature,and not just because of their consequences,....a theory which judged actions by the motives with which they were done wolud be neither Intrinsicalist nor Consequentialist,though no doubt the reference to motives wolud in turn involves a reference to the supposed nature or consequences of the 102.intended action. The obvious alternative to Absolutism is Relativism,....I will prefer the clumsier 'Situationalism',the theory that the moral value of actions depends on,and can vary with,the situation.


・LOCKE.D.
・ABSOLUTISM V CONSEQUENTIALISM:NO CONTENT
・ANALYSIS,41,1981.
・LOCKE.D.,ANSCOMBE,NAGEL,
・絶対主義vs帰結主義(ABSOLITISM VS.CONSEQUENTIALISM)< 、内在主義(INTRINSICALISM)、伝統的倫理、キリスト教、N:DOING>HAPPEN、
・102.A.:ヘブライ−キリスト教倫理 > 帰結主義。 < Not unnaturally this alternative has since become known as Absolutism,but as Anscombe describes it,it is in fact a combination of Intrinsicalism and Intrinsicalism,and,I suspect,the latter is more characteristic of traditional European ethics than the former. The two are more carefully separated in Peter Geach's 'The Moral Law and the Law of God'(God and the Soul,Chap.9,espec.pp.119-20),....
102. So we find Thomas Nagel for example,distinguishing between Utilitarianism,which 'gives primacy to a concern with what will happen',and Absoltism,which (gives primacy to concern with what one is doing'(Mortal Questions,p.54). But the later,surely,is Intrinsicalism rather than Absolutism,....


・LOCKE.D.
・ABSOLUTISM V CONSEQUENTIALISM:NO CONTENT
・ANALYSIS,41,1981.
・LOCKE.D.,BROAD,BENTHAM,>FRANKENA,SIDGWICK,
・絶対主義vs帰結主義(ABSOLITISM VS.CONSEQUENTIALISM)< 、内在主義(INTRINSICALISM)、義務論VS.義務論、直覚主義、動機、
・103. However,this conflation of Absolutism and Intrinsicalism might also be traced back to the earlier terminology of Deontological and Teleological ethics. So far as I can discover this contrast was introduced into philosophy by C.D.Broad,in an attempt to avoid an ambiguity in Sidgwick's use of 'Intuitionism'. Certainly that arch-Teleological Bentham....was so innocent of it that he actually titled one work Deontolgy,defining the crucial term as 'the science by which happiness is created out of motives extralegislational'(I,ii,28).
103. n Frankena:... < But this not how Broad himself introduced the distinction.*


・LOCKE.D.
・ABSOLUTISM V CONSEQUENTIALISM:NO CONTENT
・ANALYSIS,41,1981.
・LOCKE.D.,BROAD,ROSS,
・絶対主義vs帰結主義(ABSOLITISM VS.CONSEQUENTIALISM)< 、内在主義(INTRINSICALISM)、義務論VS.義務論、B.→(ROSS≠義務論)、
・* Instead he[Broad] first identifies the crucial question as 'whether some types of action are intrinsically right or wrong or whether the rightness or wrongness of actions always depends on their conduciveness to certain ends',which seems to be the distinction between Intrinsicalism and Consequentialism. But Depntolgical theories are then presented as Absolutist in form,holding 'that there are ethical propositions of the form:"Such and such circumstances,no matter what its consequences might be"(Five Types of Ethical Theory,p.206). Whether Teleological theories are also Absolutist,in Broad's opinion,is not made clear. But we think,once again,of W.D.Ross,the paradigm Deontologist in the eyes of many(though Ross himself seems not to use the term),yet by Broad's definition not a Deontologist at all!

●BROAD.C.D.
・THE DOCTRINE OF CONSEQUENCES IN ETHICS
・INTERNATIONAL JOURNAL OF ETHICS,24,1913,pp.293-320.
・BROAD,MOORE,RUSSELL,KANT,
・CONSEQUENCE:ACTUAL;PROBABLE(293),RIGHTNESS OF ACT,MOTIVE,INTRINSIC GOODNESS(294),PRINCIPLE OF ORGANIC UNITIES(295),RIGHT:OBJECTIVE;SUBJECTIVE,3 MEANINGS OF OUGHT(297),TOTAL STATE OF THE UNIVERSE,
・AUS:FA5974
295. As some good consequences are certainly states of mind,we shall be inclined to suppose that the states 296.of mind that result in consequences may also have intrinsic value;....
316. The total state of the universe may be much better if I do an action which will have very bad effects from a sense of duty,than if I do an alternative which will have much better effects from a desire to give pain.
317. Thus,motives actually enter into objective rightness on our definition,as I think they do for common sense.
318. Kant <「人々が幸福であるのを見るのを好むので親切であることは、そうするのが正しいと判断するので親切であることよりも、よりよい。」


・JOHANSSON-STENMAN.O.
・THE IMPORTANCE OF ETHICS IN ENVIRONMENTAL ECONOMICS WITH A FOCUS ON EXISTENCE VALUES
・ENVIRONMENTAL AND RESOURCE ECONOMICS,11,1998.
・JOHANSSON-STENMAN.O.,EDWARDS.S.F.,JOHANSSON.O.,KENNET.D.A.,BROOKSHIRE,MITCHELL,CARSON,ALDRED.J.,
・利他主義:純粋(PURE);パターナリスティック(PATERNALISTIC);不純(IMPURE);真正(GENUINE)(432),仮想評価(CONTINGENT VALUATION)、存在価値=非使用価値、二重計算(433)、倫理的に動機づけられた≠選好に基づく、個人的効用最大化、
・430.他者への支払意思の<<動機>>。
432ff.存在価値とCBAにおける非使用価値への様々な動機づけ:
434.「Edwards(1986,1992)とJohansson(1997a)は、Kennet(1980)に従って、他者の効用によってのみ動機づけられる行為を性格づけるのに<<真正>>利他主義の観念を用いた。」
435.初期には例外的にBrookshire et al.(1986)が、「倫理的に動機づけられた回答と選好に基づく回答とが[それぞれ]指し示すものの間の区別を行なった。」
435.<Mitchell/Carson(1989):「人々は、物質的な見返りを期待することなく他者を助けることから効用を得る」/「内化された規範の満足から効用を得る。」
435.M./C.<筆者:as noted Aldred(1994),the problem with the view of M.and C.is that 彼らは、個人的効用の最大化が全ストーリーであって、<<他の>>動機づけは存在しない、と考えているように思える。


・NORTON.B.G.
・A REPLY TO MY CRITICS
・J.OF AGRICULTURAL AND ENVIRONMENTAL ETHICS,20,2007.
・NORTON.N.B.,>PASSMORE,WELCHMAN.J.,
・持続可能性(SUSTAINABILITY),プラグマティズム、収斂(一致)仮説、行為・選択>動機、
・391. convergence hypothesis....I do not invoke it in Sustainability,because.....the problem of convergence and divergence arises from vestiges of dualistic,Cartesian conceptualization.
391.P.はプラグマティスと見られる場合もあるが(cf.390:Welchman.J.)、なお二元論に立つ。「パスモガが本当にプラグマティストであるのなら、動機よりも行為・選択により注意を払うであろう。」
392. The system of problem formulation,analysis,and goal-setting that I propose is (a) multi-scalar model--it pays attention to short-term economic cuncerns--within a multi-scalar model that takes into account short-term,economic,long-term ecosystematic,and global impacts of decisions,and it is (b) "adaptive"--I adovocate learning by doing--in the present.


・MCSHANE.K.
・ANTHROPOCENTRISM VS.NONANTHROPOCENTRISM:WHY SHOULD WE CARE
・ENVIRONMENTAL VALUES,,16-2,2007.
・SHANE.K.>NORTON.B.G.,MUIR.J.,LOPEZ.B.,LEOPOLD(178),
・人間中心主義VS.非人間中心主義(NONANTHROPCENTRISM,CARE)、(収斂仮説)、感情に関する規範、情動(EMOTION)は認知的要素をもつ、自己利害、愛、AGAPE、情緒的絆、動機、態度(178)、
・176. 収斂仮説 < If I think that your only value is what you can do for me,I might be able to act as though I love you if I judge it in my self-interest to do so. But it(s not at all clear that I can actually love you,for loving you requires me to see you as having a value that is indeoendent of me. The problem here is that because many emotions have a cognitivr element,norms for feeling are more tightly connected to beliefs about value than norms for action are.
178. Barry Lopez refers to 'a kind of love - agape - between me and the place',....In fact,this love of the lanf is cited by many prominent environmentalists (e.g.,J.Muir,....) as what motivated them to become activists in the first place. These people aren't just describing a heightened state of enjyoment when they talk about love,as one might be when saying that one love chocolate. They are describing the kind of emotional bond....


・NORTON.B.G.
・CONVERGENCE,NONINSTRUMENTAL VALUE AND THE SEMANTICS OF 'LOVE(:COMMENT ON MCSHANE
・ENVIRONMENTAL VALUES,,17,2008.
・NORTON.B.G.>MCSHANE.K.>N.,>CALLICOTT.J.B.,
・人間中心主義、収斂仮説(収束仮説)(CONVERGENCE HYPOTHESIS)、>ディープ・エコロジー(動機的純粋性(6))、
・5. Her[McShane's] argument....is only works against strong anthropocentrism,which I never advovated.
6. In my work,I have tried to emphasise actions more than motives (N.1986;1991). When I began working on Toward Unity in 1985,Deep Ecologists such as Devall and Sessions(1985) had,by over-emphasising inward motives,distorted accounts of environmental values to the point of absurdity.
7.(道具的価値vs.内在的価値)<....デカルト的ドグマから来るものなり。


・STOCKS.J.L.
・MOTIVE
・MIND,20-77,1911.
・STOCKS.J.L.,HARDY.T.,SCHOPENHAUER,HOEFFDING,ARIST.,DEWEY,KANT,
・MOTIVE,CAUSALITY,
・56. 'A motive,'says Schopnehauer,'is causality seen from within.'


・MCKENNA.M.
・STATE OF THE ART (SUPPL.TO COMPATIBILISM)
・STANFORD ENC.OF PHILO.,2004.
・MCKENNA.M.,STRAWSON,FRANKFURT,DENNETT,BOK.H.,KANT,MELE,
・COMPATIBILISM,IDENTIFICATION WITHIN A HIERARCHICAL THEORY,MODERATE REASONS-RESPONSIVENESS,OWNERSHIP.DESIRE-BASED REASONS-RESPONSIVENESS THEORY,PRACTICAL STANDPOINT COMPATIBILISM,ACTION THEORY THEORY./MANIPULATION,EXTERNALISM;INTERNALISM(2),AGENCY(14),
・18/25. Bok≒Dennett。しかし、相違:Unlike D.,B.maintains that the relevant standpoint arises by distinguishing,in kantian fashion,between the practical and the theoretical points of view.
23. According to Mele,an agent can be both determined and exercise the actional resources to act with self-control.
19. Some looser notion of agential possibility might allow a compatibilist to say that all the possiblity that is needed for regulative control is something like epistemic possibility....


・BARILAN.Y.M.
・TWORDS A DIALOGUE BETWEEN UTILITARIANISM AND MEDICINE
・MEDICINE,HEALTH CARE AND PHILOSOPHY,7,2004.
・BARILAN.Y.M.,WILLIAMS,JACOB,
・功利主義(UTILITARIANISM)、ケア、愛、内的理由、動機、義務、アイデンティティ、医療、インセンティヴ、
・165.n Williams: Internal reasons supply a rational motivation for action on the basis of one's own life plan and well-being.....W.concludes that external reasons do not exist.
166. n Jacob....A link solely based on duty,one that fails to bear on motivation,identity,emotion and personal integrity,can hardly be called internal. Hence Jacob concludes (1988,pp.67-81) that the motivation to practice medicine lies within some sort of "irrational idealism",something closer to existential choice or religious mysticism.


・BARILAN.Y.M.
・TWORDS A DIALOGUE BETWEEN UTILITARIANISM AND MEDICINE
・MEDICINE,HEALTH CARE AND PHILOSOPHY,7,2004.
・BARILAN.Y.M.,HUME,BENTHAM,
・>功利主義(UTILITARIANISM)、正義への動機、
・166. From a utilitarian point of view,one wants the best level of care to be provided to every person (or sentient creature).....But this would be mere irrationality and self-deceit.
172.n12. n Hume: people have no intrinsic motivation to bring about justice.
Bentham was more concerned about the problem. He believed the principle of the "greatest happiness" was the only general principle that can motivate people to act upon (An intro....I,14,10,III). On the other hand,Bentham restorted to external incentives as well,stressing the power of laws to make comply with the laws of justice.


