講義「「文化」の近代」関連文献資料

 ver.1.1




・[番号]
・[筆者]
・[順番]
・[タイトル]
・[出版社/掲載誌]
・[キーパーソン]
・[キーターム]
・[メモ]


目次

1. メモ帖から
   
2. 邦語書籍
   JB
3. 邦語論文
   JA
4. 欧語書籍
   FB
5. 欧語論文
   FA


   

   1.M


●366
・BELL.R.H.

・WITT.'S ANTHROPOLOGY

・WITT.,GEERRTZ,WINCH,RHEES,
・他の文化の理解,自己理解,相対主義,内から見る,
・295.解釈≠理解. Wの問い:別の文化に生きる人の生の実践の深さ を我々はいかにCONTEMPLATEできるか. 筆者の答え:AN ANALOGY OF SELF-UNDERSTANDING の展開によって。
296.N W,1949.「文化=MONASTIC RULE」
298.N GEERTZ,Wの見方:「文化的相対主義の真=他人のIMAGINATIONを 我々のものであるかのように把握すること出来ぬ。偽=およそ把握できぬ。」 298.WINCH−X。 300.理解とは何か。 303FF.:Gの論。
309.理解は「内から」見ることを要する。しかし,この「内から」≠当人の内から,=我々の内から*→自己理解 310.このSELF-INSPECTION は,我々を,他者と共通の経験のRANGEへともたらす。ここに,理解の 可能性がある。CF.RHEES,WITT. ON LANGUAGE AND RITUAL.
309.Wの「実践の内的本生」を見なければならぬ,は*の意味だ。

●891
・ササキ.ツ.
・1
・ゲンダイアメリカ ノ ホシュシュキ

・FRIEDMAN,KENNEDY,
・保守主義,自由主義経済,市場機構,対抗文化,
・3.第二次対戦後の保守主義興隆の三段階:1.40年代後半ー50年代−−反共主義,マッカーシズム。また,M.とは別にHAYEK ETC.
2.60年代の様々な政治的・文化的動きに対する反対・抵抗としての保.の興隆;反 ケネディー,ジョンソン(「貧困に対する戦い」),ゴールドウォーター共和党候補。 反 人種差別解消政策,G.ウォレス−アメリカ独立党。 −−反インテリ集団。CF.FRIEDMAN.M.,『資本主義と自由 』。 反 対抗文化,ベトナム反戦,女性解放運動。−−ニューライト,キリスト教ニューライト。
3.71年のニクソンの新経済政策に始まった,アメリカの経済的地位の低下の問題→経済的再生のかけ声と共に保守主義が強力に支持される。−−伝統の自由主義経済と市場機構への信頼の唱和。ケインズ経済学の没落,サプライサイド経済学の登場。70年末から,ニュー・ナショナリズムと呼ばれる国際的自己主張。

●941
・ササキ.ツ.
・1
・ホシュカ ト セイジテキイミクウカン

・BELL,REICH,FRANKLIN,
・米国保守主義,資本主義の文化的矛盾,ノスタルジア,
・108.米の保守主義≠伝統・権威と結び付けられる通常のイメージでの保守主義。
113.米保守主義の主張:1.市場機構の自主性の断乎たる擁護=政府の経済活動への介入に対する強い拒否。N 保:29年の大恐慌も≠資本主義のメカニズムの自己破産,=政府の誤った介入に原因する。
116.BELL.D.が『資本主義社会の文化的矛盾』で論じた文化的抑制(← フランクリン的徳目)の崩壊に対して,その回復を主張。
117.米.保.は,政治参加の昂揚=「民主主義の過剰」が「大きな政府」の原因であることを強調し,人々が,「小さな政府」の下,私生活に没頭し,政治的エリートの指導に全てを委ねることを要求。
118.米保は,ユートピアニズムを批判し,リアリズムを称賛。
119.米保の考え方を支えている統一的要素:N R.ライシュ:ノスタルジア。

●1817
・ナラ奈良和重
・1
・ダニエル・ベルと(ポスト)モダニズム
・法学研究 64-4.慶応義塾
・BELL.D.,NIETZSCHE,WEBER,TURNER.B.S.,LYOTARD,
・ポストモダン、近代性、文化的モダニズム、美的モデルネ、資本主義の文化的矛盾、美学的体験、モダニズム=ニヒリズム、
・1.N BELL:モダニズム=ニヒリズムという妖怪の徘徊
2.N BELL:「文化的矛盾」が「中心的な課題」
5.N TURNER:ポストインダストリアリズムに対する知識と情報の集中性というBの見解は、ポストモダン理論の基礎である。CF.LYOTARD
5.B←WEBER:近代における三領域への分化。
6.Bはまた:世俗化という基軸から近代性の特質を明らかにする。−−8.B:「プロテスタンティズムの倫理がブルジョワ社会から分離されると、残ったのはただ快楽主義だけであって、資本主義は、その超越的倫理を喪失してしまった。」−−この事態が=資本主義の文化的矛盾
9.かかる事態←(文化的)モダニズム=「敵対文化」(TRILLING)−−10.「ただ美学的な現象としてのみ現存在と世界は永遠に正当化される」(NIETZSCHE)−−B:「Nにおいては....もしも美学的体験のみが生を正当化するものとすれば、道徳は中断され、欲望は無限定となるであろう。」

●1818
・ナラ奈良和重
・2
・ダニエル・ベルと(ポスト)モダニズム
・法学研究 64-4.慶応義塾
・BELL.D.,NIETZSCHE,WEBER,
・ポストモダン、近代性、文化的モダニズム、美的モデルネ、資本主義の文化的矛盾、伝統的モダニズム≠ポストモダニズム、快楽主義の時代、ポップアート、
・12.これら三領域の自律性要求がそれぞれの固有法則をも超えようとするところに、Bは「現代の危機の根拠」を見出す。
14.B:「1960年代にポストモダニズムの強力な流れが展開されたが、それは、この論理をその極限にまで押し進めたものであった」
16F.N B:「快楽主義の時代」に相応しい文化スタイル=ポップアート
17.N B:伝統的モダニズムは....な制約のうちにとどまっていた。これに対してポストモダニズムは....。
18.N B:NIETZSCHEの『悦ばしき学問』がすでに「ポルノグラフィの一形態」であった。
22.アメリカ文化はピロテスタント的、資本主義的であり....アンティ・インテレクチュアリズムであったがゆえに、モダニズムの痕跡は無い。N B;モダニズムはアンティ・ブルジョワ的であり、その文化的源泉は、貴族主義的であると共にカトリック的。米国には:←欧州。

●1819
・ナラ奈良和重
・3
・ダニエル・ベルと(ポスト)モダニズム
・法学研究 64-4.慶応義塾
・BELL.D.,CASANOVA.J.,STAUTH.G./TURNER.B.S.,HAB.,DURKHEIM,BENJAMIN.W.,
・ポストモダン=「距離の喪失」(吹uアウラの喪失」)、近代性、文化的モダニズム、「聖なるものへの回帰」、「共同意志」、「ノスタルジー・パラダイム」、アヴァン・ギャルド、シュールレアリズム、
・24.Bが最後にもちだしてくるもの:「聖なるものへの回帰」(SEE CASANOVA)
25.B:ポストモダン=「距離の喪失」(=BENJAMINの言う「アウラの消滅」)
27.N B:「文化の、そして宗教の規範とは記憶である」
29.Bには:DURKHEIM的な「共同体的」絆への郷愁がある。(STAUTH/TURNER:「ノスタルジー・パラダイム」)
34.N B:世俗領域においても、「個人を結びつける超越的な絆」−−「共同意志」が存在せねばならぬ。
35FF.N HAB.:
37.N H.:アヴァン・ギャルド芸術のもたらすアノミー的効果についての保守主義者の誹謗は、芸術を無媒介に形態転化させようとしたシュールレアリスムのプログラムにのみ妥当する。*

●1820
・ナラ奈良和重
・4
・ダニエル・ベルと(ポスト)モダニズム
・法学研究 64-4.慶応義塾
・BELL.HAB.,BENJAMIN.W.,HEIDEGGER,ARENDT,INGRAM.D.,O'NEIL.J.,BENN.G.,
・ポストモダン、アヴァン・ギャルド、ファシズム=政治と文化(美学)との結合、新保守主義、美学モデルネ、
・38.*HAB.< しかしアヴァン・ギャルドのアヴァン・ギャルドたるゆえんは、まさにそうした無媒介性にある。→BELLは美学的モダニズムのザッヘそのものを問わねばならなかった。この点でHAB.はアンビバレント
40.BELL,HAB.,のプログラムには親和性がある。
44.N O'NEIL:文化批判として両者は共通した問題意識をもっており、共にNEO-MODERNISMと呼ばれてよい。 AUCF SEE,INGRAM
41.HAB.はBELLを最初「新保守主義者」と規定したが、後には見解を修正。
43.Bは:政治と文化(美学)との結合としてのファシズムが、表現主義芸術家BENN.G.およびHEIDEGGERを取り込んでいったことを明記。
43.HAB.:「モデルネのプロジェクト」の未完、の克服−−IN:『コミュニケーション的行為の理論』−−ここで、ARENDT,BENJAMINの試みを示唆;意味喪失というテーマに関してはBELLを引照。

●1922
・カシ柏木博
・3
・道具とメディアの政治学
・未来社 1989.
・KASHIWAGI,H,LYOTARD,JAMESON,BENJAMIN,/LYOTARD,MORRIS.W.,BENJAMIN,ガタリ.F.,
・ポストモダン、道具・メディアの政治学、流行、消費、メタファーとしてのもの、広告/ポストモダン、「現代文化のゼロ度」、「大きな物語」、アンビール様式、アール・ヌーボー、ミクロ・ポリティクス、アヴァンギャルド、
・280FF.ポストモダン=モダンは終焉したのか:
281.両者≠単なる時代区分。前者は後者と同時に始まる。CF.LYOTARD
282.CF.朝はロックを聞きながら、昼は演歌とともにラーメン、夜はオペラを観て....という「現代文化のゼロ度」(LYOTARD)という事態:70年代後半から80年代始めに急速に広がり始めた。−−284.こういう生活環境としてポストモダン状況(「大きな物語」の後退)あり。
286.18-19世紀:特定の装飾様式をもたず。この混乱から:1.定政(アンビール)様式出現:1804−1914年。古典・古代からの装飾的モチーフを引用合成。しかし、かつて持っていた象徴性の喪失。 2.また別の方向での解決として:19世紀のアーツ・アンド・クラフツ(MORRIS.W.)、アール・ヌーボー、機械テクノロジーを背景としたデザイン。
289.ミクロ化する現実に対して、ミクロ・ポリティクスな視線を向けること。ガタリ.F.、BENJAMIN。/アヴァンギャルドの再検討を。

●1923
・カワ川合全弘

・ワイマール共和国期におけるエルンスト・ユンガーの政治思想(1)(2)
・法学論叢 112/6,113/1 1983,1983.
・JUENGER.E.,KROCKOW,SCHMITT.C.,HEIDEGGER,BAUDELAIRE,
・唯美主義と政治(94)、審美主義、英雄的現実主義、生=力、歴史=この力の無目的な運動、兵士ナショナリズム、倫理から美学へ、市民文化への美的嫌悪、戦争、
・AUS:和仁34.
25.終末論的な歴史過程に美を見出す「英雄的現実主義」
26.市民文化への美的嫌悪。28.N J:自然は文化に対する危険を意味するゆえに美しい。 /Jは「片手にBAUDELAIREを、もう一方の手に手榴弾を持ち、ダンディーかつニヒリスティックな破壊者」(LOOSE)
35.N KROCKOW.C.G.V.:JUENGER,SCHMITT,HEIDEGGERに共通に決断主義的
決断主義=無拘束な個人の絶対化。
34.N J,生=力。歴史=この力の無目的な運動。Jは:戦争においてこのことを体験。ここに美を見出した。
39.Jの革命的ナショナリズム。「兵士ナショナリズム」(PRUENN.K.)
94.K.:「唯美主義はJの....思考全体を規定している」
97.KLEMPERER:「Jは自由の基礎を倫理から純然たる美学へと移した」

●1926
・ミシ三島憲一
・1
・ディルタイとニーチェ
・川上倫逸E.『ドイツ近代社会の意識と社会』
・DILTHEY,NIETZSCHE,MISHIMA.K.,
・近代と伝統、ドイツ・フマニスムス(人文主義)、精神科学、自己救済の表現としての芸術の美、教養、ギリシア、
・227.過去の特定の時代のもつ規範性が歴史意識のなかで失われたときに誕生した精神科学は、まさにそれゆえに学問の存立に関して、その社会的位置づけに関してはじめから危機を宿していた。
228.N > 小市民;ドイツ・フマニスムス。「フマニスムスの古代は誤った認識であり....よく見れば古代はフマニスムスに対する反証....である」
230.Dは、啓蒙以後の内面化された「宗教性」に深く根をおろしていた233.『悲劇の誕生』は:日常生活の「現実」を....する....根源的意志を前提。そうした意志の自己認識とそれによる自己救済の表現として芸術の美が考えられていた。
234.『生に対する歴史の利害』で:精神科学一般の正当性を疑問視。
239.Dは:外面での自由は放棄して、教養へと沈潜。かつ*

●1927
・ミシ三島憲一
・2
・ディルタイとニーチェ
・川上倫逸E.『ドイツ近代社会の意識と社会』
・DILTHEY,NIETZSCHE,MISHIMA.K.,HEINE.H.,WAGNER,BENJAMIN,HORKHEIMER,HAB.,BAUDELAIRE,
・「倫理なき自由無碍なる自然力」(N.)、D=伝統との連続−−リベラリズムの限界;BENJAMIN,HORKHEIMER,HAB.はこれを越える、教養、モデルネ、
・239.* D:「人生の現実によって規制され、制限されている人間は芸術によってのみではなく、歴史の理解によって自由の境地にもたらされる」−−啓蒙された歴史主義。
241.『華やぐ知恵』355番のアフォリズムはD批判とも解釈され得る。
242.N:「倫理なき自由無碍なる自然力!それはなんと幸福であり....」245.AD HEINE:D=ネガティヴ;N=ポジティヴ。
246.AD WAGNER:1876以降におけるNにとっては:=尊大な自己満足に生きる市民の権化。Nにとって、無意味になった時代におけるまやかしの陶酔のなかでの伝統との一体感こそは精神の堕落であり、モデルニテートの表現であった。 Dにとって:伝統との連続性のゆえにWを尊重
248.DはBAUDELAIREをモデルネとして論じえず。ここにN.との分岐点
251.MANN.T.はN.が否定した側。MANN.H.の方がN.に近い。
252.D=リベラルな教養伝統の代表者。リベラリズムに固有の限界。

●1928
・ホール・エドワード

・かくれた次元
・みすず 2266Y.
・HALL.E.T.,BATESON,GOFFMAN.E.,LEWIN.K.,LORENZ.KO.,SAINT-EXUPERY,WHITEHEAD,WHORF,
・かくれた次元、社会的距離、空間の知覚、都市と文化、/動物における距離、なわばり、プロクセミックス、自動車症侯群、ヴェニス、行為←文化、
・AUS:柄谷『意味』265
3.本書のテーマ:社会的・個人的空間と、人間によるその知覚
5.異なる文化に属する人々は、違う言語をしゃべるだけでなく....違う感覚世界に住んでいる。
7.文化の体系が行動を根本的に異なる型にはめてゆくのは事実である。だが、それにもかかわらず、文化というものは、やはり生物学と生理学に深く根ざしたものなのだ。
240FF.自動車症侯群:
242.シャンゼリゼの歩道はすばらしくのびのびとした感じがするが、これは車から100フィートも離れていることにも原因がある。ヴェニス:サン・マルコ広場。
259.人間は文化というメディアを通してしか意味ある行為も相互作用もできない。

●2088
・ツジ辻内鏡人
・1
・多文化主義の思想史的文脈−−現代アメリカの政治文化−−
・思想843.1994.09.
・TUJIUCHI,ASANTE.M.K.,
・多文化主義≠文化多元主義、アメリカの政治文化、多文化教育、N A.:アフリカ中心主義≠ヨーロッパ中心主義、マイノリティ、少数者、エスニック、
・60.文化多元主義=国民文化の下位文化として種々のエスニック集団の文化を承認し、それらの諸文化がすべてのアメリカ人にとって、統一を旨とする単一文化よりも民主的で、豊かな文化を形成する、という考え ≠ 多文化主義=共通文化としての国民文化の存在を相対化し、エスニック文化を第一義的文化とする考え。
48.ASANTE.M.K. AD アフリカ中心主義:≠反ヨーロッパ主義;「中心的centricというのは、排他的な概念ではなく、自己を自己の文化的準拠枠において理解することであり、そうすることによって自己の文化と他者の文化との関連づけを可能にする概念である。」;≠ヨーロッパ中心主義。嘯アれは、特定の価値や立場を人類に普遍的な価値とする。覇権的、白人優越主義的。ア.中.は:「他の集団の見方を貶めるような自民族中心主義の立場をとらない」 →アフリカ中心のディスコースは、アフリカ人以外には適用できない、適用不必要。

●2089
・ツジ辻内鏡人
・2
・多文化主義の思想史的文脈−−現代アメリカの政治文化−−
・思想843.1994.09.
・TUJIUCHI,SAID,TAYLOR.C.,(ABIKO:SEN,KAWAMOTO.T.),
・多文化主義≠文化多元主義、アメリカの政治文化、多文化教育、マイノリティ、少数者、アイデンティティ、ポストモダンとの親近性;いや、むしろ近代的理念、PC、
・48F.多文化教育をめぐる議論の核心:教育の場においてマイノリティの尊厳をどのように承認するか、ということ。かつての「分配の平等」に加えて:等しい尊厳の享受を求める。
56.SAIDは:アイデンティティを自己解釈の発展として捉えるよりも、むしろ国民統合のイデオロギーとして外的に植え付けられたという側面に注目。
56.自己の個性的帰属(差異)に対する認識の高まりは、通常、ポストモダンの思潮と親和性をもっている。 57.PCや多文化主義をめぐる議論は、まさしくポストモダンと呼ぶべき文化状況といえる。
57.しかし:多文化主義はむしろ、自己発見、マイノリティに対する尊厳の承認という点で、近代ヨーロッパ的理念の延長線上で解釈可。 CF.TAYLOR.C.:「尊厳の平等」という道徳的承認。これは、「市民的諸権利」の法的承認とは異なる。(ABIKO:これ。SEN-川本への補完となる?)

●2090
・ツジ辻内鏡人
・3
・多文化主義の思想史的文脈−−現代アメリカの政治文化−−
・思想843.1994.09.
・TUJIUCHI,SAID,TAYLOR.C.,
・多文化主義≠文化多元主義、アメリカの政治文化、多文化教育、ポストモダンとの親近性;いや、むしろ近代的理念、真性の自己(AUTHENTICITY)、他者との対話関係によるアイデンティティの発見、
・58.TAYLORの議論は:アイデンティティの対話的形成を前提とした「承認の政治」が展開される、とい論理になっている。→ポストモダニズムとは距離を置く。
60.TAYLORに戻るならば、「他者のことを学ぶことによって我々自身が変わり、単に自分だけのなじみ深い規準だけで判断することがなくなる」ことが、どのようにすれば可能なのか、今まさに問われている。

57F.N T:多文化主義は:「真性の自己authenticity」を見出すという近代の目標と合致。
58.N T:自己のアイデンティティの発見は、一人の行為によるものではなく、他者との対話関係を通して行われ、固有のアイデンティティは、その他者との対話関係によって影響される。
TAYLOR,Multiculturalism and 典he Politics of Recognition"1992.

●2107
・タカ高橋敏夫
・1
・多様性の秩序
・亜紀書房 1985.
・TAKAHASHI.T.,L.-STRAUSS,ルクレール.G.,(UENO.C.?,NAKAZAWA.S.,ASADA.A.)
・多様性の秩序、文化相対主義、
・AUS:浅見 IN クリティーク11.P.74:....限りで、あらゆる美的・文化的価値をウワバミの如く飲み込み、システム安定化要因として消化してしまう、この超弾力的な「多様性の秩序」(高橋)、これこそ、人の言うポスト・モダン情況の核心であり、その本質的保守性の根拠である。
4.裏町の知=シャーマン、キッチュ=チベット宗教、逃走アイドル....5.現在=”キーワードの時代”
17.L.-STRAUSS:「....この相対主義理論こそ、研究対象の民族と私たちの深い親密な合意を作り出す手段だと私たちは思っていたのですが、相手の民族自身がそれを斥けるのです。同じ進歩....同じ工業化....を望み....。したがって自らを「異なるもの」と感じたり、「異なるもの」として規定されるよりは、「遅れたもの」と規定されることを好むでしょう。」(「民族学者の責任」)/18.ルクレール:「彼らは、すでに作り出されて現存する不平等等を文化相対主義が錯覚上の多元性によって隠蔽

●2108
・タカ高橋敏夫
・2
・多様性の秩序
・亜紀書房 1985.
・TAKAHASHI.T.,L.-STRAUSS,ルクレール.G.,
・多様性の秩序、文化相対主義、パルコ的多様性、文化人類学、差別、
・するから文化相対主義を拒否するのである」(『人類学と植民地主義』)。  −−
20.”多様性”の理論的支柱たる文化人類学がこうした問題をかかえこんでいるにもかかわらず、それはなぜいまきわめてオプチミスティックな”多様性”しか語りかけないのだろうか。そしてまた、それと同置される”異なるもの”が、異文化の理解が、あたりさわりのないキーワードと化して知的な状況をにぎわしているのか。−−答えはひとつしか見いだせまい。差別性がたとえば”不平等”や”劣等性”に一次元化されるのではなく、分断され、分散され、すなわち多様化されてしまったからである。だがしかし、多様性はこの環境にあって、どのように姿を変えようとも差別化にしか帰結しえない、このことをよく知るべきだろう。   /CMの多様性とは、広告主が....大手流通産業にかわったが故に必然化したパルコ的多様性にすぎない。

●2162
・ハーバーマス
・2
・道徳意識とコミュニケーション行為:CP.1.:哲学者になにができるか ORG:Die Philo.als Platzhalter u.Interpret
・岩波 1991.
・HAB.>RORTY,
・ディスクルス:通常型;非通常型、共約的、啓発・教化edifyingする哲学、教養主義、エリート主義、哲学と科学、
・この基本的志向そのものが承認されていない事態が続くとき、なされる。非共約的な対話。 N R.:後者が、通常性に移行することを目的としなくなったとき、むしろ逆に、普遍的な一致という目標からはずれて、〈興味深くかつ実り豊かな不一致〉なるものへの希望で満足するとき=啓発・教化(edifying)。こうした対話に、問題を解決するという意図を放棄した哲学は流れ込んで行く。 < ここでは哲学は、決別の三形式の美徳をすべて統合。つまり、閑暇のなかで無為が持つ目立たない反抗性が、言語創造を行っているというエリート主義的な幻想や伝統の智恵なるものと結合している。教養へのこうした欲求は、真理への欲求を犠牲にするという代価を支払っている。−−24. これは、哲学と学問の間に高尚な分業体制を作るものなり。ディスクルスが通常型になっているか、そうでないかで哲学的な話し合いと学問とを明確に区別することはできぬ。

●2335
・イチ市川浩
・4
・〈私さがし〉と〈世界さがし〉
・岩波書店 1989.
・ICHIKAWA.H.,メリメ,ビゼー,ALEXANDER,ARAKAWA.S.,MIYAMOTO.T.,EILADE,YUASA,
・空間、右−左、ラマ教、密教、卍、無意識、悟り、ナチスのハーケン・クロイツ、脱中心化と超中心化、シンボル的文化環境の世界、
・213.N JUNG:ラマ教徒が礼拝のためにストゥーパのまわりをまわるときは右まわりに歩かねばならない。左は無意識の側を意味し、左まわりに動くことは無意識の方向へ動くことに等しい。
213.N 湯浅:仏教で用いる卍は左まわりで、これは真理のシンボル。逆さ卍(ナチスのハーケン・クロイツ)は黒魔術のシンボル。これは右まわりが心の暗黒領域から出るイメージと結びついているからであろう。−−ここには:暗黒の根源へ下り、それを自覚する超越と、暗黒の力に身をまかせる超越との違いがある。 −−214.無意識へ向かう左まわりの過程 と 悟りへの仏のみちびきがあらわれる右まわりの過程。−−密教の向上門と向下門。
222.脱中心化と超中心化
241.我々が住む世界は、シンボル的文化環境の世界である。
湯浅 < 『アドルフ・ヒトラー』103.:ハーケン・クロイツ=左回り。

●2483
・ウエ上野俊哉
・1
・消費社会と表現文化−−社会理論のアクティヴィズム的展開−−
・岩波講座 現代社会学21 1996.
・UENO.T.,ADORNO,HORKHEIMER,BRECHT,KOGAWA.T.,
・消費社会、文化産業、芸術、「疑似個性」、廃物(A.)≠廃品(B.)、遊歩者、商品、資本主義、広告、屑屋、ジャズ、映画スター、
・59.ADORNO/HORKHEIMER:「芸術が商品という性格をもつことが新しいことなのではない。それが今さらめかしくわざわざ告白されることが目新しいだけである」
60. A/H > 「疑似個性」。/映画スターや広告のなかに映像の「疑似個性」の生産があるとすれば、音楽にはジャズにそれが見いだされる。「リズムをはずすこと....。 ≠ 61. BENJAMINやBRECHTは、リズムをはずすことに、解放的な実践につながる契機を見る。
64. ADORNOがもはや何の役にも立たない最終生産物としての「廃物」を前に絶望的にたたずんでいたとすれば、BENJAMINは「廃品」を別の地平に解き放とうとする。(CF. 粉川)つまり、B.は商品と資本の世界にすらユートピアと解放の契機を発見するような「廃品回収の技法」をその思考のスタイルとして採用している。→彼が「屑屋」に何度となく言及し、「複製技術」と「遊歩者」の概念ともども重要視しているのは当然

●2484
・ウエ上野俊哉
・2
・消費社会と表現文化−−社会理論のアクティヴィズム的展開−−
・岩波講座 現代社会学21 1996.
・UENO.T.,ADORNO,BENJAMIN,ドゥボール,ルネ・シェレール/ギィ・オッカンゲム,BAUDELAIRE,
・消費社会、文化産業、芸術、スペクタクルの社会、原子的魂、批判的ダンディ、遊歩者、
・65. ドゥボール:消費社会を「スペクタクルの社会」と把握、批判。
72. ルネ・シェレール/ギィ・オッカンゲム,『原子的魂』で:フーリエとBENJAMINの思想をプリズムにして「唯物論」を美的なものとの関係において鍛えなおす。
73. N 彼ら:スペクタクルと別の地平に安住の地が見い出されるのではなく、逆に原子=魂はつねにスペルタクルと模像のなかにいるし、同時にいつもその外への運動をはらんでいる。
74. N B.:個をまさにアトム化する群衆、大衆文化状況のなかで、「ダンディ」や「遊歩者」はそこから抜け出す傾向をひめている。....ここにS./O.は「原子的魂」の現代的ヴァージョンを見いだす。つまりB.がBAUDELAIREのなかに見いだした「批判的ダンディ」のフィギュールを近代=現代(モデルネ)の総合的な文脈において救出しようとするのである。

●2485
・ウエ上野俊哉
・3
・消費社会と表現文化−−社会理論のアクティヴィズム的展開−−
・岩波講座 現代社会学21 1996.
・UENO.T.,ADORNO,BENJAMIN,ルネ・シェレール/ギィ・オッカンゲム,ADILKNO,
・消費社会、文化産業、芸術、スペクタクルの社会、原子的魂、批判的ダンディ、遊歩者データ・ダンディ、美的解放、美的救済、権力、資本、アヴァンギャルド、
・72FF.「データ・ダンディ」−−アクティヴィストたちの戦略:
75. ....は「バロック」「ラグタイム」「パンク」....といった複数の美学的身ぶりのなかに内在している。それはまさに「未完のプロジェクト」であるが、S./O.はそれをつねにはじまりと終りをはらんだ「エピモデルヌ」と呼んでいる。
77. ADILKNOの言う「データ・ダンディ」:アヴァンギャルドの伝統を愚弄。情報やモードを見せびらかすことで、システムを撹乱し裏をかくことしか考えない。....ハイパー化されたスペクタクル都市での遊歩者や「ダンディ」の可能性を彼らは探っている。
80. それ[消費社会]を批判するポジションが資本や権力のモードや言説の外部にあるわけではない。....だが、アクティヴィストたちは資本と権力のモードに抗することをやめない。美的解放と美的救済はむしろ資本家や権力システムに内在する。

●2504
・カン サンジュ
・2
・マックス・ウェーバーと近代
・御茶の水書房
・KANN.S.,WEBER,コイレ,
・近代、西欧市民社会、カルヴィニズム、合理化、文化(財)、コスモスの崩壊、「新たな多神教」、諸価値への分化、
・59. 「『文化』なるものはすべて、自然的生活の有機的な循環から人間が抜け出ていくことであった、そしてまさしくそうであるがゆえに、一歩一歩とますます破滅的な意味喪失へと導かれていく。しかも文化財への奉仕が聖なる使命とされ....呪われた運命におちいらざるをえない。」(『中間考察』みすず訳158f.)
61. 「意味の喪失」→「新たな多神教」:諸価値間(善、美、真、神聖)の対立。SEE GAzWL s.604.訳:『職業としての学問』河出381.
69. 「コスモスの崩壊」(コイレ)
70. 倫理的な応報因果律の秩序世界→自然的因果性の秩序界:カルヴィニズムの世界像は、この推進力
71. 「秩序付けられたコスモスの観念」の否定と、それに代わる「限りなく同質で、その部分は厳密に同一で交換可能な無際限の空間の観念」の支配(A.:誰の言葉?)

●2529
・ミチ道籏泰三
・7
・ベンヤミンにおける「アウラ」の展開
・ドイツ文学研究(京大教養)1990.
・MICHIHATA.T.,BENJAMIN,
・アレゴリー、経験の貧困、フェティッシュとしての神話的アウラの破壊、文化財、
・140.「何であれ、われわれが経験を通して結びつくことのできないような文化財など、いったいどれほどの価値があろうか。....われわれはこの貧困を真摯に認める他ないのである。この経験の貧困....はそのまま、一種の新しい野蛮の到来を意味している。....野蛮というものの新しいポジティヴな概念を導入しなければならない。経験の貧困は、この野蛮人をいずこに導いてゆくのか。行きつく先は....ごくわずかなものでやってゆくこと、そして....このわずかなものからいっさいを構成しなおすことである」(『経験と貧困』100,II・1-215)
141.アレゴリーの本質:ものを有機的連関から抜き取って死物と化さしめ、その死物に新たな別の意味を付与すること。
142.『破壊的性格』では、破壊が強調される。143.その対象:「フェティッシュとしての神話的A.」

●2541
・ミシ三島憲一

・文化とレイシズム
・岩波 1996.05.24.
・MISHIMA.K.,HAB.,MANN.H.,MANN.T.,
・文化とレイシズム、エスノセントリズム、ドイツの内面性の伝統、普遍主義VS西欧中心主義、妥当性と発生、
・YB(M)もあり。
88. IN H.MAYERの講演:H.MANNが、弟のTHOMASと違い、はじめからドイツが嫌であったこと、いかなる意味でもドイツの内面性の伝統に回帰するタイプではなかったことが強調されている。
201.必要なことは文化的自己主張やアイデンティティ探索の議論ではなく、第一には、個人権の擁護という西欧の生み出した普遍主義と、怪しげな西欧中心主義のあいだに、つまり、妥当性と発生のあいだに、「どの程度まで発生が妥当性を損なっているか」という問いを手がかりに、そのつどの区別をつけることであり(あくまで「そのつど」である)、第二には、世界202.システムの歴史のなかに植民地主義やエスノセントリズムの問題を位置づけることによって、自文化中心の議論を批判していくことであろう。

●2569
・ミシ三島憲一
・3
・ニーチェとその影
・未来社1990.
・MISHIMA.K.,NIETZSCHE,PLESSNER,
・「他に手がないための歴史主義VERLEGENHEITSHISTORISMUS」、教養主義、教養俗物、新興成金、歴史病、伝統、
・151FF.教養主義批判から自然と芸術の回復へ:
158.[N.から見て]結局新興成金のイデオローグにしかすぎない「教養俗物」
160F.N.:「歴史主義の名匠たちは、自己のうちの繊細さや感受性に磨きをかけ....。ありとあらゆる時代と人々が、彼の堅琴の上で疑似的なひびきをたてる。彼は共鳴する受動器になる下がっており....。そしてついには時代の空気全体が、こうしたさまざまにうち震える繊細な似通った共鳴に満たされるというていたらくになるのだ。....歴史的な原典のいわば表層音だけが耳に入っているにすぎない....」(シュレヒタ版全集 I 245)
161.こうした「歴史病」の市民文化全体に及ぼす結末について、PLESSNER:「成金というのはいずれも、伝統に頼って自己を装おうとするもので、ここでも〈他に手がないための歴史主義〉が成立した」

●2570
・ミシ三島憲一
・4
・ニーチェとその影
・未来社1990.
・MISHIMA.K.,NIETZSCHE,PLESSNER,
・「他に手がないための歴史主義VERLEGENHEITSHISTORISMUS」、教養主義、新興成金、歴史病、伝統、ロマン主義、擬古典主義、
・161F.P:「この〈他に手がないための歴史主義〉は....市民の自己意識をロマン主義的カテゴリーのうちにとらえ込んでおこうとする答えであった」(Die verspaetete Nation,Ffm 1974,95)
162.ミュンヘンにある擬古典主義の建造物群....。

●2573
・ミシ三島憲一
・7
・ニーチェとその影
・未来社1990.
・MISHIMA.K.,NIETZSCHE,BLOCH,DILTHEY VS.YORK,HEIDEGGER,SCHULZ.W.,HORKHEIMER,BLOCH,
・市民文化への批判、歴史意識、「現実の人格」との切り離し、「孤立させられた主観性の規定」、教養自由主義、擬古典主義建築、歴史性、歴史主義、
・233FF.市民文化への批判的視点:
235.マルク:「教養自由主義を再構築」 < HORKHEIMER
237.BLOCH:AD 擬古典主義的建築群:「剽窃による見せびらかし様式」242.D.的な歴史意識、それを支える教養市民階級の価値観 < 246.HEIDEGGER『存在と時間』:D.のは;現存在が未来に向かってわが身を引き受ける〈歴史性〉とは無縁。むしろ〈歴史性〉の隠蔽。「現存在は、そこにあったという意味であったものにすぎないのだろうか。あるいは、現在的−未来的なものとして、つまり時間性の熟成としてあったのだろうか」11Aufl.381
246.D.VS.ヨルクについて:H,.はヨルクの側に立った歴史性の分析
247.−−SCHULZはこれを否定的に見て:H,の歴史性とは「孤立させられた主観性の規定」と批判。
248.シュテルンベルガーも:「現実の人格」と現存在の切り離し、と批判。