・SPASH.C.
・MULTIPLE VALUE EXPRESSION IN CONTINGENT VALUATION:ECONOMICS AND ETHICS
・ENVIRONMENTAL SCIENCE AND TECHNOLOGY,34,2000.pp.1433-8.
・SPASH.C.L.,ARROW,HAUSMAN.J.A.,WILLIS.K.,KNETSCH.J.L.,O'NEILL.J.,ROWE.R.,STEVENS.T.H.,LOCKWOOD.M.,HOLLAND.A.,CRAIG.P.P.,MITCHELL.R.C.,
・MULTIPLE VALUE EXPRESSION IN CV,NEOCLASSICAL UTILITY THEORY,MOTIVE,BST-BENEFIT ANALYSIS,THE NOAA REPORT,
・AUS:FA6080(NORTON/MINTEER)
1433. Policies and instruments based upon the application of neoclassical utility theory will then be neither optimal nor provide the socially desired outcome.
1438. This extends the concern over the values being derived by the use of CVM surveys from the misclassification of protest bidders,who may hold non-compensatory preferences,to the motives behind and the meanings of the positive bids.


・EASTWOOD.J.
・THE ROLE OF IDEAS IN WEBER'S THEORY OF INTEREST
・CRITICAL REVIEW,17-1・2,2005.
・EASTWOOD.J.,WEBER,
・利害(利益):物質的(客観的);理想的(理念的)、意味、動機づけ、「有意味な宇宙」、人間の基本的な欲求(必要・ニーズ)=意味、規範的、
・94. The standard view overlooks,among other things,the role that the need for "meaning" plays in causally motivating someone to go down one or another track.
94. W.:"meaningful cosmos"
94. a fundamental human need -- the need to live in a coherent,meaningful world -- that is clearly the prototypical case of an "interest" in Weber's sociology. This need,obviously,is not a material interest of the sort that animals have. It is an ideal one,of the sort that is distinctive to human beings.
95. the normative part of one's ideal interest -- one's stand -- is also ideational: a normatively charged redescription of the initially meaningless world image.


・EASTWOOD.J.
・THE ROLE OF IDEAS IN WEBER'S THEORY OF INTEREST
・CRITICAL REVIEW,17-1・2,2005.
・EASTWOOD.J.,WEBER,SWEDBERG.R.,
・利害(利益):物質的(客観的);理想的(理念的)、主観的に知覚された物質的利益、動機・習慣、人間本性、第二次元の利益、「身分」、文化によって規定された食の欲求、
・97. Even in situations where material self-interest is allegedly the source of the action in question,the actual cause of action must be one's perception of one's self-interest,ehich is an idea -- unless one thinks that our interests move us to act in a way that is not mediated by either motive or habit.....as Swedberg (2003b,16) outs it,for Weber "interests are always subjectively perceived; there exist no 'objective' interests beyond the individual actor."
98. 人間本性を否定するわけではない。
98. 利益:第一次元(order)の、第二次元の。
98. Included among second-order interests would be the constituents of individual and collective prestige,or in Weberian terms "status." So,too,for example,would be the desire to eat well according to the strandards of a particular culture,as opposed to the simple desire to eat.


・BADHWAR.N.K.
・WHY IT IS WRONG TO BE ALWAYS GUIDED BY THE BEST:CONSEQUENTIALISM AND FRIENDSHIP
・ETHICS,101,1991,pp.483-504.
・BADHWAR.N.K.,NEWTON-SMITH.W.H.,CICERO,WINKLER.E.R.,MILL,RAILTON.P.,SUMNER.L.W.,WILLIAMS,STOCKER.M.,WILCOX.W.H.,REGAN.T.,FRANKENA,RAWLS,SCHEFFLER.S.,SIDGWICK,HARE,PARFIT,PIPER.A.,NAGEL.T.,BENTHAM(485),KANT,
・>CONSEQUENTIALISM(UTILITARIANISM),END FRIENDSHIP,VALUE,BALANCE OF EMPATHY A.DISTANCE(484),IMPERSONALITY,JUSTIFICATION SEPARATE FROM MOTIVATION(486),SCHIZOPHRENIA(486),
・AUS:FB2248(badhwar ed.),p.30.
486. B.Williams regards the separation of justification from motivation as psychologically impossible,remarking in response to Hare that "one cannot separate,except by an imposed and illusory dissociation,the theorist in oneself from the self whose dispositions are being theorized" (Ethics and the Limits of Philosophy,p.110)


・FIELD.H.
・APRIORITY AS AN EVALUATIVE NOTION
・BOGHOSSIAN.P./PEACOCKE.C.EDS.,NEW ESSAYS ON THE APRIORI
・FIELD.H.,
・アプリオリ性、APRIORITY AS AN EVALUATIVE NOTION、>(外在主義/内在主義)(121)、「彼らの「最初の信頼可能性(CREDIBILITY)」=「私の'DEFAULT REASONABLENESS'」(122)、観察、証言、弱くアプリオリ、
・120. There is a familiar argument for the default reasonableness of certain methodologies,including deductive reasoning,inductive reasoning,forming beliefs as a 121.result of observation or testimony or memory-impression,and so forth.(Recal that if they are default reasonable then they are at least weakly a priori.)
122. What differentiates those which are reasonable (e.g.ours) from those which aren't? The natural answer is that our methods have a certain proto-reasonableness,independent of empirical evidence in their favour,that counter-deductive and counter-inductive methods lack.


・FIELD.H.
・APRIORITY AS AN EVALUATIVE NOTION
・BOGHOSSIAN.P./PEACOCKE.C.EDS.,NEW ESSAYS ON THE APRIORI
・FIELD.H.,
・アプリオリ性、APRIORITY AS AN EVALUATIVE NOTION、≠信頼可能性主義RELIABILISM、>(外在主義vs内在主義)、非-事実主義、
・138. I propose an alternative to reliabilism,more in line with 'non-factualist' views about normative discourse. The alternative is that reasonableness doesn't consist in reliability or anything else:it's not a 'factual property'. In calling a rule reasonable we are evaluating it,and al that makes sense to ask about is what we value.
138. 外在主義か内在主義か < この区別は誤った前提(reasonablenessのような認識論的特性は事実的である)の上に在る。


・BALDWIN.T.
・RAWLS AND MORAL PSYCHOLOGY
・INTERNET 2008/11/19ETSURANN
・BALDWIN.T.,RAWLS,ROGERS.B.,MACKIE,HONNETH,
・MORAL PSYCHOLOGY,TRANSFORMATIONS IN THE KINDS OF DESIRE(5),DESIRES:PRINCIPLE-DEPENDENT;CONCEPTION-DEPENDENT<>OBJECT-DEPENDENT(PL.pp.82ff)(6),MORAL IDEALS,FIENDSHIP,SENSE OF JUSTICE,
・6. for R.the final development of a sense of justice is accomplished as one identifies oneself as a member of a potentially well-ordered society in which can aspire to the ideal of citizenship.
8.n R: the collective good is just 'the public realisation of justice' which meets the requirement of providing a distributive form of self-fulfilment because 'the collective activity of justice is the pre-eminent form of human flourishing'(TJ,p.463).
9. Any rational conception of the good will bring with it a 'conception-based desire' to living in accordance with justice,at least in a well-ordered society.
11. a 'conception-dependent desire',a desire dependent on an 市民性の理想的概念,....


・RADCLIFFE.E.S.
・MORAL INTERNALISM AND MORAL COGNITIVISM IN HUME'S METAETHICS
・SYNTHESE 152-3.2006.
・RADCLIFFE.E.S.,HUME,
・道徳的内在主義(MORAL INTERNALISM),「在る種の義務の感覚(義務感)」(SENSE OF DUTY(357))による動機づけ=一種の自己利害的動機づけ、道徳的感覚、
・356ff.:1996年論稿のサマリー:
356. Hume:"When any virtuous motive or pronciple is common in human nature,a person,who feels his heart devoid of that principle,may hate himself upon 357.that account,and may perform the action without the motive,from a certain sense of duty,in order to acquire,that virtous principle,or at least to disguise to himself,as much as possible,his want of it"(T 3.2.1.8;SBN 479). ....it would make sense for Hume to think that motivation by "a certain sese of duty" is a species of self-interested motivation,so the externalist interpretation goes. / But I argue that there is very good reason to think that the self-hatred feeling to which Hume refers is a justifying feeling of the moral sense....


・KREBS.D.L.
・ALTRUISM AND EGOISM:A FALSE DICHOTOMY?
・PSYCHOLOGICAL INQUIRY,2-2,1991.
・KREBS.D.L.,OLINER.S.,>BATSON,
・ALTRUISM A.EGOISM:A FALSE DICHOTOMY?,ALTRUISTIC MOTIVATION,>PURE ALTRUISM(137),SELF-SACRIFICE,
・137. I would argue that no motive consists entirely of the goal of enhancing the welfare of another exclusive of concern about the welfare of the self; therefore,no motive is purely altruistic.


・RADCLIFFE.E.S.
・HOW DOES THE HUMEAN SENSE OF DUTY MOTIVATE?
・JOURNAL OF THE HISTORY OF PHILOSOPHY,XXX-1,1996.
・RADCLIFFE.E.S.,HUME,/HAYASHI.S.,
・SENSE OF DUTY,INTERNALISM,
・AUS:JA7244(林),p.99:「R.は、この[内在主義−間接情念]説に対して次のような批判を展開する。すなわち、愛や嫌悪に随伴する善意や怒りによって行為者が動機づけられると解釈することは確かに可能である。ところで、それらの動機は「<<他者の>>幸福や不幸を目指す欲求」である。だが、「<<他者>>」に向けられる欲求によって、我々はどのようにして「<<自分>>」の有徳な行為を動機づけられるのだろうか(20)、と。..../H:「その原理が自分の心に欠けていると感じる人は、そのために自分自身を<<嫌悪>>し、その動機を持たずとも、ある種の義務感から、その行為を遂行し....」/....R.は、これが間接情念としての「嫌悪」ではなく、より正確に言えば「自己完結、自己非難」の感覚であると解釈する。そして、「この自己否認の感覚こそが、道徳感情でありかつそれ自体で動機づける感情である」とし、....(21)。」
20:p.403 21:p.396-7.


・MCGEER.V.
・VATIETIES OF MORAL AGENCY:LESSONS FROM AUTISM (AND PSYCHOPATHY)
・MORAL PSYCHOLOGY,VOL.3,2008.
・MCGEER.V.,HUME,KANT,KENNETT.J.,BLAIR.J.,GRANDIN,ELLIOTT.C.,/ABIKO:KANT VS.BENTHAM,
・AUTISM,PSYCHOPATHY,THE ROOTS OF MORAL AGENCY,"STAR TREK"(MR.SPOCK)(232),EMPATHY,SYMPATHY,REVERENCE FOR REASON,THE EMERGENCE OF A SENSE OF DUTY(237),FANATISM(227),CONFLICT BETWEEN LOGIC A.EMOTION(232),ATTACHMENT(232),PSYCHOPATH<>ENLIGHTENED EGOIST,MOTIVATIONAL FORCE(237),A SENSE OF LIKE-ME-NESS(231),MAKE THE WORLD A BETTER PLACE(233),SENSE OF DUTY(237),
・234.Kennett:their[autisticな個人の]「道徳感情はヒューム的というよりカント的である。」
235.Elliott:"[W]hile the psychopath seems 心理学的に自我中心的,彼は開明的利己主義者のようではない。;...."
237. K.(2002,p.357):「或る考慮点は行為への理由を成すという考えによって直接に動かされることのできる諸個人だけが、良心的な道徳的行為者でありうる。」
246.While 「自閉症的個人は....なempathetic attunementに欠けているとは言えるが、秩序あり、....な種類の世界に生きることへの強いaffectiveな関心をもっている。」
250.没利害的関心の第三の領域:concern with 「宇宙的な」構造・位置./人生の意味、宇宙の起源・運命..に関する問い。

< ABIKO:理性(義務感)と悟性(合理的計算)を区別せよ!?


・CUSHMAN.F./YOUNG.L./FREENE.J.D.
・OUR MULTI-SYSTEM MORAL PSYCHOLOGY:TOWARDS A CONSENSUS VIEW
・INTERNET 2009/06/22ETSURANN
・CUSHMAN.F.,YOUNG.L.,GREENE.J.D.,BLAIR.R.J.R.,DAMASIO.A.,FOOT,GILLIGAN,HAIDT.J.D.,HARE,HAUSER.M.D.,HUME,KAMM.F.M.,KANT,KOENIGS.M.,KOHLBERG,MILHAIL.J.M.,PIAGET,SINNOTT-ARMSTRONG.W.,THOMSON.J.J.,TURIEL.E.,
・MULTI-SYSTEM MORAL PSYCHOLOGY,INTUITIVE VS.RATIONAL;AFFECTIVE VS.COGNITIVE(2),DUAL-SYSTEM MODEL(3),
・2. moral judgment is accomplished by multiple systems.


・KENNETT.J.
・AUTISM,EMPATHY AND MORAL AGENCY
・PQ,52-208,pp.340-357.
・KENNETT.J.,KANT,HUME,VELLEMAN.D.,
・自閉症(AUTISM)、同感(EMPATHY)、精神異常者(PSYCHOPATH)、義務の感覚、情動的ディタッチメント、道徳的動機づけ、合理的傾向性、
・351.自閉症者:正しいことをすることを意志するが、道徳的に自律的ではない。
352.「彼[自閉症のSinclair]は、一般化された道徳的関心をもっている。それを我々は、義務の感覚あるいは良心と呼びうる。」
353. 「気質の冷たさあるいは情動的ディタッチメントは、道徳的感情の欠如と同じではない。」
353. 「Humeにとってと同様Kantにとって、道徳的<<動機づけ>>は感情の事柄である。Humeと違ってKantは、この動機づけは、行為者が原理・理性を知覚することから帰結すると見る。」
353.n Velleman:或る傾向、合理的傾向は行為者性に基底的である。これらの間のキーは、意識的統制への傾向である。


・GREENE.J.D.
・THE SECRET JOKE OF KANT'S SOUL
・MORAL PSYCHOLOGY,VOL.3,2008.
・GREENE.J.D.,KANT,BARON.J.,KANT,THOMAS(42),SINGER.P.,NIETSCHE,HUME,
・NIETZSCHE:"KANT'S JOKE"(35),VM,GAGE,APPETITIVE MOTIVATION,KANT:"CONCERNING WANTON SELF-ABUSE"(35),DEONTOLOGY,CONSEQUENTIALISM,TROLLY PROBLEM(41),COST-BENEFIT ANALYSIS(43),DILEMMA,PULL OF IDENTIFIABLE VICTIMS(48),EMOTION,GENE(76),COST-BENEFIT ANALYSIS,EMOTIONAL BUTTON,IDENTIFIFIABLE VICTIMS(48),
・36.Baron:帰結主義と非帰結主義との間の心理学的区別。「後者はheutistics、決定のためのrules of thumbの基礎の上でなされがちである。」 < 「しかしB.は、情動をこのheuristicな判断に本質的なものとみなしていない。」
41.H:「道徳判断はすべて情動的要素をもつ」:帰結主義的判断にも情動的要素あり。しかし、それ:currency(64:かくかくがこれくらい問題だ)≠義務論的判断の:alarm(64:「それをせよ・するな」)
42.ad 歩道橋問題:n kant:人を手段として用いては駄目。
43.帰結主義:費用-便益分析。
46ff.情動と道徳的義務の感覚:
47.人身的ケースでは我々の情動的ボタンが押される。
64.先に提案した「認知的」の定義:「「認知的」表象はinherentlyには中立的表象、情動的表象とは異なって、自動的には特定の行動的反応・傾向を引き起こさない表象である。」
65.義務論的判断は核において情動的である。しかし、それが認知的要素をもたない訳ではない。/66.カントの「決して嘘をつくな」:Kはここで直観的反応を拒否している。
64.義務論的判断:「警告」過程 ≠ 帰結主義的判断:重みづける過程;より多くを考慮する;柔軟。


・KENNETT.J./FINE.C.
・INTERNALISM AND THE EVIDENCE FROM PSYCHOPATHS AND "ACQUIRED SOCIOPATHS"
・MORAL PSYCHOLOGY,VOL.3,2008.
・KENNETT.J.,FINE.C.,>ROSKIES.A.,DAMASIO,
・VM,APPETITIVE MOTIVATION,GAGE,
・185.Rは「患者はappetitiveな動機づけを保持している」と言っているが、これは≠Damasio:"EVR was motivationally impaired with regard to everyday,morally neutral tasks"
186.「ゲージは、「空想以外ではなんら基礎なしに」物語を話している。」


・KENNETT.J./FINE.C.
・COULD THERE BE AN EMPIRICAL TEST FOR INTERNALISM?
・MORAL PSYCHOLOGY,VOL.3,2008.
・KENNETT.J;FINE.C.>ROSKIES.A.L.,DAMASIO,
・INTERNALISM,VM,MOTIVATION,COGNITIVELY INCAPABLE,
・222. We argued that the failure was not one of moral motivation,but one of judment or decision making. EVR was unabale to adequately translate his superior third-personal judgments into first-personal practical judgments.
223. EVR might fail to keep a promise....,not because he laked either the general motivation to keep his promises or the motivation to keep this promise,but because he was cognitively incapable of deciding whether to travel by tram or subway (see Eslinger a. D.....1985.)


・SINGER.P.
・ETHICS AND INTUITION
・J.OF ETHICS,9,2005,pp.331-352.
・SINGER.P.,RACHELS.J.,HUME,HAIDT.J.(338),GREENE.J.,DAMASIO.A.R.,RAINE.A.,ANDERSON.S.W.,FOOT,DARWIN,WILSON.E.O.,DOSTOYEVSKY,RASHDALL.H.,MCCLOSKEY.H.J.,WILLIAMS,RAWLS,DANIELS,SIDGWICK,KANT,
・ETHICS A.INTUITION,BRAIN IMAGING,EVOLUTIONARY PSYCHOLOGY,NEUROSCIENCE,TROLLY PROBLEM,UTILITARIANISM,
・AUS:児玉256.
342. The direction of evolution neither follows,nor has any necessary connection with.the path of moral progress. "More evolved" does not mean "better."
349.功利主義だって基底的には直観に依拠、という異論。< 350.「直観」だとしても、それ≠通常の。351.「合理的直観」(cf.Sidgwick:"the good of any one individual is of no more importance,from the point of view(if I may say so) of the Universe,than the good of any other"[382])
350.n Sidgwick:行為の功利性と、その行為を賞賛・非難する功利性との区別=重要。
350.Hume:"there is no such passion in human minds as the love of mankind,merely as such"
351.進化の産物である道徳から、合理的基礎をもつ道徳を区別する。


・STRANDBERG.C.
・EXTERNALISM AND THE CONTENT OF MORAL MOTIVATION
・PHILOSOPHIA,35,2007.
・STRANDBERG.C.,SMITH.M.,BRINK,CUNEO.T.,DREIER.J.,LILLEHAMMER.H.,MILLER.A.,SADLER.B.,SHAFER-LANDAU.R.,TOPPINEN.T.,ZANGWILL.N.,COPP.D.,ZANGWILL,
・EXTERNALISM,INTERNALISM,DESIRE DE DICTO,DESIRE DE RE,FETIISHIST ARG.,CHANGE IN MORAL JUDGMENT,MORAL FETISHISM,SELF-ADDRESSED M.J.(250),
・251. If a person is motivated by a desire de dicto to do what she judges to be right,her desire has a content that involves the concept of rightness....A desire de re to do what is judged to be right might consist in a desire to perform actions with certain morally features....,e.g.helping people in need.
252. Smith,MP,p.75:"doing what they believe to be right,where this is read de dicto and not de re. Indeed,commonsense tells us that being so motivated is a fetish or moral vice,not the one and only moral virtue."


・ROSKIES.A.
・A CASE STUDY OF NEUROETHICS:THE NATURE OF MORAL JUDGMENT
・ILLES.J.ED.,NEUROETHICS.DEFINING ISSUES IN THEORY,PRACTICE,AND POLICY,OXFORD UP.2006.
・ROSKIES.A.,GREENE.J.,HAIDT.J.,DAMSSIO.A.R.,SAVARSDOTTIR.S.,
・VM,TROLLEY PROBLEM,MORAL EDUCATION(30),MOTIVATION,
・28. As some have described it,VM patients' judgement in the trolley 29.problem cases seem to reflect utilitarian calculations across the broas,while the majority of normal people seem employ different standards in the two types of scenarios. However,importantly,the emotional component that often accompanies moral judgment in normal subjects is a contingent feature of moral judgment--it does not affect the content or meaning of the judgment,and ....,judgments of morality do not become something else when lacking this motivating force.
30. Recognition of moral obligation alone does not a moral person make. Thus,if we want a moral citizenry,it is probably insufficient merely to teach what is right and wrong.


・ZAGZEBSKI.L.
・EMOTION AND MORAL JUDGMENT
・PHILO.A.PHENOMENOLOGICAL RESEARCH,LXVI-1,2003.
・ZAGZEBSKI.L.,MACKIE,SHAFER-LANDAU.R.,BRINK,CLARK.P.,DAVIDSON,MELE.A.,MCDWOELL,WILLIAMS,WIGGINS,TAYLOR.C.,BRENTANO,FOOT,STOCKER.M.,NUSSBAUM,STROUD.B.,FRIJDA.N.,
・EMOTION,MORAL JUDGMENT,THICK AFFECTIVE CONCEPT,INTENTIONAL OBJECT,COGNITIVISM,MOTIVATIONAL JUDGMENT INTERNALISM,
・104. This paper argues that an emotion is a state of affectively perceiving its intentional object as falling under a "thic affective concept".
104. "That is A"(pitful,contemptible,rude,etc.). Such judgments combine the features of cognitivism and motivational judgment internalism,....


・ZAGZEBSKI.L.
・DIVINE MOTIVATION THEORY (REVIEW BY;HARE.J.)
・NOTRE DAME PHILO.REVIEWS,2005.02.13.
・ZAGZEBSKI.L.,HARE.J.,THOMAS,KIERKE.,KANT,
・DIVINE MOTIVATION THEORY,GOD,LOVE=INTELLECTUAL AFFECTION,DIVINE COMMAND THEORY,
・the position of Aquinas that God does not have passion (which are sensory) but intellectual affections (such as love and joy).....But....the undefended assumtion....that if we talk about love as a motivation,we are not talking about the will. But on the Thomist view,this is a mistake.
This is the basis for Kierkegaard's extraordinary treatment of 'Thou shalt love' in Works of Love,(and also of Kant's treatment of what he calls 'practical love'). Divine Motivation Theory does not consider this matter....


・KAGAN.J.
・MOTIVES AND KNOWLEDGE
・J.OF PERSONALITY AND SOCIAL PSYCHOLOGY,22,1972,pp.51-66.
・KAGAN.J.,BERLYNE.D.E.,BETNHAM,FREUD,JAMES,PIAGET,FESTINGER.L.(55),
・MOTIVES A.KNOWLEDGE,PLEASURE,FEAR(55),SHAME,GUILT(5),TASTE(58),"EPISTEMIC CURIOSITY"(B.)(57),INCOMPATIBILITY(54),COGNITIVE DISSONANCE(55),
・AUS:FA6800(Loewenstein.G.),p.87: I believe that the need for sense making discussed by Kagan and others provides a plausible account of the underlying cause of curiosity.
54. The Motive to Resolve Uncertainty:The Wish to Know:


・ROGERS.B.
・JOHN RAWLS
・INTERNET 2002.11.27.
・ROGERS.B.,RAWLS,
・MORAL PSYCHOLOGY,
・After the publication of A Theory of Justice,he had hoped to work on a distinct,but related,issue of moral psychology.