●2574
・ミシ三島憲一
・8
・ニーチェとその影
・未来社1990.
・MISHIMA.K.,NIETZSCHE,MARCUSE,HORKHEIMER,LUKACS,HOFMANNSTAHL,
・市民文化への批判、全体性、保守革命、後期市民社会、擬古典主義、歴史主義、緑の人々、
・249.H.ETC.:制度の外部の自由ETC.にすぎぬ。−−250.20年代の文化批判には依然としてSPENGLER色が強かったのである。−−252.もちろん、〈全体性〉について語られる点はLUKACSと共通するし、市民文化への不快感はMARCUSE等と同じであるが、同じ全体性でも、Ganzheit(HOFMANNSTAHL)とTotalitaet(Lukacs)の相違がここには明確に現われている。しかし時代は変わり:
261.MARCUSEももはや「文化の現状墨守的性格」を言わぬ。むしろ文化のうちに唯一の可能性を見る。 HORKHEIMERもSPENGLERへの傾斜を強めていく。
262.人々は....後期市民社会の遺産を守ろうとするようになっている。「緑の人々」:第二帝政時代の悪臭ふんぷんたる市民的邸宅の保存運動に走り回る。

●2583
・オケ桶谷秀昭
・6
・保田與重郎
・新潮社 S.58.
・OKETANI.H.,YASUDA.Y.,BASHOU,
・自然主義文化感覚、修身、日本的なもの、発想と系譜、伝統感覚、歴史の精神、個性の超越、古典、文学、
・76. N Y.:「自然主義的文化感覚」(CF. 「子供への修身実話の匂」)に比べれば、「木造洋館を建てた進歩主義」の方がまし。[M5312]
78. 当時の「日本的なもの」という議論に対するY.の態度は先祖返りの衝動とはむしろ逆。[この辺り:+M5078]
86. Y.:「....瞬間に、詩人は個性を超越して、歴史の中の悠久を信じ、模倣と独創の境界などすでに考えずともよい。もう誰も意識しない古典復興の象徴性が、初めて彼[芭蕉]の心に描かれたのである。それは思想でなく発想としてである。」
87. IN Y.:「発想」:「系譜」が発言する瞬間
87. Y.における「系譜」の意識:過去からの連続性の中に自分を感じる安心とは別の....過激な意識。≠いはゆる伝統感覚
90. IN Y.:敗北そのものの中で純一に歌はれた祈念が暗示するもう一つの歴史の精神こそ;文学なのだ。

●2589
・レーヴィット
・1
・ある反時代的考察
・法政大学出版会 1992.
・LOEWITH,HEIDEGGER,SCHMITT.C.,
・政治的決断主義、ヨーロッパのニヒリズム、実存的存在論の政治的地平、H.>文化哲学、H.>都会人、風景、『大学の自己主張』、
・97. H.の実存的存在論の政治的地平は、確かに彼の存在の実質全体にかかわるわけではないものの、しかし、まったく同様に、残りつづけるかもしれない単なる付録でもない。
99. H.> 「文化」哲学
100.H.:「必要である一事」:これ=純粋な決断性
102.歴史的実存のこのもっとも初期の定式化の中にすでに、政治的決断との後期の結合が設定されているのを見出すであろう。−−SCHMITTのは、H.の実存的哲学に対応する。
103.「なぜわれわれは地方にとどまっているのか」:教養ある「都会人」へ攻撃的。都会人は風景を観察・享受する。われわれにとっては、風景=「仕事の世界」
104.「大学の自己主張」

●2591
・レーヴィット
・3
・ある反時代的考察
・法政大学出版会 1992.
・LOEWITH,HEIDEGGER,VICO,HEGEL,MARX,DILTHEY,
・H.による歴史主義の過激化、歴史性、存在の運命、歴史自体への信仰=「教養人の最後の宗教」(CROCE)、
・273.この双方[ギリシアの思考、キリスト教信仰]の前近代的な確信の解消とともにはじめて、歴史自体への信仰、歴史主義が存在しはじめた。  歴史自体への信仰=「教養人の最後の宗教」(CROCE)
273.歴史の信仰は、古代の自然の宇宙-神学から、またキリスト教の超自然の神学からのわれわれの疎外の結果である。
279.歴史主義:VICO,HEGEL,MARX
294.H.はもともとディルタイから出発した。....実際にはH.はD.の史的感覚に反して思考し、歴史主義の哲学的克服の、D.によって提示された問題を見かけ上解決したが、それは、D.の対象的に拡大された歴史主義を実存的な「歴史性」に集中し、過激化することによってである。....H.の後期の著作においては、その歴史性は「存在の運命」から考えだされる。

●2628
・ヤナ柳田國男

・全集2:「雪国の春」「秋風帖」「東国古道記」「豆の葉と太陽」「風景の成長」ETC.
・ちくま文庫 1989.
・YANAGIDA.K.,
・風景観、文化住宅(544)、燕と電線、自然の印象、芸術、(ABIKO:モダニスト)、
・AUS JA..../JAにもMあり。
544.燕と電線の珍しい取合せは....今はこれさえも昔の風景になって..../人間は最初この自然の印象が、一瞬時の後消え去るを惜しみ、もしくはその感動の強烈なるに耐えずして、これを技芸に託してなおしばらくの保存を念じたのであったが、その力がやや剰って、今はかえって次に来る者の感動を指導せんとしている。我々の好風景の標準は前代の画であり....であった。何でも描き出すだけの力を持ちながら、いつも時おくれてやや古い頃の天然を崇拝し、それと一致しなくなった眼前の変化を軽んじようとしている。....少なくとも我々の前にあるものは新545.らしく、また現代の生活に適切であるはずだが、今ある芸術はまだその片端しか説き表わそうとしていない。自分自身の眼をもって耳をもって、もう一度感じ直さなければならぬ所以である。幸いにしてこの新しい文化は、我々の風景観を自由ならしめた。(A:=モダニスト)

●2639
・ミシ三島憲一
・1
・経験と反省
・思想 1976.02.N.620.
・MISHIMA.K.,VICO,DILTHEY,HEIDEGGER,NIETZSCHE,SCHILLER,
・歴史的学問、「歴史感覚」(N.)、「歴史の過剰」(N.144)、教養、世界史、ドイツ古典主義、全体性、19世紀、
・142.VICOとDILTHEYとでは過去へのかかわり方が基本的に異なっている。前者では;現在との対比で[過去の]該博な知識から適切なものを引き合いに出せる。
143.N.が歴史的学問を批判するのは:1.なんらかの全体性への予感を放棄し個別性へ埋没したから、2.実証主義。
143.ドイツ古典主義期、ドイツ観念論期(の自己教養)はまだよかった。噤Fその自己教養とは、過去をバネとしての自己解放、未来への解放をも意味していた。144.SCHILLER:「世界史によって人間は、自己を過去の全体と結びつけ、その帰結を伴って、はるかな未来を先取りしつつ進みゆくように習慣づけられる。....個人を類へと高めてゆく。」
145.[ところが今や..]CF. N N.:「現在[19世紀]の人間の中に、『歴史感覚』と呼ばれる独特の美徳と病気以上に奇妙なものを見出すことはないであろう。」(『悦ばしき知識』)

●2689
・ヒトラー
・1
・わが闘争(上)(下)
・角川文庫 S.48.
・HITLER,WAGNER,
・民族主義的世界観、歴史的認識、社会民主党、ファシズム、反ユダヤ主義、革命、民族と人種、国家、世界史、人格と文化の進歩、国家社会主義、ナチズム、統一的象徴、/キュービズム、立体派、ダダイズム、頽廃、記念物、公共の記念物、「民族主義的」(514)、ドイツ君主政体(515)
・37. 「大好きな科目、歴史」
106.「マルクシズムというユダヤ的教説は、自然の貴族主義的原理を拒否し、力と強さという永遠の優先権のかわりに、大衆の数とかれらの空虚な重さとをもってくる。」
359.「健全な身体にのみ健全な精神が」
368.> キュービズム(+373)、ダダイズム。頽廃的人間
370.SCHILLER,GOETHE....意味なし。
373.「わが国の戦前における全文化状態に関するもっとも悲しむべきことは....より偉大な過去の記念物を冒涜した憎悪であった。」
377.公共の記念物
407.アーリア人種。アメリカ >(まし) 中央・南アメリカ
413.「われわれの場合と同様なヘレニズム精神とゲルマンの技術であるような文化」

●2690
・ヒトラー
・2
・わが闘争(上)(下)
・角川文庫 S.48.
・HITLER,WAGNER,
・宇宙を支配する永遠の意志、自然の貴族主義、文化、人種、歴史の将来、ギリシア精神・ゲルマン精神、統一的象徴、国家社会主義=無階級、
・26. 「この宇宙を支配している永遠の意志にしたがって....。民族主義的世界観は自然の貴族主義的根本思想をいだき....。」
37. 国家=手段。より高い人類文化←/国家;←....の能力のある人種44. ドイツ民族:人種的に様々。これ:不利。
79. 「....。というのは人々は、単に過去にあったことを知るために、歴史を学ぶのではなく、歴史の中に将来のため、自分の民族の存続のために指針をうるために歴史を学ぶのだからである。」
81. 「ギリシア精神とゲルマン精神をともに包含している文化」
85. 「国民的誇りの喚起」
135.「ホーフブロイハウスのフェストザールで....」
175.「統一的象徴の意義」。シンボル。示威行進。旗(180)。
229.「この世の革命的新秩序の勝利の必然性に対する」信念
316.「国家社会主義の国家には「階級」はなく....」

●2805
・ベンヤミンBENJAMIN
・5
・暴力批判論(著作集1):「経験と貧困」
・晶文社1992.(1969(1))1200Y.
・BENJAMIN,
・経験の貧困、文化、夢、単純な生活、ミッキー・マウス、
・105.「ひとびとは、〈文化〉も〈人間〉も、一切合財、「むさぼるように呑みこんで」しまったのだ。いやというほど食って、もううんざりしているのだ。....うんざりした気分のあとには、眠りがやってくる。....夢....。覚醒時には、この生活[きわめて単純な、それでいてきわめて壮大な生活]へふみきるだけの勇気がないが、夢のなかで...。ミッキー・マウスの生活....」

●2807
・ベンヤミンBENJAMIN
・2
・暴力批判論(著作集1):「歴史哲学テーゼ」
・晶文社1992.(1969(1))1200Y.
・BENJAMIN,
・歴史的唯物論、歴史主義、文化財、「歴史をさかなでする」、ファシズム、進歩、
・* それは、その存在を、それを創造した偉大な天才たちの苦労に負っているだけでなく、作者たちと同時代のひとびとのいいしれぬ苦役にも、負っているのだ。それは文化のドキュメントであると同時に、野蛮のドキュメントでもある。....伝達(UEberlieferung)の過程も、野蛮から自由ではない。だから歴史的唯物論は、できるかぎりこのような伝達から断絶する。かれは、歴史をさかなですることを、自己の課題とみなす。」
118.「被抑圧者の伝統は、ぼくらがそのなかに生きている「非常事態」が、非常ならぬ通常の状態であることを教える。ぼくらはこれに応じた歴史概念を形成せねばならない。....ファシズムにすくなからぬチャンスをあたえているのは、ファシズムの対抗者たちが、歴史の規則としての進歩の名において、ファシズムに対抗していることなのだ。」

●2958
・ナゴ名古屋泰彦
・1
・風景と視点−−近代イギリス文学論集
・近代文藝社 1993.
・NAGOYA.Y.,WILLIAMS.R.,ELIOT,
・風景、文化、場所、土地、宗教、幸福、田舎のイメージ、
・218.W.:「特別な時と場所に生きている人達の生きる文化がある。それに完全に接し得るのは、その時と場所に生きる人達だけである。」
220.E.:宗教=一国民の生き方全体。その生き方=文化。
222.「一つの土地に定住し、幾世代に亘って創り育て受け継ぐ文化というのはE.好みである」−−E.:「私にとってもっとも幸福に思われる土地は、必ずしも土地がこの上なく肥沃だとか、気候に恵まれているといった土地ではなくて、人間と環境との調和への努力が長い間続き、その結果、双方の一番いいところが出て来るといったような土地なのです。そういう土地では、風景が幾世代にも亘って形作られるもので、逆にまた風景の方が民族の性格を独特なものに作り変えるものです」
227.W.AD 「田舎のイメージ」:「一方には、絵画や文芸や陶芸に往往にして見られるような、偽りのあるいは軟弱な風景のイメージがある。また一方では、....。」

●3093
・テイラーTAYLORO.C.+
・1
・マルチカルチュラリズム
・岩波 1996.10.2575Y.
・GUTMANN.A.,HAB.,TAYLOR.C.,
・マルチカルチュラリズム、多文化主義、承認、文化的アイデンティティ、文化の存続、立憲民主主義、
・序文by GUTMANN:ii.「H.はこう主張する。それ[共存する平等な権利]は自由な結社や不差別という個人の権利であって、それゆえ、いかなる文化の存続も保証するものではない、と。あたかも危機にさらされた種であるかのように文化を保iii.存するという政治的プロジェクトは、文化からはその活力を奪い、個人からは自らの継承した文化的アイデンティティを修正したり、さらには拒否したりする自由を奪い去ってしまう。立憲民主主義は広範囲の文化的アイデンティティを尊重するが、そのいずれの存続も保証しないのである。」
37FF.TAYLOR,承認をめぐる政治:
37. 「後者[フェミニズムや多文化主義]の諸事例における承認の要求は、承認とアイデンティティの間に結びつきが想定されることによって、緊急性を帯びたものとなる。」

●3094
・テイラーTAYLORO.C.+
・2
・マルチカルチュラリズム
・岩波 1996.10.2575Y.
・TAYLOR.C.,ROUSSEAU(43),HERDER(44),TRILLING.L.,
・マルチカルチュラリズム、多文化主義、近代におけるアイデンティティ、名誉、尊厳、真正さ、独自性、18世紀末、
・40. 「我々は、ここで二つの変化を識別することができるのであり、これらが一緒になって、近代におけるアイデンティティと承認への関心の集中を不可避なものにしたのである。第一の変化は、名誉の基礎であった社会的な階層秩序の崩壊である。..../この名誉の観念に対抗するものとして、我々は、近代的な尊厳の観念を持っている。....41この尊厳の観念が、民主主義社会と両立しうる唯一のものである....。..../しかし18世紀末に現われた、個人のアイデンティティについての新しい理解によって、承認の持つ重要性は変容を受け、また強められるに至った。私たちは、個人化されたアイデンティティ、すなわち私に特有の、そして私が自らの内に見出すアイデンティティについて語ることができる。....トリリング....「真正さ」.... /45.私自身に忠実であることは、わたし自身の独自性に忠実であることを意味する。」

●3095
・テイラーTAYLORO.C.+
・3
・マルチカルチュラリズム
・岩波 1996.10.2575Y.
・TAYLOR.C.,MEAD(47),
・マルチカルチュラリズム、多文化主義、他者、共同の享受、近代以前(中世)におけるアイデンティティ、承認、
・48. 「我々は常に、重要なる他者が我々の内に見出したいと欲する事柄との対話を通して、そして時にはそれとの闘争を通して、自らのアイデンティティを定義づける。」
48. 「人生における善きものについての我々の理解が、我々の愛する人々とともにそのものを享受することによおて変容しうるということを、そして、我々は諸々の善49のいくつかには、このような共同の享受を通してのみ到達できるということを。」
50. 「近代以前の時代には、人々は「アイデンティティ」と「承認」について語らなかったが、これは、人々がアイデンティティ(と我々が呼ぶもの)を持たな51かったからではなく、アイデンティティがあ放任に依存しなかったからでもない。むしろこれは当時、アイデンティティが、それとして主題化されるに値するほどの疑わしさを持たなかったためなのである。」

●3096
・テイラーTAYLORO.C.+
・4
・マルチカルチュラリズム
・岩波 1996.10.2575Y.
・TAYLOR.C.,ROUSSEAU,KANT(78),SANDEL,
・マルチカルチュラリズム、多文化主義、他者、差異をめぐる政治、中立性=X、手続き的共和国、フランス語の使用INケベック、
・53. 「いまや根底にある要求は、普遍的な平等の原則である。差異をめぐる政治は、差別への糾弾と二級市民であることへの拒否に満ちている。」
59. 「現実に生成した諸文化に対して、人は平等な尊重を与えるべきであるという要求」
60. 「平等な尊厳をめぐる政治の、差異を顧慮しない中立的な一連の諸原則なるものは、実際には、ひと61つの支配的な文化の反映である。」
61. 「「[差異を]顧慮しない」自由主義の諸形態は、それ自体で、特殊な諸文化の反映である」
79. 「アメリカ合衆国の自由主義思想家たち」/「手続き的共和国」(SANDEL)
80. 「将来この場所に、フランス語の使用の機械を利用したいと望む人々の共同体が存在するようにする」

●3097
・テイラーTAYLORO.C.+
・5
・マルチカルチュラリズム
・岩波 1996.10.2575Y.
・TAYLOR.C.,
・マルチカルチュラリズム、多文化主義、アイデンティティ、自由主義社会についての二つの見方、差異をめぐる政治、中立性=X、ラシュディ事件、文化的中立性、
・80. 「存続を目指した政策は、たとえば、将来の世代が、フランス語系としてのアイデンティティを持ち続けるように、その共同体の構成員を積極的に作り出そうとする。」
82. 「自由主義社会についての、二つの相容れない見方が存在する。
83. 「私がこのモデル[82「自由主義の手続き的なモデル」;83「諸権利にもとづく自由主義」]を、差異に対して非好意的であると呼ぶのは、これが、独特な社会の構成員は本当に切望しているもの、すなわち[文化的]存続を取り込むことができないからである。」(< ABIKO:「すなわち]と言えるか?)
86. AD ラシュディ事件:これが示すこと=「自由主義は完全な文化的中立性を主張しえないし、また主張すん¥べきでないということである。自由主義もまた、戦う一宗派であるのだ。」

●3098
・テイラーTAYLORO.C.+
・6
・マルチカルチュラリズム
・岩波 1996.10.2575Y.
・TAYLOR.C.,FANON(89),
・マルチカルチュラリズム、多文化主義、多文化主義、植民地主義、承認→アイデンティティ、諸文化の尊重、我々の位置が限られているという感覚VS傲慢、比較文化研究、
・87. 「多文化主義」 /「植民地主義」
91. 「これまで排除されてきた人々にしかるべき承認を与える」/「承認がアイデンティティを作り出す」/100.「文化の多様性」
101.「我々がこの仮定[諸文化は....たとえ我々が嫌悪し拒否すべきものを多く含む場合ですら、我々の賞賛と尊重に値するものをほとんど確実に含む」という想定]を受け入れるたMに唯一必要なものは、人類の物語の全体に占める我々の位置が限られたものであるという感覚である。我々からこの感覚を奪い去るのは、傲慢、あるいはこれに類似した道徳的欠点のみである。....この仮定が要求するのは....比較文化研究に対して、開かれた態度を積極的にとることである。何よりも要求されるのは、究極の地平−−そこに立てば多様な諸文化の間の価値の優劣が明らかになる−−から、我々がはるかに遠くにいる、ということを認めることである。」

●3099
・テイラーTAYLORO.C.+
・7
・マルチカルチュラリズム
・岩波 1996.10.2575Y.
・WOLF.S.TAYLOR.C.,ROCKFELLER.S.C.,WALZER,
・マルチカルチュラリズム、多文化主義、帰属意識(146)、自由主義I;II(145)、中立性=偽善(149)、特定の文化の存続・繁栄の支持、
・111FF.WOLF、[コメント]多文化主義と教育:
128FF.ROCKEFELLER、[コメント]自由主義と承認をめぐる政治:
145FF.WALZER、[コメント]二つの自由主義:
145.私:T.が掲示する見解に完全に同意  しかし:一つの問題を提起
145.「二種類の自由主義....。(1)第一の種類の自由主義(「自由主義I」)は考えられる最強の方法で個人的な権利を支持する....。厳格に中立的な国家....146.個人の自由や市民の身体的保証、福祉、安全を越えたいかなる種類の集合的目標も持たない国家を支持する....。(2)第二の首里の自由主義(「自由主義II」)は....特定の民族、文化、宗教、あるいは(限られた)一連の民族、文化、宗教の存続や繁栄を支持する国家を許容する....。」
152.「私は〈自由主義II〉の内部から、平等な権利と文化の存続を比較考量しながら、〈自由主義I〉を選択するであろう」

●3100
・テイラーTAYLORO.C.+
・8
・マルチカルチュラリズム
・岩波 1996.10.2575Y.
・HAB.,
・マルチカルチュラリズム、多文化主義、ドイツ、民主的立憲国家、国民意識、ロマン主義、文化国家、
・155FF.HAB.:「民主的立憲国家における承認への闘争」:
182.「共存への平等な権利か、それとも種の保存か」
196.「こうして、以下のようなメカニズムが作動し始める。すなわち、活動的な市民の民族構成の変化が、国家全体の倫理的-政治的な自己理解が準拠しているコンテクストを変えてしまうのである。」
204.ドイツでは国民意識は、ロマン主義に活気づけられた教養のある中産階級の「文化国家」という観念....に最初から結びつけられていた。こうした理念は....想像上の統一性を表現していた
206.「西ドイツの西側志向というものは賢明な決定というより一時的な外交政策上の決定を意味している。そして何よりも....むしろヴィルヘルム帝国を特徴づけ、ワイマール共和国の凋落に貢献してきた特殊ドイツ的な伝統との深い思想的断絶も意味しているのである。*

●3101
・テイラーTAYLORO.C.+
・9
・マルチカルチュラリズム
・岩波 1996.10.2575Y.
・HAB.,
・マルチカルチュラリズム、多文化主義、ドイツ、立憲愛国主義、民族性ではなくて市民性を、
・* そうした断絶によって、1968年の青年反乱の後、豊かな社会という有利な条件のもとで207.幅広い階層の公衆に影響を及ぼしたメンタリティの変化、民主主義と立憲愛国主義が初めてドイツの地に政治的かつ文化的な根をおろすことを可能にした変化の舞台は設けられたのである。懇意地問題とされているのは、1989年まで進行してきた政治の文明化のプロセスを、統合による経済的および社会的な問題の圧力のもとで中断させることなく、そしてもはや民族性ではなく市民性に根拠を置いた国家の自己理解という規範的な達成を犠牲にすることなく、ドイツの政治的な役割を新しい現実へと適応させることなのである。」

●3102
・テイラーTAYLORO.C.+
・A
・マルチカルチュラリズム
・岩波 1996.10.2575Y.
・APPIAH.K.A.>TAYLOR.C.,SARTRE,
・マルチカルチュラリズム、多文化主義、アイデンティティ、集団的アイデンティティ=脚本・物語NARRATIVEを与えるもの、来歴STORY、アイデンティティの変容、個人的アイデンティティ(214)、本質主義、S.IN:黒いオルフェ(SARTRE):「反人種主義的な人種主義」は「最終的な統一」への道である、
・211FF.APPIAH,.:「アイデンティティ、真正さ、文化の存続」:
213.T.< :T.がその承認をめぐって議論しているアイデンティティは、主として集団的な社会的アイデンティティと呼ばれるもの....である。227.己れの生が何らかの物語的統一性を持つこと=重要。 [しかし]多様な集合体のより広汎な物語への私の調和が重要。
228.N HOBBES:栄光への欲望→社会生活に混乱を引き起こす。[しかし]232.アイデンティティの変容も考慮されていい。
227.「要するに集団的アイデンティティとは、我々が脚本と呼びうるもの、つまり人々が己の生の計画を形成したり、己の生の来歴ストリーを語るときに使うことのできる物語NARRATIVEを与えるものなのである。....アイデンティティの個人的な次元は集団的な次元とは別の仕方で作用する」−−233.N.11.+「その他の脚本を伴うアイデンティティ」CF,.芸術化、法律家....。これらは選択的≠大規模な集団的アイデンティティ

●3201
・ハーバーマス
・6
・近代の哲学的ディスクルス I,II
・岩波 1990.
・HAB.,RITTER.J.,NIETZSCHE,
・新保守主義、近代文化、未来志向、時間意識、伝統尊重、道徳的普遍主義、アヴァンギャルド、初期ロマン派、(A.:美的モデルネ)
・* する121.者である、といった次第なのである。」
121.彼らは:「近代文化に潜む爆発的な実質の信管を抜きとるべきであるという結論をも引き出す。近代においては時間意識というヘッドライトは未来を志向して上を向いていたのに、彼らはそれをいわばライトダウンさせようとする。そして、近代化のダイナミズムに直接吸込まれないですむ文化的なるものすべてを、想起と保存という(内面的)視野のなかに取り込んでしまう。このような形の伝統尊重は、道徳的普遍主義のもつ構成的かつ批判的視点からその正当なる権利を奪いとるものであり、またアヴァンギャルド芸術のもつ創造的で反抗的な力からも正当性を剥奪するものである。それにともなう後ろ向きの美学(Ritter,Subjektivitaet,141ff.)は、初期ロマン派のなかで発生したモティーフを無害化してしまうものである。このモティーフこそはニーチェの美的息吹に満ちた理性批判の栄養源となったものであった。」

●3677
・アドルノ
・3
・プリズメン
・ちくま学芸文庫 1996.
・ADORNO,VALERY,PROUST,
・「ヴァレリー プルースト 美術館」(265-287)、MUSEAL、文化保守主義、
・265.「ドイツ語のmuseal(美術館的)という言葉には、少々非好意的な色合いがある。それは、観る人がもはや生き生きとした態度でのぞむことのない、そしてまたみずからも朽ちて死におもむきつつある、そんな対象物を形容するさいの言葉なのだ。」
267.ad 美術館 V.(「美術館の問題」『芸術論集』)VS.P.(『花咲く乙女たちの陰に』第三巻):
268.「貴族じみたV.は、彼から散歩用のステッキを取り上げる美術館の横柄な態度や、喫煙禁止の掲示によって、すでに自分が圧迫されていると感じるのだ。」/N V.:美術館では..「人は聖なる悪寒に襲われる」/「このような支離滅裂な館は、いかなる快楽の文化も、いかなる理性の文化も作りえなかっただろう。死せる幻想がそこには安置されている、と彼はいう。」     /269.「V.のこの論証には、あくまで文化保守主義的なアクセントがある。」

●3679
・アドルノ
・5
・プリズメン
・ちくま学芸文庫 1996.
・ADORNO,VALERY,PROUST,(ABIKO:KIERKE.),
・「ヴァレリー プルースト 美術館」(265-287)、「直接性の立場」(A.:KIERKE.)、歴史的なものを自然の風景として知覚する、風化、記憶、文化、
・275.「彼[P.]の立場は直接性の立場として芸術家の立場なのだ。」
278.「純粋な即自存在としての文化への保守主義的な信仰を持つV.が、そうした即自的なあり方をみずからの歴史的傾向の力でもって破壊してゆくような文化にたいし鋭い批判を行っているとするなら、経験方式の変化にたいして法外な鋭敏さを持っているP.は、パラドキシカルな能力であるけれども、歴史的なものを自然の風景として知覚することを、彼自身の決定的な反応形式としているのだ。」
279.「人工物が持つところの風化していゆくという能力のうちに、P.は自然の美しいものにあるのと同じ類似性を発見する。....P.にあっては、すでに記憶によって伝えられているもの以外、なにも永続しないので、彼の愛は、第一の生よりも、すでに過ぎ去ってしまった第二の生のほうにむしろ固着するのだ。....記憶というサトゥルヌスの眼差しは文化のヴェールをつらぬきとおす。」

●3680
・アドルノ
・6
・プリズメン
・ちくま学芸文庫 1996.
・ADORNO,VALERY,PROUST,MALLARMEマラルメ,
・「ヴァレリー プルースト 美術館」(265-287)、神聖なものとしての文化観、幸福、文化財、子どもの至福観、「P.がその影と化してしまった遊歩者」(286)、
・280.「V.にとって美術館は野蛮な場所である。そうした見方の根底にあるのは、彼がマラルメと分け合っている、神聖なものとしての文化観である。」
282.「P.は、V.にあっては[美術館において芸術的]形成物がさらされている汚辱とみなされるあの孤立化のうちに、そうした創作の行為が反映されているのを見出す。およそ誠実さを欠いたこの野放しの主観性をもってはじめて、P.は文化のうちに内在しているという、あのあり方を突破することができたのだ。」
283.「彼[P.]は客観的な幸福をえようと文化にしっかり取りすがる。一方、作品の客観的な要請にたいするV.の忠実さのほうは、文化を失われたものものとしてあきらめねばならない。」    /286.P.において:「文化財の混沌は次第に小暗くなっていき、自分の体がはるか彼方の光輪と一つにとけ合うのを感じる子どもの至福感にかわるのだ。」

●3682
・アドルノ
・8
・プリズメン
・ちくま学芸文庫 1996.
・ADORNO,BENJAMIN,KAFKA,PROUST,
・「ベンヤミンの特徴を描く」(377-401)、幸福、悲しみ、配置KONSTELATION、文化的コンフォーミズム、近代、太古、ブルジョア的内在性の夢うつつの状態、
・380.「そのP.論で彼[B.]は自分と親縁性のあるこの作家のモチーフを幸福への欲求と規定した」
380.「B.にあって拒まれながらも示しているその幸福への忠誠は....そのような悲しみによって贖われている。彼は、P.に劣らず、カフカと親縁だった。」
382.「歴史的な物を配置KONSETELATIONすることは、文化的コンフォーミズムの牢獄を打ち破ろうとする彼のデスペレートな努力と認められた。」
391.「近代MODERNEを太古としてみる彼の見方は、いわゆる古くて真なるものの痕跡を保存しようという意図に出るものではなく、ブルジョア的内在性の夢うつつの状態から、真に脱出しようということを意味しているのだ。」

●3796
・オカ岡真理
・3
・「文化」についての語り
・インパクション N.99.1996.
・OKA.M.,
・文化と暴力、発話者の位置、割礼、
・69. 「[アフリカにおける]割礼は文化か、暴力か」
69. 「他の社会の文化を「文化でない」と発言することに対して、私たちは可能な限り敏感であるべきだろう。」
70. 「「文化」についての語りをめぐる、発話者の位置という問題は、日本社会のマジョリティにおける思考(あるいはその欠如)のありかたの一端をかいま見せてくれる。それが、この国の「文化」の今日的状況の否定しがたい一部であることは間違いない。」

●3851
・イーグルトン.T.
・4
・ポストモダニズムの幻想
・大月書店 1998.2600Y.
・EAGLETON,DERRIDA,
・歴史、ヒューマニズム、文化主義、自然、歴史を貫く真理、ポストモダニズム、シニシズム、歴史の終焉、資本主義市場、苦しみの増大・それへの同上の増加、
・77. 「ヒューマニズムほどPMの感性からかけ離れた思考はないだろう。PM78には....歴史を貫く真実というような、歯の浮くような考えには無関心であったし、最近まで倫理的課題とは無関係であった。」
82. 「PM[は]権力、体制、法、コンセンサス、標準といったものを一義的に悪だとする、単純な自由意志論的信念をとる」
84. 「彼らの理論に従えば、世界に天然自然なものはなく、自然とはわれわれが「自然」だと思っている文化行為の別名にすぎないということになる。....しかし、息をする、血が流れるという自然の現象も....文化現象だといえるだろうか。」/85. PMは;「生物学的考察を拒絶する文化主義」だ。
187.D.:「歴史の終焉にさいして、リベラル民主主義と資本主義市場の登場を謳歌するかわりに....数え切れない苦しみの現場を思い起そうではないか」 < E.:「苦しみに対する同上も増している」ことを付け加えるべし。

●4043
・マル丸山高司
・4
・ガダマー
・講談社 1997.
・MARUYAMA.T.,GADAMER,
・われわれの歴史的実存にふさわしい解釈学、真理、近代科学、真理の確実性への変質、『真理と方法』、精神科学、存在、伝統、人文主義、教養、センスス・コムーニス、常識(109)、
・105.G.:「われわれの歴史的実存にふさわしい解釈学」
105.G.:「真理そのものが歴史的であり、真理は歴史的な精神の生起において実現される」
105.「G.は、そうした真理経験の模範を、「精神科学」に見出した。精神科学において、われわれは「伝承に傾聴し、伝承の中に立つ」のである。....H.の「存在」は、G.においては「伝統」とみなされている。」
107.「「精神科学」ということでG.の念頭にあるのは、哲学・文学・美学や芸術学・歴史学といった学問、つまり現行の学問分類でいえば、いわゆる「人文科学」である。」
108.「近代における「科学」概念や「方法」理念のもとで、「精神科学」の本来の姿が見失われてしまった。....精神科学は、「人文主義の伝統」や「教養」という観点からとらえ直されねばならない。」

●4204
・ボルツ.N.
・5
・意味に餓える社会
・東京大学出版会 1998.12.3600Y.
・BOLZ.N.,NIETZSCHE,WEBER,LUHMANN,
・意味=解釈(にすぎない)、自由、意味喪失感の脱魔術化、構成、文化、否定主義、幸せな「不幸な意識」(68)、義憤の愉悦、
・61. 「「意味がみつからない」とは、自分の自由を脅威として受け取るということだ。」
63. 「これまで意味喪失感が世界の技術的・科学的な脱魔術化の反面であることを見てきたが、次に取り組むべきは、その喪失感自体を脱魔術化するという課題である。....「意味が見つからない」とは特定の構成が現実に適合しないというだけのことだ[と見るようにすべし]....。.... 64.ギリシャ人が「ティ・エスティ=それは本質において何か?」を問うたのに対して、N.とW.は近代的に、「私にとってそれは何か」と問うのである。意味はすべて、解釈である。そこから、W.は「文化」という価値概念を導き出した。文化の決定的な目印は、「《われわれにとっての》意味」にほかならない。」
68. 「否定主義は独自の快楽をもつ、と言ってよい。それは、「義憤の愉悦」(L.)を感じながら災厄のセンセーションを味わうのだ。」

●4214
・ボルツ.N.
・F
・意味に餓える社会
・東京大学出版会 1998.12.3600Y.
・BOLZ.N.,JUENGER.E.,GOEBBELS,
・メディア、電子メール(224)、コンピュータ(233)、ニンテンドー(242)、埋め合わせ(補償)、文化の問題の深刻化をやめる、文化=埋め合わせ、(負担解除)、理性の統一性=準宗教、
・211FF.6:メディアの世界:
247FF.7:文化・・・・・・近代化の埋め合わせ:
250FF.深刻化をやめる:
250.「文化概念を論争のために使うことがどんなに危険であるかは、攻撃の矛先を変える者が出てくると明らかになる。「文化という言葉を聞けばピストルの安全装置を外す」と言ったのは、J.であり、G.も同じ科白を口にした....。/私は....文化の問題の深刻化をやめ、形式化して論じることにしたい。つまり、文化とは近代社会における埋め合わせだということを、はっきりさせたい。....こうした重荷を軽くしてくれるのが、文化なのである。文化は複雑性から逃れる道を教えると約束し、統一性のシンボルを提供してくれる。/こういう見方をすれば、理性の統一性..なるものも近代の基礎ではなく、近代の準宗教的な慰藉だということが判る。*

●4215
・ボルツ.N.
・G
・意味に餓える社会
・東京大学出版会 1998.12.3600Y.
・BOLZ.N.,WEBER,HAB.,
・近代、理性、近代のプロジェクト、文化、オーラ(アウラ)、文化批判、深刻な文化概念・形式的な文化概念、複雑性、
・* W.が西洋の理性は近代化の原動力であったと主張したというのは誤解であり....。西洋の理性は社会の近代化の原動力ではなく、近代化の埋め合わせであった。H,のいわゆる「近代のプロジェクト」も、意図せずにそのことを明らかにしている。」
252.「文化は、人間を世界の複雑性から守ってくれるものなのだ。」
253.「文化とは、オーラの喪失を自己批判によって埋め合わせるものだ。/こうして、文化批判の文化が存分に繰り広げられることになる。」
254.古典文化....。高尚/表層なもの....。「しかし、文化のこう255.した自己区別は、とっくに説得力を失っている。だから、まじめな文化と娯楽文化の区別をやめて、形式的な文化概念を深刻な文化概念から区別することにしてみてはどうだろう。」
256.「深刻な文化概念(文化の悲劇と批判文化)を片づけてしまえば、われわれは偏見なしに文化行事について論ずることができる。」