・SARASOHN.L.T.
・MOTION AND MORALITY:PIERRE GASSENDI,THOMAS HOBBES AND THE MECHANICAL WORLD-VIEW
・J.OF THE HISTORY OF IDEAS,46-2,1985.
・SARASOHN.L.T.,GASSENDI,HOBBES,EPICUROS,BLOCH.O.R.,ARIST.,DESCARTES,DEMOCRITOS,
・MOTION A.MORALITY,FRENCH ATOMISM,SWERVE(366),MATERIALISM,GOD,"INERTIAL EGOISTS"(HOBBES)(368),ANIMISTIC IDEAS(370),MATERIALISM,LIBERTAS;LIBENTIA(371),PLEASURE,INDIFFERENCE,CAUSAL DETERMINATION,REASON,FIRST BEGINNING OF MOTION(376),CONATUS,PSYCHOLOGY,GOD'S PRIMARY CAUSATION(367),UNCERTAINTY(374),COERCION,GOOD,PLEASURE,
・371. Libertas is true freedom,freedom from both coercion and causal determination.
371. Libentia,willingness or voluntary action,is the same thing as an "actio spontanea."−−熟慮なしにappetiteに従う場合も。


・PEREBOOM.D.
・IS OUR CONCEPTION OF AGENT-CAUSATION COHERENT?
・PHILO.TOPICS,2004.
・PEREBOOM.D.,HUME,
・自由意志(FREE WILL)、行為者-因果性(AGENT-CAUSATION)、動機的状態、HEGEMONIKON(283)=魂の合理的・統制的部分、DECISION,STOIC、
・283. In the Stoic picture,a mature human agent normally has the power to freely and voluntarily assent to,dissent from,or suspend judgment with regard to any proposal for action suggested by its motivational states. Its source is the rational,ruling,part of the soul--the hegemonikon.
283. A further feature of the Stoic theory is that in order for a decison to take place,the hegemonikon indeed must exerice exectutive control.....With only the causal efficacy of the various motivational states in place we don't yet have a decision.


・HINMAN,L.
・ON THE PURITY OF OUR MORAL MOTIVES:A CRITIQUE OF KANT'S ACCOUNT OF THE EMOTIONS AND ACTING FOR THE SAKE OF DUTY
・THE MONIST,66,1983,pp.251-67.
・HINMAN.L.,KANT,WOLFF.R.P.,HENSON.R.G.,WALTON.K.L.,
・PURITY OF OUR MORAL MOTIVES,DUTY A.INCLINATION(251),EMOTION,ACTING FOR THE SAKE OF DUTY,RESPECT,SELF-INTEREST,SUFFERING(265),EMPATHETIC UNDERSTANDING,
・AUS:FA6682,P.430.
265. If responding to the moral dimensions of such a situation involves showing that one does recognize,for example,the suffering of others,and if such recognition involves not simply propositional assent but a demonstration of empatheic understanding,then having emotions may also be necessary to moral action.


・CLARKE.R.
・CONTRASTIVE RATIONAL EXPLANATION OF FREE CHOICE
・PQ,46,1996,pp.185-201.
・CLARKE.R.,NAGEL,KANE.R.,
・自由な選択の対照的合理的説明(CONTRASTIVE RATIONAL EXPLANATION OF FREE CHOICE):CAUSAL:NON-CAUSAL、選択の原理(差異条件に加えて)、「合理的非決定性」(195)、「選択の合理的説明を統制する背景原理」、動機的に強い、
・195. .....Thus,as Lipton notes (p.47[1991]),some principles of selection of contrastively explanatory factors in addition to the difference condition are required.
196.選択の合理的説明を統制する(governing)背景原理:a.「人間的行為者は、合理的に選択するより強い傾性をもつ。」/b.「全ての人間的行為者は、当面している選択にとって有意的な動機的により強い理由に基づいて選択する傾向に在る。」
196.「動機的に強い」=因果的強さ、or: the degree to which the reasons contribute to the probability that the agent will make the choice.....
196. it is in the light of this background that we seek and offer rational explanations of choice.


・VELLEMAN.J.D.
・MOTIVATION BY IDEAL
・PHILOSOPHICAL EXPLORATIONS,5,2002,pp.89-104.
P: Desire to realize a purpose and desire to do what is right as such are two co-oridinate kinds of motive.
同上:道徳的行為≠有徳的行為:An act is moral in so far as it is done from the belief that it is obligatory and the desire to do one's duty. It is virtuous in so far as it is done from some intrinsically good motive other than sense of duty,arising from some intrinsically good emotional disposition
558. Ought a man to do his duty? という場合、その当為は非-道徳的意味のもの。
561.n P: one's obligation in a given situation is simply to perform a certain kind of action,and is never to perform an action from a certain motive.
562.P:善のsubstantival意味≠adjective意味。Sはこれを混同。


・HUGHES.G.E.
・MOTIVE AND DUTY
・MIND,53-212,1944.
・HUGHES.G.E.,TAYLOR,ROSS,KANT,
・MOTIVE A.DUTY,OBLIGATION,"DESIRE TO DO ONE'S DUTY"?,MOTIVE,


・KAWALL.J.
・MORAL RESPONSE-DEPENDENCE,IDEAL OBSERVERS,AND THE MOTIVE OF DUTY:RESPONDING TO ZANGWILL
・ERKENNTNIS,60,2004.
・KAWALL.J.,ZANGWILL.N.,ADAMS.R.M.,CARSON.T.L.,FIRTH.R.,JOHNSTON.M.,LILLEHAMMER.H.,SMITH.M.,STOCKER.M.,TALIAFERO.C.,WIGGINS,/JOHNSTON.M.,MCDOWELL,
・MORAL RESPONSE-DEPENDENCE,IDEAL OBSERVER,MOTIVE OF DUTY,


・SCHNEIDER.H.W.
・ROSS,FOUNDATIONS OF ETHICS,1939.
・JP.,37-9,1940.
・ROSS,MOORE,
・"""DESIRE TO DO ONE'S DUTY""?,"


・SHAWAYDER.D.S.
・THE SENSE OF DUTY
・PQ,7-27,1957.
・SHAWAYDER.D.S.,KANT,NOWELL-SMITH,ROSS,
・SENSE OF DUTY,MOTIVE,


・SNARE.F.
・THE ARGUMENT FROM MOTIVATION
・MIND,84-333,1979.
・SNARE.F.,HUME,URMSON,BROAD,BROILES.R.D.,KEMP.J.,KYDD.R.M.,LAIRD.J.,DAVIDSON,GOLDMAN.A.,
・ARGUMENT FROM MOTIVATION,NON-COGNITIVISM,EMOTIVISM,


・QUINE
・QUANTIFIERS AND PROPOSITIONAL ATTITUDES
・JP.53-5,1956.
・QUINE,RUSSELL,
・PROPOSITIONAL ATTITUDE,BELIEF,INTENSION,POSITION AD QUANTIFY:REFERENTAL;NON-REFERENTIAL(182),EXTENSION(184),INDIVIDUATION(184),WISHING(182),
・178. believingの、'Ralph believes that someone is a spy'として曖昧にパラフレーズできる2つの意味:'There is someone whom Ralph believes to be a spy' と 'Ralph believes there are spies.'
179. beliefの2義。


・SHAVER.R.
・SIDGWICK ON MORAL MOTIVATION
・PHILOSOPHERS'IMPRINT,6-1,2006.
・SHAVER.R.,SIDGAWICK,SMITH.M.,MCNAUGHTON.D.,SCANLON,BRINK,HUME,PARFIT,COHON.R.,RASHDALL.H.,SCHNEEWIND.J.B.,MACKIE,DARWALL,FIELD.G.C.,GIBBARD,DANCY,
・MORAL MOTIVATION,MORAL JUDGEMENT,BELIEF,BESIRE(2),DESIRE TO ACT RIGHTLY(1),
・1. 道徳的動機づけに関するSの見解の2解釈:[1.]insofar as one is rational,moral beliefs cause desires;or [2.]insofar as one is rational,one has a standing desire to act rightly,and moral beliefs combaine with this desire to motivate.


・CUSHMAN.F./GREENE.J.
・THE PHILOSOPHER IN THE THEATER
・MIKULINEAR.M/SHAVER.P.R.EDS.,THE SOCIAL PSYCHOLOGY OF MORALITY,IN PRINT
キ@e pain.
317. Thus,motives actually enter into objective rightness on our definition,as I think they do for common sense.
318. Kant <「人々が幸福であるのを見るのを好むので親切であることは、そうするのが正しいと判断するので親切であることよりも、よりよい。」


・JOHANSSON-STENMAN.O.
・THE IMPORTANCE OF ETHICS IN ENVIRONMENTAL ECONOMICS WITH A FOCUS ON EXISTENCE VALUES
・ENVIRONMENTAL AND RESOURCE ECONOMICS,11,1998.
・JOHANSSON-STENMAN.O.,EDWARDS.S.F.,JOHANSSON.O.,KENNET.D.A.,BROOKSHIRE,MITCHELL,CARSON,ALDRED.J.,
・利他主義:純粋(PURE);パターナリスティック(PATERNALISTIC);不純(IMPURE);真正(GENUINE)(432),仮想評価(CONTINGENT VALUATION)、存在価値=非使用価値、二重計算(433)、倫理的に動機づけられた≠選好に基づく、個人的効用最大化、
・430.他者への支払意思の<<動機>>。
432ff.存在価値とCBAにおける非使用価値への様々な動機づけ:
434.「Edwards(1986,1992)とJohansson(1997a)は、Kennet(1980)に従って、他者の効用によってのみ動機づけられる行為を性格づけるのに<<真正>>利他主義の観念を用いた。」
435.初期には例外的にBrookshire et al.(1986)が、「倫理的に動機づけられた回答と選好に基づく回答とが[それぞれ]指し示すものの間の区別を行なった。」
435.<Mitchell/Carson(1989):「人々は、物質的な見返りを期待することなく他者を助けることから効用を得る」/「内化された規範の満足から効用を得る。」
435.M./C.<筆者:as noted Aldred(1994),the problem with the view of M.and C.is that 彼らは、個人的効用の最大化が全ストーリーであって、<<他の>>動機づけは存在しない、と考えているように思える。


・NORTON.B.G.
・A REPLY TO MY CRITICS
・J.OF AGRICULTURAL AND ENVIRONMENTAL ETHICS,20,2007.
・NORTON.N.B.,>PASSMORE,WELCHMAN.J.,
・持続可能性(SUSTAINABILITY),プラグマティズム、収斂(一致)仮説、行為・選択>動機、
・391. convergence hypothesis....I do not invoke it in Sustainability,because.....the problem of convergence and divergence arises from vestiges of dualistic,Cartesian conceptualization.
391.P.はプラグマティスと見られる場合もあるが(cf.390:Welchman.J.)、なお二元論に立つ。「パスモガが本当にプラグマティストであるのなら、動機よりも行為・選択により注意を払うであろう。」
392. The system of problem formulation,analysis,and goal-setting that I propose is (a) multi-scalar model--it pays attention to short-term economic cuncerns--within a multi-scalar model that takes into account short-term,economic,long-term ecosystematic,and global impacts of decisions,and it is (b) "adaptive"--I adovocate learning by doing--in the present.


・MCSHANE.K.
・ANTHROPOCENTRISM VS.NONANTHROPOCENTRISM:WHY SHOULD WE CARE
・ENVIRONMENTAL VALUES,,16-2,2007.
・SHANE.K.>NORTON.B.G.,MUIR.J.,LOPEZ.B.,LEOPOLD(178),
・人間中心主義VS.非人間中心主義(NONANTHROPCENTRISM,CARE)、(収斂仮説)、感情に関する規範、情動(EMOTION)は認知的要素をもつ、自己利害、愛、AGAPE、情緒的絆、動機、態度(178)、
・176. 収斂仮説 < If I think that your only value is what you can do for me,I might be able to act as though I love you if I judge it in my self-interest to do so. But it(s not at all clear that I can actually love you,for loving you requires me to see you as having a value that is indeoendent of me. The problem here is that because many emotions have a cognitivr element,norms for feeling are more tightly connected to beliefs about value than norms for action are.
178. Barry Lopez refers to 'a kind of love - agape - between me and the place',....In fact,this love of the lanf is cited by many prominent environmentalists (e.g.,J.Muir,....) as what motivated them to become activists in the first place. These people aren't just describing a heightened state of enjyoment when they talk about love,as one might be when saying that one love chocolate. They are describing the kind of emotional bond....


・NORTON.B.G.
・CONVERGENCE,NONINSTRUMENTAL VALUE AND THE SEMANTICS OF 'LOVE(:COMMENT ON MCSHANE
・ENVIRONMENTAL VALUES,,17,2008.
・NORTON.B.G.>MCSHANE.K.>N.,>CALLICOTT.J.B.,
・人間中心主義、収斂仮説(収束仮説)(CONVERGENCE HYPOTHESIS)、>ディープ・エコロジー(動機的純粋性(6))、
・5. Her[McShane's] argument....is only works against strong anthropocentrism,which I never advovated.
6. In my work,I have tried to emphasise actions more than motives (N.1986;1991). When I began working on Toward Unity in 1985,Deep Ecologists such as Devall and Sessions(1985) had,by over-emphasising inward motives,distorted accounts of environmental values to the point of absurdity.
7.(道具的価値vs.内在的価値)<....デカルト的ドグマから来るものなり。


・STOCKS.J.L.
・MOTIVE
・MIND,20-77,1911.
・STOCKS.J.L.,HARDY.T.,SCHOPENHAUER,HOEFFDING,ARIST.,DEWEY,KANT,
・MOTIVE,CAUSALITY,
・56. 'A motive,'says Schopnehauer,'is causality seen from within.'