●4216
・ボルツ.N.
・H
・意味に餓える社会
・東京大学出版会 1998.12.3600Y.
・BOLZ.N.,WEBER(257),FREUD,PARSONS,LUHMANN,KOJEVE,
・文化=意義の世界(≠学問の世界)、価値判断=幻想論証形式、文化の形式的見方、ポスト・イストワール(歴史の後、歴史の終わり)、日本的スノビズム、
・257.「文化とは意義(Bedeutung)の世界である。だからそれは、学問の世界と好対照をなす。」
257.「F.はもっとクールに、価値判断とは幻想を論証する形式である、としている。私はここでも、さらに形式的な、深刻でない見方、価値を主体に結びつけるのではなく文化のシステム258.に結びつける見方を提唱したい。」
259.「1800年頃から、歴史的な転変は空洞化して、全くの「かのように」になってしまった。....260.ここにポスト・イストワールが始まる。世界の舞台に登場するのは、歴史後の人間である。」/K.:「消え去るのは、本来の意味での人間である。人間の時代の終わり、歴史の終わりとは、要するに、本来の意味での行為が見られなくなったということだ。....」
260.K.:「文化形式の日本的スノビズム」−−*

●4217
・ボルツ.N.
・I
・意味に餓える社会
・東京大学出版会 1998.12.3600Y.
・BOLZ.N.,ENZENSBERGER,
・文化の形式的見方、日本的スノビズム、文化、自然、すべてがデザイン、意味、
・* 「それは、日本人が完全に形式化された価値に従って生きているということである。....261.純粋に形式的な評価を行うこの日本的スノビズムは、われわれの形式主義的文化概念にとって理想的な見本なのではあるまいか。」
261.「文化というものが考え出されたのは、18世紀の最後の2,30年のことだったと言ってよい。」
262.「自然とは文化の文化的アンチテーゼなのだ。」
267.「文化とは近代社会のストレスと重荷に対抗する治療薬なのだ。」
273.「すべてがデザイン」 /E.:「意味デザイナー」
274.「作為についての学問....。この学問によれば、人間とは、仮想現実のなかで可能性に向けてデザインする者である。その人間は、意味を形成することによって、意味を求める問いに答えるのである。」

●4270
・ガダーマGADAMER

・哲学・芸術・言語
・未来社 1977.
・GADAMER,HUSSERL,HERDER,HEGEL,HEIDEGGER,
・「精神科学における真理」「真理とは何か」「ヘルダーと歴史的世界」「ヘーゲルと歴史的精神」「現象学運動」「生活世界の学」、歴史意識(75)、地平融合(75)、歴主義、教養、
・52. 「伝承に傾聴し、伝承の内にあること、それは明らかに精神科学の中で見出すに値する真理の道である。」
61. 「このような訳で、われわれの世代においてハイデガーが真理にあたるギリシア語の意味に立ち戻ったとき、或る決定的な認識が伝達されたのである。」
76. 「われわれの歴史的実存にふさわしい解釈学は、われわれを越えて演じられる言語と会話とのこうした意味連関の展開を課題とすることになろう。」
368.AD HERDER:「「歴史主義」のこうした宣言は、H.がそれを書いたとき、単に完全な未来を約束しているだけではなかった。−−それは、あらゆるものを変え、平均化してしまうわれわれの現代においても、その正しさを変えていないのである。それは不易369.なもの、生成したものを、すなわち人間の「教養」を忘却しないように教えているからである。」

●4384
・レヴィ.B.=H.
・3
・危険な純粋さ
・紀伊國屋書店 1996.2000Y.
・LEVY.B.-H.,
・「純粋さへの意志」、コソボ問題(67)、文化、セルビア民族主義、サラエボ、純一性(統合性)、原理主義、原理派インターナショナル、「文化という言葉を聞くとわたしはピストルを出す」、
・57FF.純粋さへの意志:
59. 原理派インターナショナル
66. 「この戦争が奇怪なのは、最初の軍事行動がサラエボの文化的要所の破壊にあったことだ。」....「「文化という言葉を聞くとわたしはピストルを出す」という名高い言葉」
67. 「セルビアの民族共産主義者たちは、ヨーロッパのど真ん中で戦後最初の戦争を引き起こした。そして、この大罪を犯すにあたって彼らに必要だったのは、純粋さについてのある特定の理念だけだった。」
71. 「アルジェリアでは、この純粋さへの狂気が「原理主義」インテグリスムと呼ばれる。」[訳註:本書ではintegrismeとfondamentalismeが混在]
71. 「原理主義とは、純粋さへの強迫観念の謂である。/「純一性Integrite」と「純粋さ」とは同一の語なのだ」

●4390
・ハガ羽賀祥二

・史蹟論 十九世紀日本の地域社会と歴史意識
・名古屋大学出版会 1998.5800Y.
・HAGA.S.,
・史蹟、史跡、私たちの歴史意識はどのようにして形成されてきたのか、19世紀日本、記念碑文化、風景と歴史(12)、歴史と倫理的共同体(15)、古戦場、懐古の情(13)、過去への感覚、
・6.「過去の出来事や由緒を回想し、そこから教訓を引き出そうという決意、その時代に活躍した人々への思い、そうした歴史に対する、今ある人々の共通の感情を組織し、形にしたものが史蹟記念碑であり、それを媒介にしてさらに周囲の人々に史的な感情と感覚を共有するように促していくものとして存在する。すなわち、記念碑は何らかの契機によって結びついてきた集団(共同体)が共有化しなければならない歴史的感情のシンボルである。」
14. 「多くの史蹟を訪れ、記念碑や遺蹟の前でたたずむという行為をくり返すことによって、人々の過去への感覚は一定の形に様式化されていくだろう。」
19. 小牧山を遠望した写真へのコメントとして津田応助:....「津田はそうした空20間のなかで人々は歴史を懐古し、心を爽快にし、自然の「微妙な韻律」を聞くことになると述べていた。」

●4401
・サエ佐伯啓思
・1
・「国民国家」への重い問いかけ
・This is 読売 1997-06.
・SAEKI.K.,
・国民国家≠民族国家(エスニック・ステート)、共同防衛体、神話、近代国家=人為的構成物、フィクション、歴史意識の共有、民族、国民文化、
・112.「近代国家とは、いずれにせよ、人為的な構成物なのである。」
113.「国民概念は、むしろ、必ずしも、同一の民族や祖先を必要としないところにあるのだ。その意味で、国民国家..と民族国家..とは異なる」
113.「あらゆる人為的構成体はなにがしかの神話を、フィクションを必要とする。それは、国家だけでなく、企業においても、宗教団体においても同じである。この事情は、本質的には、一人の個人においてさえも何ら変わるものではない。自分が何者であるかということに関する一切の「神話」から無縁で生きている者などまずは存在しないであろう。」
114.「「国民文化」というフィクションは、国家の主権が維持されるためには不可欠なのである。....この「国民文化」は、当然、ある種の価値や歴史意識の共有を要求する。」

●4403
・サエ佐伯啓思
・3
・「国民国家」への重い問いかけ
・This is 読売 1997-06.
・SAEKI.K.,
・国民国家、民族的同質性などというフィクション、国民文化、政治権力の正統性、日本、沖縄独立論(117)、
・116.「だから、今日の国民国家にとっての課題は、果たして、民族的同質性などというようなフィクションをもちだすことなく、「国民文化」を形成、あるいは説明できるか、という点にある。」
116.「国民文化なるものも、主権の正統性との関連で論じられるべきものなのである。これは、イギリスの統治がその国民文化と不可分であるい、アメリカの政治主権がアメリカ文化や建国の理念と不可分なことをみればすぐにわかる。/問題は、日本であろう。わたしは、今、日本に確かな「国民文化」などというものがあるとは思えないのだ。そして、そのことは、日本の政治権力の正統性の基盤がどこにあるのか、このことについても誰も確かな確信もなければ議論もないことと無関係ではないだろう。」

●4432
・ワカ若林幹夫
・5
・都市のアレゴリー
・INAX出版 1999.2000Y.
・WAKABAYASHI.M.,CHOAY.F.,
・都市、物語=歴史、近代都市における現在性のエコノミー、博物館、歴史の発見、文化派VS急進派、ノスタルジー、
・139.「....、そうした行為や関係の実践の通時的な集積それ自体を、人は経験的事実として対象化することはできない。それらについては、人は文字通り「物語=歴史histoire」として表象を通じて了解することができるに過ぎないのである。」
148.「近代都市における現在性のエコノミーは、都市の「現在」からこの「現在する過去」としての「歴史的なもの」を消去してしまう。かくして都市は、象徴的なものの場からアレゴリー的なものの場へと変容する。」
148.博物館..。「歴史の「発見」とは、この点においては、歴史がいま・ここに不在であることの発見である。」
150.N C:「19世紀から20世紀に至る都市計画思潮には、産業革命以前の中世152.都市の共同体的な統一を再び取り戻そうとするノスタルジックな「文化派」のモデルと、産業社会の原理をより徹底した *

●4433
・ワカ若林幹夫
・6
・都市のアレゴリー
・INAX出版 1999.2000Y.
・WAKABAYASHI.M.,CHOAY.F.,SITTE.C.,RUSKIN,OWEN.R.,FOURIER,LE CORBUSIER,
・都市、近代都市における現在性のエコノミー、ユートピア、文化派VS急進派、純粋現在、再形象化、過去・未来、
・* 未来的なユートピアを構想する「急進派」のモデルとの、二つの流れが存在している。」前者:C.S.,R.後者:R.O.,F,L.C.。
152.「「過去」と「未来」という一見すると対極的なものを志向する二つの視線のあり方は、実は現在の都市をめぐる同一の時間性の構造に規定されている。」
152.「形象化されない都市の時空が....自らの「現在」の中に深層的な構造や根源をもたない「純粋現在」の時空であるとすれば、それを何らかの形で意味づけ、再形象化しよ154.うとするならば、そうした形象は都市の現在の外部から挿入されなくてはならないはずだ。時間的にはこの外部は、「いま・ここ」の外側、すなわち「過去」か「未来」という時制に求められることになるだろう。」

●4506
・ピコンPICON.G.
・1
・素晴らしき時の震え
・新潮社 1975.
・PICON.G.,POUSSIN,
・時の震え、老人、市民社会(ブルジョワ)、過去の動員、博物館・古文書館、ノスタルジー・歴史的情熱、文化についての人文主義的神話、
・AUS:谷川『形象と時間』24.
7.「彼[P.]は、時間というものがうまく働くと何がもたらされるかを知っている。」.... 14.「[P.の描いた]この老人は....。時間を見つめるまなざしである。」
44. 「市民社会がその骨董店を開いて探し求めるのは、おそらく、死ではない。つまり、この過去を持たぬ最初の指導的階級が過去を動員するのは、貴族の肩書をわがものとするためである。博物館を建てたり古文書館をあさりまわったりするあのノスタルジーや歴史的情熱が目ざしているのは..死ではなく、《文化》についての人文主義的な神話なのである。」

●4539
・CHOAY
・1
・ヨーロッパの都市の運命 19世紀と20世紀
・近代都市と芸術展−−ヨーロッパの近代都市と芸術 1870-1996、東京都美術館、1996.
・CHOAY,LE CPRBUSIER,ハワード,HAUSSMANN,
・ヨーロッパの都市、アーバニズムの2潮流:急進派;文化派、パリ、ウィーン、バルセロナ、
・29. 「アーバニズムという新造語は、生み出された当初から、二つの別個の意味を含む言葉として用いられた。/一つには、都市の創造を科学としてとらえようとする学問分野を指していた。この学問分野では、都市に起こる現象をすべて知り尽くすことは可能であるとし、その前提において理論が練り上げられていった。この理論は大きく二つの流れに整理することができるが、うち一方の流れは急進派と呼ばれ、進歩と生産性の向上に最大の狙いを定め、もう一方の流れは文化派と呼ばれ、専ら人道主義的目的を唱えた。とはいえ、そうした違いに関わらず、双方の理論は共通の方法に基づいて、すなわち既存の都市の批判的分析と、無からの建設、再生が可能な都市のモデルを念入りに作り出していくという方法によって、打ち立てられている。」/急進派:LE CORBUSIER。文化派:ハワード(田園都市)
29. 「アーバニズムという言葉のもう一つの意味」:整序化。HAUSSMANN

●4605
・ブルマ.I.
・1
・戦争の記憶−−日本人とドイツ人
・TBSブリタニカ 1994.1800Y.
・BURUMA.I.,
・戦争の記憶、富士山、文化的伝統、アウチュヴィッツ、キッチュ、
・63. 大戦後占領軍は:「昔から神道の自然崇拝のシンボルであった富士山ですら、描くことを禁じられた。....ドイツの場合は....ナチズムが粛清されさえすればすんだのに対して、日本では、あらゆる文化的伝統を総点検する必要があるとでもいうようだった。」
90. 「ここで注意しなければならないのは。ドイツ人の残虐行為の形とその原因を混同することだ。言うまでもなく、涙もろさと残虐性が両立するのは一般の真理である。[しかし:]陳腐な訓戒やビールの酔いの陽気さは、たしかにドイツ人の犯罪にグロテスクな雰囲気を与えるが、それだけであの[アウシュヴィッツの]事態を説明できるだろうか?」
91. 「ジーバーベルクはひとつの結論にたどりついた。すなわち、アウシュヴィッツは確かに恐ろしい。同時92にナチのスタイルがもつキッチュなカッコよさも否定できない。」

●4631
・カラ柄谷行人
・3
・美術館としての歴史
・『創造された古典』1999.
・KARATANI.K.,OKAKURA.T.,(GRAMSCI?),
・アメリカの文化的ヘゲモニー、モダン・アート、抽象表現主義、美術館、ヘゲモニー、
・319.「第一次大戦以後に、アメリカは大英帝国にとって替わって、経済的・軍事的なヘゲモニーを握った。しかし、それはまだ文化的ヘゲモニーではない。アメリカがヨーロッパの文化的ヘゲモニーを奪取したのは、実は、美術館によってである。....館長のアルフレッド・バーが、36年に「キュービズムと抽象芸術」、ついで「幻想芸術、ダダとシュールレアリスム」という展覧会をやって、これまでのヨーロッパのモダン・アートの流れを幾何学的抽象の系列と表現主義的な系列とに分けて総括した上で、アメリカにおける抽象表現主義こそがそれらを総合しつつモダン・アートのフロンティアに立つのだというシナリオをつくった。」

311.「岡倉が美術館を重視したのは、美術館における評価と配列が、ニュートラルな美術の問題ではなく、ヘゲモニーの問題であることを直観していたからである。」

●4680
・ナカ中村雄二郎/カンかんさんじゅん
・2
・文化(21世紀へのキーワード)
・岩波 1999.07.1500Y.
・NAKAMURA.Y.,KANN.S.,WEBER,BENJAMIN,
・ポストモダニズム、後期資本主義、主体の断片化、無意味化、クレオール、グローバル化、植民地問題、アウラ、直接的な感覚の砲火、自然、文化、
・87.K:「ポストモダニズムを「後期資本主義」の文化的ロジックとしてとらえるジェイムソンによれば、ベンヤミン的なアウラという意味での距離がなくなった空間の飽和状態のなかで身体は防護層や媒介者を取り外された直接的な感覚の砲火にさらされ、われわれは「主体の断片化された精神分裂的な散乱」を生きざるをえなくなっているというのです。」
89.K:「M.W.は『世界宗教の経済倫理』のなかの「中間考察」のなかで自然の有機的循環過程から離脱していく過程の果てにそうした「無意味化」の影に脅かされる文化の暗い未来を予見しました。」
122.K:「クレオールのざわめきをほとんどノー天気に礼賛し、グローバル化した世界の新たな文化原理にまで持ち上げようとする人々」
132.N:「自分たちも被害者であったという意識が、植民地問題への国民的責任を曖昧にしてしまっているのではないでしょうか。」

●4908
・ヤマ山崎正和
・5
・歴史の真実と政治の正義
・中央公論新社 2000.12.11.1500Y.
・YAMAZAKI.M.,SHIBA.R.,
・「人権思想」、政治倫理、/「「教養の危機」を超えて−−知の市場化にどう対処するか−−」、人文学、歴史学、学の基礎づけ、マルクス主義、/「新たな知的開国をめざして」、『共産主義黒書』、/「風のように去った人−−追悼・司馬遼太郎−−」、歴史と無関係、無時間の伝統、
・* 政治倫理に誠実であればあるほど、その不本意な実現を見なければならないということである。/....現代は正義すら迂回的に顕現されるほかない時代であり、むしろそれだからこそ、個人は内面の良心を粘り強く持ち続けなければならないのである。」



117.「彼女[ツェベクマさん]は歴史に翻弄されながらも、どこか歴史と無関係に生きているという強い印象を与える。....あるのはただ、娘を育てて自分の血筋を残すというほとんど生物学的な欲求だけで、国境にも制度にも大義にも関心のない生き方を貫いている。....「無時間の118.伝統」を感じたのである。」

●4916
・コバ小林敏明
・2
・西田幾多郎 他性の文体
・太田出版 1997.2800Y.
・KOBAYASHI.T.,NISHIDA.K.,GOETHE,
・永遠の今の自己限定、時(時間)、歴史、真の無の場所、人格的なもの、ギリシア、キリスト教、東洋文化、
・70.N:「歴史に於てあるものから見れば、すべてが因果的に永遠の過去から永遠の未来へ流れ去ると考える他はないであろう。併し時は永遠の今の自己限定として之に包まれたものでなければならない。時を包み時を消すと考えられる所に、永遠の内容として人格的なものが見られるのである。」(「ゲーテの背景」1931-P.138)−−「背景」=「永遠の今」=「「真の無の場所」と呼ばれたものの別称」
75.N:「歴史が永遠の過去の内に消されると考えられた時、すべてが永遠の影としてギリシア文化の如きものが考えられるであろう。之に反し歴史が永遠の未来の中に消えると考えられた時、すべてが永遠への途としてキリスト教文化の如きものが見られるであろう。併し歴史が永遠の今の限定として....考えられる時、....有るものは有るがままに永遠である。我々の孚まれた東洋文化の底にはかかる思想の流れが流れて居るのである。」(同149)

●4940
・ヤマ山城むつみ
・5
・文学のプログラム
・太田出版 2500Y.
・YAMASIRO.M.,SAKAGUCHI.A.,YASUDA.Y.,KOBAYASHI.H.,
・日本回帰、日本文化、家、「うしろめたさ」、ファシズム、文学、書くこと、
・78. 「文学は「生存それ自体が孕んでいる絶対の孤独」から始まる。いかえれば、文学は、家に帰ることの「うしろめたさ」から生まれてくる。帰るさきは、それが家であれ郷里であれ日本であれ、それじたいは文学にとってはふるさとではない。そうではなく、そこに帰ることの「うしろめたさ」がふるさとなのである。/....そこから書かれる文学はつねにすでに回帰に対する実質的な抵抗となりうる」−− 79.「安吾がいう意味での「文学」はファシズムに抗しうる。/これは保田のいう意味での「文学」とは異なる。」
90. 「保田にとっては、文学を書くことがそのまま大東亜戦争を遂行するそのことでなければならなかったのである。」
91. 「彼[小林]にとっては、書くことは、あくまで政治的あるいは世俗的な文脈から美的に判別された、純粋領域における仕事である。」

●4958
・カワ河上徹太郎+
・2
・近代の超克
・冨山房 1979.
・KAMEI.K.,NISHITANI.K.,
・近代の超克、/機械主義、文明、世界大戦、戦争、/西洋文化、絶対の否定=絶対の肯定、宗教の立場(22)、文化、科学、真の主体性の立場=主体的無の立場(24)、
・* 思つたら最後、堕落がはじまる。何故ならそれら神典や古典は、吾人の安堵のために存在するのではなく、休息なき戦ひのために存在するからである。」
16. 「殆んど自然的の強制力をもつて襲いかゝつてくる文明の重圧、機械主義、それがもたらす精神のすべての疾病や衰弱、節度を失つた人間の自壊作用、滅びるか、なほ救済はあるか、これは、今次の世界大戦のもう一つの奥にひそむ戦争である。」

18FF.西谷「「近代の超克」私論」:
19. 「輸入された西洋文化が、既に西洋自身に於て聯関性を喪失してゐた」→別M5025
25. 「こゝでは....絶対の否定が直ちに絶対の肯定へ転じる。文化を創造し或は科学する主体は、まだ自覚された主体的無の立場ではないが、*

●5024
・カンかんさんじゅん

・オリエンタイリズム
・岩波 哲学・思想事典
・KANN.S.,SAID,FOUCAULT,
・オリエンタリズム、アイデンティティ、文化的支配、文化的ヘゲモニー、
・192.「一般にはエキゾチックな異国趣味を指すが、カルチュラル・スタディーズの興隆とともに、西洋の東洋に対する文化的ヘゲモニーの総体を意味するようになった。/S.によれば、帝国主義と植民地主義は....社会・経済的あるいは政治・軍事的な権力以上に強力な力の源泉となった言説の体系と結びつき、それによって支えられてはじめて圧倒的な優位と支配を確立することができたのである。その意味ではオリエンタリズムは、一種の文化的支配のことである。つまり、オリエンタリズムは、西洋の文化が、自らの代理物であり、隠された自己でさえある東洋から自らを疎外することによって、力とアイデンティティを獲得することを可能にした力の編成形態であり、その文化的支配の装置のことに他ならない。/したがってまた帝国の主体性は、西洋=「われわれ」と、東洋=「かれら」の間に認識論的で存在論的な境界線を引くことで構築されえたのであり、その意味ではO.は、近代の知と権力の核心部分と無関係ではない。」

●5040
・ヤス保田與重郎
・1
・全集 V.6.「浪曼派的文藝批評」
・講談社 S.61.
・YASUDA.Y.,OKAKURA.T.,UCHIMURA.K.,
・「日本的なもの」批評について:日本文芸の伝統、ファシズム、日本史、日本近代、「歴史学」、系譜・血統、日本の世界文化性、明治、18世紀の克服、
・190.AD 『文藝』(S.13年?)3月号での日本文芸の伝統の9人の論
190.「さういふフアッショとは強権によつてものを抹殺することである、そのとき日本史191.と日本文芸史を考へた僕は、さういふ種類のフアッショでない。僕は抹殺されてゐた歴史の復活を始めるからである。」
191.「日本にはその[近代市民社会建設期]さきに文芸の「歴史学」がないのである。公共のものとしてそれが近年にはないのである。歴史学と呼び得ぬから、系譜と僕は呼び、血統と称した。」
192.「日本文化(現代の)はまだ一八世紀の克服を行つていないと僕は信じている。日本文化には世界性の高次がないと僕は考へるのである。」
193.「日本の世界文化性が未熟であるといふことを僕らは感じて耐へきれないのである。....「奇蹟」は明治にある。その明治を僕は現在も考へている。さういふ日に発見されるのが岡倉天心である、内村鑑三である、この二人が僕の明治の精神論の鍵である。」

●5042
・ヤス保田與重郎
・3
・全集 V.6.「浪曼派的文藝批評」
・講談社 S.61.
・YASUDA.Y.,AONO,OZAKI,
・「日本的なもの」批評について:貴族・民衆、文化、法隆寺、古典芸術≠古物、古典精神、博物館員・骨董商人、日本的精神、
・197.「青野氏のとくやうに、貴族的文化だけが日本的でない。民衆の文化もとり出せ、云々、これは当然のことである。....が、この当然さから、「貴族的文化」と命名した日本文化の否定にゆくことが困ることである。」
199.尾崎氏のいふ「今日をはなれて天平の文化も法隆寺も何するものぞや」まことに明白の正当言である。その意味で日本の今日、天平や法隆寺が語られてゐる。それらがつねに人間の純美純理を愛する精神の所有であり規範であるという三つの意味に於てゞある。のみならずそこに永久の規範を感じること、希臘の古典芸術のときと共通する。古典芸術とは、単なる古物ではない、古物と古典精神の鑑別つけ得ないものは、今日の日本に於ては主として文部省の国宝審査委員であり、博物館員である。民衆の中では骨董商人である。「むしろ万葉に生きるためには古典を焼却せよ、と叫ぶことに日本的精神は200.新しい出発を持つ *

●5155
・コウ高坂正顯
・4
・著作集 1 「歴史的世界」
・理想社 S.39.
・KOUSAKA.M.,HEGEL,RANKE,
・「歴史的世界」(ORG単行本:S.12.序章はS.7)/歴史的主体、歴史的世界とは:、DAS REAL-GEISTIGE、弁証法的なREALITY、国家と文化、世界精神・絶対精神・民族精神、
・第四章 歴史的主体:
169.「歴史的世界とは、....。即ちそこに於いてはヘーゲルの教えた如く、SubstanzはSubjektである世界である。....そこはランケの所謂irdisch-geistigな共同体の世界であり、das Real-Geistige..なるものの世界である。....そこに於いては....弁証法的なるRealityが見られるのである。歴史的世界こそ真にRealityの世界である。そのことを特に著しく示すものは国家ではなかろうか。....しかしいかなる国家も直ちに世界ではない。歴史的世界に於いては国家は国家ならぬものと内面的に媒介さるることを要求するのである。しかしてそれは文化であるであろう。....170.歴史的世界の構造は....国家と文化の二つの中心を持つ楕円として描かれるべきである。」
170.「政治史と文化史の関係」
173.ヘーゲル:世界精神と絶対精神の関係。民族精神と世界精神の関係

●5157
・コウ高坂正顯
・6
・著作集 1 「歴史的世界」
・理想社 S.39.
・KOUSAKA.M.,HEGEL,
・「歴史的世界」(ORG単行本:S.12.序章はS.7)/歴史的主体、世界精神・絶対精神(宗教・芸術・哲学、文化)・民族精神、思弁的ではなく実践的に、
・* [/]しかして絶対精神と世界精神の合一は思弁的論理に対してではなくして、ただ実践的論理に於いてのみ許されることを語るのではなかろうか。」
175.「H.に於いて絶対精神と世界精神の関係が明瞭を欠く所以は、世界精神の中心を単に民族精神、国家に置き、それに対する絶対精神の意義を充分に媒介せしめざりしことに依るのではなかろうか。もとよりH.の立場に於いても、宗教芸術哲学の歴史を書き得るであろう。しかし歴史的発展は、はたして宗教芸術哲学の絶対的内容と、それが<<歴史的>>である限り、本質的関係を有し得るであろうか。しかしてその難点は歴史的世界の中心を単に国家理念にのみ置いたことに基づくのではなかろうか。かくて彼の世界歴史は、一方単に政治史的となって豊かなる文化的内容を疎外し、他方文化は、絶対精神の領域にその非歴史性を嘆くの結果を将来したのではなかったか。」

●5159
・コウ高坂正顯
・8
・著作集 1 「歴史的世界」
・理想社 S.39.
・KOUSAKA.M.,
・「歴史的世界」(ORG単行本:S.12.序章はS.7)/歴史的基体、国家、主体性、国家の主権性、文化、世界=無的普遍、
・177...の国家主義的立場に比すれば:「動的なる血と静的なる土の矛盾的統一に於いて国家を見、その矛盾的統一の矛盾性を世界への開放によって維持せんとするところに文化を見んとした我々の試みは(歴史的基体参照)、土と血の内面的連178.関を世界を通じて理解せんとしてことによって、多少の意味を有するであろう。世界に於いてあると考えることによってのみ、土と血は、単なる<<自然的>>要素たることを廃して、国家に於ける主体性を獲得し来るのである。」
178.「国家の主権性は国家が世界に於いてあり、従って文化によって媒介されてのみ可能であるが故に、それを闡明することによって、やがて歴史的世界の動力の構造連関が示され得る」
179.「国家は直ちに絶対的普遍でなく、具体的普遍であるが故にまた特殊的普遍に止まり、逆に世界は具体的普遍たり得ざる無的普遍..であることによって、<<特殊的>>普遍たることを免れる」

●5165
・コウ高坂正顯
・E
・著作集 1 「歴史的世界」
・理想社 S.39.
・KOUSAKA.M.,HEGEL,KANT,
・「歴史的世界」(ORG単行本:S.12.序章はS.7)/国家と文化、頽廃、倫理的、次油、世界歴史、叡知的世界と感性的世界、
・国家と文化:
216.「国家は世界に於いてあるのであり、その故に常に文化によって媒介さるべきである。....文化によって媒介されてのみ、国家は歴史の動力となり得る。....[/]従ってまた国家に媒介されざる文化が、歴史に対して頽廃的となることも不可避である....。文化は国家によって媒介されることを要求するのである。歴史が単に文化的でなく深く倫理的なるべき所以はここにある。」
216.「かつてH.は世界歴史は<<自由の意識>>に於ける進歩であると語った。しかし今我々は世界歴史は<<世界の意識>>に於ける進歩であると語ることは出来ないであろうか。」
217.「かつてカントは人間は叡知的世界と感性的世界の二つの世界に属すると述べたが、我々はより直接に文化と国家の間に跨ることを感じないであろうか。」

●5173
・ドーク.C.M.
・1
・日本浪曼派とナショナリズム:CHAP1:イロニーの実践に向けて−−保田與重郎と全体性の美学
・柏書房 1999.04.4200Y.
・DOAK.K.M.,YASUDA.Y.,SMITH.A.D.,
・大正時代、文化、アイデンティティ、自己中心的倫理、人生の意義、歴史主義、教育、自己理解・自己実現、共同体の歴史、
・50. 「大正時代は、文化やアイデンティティをいかに定義するかという問題が再び関心を集めた時代であったが、保田は、新しい文化的アイデンティティの創出が、管理社会に特有の自己中心的な倫理によって早々に妨げられてしまうのではないかと恐れていた。」see3-29。「こうした状況を打開するためには、個人主義や経済的利益に基づいた価値観から脱却し、人生を再び意義深いものとするようなもっと人間主義的な教育を提供する必要があった。」−−
50F.SMITH.A.:「歴史主義を掲げる知識人にとっては(中略)、単に科学的気質や合理主義的な視野の修得のみが教育ではない。真の教育とは、自己理解を通して自己実現に至る過程のことである。こうした過程は必然的に集団的なものであり、言い換えれば、共同体的に歴史的なプロセスである。このプロセスを経ることによって、個人は自分の育った固有の歴史的文化の中で、自分がいかなる役割を果たすべきかを悟る。*

●5174
・ドーク.C.M.
・2
・日本浪曼派とナショナリズム:CHAP1:イロニーの実践に向けて−−保田與重郎と全体性の美学
・柏書房 1999.04.4200Y.
・DOAK.K.M.,YASUDA.Y.,SMITH.A.D.,HAGIWARA.S.,
・共同体の歴史、新しい文化、日本の近代化、勝利のイロニー、伝統、
・* と同時に、自分の運命と関わりをもつ共同体全体の歴史や宿命を理解するに至るのである。」(Ethnic Revival,127)−−
51. 「したがって、新しい文化の形態を創出し、教養や野心に満ちた若者の間に再び公徳心という理想を復活させることによって、上述したような教育上の失敗を補うことこそ、昭和期の知識人にとっての最大の関心事であらねばならないと保田は論じている。」
51. Y.が見るに:日本の近代化はすでに大正期に達成された。「だが、この同じ時期に、近代は日本にとっての「勝利のイロニー」ともなった」 → 「東洋と西洋、自己と他者の双方を包摂し得る新たな文化的論理の中に、こうした成果を組み込む必要があ」る。−−しかし、そのためにも必要な52「日本の様々な伝統が失われてしまった」 −−
52. この認識の点で:Y.=萩原。

●5180
・ドーク.C.M.
・8
・日本浪曼派とナショナリズム:CHAP1:イロニーの実践に向けて−−保田與重郎と全体性の美学
・柏書房 1999.04.4200Y.
・DOAK.K.M.,YASUDA.Y.,
・日本文化の普遍性、上代日本、「日本的なもの」、秩序<順序、古代ギリシア、
・59. 「Y.は次に、日本文化の普遍性を探究し始めた。....Y.は、普遍性の最良の原型が見出されるのは、上代日本の伝統の中においてであると論じるに至る。「日本的なもの」が有効な概念かどうかをめぐって、知識人の間で大論争が巻き起こっていた1930年代半ばのことであった[cf.63.『文藝』1937.3]。/Y.によれば、普遍性を概念的に捉えようとする場合、それまでは決まって、ただひとつの強国が覇権を握り、他国を支配するような世界が想定されていた。これに代わるものとして、Y.は、文化的差異の尊重を基盤とするような新しい概念を思い描いている。....[国際的な共同体を構想する差異の枠組みとなっていた]「秩序」に対抗して、Y.は「順序」という彼独自の概念を提起する。「順序」は、本質的に日本的な論理であり、<<それ故に>>国際的であるとY.は論じる。」 −−  60.「「順序」という日本的な論理を古代ギリシャと結びつける時[CF.5-20]、Y.は、N.に関する議論の続きを述べているのにすぎない。」

●5188
・ドーク.C.M.
・G
・日本浪曼派とナショナリズム:CHAP1:イロニーの実践に向けて−−保田與重郎と全体性の美学
・柏書房 1999.04.4200Y.
・DOAK.K.M.,YASUDA.Y.,BASHOU,
・死、天皇、系譜、王朝の美学、宮廷文化、風景、
・72. [しかしその際:]「死は魅惑的なものとなった。生の彼岸で、過去の夢は現実に混ざり合う。そこにあるのは、何もかもが新しく生れ変わり、未来の可能性が無限に広がるよう73な世界である。/Y.は、個々人の生を天皇の発現と捉えていた。死は、そうした個人を天皇のもとへと返してくれる。だが、この場合の「天皇」は....歴代の天皇の総体を指す。」 −−
73. これと、「系譜」論とが[一体]:−−王朝の美学。−−芭蕉評価
74. N Y:「芭蕉は、そうした文化が風景を眺めるというより古い伝統につながっていることに着目し、歴史的な行為の土台としてでなく、皇室のもつ恒久性の美的延長として、宮廷文化を復活させる可能性を示唆したのである。風景は、人間の可能性を制約するものではなく、「つねにわが心の中にある歴史である」とY.は論じる。」[16-「風景と歴史」]

●5189
・ドーク.C.M.
・H
・日本浪曼派とナショナリズム:CHAP1:イロニーの実践に向けて−−保田與重郎と全体性の美学
・柏書房 1999.04.4200Y.
・DOAK.K.M.,YASUDA.Y.,
・日本人の風景観、戦争という行動を通じて文化を表現する、天皇、勝利のイロニー、美的な満足感、海行かば....、
・74. 「日本人の風景観によって開かれた可能性は、太平洋戦争と密接な関連をもつとY.は述べている。思想によって文化を探る段階はすでに過ぎた。今や、戦争という行動を通じて文化を実現する時が来たのである。」[CF.16-「風景と歴史」]
75. [しかしながら?:]「[Y.に]重要なのは、失われた天皇の大義のために戦場で身を捧げ、そこから美的な満足感を得ることであった。なぜなら、結局のところ、敗北も単なる「勝利のイロニー」にすぎないからである。」[CF.16-「風景と歴史」] −−75.Y:「海行かば水漬[ミズ]く屍 山行かば草生[ム]す屍 大君のへにこそ死なめ かへりみはせじ」(11-14f.,1941)

●5200
・ワツ和辻哲郎
・1
・和辻哲郎全集(第三次) 別巻1
・岩波書店 1992.
・WATSUJI.T.,YUASA.Y.,
・湯浅泰雄:「解説」:国民道徳論、国家vs民族、文化、
・447-480.解説(湯浅泰雄): 477.「[S.12の『教育学辞典』では本来欧語にない訳語がつけられているが]この二つの訳語のうち、national moralsの方は「構想メモ」[S.5頃執筆]にある「歴史的事実としての国民道徳」に当り、national moralityの方は「当為としての国民道徳」に当る。..../478.青年期のW.がこのような国家主義的風潮に反発していたことは既に「メモランダム」ノート[1913-]などにも見えるが、彼が国民道徳論に関心を抱いた動機は、実はこのような明治期の国民道徳論に対するつよい反感にある。....戦前の二論文によると、いわゆる国民道徳論者は「国民」という言葉を、政治システムとしての「国家に属する人民」という意味で使っている。しかし自分のいう「国民」はNation(民族)の意味である、また芸術・学問・文化などは本来、Nationが創造したものであって国家が創造したわけではない、とW.は言う。」

●5206
・ヤス保田與重郎
・3
・全集 V.5.:「戴冠詩人の御一人者」「白鳳天平の精神」「明治の精神」/「郷土といふこと」「国宝の保存について」「万葉精神の再吟味」「岡倉天心のこと」
・講談社 S.61.
・YASUDA.Y.,OKAKURA.T.(372),NICHIRENN,SHOUTOKUTAISHI,
・「国宝の保存について」(S12):法隆寺修繕、愛国精神の倒錯論、進歩主義、古典、美的芸術、さび、文化政策=○(371.「昔、聖徳太子が日本国に文化を樹立し、学芸を振興するためには半島政策を犠牲にされた。」)、真の日本人、
・372.「愛国精神の倒錯論」:「古美術を砲弾にせよ」
373.「新しい文化..のためには、古美術も古建築も、その芸術上の天才の遺品などふみつけてゆく必要があるといふ。これらの進歩主義者たちは、<<文化>>を語るために、いはゞ古美術をその実利を勘定して上で包丸としてのである。/..../建設のために古典の破壊をとくものは、弾丸論者と代りなにのである。」
374.「真の日本人は貿易家を守り金融家を守ることを思ふよりも、記紀を守り源氏物語を守り日連を守らんとする。」
375.議事堂=「醜悪」
375.「古美術とは時代がさびれて美的芸術めかしくなつたものの謂でない、法隆寺は最古の木造建築として記念される歴史考古学の遺物ではなくして、....美しい作品である、聖徳太子の文化政策の生んだ不朽の規範の一つである」。

●5207
・ヤス保田與重郎
・1
・全集 V.5.:「戴冠詩人の御一人者」「白鳳天平の精神」「明治の精神」/「郷土といふこと」「国宝の保存について」「万葉精神の再吟味」「岡倉天心のこと」
・講談社 S.61.
・YASUDA.Y.,HOELDERLIN,
・「郷土といふこと」(S7):郷土芸術・郷土教育、ギリシア、国際性・世界性、民族性、文化、
・255.「最近になつて郷土といふことばがしばしば流行的にまで見うける。郷土芸術とか郷土教育とか・・・・・・。だが一体「郷土」とは何か。」
256.「思ふに如何なる詩人といへども偉大な彼らはその生涯を画する一種の郷土憧憬をもつてゐた。例えばヒペリオンをかいたヘルデルリーンをあげるのみとするが、[/]しかしかゝる詩人にとつては郷土は単に生家の地を意味するのでなく、むしろ文化の発祥の地を意味したことを注意しておかねばならない。ヘルデルリーンにおけるギリシアの如く。」
256.「通常「郷土性」は国際性に、又は世界性に対蹠的なものゝ様にいはれる。しかし世界性又は国際主義..といふもは、特に今日の文化に対して誇りうる一つの現代文化の特長といふべく、又その祝勝に充ちた方向でもある。この方向を離れて文化の優越性は殆どない。....民族性は国際性に止揚されることによつて始めて意義をもつ。」

●5208
・ヤス保田與重郎
・2
・全集 V.5.:「戴冠詩人の御一人者」「白鳳天平の精神」「明治の精神」/「郷土といふこと」「国宝の保存について」「万葉精神の再吟味」「岡倉天心のこと」
・講談社 S.61.
・YASUDA.Y.,HOELDERLIN,
・「郷土といふこと」(S7):ギリシア・ローマ、大和、日本民族、郷土研究、文化、
・257.「郷土といふ概念を文化の点から個人的な成果の全体の基礎として考へると共に、民族のもつ文化史の上の「郷土」を考察することを忘れられない。あたかも西洋の多くの哲人や詩人にあつて彼らの郷土が生国よりもより多く、ギリシヤやローマであつた如く、しかもこの二つの郷土が個人にとつて同一であることは最もめぐまれた環境に於て初めて可能である。そしてかうしためぐまれた位置にわれわれはゐるのだ。/郷土の特殊性はたゞ日本の固有の文化の流れに如何なる影響を与えたか、という点よりとりあげられることは、問題としての価値を損ふものだ。大和は日本民族の独自の文化の最も大きい郷土なのだ。」
259.「最近喧しい郷土研究....。....さうした断片的な非体系的な、あたかも故老の夕涼みの長談義めかしいことを教育がとりあげることの必要などどこにもないと思ふ。」
260.「私はかゝる点に大和に生れたものゝ自覚をさへ考へてゐる。」

●5214
・タナ田辺元
・6
・田辺元全集 7 「種の論理」論文集 II
・筑摩書房 S.38
・TANABE.H.,TROELTSCH,
・「永遠・歴史・行為」(S15):国家、種族、伝統、個人、自由、政治、文化、人類、倫理、歴史主義、信仰、希望、
・167.「それ[国家]が人類的絶対普遍の立場に媒介せられることを、国家の成立と認めるならば、種族の伝統的生内容が個人の自由創造によつて否定的に媒介せられたものとしての文化を以て、政治の主体的側面を形造るものと解するこ168.とは当然でなければならぬ。」
168.「政治と文化とは国家の種族的契機と人類的契機とに相当し、前者は否定的媒介的であり後者は肯定的媒介的である二面として、互いに区別せられつゝ却て統一せられる。而してその転換の媒介者は個人に外ならない。その意味に於て個人は国家を永遠の人類に媒介する倫理的行為主体であり、国家も之を媒介として具体的に国家となり政治的行為の主体となるのである。」
169.「倫理は歴史主義の立場に於て....。永遠の信仰を現在の行為により実証する未来への希望であり、その希望の達成対する約束への感謝報恩の精進でなければならぬ。....歴史主義の倫理的超越....。」

●5252
・ユア湯浅泰雄
・2
・和辻哲郎
・ミネルヴァ 1981.
・YUASA.Y.,WATSUJI.T.,
・国民、人格主義、日本古代文化、ナショナリズム、
・62. 1913年のメモ: 57.人格主義の立場に立ちつつ、「近代国家における<<国民>>のあり方に対するつよい関心が存在していた」

63. 『古寺巡礼』:飛鳥奈良時代の文化へのつよい関心。「W.はこの書で、白鳳天平の文化が遠く西アジアからインドを経て日本にまで伝わってきた流れに関心を寄せ、..」
90. 「昭和12、3年ごろから『古寺巡礼』や『日本古代文化』に対して右翼の国粋主義者が攻撃を始め....」
129.AD 『風土』:「彼の考え方は、政治的ナショナリズムと短絡した「日本主義」とは異質なものであり、....。しかしそれにもかかわらず、彼は日本民族の文化的創造力に高い評価を与え、日本が現代世界において特殊な地位を占める国家であるという信念をもっていた[「文化ナショナリズム」]。....この政治と文化の微妙な関係の中で、W.の思索 *

●5253
・ユア湯浅泰雄
・3
・和辻哲郎
・ミネルヴァ 1981.
・YUASA.Y.,WATSUJI.T.,FUKUZAWA.Y.,ISHIDA.B.,(BENTHAM),
・功利主義批判、古代東洋の高貴な文化、日本人の世界的任務、
・* の歩みは、時代状況の危機と共に次第にゆれ動いてゆくのである。」

145.IN:「現代日本と町人根性」:W.>功利主義、福沢、石田梅岩/146.「もっとも彼は、戦後の『日本倫理思想史』では、石田梅岩や福沢諭吉に対する評価を大きく修正している。」
165.和辻「文化的創造に携わる者の立場」(S.12):「古代の東洋の高貴な文化が死滅すべきでない限り、この生ける伝統を保持せる日本人の仕事は、同時に世界文化の中にこの高貴な伝統を生かすという任務を負う。しかもこの任務はギリシア文化の潮流との綜合においてのみ果たされ得る。かくしてこそ、世界史の保持せるあらゆる優れたる文化の精神が、新しい統一にもたらさ得るのである。かかる世界史的任務を課せられた者として....。」

●5283
・マイネッケ
・6
・歴史的感覚と歴史の意味 一 歴史と現在
・創文社 S.47.(中山治一訳)
・MEINECKE,
・良心、永遠内容、歴史の意味、文化、
・あるにちがいないのである。われわれは、このような歴史の絶対的意味と、そして歴史がわれわれに対してもつことのできる意味とを、区別する。....われわれが生の豊かさのなかから歴史的に選び出して理解しようと務める、あの個性的形成物においてもまた、神に近似したもの−−最高の意味での文化というもの−−は、....時間的に考察すれば、しばしばただ、世界歴史のもっとも無常な瞬間を示現するにすぎないであろう。[/]けれども、われわれは、垂直に高所へ眼をやることによって、歴史的瞬間とその個体性に対してもまた、ひとつの永遠内容を付与することができたのである。」

●5320

・2
・民族・国家・エスニシティ(岩波講座 現代社会学24)
・岩波 1996.
・OOSAWA.M.,BARIBAR.E.,
・大澤真幸「ネーションとエスニシティ」:ナショナリズム:古典的;現代の、「人種なき人種主義」、自然としての文化、
・31.N B:「かつてのナショナリズムと今日のナショナリズムとを比べたとき、ナショナリズムと人種主義との間の図/地関係が反転しているように見える」:「古典的ナショナリズムにとっては、人種主義はその補完物でしかない。....だが現代のナショナリズムにとっては、しばしば、人種主義こそがネショナリズムの実質そのものである」。/「だが、人種主義とナショナリズムの関係が以上のような反転を被るためには、「人種」の性格が変容していることが前提となる。外的・生物学的な指標によっては人種として同定することができないような人間の集合が、人種として識別されなくてはならないのだ。」「「新しい人種主義」は、「人種なき人種主義」として現れる」。−−「このような倒錯が生ずるのは、文化そのものが自然として機32能しているからだ」。(B:「『新人種主義』は存在するか」in;『人種・国家・階級』)−−「顕著な前例は、反ユダヤ主義である。」

●5389
・スミス.A.D.
・2
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,TAKAYANAGI.S.,GELLNER.E.,ANDERSON.B.,
・ナショナリズム、ナショナル・アイデンティティ、エスニック的基盤、ネイション、国家、歴史・文化の共有、文化主義、
・325.N S:ネイション(see 40):歴史上の領域、共通の神話と歴史的記憶、大衆的・公的な文化、全構成員に共通の経済、共通の法的権利・義務を共有する(→国家の存在)、特定の名前のある人間集団。
325.「S.が、ネイションの起源を近代以前のエスニックの要素にもとめている理由」:「....、そうしたエスニーをもたない集団がネイションの形成をめざすとき、歴史と文化をもつ共同体という神話や象徴をあえて「創造」しなく326.てはならなかったこと」
326.「問題は、このような文化的なエスニック共同体(いわば「聖なる共同体」)が、近代においてどのような経路をへて、文化的かつ政治的なネイション(いわば「想像の共同体」)へと変容したかである。..../こうしたS.の「歴史主義」的アプローチは、きわだって神話、象徴、歴史の作用を重視する文化主義だということができる。」 → ≠GELLNER(NATION,N.=「近代工業社会の構造的必然」);ANDERSON。

●5390
・スミス.A.D.
・3
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,TAKAYANAGI.S.,
・ナショナリズム、ナショナル・アイデンティティ、>グローバル文化、EU、
・327.S.>グローバリズム:噤F「グルーバル文化なるものは「記憶をもたざる構成物」にすぎないか、さもなくば「それを構成しているナショナルな諸要素」に分解していくしかないから」。see 終章。
328.S.、EUにも懐疑的。
328.S.≠ナショナリズムの擁護。「S.の分析は、いまなおN.I.が集合的なI.としてもっとも現実的であることを明らかにしているのであって、N.ISMを擁護するためではまったくない。」

●5391
・スミス.A.D.
・1
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,
・ナショナリズム、ナショナル・アイデンティティ、集合的アイデンティティ、文化現象、文化的ネイション;国家的ネイション、ドレフュス事件、王党派、共和主義、
・chap1:N.I.の特異性:
11. 「集合的現象としてのN.I.」
12. 私の1986の基本的命題:「ネイションとナショナリズムは、単にイデオロギーあるいは政治形態だけでなく、文化的現象としいても取り扱わなくてはならない」。
25. 「社会階級を、持続的な集合的I.の基盤として取り扱うのがむずかしいのは、それには文化的な深みが欠如しており、感情に訴える力が限られているからである。」
30.N MEINECKE:「文化的ネイション」≠「国家的ネイション」
38. 「聖職者−王党派の右翼は、「有機的」ネイションという系譜的で土地に根ざした概念と固く結びつけられていたが、それはドレフュス事件の際にはとりわけ、共和主義的な領域的・市民的なモデルと対立するものであった。」

●5392
・スミス.A.D.
・2
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,
・ナショナル・アイデンティティ、神話、歴史的記憶、文化、国家≠ネイション、領域的、エスニック、
・39. 「N.I.の基本的特徴」:....。/ 40.「したがって、ネイションとは、「歴史上の領域、共通の神話と歴史的記憶、大衆的・公的な文化、全構成員に共通の経済、共通の法的権利・義務を共有する、特定の名前のある人間集団」と定義できる。」
41. 国家≠ネイション
42. 「概念的にはネイションは、市民的、領域的な次元とエスニック的、系譜的な次元の二つの次元が混合したものになってきている。」
44. 「現代世界において、私たちが「私たちはだれなのか」を知ることができるのは、共通の独自の文化をつうじてである。」

●5394
・スミス.A.D.
・4
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,
・エスニシティに関する二つの考え方、エスニック共同体≠人種、エスニック・アイデンティティ、虚構、土地への愛着、皮膚の色、原初主義VS道具主義、文化、
・52. エスニック共同体の属性:....。
53. エスニック共同体≠人種。
53. 「もっぱら主観的な構成要素である....。エスニック・アイデンティフィケーションの感覚にとって問題なのは、虚構の出自であり、推定上の祖先なのである。」
55. 「土地への愛着」
56.AD 皮膚の色、宗教など:「そのような識別指標が弁別的意義をあたえられてはじめて、これらの文化的特徴は、すくなくともエスニックの境界にかんするかぎり、客観的な指標とみなされるようになる」。
57. 「異なるエスニック共同体に同時に忠誠心を抱く可能性もある。」
59. 「原初主義者 対 道具主義者」 < 「文化的パターンはもともと固定したものだという立場を避ける一方で、エスニックの感情は「戦略的」に操作できるとか、文化はいつでも変化しうるのだといった *

●5395
・スミス.A.D.
・5
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,
・エスニシティに関する二つの考え方、文化的アイデンティティ、連続性の自覚、歴史、ジェノサイドというよりエスノサイド、宗教、神話、
・* 立場も慎まねばならない..。そのかわりに必要なのは、集団レベルの文化的アイデンティティという概念自体を、歴史的、主観的、象徴的な観点から再構成することである。集団レベルの文化的I.とは、世代を超えてさまざまなの要素に均一性があるといったことではない。むしろ、ある文化的な単位のなかでその成員のそれぞれの世代が、連続性の自覚をもつことであり、またその歴史上の以前の出来事や時期について記憶を共有していることであり、....。」
69.AD ヒッタイト人、ペリシテ人、フェニキア人、エラム人の運命:「これらはジェノサイドというよりも、エスノサイドの典型例であった」
75. 「[エスニックの自己再生には]組織化された宗教だけでは不十分」。 76.宗教改革、文化の借用、民衆の参加、選ばれたエスニーという神話が要る。  −− 80.「エスニシティをめぐる中心的なパラドクス」=「変動と持続の共存のパラドクス」

●5399
・スミス.A.D.
・9
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,
・ネイション≠国家、文化的価値、エスニック、
・129.「そもそも(国家に対する概念として)「ネイション」がその独特の(あるいはそういわれるような)文化的価値を培っていくのでなければ、ネイションの「存在理由」とはなんであろうか。エスニックな特徴はネイションの「必須条件」でありつづける。」

●5400
・スミス.A.D.
・A
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,GELLNER.E.,KEDOURIE.E.,
・ナショナリズム=ネイションのイ.;≠国家のイ.、文化的アイデンティティ、近代主義者のネイション像、
・chap4:ナショナリズムと文化的アイデンティティ:
131.「「近代主義者」のネイション像....E.G.は、「ナショナリズムとは、ネイションが自意識にめざめることではない。むしろナショナリズムは、ネイションが存在していないところにネイションを創りだすのである。....」と..述べている。同様にE.K.も、ナショナリズム自体は「創りだされた教義」だと主張し、....。」
133.ナショナリズムという言葉のこれまでの用法:
135.私の定義:「「ナショナリズムとは、ある人間集団のために、自治。統一、アイデンティティを獲得し維持しようとして、現に『ネイション』を構成しているか、将来構成する可能性のある集団の成員の一部によるイデオロギー運動」である。」
136.そのイデオロギーの「中核の教義」:
136.「ナショナリズムはネイションのイデオロギーであって、国家のイデオロギーではない。」

●5401
・スミス.A.D.
・B
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,DAVID,KANT(140),
・ナショナリズム=文化にかんする教義、フランス革命、友愛FRATERNITE、自律(140)、アイデンティティ、文化、国民性、
・137.「ナショナリズムはなによりもまず文化にかんする教義である」
139.「ナショナリストの統一への理想にはもっと深い意味がある。彼らの言葉では、「統一」とは社会的結合を、すなわちネイション内部のすべての成員の同胞愛、フランス革命時にフランス人愛好者が「友愛」と呼んだものを意味する。....D.の..「ホラティウス兄弟の誓い」....」
142.「自治、アイデンティティ、ナショナルな精神、真正さ、統一、同胞愛、これらの概念が、相互に関連した言語あるいは言説を形成するが、それらはそれぞれの特徴をあらわす儀式や象徴をもつ。」
149ff.ナショナリズムの類型化:1:領域的N.、2:エスニック的N.
153.「ナショナリズムの文化的母胎」
155.「18世紀半ばまでに、「ネイションの性格」(=国民性)という概念は広く受け入れられていた。」

●5402
・スミス.A.D.
・C
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,
・新古典主義、ネイション、文芸的中世主義、共和主義、文化遺産、
・157.「1760年代初めから、新しい疑似ギリシア風の好みが西欧社会にあらわれている。....新古典主義運動は、原始主義と古典的都市という二つの側面をもっていた。」
158.「ルソーの心は子供時代の理想化されたジュネーブ共和国にあり、彼の考えるネイションの団結のモデルは、ギリシア、ローマの古代都市国家であった。」
159.「文芸的中世主義」
162.「歴史主義が台頭し、そこでは「ネイションの精神」が独自の歴史的発展の法則にしたがって説明される。この結果、二つの型の文化が生じる。第一はいわゆる「新古典主義」であり、....。西欧の新古典主義は共和主義やその美徳と結びつくことが多い。[/]それと同時に、その土地の民族集団がもつ土地に根ざした過去の、あるいは中世の..文化的遺産にも高い関心をしめすようになる。」

●5408
・スミス.A.D.
・I
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,
・ネイション形成、超エスニック型の「政治文化」、社会主義、公民教育(204)、知識階級(207)、
・* 熱望と結びつけるものだ」
194.「新しい政治的共同体のために超エスニック型の「政治文化」をつくる方法」−−CF.社会主義
200.「エスニシティを超越することをめざした社会主義、あるいはマルクス主義的なルートを採用した国家でも、いまのところ、大衆的な「政治文化」をつくりだすことには部分的な成功しか収めていない。」

●5410
・スミス.A.D.
・K
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,
・ナショナル・アイデンティティ、ネイション・ステート(国民国家)、スイス、歴史的個性、文化的な同質化、
・chap7.ナショナル・アイデンティティは超えられるか:
242.「今日、人間が共有しているあらゆる集合的I.のなかで、N.I.は、おそらくもっとも根本的かつ包括的なものといってよい。」
242.「「ネイション・ステート」−−ネイションたることを主張する国家」
243.「ネイションへの忠誠心を維持する力のほうが、どんな対抗的な趨勢よりも強いことは、すでに証明済みであり、現在でも明らかだ」
247.「スイス人は政治的な統一を実現してきただけでなく、その言語、宗教、州単位での分断にもかかわらず、歴史的個性の明確な感覚をも保持してきた。反対に、スイス人は....248.強力なN.I.の感情をもちながら、文化的な同質化には抵抗してきた。」

●5411
・スミス.A.D.
・L
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,
・ナショナル・アイデンティティ、ソ連、革命的な「創られた伝統」=弱い、EU、トランスナショナルな企業、コスモポリタニズム、ポストモダン文化(265)、折衷的、エスニックな時間・場所、
・252.「ソ連の経験からわかったことは、革命的な「創られた伝統」でさえ、民衆に深く根づかせようとするのなら、ナショナルな文化的・政治的I.を利用するか、さもなければつくりだす..必要があるということである。」
257.ヨーロッパ「超国家」の可能性 /260.「新しいトランスナショナルな力」 /265.「コスモポリタニズムと「グローバル」文化の誕生か」
266.「ポスト・モダンのグローバル文化は、それが世界全体に拡散しているという意味においてのみか、それがある程度、自己意識と自己パロディーをもっているという意味において、それ以前のあらゆる文化と異なる。....新しいコスモポリタニズムは本質的に折衷的となり、動的になる。..../これまでの文化帝国主義は、その起源をたどると、エスニックな時間と場所に基づいたものであった、しかし、*

●5412
・スミス.A.D.
・M
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,GOULDNER.A.,
・ナショナル・アイデンティティ、グローバル文化、ポストモダン文化、コスモポリタニズム、人工的、皮肉、感情的かかわりの欠如、価値のジレンマの技術的解決、
・* 新しいグローバル文化はこれとは異なって普遍的であり、時間を超越したものである。折衷的であるから、場所にも時間にも無関係なのである。....267./そのうえ、この文化は基本的には人工的な文化である。この文化の切り張りは気まぐれであり、皮肉っぽい性質をもつ。そしてこの文化の影響は綿密に計算されている。さらにこの文化は、意味されるものへの感情的なかかわりをいっさい欠いている。....価値のジレンマを、純粋に技術的解決が可能な技術的問題へと再公式化することにむしろ関心がある。....この技術的言説の文化は、人道主義的な知識人による、これまでの純粋に批判的な言説にかわるものである。(320.n23:人道主義的知識人の「批判的言説の文化」と技術的知識人については、Gouldner(1979)を参照。)/....しかし、このようなコスモポリタン的文化は存続し、繁栄できるのであろうか。」−−no。

●5413
・スミス.A.D.
・N
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,
・ナショナル・アイデンティティ、集団的な過去、グローバル文化、ポストモダン文化、コスモポリタニズム、記憶、
・268.「現代世界において、集団的な過去として感じられ、認識されているのは、いまなお圧倒的にエスニックな、またナショナルなものである。I.もイメージも文化も同様に、またあいもかわらず、多様であり、エスニックないしナショナルなものである。I.や文化をつくりだすさいには記憶が中心となるということを考えるならば、これはとうぜんのことであろう。....269.グローバルな「形成中のI.」など存在しない。つまりグローバル文化なるものは、記憶をもたざる構成概念にすぎないか、あるいはそれを構成しているナショナルな諸要素に分解していくであろう。しかし、記憶をもたざる文化には一つの矛盾がある。というのは、こうしたグローバル文化を創造しようという試みはどんなものであっても、この巨大な「にわか仕事」のためにかき集められてきた民俗的な記憶やI.が、じつは数多く存在することを強調するのにすぎないように思えるからである。」

●5416
・スミス.A.D.
・Q
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,
・ナショナル・アイデンティティ、ナショナリズム、エスノ・ヒストリー、文化、道徳、記憶の真偽=重要でない、ネイション・ステート(国民国家)=誤称、栄光ある死、
・* 忠誠心や高潔さ、自己犠牲(道徳的特質)の模範となって、現在の世代に見習わせ、「栄光ある死」と結びつけられなければならないということであって、発掘される記憶の真偽のほどは、文化的にも政治的にもさして重要ではない。」
278.「文化的な競争はエスノ・ヒストリーが不均衡に配置されていることによって助長されるものなのだが、この競争こそがその土地の民衆を動員し、文化的に政治化させる広範なプロセスの推進力となってきた。」
284.「国家とネイションはともに(しばしば「ネイション・ステート」という誤称のもとで)、「インター・ナショナル」な社会(これも同様に誤称だが)で、唯一認められた構成単位として、勝ち誇ったように一体となって歩んできた。」

●5418
・スミス.A.D.
・S
・ナショナリズムと生命力
・晶文社 1996.06.2800Y.
・SMITH.A.D.,
・ナショナル・アイデンティティ、ナショナリズム、汎ナショナリズム、汎アラブ主義、リングアフランカ(291)、エコロジー、ヨーロッパ文化、
・* ネイションの原理とは、ナショナリズムのそれである。それゆえ、ある形態のナショナリズムをつうじてのみ、ネイションを超えることが可能になるのかもしれない。それは、ナショナリズムが通常追い求めてきた対象である緊密なネイションより、逆説的にも幅広いナショナリズムの形態となる。」
293.「なるほど、「リングアフランカ」なるものは存在しないかもしれない..が、エコロジーのうえで、共通の危険にたいする自覚が高まり、また政治的な慣行や諸制度に類縁性があるおかげで、一つの特徴的な文化両域内に、ヨーロッパの諸文化が相互に連関しながら存在しているという感覚をささえている」。
294.「ヨーロッパ的な文化のパターン....。....これは公的なヨーロッパ主義者が好んで主著するような、計画された「多様性のなかの統一」などではなく、文化的な仮説、形式、伝統の、豊かな未完成な混成なのである。」

●5427
・クロコウKROCKOW.C.
・4
・決断
・柏書房 1999.3800Y.
・KROCKOW,JUENGER.E.,HIELSCHER.F.,JUENGER.F.G.,
・闘争、意味、戦士、>道徳的なもの、>個人主義、>自由主義、>教養、ソ連、ボルシェヴィキ、シニカル、
・64.JUENGERにおける「闘争の絶対化」
66.HIELSCHER:「闘争の意味を闘争の中に見いだし、戦士として至高の内なる平和を確信し、戦争のための戦士でなくてはならない。」
67.JUENGER弟:「戦争を自らの本領、運命として称える英雄的な意識からすれば、道徳的なものへの関係が欠けているからこそ、戦争は有意味なものなのだ。」/ 68.「われわれが体験しつつあるのは、個人主義の完全な崩壊、人道的な思考の絶対的な破綻である。」
71.J.:「一層大胆な新しい生を準備する最善の手段のひとつは、制限を解かれて野郎自大になった精神による価値設定[R.批判]を粉砕し、市民の時代が人間に対して行ってきた教育の仕事を破壊することにある。」−−>自由主義・教養。
73. J:ソ連(ボルシェヴィキ)に流し目を送る。:73.「これからは、身を持するにシニカル、スパルタ的、プロイセン的、あるいはヴォルシェヴィキ的であるほど、いよいよ結構だ。」

●5431
・サカ坂口安吾
・1
・日本文化私観
・坂口安吾全集 14、筑摩書房 1990.
・SAKAGUCHI.A.>TAUT.B.,
・「日本文化私観」(S17.02)、日本的、新潟、上野、ネオン・サイン、フランス、ルーヴル、伝統、国民性、自分の性情、
・352FF.一 「日本的」ということ:
352.「T.によれば日本に於ける最も俗悪な都市だという新潟市に僕は生れ、彼の蔑み嫌うところの上野から銀座への街、ネオン・サインを僕は愛す。..../....そのような僕の生活が、祖国の光輝ある古代文化の伝統を見失ったという理由で、貧困なものだとは考えていない..。」
353.「フランスという国は不思議な国である。戦争が始まると、先ずまっさきに避難したのはルーヴル博物館の陳列品と金塊で、巴里の保存のために祖国の運命を換えてしまった。彼等は伝統の遺物を受継いできたが、祖国の伝統を生むべきものが、又、彼等自身に外ならぬことを全然知らないようである。」
355.「伝統とか、国民性とよばれるものにも、時として、このような欺瞞が隠されている。凡そ自分の性情にうらはらな習慣や伝統を、恰も生来の希願のように背負わなければならないのである。」

●5432
・サカ坂口安吾
・2
・日本文化私観
・坂口安吾全集 14、筑摩書房 1990.
・SAKAGUCHI.A.,
・「日本文化私観」、木橋→鉄橋、故郷、伝統、京都・奈良、日本本来の姿、生活の必要、欲求、
・356.「小学校の頃、万代橋という信濃川の河口にかかっている木橋がとりこわされて、....鉄橋にするというので、長い間、悲しい思いをしたことがあった。....自分の誇りがなくなることが、身を切られる切なさであったのだ。[/]その不思議な悲しみ方が今では夢のような思い出だ。....今では、木橋が鉄橋に代り、....ことが、悲しくないばかりか、極めて当然だと考える。.......[/]多くの日本人は、故郷の古い姿が破壊されて、欧米風な建物が出現するたびに、悲しみよりも、むしろ喜びを感じる。新しい交通機関も必要だし、エレベーターも必要だ。伝統の美だの日本本来の姿などというものよりも、より便利な生活が必要なのである。京都の寺や奈良の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かなくては困るのだ。我々に大切なのは「生活の必要」だけで、古代文化が全滅しても、生活は亡びず、生活自体が亡びない限り、我々の独自性は健康なのである。なぜなら、我々自体の必要と、必要に応じた欲求を失わないからである。」

●5433
・サカ坂口安吾
・3
・日本文化私観
・坂口安吾全集 14、筑摩書房 1990.
・SAKAGUCHI.A.>TAUT.B.,
・「日本文化私観」、古代文化、生活の健康、俗悪、舞妓・力士、実質、伝統、
・358.「我々は古代文化を見失っているかもしれぬが、日本を見失う筈はない。日本精神とは何ぞや、そういうことを我々自身が論じる必要はないのである。....日本人の生活が健康でありさえすれば、日本その者が健康だ。彎曲した短い足にズボンをはき....。それが欧米人の眼から見て滑稽千万であることと、我々自身がその便利に満足していることの間には、全然つながりが無いのである。」

359FF.二 俗悪に就て(人間は人間を):
360.「僕は舞妓の半分以上を見たわけだったが、これぐらい馬鹿らしい存在はめったにない。」
362.「伝統の貫禄だけで、舞妓や力士が永遠の生命を維持するわけにはゆかない。貫禄を維持するだけの実質がなければ、やがては亡びる外に仕方ない。問題は、伝統や貫禄ではなく、実質だ。」

●5434
・サカ坂口安吾
・4
・日本文化私観
・坂口安吾全集 14、筑摩書房 1990.
・SAKAGUCHI.A.>TAUT.B.,HIDEYOSHI,
・「日本文化私観」、寺院、観念、芸術、「無きに如かざるの精神」、桂離宮・東照宮、茶室、俗悪、自然、
・370.AD 寺院:「そういう観念を、建築の上に於てどれほど具象化につとめてみても、観念自体に及ばざること遥かに遠い。」
372.「無きに如かざるの精神にとっては、簡素なる茶室も日光の東照宮も、共に同一の「有」の所産であり、詮ずれば同じ穴の狢なのである。この精神から眺むれば、桂離宮が単純、高尚であり、東照宮が俗悪だという区別はない。どちらも共に饒舌であり、「精神の貴族」の永遠の観賞には堪えられぬ普請なのである。/然しながら、無きに如かざるの冷酷なる批評精神は存在していても、無きに如かざるの芸術というものは存在することができない。....373.無きに如かざるの精神から、それはそれとして、とにかく一応有形の美に復帰しようとするならば、茶室的な不自然なる簡素を排して、人力の限りを尽した豪奢、俗悪なるものの極点に於て開花を見ようとすることも亦自然であろう。..../この精神を、僕は、秀吉に於て見る。」

●5435
・サカ坂口安吾
・5
・日本文化私観
・坂口安吾全集 14、筑摩書房 1990.
・SAKAGUCHI.A.,NAPOLEON,HITLER,
・「日本文化私観」、仏教、京都・奈良、バラック、寺院、家、
・375.「若し、我々に仏教が必要ならば、それは坊主が必要なので、寺が必要なのではないのである。京都や奈良の古い寺がみんな焼けても、日本の伝統は微動もしない。....必要ならば、新らたに造ればいいのである。バラックで、結構だ。」

376FF.三 家に就て:
377.「ヒットラーは、一度も退却したことがないけれども、彼等程の大天才でも、家を逃げることが出来ない筈だ。..../叱る母もなく、怒る女房もいないけれども、家へ帰ると、叱られてしまう。人は孤独で、誰に気がねのいらない生活の中でも、決して自由ではないのである。そうして、文学は、こういう所から生れてくるのだ、と僕は思っている。」

●5436
・サカ坂口安吾
・6
・日本文化私観
・坂口安吾全集 14、筑摩書房 1990.
・SAKAGUCHI.A.,
・「日本文化私観」、文学>社会改良、帰る、叱られる、美、小菅刑務所、法隆寺・平等院、郷愁、歴史、直接、
・378.「社会改良家などと言われる人の自由に対する認識が、やっぱり之と五十歩百歩の思いつきに過ぎないことを考えると、文学への信用を深くせずにはいられない。....文学というものは、叱る母がなく、怒る女房がいなくとも、帰ってくると叱られる。そういう所から出発している....。」


378FF.四 美に就て:
381.「小菅刑務所とドライアイスの工場。この二つの関連に就て、僕はふと思うことがあったけれども、そのどちらにも、僕の郷愁をゆりうごかす逞しい美感がるという以外には、強いて考えてみたことがなかった。法隆寺だの平等院の美しさとは全然違う。しかも、法隆寺だの平等院は、古代とか歴史というものを念頭に入れ、一応、何か納得しなければならぬような美しさである。直接心に突当り、はらわたに食込んで *