・MCKENNA.M.
・STATE OF THE ART (SUPPL.TO COMPATIBILISM)
・STANFORD ENC.OF PHILO.,2004.
・MCKENNA.M.,STRAWSON,FRANKFURT,DENNETT,BOK.H.,KANT,MELE,
・COMPATIBILISM,IDENTIFICATION WITHIN A HIERARCHICAL THEORY,MODERATE REASONS-RESPONSIVENESS,OWNERSHIP.DESIRE-BASED REASONS-RESPONSIVENESS THEORY,PRACTICAL STANDPOINT COMPATIBILISM,ACTION THEORY THEORY./MANIPULATION,EXTERNALISM;INTERNALISM(2),AGENCY(14),
・18/25. Bok≒Dennett。しかし、相違:Unlike D.,B.maintains that the relevant standpoint arises by distinguishing,in kantian fashion,between the practical and the theoretical points of view.
23. According to Mele,an agent can be both determined and exercise the actional resources to act with self-control.
19. Some looser notion of agential possibility might allow a compatibilist to say that all the possiblity that is needed for regulative control is something like epistemic possibility....


・BARILAN.Y.M.
・TWORDS A DIALOGUE BETWEEN UTILITARIANISM AND MEDICINE
・MEDICINE,HEALTH CARE AND PHILOSOPHY,7,2004.
・BARILAN.Y.M.,WILLIAMS,JACOB,
・功利主義(UTILITARIANISM)、ケア、愛、内的理由、動機、義務、アイデンティティ、医療、インセンティヴ、
・165.n Williams: Internal reasons supply a rational motivation for action on the basis of one's own life plan and well-being.....W.concludes that external reasons do not exist.
166. n Jacob....A link solely based on duty,one that fails to bear on motivation,identity,emotion and personal integrity,can hardly be called internal. Hence Jacob concludes (1988,pp.67-81) that the motivation to practice medicine lies within some sort of "irrational idealism",something closer to existential choice or religious mysticism.


・BARILAN.Y.M.
・TWORDS A DIALOGUE BETWEEN UTILITARIANISM AND MEDICINE
・MEDICINE,HEALTH CARE AND PHILOSOPHY,7,2004.
・BARILAN.Y.M.,HUME,BENTHAM,
・>功利主義(UTILITARIANISM)、正義への動機、
・166. From a utilitarian point of view,one wants the best level of care to be provided to every person (or sentient creature).....But this would be mere irrationality and self-deceit.
172.n12. n Hume: people have no intrinsic motivation to bring about justice.
Bentham was more concerned about the problem. He believed the principle of the "greatest happiness" was the only general principle that can motivate people to act upon (An intro....I,14,10,III). On the other hand,Bentham restorted to external incentives as well,stressing the power of laws to make comply with the laws of justice.


・SPASH.C.
・MULTIPLE VALUE EXPRESSION IN CONTINGENT VALUATION:ECONOMICS AND ETHICS
・ENVIRONMENTAL SCIENCE AND TECHNOLOGY,34,2000.pp.1433-8.
・SPASH.C.L.,ARROW,HAUSMAN.J.A.,WILLIS.K.,KNETSCH.J.L.,O'NEILL.J.,ROWE.R.,STEVENS.T.H.,LOCKWOOD.M.,HOLLAND.A.,CRAIG.P.P.,MITCHELL.R.C.,
・MULTIPLE VALUE EXPRESSION IN CV,NEOCLASSICAL UTILITY THEORY,MOTIVE,BST-BENEFIT ANALYSIS,THE NOAA REPORT,
・AUS:FA6080(NORTON/MINTEER)
1433. Policies and instruments based upon the application of neoclassical utility theory will then be neither optimal nor provide the socially desired outcome.
1438. This extends the concern over the values being derived by the use of CVM surveys from the misclassification of protest bidders,who may hold non-compensatory preferences,to the motives behind and the meanings of the positive bids.


・EASTWOOD.J.
・THE ROLE OF IDEAS IN WEBER'S THEORY OF INTEREST
・CRITICAL REVIEW,17-1・2,2005.
・EASTWOOD.J.,WEBER,
・利害(利益):物質的(客観的);理想的(理念的)、意味、動機づけ、「有意味な宇宙」、人間の基本的な欲求(必要・ニーズ)=意味、規範的、
・94. The standard view overlooks,among other things,the role that the need for "meaning" plays in causally motivating someone to go down one or another track.
94. W.:"meaningful cosmos"
94. a fundamental human need -- the need to live in a coherent,meaningful world -- that is clearly the prototypical case of an "interest" in Weber's sociology. This need,obviously,is not a material interest of the sort that animals have. It is an ideal one,of the sort that is distinctive to human beings.
95. the normative part of one's ideal interest -- one's stand -- is also ideational: a normatively charged redescription of the initially meaningless world image.


・EASTWOOD.J.
・THE ROLE OF IDEAS IN WEBER'S THEORY OF INTEREST
・CRITICAL REVIEW,17-1・2,2005.
・EASTWOOD.J.,WEBER,SWEDBERG.R.,
・利害(利益):物質的(客観的);理想的(理念的)、主観的に知覚された物質的利益、動機・習慣、人間本性、第二次元の利益、「身分」、文化によって規定された食の欲求、
・97. Even in situations where material self-interest is allegedly the source of the action in question,the actual cause of action must be one's perception of one's self-interest,ehich is an idea -- unless one thinks that our interests move us to act in a way that is not mediated by either motive or habit.....as Swedberg (2003b,16) outs it,for Weber "interests are always subjectively perceived; there exist no 'objective' interests beyond the individual actor."
98. 人間本性を否定するわけではない。
98. 利益:第一次元(order)の、第二次元の。
98. Included among second-order interests would be the constituents of individual and collective prestige,or in Weberian terms "status." So,too,for example,would be the desire to eat well according to the strandards of a particular culture,as opposed to the simple desire to eat.


・BADHWAR.N.K.
・WHY IT IS WRONG TO BE ALWAYS GUIDED BY THE BEST:CONSEQUENTIALISM AND FRIENDSHIP
・ETHICS,101,1991,pp.483-504.
・BADHWAR.N.K.,NEWTON-SMITH.W.H.,CICERO,WINKLER.E.R.,MILL,RAILTON.P.,SUMNER.L.W.,WILLIAMS,STOCKER.M.,WILCOX.W.H.,REGAN.T.,FRANKENA,RAWLS,SCHEFFLER.S.,SIDGWICK,HARE,PARFIT,PIPER.A.,NAGEL.T.,BENTHAM(485),KANT,
・>CONSEQUENTIALISM(UTILITARIANISM),END FRIENDSHIP,VALUE,BALANCE OF EMPATHY A.DISTANCE(484),IMPERSONALITY,JUSTIFICATION SEPARATE FROM MOTIVATION(486),SCHIZOPHRENIA(486),
・AUS:FB2248(badhwar ed.),p.30.
486. B.Williams regards the separation of justification from motivation as psychologically impossible,remarking in response to Hare that "one cannot separate,except by an imposed and illusory dissociation,the theorist in oneself from the self whose dispositions are being theorized" (Ethics and the Limits of Philosophy,p.110)


・FIELD.H.
・APRIORITY AS AN EVALUATIVE NOTION
・BOGHOSSIAN.P./PEACOCKE.C.EDS.,NEW ESSAYS ON THE APRIORI
・FIELD.H.,
・アプリオリ性、APRIORITY AS AN EVALUATIVE NOTION、>(外在主義/内在主義)(121)、「彼らの「最初の信頼可能性(CREDIBILITY)」=「私の'DEFAULT REASONABLENESS'」(122)、観察、証言、弱くアプリオリ、
・120. There is a familiar argument for the default reasonableness of certain methodologies,including deductive reasoning,inductive reasoning,forming beliefs as a 121.result of observation or testimony or memory-impression,and so forth.(Recal that if they are default reasonable then they are at least weakly a priori.)
122. What differentiates those which are reasonable (e.g.ours) from those which aren't? The natural answer is that our methods have a certain proto-reasonableness,independent of empirical evidence in their favour,that counter-deductive and counter-inductive methods lack.


・FIELD.H.
・APRIORITY AS AN EVALUATIVE NOTION
・BOGHOSSIAN.P./PEACOCKE.C.EDS.,NEW ESSAYS ON THE APRIORI
・FIELD.H.,
・アプリオリ性、APRIORITY AS AN EVALUATIVE NOTION、≠信頼可能性主義RELIABILISM、>(外在主義vs内在主義)、非-事実主義、
・138. I propose an alternative to reliabilism,more in line with 'non-factualist' views about normative discourse. The alternative is that reasonableness doesn't consist in reliability or anything else:it's not a 'factual property'. In calling a rule reasonable we are evaluating it,and al that makes sense to ask about is what we value.
138. 外在主義か内在主義か < この区別は誤った前提(reasonablenessのような認識論的特性は事実的である)の上に在る。


・BALDWIN.T.
・RAWLS AND MORAL PSYCHOLOGY
・INTERNET 2008/11/19ETSURANN
・BALDWIN.T.,RAWLS,ROGERS.B.,MACKIE,HONNETH,
・MORAL PSYCHOLOGY,TRANSFORMATIONS IN THE KINDS OF DESIRE(5),DESIRES:PRINCIPLE-DEPENDENT;CONCEPTION-DEPENDENT<>OBJECT-DEPENDENT(PL.pp.82ff)(6),MORAL IDEALS,FIENDSHIP,SENSE OF JUSTICE,
・6. for R.the final development of a sense of justice is accomplished as one identifies oneself as a member of a potentially well-ordered society in which can aspire to the ideal of citizenship.
8.n R: the collective good is just 'the public realisation of justice' which meets the requirement of providing a distributive form of self-fulfilment because 'the collective activity of justice is the pre-eminent form of human flourishing'(TJ,p.463).
9. Any rational conception of the good will bring with it a 'conception-based desire' to living in accordance with justice,at least in a well-ordered society.
11. a 'conception-dependent desire',a desire dependent on an 市民性の理想的概念,....


・RADCLIFFE.E.S.
・MORAL INTERNALISM AND MORAL COGNITIVISM IN HUME'S METAETHICS
・SYNTHESE 152-3.2006.
・RADCLIFFE.E.S.,HUME,
・道徳的内在主義(MORAL INTERNALISM),「在る種の義務の感覚(義務感)」(SENSE OF DUTY(357))による動機づけ=一種の自己利害的動機づけ、道徳的感覚、
・356ff.:1996年論稿のサマリー:
356. Hume:"When any virtuous motive or pronciple is common in human nature,a person,who feels his heart devoid of that principle,may hate himself upon 357.that account,and may perform the action without the motive,from a certain sense of duty,in order to acquire,that virtous principle,or at least to disguise to himself,as much as possible,his want of it"(T 3.2.1.8;SBN 479). ....it would make sense for Hume to think that motivation by "a certain sese of duty" is a species of self-interested motivation,so the externalist interpretation goes. / But I argue that there is very good reason to think that the self-hatred feeling to which Hume refers is a justifying feeling of the moral sense....


・KREBS.D.L.
・ALTRUISM AND EGOISM:A FALSE DICHOTOMY?
・PSYCHOLOGICAL INQUIRY,2-2,1991.
・KREBS.D.L.,OLINER.S.,>BATSON,
・ALTRUISM A.EGOISM:A FALSE DICHOTOMY?,ALTRUISTIC MOTIVATION,>PURE ALTRUISM(137),SELF-SACRIFICE,
・137. I would argue that no motive consists entirely of the goal of enhancing the welfare of another exclusive of concern about the welfare of the self; therefore,no motive is purely altruistic.