●5437
・サカ坂口安吾
・7
・日本文化私観
・坂口安吾全集 14、筑摩書房 1990.
・SAKAGUCHI.A.,
・「日本文化私観」、美、小菅刑務所、法隆寺・平等院、郷愁、軍艦、必要、実質、文学、
・* くるものではない。....小菅刑務所とドライアイスの工場は、もっと直接突当り、補う何物もなく、僕の心をすぐ郷愁へ導いて行く力があった。なぜだろう、ということを、僕は考えずにいたのである。/[ところが:]ある春先、半島の尖端の港町へ旅行にでかけた。その小さな入江の中に、わが帝国の無敵駆逐艦が休んでいた。それは小さな、何か謙虚な感じをさせる軍艦であったけれども一見したばかりで、その美しさは僕の魂をゆりうごかした。....382./この三つのものが、なぜ、かくも美しいか。ここには、美しくするために加工した美しさが、一切ない。....ただ必要なもののみが、必要な場所の置かれた。....必要のみが要求する独自の形が出来上がっているのである。..../僕の仕事である文学が、全く、それと同じことだ。....この「やむべからざる実質」がもとめた所の独自の形態が、美を生むのだ。」

●5438
・サカ坂口安吾
・8
・日本文化私観
・坂口安吾全集 14、筑摩書房 1990.
・SAKAGUCHI.A.,
・「日本文化私観」、美、法隆寺・平等院、必要、実質、バラック、ネオン・サイン、真実の生活、
・384.「見たところのスマートだけでは、真に美なる物とはなり得ない。すべては、実質の問題だ。....法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ。必要ならば、法隆寺をとりこわして停車場をつくるがいい。我が民族の光輝ある文化や伝統は、そのことによって決して亡びはしないのである。....バッラクの屋根....ネオン・サイン....。ここに我々の実際の生活が魂を下している限り、これが美しくなくて、何であろうか。見給え、空には飛行機がとび、海には鋼鉄が走り、高架線を電車が轟々と駈けて行く。我々の生活が健康である限り、西洋風の安直なバラックを模倣して得々としても、我々の文化は健康だ。....必要ならば公園をひっくり返して菜園にせよ。それが真に必要ならば、必ずそこにも真の美が生れる。そこに真実の生活があるからだ。」

●5489
・キムリッカ
・1
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,
・マイノリティの権利、人権、自由主義、社会構成的文化、エスニック文化権(9)、
・6.「マイノリティの権利は人権のカテゴリーには包摂され得ないということが、ますます明らかになってきている。....7.自由な言論への権利は、何が適切な言語政策であるのかを教えてくれるわけではない。」
10. 「第5章では、自由・民主主義理論の中で文化が果たす役割を探究する。まず私は、選択の自由と個人の自律(の一形態)とへの信奉に基礎を置いた、自由主義の1つの構想を擁護する。それから、この自由主義の構想が、文化への帰属に対する配慮と両立するばかりか、こうした配慮を要求しさえするのは、なぜであるのかを説明しよう。個人の選択は、言語と歴史によって規定される社会構成的文化(societal culture)の存在に依存しているということを、そして、大多数の人が自分自身の文化との間にきわめて強いきずなを持っているということを、私は主張するつもりである。」

●5491
・キムリッカ
・3
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,
・5:自由と文化:自由主義、マイノリティの権利、自由と文化、社会構成的文化、有意味な生き方、
・111.「本書は、マイノリティの権利に関する、すぐれて自由主義的なアプローチを発展させることをねらいとしている。これは、伝統的な自由主義のアプローチを発展させることと同じではない。....自由主義の伝統の内部には著しく多様な見解が存在してきたいし、....」
111.「私は本章において、マイノリティの権利は個人の自由と矛盾しないし、それどころか、実はその実現を促進し得るということを示すつもりである。....112.マイノリティの権利を尊重することが諸個人の自由を拡張し得る場合もある。なぜなら、自由は文化と密接に結びつき、また文化に依存しているからである。」
113.「私がこれから焦点を当てる文化は、《社会構成的》文化という種類のものである。社会構成的文化とは、....人間の活動のすべての範囲..にわたって、諸々の有意味な生き方をその成員に提供する文化である。この文化は、それぞれが一定の地域にまとまって存在する傾向 *

●5492
・キムリッカ
・4
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,
・5:自由と文化:共通言語、社会構成的文化、近代世界、制度、
・* にあり、そして共有された言語に基づく傾向にある。/私がこれを「社会構成的文化」と読んだのは、それが....諸々の共通の制度と慣行をも含んだものであるということを強調するためである。」
113.「このような「社会構成的文化」は常に存在したわけではなく、その生成は近代化と密接に結びついたものである(Gellner 1983)。」
118.「要するに、各国における単一の共通文化を創り出そうとする圧力を考えれば、ある文化が近代世界において生き残り、発展するためには、それは社会構成的文化でなければならない。」−−315(n):「以前の時代には、文化は生き残るために社会構成的文化の形態をとる必要はなかった。というのも、人々の選択肢を形づくっている制度が社会全体に及ぶようなものであることは、それほど多くなかったからである。」

●5493
・キムリッカ
・5
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,DWORKIN,BUCHANAN.A.,
・5:自由と文化:パターナリズム、「是認という制約」(1199)、合理的修正可能性モデル、
・119.善き生につての自由な選択。パターナリスティックな制約=X。−−「人生は、その本人が是認しないような価値に従って外側から導かれることによって改善されることはないのである。」−−D.:「本人の是認なしでは、人生のいかなる構成要素も、その人生の価値に貢献することにはならない。」(1989:486)
119.「しかしながら、われわれが誤った確信を持つことがあるという事実は重要である。....120.したがって、われわれにとって根本的に重要なのは、善に関する自分の考え方について、新たな情報や経験に照して合理的に評価を下すことができ、しかも、その考え方が引き続き忠実に従う価値のないものであれば、それを修正することができるということなのである。」(315(n):「アレン・ブキャナンはこれを、個人の選択の「合理的修正可能性」モデルと呼んでいる(1975)。」)

●5494
・キムリッカ
・6
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,
・5:自由と文化:選択の文脈としての社会構成的文化、有意味、文化の物語、
・122ff.選択の文脈としての社会構成的文化:
122.「自由とは様々な選択肢の中から選択を行うことを意味しており、そして、われわれの社会構成的文化はこうした選択肢を提供し、そのうえさらに、それらの選択肢をわれわれにとって有意味なものにもしているのである。」
123.「ある行動の仕方がわれわれにとって何らかの意味を有しているかどうかは、その行動の趣旨を、われわれの言語がはたして、またいかにして、われわれにとって鮮明なものにするかということに依存している。そして、言語がこうした行動を鮮明に描く仕組は、われわれの歴史、すなわちわれわれの「伝統と約束事」が形づくっているのである。このような文化の物語を理解することは、いかに生きるかについて十分な理解を伴った判断をなすための前提条件である。この意味において、われわれの文化は、単に選択肢を提供するだけでなく、*

●5495
・キムリッカ
・7
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,DWORKIN,
・5:自由と文化:価値を見るための眼鏡、社会構成的文化へのアクセス、選択、
・* 「われわれが諸経験を価値あるものとして見定める時にかけている眼鏡をも提供している」(D.1985:228)のである。」
123.「このことから何が導かれるのだろうか。D.によれば、われわれは社会構成的文化を「構造的な堕落ないし衰退」から保護しなければならない(1985:230)。」
124.「諸個人は社会構成的文化へのアクセスをも必要としているのである。したがって、このアクセスを確保し強化する集団別の措置には、自由主義的な正義の理論において果たすべき正当な役割があるのである。」
しかし:まだ問題あり:..。「1)個人の選択は《自分自身の》文化への帰属と結びついたものなのか、それとも、人々がいずれかの文化へのアクセスを有していれば、それで十分なのか。....3)..。」

●5496
・キムリッカ
・8
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,
・5:自由と文化、文化への帰属の重要性、自分自身の文化、自由主義、アイデンティティの希薄化、
・125ff.文化への帰属の重要性:
125.「なぜ民族的マイノリティの成員たちは、《自分自身の》文化へのアクセスを必要とするのだろうか。」
126.コスモポリタンもいる。しかし、W.が言うようにはいかぬ。
128.「自分の文化を離れることは、たしかに可能ではあるけれども、それは、自分に相応の資格があるものを放棄することだと見なすのが最も適切である。これは、人間の可能性の限界に関する主張ではなく、理に適った期待に関する主張なのである。/人々が自分の文化に留まることを期待するのは正当なことだというこの主張は、私は、大部分の自由主義者たちが暗黙のうちに受け入れてきたものだと思う。」
130.「ある文化が自由主義化されるにつれて....その文化のアイデンティティは「希薄化」し、独自性を薄めてくる」−−132.しかし:「自由主義的な諸文化の成員は、自分がその文化に帰属しているのは価値 *

●5497
・キムリッカ
・9
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,TAYLOR.C.,TAMIR.Y.,
・5:自由と文化:文化への帰属の重要性、民族的アイデンティティ、自尊心、
・* のあることだと《確かに考えており》....。自由主義化は、民族的アイデンティティを追い払ってしまうどころか、実は、民族性に対する感覚の強化と手を携えて歩んで来たのである。」
132.「なぜ言語や文化とのきずなは、大部分の人にとってそれほど強いのだろうか。..../....人々の自己アイデンティティの中で文化への帰属というものが果たしている役割のためでもある。....われわれがいかなる文化に帰属しているかということが、われわれに対する他者の認識や反応に影響を与え。それが今度は、われわれ本人の自己アイデンティティを形づくっていく、ということである。そのうえ、民族的アイデンティティは、特に「アイデンティティ形成の主たる焦点」としての役割を担うに適している。....」→134.「人々の自尊心が、自らの民族集団の受けている尊重に依存するということになる。」SEE C.T.,Y.T.。

●5498
・キムリッカ
・A
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,LAPONCE.J.A.,RAWLS.
・5:自由と文化:文化への帰属の重要性、自分自身の文化、自由主義、愛着、文化的動物、コスモポリタン、自分の言語・歴史内部での自由、
・135.「私の推測では、この愛着の原因は人間という存在を可能にする条件の深部に存在しており、それは、文化的動物としての人間が、自らの世界を理解することをいかに必要としているかということと結びついているのであって、....。」−−SEE Laponce 1987.
135.「たしかに....本当のコスモポリタン的生活を送ることが非常に性に合っているように見えるような人もいないわけではない。....しかし、大部分の人は、ほとんど常に、自分自身の文化との間に深いきずなを持っているのである。」
135.「R.のような自由主義者たちが、自分の文化とのきずなというものは「通常はあまりに強くて放棄することができない」と主張しているのは、逆説的なことのように見えるかもしれない。....しかし....。自由とは、第一義的には、自らの言語や歴史を乗り越えていく自由ではなく、自らの社会構成的文化の内部を行ったり来たりする自由なのである。」

●5499
・キムリッカ
・B
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,SANDEL,
・5:自由と文化:文化への帰属の重要性、≠共同体主義、人格構成的価値、民族文化、国境、
・136.「これは自我についての、かなり「共同体論的」な見解であるように思われるかもしれない。しかし、私は、これは正確な命名ではないと思う。」−−私の≠CF.SANDEL:「私の抱いている諸目的は、私が忠実に従っていく価値のないものかもしれない」と言うのは。意味の通らないことである。ここでは目的=「人格構成的」
138.彼ら共同体論者の集団=小規模(CF.教会) ≠ われわれが問題とする「より大規模な社会」
139.「[このより大きな]民族文化は、人々が持つ特定の諸価値や信念に疑問を抱いたりそれを修正したりする能力を制限せずに、選択の有意味な文脈を人々に与えるのである。」
140.「要約すれば、一般的に言って自油主義の理論家たちは、文化ないし民族が自由主義の政治理論の基本的な単位であるということを、暗黙のうちにおいてであれ受け入れてきたのである。」→国境開放反対。

●5500
・キムリッカ
・C
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,TAMIR.Y.,
・5:自由と文化:文化への帰属の重要性、自由主義的な民族主義者、社会構成的文化、移民、エスニック文化権、エスニシティ≠民族、
・141.−−Y.T.:「自由主義者たちの大部分は自由主義的な民族主義者なのである。」

141ff.難解な事例:
141.「自由主義者たちは反自油主義的な文化にいかに対応すべきか」:−−143.自由主義文化vs反自由主義文化という設定自身が問題。「一般原則としては、自由主義者は反自由主義的な民族が自らの社144.会構成的文化を保持するのを妨げるべきではなく、彼らの文化の自由主義化を促進すべきなのである。」
144.ad 移民:それ≠入植者。「移民たちに自らの元来の文化に留まるという選択肢がなかったわけではない限り、彼らの[マジョリティ文化への]統合を期待してもそれは不正なことではない」。しかしまた:....。→147.エスニック文化権。−−148.「エスニシティの復興とは、*

●5501
・キムリッカ
・D
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,TAMIR.Y.,
・5:自由と文化:難民、移民、社会構成的文化、アイデンティティ、マイノリティ文化の保護、民族的I.は「規範的領域の外部に」存在する(Y.T.)(160)、
・* 統合の拒絶ではなく、統合の条件の見直しを意味するのであって、....。」
149.ad 難民:
152.「一般的には、民族的マイノリティは社会構成的文化を持っているが、移民集団は持っていない、と私は考えている。」

155.>文化の純潔性・全一性という考え方。

159.「(自由主義化された)民族の成員は、道徳的価値や伝統的生活様式をもはや共有してはいないけれども、自分たち自身の言語や文化への深い愛着は依然として持っている。まさに160.民族的I.が諸価値の共有に依拠していない..からこそ、それは、個人の自律や自己I.の確固たる基盤を提供するのである。」/またマイノリティ文化保護とも両立。

●5502
・キムリッカ
・E
・多文化時代の市民権
・晃洋書房 1998.12.5300Y.
・KIMLICKA,TAMIR.Y.,
・5:自由と文化:ナショナリズム、文化とは:言語+歴史、宗教、自由主義、
・321(n):「自由主義の観点からすれば、言語の差異に基づくナショナリズムの運動は、自由および平等と、最大限に両立する。なぜならそれは、(宗教の差異に基づくナショナリズムとは異なり)善に関する考え方の共有を何ら前提としたものではないし、(人種の差異に基づくナショナリズムとは異なり)それ自体として排他的ないし差別的なものでもないからである。」
322(n):しかしまた:「ある一つの文化に属する者は同一の言語を共有しているが、だからといって、同一の言語を共有するすべての人々が同一の文化に属することになるわけではない。....私の定義では、文化とは共通の言語だけでなく共有された歴史をも含んだものであり、またそれは、これらを体現するものとしての、社会構成的な個々の慣習や制度を含んだものである。」

●5533
・サエ佐伯啓思
・9
・現代日本のイデオロギー
・講談社 1998.04.2300Y.
・SAEKI.K.,
・現代日本のイデオロギー、社会=仮想的な世界、仮想されたリアリティ、相互関係、信頼、ふり、安定性←ルール、価値観の共有、文化の共有、
・109.「それにもかかわらず、誰も日常生活の中で、この世界を仮想の世界だなどと考えているわけではない。」
109.「他者との相互関係を、一種の「仮想」によってかろうじてつないでゆくとき、われわれは、とりあ110えず、この他者を「信頼」する。....こうして、実際に相互関係が動いてゆく「ふり」をする。[/]だが、一体、どのような条件があれば、この「信頼」が可能であり、しかも「信頼」が担保されるのであろうか。つまり「ふり」が、実際に予想された効果をうみ、もはや「ふり」であることが意識されないようになるのだろうか。/....ここに安定した関係ができるためには、あらかじめ関係についてのルールがなければならない。同時にまた、このルールが共有されているという事実が存在しなければならない。ルールが存在し、相手もそれに従うであろうという期待は、とりもなおさず、ここで、ある種の価値観が共有されており、もうすこし広く言うと、文化が *

●5534
・サエ佐伯啓思
・A
・現代日本のイデオロギー
・講談社 1998.04.2300Y.
・SAEKI.K.,ORTEGA,
・現代日本のイデオロギー、社会=仮想的な世界、価値観の共有、文化の共有、応答の慣習化、ノストリズモ、社会=ルールの束、国家、
・* 共有されているということを意味しているであろう。[/]逆に言えば、この種の価値観や文化の共有は、「我」と「汝」の関係が繰り返し生じ、応答のパターンが慣習化したということにほかならないであろう。そこで、ある事項をめぐる他者との相互関係が、こうして慣習化すること、このことこそが、固有の意味での社会の形成にほかならないと言ってもよい。端的に言えば、社会とは、「仮想的世界」にリアリティを与えるような、応答の慣習化の帰結なのである。..../111.この議論をいま、わたしは、主としてO.の『人と人々』(邦題『個人と社会』..)を手掛りにして述べてきたのだが、そのO.は、こうしたことを「われわれ主義(ノストリズモ)」と呼んでいる。」
111.「国家とは「わたし」と「他者」の応答の慣習体系である/..社会とは本質的にルールの束であり、継続された応答すなわち習慣となった様式である。そして、この習慣となった様式が、「疑似−世界」であ *

●5538
・サエ佐伯啓思
・E
・現代日本のイデオロギー
・講談社 1998.04.2300Y.
・SAEKI.K.>NISHIKAWA.N.,,(A:TANABE.H.?),
・現代日本のイデオロギー、国家意識、国民というフィクション、正史、歴史、国民文化=虚構、
・* と言えばその通りなのであるが、ここに一定の秩序をもった集団が国家として形成されている限り、われわれが逃れようもなく共有せざるをえないものは確実に存在する。」

137ff.国家意識(二)−−沖縄独立論が問いかけるもの:
142.「「国民」というフィクション」−−143.「決して、自然発生的に国家は形成されるわけではない。....日本でも、近代国家の形成にあたっては、国家の人為性を自覚せざるを得ないのであり、それゆえ「国体」は意識的に明らかにされ、「正史」という公式の歴史によって語られるべきものであったのである。」
144.「なぜ「虚構」が必要なのか」−−「確かに、彼[西川]の言う通り、「国民文化」などというものはフィクションであり、虚構だということはできよう。だが問題は、*

●5539
・サエ佐伯啓思
・F
・現代日本のイデオロギー
・講談社 1998.04.2300Y.
・SAEKI.K.>NISHIKAWA.N.,
・現代日本のイデオロギー、国家意識、国民というフィクション、国民文化=虚構の必要性、人為的構成体、企業(会社)、国民文化不在の日本、
・* どうしてそのようなフィクションが生み出されなければならなかったかだ。それは、近代国家が、本質的には同質性や共通の祖先や血などというものによっては定義できないからなのである。」
144.「あらゆる人為的構成体はなにがしかの神話を、フィクションを必要とする。それは、国家だけでなく、企業においても、宗教団体においても同じである。」
145.「その意味では、確かに「国民文化」というフィクションは、国家の主権が維持されるためには不可欠なのである。」
148.「「国民文化」不在の日本こそ問題」−−148.「わたしは、いま日本に確かな「国民文化」などというものがあるとは思えないのだ。」

●5541
・サエ佐伯啓思
・H
・現代日本のイデオロギー
・講談社 1998.04.2300Y.
・SAEKI.K.,
・現代日本のイデオロギー、教育、国民文化、歴史、物語り、「文化というものの中心には歴史意識がある」、
・155.「教育は多かれ少なかれ、国民文化というものを前提にするし....。とりわけ歴史教育の場合には、国民文化と切り離すことができない。だがどうしてそうなのだろうか。なぜ、この意味で歴史のみがいささか特権的な位置を占めているのだろうか。/それは言うまでもなく、国民文化というものの中心には歴史意識があるからだ。しかもこの場合の歴史は、世界史一般ではなく、あくまで自国の歴史なのである。」
157.「「国民」という観念が、あらかじめわかりきった共通の祖先や血や、また同質不変の文化などというものをもたないとすれば、「国民」に共有されうるものとは、共同の経験の継続、あるいはその想起でしかない....。この共通の経験に表現を与えるものが「歴史(ヒストリー)」という「物語り(ストーリー)」である。」

●5543
・サエ佐伯啓思
・J
・現代日本のイデオロギー
・講談社 1998.04.2300Y.
・SAEKI.K.,ELSHTAIN.J.B.,
・現代日本のイデオロギー、仮想市民、民主主義、デモクライシー、公私混同の政治、共通の文化、公共、
・162ff.国家意識(四)−−民主主義を蝕む「仮想市民」:
164.「いま述べたいたいことは、「市民による政治」とは、デモクラシーをもろもろの私的事情の「政治化」の165.集積として理解するということなのである。」−−166.「現代のデモクラシーに内在する病理」see エルシュテイン『裁かれる民主主義』:「公私混同の政治」
168.「デモクライシーとは[本来]まさに、公と私の厳格な区分の上に成り立つものでなければならない。」
176.「エルシュタインは、デモクラシーが機能するためには、人々の間に何らかの「共通の文化」がなければならないことを強調している。....要するに。「わたし」には還元できないある種の「社会的なもの」が共通項として人々を媒介していなければならないのである。「市民」はこの共通項..に支えられて初めて政治に参与できるのだ。なぜなら、「公共的」な事項を定義するためには、人々は何よりも *

●5662
・ヨシ吉見俊哉
・1
・メディア時代の文化社会学 chap IV:広告化するリアリティ
・新曜社 1994.2800Y.
・YOSHIMI.S.,HAUSER.A.,GALBRAITH,
・メディア時代の文化社会学、1920年代、広告、消費社会、「依存効果」、
・159.N A.ハウザー:「20世紀の幕が完全に切って落とされたのは....1920年代のことである。」
162.「広告は1920年代以降、商品世界を演劇化し、欲望を喚起し、更新する消費社会の自己意識として、時代の想像力に決定的な作用を及ぼすようになっていった」。
162.G.:「依存効果」=「欲望を満足させる過程が同時に欲望をつくり出していく」自己準拠的なメカニズム が資本主義に内挿入される。
167.「1920年代半ば頃から、..広告の基本的なあり方に重要な変化が起こりはじめる。広告168.はしだいに、商品そのものよりもそれを使う消費者の自己像を主役に据えはじめ」る。
171.「言説戦略としての広告が、その準拠点を商品の使用価値から消費者の自己イメージに移行させた」

●5663
・ヨシ吉見俊哉
・2
・メディア時代の文化社会学 chap IV:広告化するリアリティ
・新曜社 1994.2800Y.
・YOSHIMI.S.,BOORSTIN.D.J.,UCHIDA.R.,
・メディア時代の文化社会学、1920年代、広告、消費社会、理想からイメージへ、モードはモノを現在性の記号にする、「<現在>の言説としての広告」(177)、
・173.B:「広告はわれわれの日常生活を、広告独自の虚偽ゆえにではなく、広告独自の真実のゆえに当惑させるのである」。:「理想」から「イメージ」への移行。「理想とは、伝統や歴史や神によって与えられるものであり、われわれが積極的にそれに向かって努力する目標である。それに対してイメージは、自由に合成したり製造したりでき、人びとを逆に自己実現を意味づけていく。」
176.「20世紀の表現としての広告は、かつて博覧会を支えていたような過去から未来への時間的連続性の概念を解体し、<未来>の言説というよりもむしろ<現在>の言説としての性格を強めながら拡大してきた。」
177.内田:「モノが帯びるモードの価値はどんな実体ももっておらず、....。モードの時制は常に現在であり、モードはモノを『現在性』−−過去や未来をもたない無時間態現在−−の記号にする。」

●5664
・ヨシ吉見俊哉
・3
・メディア時代の文化社会学 chap IV:広告化するリアリティ
・新曜社 1994.2800Y.
・YOSHIMI.S.,UCHIDA.R.,BUTLER.C.,JAMESON.F.,PROUST,BARTHES.R.(184),
・メディア時代の文化社会学、シュールレアリスム、広告、モダニズム、ポストモダニズム、物語の欠如、イメージ、芸術、脱象徴化、
・180.内田:シュールレアリスムと広告表現との構造的な同型性。
183.「モダニズムにおいてはコラージュの各部分がひとつの隠喩の解体された構成要素のように機能していたのに対し、多くのポストモダニズムの作品においては、そうした緊張した関係を見つけだすことを困難であるという。「プルースト風に記憶を喚起するオブジェを勢ぞろいさせながら、物語は欠如しているのである」(BUTLER)。....こうして現代のさまざまな表現領域は、「時間を永続的な現在の連鎖へと断片化す184.ること」と「現実をイメージに変容させること」という、F.J.が指摘したポストモダニズムの二つの特徴を共有していくことになるのである。」
185.「芸術表現はそれ自体、脱象徴化し、断片化し、浮遊するイメージと化す。そしてそれは、膨大な観客たち、つまりはイメージを消費する大衆の身体性の次元へと解き放たれる。」

●5921
・ポスター.M.
・4
・情報様式論−−ポスト構造主義の社会理論
・岩波1991.2800Y.
・POSTER.M.,LEARS.T.J.J.,
・情報様式、テレビCM、リビドー、欲望、>マルクス主義、広告、ブルジョア文化、伝統、シンボル、
・91. 「テレビCM....。....その美的効果には格調がなく、それが伝達する情報には真実味が乏しく、それが表現する道徳的態度は模範的とは言えず、それが喚起する欲望はリビドーのダイナミズムをすり抜けてしまう。」
100.N LEARS(マルクス主義):「広告は言語破壊を生み出す。「広告によって作り出される文化の中には、(伝統的な諸文化におけるような)特定の文化の慣習に根ざしたシンボルも乏しければ、(ヴィクトリア朝文化におけるような)特定の指示対象をもつ記号が豊富にあるわけでもない」。< P.:「L.は生活を絶え間ない発展としてセラピー的にとらえるのはどこか蝕ばまれていると非難している。「結局、セラピー的エートスのもっとも浸食的な面は、発展やプロセスを自己目的として信奉する点である」。蝕ばまれているのは正確に何なのかという問いには答えていないのだが、どうもそこで脅かされているものは、*

●5922
・ポスター.M.
・5
・情報様式論−−ポスト構造主義の社会理論
・岩波1991.2800Y.
・POSTER.M.,LEARS.T.J.J.,ALTHUSSER,
・情報様式、ブルジョア的文化、テレビCM、自律的エゴ、指示性に依拠するマルクス主義、消費する主体、
・* かつてのブルジョア的文化と、その自律的で、犠牲的な、安定した男性的エゴらしいのだ。/L.の説明は、新しい支配的精神を攻撃するために古いブルジョアジーの立場をとる点で、多くのマルクス主義的な文化批判の典型となっている。だがそうした動きは間違っているし、反動的で101.すらある。言語理論に根ざした広告批判を発展させるかわりに、こうした立場は合理主義的主観性の弁護の中に退避しようとするのであるが、そうした立場からは、支配の構造から解放的な可能性を析出するよりも、せいぜい現代に対して道徳的な不満をつのらせることしかできない。」
102.「指示性に依拠するマルクス主義」
103.N A.:「テレビCMを観る人は、CMによって自分自身を消費する主体として認知するように構造化されるわけである。」 < 105.筆者:「A.的なテレビCMの分析は、ありもしない自律的主体への依存に *

●6010
・カワ河内厚郎

・「国民文学」生れて「市民意識」うまれず
・アステイオン 41.1996.07.
・KAWAUCHI.A.,SHIBA.R.,WATSUJI.T.,
・大阪、京都、(都市景観)、観光、文化財、市民意識←エゴ、
・117.「歴史については「思いこみ」が多いもので、一般の通念とは逆に、近代の京都は没落していったどころか、むしろ町おこしに成功したのだということが広知118.られていない。」....疎水、市電、京大誘致....。/「一方、幕末から明治にかけて来阪した欧米人たちは大阪に高い評価を与えた。....大阪をパリになぞらえた欧米人も多い。」
118.「京都や奈良の社寺仏閣を見るのが日本人の観光の主眼となってきたのは、大正期に和辻哲郎の『古寺巡礼』が出たあたりからで、それ以前の日本人は事の寺社を文化財とは見なしていなかった。」....しかし、大阪などの工業化 →「古都・京都の付加価値は突出していった。昭和四十年代からのアンノン族の隆盛に、知的理論武装をほどこしたのが司馬文学であったということにもなる。」
118.「地域をふるいたたせる市民意識はまず強烈な「エゴ」から発するのであり、司馬氏の好む清澄な無常観からはうまれてこない....。」

●6051
・ゲルナー.E.
・1
・民族とナショナリズム
・岩波書店 2000.2400Y.(加藤節監訳)
・GELLNER.E.,>RENAN(13),
・ナショナリズム=政治的な単位と民族的な単位との一致の主張、民族、高文化、
・1ff.定義:
1.「ナショナリズムとは、第一義的には、政治的な単位と民族的な単位とが一致しなければならないと主張する一つの政治的原理である。」
2.「非利己的なナショナリズム」−−可。3.しかし実際には..。
7.「ナショナリズムの問題は国家のない社会には起こらない」
12. 「ある範疇の人々を民族へと変えていくのは、お互いがそのような仲間であるという認知であって、何であれ、彼らをメンバー以外の人々から区別するような他の共通する属性ではない」
14ff.農耕社会における文化:
31. 「ある高文化が社会全体に広まり、社会を定義づけ、政治体によって支えられなければならなくなる。<<それこそが>>ナショナリズムの秘密なのである。」

●6052
・ゲルナー.E.
・2
・民族とナショナリズム
・岩波書店 2000.2400Y.(加藤節監訳)
・GELLNER.E.,
・ナショナリズム、産業社会、近代人の忠誠心=文化に、国家と文化との結合、
・32ff.産業社会:
60. 「近代人の忠誠心は、彼が何と言おうと、君主や祖国あるいは信仰ではなく、文化に向けられる。」
61. 「民俗伝承に基づく文化ではなく学校が伝える文化だけが、産業人に有用性、尊厳、自尊心を与える。」
65. 「過去においては国家と文化との結合は薄く、偶然的で、多様でゆるく、そして最小限度にとどまることが多かったのに、今やなぜ国家と社会とが結合<<しなければならないのか>>。この問題を解く主要な鍵が族外社会化の要請なのである。今やその結合は不可避である。それこそがナショナリズムとは何なのか、そしてわれわれがなぜナショナリズムの時代に生きているいるのかということの理由なのである。」

●6053
・ゲルナー.E.
・3
・民族とナショナリズム
・岩波書店 2000.2400Y.(加藤節監訳)
・GELLNER.E.,
・ナショナリズム、高文化、教育、文化の二種:野生種;栽培種、
・66ff.ナショナリズムの時代への移行:
81. 「ナショナリズムは、古い、隠れた、休眠状態の力を目覚めさせることでは<<ない>>。....ナショナリズムは実際には社会組織の新しい形態の結果であり、それは、深く内在化され、教育に依存し、国家の保護を受ける高文化に基礎を置いている。」
85. 「文化は植物のように野生種と栽培種という品種に分けられる。..../栽培文化は....通常は読み書き能力と専門化された人員とによって維持されており、....」

●6054
・ゲルナー.E.
・4
・民族とナショナリズム
・岩波書店 2000.2400Y.(加藤節監訳)
・GELLNER.E.,RENAN,
・ナショナリズム、民族、文化財、伝統の捏造、虚構、
・90ff.民族とは何か:
91. 「民族を、自分たちの<<意志の力で>>共同体として存続できる集団と定義するならば、われわれが海に投げ入れる定義の網は、あまりにも多くのものを捕獲してしまうであろう。」−−> RENAN
95. 「民族を生み出すのはナショナリズムであって、....。確かに、ナショナリズムは以前から存在し歴史的に継承されてきた文化あるいは文化財の果実を利用するが、しかしナショナリズムはそれらをきわめて選択的に利用し、しかも多くの場合それらを根本的に変造してしまう。死語が復活され、伝統が捏造され、ほとんど虚構にすぎない大昔の純朴さが復元されるのである。」
96. 「ナショナリズムの原理それ自体は、われわれが共有する今日の条件にきわめて深く根ざしている。それは、偶然的なものでは決してないのであって、それ故簡単には拒めないであろう。」

●6055
・ゲルナー.E.
・5
・民族とナショナリズム
・岩波書店 2000.2400Y.(加藤節監訳)
・GELLNER.E.,
・ナショナリズム、高文化、捏造、文化−−アイデンティティ、
・98. 「ナショナリズムは、....異国の高文化を排除しはするが、しかしその場合にそれを古い地域的な低文化に置き換えるわけではない。ナショナリズムが復活させたり捏造したりするものは、自分の地域的な....高文化だからである。」
104.「安定した自足的な共同体では文化はしばしばまったく目に見えないが、けれども、流動性や、コンテクストから自由なコミュニケーションが社会生活の本質的要素となった時には、人がその中でコミュニケートすることを<<教えられた>>文化が彼のアイデンティティの核となるのである。」

●6057
・ゲルナー.E.
・7
・民族とナショナリズム
・岩波書店 2000.2400Y.(加藤節監訳)
・GELLNER.E.,
・ナショナリズム、農耕社会・産業社会、高文化、教会、教義、
・123.「農耕社会では、高文化は複数の低文化と共存し、自らを支えるために一つの教会..を必要とする。これに対して産業社会では、複数の高文化が普及するが、彼らは一つの教会ではなく一つの国家を必要とし、しかも<<それぞれ>>一つの国家を必要とする。これが、ナショナリズムの時代の出現を要約する一つのやり方である。」
133.「教会は、もし社会全体を獲得しようとするならば、降伏し自らを解体しなければならない。「偉大な伝統」は、もし社会の隅々にまで広がる普遍的な文化であろうとするならば、かつての正統的教義を投げ捨てなければならないのである。」

●6060
・ゲルナー.E.
・A
・民族とナショナリズム
・岩波書店 2000.2400Y.(加藤節監訳)
・GELLNER.E.,
・ナショナリズム、愛国主義、文化様式による「単位」への直接的帰属、正統な文化、
・228ff.結論:
230.「本書で主張されていることは、ナショナリズムがきわめて特殊な種類の愛国主義であり、実際のところ近代世界でしか優勢とならない特定の社会条件の下でのみ普及し支配的となる愛国主義だということである。」
230.ナショナリズムの「単位」になる「住民」:「下位集団」(中間集団)を介することなく、「直接的に結びつけられている」....。「各人は....下位集団への帰属によってではなく、彼の文化様式によって直接この単位に所属しているということである。」
233.「国家は、正統な暴力を独占するのと同じくらい、あるいはそれ以上に正統な文化を独占しているのである。」

●6061
・ゲルナー.E.
・B
・民族とナショナリズム
・岩波書店 2000.2400Y.(加藤節監訳)
・GELLNER.E.,
・ナショナリズム、近代世界、「民族」を定義する共有文化、アイデンティティ、教育、
・238.「そこ[近代世界]では個人の教育にとって重要なアイデンティティを賦与する要素は、特殊技術ではなく、「民族」を定義する共有文化に依存した普遍的な共有技術である。そのような民族・文化は、<<この時>>、そしてこの時だけ、自然な社会的単位となり、通常はそれ自身の政治的殻、すなわち国家なしには生存できないのである。」

●6100

・1
・大航海 N.38.増頁特集:文化への問い
・新書館 2001.04.05.
・OKAZAWA.S.,>BENJAMIN,WITT.,
・岡沢静也:「小市民の正しい教養」:個性=神話、人生=散文、中途半端の美徳、ユーモア、
・37.N A・ハッカー:「「私は誰?」と問いかけるのは思い上がりであり、個性は神話にすぎない。現代では、すべての人が「自分はなにがしかの意味ある存在でり、他の人とはちがった価値をもつ個性だ」と信じこまされている。だが、巨大な現代社会では、全員がなにがしかの人物になれるというわけではない。」
39.クンデラ:「人生は散文である。ところが多くの人間は、自分の人生を神話に変えようとする。いわば韻文に書き直して、その(拙劣な)韻文によっておおてしまおうとする。」
39. 「B.が自殺したのは、神話への愛が強すぎたからではないか。小市民を軽蔑していた彼は、革命の熱病におかされたり、宥和やユートピアのはかなさを嘆いていた。絶望しすぎず、希望をもちすぎず、という中途半端の美徳を知らなかった。」
40.W:「ユーモアは気分ではなく、世界の見方である。」