・RADCLIFFE.E.S.
・HOW DOES THE HUMEAN SENSE OF DUTY MOTIVATE?
・JOURNAL OF THE HISTORY OF PHILOSOPHY,XXX-1,1996.
・RADCLIFFE.E.S.,HUME,/HAYASHI.S.,
・SENSE OF DUTY,INTERNALISM,
・AUS:JA7244(林),p.99:「R.は、この[内在主義−間接情念]説に対して次のような批判を展開する。すなわち、愛や嫌悪に随伴する善意や怒りによって行為者が動機づけられると解釈することは確かに可能である。ところで、それらの動機は「<<他者の>>幸福や不幸を目指す欲求」である。だが、「<<他者>>」に向けられる欲求によって、我々はどのようにして「<<自分>>」の有徳な行為を動機づけられるのだろうか(20)、と。..../H:「その原理が自分の心に欠けていると感じる人は、そのために自分自身を<<嫌悪>>し、その動機を持たずとも、ある種の義務感から、その行為を遂行し....」/....R.は、これが間接情念としての「嫌悪」ではなく、より正確に言えば「自己完結、自己非難」の感覚であると解釈する。そして、「この自己否認の感覚こそが、道徳感情でありかつそれ自体で動機づける感情である」とし、....(21)。」
20:p.403 21:p.396-7.


・MCGEER.V.
・VATIETIES OF MORAL AGENCY:LESSONS FROM AUTISM (AND PSYCHOPATHY)
・MORAL PSYCHOLOGY,VOL.3,2008.
・MCGEER.V.,HUME,KANT,KENNETT.J.,BLAIR.J.,GRANDIN,ELLIOTT.C.,/ABIKO:KANT VS.BENTHAM,
・AUTISM,PSYCHOPATHY,THE ROOTS OF MORAL AGENCY,"STAR TREK"(MR.SPOCK)(232),EMPATHY,SYMPATHY,REVERENCE FOR REASON,THE EMERGENCE OF A SENSE OF DUTY(237),FANATISM(227),CONFLICT BETWEEN LOGIC A.EMOTION(232),ATTACHMENT(232),PSYCHOPATH<>ENLIGHTENED EGOIST,MOTIVATIONAL FORCE(237),A SENSE OF LIKE-ME-NESS(231),MAKE THE WORLD A BETTER PLACE(233),SENSE OF DUTY(237),
・234.Kennett:their[autisticな個人の]「道徳感情はヒューム的というよりカント的である。」
235.Elliott:"[W]hile the psychopath seems 心理学的に自我中心的,彼は開明的利己主義者のようではない。;...."
237. K.(2002,p.357):「或る考慮点は行為への理由を成すという考えによって直接に動かされることのできる諸個人だけが、良心的な道徳的行為者でありうる。」
246.While 「自閉症的個人は....なempathetic attunementに欠けているとは言えるが、秩序あり、....な種類の世界に生きることへの強いaffectiveな関心をもっている。」
250.没利害的関心の第三の領域:concern with 「宇宙的な」構造・位置./人生の意味、宇宙の起源・運命..に関する問い。

< ABIKO:理性(義務感)と悟性(合理的計算)を区別せよ!?


・CUSHMAN.F./YOUNG.L./FREENE.J.D.
・OUR MULTI-SYSTEM MORAL PSYCHOLOGY:TOWARDS A CONSENSUS VIEW
・INTERNET 2009/06/22ETSURANN
・CUSHMAN.F.,YOUNG.L.,GREENE.J.D.,BLAIR.R.J.R.,DAMASIO.A.,FOOT,GILLIGAN,HAIDT.J.D.,HARE,HAUSER.M.D.,HUME,KAMM.F.M.,KANT,KOENIGS.M.,KOHLBERG,MILHAIL.J.M.,PIAGET,SINNOTT-ARMSTRONG.W.,THOMSON.J.J.,TURIEL.E.,
・MULTI-SYSTEM MORAL PSYCHOLOGY,INTUITIVE VS.RATIONAL;AFFECTIVE VS.COGNITIVE(2),DUAL-SYSTEM MODEL(3),
・2. moral judgment is accomplished by multiple systems.


・KENNETT.J.
・AUTISM,EMPATHY AND MORAL AGENCY
・PQ,52-208,pp.340-357.
・KENNETT.J.,KANT,HUME,VELLEMAN.D.,
・自閉症(AUTISM)、同感(EMPATHY)、精神異常者(PSYCHOPATH)、義務の感覚、情動的ディタッチメント、道徳的動機づけ、合理的傾向性、
・351.自閉症者:正しいことをすることを意志するが、道徳的に自律的ではない。
352.「彼[自閉症のSinclair]は、一般化された道徳的関心をもっている。それを我々は、義務の感覚あるいは良心と呼びうる。」
353. 「気質の冷たさあるいは情動的ディタッチメントは、道徳的感情の欠如と同じではない。」
353. 「Humeにとってと同様Kantにとって、道徳的<<動機づけ>>は感情の事柄である。Humeと違ってKantは、この動機づけは、行為者が原理・理性を知覚することから帰結すると見る。」
353.n Velleman:或る傾向、合理的傾向は行為者性に基底的である。これらの間のキーは、意識的統制への傾向である。


・GREENE.J.D.
・THE SECRET JOKE OF KANT'S SOUL
・MORAL PSYCHOLOGY,VOL.3,2008.
・GREENE.J.D.,KANT,BARON.J.,KANT,THOMAS(42),SINGER.P.,NIETSCHE,HUME,
・NIETZSCHE:"KANT'S JOKE"(35),VM,GAGE,APPETITIVE MOTIVATION,KANT:"CONCERNING WANTON SELF-ABUSE"(35),DEONTOLOGY,CONSEQUENTIALISM,TROLLY PROBLEM(41),COST-BENEFIT ANALYSIS(43),DILEMMA,PULL OF IDENTIFIABLE VICTIMS(48),EMOTION,GENE(76),COST-BENEFIT ANALYSIS,EMOTIONAL BUTTON,IDENTIFIFIABLE VICTIMS(48),
・36.Baron:帰結主義と非帰結主義との間の心理学的区別。「後者はheutistics、決定のためのrules of thumbの基礎の上でなされがちである。」 < 「しかしB.は、情動をこのheuristicな判断に本質的なものとみなしていない。」
41.H:「道徳判断はすべて情動的要素をもつ」:帰結主義的判断にも情動的要素あり。しかし、それ:currency(64:かくかくがこれくらい問題だ)≠義務論的判断の:alarm(64:「それをせよ・するな」)
42.ad 歩道橋問題:n kant:人を手段として用いては駄目。
43.帰結主義:費用-便益分析。
46ff.情動と道徳的義務の感覚:
47.人身的ケースでは我々の情動的ボタンが押される。
64.先に提案した「認知的」の定義:「「認知的」表象はinherentlyには中立的表象、情動的表象とは異なって、自動的には特定の行動的反応・傾向を引き起こさない表象である。」
65.義務論的判断は核において情動的である。しかし、それが認知的要素をもたない訳ではない。/66.カントの「決して嘘をつくな」:Kはここで直観的反応を拒否している。
64.義務論的判断:「警告」過程 ≠ 帰結主義的判断:重みづける過程;より多くを考慮する;柔軟。


・KENNETT.J./FINE.C.
・INTERNALISM AND THE EVIDENCE FROM PSYCHOPATHS AND "ACQUIRED SOCIOPATHS"
・MORAL PSYCHOLOGY,VOL.3,2008.
・KENNETT.J.,FINE.C.,>ROSKIES.A.,DAMASIO,
・VM,APPETITIVE MOTIVATION,GAGE,
・185.Rは「患者はappetitiveな動機づけを保持している」と言っているが、これは≠Damasio:"EVR was motivationally impaired with regard to everyday,morally neutral tasks"
186.「ゲージは、「空想以外ではなんら基礎なしに」物語を話している。」


・KENNETT.J./FINE.C.
・COULD THERE BE AN EMPIRICAL TEST FOR INTERNALISM?
・MORAL PSYCHOLOGY,VOL.3,2008.
・KENNETT.J;FINE.C.>ROSKIES.A.L.,DAMASIO,
・INTERNALISM,VM,MOTIVATION,COGNITIVELY INCAPABLE,
・222. We argued that the failure was not one of moral motivation,but one of judment or decision making. EVR was unabale to adequately translate his superior third-personal judgments into first-personal practical judgments.
223. EVR might fail to keep a promise....,not because he laked either the general motivation to keep his promises or the motivation to keep this promise,but because he was cognitively incapable of deciding whether to travel by tram or subway (see Eslinger a. D.....1985.)


・SINGER.P.
・ETHICS AND INTUITION
・J.OF ETHICS,9,2005,pp.331-352.
・SINGER.P.,RACHELS.J.,HUME,HAIDT.J.(338),GREENE.J.,DAMASIO.A.R.,RAINE.A.,ANDERSON.S.W.,FOOT,DARWIN,WILSON.E.O.,DOSTOYEVSKY,RASHDALL.H.,MCCLOSKEY.H.J.,WILLIAMS,RAWLS,DANIELS,SIDGWICK,KANT,
・ETHICS A.INTUITION,BRAIN IMAGING,EVOLUTIONARY PSYCHOLOGY,NEUROSCIENCE,TROLLY PROBLEM,UTILITARIANISM,
・AUS:児玉256.
342. The direction of evolution neither follows,nor has any necessary connection with.the path of moral progress. "More evolved" does not mean "better."
349.功利主義だって基底的には直観に依拠、という異論。< 350.「直観」だとしても、それ≠通常の。351.「合理的直観」(cf.Sidgwick:"the good of any one individual is of no more importance,from the point of view(if I may say so) of the Universe,than the good of any other"[382])
350.n Sidgwick:行為の功利性と、その行為を賞賛・非難する功利性との区別=重要。
350.Hume:"there is no such passion in human minds as the love of mankind,merely as such"
351.進化の産物である道徳から、合理的基礎をもつ道徳を区別する。


・STRANDBERG.C.
・EXTERNALISM AND THE CONTENT OF MORAL MOTIVATION
・PHILOSOPHIA,35,2007.
・STRANDBERG.C.,SMITH.M.,BRINK,CUNEO.T.,DREIER.J.,LILLEHAMMER.H.,MILLER.A.,SADLER.B.,SHAFER-LANDAU.R.,TOPPINEN.T.,ZANGWILL.N.,COPP.D.,ZANGWILL,
・EXTERNALISM,INTERNALISM,DESIRE DE DICTO,DESIRE DE RE,FETIISHIST ARG.,CHANGE IN MORAL JUDGMENT,MORAL FETISHISM,SELF-ADDRESSED M.J.(250),
・251. If a person is motivated by a desire de dicto to do what she judges to be right,her desire has a content that involves the concept of rightness....A desire de re to do what is judged to be right might consist in a desire to perform actions with certain morally features....,e.g.helping people in need.
252. Smith,MP,p.75:"doing what they believe to be right,where this is read de dicto and not de re. Indeed,commonsense tells us that being so motivated is a fetish or moral vice,not the one and only moral virtue."


・ROSKIES.A.
・A CASE STUDY OF NEUROETHICS:THE NATURE OF MORAL JUDGMENT
・ILLES.J.ED.,NEUROETHICS.DEFINING ISSUES IN THEORY,PRACTICE,AND POLICY,OXFORD UP.2006.
・ROSKIES.A.,GREENE.J.,HAIDT.J.,DAMSSIO.A.R.,SAVARSDOTTIR.S.,
・VM,TROLLEY PROBLEM,MORAL EDUCATION(30),MOTIVATION,
・28. As some have described it,VM patients' judgement in the trolley 29.problem cases seem to reflect utilitarian calculations across the broas,while the majority of normal people seem employ different standards in the two types of scenarios. However,importantly,the emotional component that often accompanies moral judgment in normal subjects is a contingent feature of moral judgment--it does not affect the content or meaning of the judgment,and ....,judgments of morality do not become something else when lacking this motivating force.
30. Recognition of moral obligation alone does not a moral person make. Thus,if we want a moral citizenry,it is probably insufficient merely to teach what is right and wrong.


・ZAGZEBSKI.L.
・EMOTION AND MORAL JUDGMENT
・PHILO.A.PHENOMENOLOGICAL RESEARCH,LXVI-1,2003.
・ZAGZEBSKI.L.,MACKIE,SHAFER-LANDAU.R.,BRINK,CLARK.P.,DAVIDSON,MELE.A.,MCDWOELL,WILLIAMS,WIGGINS,TAYLOR.C.,BRENTANO,FOOT,STOCKER.M.,NUSSBAUM,STROUD.B.,FRIJDA.N.,
・EMOTION,MORAL JUDGMENT,THICK AFFECTIVE CONCEPT,INTENTIONAL OBJECT,COGNITIVISM,MOTIVATIONAL JUDGMENT INTERNALISM,
・104. This paper argues that an emotion is a state of affectively perceiving its intentional object as falling under a "thic affective concept".
104. "That is A"(pitful,contemptible,rude,etc.). Such judgments combine the features of cognitivism and motivational judgment internalism,....


・ZAGZEBSKI.L.
・DIVINE MOTIVATION THEORY (REVIEW BY;HARE.J.)
・NOTRE DAME PHILO.REVIEWS,2005.02.13.
・ZAGZEBSKI.L.,HARE.J.,THOMAS,KIERKE.,KANT,
・DIVINE MOTIVATION THEORY,GOD,LOVE=INTELLECTUAL AFFECTION,DIVINE COMMAND THEORY,
・the position of Aquinas that God does not have passion (which are sensory) but intellectual affections (such as love and joy).....But....the undefended assumtion....that if we talk about love as a motivation,we are not talking about the will. But on the Thomist view,this is a mistake.
This is the basis for Kierkegaard's extraordinary treatment of 'Thou shalt love' in Works of Love,(and also of Kant's treatment of what he calls 'practical love'). Divine Motivation Theory does not consider this matter....


・KAGAN.J.
・MOTIVES AND KNOWLEDGE
・J.OF PERSONALITY AND SOCIAL PSYCHOLOGY,22,1972,pp.51-66.
・KAGAN.J.,BERLYNE.D.E.,BETNHAM,FREUD,JAMES,PIAGET,FESTINGER.L.(55),
・MOTIVES A.KNOWLEDGE,PLEASURE,FEAR(55),SHAME,GUILT(5),TASTE(58),"EPISTEMIC CURIOSITY"(B.)(57),INCOMPATIBILITY(54),COGNITIVE DISSONANCE(55),
・AUS:FA6800(Loewenstein.G.),p.87: I believe that the need for sense making discussed by Kagan and others provides a plausible account of the underlying cause of curiosity.
54. The Motive to Resolve Uncertainty:The Wish to Know:


・ROGERS.B.
・JOHN RAWLS
・INTERNET 2002.11.27.
・ROGERS.B.,RAWLS,
・MORAL PSYCHOLOGY,
・After the publication of A Theory of Justice,he had hoped to work on a distinct,but related,issue of moral psychology.


・SARASOHN.L.T.
・MOTION AND MORALITY:PIERRE GASSENDI,THOMAS HOBBES AND THE MECHANICAL WORLD-VIEW
・J.OF THE HISTORY OF IDEAS,46-2,1985.
・SARASOHN.L.T.,GASSENDI,HOBBES,EPICUROS,BLOCH.O.R.,ARIST.,DESCARTES,DEMOCRITOS,
・MOTION A.MORALITY,FRENCH ATOMISM,SWERVE(366),MATERIALISM,GOD,"INERTIAL EGOISTS"(HOBBES)(368),ANIMISTIC IDEAS(370),MATERIALISM,LIBERTAS;LIBENTIA(371),PLEASURE,INDIFFERENCE,CAUSAL DETERMINATION,REASON,FIRST BEGINNING OF MOTION(376),CONATUS,PSYCHOLOGY,GOD'S PRIMARY CAUSATION(367),UNCERTAINTY(374),COERCION,GOOD,PLEASURE,
・371. Libertas is true freedom,freedom from both coercion and causal determination.
371. Libentia,willingness or voluntary action,is the same thing as an "actio spontanea."−−熟慮なしにappetiteに従う場合も。


・PEREBOOM.D.
・IS OUR CONCEPTION OF AGENT-CAUSATION COHERENT?
・PHILO.TOPICS,2004.
・PEREBOOM.D.,HUME,
・自由意志(FREE WILL)、行為者-因果性(AGENT-CAUSATION)、動機的状態、HEGEMONIKON(283)=魂の合理的・統制的部分、DECISION,STOIC、
・283. In the Stoic picture,a mature human agent normally has the power to freely and voluntarily assent to,dissent from,or suspend judgment with regard to any proposal for action suggested by its motivational states. Its source is the rational,ruling,part of the soul--the hegemonikon.
283. A further feature of the Stoic theory is that in order for a decison to take place,the hegemonikon indeed must exerice exectutive control.....With only the causal efficacy of the various motivational states in place we don't yet have a decision.


・HINMAN,L.
・ON THE PURITY OF OUR MORAL MOTIVES:A CRITIQUE OF KANT'S ACCOUNT OF THE EMOTIONS AND ACTING FOR THE SAKE OF DUTY
・THE MONIST,66,1983,pp.251-67.
・HINMAN.L.,KANT,WOLFF.R.P.,HENSON.R.G.,WALTON.K.L.,
・PURITY OF OUR MORAL MOTIVES,DUTY A.INCLINATION(251),EMOTION,ACTING FOR THE SAKE OF DUTY,RESPECT,SELF-INTEREST,SUFFERING(265),EMPATHETIC UNDERSTANDING,
・AUS:FA6682,P.430.
265. If responding to the moral dimensions of such a situation involves showing that one does recognize,for example,the suffering of others,and if such recognition involves not simply propositional assent but a demonstration of empatheic understanding,then having emotions may also be necessary to moral action.


・CLARKE.R.
・CONTRASTIVE RATIONAL EXPLANATION OF FREE CHOICE
・PQ,46,1996,pp.185-201.
・CLARKE.R.,NAGEL,KANE.R.,
・自由な選択の対照的合理的説明(CONTRASTIVE RATIONAL EXPLANATION OF FREE CHOICE):CAUSAL:NON-CAUSAL、選択の原理(差異条件に加えて)、「合理的非決定性」(195)、「選択の合理的説明を統制する背景原理」、動機的に強い、
・195. .....Thus,as Lipton notes (p.47[1991]),some principles of selection of contrastively explanatory factors in addition to the difference condition are required.
196.選択の合理的説明を統制する(governing)背景原理:a.「人間的行為者は、合理的に選択するより強い傾性をもつ。」/b.「全ての人間的行為者は、当面している選択にとって有意的な動機的により強い理由に基づいて選択する傾向に在る。」
196.「動機的に強い」=因果的強さ、or: the degree to which the reasons contribute to the probability that the agent will make the choice.....
196. it is in the light of this background that we seek and offer rational explanations of choice.


・VELLEMAN.J.D.
・MOTIVATION BY IDEAL
・PHILOSOPHICAL EXPLORATIONS,5,2002,pp.89-104.
158)
RITTON.R.,MELE.A.R.,BROOME,DARWALL,GREESPAN.P.S.,HARE,HILL.T.E.JR.,HARMAN.G.,
・NORMATIVITY,COMMITMENT,INSTRUMENTAL REASON,DESIRE,



・DE DICTO AND DE RE
・WIKIPEDIA,2010/10/26

・DE RE(=OF (THE) THING),DE DICTO(=OF (THE) WORD),THOUGHT,DESIRE,MODALITY, 一つの解釈(de dicto解釈):Jana wants to marry the tallest man in California,whoever he might be.−−この場合、Jana has a certain unspecific desire.
別の解釈(de re解釈):Jana wants a certain man,who in fact happens to be the tallest man in Calfornia.−−この場合、Her desire is for that man.


・EVERSON.S.
・THE DIFFERENCE BETWEEN FEELING AND THINKING
・MIND,97-387,1988,pp.401-13.
・EVERSON.S.,HUME,BENNETT,ALEXANDER.P.,MACKIE,EVANS.G.,
・FEELING<>THINKING,REASONING,PERCEPTION,
・AS:FA7244


・GAITA.R.
・INTEGRITY

・TAYLOR.G.,FINGARETTE,RORTY.A.O.,SMART.J.J.C.,MCDOWELL,
・INTEGRITY,


・HENSON.R.G.
・WHAT KANT MIGHT HAVE SAID:MORAL WORTH AND THE OVERDETERMINATION OF DUTIFUL ACTION
・PR.88,1979,pp.39-54.
・HENSON.R.G.,KANT,BROAD,SIDGWICK,WOLFF.R.P.,KEMP.J.,ROSS,
・MORAL WORTH,OVERDETERMINATION OF DUTIFUL ACTION,RESPECT FOR DUTY,PRUDENCE,MOTIVE,CATEGORICAL IMPERATIVE,
・AUS:TIMMONS2002.
39. a fact which he[Kant] did not seem to notice:namely,that dutiful action--action which,whatever its motive,fulfills a duty--can be overdetermined,and determined in particular by both respect for duty and some consortium of inclinations and prudence.


・MARINIER.R.P.+
・A COMPUTATIONAL UNIFICATION OF COGNITIVE BEHAVIOR AND EMOTION
・COGNITIVE SYSTEMS RESEARCH,2008.
・MARINIER.R.P.,LAIRD.J.E.,LEWIS.R.L.,DAMASIO,GRATCH.J.,NEAL REILLY.W.S.,NEWELL.A.,SMITH.C.A.,
・A COMPUTATIONAL UNIFICATION OF COGNITIVE BEHAVIOR AND EMOTION,


・O'HAGAN.E.
・MORAL SELF-KNOWLEDGE IN KANTIAN ETHICS
・ETHICAL THEORY A.MORAL PRACTICE,12,2009.
・O'HAGAN.E.,AMERIKS.R.,BOYLE.M.,HERMAN.B.,KANT,KITCHER.P.,KORSGAARD,LOUDEN.R.B.,MCGEER.V.,MORAN.R.,O'NEILL.O.,SHERMAN.N.,WILLIAMS,WOOD.A.,
・MORAL SELF-KNOWLEDGE,SELF-DECEPTION,DUTY,CASUISTRY,


・OLSON.J.
・ARE DESIRES DE DICTO FETISHISTIC?
・INQUIRY,45,2006.pp.89-96.
・OLSON.J.,LILLEHAMMER,DREIER,SMITH.M.,DANCY,SOBEL,
・ARE DESIRES DE DICTO FETISHISTIC?,MORAL FETISH,DESIRE:DE RE;DE DICTO(90),MOTIVATION,RIGHTNESS,DE DICTO MOTIVATION(92),INTERNALISM,
・89. there are ways of being motivated to perform moral acts solely by de dicto desires that would not amount to moral fetishism.


・PIPER.A.M.S.
・MORAL THEORY AND MORAL ALIENATION
・JP.84-2,1987.
・PIPER.A.M.S.,WILLIAMS,BLUM.L.,STOCKER,SLOTE.M.,RAWLS,
・MORAL ALIENATION,SELF,PERSONAL WARMTH(109),DESIRE,IMPARTIAL,


・ROSATI.C.S.
・SELF-INTEREST AND SELF-SACRIFICE
・PROCEEDINGS OF THE ARIST.SOCIETY,CIX-3.2009.
・ROSATI.C.S.,DARWALL,FELDMAN.F.,HOOKER.B.,OVERVOLD.M.C.,RAWLS,SOBEL.D.,VELLEMAN.J.D.,
・SELF-INTEREST A.SELF-SACRIFICE,DESIRE-THEORY,SCOPE PROBLEM,


・SCHROETER.F.
・ENDORSEMENT AND AUTONOMOUS AGENCY
・PHILO.A.PHENOMENO.RESEARCH,69-3,2004.
・SHROETER.F.,BERRIDGE.K.C.,BLOCK.N.,BRATMAN.M.,BUSS.S.,CASTIELLO.U.,DAVIDSON,FRANKFURT,FREUD,GHEZ.C.,HAJI.I.,HEILMAN.K.L.,JEANNEROD.M.,KORSGAARD,LIBET,MELE.A.,PACHERIE.H.E.,ROBINSON.T.F.,ROTHI.L.J.,SEARLE,SIGURU.A.,VELLEMAN.J.D.,WATSON.G.,HOBBES,
・AUTONOMOUS AGENCY,WILL,DESIRE,
・633. what Donald Davidson has called "mysterious acts of the will,or kinds of causation foreign to science"(1080,83).