●6101

・2
・大航海 N.38.増頁特集:文化への問い
・新書館 2001.04.05.
・OKAZAWA.S.,>BENJAMIN;ADORNO,
・岡沢静也:「小市民の正しい教養」:人生=散文、ユーモア、軽さ>重さ、
・40. B.>ケストナー。ケストナーは「ユーモアの達人だった。」
40. 「B.やA.は、額にしわを寄せて、「危機だ、絶望だ」などとつぶやきながら、晦渋なドイツ語を書いた。ケストナーは、小市民にもわかる明快なドイツ語で、軽快な散文を書いた。「人生を重く受けとめることなら誰にでもできる。人生を軽く受けとめるのはむずかしい」。/教養の達人はユーモアを、思想というナイーブな段階であたためるのではなく、技術にまで高めて使いこなす。」

●6423
・イト伊東亮三
・6
・社会科と文化科
・社会科研究 N.41.1993.
・ITOU.R.,
・社会科、社会科解体、初期社会科、公民教育としての社会科、教科論、CIVIC EDUCATION、CITIZENSHIP=公民的資質、地理・歴史、19世紀、国民国家、政治的教養、政治化、
・7.「ところが、公民的資質という概念で社会科の性格を規定することになると、また次の問題が出てきたのである。つまり公民的資質育成の社会科と中学校公民的分野とはどのような関係にあるのか、また....中学・高等学校の地理教育や歴史教育はどうなるのかということである。....だから次の改訂では高等学校社会科は解体の憂き目をみることになる。」
7.「公民教育は、歴史教育や地理教育よりもずっと遅く、しかも肩身狭く市民権を得てくる。19世紀以降の国民国家の成立にともない、国民の政治的教養と政治的訓練の必要から生まれてきた教育領域である。それは、国民の意図的な<<政治化>>を課題として生まれてきたといった方がわかりやすいと私は考えている。」

●6484
・クサ草原和博
・1
・近年の社会科教育研究が示唆するもの
・社会科教育論叢 n.43.1996.(全国社会科教育学会)
・KUSAHARA.K.,
・社会科教育、社会認識の形成、市民性の育成、技術主義vs運動主義、歴史主義vs子ども主義、教養教育vs人間教育、
・101.「1990年代前半、社会科教育研究は、百家争鳴の時代を迎える。」
101.「「社会認識の形成」や「市民性の育成」という社会科の教科原理」
102.教授学的社会科教育研究」/技術主義vs運動主義
103.「運動主義..../104.市民性育成....2つ....。1つは、特定の科学にコミットし、その背後にある社会観・歴史観を子どもと共有しようとする立場、もう1つは、身近な社会問題の解決を通して、子どもに自分なりの価値観を形成させようとする立場である。前者を歴史主義、後者を子ども主義とよぼう。」
105.「教授学的研究にみる教科観−社会化−/....大きく次の2つの流れに収斂してゆくように思われる。/1つは、技術主義の下位にあたる「教材主義」、運動主義の下位に位置する「歴史主義」、両者の底流に流れる教科観である。社会科を「教養教育」とみなす潮流といえよう。すなわち、*

●6485
・クサ草原和博
・2
・近年の社会科教育研究が示唆するもの
・社会科教育論叢 n.43.1996.(全国社会科教育学会)
・KUSAHARA.K.,
・社会科教育、社会認識の形成、市民性の育成、教養教育vs人間教育、歴史・地理中心、合意主義、批判主義、
・* 社会は事実として存在する。子どもには、その社会の姿を模写させなくてはならない....。....おのずとその文化を最も反映している歴史や地理に、社会科の中心的な地位が与えられることになる。/もう1つは、技術主義の下位にあたる「活動主義」、運動主義の下位に位置する「子ども主義」、双方の流れを汲む教科観である。社会科を「人間教育」とみなす潮流といえよう。」
106.教科教育的社会科教育研究:/108.2.理論験証型:
108.(2)市民性育成の特質:1.「合意主義は、子どもが意見を主張し合い、他者との関係で最終的な方向性を決定してゆく過程を重視する。その過程で、主権者を主権者たらしめる行動のし方を教授できるところに意義をみい出そうとする。」/109.2.「批判主義は、社会問題の原因やその解決策を分析する過程を重視する。一連の学習の最後で、合理的な解決策を子どもに選択させることで、現実社会の実態を批判し、将来の社会のあるべき姿を評価させている。」

●6532
・HAB.
・5
・シティズンシップと国民的アイデンティティ
・思想 1996-09.ラディカル・デモクラシー
・HAB.,TAYLOR.C.,
・シティズンシップと国民的アイデンティティ、組織論モデル;全体論的モデル、共和主義とナショナリズム、民主主義国家、政治文化、立憲愛国主義、EU、
・190.前者=組織論のモデル。後者=全体論的モデル。後者の方が優れている。 cf.Taylor。
191.しかし:「わたくしの考えでは共和主義とナショナリズムの関係は歴史的偶然性によるもので、概念上は何の関連もない。」
191.T.も、よく見てみると、「民主主義国家における普遍主義的諸原理は各国の政治文化に根ざしていなければならないというものである」−−そして:「政治文化は、すべて市民が共通言語ないしは共通の民族的文化的出自をもっていなければ基礎づけられないというわけではない。」SEE スイス、米国。「政治文化はむしろ立憲愛国主義のための共通文母となるべきで、この愛国主義によって、ひとつの多文化的社会に共存している様々な生活形態の多様性やまとまりに対する感覚が深まっていくのである。」EUでも....。

●6534
・HAB.
・7
・シティズンシップと国民的アイデンティティ
・思想 1996-09.ラディカル・デモクラシー
・HAB.,
・シティズンシップと国民的アイデンティティ、政治的な生活様式、法原理、政治的文化、普遍的立憲的原理、共同体主義、文化的アイデンティティ、
・* 帰属していることを表している。..../201.現代国家もまた、ひとつの政治的な生活様式を示しているのであり、法原理を制度化した抽象的な形態としてのみ存在しているわけではない。政治的文化的な背景は生活様式によって作り出されるのであり、基本的な普遍主義的立憲的原理は政治文化の内部で実現されなければならないのである。....M.W.は、その共同体の生活形態の整合性を保護するための政治的権利によって、移民する権利は制限される、と考えるわけである。彼によれば、市民の自己決定権には、個々の特殊な生活様式を自己主張する権利が含まれているのである。」
201.(E) 「こうした主張は、....相反する二通りの方法で解釈できる。共同体論の立場では、リベラルな移民の権利は規範的な制限を受けるべきであるとされる。....この議論では、国民的アイデンティティではなく、歴史的に規定された文化的アイデンティティによって、*

●6535
・HAB.
・8
・シティズンシップと国民的アイデンティティ
・思想 1996-09.ラディカル・デモクラシー
・HAB.,VAN GUNSTEREN,H.R.,KANT,
・シティズンシップと国民的アイデンティティ、政治的な生活様式、政治的文化、普遍的立憲的原理、共同体主義、個別主義;普遍主義、世界単位でのシティズンシップ、
・* シティズンシップが制限されるという点で、「個別主義的」見解の法が勝っている。」 <> 「H・R・ヴァン・ガンステンは....。」ここでは「特別な政治的共同体の市民として行動する」のに必要な能力は、....「普遍主義的」な意味で理解されることになる。....新しい市民たちは、出身国固有の文化的生活を必然的に放棄することなく、進んで新しい祖国の政治文化に参加すると期待できるわけである。」
202.「自己決定という民主的権利には、市民の権利の具体的状況を加味する独自の「政治的」文化を守る権利が含まれているが、特権化された「文化的」生活形態を自己主張することは含まれていない。民主的な法システムという立憲的枠組みの内部でのみ、異なった生活様式は対等な関係で共存できるのである。」
202.「世界単位のシティズンシップ」:CF.KANT(世界的規模の公的空間)。国家単位のそれと「連続体」なり。

●6734
・キマ木前利秋
・1
・民主主義
・ニーチェ事典 H7.
・KIMAE.T.,NIETZSCHE,RINGER.F.K.,
・民主主義、古代奴隷制>近代民主制、教養層、私人(PRIVATPERSON)の解放、
・617.初期の小論では:「古代奴隷制の下での文化的隆盛を讃えながら、近代民主制下の文化的堕落を突いたようなくだりがある。」:N(「五つの序文」):「文化が民衆の意のままになるような場合には、・・・・・・文化の軽蔑、精神の貧困の賛美、芸術からの諸要求の偶像破壊的な否定が起こるだろう」。CF.リンガー−−「すくなくともN.がそうした[民主主義を嫌うドイツ教養層の]政治文化を背景にしていることは違いない。反民主主義にして貴族主義−−N.の言説を総覧してみれば、さしずめこう言って大過なさそうだ。」
617.中期では:「民主主義から出てくる(時として思わざる)結果を冷静に考察しようとする態度がうかがえる。」:N(『人間的』):「「現代の民主主義は<<国家の衰亡>>の歴史的形式である」。民主主義→「私人・・・・・・の解放」/他方:→「国家よりもいっそう合目的的案出物が勝利を収める」かもしれない。*

●6778
・カーナン.A.ED.
・2
・人文科学に何が起きたか アメリカの経験
・玉川大学出版部 2001.09.3800Y.
・THOMPSON.E.P.,
・人文科学、アメリカ、大学、リベラルアーツ、ポストモダニズム、歴史学、ホイッグ的歴史学、マルクス主義、教養学部、歴史主義、
・CHAP11:社会的行為としての学問: 228.「トンプソンの敵はホイッグ党による秩序とその主人である資本主義だけでなく、現在の利益に目的論的に行為的であるホイッグ的な歴史である。....トンプソンの物語では....。今日の生活様式に近い過去の残存にはもはや主要な関心はない。むしろ、成功がもたらした破産を認め、過去において負けた英雄たちから学ぼうと考えている。」
229.「理由ははっきりしないが、歴史学はトンプソンの著作が出版[1963]されて以来三○年もの間....教養学部の最も影響力のある分野となった。....歴史主義とは過去の思想と行為は環境の効果としてみなすとき最もよく理解できると考える立場である。歴史主義の威信はある程度、ポストモダニズムとの結合に由来する。」
230.「マルクス主義もホイッグ的歴史学の一類型である。」

●6835
・ササ笹倉秀夫
・1
・近代法の再定位
・創文 2001.10.
・SASAKURA.H.,MANN.T.,
・近代法、市民、旧中間層(旧市民)、教養自由主義、ヴィクトリアニズムの再生IN1950年代、当為≠法的フィクション、
・3.「旧中間層は1870年代に至るまで増えていった。「近代法」は本来この階層と密接な関係を有しているのだが、T.M.が....描いているように、この階層は古い伝統の中で「秩序」や倫理性を重視しつつ近代を担ってきた点で、「近代法」の複合性を体現しており、産業資本主義と営業面でもメンタリティーの面でも順接の関係にはなかった。こうしたBuergerの伝統は、20世紀に入っても持続する....。これが1950年代における「ヴィクトリアニズムの再生」を解くカギでもある。....北欧社会主義は、1960年以来....教養自由主義が民主主義と結合し、現代ヨーロッパで新しい「近代」像を現出させている。」
6.「フィクションとは事実でないものをそれと知りながら一定の本質的類似性に基づいて事実と見なすことである。....当為は法的フィクションとは異なる」。

●6836
・ササ笹倉秀夫
・2
・近代法の再定位
・創文 2001.10.
・SASAKURA.H.,リンガー,VEBLEN,
・近代法、市民、旧中間層(旧市民)、教養自由主義、反民主主義、ベル・エポック、家庭回帰、衒示的消費、マナー、伝統回帰、反産業主義、
・3.「リンガーが『読書人の没落』で指摘しているように、からら[近代法を担ったBildungsbuergertum]の「教養自由主義はしばしばその本来のブルジョワジーに対して強い嫌悪感を示し、その唯物論的精神と純粋の利益政治を」非難した。しかし教養自由主義を奉じる人々はまた、「あらゆる民主主義的志向をも拒絶し、自分たちを国民の中の精神貴族、そでなくとも上層階層の一部とみなしていた」(訳83)。」
4.「この文化[ベル・エポックの文化]の特徴は、産業資本主義が確立したこの時期においても西欧では貴族・ジェントルマン文化の権威が高く、成功した産業資本家がそれに取り込まれたことにある。また、女性に家庭回帰、エリアスのいう「文明化の過程」に見られるマナーの洗練、ヴェブレンのいう「衒示的消費」の傾向が右の点と相まって、社会全体に伝統回帰・権威主義や反産業主義の気風を強めたことにある。」

●6865
・オオ太田直道
・4
・カントの趣味判断論 二
・宮城教育大学紀要 26-1,28-1,29-1,1991,93,94 ・OOTA.N.,KANT,GADAMER,GRACIAN.B.,
・趣味判断、美、教養社会(2-3)、感官の趣味≠反省の趣味(2-4)、論理的判断、主観的妥当性、
・2:
3.「G.によれば、この語[趣味]は、B・グラシアンに端を発する。グラシアンは新しい市民社会の理想として教養社会Bildungsgesellscaftという理想をかかげ、その旗印として趣味という新しい生活様式を提唱した人物である。」
4.「趣味は感性的な快を一方の端にもち、純粋な美意識を他方の端にもつ。この点で趣味は二重存在としての人間の性格をよく表している。」
4. 「「すべてのチューリップは美しい」....というような表現は論理的判断であり、客観的な認識に属する事柄である。それに対して趣味は具体的個物の判断の世界に属する。その限りそれは直接的には主観的妥当性しか持ち得ない。」

●6866
・オオ太田直道
・5
・カントの趣味判断論 二
・宮城教育大学紀要 26-1,28-1,29-1,1991,93,94
・OOTA.N.,KANT,
・趣味判断、美、教養社会(2-3)、感官の趣味≠反省の趣味(2-4)、ALS OB、構想力と悟性、
・4.N K:感官の趣味≠反省の趣味。「前者はたんなる私的判断であり、普遍性を要求するものではなく....。/それに対して反省趣味のみが美的判断となることができる。....その判断からは一人称は打ち消される。....「このチューリップは私にとって美しい」とは表現されない。反省趣味はたんに普遍的5.に語り、「ist」という繋辞を用いることによって<<あたかも>>普遍的である<<かのような>>表現を用いるのである。」
5.「趣味判断の主語となるものは必ず個別的対象でなければならなかったが、それの述語は対象には関わらない。そうではなくて、主観の認識能力(構想力と悟性)に関わるのであって、いわばそれらの作業の点検を行うのである。そしてその営みが主観自身にとって好ましい状態にあるか否かを判定するのである。」

●6868
・オオ太田直道
・7
・カントの趣味判断論 二
・宮城教育大学紀要 26-1,28-1,29-1,1991,93,94
・OOTA.N.,KANT,
・趣味判断、美、教養社会(2-3)、投影(2-10)、ALS OB(2-10)、目的なき合目的性、戯れとしての自由、
・10. 「直観の対象は現象の多様であり、たんなる素材にすぎないが、主観はあたかもそこにこそ「自由の戯れ」があるかのように読みとろうとする。小川のせせらぎの絶え間ないさざめきは、それをながめる者の心をなごませるが、このなごみは認識能力の諧和の感性的な受けとめである。しかし我々は、せせらぎが戯れているといい、川の流れに自由があると感じる。しかし川の流れに自由があるのではなく、あたかも自由であるかのように感じるのである。この「投影」が理念的世界の人間的な基礎をなす「Als ob−哲学」(アディッケス)の一つの現れであることは論を俟たない。」
11. 「「目的なき合目的性」は道徳的な理性理念ではなく、反省的判断力にとっての、己れの自由の「投影」にすぎない。そしてその自由は、自発性としての自由ではなく、戯れとしての自由である。」

●6908
・WILLASCHENK.M.ED.
・1
・REASON AND NATURE
・LIT VERLAG,MUENSTER,2000.
・MCDOWELL,KIPF.J.K.,KOEHLER.F.,
・S.73-79:KIPF.J.K./KOEHLER.F.,"MORAL FACTS,VALUES,A.WORLD VIEWS",S.91-114:M.:"RESPONSES",欲求、倫理的判断の発展、形成(教養BILDUNG)、実在概念、
・77. 「[M.の]この描像によれば、欲求は実質的ではない。道徳的(ないしは賢慮的)な人格の特定の世界観に単に結果的であるにすぎない。」
78.(13):「倫理判断の発展に関するこの[M.の]スケッチは、伝統の転形およびBildungというドイツ語の概念の含意への言及による・実在概念の開放性とのアナロジーを手段として、展開されている。」

●6955
・MCDOWELL

・RESPONSES
・READING MCDOWELL ED.BY N.H.SMITH
・MCDOWELL>HONNETH,ARIST.,GADAMER,HEGEL,
・反省性、実践知(実践的知恵)、性格、>方法主義、BILDUNG(教養形成)、
・302.「A.に関して私が書いたものにおいて、私は、A.が反省性の要求に十分な重みを与えていないことを認めた。しかし、A.自身が書いたもののにおいても、それが完全に欠如しているわけではない。....A.の実践知は、人が直面しているように思われる個々の実践的必然性がどのように理解可能なかたちで一致する(hang together)かの感覚を含んでいる。/H.は、倫理的性格に関する私のA.的概念は単なる習慣と合理的熟慮との間の中間の立場を占める、と言っている。これは私には誤っていると思われる。私が思うには、A.の実践知はすでに合理的熟慮の能力を含んでいる。このような能力は、人が単なる習慣を超えて形成された倫理的性格をすでに身につけた後でなお獲得する必要がある何かではない。」
303.H.はG.よりH.[Fortbildung]と言っているが、「方法主義を拒否するなら、そもそも[両者間に]tensionがあることはそう明瞭ではない。」

●7737
・ミウ三浦信孝
・2
・ポストモダン後の思想の共和国
・三浦ED.、来るべき〈民主主義〉、藤原書店 2003,3800Y.
・MIURA.N.,ARRON,RAWLS,
・リベラリズム、共和主義、社会主義、多文化主義、PC、共同体主義、
・9.フェッリー、ルノー,フュレ、ロザンヴァロン,ノラ、ゴーシュ....。「こうして、大きく政治的リベラリズムとしてくくることができる潮流が、80年代を通して、アカデミズムと論壇と出版会を結ぶひとつのギャラクシーとして形を成したと考えられる。/「アメリカでは保守に対する進歩派を指す「リベラル」は、フランスでは、アロンの場合がそうだったように、保守の符牒とされてきた。....共和主義は社会主義と親和的だった。」
9ff.ロールズとリベラルvsコミュニタリアン論争:
11. 「フランスに多文化主義が紹介されるのは、『エスプリ』誌1992年12月号の特集が最初である。しかし、フランスにはアメリカ産の思想にアレルギーがあり、多文化主義はアファーマティヴ・アクションやPC(ポリティカル・コレクトネス)に還元され、共和国の普遍性原理に背馳する「差異の権利..」と同一視されて、「共同体主義」の蔑称で呼ばれることになる。」

●7738
・ミウ三浦信孝
・3
・ポストモダン後の思想の共和国
・三浦ED.、来るべき〈民主主義〉、藤原書店 2003,3800Y.
・MIURA.N.,DEBRAY.R.,
・「共同体主義」の定義(inフランス)、共和国(共和主義)、民主主義、イスラム・スカーフ事件、多文化主義、
・11.「communautarianisme(共同体主義)は『プチ・ラルース』の97年版に初出し。「@エスニシティ、宗教、性などの違いによって組織された共同体の社会的機能を重視するアメリカ多文化主義の傾向、A全員に共通の規則とモデルに従って個人に同化を要求するよりも、社会を複数の共同体として組織することを優先する概念一般」と定義されている。」
11ff.民主主義・共和国・象徴天皇制:
12.「ドゥブレは....個人の私益追求の自由を重視するアメリカの民主主義と、同じく個人の自由に立脚しながらも公益と平等を重視するフランスの共和国を対比し、共和国を単なる民主主義以上のものとして定義した。だが、イスラム・スカーフ事件のただ中で書かれたこの論文[89年秋発表の「あなたは民主派か共和派か?」]の狙いは、アメリカの多文化主義批判にある。」

●7888
・アビコ

・メモ:伝統・文化

・ABIKO,
・伝統、文化、京都、
・2004.10.24:関哲(立命)に行く途中、嵐電・龍安寺駅付近で、「伝統と文化の店」という看板の肉屋を目にする。

●8072
・モダモダニズム研究会
・1
・権力/記憶−−モダニズムの越境 II
・人文書院 2004,2600Y.
・OOISHI.K.,,LIBESKIND,
・大石紀一郎:「現代ドイツにおける「記憶の文化」について」:「記憶の文化(ERINNERUNGSKULTUR)」原爆ドーム、国民、脱=記念碑、
・253.「批判的な距離と表裏をなす真正な記憶への欲求、共約不可能な記憶の複数性、記憶の表現への問いといった傾向が、90年代以降のドイツにおける「記憶の文化」の主要な特徴をなしていると言えよう。」
254.「爆撃によって破壊された教会の廃墟を保存して残している例は、日本における広島の原爆ドームの保存と類似した、過去に対する「反省」の表現の一つのタイプであろう。[/]しかし、こうした事例は、「われわれの死者」に対する記憶を守り、それによって死者と一体化した「国民」という「想像の共同体」への同一化をめざすという点では、19世紀的な歴史記念碑における「勝者」の顕彰を「敗北」または「被害」の記録に置き換えただけの変種である。」
256.「次に、たんなる「反=記念碑」ではなく「脱=記念碑」を模索しようとする試みについてふれることにしたい。」−− *

●8073
・モダモダニズム研究会
・2
・権力/記憶−−モダニズムの越境 II
・人文書院 2004,2600Y.
・OOISHI.K.,,LIBESKIND,YOUNG.J.,
・大石紀一郎:「現代ドイツにおける「記憶の文化」について」:「消滅の美学」、ユダヤ博物館、
・* 「80年代以降、従来の記念碑に関する固定観念を覆すような試みが数多く登場している。そこには、「消滅の美学」とでも言うべき傾向が共通の要因として認められる。ユダヤ人虐殺の記念碑に関する論争の中で、アメリカの研究者のジェームズ・ヤングが、広大な建設予定地を空き地のままにして、この論争を継続することこそ、もっとも望ましい「記念碑」となるのではないか、と提案したことがある。リベスキンドのベルリン・ユダヤ博物館には「空白」を表現する場所(Void)が設けられている。」

●8182
・QUINN.W.S.
・6
・ACTIONS,INTENTIONS,AND CONSEQUENCE:THE DOCTORINE OF DOING AND ALLOWING
・PHILOSOPHICAL REVIEW,93-3,1989.
・QUINN.W.S.,
・行為・意図・帰結(ACTION,INTENTION,CONSEQUENCE)、DOING A.ALLOWING、権利、>帰結主義、文化大革命、
・309.「道徳性がこれをもたないとき、道徳性が、集合的に最善であるであろうなら彼を殺すこと、あるいは彼に危害を与えることを許すなら、道徳性は、彼を、彼自身の権利をもった存在者としてではなく、集合的全体における一細胞として描出しているであろう。」
310.「社会的非効率性ではなくて、この抹殺が、全体主義的な社会的projects−−たとえば文化大革命において、appalling[ぞっとする]であるとの印象を我々に与えることの一つである。」
312.「そのなかで権利の体系の基礎的rationaleが、人は、彼に危害を加えることが他の多くの者が同様の仕方で危害を加えられることを防止するであろうときでさえ、危害を加えられない権利をもちうるということを排除する在り方は存在しない。」
312.「私が提案したrationaleは反帰結主義的である。」

●8270
・スエ末川博ED.

・岩波基本六法 昭和53年版
・S52.

・憲法、英訳、文化的、
・15.〔国民の生存権、国の社会保障的義務〕25条:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。/A国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
123.英文日本国憲法:Article 25.All People shall have the right to maintain the minimum standards of wholesome and cultured living.

●8442
・ベッ別所良美
・2
・グローバリゼーションと多様性に開かれた普遍主義−−主権を制限し合う諸国民国家からなる地域共同体
・哲学 55,2004.
・BESSHO.Y.,HAB.,
・グローバリズム、EU、政治的アイデンティティ、憲法愛国主義、歴史的経験に対する意識的な態度決定、文化伝統、帰属意識、
・35. 「....。これらの問題に対するハーバーマスの基本的な答えは、政治共同体のアイデンティティは文化伝統や歴史の連続性・統一性そのものではなく、それらに対して反省的距離をもって対峙する政治的意志だというものである。....EUにせよ、各国民国家にせよ、これら共同体への帰属意識が文化伝統の同一性に依存しない形に純化され、政治的アイデンティティとなることによって、二つのアイデンティティは接合可能となるだろう。..../ハーバーマスは戦後ドイツにおける「過去の克服」の経験を強く意識しながら、歴史的経験がそれだけで政治的アイデンティティを形成するのではなく、歴史的経験に対する意識的な態度決定を行う「政治的・倫理的意志..」によってのみ政治的アイデンティティは形成されると言う。....戦後ドイツの過去との意識的対決こそが、戦後ドイツの政治的アイデンティティを作り上げたのであり、その内実は普遍的な人権を尊重する憲法に対する忠誠としての「憲法愛国主義」となったのである。」(SEE "Wiedergeburt Europas",FAZ,2003-04-17,Nr.91)

●8516
・MARKELL.P.
・1
・MAKING AFFECT STATE SAFE FOR DEMOCRACY? ON "CONSTITUTIONAL PATRIOTISM"
・POLITICAL THEORY,28-1,2000,pp.38-63.
・MARKELL.P.,HAB.,
・憲法愛国主義(CONSTITUTIONAL PATRIOTISM)、自由民主主義、文化、>意味の創造による社会統合、道徳性、動機づける力、
・AUS:PHILO.INDEX(PATRIOTISM-HAB.)
39.The project of making affect safe for liberal democracy, I claime, dounders on the troubling fact that even the reproduction of <> affect proceeds by tying citizens to historical institutions and concrete cultures....
43.Hab.> social integration through the creation of meaning
47. the incapability of practical reason <> to motivate moral action,a gap that only a system of legal sanction fill. In modernity,Habermas argues,morality has become detached from the "customary oractices" that once gave it a strong motivating force. As mere knowledge,however,morality possesses only the "weak motivating force of good reason"(pp.113-4) *

●8519
・MARKELL.P.
・4
・MAKING AFFECT STATE SAFE FOR DEMOCRACY? ON "CONSTITUTIONAL PATRIOTISM"
・POLITICAL THEORY,28-1,2000,pp.38-63.
・MARKELL.P.,HAB.,
・憲法愛国主義(CONSTITUTIONAL PATRIOTISM)、道徳性、動機づける力、「共有された政治文化」、愛着・感情、民主制、
・51. His Sonnig Prize speech,for example,glosses constitutional patriotism not as loyalty to universal principle but rather as attachment to "the political order and the principles of the Basic Law",that is,to a set of particular institutions and a historical constitution.51
n 51: Hab.,"Historical Consciousness and Post-Traditional Identity",262.
51. Habermas simply refers to a "shared political culture" as the supplement of particularity that abstract principles require if they are to become objects of attachment and affect.54
n54: "The Limits of Neo-Historicism",499-50.
52. このHab.のimpulse to make affect safe for democracy < 筆者。

●8520
・MARKELL.P.
・5
・MAKING AFFECT STATE SAFE FOR DEMOCRACY? ON "CONSTITUTIONAL PATRIOTISM"
・POLITICAL THEORY,28-1,2000,pp.38-63.
・MARKELL.P.,HAB.,
・憲法愛国主義(CONSTITUTIONAL PATRIOTISM)、道徳性、動機づける力、>自文化、
・53. Habermas invokes a historical comunity of descent that imposes unchosen and inescapable obligations on its members.
54. 以下:I want to suggest an alternative reading of constitutional patriotism:
54. constitutional patriotism is a habit or practice that <> or <> the very identifications on which citizens also depend.
54.n Mansbridge: citizens <> must learn to fear,be angry at,and be ashamed of the very institutions and cultures that clami their attachment and allegians.

●8543
・セイ盛山和夫
・2
・リベラリズムとは何か
・勁草書房 2006,3300Y.
・SEIYAMA.K.,TAYLOR.C.,
・リベラリズム、「文化」、正(正義)>善、愛郷心(PATRIOTISM)、共和主義=共同体主義の一類型、公私分離(234)、
・223FF.CHAP7:包括的リベラリズムと限定的リベラリズム: 224.「文化」の二義:1.ヘルダー。。、2.文化人類学。。
232.善に対する正(正義)の優位....「このテーゼは、もともとは正義..ではなく正という言葉が使われて....。」
239.「テイラーたちは、「自由な社会が存続しうるためには〔市民からの共同体への参加を引き出すための〕強制にとって代わる何かが必要である。それは、市民の側からのポリスとの自発的同一化、すなわち、240.彼Rが生活している政治的制度が彼ら自身を表現しているという感覚でなければならない」と考えるのである。この感覚を、テイラーは「愛郷心patriotisim」と呼び、愛郷心を要請しない手続き的リベラリズムは当の社会を支える人々が存在しないので存立見込がないと批判する。」
241.「共和主義は....242.コミュニタリアニズムの一類型と考えられるのが普通である。」

●8546
・セイ盛山和夫
・5
・リベラリズムとは何か
・勁草書房 2006,3300Y.
・SEIYAMA.K.,DWORKIN,ACKERMAN,BARRY.B.,KYMLICKA,
・リベラリズム、多文化主義、中立性テーゼ、リベラルな価値、
・259ff.chap8:文化の差異とリベラルな価値:
270.「この点についてキムリッカは包括的リベラリズムの側にあるといえるだろう。」
297.「実は、最近のリベラリズムの議論の中からも、中立性テーゼを疑問視するものが増えてきている。D.は直接的にはそう言っていないが、明らかに「リベラルな共同体」や「人格の真正性」を述べる議論において、中立性テーゼから乖離してきている。A.もその主張を大幅に修正している....。さらにB.B.というリベラリズム論者は、リベラリズムそのものにとって、中立性テーゼを主張するよりも、リベラルな価値の優位を主張すべきだと言っている。」

●8606
・GRAY.J.
・4
・TWO FACES OF LIBERALISM
・POLITY PR.2000.1952Y.
・GRAY.J.,
・暫定協定(MODUS VIVENDI)、HYBRIDITY(119,122)、>共同体主義、妥協、自律した個人←国民文化←国民国家、リベラル、自由主義≠特定の価値、
・121. What late modern plural societies need is not the consensus on values that communitarians imagine they find in past communities. It is common institutions within which conflicts of interests and values can be negotiated.
123. Autonomous individuals came into the world as products of the national cultures created by modern European nation-states.
138. Adopting <> as the core of the liberal project means that liberalism can no longer be identified with particular values....

●8636
・KACZOR.C.
・S
・PROPORTIONALISM AND THE NATURAL LAW TRADITION
・THE CATHOLIC U.OF AMERICAN P.2002,HB.49.95D.6591Y.
・KACZOR.C.,FINNIS.J.,THOMAS,GURY.J.P.,MCCORMICK.R.,SALZMAN.T.RAHNER.K.,
・比例主義、避妊の正当化、ドミニコ派、基礎的前提・文化、
・209.n Finnis: it was the drive to justify contraception that led to proportionalism. < 筆者:この見解。
209.McCormick: Moral analysis often reflect basic assumptions and cultural variables that operate behind them. Karl Rahner,in discussing moral argument,refers to such assumptions as "global prescientific convictions."....He was discussing bad moral arguments and explaining how they often trace to such assumptions.
209.n12:n Salzman: two styles of manuals. / 209. From a sociological point of view,those educated in the manuals that followed Gury's model tend to find proportionalism rather plausible. On the other hand,those either lacking training in the manuals or those whose manuals differed radically in organization from Gury's,such as Dominican....tend to find proportionalism rather implausible.

●8808
・ガダマー
・2
・真理と方法 I
・法政大学出版局 1986.3700Y.
・GADAMER,SCHILLER,
・美的教養、芸術作品、趣味、抽象作用、本来の生の連関、宗教、純粋な芸術作品、美的意識、美的判別、美的な質、
・120.「われわれがS.にその淵源を見出した美的教養の理念は、もはやなんの内容的尺度も認めず、芸術作品とその作品が属してい世界との一体性を解消するところにその特質がある。....121.基準となる趣味や規定された趣味すべてから反省によって抜け出したものとしての美的意識....。..../こうしてわれわれが芸術作品と呼び、美的に体験するものは、抽象作用の成果に基づいている。ある作品が根ざしている本来の生の連関がどのようなものであろうと、それをすべて度外視することによって、また、宗教的あるいは世俗的機能という、もともと作品の存立の場であり、そこで作品が意味をもっていたことがらすべてを度外視することによって、作品は〈純粋な芸術作品〉として見えるようになる。....私はこうした美的意識の働きを〈美的判別aesthetische Unterscheidung〉と名づけてみたい。/それによって特徴づけられるのは、十分に内容を定められ規定された趣味が、選別と拒絶を通して行う弁別とは違って、美的な質そのものに基づいてのみ選別を行うような抽象化である。」

●9195
・AGRE.PH.
・3
・COMPUTATION AND HUMAN EXPERIENCE
・CAMBRIDGE UP.1997.
・AGRE.P.,GIBSON.J.J.,
・DEICTICな存在論、習慣、文化、社会化、アフォーダンス、日常的志向性(332)、「"DEIXIS"という語は"DEMONSTRATION"よりも広いが私がここで考えているものよりは狭い。」(332)、
・243.Deictic intentionality is the predominant form of intentionality in the everyday activities of human beings.
244.「deicticな存在論は、したがって、客観的でない。それは、存在者が行為者の活動性の習慣的形態への関係において構成されているからである。しかし、決して主観的ではない。活動性のこれらの形態は恣意的ではない。それらは、文化によって組織化されており、物質世界を組織化する文化的な仕方とフィットしている。」
251.「deicticな諸存在者が指示するのは、世界における特定の対象ではなく、行為者とその環境との間の一定の時間で拡張する相互作用パターンのなかで対象が演ずる役割である。様々な諸対象は様々な時間においてこの役割を占めるであろうが、行為者はそれらの全てを同じ仕方で扱うであろう。」
255.「対象の機能性はそれが反映する光に内在する(有機体の光学的生態学における不変な量としてのGinsonの<<アFーダンス>>の観念におけるように)。」

●9321
・タカ高田珠樹
・B
・ハイデガー
・講談社 1996.
・TAKADA.T.,HEIDEGGER,
・日常性、本来性・非本来性、歴史の生起への参画、根源的な時間(232)、運命の生起(232)、歴史・伝統、文化、共同体の運命としての「命運」(237)、
・232.「日常性がそれ自体において非本来的なのではなく、視野が歴史へと広がったところから初めて、それは非本来性的と映る。....日常への埋没を脱却し、その日常を支えるもっと深い次元、歴史と可能性の次元へと潜ってゆき、歴史の生起に自らも参画すること、それが本来的な歴史性であると言えよう。」
236.「「還元」によって、歴史とは要するに人間の在り方なのだ、現存在の存在こそが根源的な歴史的生起なのだとされたわけだが、このような発想の基礎には、人間がその中で生きている文化や時代の根底には、それを担い支えるある一定の可能性、潜在的な力が作用している、という見方があった。通常は自分たちば無自覚なままに依拠しているそういった潜在的な力を、遺産・財産として自覚的に担い受け、その授受に積極的に参加すること、それが真の意味での歴史や伝統なのだというわけである。」
「歴史」について:9323

●9443
・NELSON.R.H.
・4
・DOES "EXISTENCE VALUE" EXIST? ENVIRONMENTAL ECONOMICS. ENCROACHES ON RELIGION
・THE INDEPENDENT REVIEW,1-4,1997.
・NELSON.R.H.,HAYS.S.P.,
・存在価値(EXISTENCE VALUE)、経済的進歩・効率=世俗的宗教、文化的シンボル、経済神学、宗教的語彙、
・516.「このように経済研究者は、単に自分自身の価値体系を....より正式の、究極的に疑似科学的な経済的結果に翻訳することで終わる。」
516. "the gospel of efficiency"(Hays 1956)
517.かつては:経済的進歩・効率性が宗教であった。
517. With belief in economic progress--or,as one might say more formally,"economic theology"--entering a period of crisis,environmentalism offered a new set of cultural symbols(Nelson 1995) and a new religious vocabulary.
517. What was "in existence" per se had no value.
518. Existence value would lack pertinence because the very framework of efficiency analusis would no longer have much interest.
518. The important point is that existence value has little or nothing to contribute to this particular religious discussion.

●9459
・BOSTROM.A.+
・2
・COMMENTS RECEIVED FROM MEMBERS OF THE SAB COMMITTEE ON VALUING THE PROTECTION OF ECOLOGICAL SYSTEMS AND SERVICES ON DRAFT DISCUSSION PAPER FROM COMMITTEE STEERING GROUP

・BOSTROM.A.,SAGOFF.M.,
・内在的価値、市民(公民CITIZEN)、共同体に基づく価値、宗教・文化・倫理、CV、WTP、便益、経済、
・M.S.: it seems we should collect political opinions or community-based values under the rubric of 内在的価値 -- values that relates to "religious,cultural,and ethical points of view" -- rather than under the rubric of 道具的価値,i.e.,values that relate to human welfare or well-being.
environmental policy....should respond primarily to the political views and beliefs of citizen. If these are construed as 内在的価値,the WTP would not be relevant in measuring them. (I assume WTP measures welfare or benefit.) If economists restricted WTP estimates to judgments people made about what benefits them -- rather than extending this measure through CV and other instruments to all preferences and choices based on any reason whatsoever -- we might get more clarity about the role of economic valuation in environmental policy.*

●9560
・ROLSTON.H.
・7
・ENVIRONMENTAL ETHICS
・TEMPLE UP.1988.5209Y.
・ROLSTON.H.,
・美的自然、色、野生(野蛮)、文化、美でなく効用、熱帯林、統合性→「WILD」は常に肯定的術語なり、
・236.「私のpresentと切り離すなら、色は存在しない。....しかし、the eye is translating into the experience of colored form something that <> out there (electromagnetic waves reflected from molecular structural planes....). This is not being made up; it is being discovered (and translated). The color experience is the means of discovery.
238."Wild" is often thought to be a negative predicated,as when we say that a field or a child has gone wild. That is so from the perspective of culture,where an untamed wilderniss is a disvalue. From such a perspective,of course,humans will find maniy lands--tropical forests,....--displeasing: that is,inhospitable to culture. But we are here considering not utility but beauty. If we come to a landscape on its own terms,sensitive to its integrity,wild always a positive predicate.

●9576
・TAYLOR.P.W.
・1
・ARE HUMANS SUPERIOR TO ANIMALS AND PLANTS?
・ENVIRONMENTAL ETHICS,6,1984
・TAYLOR.P.W.>LOMBARDI.L.G.,REGAN.T.,
・道具的価値、商業的価値、卓越性、直接的善:享受、満足、内在的に価値づける:文化、儀礼、ペット、愛・ケア、内附的尊厳(INHERENT WORTH)=内附的価値、
・AUS:FB2144.P.188.
150.(1) Instrumental Value:
(2) Commercial value:
(3) Merit or excellence: good-making properties
(4) The immediately good: This is any experience or activity of a conscious being which it finds to be enjoyable,satisfying,plesant,or worthwhile in itself.(This is also sometimes called <>.)
(5) The intrinsically valued: An entity is intrinsically valued in this sense only in relation to its being valued in a certain way by some human valuer./151.儀礼、文化、ペット、愛・ケア。
151.(6) Inherent worth: This is the value something has simply in virtue of the fact that it has a good of its own.
151.n5: what I call <> (and Regan calls <>....).

●9591
・アビコ

・メモ:>生活環境主義 等

・ABIKO>TORIGOE,H,;KADA.Y.,(MATSUDA.M.),HAYAKAWA.H.,IKEDA.K.,/HEIDEGGER,KIDA.G.,
・>生活環境主義、生活>生存、文化・歴史、科学、/反ヒューマニズム、/プラグマティズム、/「応用哲学」、哲学と社会学、
・>生活環境主義:
1。「生活」に「文化」(「歴史」)を入れてしまっている。入れるから、生活>生存となる。 <ヒト(自然)としての人間には「文化」は入らない。(→文化の反自然性/彼らは:文化の合自然性を言う。)
2。共同体<<内>>対立、共同体間対立の側面の軽視。(CF.早川=池田)
3。科学も一「文化」なり。また、生活に起源をもつ。

ハイデガーの反ヒューマニズムは、ABIKOの「理論的非-人間中心主義」の一ヴァリエーション? 木田元は?

応用哲学に:cf. ad プラグマティズム(解釈):哲学と社会学。理論の違い。

●9604
・フル古川彰/マツ松田素二EDS.
・8
・観光と環境の社会学
・新曜社 2003,2500Y.
・IDO.S.,HOBSBAWN(156),TUAN,TORIGOE.H.,
・観光と環境、C5:リゾート期における村の選択−−琵琶湖湖西の事例から:植民地政策、>純粋な伝統文化、トポフィリア、ハマ→ビーチ、住む→発言権、
・137.「人類学自身や歴史学の観光現象の事例研究において、植民地政策と連動しながら「伝統文化」が創り出され、それが観光資源に流用され植民地統治に利用されたこと、またこうした影響を受けつつ人々が文化を再構成していくことなどが明らかになるにしたがい、「純粋な伝統文化」は虚構にすぎないことが示され、従来の文化観の見直しが迫られた。」
147.「たとえば人々が「ハマ」と呼び慣わしてきたところを「ビーチ」と読み替えてしまうことで、その関係が崩されてしまう可能性がある。....トゥアンは、人々と場所あるいは環境との情緒的な結びつきを表す概念としてトポフィリアを提唱しているが、こうした読み替え操作は、それまでに人々が築いてきた場の情緒の結節のあり方を切り崩して、人々とその場の関係を変容させること....にほかならない。」
148.「鳥越ひろ之は「当該地域(町内など)を占拠して住んでいることが発言権(決定権)をもつ」として、住むことが権利発生のキーポイントであるとする。」

●9607
・フル古川彰/マツ松田素二EDS.
・B
・観光と環境の社会学
・新曜社 2003,2500Y.
・AKITSU.M.,NAKATA.H.,DUNLAP.R.E.,TSURUMI.K.,IROKAWA.D.,
・観光と環境、C7:開発の功罪:人間特例主義、人間中心主義、地域主義、「自然の都合」(<ABIKO:?)、エコロジー、内発的発展論、固有の文化、共通の尺度、
・190.「保全という姿勢をとれば人間中心主義から解放されるというほど、人間中心主義の力は単純ではないが、開発のさいにエコロジカルな視点をもつかどうか、言い換えれば「自然の都合」を考える環境主義の姿勢をとるかどうかによって、保全と開発との関係が変化することは明らかである。」
202f.内発的発展論:  鶴見和子・色川大吉....
203.「こうした外部に開かれつつも、そこに住む人々自身が内発性を実現できるための唯一の保証は、その地域の人たちのみが体得しているとされる、ほかにかけがえのない固有の文化である。」
206f.内発論のアポリア:
207.「しかし、地域固有の文化を唯一真正に経験した者としての地域住民といえども、そのまま即自的に内発的発展の経験を外部に表出できるわけではない。....」(<ABIKO:単に「表出」の問題であるのではない。)
208.「価値観を含めた共通の尺度が少なくとも当事者において了解されていなければならない。」

●9611
・フル古川彰/マツ松田素二EDS.
・F
・観光と環境の社会学
・新曜社 2003,2500Y.
・MATSUDA.M.,FURUKAWA.A.,
・観光と環境、CX:観光と環境の社会理論−−新コミュナリズムへ:脱構築、真正性、国民国家、民俗文化=発明物、アイデンティティ・ポリティクス、
・* しかしながら両者には共通する特徴もある。」第一=国家から指示。「第二の共通点は、ふるさと文化の真正性をともに前提にしている点である。地域の価値は、過去から連綿と続けられてきた文化によって担保されている。/この真正な文化は、グリーン・ツーリズムなどに典型的に現れる生態系保全を正義とするロジック(エコロジック)と合体して、地域の真正性を構成することになる。....それが絶対の真理として共生的に立ち現れるとしたら、....。」
225f.ふるさと文化のアイデンティティ・ポリティクス:
225.「1980年代以降の人文・社会科学の社会理論をおそった脱構築といわれるパラダイムの転換がもたらしたもの」−−「こうした真正性の脱構築(解体)作業は、日本のふるさと文化においても進行した。....226.このようなふるさと文化の脱構築は、....近代国民国家の生成発展のイデオロギー装置として、民俗文化が発明され国民創出のために活用されていくプロセスが明らかにされたのである。」

●9612
・フル古川彰/マツ松田素二EDS.
・G
・観光と環境の社会学
・新曜社 2003,2500Y.
・MATSUDA.M.,FURUKAWA.A.,
・観光と環境、CX:観光と環境の社会理論−−新コミュナリズムへ:アイデンティティ、伝統文化、トータルな社会事象、>脱構築派、
・226.「伝統文化や民俗芸能を観光資源にしようとする地域は、世界的にみれば南側の「辺境」に位置するし、日本国内でみても過疎化に悩む「僻地」が多い。....その地域で暮らす人々のアイデンティティは、この構造的劣位を反映したものとなる。そのような状況のなかで、彼らの誇りをかくたて自尊感情を保証する象徴として、あるいは彼らの連帯を促進する肯定的アイデンティティの源として、伝統文化は活用されてきた。..../227.このような真正性の解体は、「思想史的には正しいが政治的に正しくない」とされてきた。しかし私たちは、そうではないと考えている。それは「思想史的にも」問題があるのである。....小さな高動態は、要素を切断し個別に対処するやり方ではなく、社会に埋め込まれた諸要素を切断せずに対処する技法を身につけている。それは、対象を最小単位に分割し、個々の単位間の位階・序列が社会を構成するという近代主義的認識論とは別個の認識論なのである。したがって、伝統文化は、単に歴史的構築物ではなく、経済活動や政治実践の構成要素であり、アイデンティティーや主体形成と連動したトータルな社会事象 *

●9613
・フル古川彰/マツ松田素二EDS.
・H
・観光と環境の社会学
・新曜社 2003,2500Y.
・MATSUDA.M.,FURUKAWA.A.,HASHIMOTO.K.,
・観光と環境、CX:観光と環境の社会理論−−新コミュナリズムへ:植民地支配、橋本:観光文化≠ツーリスト文化、
・* として作用している。」
228.「植民地支配の再検討」
228.「これまで植民地支配下の文化は、キリスト教のように外来の政治権力によって上から強制された受動的な文化だとされてきた。....ところが、近年の植民地研究はこうしたパラダイムを劇的に転換させた。植民地社会では外来の強制された文化は、じつは表面上の効果を見せているだけで、それを受け入れさせられた人々によって、新たに再創造されているという見方が登場したのである。」[see 『植民地主義と文化』]
230.「橋本和也は、観光文化とツーリスト文化を峻別して、周縁社会の可能性を観光文化のなかに見ることを提案する。ツーリスト文化とは、観光地にツーリストが集まり、彼らがつくるツーリスト・コミュニティで形成される文化で、それらは受け入れ先の社会と交渉することはない。*

●9614
・フル古川彰/マツ松田素二EDS.
・I
・観光と環境の社会学
・新曜社 2003,2500Y.
・MATSUDA.M.,FURUKAWA.A.,HASHIMOTO.K.,
・観光と環境、CX:観光と環境の社会理論−−新コミュナリズムへ:観光文化、小さな共同体、権力関係、弱者の歪んだ創造性、
・* これに対して観光文231.化は、ツーリストの文化的コンテキストと地元民の文化的コンテキストが接触し交渉するところで形成される。それは、真正とされる伝統を超えて、両者がともに文化的共約を求めて変容する文化なのである。小さな共同体が志向する観光実践....。/小さな共同体がミクロな状況ごとに主導権を握り、そこに主体として自己定位していくという考え方は、これまでの構造重視の視点からは生まれたこなかった見方であり....。[/]しかしそれは容易に、権力関係への目配りを欠き、予定調和的なモデルや平板な二項対立モデルへと変質してしまう危険を内包している。..../植民地文化研究においても、被支配者の側の創造的主体形成をあまりにも自然に主張することには強い危惧が示された。」
231.「いわば構造的な弱者がおこなう歪んだ創造性の発揮なのである。」

●9622
・カダ嘉田由紀子
・2
・生活世界の環境学
・農村漁村文化協会 1995.2800Y.
・KADA.Y.,TORIGOE.H.,エクスキュル,SCHUETZ,
・生活世界の環境学、「生活文化」、琵琶湖、糞尿、水の世界との日常生活のなかでの濃密なかかわり、生活環境主義≠自然環境主義、近代技術主義、環境への価値づけ、 ・38ff.生活環境主義からみる環境と人間:
39.生活=「人間にかぎらず生き物が生命を全うするプロセス」
文化=「自然に対して人間が後天的につけくわえ、世代を経て継承されてきた生活様式や価値の体系」
45.近代技術主義、自然環境主義、生活環境主義(鳥越)
57. 琵琶湖でも昭和30年代までは、「湖の魚類生産力を高めるためには、屎尿でもいれたらどうだろうか議論されていた」と証言をする漁師さんもいる。
62.認識から相互作用へ−−働きかけることの意味
64.営みの総体=「水の世界との日常生活のなかでの”濃密なかかわり”」
65.エクスキュル:「認識環と作用環は相互に機能的に浸透しあいながら環境世界を構成している」
65.「共同的な社会生活のなかで、環境への価値づけは、社会的な意味構造として、シュッツ流にいうならば、”相互主観的な文化”の構造として存在する。」

●9623
・カダ嘉田由紀子
・3
・生活世界の環境学
・農村漁村文化協会 1995.2800Y.
・KADA.Y.,SAWADA.N.(65),TUAN,
・生活世界の環境学、文化、トポフィリア、水汚染、住民の意思決定、生活環境主義(77)≠自然環境主義、近代技術主義、アイデンティティ、下部構造、
・65.「沢田充茂は、物理的自然と物理的身体との中間にあって、後者の前者への適応のためにつくりだされた緩衝地帯を”文化”とよび、文化は独自の適応形態をもっていることを示している。」
66.「イーフー・トゥアンは、人びとと場所あるいは環境との間の情緒的な結びつきのことを67「トポフィリア(場所愛)」とよび、....」
67. 水汚染は、水のある場、水そのものへの情緒的結びつきと深くかかわっている。生活行動のなかで”疎遠”になった水=汚れている。

74ff.生活世界と住民の意思決定:
77. 「近代技術主義....。「地元にお金がおちる」というのは、地域生活を行なううえでのまさに下部構造をささえる選択である。しかし、これらの選択がはたして、長期的に地域の文化や地域住民のアイデンティティという精神的な場面まで含めて地位域生活をささえる原理となるかどうか、....」
(<ABIKO:この「文化」=?39頁の。あるいはむしろ。。。。)

●9624
・カダ嘉田由紀子
・4
・生活世界の環境学
・農村漁村文化協会 1995.2800Y.
・KADA.Y.,
・生活世界の環境学、生活環境主義(77)≠自然環境主義、近代技術主義、>生態イデオロギー、河川改修、歴史的記憶・象徴、アンケート調査、コンクリート(95)、日常生活、文化、ホタル、
・77.「自然環境主義....。生態イデオロギー..../しかし、私たちはそのような議論に、現場で生活する住民生活の歴史や住民生活の意向が、....無視されがちであることを感じざるをえなかった。」
93.AD 河川改修:まず、地元の生活のなかで、はたして洪水をふせぐというニーズがどのように根深い地元の要望となっているかを調べる必要がある。 また AD 自然環境主義からの、自然保護の観点からの改修反対論:堤防の河辺林は、たんに生物が生息する貴重な自然ということではなく、....。歴史的記憶・象徴....をも重視せよ。
95.「環境問題にかかわる問題意識が、アンケート調査に正解とおぼしき回答を書くだけでなく、それが、97個々人の行動、あるいは社会的な集団としての行動にまで展開していくためには....」
97.「生活環境主義の物のみかたのなかで主張できることは、日常生活での感受性、生活経験と生活知識に基づいた”自己判断能力”をみがき、野生化した現代の社会生活に”文化性”を取り戻すということである。」

●9625
・HOINACKI.L./MITCHAM.C.EDS.
・1
・THE CHALLENGES OF IVAN ILLICH:A COLLECTIVE REFLECTION
・STATE U.OF NEW YORK PR.2002.2347Y.
・ILLICH.I.,KUGELMANN.R.,HEIDEGGER,
・73FF:K.:"ECONOMY,SUBSISTENCE,AND PSYCHOLOGICAL INQUIRY":>確実性、知の禁欲、文化とは=愛すること・夢見ること、苦しむこと・死ぬことの仕方、世界−内−存在、住む、リアル、
・73. Illich's questioning of certainties....;it calls for an <> of knowing,in order to be open to the real.
76. By cluture,Illich menas "the art of living in its entirety--that is,the art of loving and dreaming,of suffering and dying."
76. A culture is a way of "being-in-the-world," that is,of inhabiting the world in a particular way. A culture is not a plan,program,or system: Poetically,by making a way of life,do humans dwell,to paraphrase Martin Heidegger.

●9626
・HOINACKI.L./MITCHAM.C.EDS.
・2
・THE CHALLENGES OF IVAN ILLICH:A COLLECTIVE REFLECTION
・STATE U.OF NEW YORK PR.2002.2347Y.
・ILLICH.I.,SCHWARTZ.D.B.,
・101FF.S:"IVAN ILLICH'S CONCEPT OF "RESTS":GLIMPSES OF A WORLD PAST:現在の生の仕方≠ヴァナキュラーな実在性、制度、計画、/113ff.Garrigos.A.:"HOSPITALITY CANNOT BE A CHALLENGE":西洋文化:理性・愛、傲慢、>医療化された健康ケア、人間の尊厳、共同体、
・104. Current ways of living are composed of virtual reality,as distinguished from the vernacular realities that existed before modernity;instead of being surrounded by what is culturally grown,one is enclosed in an institutionally planned existence.

119.the two twofold fundamental intuitions of Western culture--<>(reason) and < 119.The Western mind has allowed itself to be seduced by an arrogant confidence in the human ability to think and love.
120 Medicalized health care and industrial architecture,in their turn,wound personal dignity and lessen our capacity to live with pain,death,and friendship.
121. Mexican communities of ordinary people.

●9627
・HOINACKI.L./MITCHAM.C.EDS.
・3
・THE CHALLENGES OF IVAN ILLICH:A COLLECTIVE REFLECTION
・STATE U.OF NEW YORK PR.2002.2347Y.
・ILLICH.I.,FALBEL.A.,MCKNIGHT,
・129FF.F:"THE MESS WE'RE IN: HOW IVAN ILLICH REVEALED TO ME THAT THE AMERICAN DREAM IS ACTUALLY A NIGHTMARE":バランス、>快適、よきサマリア人、傲慢、>教育者、隣人、環境、文化、>社会の問題への大きな解決の探究の放棄(137)、
・131. I.:"The Multiple Balance"
131. "the imbalance between man and the environment is just one of several mutally reinforcing stresses,each distorting the balance of life in a different dimension"(p.53).
132. McKnight: "Addiction to comfort and labor-saving tools prevents people from choosing to pursue a more simple (thought perhaps more labor-intensive) way of life."
135. the Good Samaritain
136. If I am to avoid hubris,I must admit that all I can really control is my own behavior. Otherwise I run the risk of becoming an educator--that is,a people-shaper--muself.
136. <>.
137. I know that the economy sucks the life out of neighborliness and community;that it does violence to the natural environment,to people,and to culture.

●9666
・WOJTYLA.K.
・1
・THE PROBLEM OF THE CONSTITUTION OF CULTURE THROUGH HUMAN PRAXIS
・WOJTYLA,PERSON AND COMMUNITY,
・WOJTYLA.K.,THOMAS,
・非移転性(INTRANSITIVITY)、行為、主体の内在的質(QUALITY)、充実(FULFILLMENT(ACTUS))、人間的行為(ACTUS HUMANUS)(267)、文化、
・AUS:FA5328(Hanink,J.G.)
265. As I understand St.Thomas' thought,human activity (action) is simultaneously <> and <>.5 It is transitive insofar as it tends <>,seeks an expression and effect in the external world,and is objectified in some product. It is intransitive,on the other hand,insofar as it <>,determines the subject's immanent quality or value,and constitutes the subject's essentailly human <>.
273.n5: ST I,23,2 ad1; I,56,1; I,18,3 ad1; I,85,2; I-II,31,5; and I-II,1,6 ad1.
266. In actingmwe actualize ourselves,we fulfill ourselves. We bring to a certain--albeit partial--fulfillment (<>) both what and who we are potentially (<>).

●9680
・MUSSCHENGA.A.W.

・INTRINSIC VALUE AS A REASON FOR THE PRESERVATION OF MINORITY CULTURES
・ETHICAL THEORY ADN MORAL PRACTICE,1,1998.
・MUSSCHENGA.A.,BENEDICT.R. ・マイノリティの文化を保存するための理由としての内在的価値(INTRINSIC VALUE AS A REASON FOR THE PRESERVATION OF MINORITY CULTURES)、価値構成者(CONSTITUENT):CF.稀少性、文化の博物館的見方、同化、
・208. n Dworkin: 'We'think taht culture have <>. "We even try to preserve cultures we do not especially admire,because they embody processes of human creation we consider important and admirable"(1993mp.75)
value constituents:cf.rareity.
212. In my definition of intrinsic value the thesis that an object <

> has intrinsic value implies that <

> would be properly valued or chosen or desired for its own sake.[←R.Brandt,1963,p.18]
216. R.Benedict 222. a 'policy of forced non-assimilation'.

●9790

・1
・アステイオン N.62. 特集:後ろ向きでない憲法改正
・阪急コミュニケーションズ 2005.952Y.
・SHIMAZU.I.,SAEKI.K.,SHIBA.R.,(A:HAB.),
・憲法改正、島津格:「憲法を考える前に−−法の権威はどこから生じるか−−」:国民、歴史・文化、徴兵義務、(A:=憲法愛国主義?)、
・島津:94.佐伯(『国家についての考察』2001):「この国家は、特定の言語と文化、そして歴史をもつ。しかしその偶然と歴史に各人が意味を見いだし、自分がその一員であると自覚することでしか「国民」は成立しないのである」
95.司馬遼太郎(『この国のかたち』第5巻あとがき):「....にわかに軍人になった。/....憲法に徴兵の義務がある、ということを、いまさらのように気づいた。/私は....自国に憲法があることを気に入っていて、誇りにも思っていた。/それが制定されたのは祖父の世代で、当時、たれもが法治国家のもとに平等の国民になったことを、提灯行列までしてよろこんだという。である以上は、この不意の徴兵は仕方がない、とやっと観念した。」

●9791

・2
・アステイオン N.62. 特集:後ろ向きでない憲法改正
・阪急コミュニケーションズ 2005.952Y.
・MIKURIYA.T.,WATANABE.H.,PLATON>SAITOU.T.,
・憲法改正、三浦:「日本的身体のアポリア−−『声に出して読みたい日本語』を読む」:>詩人、渡辺裕:「「正調」と「保存」のイデオロギー−−「文化資源学」の挑戦」:「本来の形」=ない、民謡、創出、「共通の記憶づくり」(161)、
・三浦:132.「プラトンはなぜその『国家』から詩人を追放しようとしたのか。当時といまでは詩人の概念が違うとハヴロックは指摘している。当時の詩人は詩を暗誦しているもののことであって、その詩は知識の宝庫すなわち百科事典と見なされていたというのである。つまり、自主的な思考、個人的な思考を封ずるものとして身体化された口承文芸があったというのだ。....133.要するに、プラトンがその共和国から追放したかったのは、はっきりいって、齋藤孝のような存在だったのである。」
渡辺:159.「そもそも「本来の形」などありようがない」。/160.「「正調」は、民謡のそういう多様なあり方を一元化・標準化しようとする「民謡近代化」の切り札ともいうべきものだった。この概念がはじめて出てくる大正期前後の雑誌などをみてみると、地元の人が歌っている「古調」とは違い、「正調」は都会人のためのものだ、などという言い方が出てきて驚かされる。」/160.「皇室にかかわる、一見古式ゆかしい雰囲気をたたえた行事の大半が、実は明治期になって「創出」されたものだった....」

●9796
・EASTWOOD.J.
・4
・THE ROLE OF IDEAS IN WEBER'S THEORY OF INTEREST
・CRITICAL REVIEW,17-1・2,2005.
・EASTWOOD.J.,WEBER,SWEDBERG.R.,
・利害(利益):物質的(客観的);理想的(理念的)、主観的に知覚された物質的利益、動機・習慣、人間本性、第二次元の利益、「身分」、文化によって規定された食の欲求、
・97. Even in situations where material self-interest is allegedly the source of the action in question,the actual cause of action must be one's perception of one's self-interest,ehich is an idea -- unless one thinks that our interests move us to act in a way that is not mediated by either motive or habit.....as Swedberg (2003b,16) outs it,for Weber "interests are always subjectively perceived; there exist no 'objective' interests beyond the individual actor."
98. 人間本性を否定するわけではない。
98. 利益:第一次元(order)の、第二次元の。
98. Included among second-order interests would be the constituents of individual and collective prestige,or in Weberian terms "status." So,too,for example,would be the desire to eat well according to the strandards of a particular culture,as opposed to the simple desire to eat.

●9859
・COPP.D.
・6
・WHY NATURALISM?
・ETHICAL THEORY AND MORAL PRACTICE,6,2003.
・COPP.D.,
・(倫理的)自然主義(NATURALISM)、アプリオリ、道徳的自然主義、道徳=経験に関わる、我々の文化内では、
・191ff.倫理的自然主義と強く<<アプリオリ>>なもの:
191.「道徳的自然主義は、強くアポリオリなものの見地で最良に理解されるのはなぜか。これを理解するために、....」
191.「道徳的真は人間本性、社会のニーズ等々に関する経験的事実を反映する。この事実は可能な世界毎に変化する。」
191. Through our experience early in life we come to have a particular moral perspective.....Assuming that this perspective or theory is correct or approximately correct,we can come to be reliable in 'detecting' moral facts. We can also come to have (synthetic) moral beliefs that are warranted without the input of any empirical evidence beyond the experience that led to our initial acceptance of our basic moral perspective.
191. In this way,it might be "default reasonable" for those in our culture to believe that friendship is good.
191.第二に:反省後に受入れるもの(cf.危害を加えること=危害を許すこと)も。

●9909
・マキ真木悠介
・6
・自我の起源
・岩波現代文庫 2008,1000Y.
・MAKI.Y.,MITA.M.,YOUROU.T.(118),DAWKINS,LORENZ.KO.,
・自我の起源、自己意識の起源、言語、遺伝子−文化共進化理論、社会的な動物、意識の定義、他個体、かけがえのない個、親子愛(122)、「愛なき一夫一婦」、血族的自我、個体識別、自己意識(127)、
・C6:〈かけがえのない個〉という感覚−−自己意識の起源:
118.「養老孟司は「意識」を定義して、「脳が自分の機能をモニターしているということ」としている。」
119.「D.もまた、「意識が生じるのは、脳による世界のシミュレーションが完全になって、それ自体のモデルを含めねばならぬほどになったときであろう。」としている。」
124.「もともと攻撃性の強い動物が、子を育てること125.等々の上で他の個体と協力する必要が生じた時に、その特定の個体のみを識別して攻撃性を抑制することの必要性から、個体を個体として識別することの能力は発生するとL.はみる。」
126.「このような個体の個有性への相互関心と識別能力が、折り返して<<自己自身の>>アイデンティティの個有性という感覚の前提となると考えていいはずである。」

●9962
・NORTON.B.
・3
・WHY PRESERVE NATURAL VARIETY
・PRINCETON UP.1987.
・NORTON.B.,>SAGOFF,REGAN.T.,
・アメリカ文化<普遍的文化、美的経験、文化的理想、歴史、ハイテク、>保守主義、
・197. n Sagoff:
(1) 「美的経験は、固定的で変化しない欲求を充足させるだけでなく、正確な意味を与えることによってそれらの欲求を文化的理想へと型づくる、という認識。」
(2) 「美的経験の理想-型付け的機能を、特殊にアメリカ的な歴史的パターン・文化的出来事の特定の諸特徴に結びつけること。」
197.「第二を退けながら、第一を受容することが可能である。」
201.ハイテクだってアメリカを象徴する!?
201.「文化は、単にそれが伝統的であるという理由で正当化されはしえない。伝統的価値は新しい近代的価値を上回って支持されるべきであるという仮定は、まさに保守的で、おそらくはエリート主義的な反応に思える。」/n27.cf.S.<Regan。
202.「より普遍的で、より少なくアメリカの文化的歴史に依存しない」ものへ!
see auch p.213.

●10024
・モギ茂木健一郎
・3
・食のクオリア
・青土社 2006.06.1400Y.
・MOGI.K.,(ABIKO),
・食のクオリア、おいしさ、自由連想反応、記憶=神経細胞の間の結合パターン、広義の記憶(「祖先から受け継いだ記憶」(79))、文化(72)、/ABIKO:実記憶・虚記憶、
・77. 「物理的属性以外の要素が、食べ物の「おいしさ」に影響を与えることも事実である。」
78. 「一人バーのカウンターで飲むカクテルは、時間と場所に制約されない、人生の記憶の自由連想反応を引き起こす。」
78. 「自然の光景は、人間の脳の中に様々な記憶をよみがえらせる。その「記憶」の中身と由来が、自然の中で食べる食味を格別にするメカニズムと関連していることは間違いない。」
78. 「「記憶」とは、すなわち、過去の体験が脳の神経細胞の間の結合パターンに残した痕跡のことである。つまりは、ある時点で存在している神経細胞どうしの結合の様式が記憶である。/私たちは、ついつい、自分が生まれ落ちてから実際に体験したことの痕跡のみが「記憶」であると思いがちである。しかし、....。.79.長い進化の過程で、人間の脳が現在のような形に作り上げられてきた、その痕跡も、広義の記憶と言って良いのである。」

●10050
・シモ下絛信輔
・5
・サブリミナル・インパクト−−情動と潜在認知の現代
・ちくま新書 2008.900Y.
・SHIMOJYOU.S.,
・CH1:「快」はどこから来るのか:サブリミナル、親近性原理;新奇性原理、知覚の機能、←文化?、潜在的過程、なじみ深さ、故郷、懐かしい(096)、
・091.「知覚は注意を向けた対象の変化を、わずかでも敏感に検出するのが特に得意なのです。親近性へのチューニングが、新奇なものの検出を助けたことになります。..../このように親近性原理と新奇性原理とは(字面のうえでは矛盾しても)知覚の生態学的な機能においては、必ずしも矛盾しないのです。」
094.「好みは....文化とか風俗とか流行とか....の要因が大きいのでは」:095.これら=「「表層の」つまり顕在的な事象です。[<]ここではより深いレベルで選好や選択を決めている根幹に的を絞りたかったのです。....感覚経験の快の進化生物学的来歴」
096.「新奇性原理は、主に顕在認知過程で働きます。..../他方、親近性原理は、顕在過程よりは主に潜在過程で働くと考えられます。..../実際、なじみ深さはたいてき「どことなく」「そこはかとなく」「なんとなく」という感じを伴っています。....故郷の町....。」

●10119
・ダマシオ.A.
・B
・生存する脳
・講談社 2000.
・DAMASIO.A.,
・C8:ソマティック・マーカー仮説−−推論と意思決定は「身体」に支えられる:「後天的」社会病質(278)、病的な文化の影響(ソビエト連邦・文化大革命・ポルポト)(279)前頭前皮質、腹内側部、直観、
・281.「ソマティック・マーカーが信号作用を獲得するうえで重要な神経システムは、前頭前皮質にあり、大部分は、二次の情動のための重要なシステムと同じところにある。」
283.「じつは前頭前領域全体が、もっぱら個人的で偶発的な出来事の類別化に向けられているのかもしれない。....284.....前頭極や腹内側部の前頭構造も類別化のプロセスと同じくらい重要であること....」
290.「この隠れたメカニズムこそ、推論〈なしに〉問題の解決にたどりつく、あの不思議なメカニズム、いわゆる「直観」(intuition)の源泉であるだろう。」
297.「明らかにこの例では、彼[患者]が正常にソマティック・マーカーのメカニズムをもたないことがとてつもなく有利に作用した。」
304.「ソマティック・マーカーは、認知システム全体の注意と作動記憶を押し上げて(ブーストして)いることになる。だとすれば、腹内側領域に損傷をもつ患者においては、こうした作用がすべて大なり小なり弱められてしまうだろう。」

●10120
・ダマシオ.A.
・C
・生存する脳
・講談社 2000.
・DAMASIO.A.,
・C8:ソマティック・マーカー仮説−−推論と意思決定は「身体」に支えられる:脳を発達させる文化、合理的、
・306.「もし脳が正常で、しかもその脳を発達させる文化が健全であるとすれば、その装置はその社会の慣習と307.倫理に関して合理的なものになっているだろう。」

●10158
・アーレントARENDT

・過去と未来の間
・みすず 1994.09.4944Y.(引田隆也/斎藤純一訳)
・ARENDT,EINSTEIN,ARIST.,KAFKA,KANT,JESUS,CHRIST.,DESCARTES,NIETZSCHE,HEISENBERG,PLATON,HEGEL,HOBBES,MACHIAVELLI,MONTESQUIEU,/ARNOLD.M.,
・「文化の危機」:>教養俗物主義;「甘美と光輝」、教養、文化、「真理と政治」DOXA、栄光、観照、記憶、共通感覚、ギリシア、キリスト教、権力、行為、公的領域、思考、生の様式、正義、制作、全体主義、尊厳、徳、美、人文主義、ポリス、ローマ、理性、民主制、
・松下良平(in:現代思想2009-04)が依拠。
see 270ff.:俗物教養主義。
271.>俗物主義(philistinism)。 。271.「問題の核心は、もっぱら「無教養」で凡庸であることを本質とするこの種の俗物主義が、時を移さず、〔教養俗物主義という〕また別の展開へと引き継がれてしまった点にある。」
273.「「文化」という言葉そのものが疑わしいものとなったのは、まさにそれが「完成の追求」、しかもマシュー・アーノルドにとっては「甘美と光輝の追求」と等しい意味での「完成の追求」を意味するようになったからである。....教養俗物の困る点は、自らの生活からリアリティー−−たとえば馬鈴薯飢饉のような「散文的な」事柄−−を遠ざけておくために、もしくはリアリティーを「甘美と光輝」のヴェールを通して眺めるたまに、「純粋詩」の領274.域に逃げ込んでしまうということである。」

   

   2.JB


●JB1


・人間存在論 N.1.
・1995.
・BARUZZI,HELD,SCHNAEDELBACH,TAKEICHI.A.,TOMIDA.Y.,YOSHIMOTO.H.,/HEIDEGGER,ヘッケル,
・「操作万能の自由」「自然の発見」「近代文化における哲学」「ニヒリズムの根源」「「観念」の論理再考」「技術社会の危険と詩人的な住い」(HEIDE.ON:エコロジー倫理)「文化と崇高」
・吉本:150.この点でもH.はヘッケル的エコロジーの系譜と対決している。(AUCH SEE 141)

●JB2


・世界 1996.02. リベラリズムの未来

・MISHIMA.K.,MIYAJIMA.T.,ワイツゼッカー,RAWLS.WALZER,
・「未来へ向かう新しいコンセプトは可能か」、M.:「日独・戦後50年の騒ぎのあとで」、新保守鴫主義的な文化計画(26)、アイデンティティ、M.:「行き悩む多文化化」、R.「原爆投下はなぜ不正なのか」、W.「核抑止論が無根拠である根拠」、
・三島:
31.アイデンティティ論というのは、やめた方がいい。

●JB3


・へるめす 1996-05.特集:21世紀、文化の方位
・岩波
・SHIMADA.M.,FUKUDA.K.,TSUTSUI.YASUTAKA,AKASEGAWA.G.,KITA.H.,NAKAZAWA.S.,TAKI.K.,/PROUST(7),
・文化、「芸術打ち止めから目玉の快楽へ」「20世紀の風景 ラヴズ・ボディ」「思想における野生の復活を」、ファシズム、ナショナリズム、国民国家、ノスタルジー、
・7.福田:たとえば19世紀的なナショナリズムというか、ロマンティックなナショナリズムが成り立たなくなったという前提に立って構成されたものが20世紀のナショナリズムである
25. 福田:理念や倫理がないというのは、差異の隠蔽に端を発しているし、その点で文化の責任は大きい。
27. 福田:天皇制に関して僕が言ってきたのは、天皇なしのナショナリズム。だから右翼に怒られて困っているんだけど。

●JB4


・現代詩手帖 1993.04.特集:桜の詩学−−反花鳥風月のすすめ

・TAKAHASHI.M.,/TANIZAKI.J.(27),/OGAWA.K.,SAIGYOU,
・桜、反花鳥風月、「阪急文化」のアイデンティティ(26)、小学唱歌(58)、/散る桜に死を思う桜観、
・58FF.小川和佑「近代詩空間の桜譜」:
63. 散る桜に死を思う桜観は王朝和歌集にはない。西行の「花の下にて春死なむ」の歌句でさえ、桜に死を思う思想とは無縁であった。散る桜に死を導き出したのは近世の歌舞伎劇の美学であり、攘夷志士と呼ばれた青年革命家たちの思想の具象に過ぎない。

●JB5


・岩波講座 日本通史 別巻1 歴史意識の現在
・1995.
・GLUCK.C.,KOTANI.H.,ISHII.S.,ASAO.N.,SEKIMOTO.T.,UENO.C.,KANO.M.,DOWER.J.W.,YUNN.K.,IDE.M.,SUZUKI.R.,HAYASHI.H.,/WHITE.H.,
・歴史意識、G.:「戦後史学のメタヒストリー」、歴史の詩学、言語論的転回IN歴史学(27)、社会史、時代区分、上野:「歴史学とフェミニズム」、鹿野:「日本文化論と歴史意識」、D.:「日本社会像の現在」、「戦後歴史学のアジア観」、井出:「戦後庶民の歴史像−−大河歴史ドラマの30年」、「歴史教育の現状と課題」、カルチャーセンターの歴史学、
・3FF.キャロル・グラック:
3.NIETZSCHE > 近代を特徴づける確実な進歩という幻想がもたらした「歴史の過剰」
13. RANCIERE.J.:良い歴史とは:
27. 1980年代の言語論的転回 IN 歴史学
26.N WHITE:歴史=お話
27 N CHARTIER:歴史学=科学であると同時に芸術

●JB6


・日本文化の社会学(岩波講座 現代社会学 23)
・1996.
・INOUE.S.,SUGIMOTO.Y.,ITOU.K.,SHIOBARA.T.,SHOUTOKUTAISI,
・「日本文化という神話」「和の精神の発明−−聖徳太子像の変貌」「変容する日本文化」同化主義と多文化主義(14)、「和の精神」(98)、
・11. 「日本人」を定義する7基準
14. 何が「日本的」か
32. ジャパン・レテラシー
90. 「国定教科書」のなかの聖徳太子像

●JB7


・月刊 文化財 H.8.10.N.397.