・SHERMAN.N.
・THE PLACE OF EMOTIONS IN KANTIAN MORALITY
・FLANAGAN.O./RORTY.A.O.EDS.,IDENTITY,CHARACTER,AND MORALITY,1990,pp.149-70.
・SHERMAN.N.,KANT,BARON.M.,HERMAN.B.,O'NEILL.O.,BLUM.L.,LANGE.C.G.,RAWLS,
・EMORTION,
・AUS:TIMMONS2002


・SOBEL.D.
・PAIN FOR OBJECTIVISTS:THE CASE OF MATTERS OF MERE TASTE
・ETHICAL THEORY A.MORAL PRACTICE,8,2005.
・SOBEL.D.,BRANDT,CHANG.R.,COPP.D.,DARWALL,HARE,FOOT,GAUTHIER,GRIFFIN,HARSANYI,HURSTHOUSE.R.,LEWIS.D.,MCDOWELL,MILL,PARFIT,RAILTON.P.,RAWLS,RAZ,SCANLON,SENOR.D.,SIDGWICK,SMITH.M.,
・TASTE,DESIRE-BASED UNDERSTANDING OF THE GROUNDS OF SUCH REASONS,PRACTICAL REASON,SUBJECTIVISM,WEAK OBJECTIVISM,


・STOCKER.M.
・FRIENDSHIP AND DUTY:SOME DIFFICULT RELATIONS

・SROCKER.M.,BLUM.L.,BARON.M.,
・FRIENDSHIP,DUTY,


・TAYLOR.G.
・INTEGRITY

・GAITA.R.,TAYLORO.G.,WOHLHEIM.R.,MCDOWELL,ARIST.,WEIL.S.,
・INTEGRITY,


・WRIGHT.J.C.+
・THE COGNITIVE AND AFFECTIVE DIMENSIONS OF MORAL CONVICTION:IMPLICATIONS FOR ATTITUDINAL AND BEHAVIORAL MEASURES OF INTERPERSONAL TOLERANCE
・PERSONALITY AND SOCIAL PSYCHOLOGY BULLETIN,ORIGINALLY PUBLISHED ONLINE 6 AUGUST 2008.
・WRIGHT.J.C.,CULLUM.J.,SCHWAB.N.,ALLPORT.G.W.,BROWN.R.,BYRNE.D.,FAZIO.R.H.,GREENE.J.D.,HAIDT.J.,KROSNICK.J.A.,PRINZ.J.,SKITKA.L.J.,TURIEL,E,M
・THE COGNITIVE AND AFFECTIVE DIMENSIONS OF MORAL CONVICTION,TOLERANCE,ATTITUDE,MORAL BELIEF,


・COHON.R.
・HUME'S MORAL PHILOSOPHY ・STANFORD ENC.OF PHILO.,2010.
・COHON.R.HUME,
・道徳判断←理性のみ、道徳的評価≠信念・意見;認知的内容を欠く、→H.=情動主義、没利益的観照、徳・悪徳、
・9/28: This argument about motives concludes that moral judgments or evaluations are not the products of reason alone. From this many draw the sweeping conclusion that for Hume moral evaluations are not beliefs or opinions of any kind,but lack all cognitive content. That is,they take the argument to show that Hume holds a non-propositional view of moral evaluations--and indeed,given his sentimentalism,that he is an emotivist:.....
11/28:n H:The virtues and vices are those traits the disinterested contemplation of which produces approval and disapproval,respectively,....


・COHON.R.
・HUME'S MORAL PHILOSOPHY
・STANFORD ENC.OF PHILO.,2010.
・COHON.R.HUME,
・情緒(SENTIMENT)、共感、同感、想像力、自然的徳、正義、快、心理的メカニズム、
・12/28: He[H.] claims that the sentiments of moral approval and disapproval are caused by some of the operations of sympathy,which is not a feeling but rather a psychological mechanism that enables one person to receive by communication the sentiments of another (more or less what we would call empathy today).
13/28: since the imagination is more struck by what is particular than by what is general,manifestations of the natural virtues,which directly benefit any individual to whom they are directed,are even more apt to give pleasure via sympathy than are the manifetations of justice....(T3,3,1,13).


・COHON.R.
・HUME'S MORAL PHILOSOPHY
・STANFORD ENC.OF PHILO.,2010.
・COHON.R.HUME,
・PASSION,WILL,MOTIVE,ANTI-RATIONALISM.INSTRUMENTALISM(8),SENTIMENTALISM,IS A.OUGHT,


・DETRE.G.
・NOTES==HUME ON ETHICS
・INTERNET,2010/12/01ETSURANN
・DETER.G.,HUME,
・SYMPATHY,


・GAKURAN.M.
・HUME'S MORAL PHILOSOPHY
・INTERNET,2008/05/23.,br> ・GALURAN.M.,HUME,
・MORAL,PASSION,FEELING(>JUDGING),IDEA,REASON,INSTRUMENTALISM,ACTION,EMOTION,CALM DESIRE,MORAL SENSE,MOTIVATION,
・4/11.H:"Morals excite passions,and 5.produce or prevent actions.....The rules of morality,therefore,are not conclusions of reason"(T3.1.1.,p.756).
5/11.H:"Morality・・・is more properly felt than judged of; though this feeling or sentiment is commonly so soft and gentle that we are apt to confound with an idea,according to our common custom of taking all things for the same which have any near semblance to each other"(T3.1.2,p.762).
8/11: Hume's claim that 'reason is the slave of the passions' allows that,not only does reason discover the means to our ends(the circumstances and causal links in different situations),it also requires to take these means.


・MCREYNOLDS.P.
・THE MOTIVATIONAL PSYCHOLOGY OF JEREMY BENTHAM
・JEREMY BENTHAM CRITICAL ASSESSMENTS VOL2.1993.
・MCREYNOLDS.P.,BENTHAM,
・MOTIVATIONAL PSYCHOLOGY,"A TABLE OF THE SPRINGS OF ACTION",PLEASURE,AFFECT,


・MCREYNOLDS.P.
・JEREMY BENTHAM AND THE NATURE OF PSYCHOLOGY
・JEREMY BENTHAM CRITICAL ASSESSMENTS VOL2.1993.
・MCREYNOLDS.P.,BENTHAM,BEDFORD.E.,COPLESTON,GALEN,HELVETIUS,HOBBES,KAPLAN.A.,KOCH.T.W.,LOCKE,MALCOLM,MUNRO.D.H.,OGDEN.C.K.,PETERS.R.S.,POLANYI.M.,RUSSELL,RYLE,SARBIN.T.R.,URMSON,VAIHINGER.H.,WITT.,
・PSYCHOLOGICAL CONCEPTS,


・MILLGRAM.E.
・PRACTICAL REASON AND THE STRUCTURE OF ACTIONS
・STANFORD ENC.OF PHILO.,2005.
・MILLGRAM.E.,ANSCOMBE,BENSON.P.,BRANDOM,BUSS.S.,ENOCH.D.,FRANKFURT,HOOKER.B.,KORSGAARD,NAGEL,RAWLS,SCHAPIRO.T.,SMITH.M.,THOMPSON.M.,VELLEMAN.J.D.,VOGLER.C.,WATSON.G.,WILLIAMS,/HUME,KANT,ARIST.,
・PRACTICAL REASON,VIEW OF ACTION:CALCULATIVE;AUTHORSHIP; RACTICAL,INSTRUMENTALISM,WHY?,PARTICULARISM(6),THE SENSE OF OWNERSHIP(8),ENDORSEMENT,DESIRE,NARRATIVE EXPLANATION,MORAL PSYCHOLOGY(12),INTENTIONAL ACTION,EVALUATIVE BELIEF,
・12/15: n Buss: the content of the endorsement must in one way or another come to allowing the agent's reasons to be sufficient for performing the action (B.1999).
12/15: ヒュームによれば信念・欲求=別の心理状態 < B:Since such a moral psychology has no room for evaluative beliefs,and since intentional action requires one particular sort of evaluative belief,Humean moral psychology is....incompatible there being intentional actions.


・O'NEILL.O.
・WITHIN THE LIMITS OF REASON
・REATH+EDS.,RECLAIMING THE HISTORY OF ETHICS:ESSAYS FOR JOHN RAWLS,1997,pp.270-96.
・O'NEILL.O.,KANT,DESCARTES,
・WITHIN THE LIMITS OF REASON,AUTHORITY,


・PIANALTO.M.
・MORAL CONVICTION AND CHARACTER
・INTERNET
・PIANALTO.M.,HEINE,YEATS,NIETZSCHE,GERD.B.,SKITKA.L.,WRIGHT.J.C.,KEKES.J.,TAYLOR.G.,WILLIAMS,MILL,CALHOUN.C.,
・MORAL CONVICTION(<>OPINION),CHARACTER,INTEGRITY,COMMITMENTS A.IDEALS(2),"MORAL BLINDNESS,FANATISIM,DOGMATISM A.SELF-RIGHTEOUSNESS(OR WHAT B.GERT HAS RECENTLY CALLED MORAL ARROGANCE)"(2)MOTIVATIONAL FORCE(3),RELIGIOUS BELIEF(5),SENSE OF SELF(6),
・1. ハイネ:"People in those old times had convictions; wemoderns have only opinions. And it needs more than a mere opinion to erect a Gothic cathedoral."
2. イーツ:"The best lack all convictions,while the worst are full of passionate certainty"
2. ニーチェ:"Convictions are more dangerous enemies of truth than lies."
6. 確信をもたぬ人:"より多くの善のために自身の生を放棄することを求められるなら、彼の義務を果す。しかし、彼の動機は深さを欠いている"....対して:"確信の人は(時として)一種の自律・self-investmentを示す" 9.「ニーチェでさえ、確信の動機付け的価値を認知し、偉大な行為は確信を要することを認める。」


・PIPER.M.S.
・KANT ON THE OBJECTIVITY OF THE MORAL LAW
・REATH+EDS.,RECLAIMING THE HISTORY OF ETHICS:ESSAYS FOR JOHN RAWLS,1997,pp.270-96.
・PIEPER.M.S.,KANT,RAWLS,GAUTHIER,FEINBERG,
・OBJECTIVITY OF THE MORAL LAW,CATEGORICAL INDICATIVES,IDEAS,HYPOTHESIS
CONSTRUCTION,MAXIMS,UNIVERSALIZATION,


・POGGE.T.W.
・KANT ON ENDS AND THE MEANING OF LIFE
・REATH+EDS.,RECLAIMING THE HISTORY OF ETHICS:ESSAYS FOR JOHN RAWLS,1997,pp.270-96.
・POGGE.T.W.,KANT,HILL.T.,KORSGAARD,FOERSTER.E.,
・TWO SENSES OF ZWECK,ENDS:GOALS,PURPOSIVENESS,MORAL TELEOLOGY,HIGHEST GOOD,


・SHERMAN.N.
・KANTIAN VIRTUE:PIGGISH OR PASSIONAL?
・REATH+EDS.,RECLAIMING THE HISTORY OF ETHICS:ESSAYS FOR JOHN RAWLS,1997,pp.270-96.
・SHERMAN.N.,KANT,HERMAN.B.,GUYER,ARIST.,
・KANTIAN VIRTUE,"IN WHAT SENSE ARE WE AGENTS OF OUR EMOTIONAL EXPERIENCE?","RISPECT AS A DISTINCTIVE MORAL EMOTION",ARISTOTELIAN VIRTUE,
・AUS:TIMMONS2002


・VELLEMAN.D.
・PRECIS OF THE POSSIBILITY OF PRACTICAL REASON
・PHILOSOPHICAL STUDIES,121,2004.
・VELLEMAN.J.D.,MELE.A.,AUDI.R.,DILMAN.I.,HAMPSHIRE,HEIL.J.,HONDERICH.T.,KUBARA.M.,PETTIT,SMILANSKY,STRAWSON.P.F.,VALLACHER,WATSON.G.,WEGNER,/O'SHAUGHNESSY,ANSCOMBE,DAVIDSON,MAIMONIDES,
・PRACTICAL REASON,INTENTIONAL ACTION,NORMATIVE FORCE OF REASON,DESIRE,MOTIVATIONAL MAKEUP'235),


・VELLEMAN.D.
・THE GUISE OF THE GOOD
・NOUS,26-1,1992.
・VELLEMAN.J.D.,DAVIDSON,ANDERSON.E.,ANSCOMBE,BAIER,BOND.E.J.,DE SOUSA.R.B.,FALK.W.D.,GINSBORG.H.,GOLDMAN.A.I.,LEWIS.D.,MCDOWELL,NAGEL,PEARS.D.,PLATTS.,SEARLE,SMITH.M.,STAMPE.D.,STOCKER,URMSON,WILLIAMS,
・PHILO.OF ACTION,INTENTION,DESIRE,VALUE,MORAL PSYCHOLOGY,DIFFERENCE BETWEEN MOTIVATION A.RATIONAL GUIDANCE(5),RECONCILIATION OF MOTIVATION A.RATIONAL GUIDANCE(7),REASON,COGNITIVISM,CONATIVE ATTITUDE<>COGNITIVE ATTITUDE(8),DIRECTION OF FIT(8),PROPOSITIONAL ATTITUDE(9),


2010.12.24.作成



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