・文化財保護法改正、国民の貴重な文化財(11)、「アメリカの登録文化財制度」、価値、博物館、/クウェドリンブルク、中世、
・表紙裏?:中世の息吹き伝えるドイツ中部の小都市クウェドリンブルクの町並/都市の形態は....17世紀までに形成された旧市街および19世紀以降に形成された新市街地からなる。/町家の構造は、....外壁は本来土壁であったが17世紀には煉瓦壁とする町家が出現する。

●JB8


・創文 1997.11.N.393.特集:ハイデッガー最新案内

・HEIDEGGER,KIMURA.S.
・茅野:「ハイデッガー全集最新案内」、木村:「歴史学の終る日(文化の風景(172))」、歴史学、過去と現在との交流、歴史のある現在、美意識、
・表紙裏:木村:「過去がすなわち現在であり、そこからみずみずしく力強い生命力を感じ取るからこそ、人は生きる知恵を見出そうとして集う。生命力を失った、たんなる過去には、もはや何の魅力も、研究すべき価値もない。過去と現在が交流し合い、現実感のある過去、歴史のある現実こそが、普遍性のある優れた美意識を、交流のうちに生み出す。過去を過去として捉え、現在から遮断するような学問研究は、もはや死に体でしかない。/もし歴史学がそうだとしたら、終りの日はすでに来ている。」

●JB9


・倫理学研究 28
・1998.
・YUKIYASU.S.,KOBAYASHI.A.,HONNDA.H.,HONNMA.N.,OKUNO.M.,FUJINO.H.,NISHIMURA.M.,SHIMIZU.K.,/LUHMANN,BRANDT.R.B.,DEWEY,FROMM.E.,TUGENDHAT(123),TAYLOR.C.,
・「民族・文化・倫理」、帰属の倫理、在日、不遇、社会的なもの、功利主義、「昔の倫理学と現代の倫理学」(TUGENDHAT123)、
・9.行安:「デューイは「責任」を応答性によって説明するが、同じ説明はフロムによってもなされており、....」

●JB10


・情況 1999.05.特集:文化における階級闘争 カルチュラル・スタディーズの現在

・SAKIYAMA.M.,UENO.T.,OGURA.T.,HOSHINO.S.,/AZUMA.H.,
・文化における階級闘争、カルチュラル・スタディーズ、
・47.東浩紀(『武蔵野美術』N.109)>「カルチュラル・スタディーズに見られるスタイルの保守性」(AUCH 87.A.=ASADA,KARATANI >カ.ス.)

●JB11


・思想 2000.01.特集:アイデンティティの政治学−−身体・他者・公共圏

・KIM.J.,KURIHARA.A.,ICHINOKAWA.Y.,SATOU.M.,ISHIKAWA.J.,SCHEPER-HUGHES.N.,HOFFMAN.D.,ISHI.A.,HOSOMI.K.,ASANO.C.,USUKI.A.,SAKAMOTO.H.,SAKANO.T.,/DEWEY,NAGAYAMA.N.,
・アイデンティティの政治学、栗原:「表象の政治」、佐藤:「公共圏の政治学−−両大戦間のデューイ」、石川:「感情管理社会の感情言説」、私の物語、ライフヒストリーの書き換え、歴史、山本:「「ろう文化宣言」を読んで」、S-H./H.:「ブラジルのアパルトヘイト」(上)、細見:「夢のリミット?」、浅野:「「痛み」と「暴力」の関係学試論」、性欲の爆発=構成された現象、臼杵:「犠牲者としてのユダヤ人/パレスチナ人を超えて」、坂元:「足のディスコース」、坂野:「好事家の政治学」、
・49.(石川):「これまで、そう思いこまされてきた誰かの手による「私の物語」を自分でリライトする作業は、被抑圧者の立場からのドミナント・ヒストリーの書き換えとよく似ている。....ライフヒストリーの書き換えはアイデンティティの政治そのものである。」
116.(浅野):「戦争の勃発も、男性の性欲の爆発も、いずれも自然の力によるものではなく、きわめて社会的・歴史的に構成された現象であることを見過ごしてはならない。」

●JB12


・現代思想2001-02.特集:ブルデュー−−文化的抵抗の戦略

・BOURDIEU,B.>SARTRE(55),
・B:「文化が危ない」、象徴資本、近代化、アツジェリア、象徴的暴力と農民、ネオリベラリズム、ネオリベラル・テクノクラシー、美術館、教養、知識人、労働運動、「個性化」IN教育(86FF.)、国民国家(151)、
・40.B:「いま賭けられているのは、商業的な目的のみを追求するわけではない文化的な生産活動の存続、....なのです。事実、この分野においてなすべき闘いの困難の一つは、その闘いが反民主主義的な様相を呈しかねないことです。というのも、大量生産文化の産物はそれなりに大衆....によって<<選出>>されているからです。」
44.B:グローバリゼーション<文化的なインターナショナリズム。
44.B:「自由放任主義は、利益と直接的欲望の論理、利潤の源と化したそれらの論理に身を委ねたアメリカのような社会秩序に特有のものです。」
55.加藤晴久:B.はS.を予言者的知識人だとして「専門的知識人」を対置。  /151.B:「国家を擁護するということは、いかなる形態でのナショナリズムも含みません。」

●JB13


・アステイオン N.55. 特集:21世紀の国家を考える
・TBSブリタニカ 952Y.2001.06.
・KITAOKA.S.,INOKI.T.,BENDER.T.,RENAN.E.,YAMAZAKI.M.,
・国家、有効な意思決定システム、国民の再生産、グローバリゼーション、EU、公共性、中間組織、文化と外交、歴史学、山崎:「社交する人間」、D.BELL:「2000年米大統領選の「意味」」、
・T.B.:「歴史学−−グローバル化時代の新たな課題」:
104.アメリカ歴史学者協会のHP=http://www.oah.org/activities/lapietra/final.html
104.「学問研究としての歴史は、近代国民国家とともに発展してきた。もし一世紀以上前にルナンが指摘したように、ナショナリズムとは歴史を共有しようという合意だとすれば、歴史学者によるナショナルヒストリーの形成は国家の形成に欠かせない要素ということになる。実際、ヨーロッパとアメリカ大陸では、歴史学者は、国民としてのアイデンティティーと市民をつくりだすという役割ゆえに尊重され105.た。」

●JB14


・思想 2002.01.特集:グローバル化の文化地政学
・岩波 1905Y.
・MEDOMARU.S.,APPADURAI.A.,KADOTA.K.,MASSEY.D.,KATOU.H.,YOSHIMI.S.,GROSSBERG.L.,TSUJI.D.,KANN.S.,HALL.S.,OGASAWARA.H.,OOTA.Y.,YOSHINO.K.,LOWE.L.,ARAKAKI.M.,AUG.I.,YUN.H.,MORRIS-SUZUKI.T.,OOKAWA.M.,INOUE.M.,CHEN.S.,/MEYROWITZ.J.(70),
・グローバル化の文化地政学、ポストコロニアル社会、NGO、/場所の意味の喪失
・6.A.A.:「ディアスポラの公共圏」
43.D.M.:「進歩的な場所感覚」
46.J.M.:「場所の意味の喪失」
54.(吉見):空間論的転回
58.(吉見):「グローバル化と脱-配置ディスロケートされる空間」
224.大川正彦:「《なぜ人を殺してはいけにのか?》という問いが、「セキュリティの上昇」(酒井隆史)と共犯関係にあったかのようにも解読可能である現在」

●JB15


・近代知の成立(岩波講座 近代日本の文化史3)
・岩波 2002.01.15.3200Y.
・NARITA.R.,NAKAYAMA.M.,OSA.S.,
・近代日本、文化、成田:「〔総説〕時間の近代−−国民=国家の時間」、空間・時間の表象=「人々の生きる世界の基礎的な照準枠」、1990年代における歴史像の変換、歴史学の誕生、中山昭彦:「〈文学史〉とナショナリティー−−猥褻・日本人・文化防衛論−−」、長志珠絵:「ナショナル・シンボル論」、国章、国旗、天皇、
・4.成田:「1970年代の歴史像から、1990年代の歴史像への変化。この20年の歴史像の変化はすこぶる大きく、..../....「日本の特殊性」をめぐる議論の転回....。1990年代の歴史像においては、近代の規範や規律を問題にするときには、「特殊」ではなく、近代としての「普遍」に力点が置かれ、「奇妙さ」も、「日本」ではなく「近代」がもたらしたものとされる。」/5.「空間と時間の表象系は「人々の生きる世界の基礎的な照準枠」(見田宗介)とされるが、これまでの近世−−18世紀までの社会を作り上げていた空間と時間の意識とが、19世紀中葉から大きく変化し、近代の空間と時間とを創出するのである。..../国民国家のもたらす時間の表象と時間意識....」

●JB16


・思想 2002.06.

・MISHIMA.K.,MATSUURA.Y.,ROWE.J.C.,/SAID,ROBESPIERRE,
・M.:「思想の言葉」(精神の炎と「全体」の陥穽)、左派、右派、近代化、全体の肯定、苦悩、松浦義弘:「ロベスピエールとフランス革命−−文化現象としてのロベスピエールの言説−−」、「人民」の表象、R:「ナショナリズム以後のアメリカ研究」、国民国家、ニュー・アメリカン・スタディーズ、アイデンティティ、文化、マイノリティ、
・三島:1.「近代化の暴力への批判から出発した議論が、全体の肯定に落ち込む。左派が右派になる典型的な構造だが、問題にしたいのは、全体への帰依がもたらす....道徳的帰結のことではない。/むしろ、それ以前の思考の短絡こそ決定的な問題なのである。それは第一には個の苦悩を全体の苦悩と見る2.錯覚である。第二は、全体を定義するむなしい試みである。第一についてはすでにサイードが....いくども警告している。....集団の生存闘争に忠誠を誓うのが、たとえそれが抑圧された集団のためであっても誤りなのは、個の絶対的な擁護がなによりも優先するゆえであることは、見落とされがちだが、サイードの重要な論点である。」

●JB17


・機 2002.06.N.127.

・CORBIN,
・C:「日本人と西洋人の風景評価の歴史」、C:『風景と人間』、文化的差異、
・C:8.「空間にたいする欲望の形式、不安の性質、信仰の重み、さまざまな美的規範の絡み合いが風景の享受様式を規定しているのであり、本書はその様式大雑把に記述したものである。」
9.「かつて私は、....文化的差異を痛感したことがある。....その時カメラマンは、日本の芸術家の視線が私にとっては見慣れた風景をまさしく変貌させることを証明してみせたのである。」
9.「エコロジー的な配慮は、あらゆる感覚をつうじて自然を実感したいという欲求と繋がっているのである。」

●JB18


・現代思想2003-04.特集:教育改革

・IWASAKI.M.,OZAWA.H.,OOUCHI.H.,SATOU.M.,MIYAKE.A.,/TANAKA.K.,WATSUJI.T.,KAWAI.H.,ODA.Y.,
・教育改革、教育基本法改正、独立行政法人化、「人間力戦略」、「心のノート」、「文化国家」、国体、国家、新自由主義=国家主義、公共の精神、「国語科」:論理的な文章、
・83.佐藤学:「「文化国家」[CF.田中耕太郎]は、戦後初期の知識人が共有した特殊な概念である。「文化国家」は和辻哲郎が戦後直後に率直に表明したように「国体」の代名詞であり、ナショナル・アイデンティティを象徴する概念であった。....田中は、「文化」を「個人を成員とする協同体(国家・民族」の所産である」と定義している。」
ad 教育基本法改正:大内裕和:86.「この「見直し」=「改正」は新自由主義(ネオ・リベラリズム)と国家主義(ナショナリズム)によって貫かれている。」/ 96.「彼らノン・エリートにとっての「公共」の精神とは、権利要求や批判を行なうのではなく、自らの低い処遇を甘受し、国家に対して奉仕することなのである。」
137.三宅晶子:「心のノート」に「実際に作成に協力した作成協力者会議委員」:河合隼雄、尾田幸雄、中村佳子、本田和子等。
175.佐藤泉:「1960年..改訂の学習指導要領では「国語科」について「実用的な文章、論理的な文章の読みにも、じゅうぶん習熟するように心がけたい」という点にポイントが置かれている。」

●JB19


・人間存在論 N.9.有福孝岳教授退官記念論集
・2003.
・ARIFUKU.K.,HOEFFE,HIMI.K.,FUJITA.M.,SUTOU.N.,MIYAHARA.I.,/TANABE.H.,MIKI.,K.,NIETZSCHE,MACH,FRANKL(232),BOLZ(231),
・H.:「自然の七つの顔−−人間学とエコロジーについての試論−−」、氷見:「応現存在と方便存在−−田辺哲学の国家観が示唆するもの−−」、藤田:「ロゴスとパトスの統一−−三木清の「構想力の論理」(一)−−」、須藤:「「歴史的精神」とは何か−−ニーチェとマッハ」、宮原:「伝統文化とモダニティー」(「意味を求めること」の意味231、意味(一回的)≠価値(普遍的意味)232)、
・宮原:232:フランクル[『意味への意志』25]:「伝統の喪失が関わるのは、意味ではなく、価値に関してである....。意味は、伝統の崩壊から免れている。すなわち、意味とはそのつど何か一回きりのものであり、唯一のものであり、そのつど初めて発見されるものである。」それに対して価値は「....繰り返される類型的な状況に内在するような普遍的意味」である。「いずれにしても、世界のあらゆる伝統が消え去って、普遍的な価値がひとつも残らなくなったとしても、生は有意味であり続けることができる。」

●JB20


・樹が陣営 23 特集:新しい「理性」のために
・樹陣倶楽部 2002.06.1000Y.
・OBAMA.I.,SATOU.M.,MURASE.A.,/SAEKI.K.,
・国家:機能としての;情念としての、歴史的・文化的、
・66.(佐藤幹夫):AD 佐伯『国家についての考察』:「小浜さんは国家を「機能としての国家」と「情念としての国家」と二つの側面に分け、今後、「機能としての国家」の面を強くしていくのは避けられないと指摘されたのですが(『なぜ人を殺してはいけないのか』)、佐伯さんもまた国家の二側面を「市民的(法的・政治的)側面」と「歴史的・文化的側面」と措きます。/....佐伯さんのスタンスは....「情念としてにお国家」のほうにスタンスがかかっている。佐伯さんは、国家の機能面のみを取り上げる国家観を、「国家なるものの決定的な側面」を把握できないばかりか、問題としても提起できないと批判します。その「決定的なもの」とは、何が国家を支えているのか、という問いであり、なぜ把握できないかといえば、機能という「作用面」以外の、そこからはみ出67る「存在面」をすべてナショナリズムであると排除するからだ、とされます。」

●JB21


・教育 2003.12.特集:「学力問題」を市民性教育にひらく

・SEKIGUCHI.M.,HIRATUKA.M.,YAMADA.Y.,/ヒーター.D.,YAMAZUMI.M.,
・関口昌秀:「共通教養論の問い直しと市民教育」:「現代的課題」、形式陶冶、判断力、アイデンティティ、多文化主義、対抗文化、平塚眞樹:「市民性(シティズンシップ)教苦をめぐる政治」:イギリス、フランス、コミュニティ、市民権:市民共和主義的;自由主義的、新自由主義、山田康彦:「芸術固有の価値への接近を求める「芸術の教育」論」、
・9.関口:「一般に「現代的課題」といわれるものは、現代社会において多くの人々が共通に直面する重要な係争問題を指している。だから、判断力の形成のために現代的課題を「利用」すれば、知識の量をそれほど問題にしなくてもよいであろう。古い用語だが、「形式陶冶」的に、現代的課題の事例を「利用」するのである。」/ 11.「ジェームズ・バンクスは、同化主義的な旧い市民教育にたいして、多文化的な市民教育を提起している。..../アイデンティティ(同一性)についていえば、同一化の対象は、国家だけではない。..../....その点で、市民教育にとって必要不可欠なのは、対抗文化である。」
21.平塚:「イギリスではブレア政権のもとでシティズンシップ教育..が準備され、2002年度からはイングランドの中等教育学校カリキュラムで必修化されるにいたった。」/ 23.N D.H.(『市民権とは何か』):「市民権の伝統的解釈には、「市民共和主義的市民権」と「自由主義的市民権」の二潮流がある」。

●JB22


・神学ダイジェスト 82.
・1997.上智大学神学会
・MCCORMICK,R.A.,FUCHS.J.,GIBELLINI.R.,/RAHNER.K.,KEENAN.J.F.,
・M.:「回勅『いのちの福音』を読む、F.:「「いのちの福音」と「死の文化」」、M.:「正・不正から善・悪へ−−識別は倫理的問題に何を寄与するか?−−」:根本的自由、G:「エコロジーに関する神学論争」:「神の前で責任をとらなければならない人間に視点を置いた新しい人間中心主義」、解放の神学の主題としてのエコロジー>自然保護主義(72)、
・訳者(竹内修一)解説:34.「ある行為が倫理的に正しいのか正しくないのかを問うとき、人は行為そのものに注目する。マッコーミックはむしろ、その行為の担い手の実存的な在り方、その行為への関わり方に注意を向ける。すなわち、行為の客観的な正・不正よりも、その行為の主体の善・悪こそが問われなければならないと主張する。この考えは、ひとりM.ばかりでなく、今世紀の代表的な倫理神学者フックスや新進気鋭のキーナンにも通じる。彼らはカール・ラーナーの中心的概念である超越論的自由を踏まえて、根本的自由によってこそ私たちは、真に善なる人間となりえると考える。」

●JB23


・論座 2000.11.


・教育荒廃、教育改革、「国民会議」、日米経済関係、国立大学独法化、原子力、主婦保護政策、教養教育、戦後歴史学、大きな物語、
・314.書評 浅羽通明『大学講義 野望としての教養』 by 稲葉振一郎:「切り捨てられた教養を世界観として再建する」/315.「単なる「専門教育」への準備段階ではない「教養教育」、「素人が玄人になろうとするため」ではなく「ずぶの素人が筋金入りの素人になろうとするため」(野矢茂樹『論理学』..「はじめに」より)の「教養教育」の構築という課題に。」
316.書評 中塚明『歴史家の仕事−−人はなぜ歴史を研究するのか』 by 成田龍一:「歴史学は、「個別的な特殊研究」として始まり、「部分」=ミクロを対象とするのであるが、その「部分」から「全体をどう展望」するかに歴史学の叙述=認識の要があることも、著者は力説する。」−−アナール派やテッサ・モーリス=鈴木(「全体」という概念に批判的;>大きな物語)と異なるが、これらへの言及なし。

●JB24


・別冊 環 2 特集:大学改革
・藤原書店 2001.03.1800Y.
・TADA.T.,SAKAKIBARA.E.,KAWAKATSU.H.,WALLERSTEIN,BOURDIEU,KITAGAWA.S.,NAKAUCHI.T.,YAMAGUCHI.M.,/HEIDEGGER,
・大学改革、W:「大学、そして学の未来へ」、社会科学、B:「大学的知とは何か:スコラ的理性の批判」、哲学、社会学、歴史学(71,76)、北川:「ハイデガーの大学論」、中内:「日本の大学制度の社会史」、「座談会:日本の大学の現在」、古藤晃:「漂流する「大学改革」論議:90年代に急浮上した「大学改革」問題の背景を探る」、一般教養(156)、記憶力偏重の入試の是正、SP1試験(垂rAT)(164)、/「「大学改革」のためのブックガイド」、
・164.「改革の目標として大学入試の多様化が挙げられていますが、その眼目は記憶力偏重の入試の是正と言えます。改善のための具体的な指針は打ち出されていませんが、現状に代わる、あるいはそれを補うものとして、昨今企業が入社試験で採用しているSPI試験や、アメリカ合衆国で行われているSAT..に近いものだと考えてよいでしょう。」

●JB25


・社会と倫理 16
・2004.南山大学
・OKUDA.T.,TAKEUCHI.H.,BESSHO.Y.,YAMADA.A.,
・奥田:「応用倫理学論序説−−担い手、方法、名宛人」、竹内洋:「教養主義の盛衰」、別所良美:「「歴史の真実」と「ネイション・ステイト」、ナショナリズム、人間の実存的欲求であるアイデンティティ欲求、宗教、
・別所:48. 「アンダーソンによれば、近代になって宗教的な信仰が薄れてきたが、そのために空いた人間の心の空白を埋めるもの、それが「ナショナリズム」だということになります。彼自身はこれほど明確に断定していませんが、ほとんどそういう説明になっています。ナショナリズムとは、人間の実存的欲求であるアイデンティティ欲求が宗教によって満たされなくなった時代に、代替欲求対象としてのネイションに対する情念的結びつきのことであり、それゆえ、人間の実存にとって不可避な現象だということになります。....」

●JB26
・アーレントARENDT

・過去と未来の間
・みすず 1994.09.4944Y.
・ARENDT,EINSTEIN,ARIST.,KAFKA,KANT,JESUS,CHRIST.,DESCARTES,NIETZSCHE,HEISENBERG,PLATON,HEGEL,HOBBES,MACHIAVELLI,MONTESQUIEU,/ARNOLD.M.,
・「伝統と近代」、権威、自由、教育、「文化の危機」:>教養俗物主義;「甘美と光輝」、教養、文化、「真理と政治」DOXA、栄光、観照、記憶、共通感覚、ギリシア、キリスト教、権力、行為、公的領域、思考、生の様式、正義、制作、全体主義、尊厳、徳、美、人文主義、ポリス、ローマ、理性、民主制、
・松下良平(in:現代思想2009-04)が依拠。
see 270ff.:俗物教養主義。
271.>俗物主義(philistinism)。 。271.「問題の核心は、もっぱら「無教養」で凡庸であることを本質とするこの種の俗物主義が、時を移さず、〔教養俗物主義という〕また別の展開へと引き継がれてしまった点にある。」
273.「「文化」という言葉そのものが疑わしいものとなったのは、まさにそれが「完成の追求」、しかもマシュー・アーノルドにとっては「甘美と光輝の追求」と等しい意味での「完成の追求」を意味するようになったからである。....教養俗物の困る点は、自らの生活からリアリティー−−たとえば馬鈴薯飢饉のような「散文的な」事柄−−を遠ざけておくために、もしくはリアリティーを「甘美と光輝」のヴェールを通して眺めるたまに、「純粋詩」の領274.域に逃げ込んでしまうということである。」

●JB27
・アカ明石政紀

・第三帝国と音楽
・水声社 2500Y.
・HITLER,GOEBBELS,ヒンデミット,
・ナチスと音楽、無調音楽、新即物主義、文化ボルシェヴィキ、「鉄のロマン主義」(G.84)、「全国音楽際」、ジャズ、ポピュラー音楽、
・15. 第三帝国初期には、「無調」音楽を「新ドイツ」に相応しい「革新的音楽」として位置づけようとする一握りの人さえいた
15. ヒンデミットの「新即物主義」の方が....ナチスにとって、より迷惑な存在だったといえるかもしれない。ヒンデミットは人種的には問題がなかっため、ナチ党を二分する論争に発展。

●JB28
・アキ秋元馨

・現代建築のコンテクスチュアリズム入門
・彰国社 2002.2625Y.
・AKIMOTO.K.,VENTURI.R.,ELIOT.T.S.,COHEN.S.,JENCKS.C.,CHARLES,POPPER,ROWE.C.,
・コンテクスチュアリズム、コンテクストの二つの水準:1.物理的C:織物との類推→組織構造、2.文化的C:記号との類推→意味規定力、地域主義、歴史主義、大衆主義、歴史感覚(87)、かたちと形、知覚、歴史的環境保全論、
・185.「スターンは....歴史を参照することへの自らの強い志向を表明し、「歴史的建築への的確な参照」「ノスタルジアの効用」など、過去に参照を求める態度を全面に打ち出した。すなわち、スターンはコンテクスチュアリズムを時間位相においてとらえ、過去を志向する概念として見ているのである。」
215.「たしかに、コーネル派が最初に、コンテクスチュアリズムという概念を提起したとき、ゲシュタルト法則が援用された。しかし、ゲシュタルト法則は、元来が知覚過程において、白黒二値の平面図形のように意味を含まない〈”かたち”の水準〉において有効なのであって、意味の問題を含む〈”形”の水準〉においてはかならずしも有効でない。....ところが、コンテクスチュアリズムと呼ばれる作品のなかには、建築形態の〈”形”の水準〉において盲目的に周辺との類同性を追求した例も少なくなかった。」

●JB29
・アス飛鳥井雅道ED.

・国民文化の形成
・筑摩書房 1984.
・ASUKAI.M.,INOUE.S.,/FUKUZAWA.Y.,OOKUBO.T.,MISHIMA.T.,MOSSE.G.(321),
・明治における国民国家・国民文化の形成、A.:「『国民』の創出」、愛国思想の形成、教育勅語(72)、I.:「三島通庸と国家の造形−−象徴としての都市と建築」、建築の宣伝効果、
・AUS:ましこ
322.井上:「このモッセの視点を、日本近代史において考えること。本稿は、そういうもくろみを持っている。」

●JB30
・イケ池上惇

・生活の芸術化
・丸善ライブラリー H.5.
・IKEGAMI.J.,RUSKIN.J.,MORRIS.W.,バーボン.N.,MARX,SEN,
・生活の芸術化、「文化と環境の経済学」「芸術文化活動の社会的評価」、固有価値(内在的価値)、土地と環境の固有価値(137)、
・127.17世紀の経済学者、ニコラス・バーボンは、J.LOCKEとの議論のなかで、固有価値という概念を初めて提起した。....この文献を経済学で取り上げたのはK.MARX。 129FF.RUSKIN(→MORRIS,SEN)の固有価値論:
130.R.:「固有価値とは、何らかの物がもっている、生を支える絶対的な力である。一定の品質と重さの一束の小麦は、その中に身体にとって本質的なものを持続的に支える測定可能な力をもっている。....ある美をそなえた群生した花はセンスとハートを活性化させる確固とした力をもっている。人々が小麦、空気、群生した花を拒否しようが、軽蔑しようが、それらは、これらの物の固有価値に全く影響しない。」/132.「しかし、これらの物のもちつこの価値が有効なものeffectualとなるためには、それを受け取る人の側において一定の状態が必要である」

●JB31
・イケ池谷和信+EDS.

・地球環境問題の人類学 自然資源のヒューマンインパクト
・世界思想社 2003,1900Y.
・IKEYA.K.,KOBAYASHI.S.,SHIMADA.Y.,YAMAGIWA.J.,
・地球環境問題の人類学、3つの生態学、森林破壊と地域住民、砂漠化(むしろ沙漠(沙=水が少ないこと)(174))、野生動物、ライフスタイル、自然エネルギー、/エコツーリズム、化学肥料、習慣法、干ばつ、企業、気候変動、協同組合、漁民、近代農業技術、経済学、現金収入、豪雨、洪水、降水量、国立公園、国家政策、コミュニティ、ゴリラ、砂漠化、サバンナ、資源利用、自然保護、持続可能な発展、銃、住民参加、狩猟採集民、植民地、人工増加、森林管理、政治生態学、生態学、生態人類学、先住民、村長、地域社会、地球温暖化、地方分権、地理学、チンパンジー、土壌侵食、土地荒廃、内戦、難民、熱帯雨林、農耕民、農薬、肥料、文化生態学、牧畜、密漁、焼畑、有機農業、林業、歴史生態学、/アグロフォレストリー(樹木と農地の組み合わせ)(180)、
・嶋田義仁「砂漠と文明−−「砂漠化」問題に即して」:
182.「雨季が長く続き収穫期に雨が降るような湿潤な気候下では穀物農業は発達しない。」
193.「蓄積可能な動く財としての家畜」
194.「漢字でも、蓄えを意味する「蓄」という字は、*(クサムラ)の下に隠した家畜を意味する。中国でも、蓄えとは草原に家畜を保有することと考えられていたのであろう。」
196.「乾燥地帯におけるバイオマス生産量が低いことは確かである。....しかし、乾燥地には、....地域を広域にわたって結びつける移動・運搬手段としての家畜文化が存在していた。したがって乾燥地には広範な地域を結びつける物流の広域ネットワークが存在し、結果として大きな生産力を基礎にした社会を形成することができたのである。....生産の単純な余剰だけでは社会全体の余剰を生みだすことはできないのである。」

●JB32
・イシ石井淳蔵

・マーケティングの神話
・日本経済新聞社 1993.
・ISHII.J.,HIRSCHMANN,HOIBROOK(205),SAHLINS,
・マーケティング、C.5:「人間にとって消費するとは何か」、C6:「交換は必然のものか」、効用概念(207)、快楽主義(177)、文化現象としての消費(185)、主観的・体験的消費論(191)、製品に使用価値は内在するのか(229)、
・189.「「消費者情報処理パラダイム」という考え方は、選択論あるいは用具論としての消費概念をテーマとし、いわゆる消費者行動論のメイン・ストリームを形成してきた。消費論の新しい潮流をつくりだそうという積極的な動きは、革新的な消費概念を提唱しようとするH.・H.(1982)が「快楽的消費」、「消費の体験的側面」(1982)そして「非効用主義的消費」(HI.1983)といった概念を提唱した頃から始まった」

●JB33
・イシ石角完爾

・アメリカのスーパーエリート教育
・ジャパン タイムズ 2000.1800Y.
・ISHIZUMI.K.,
・アメリカのスーパーエリート教育IN高校、ボーディングスクール(全寮制学校)、有名校、教科教育(国語、外国語、数学、サイエンス、歴史・社会・経済、哲学・宗教・倫理、コンピュータ、芸術・文化、社会奉仕、スポーツ、筆者>日本の歴史教育(150);倫理・道徳教育(159)、
・筆者:1947年生れ。京大法学部在学中に....通産省を経てハーバード・ロースクールおよびペンシルベニア大学ロースクール修士課程修了。弁護士。
2.「私はアメリカのボーディングスクールにアメリカパワーの源泉を見つけ、これこそが世界最充実の教育機関であると結論づけるに至った。」
166.哲学、宗教、倫理、歴史学:企業経営と大いに関係あり。
167.「。。。。/筆者はこのような意味において、アメリカのボーディングスクールの哲学、倫理、宗教、歴史教育の充実はアメリカパワーの源泉であると主張するのである。そして、現代日本の没落の原因もじつはこの彼我の違いにある、と分析するのである。」
(14):ボーディングスクール協会:www.schools.com/

●JB34
・イシ石崎/イシ石田三千雄/ヤマ山内廣隆

・知の21世紀的課題
・ナカニシヤ出版 2001.2800y.
・ISHIZAKI.Y.,ISHIDA.M.,HORIE.T.,MAJIMA.H.,MORITA.M.,TOKIYASU.K.,IKEDA.K.,HIGAKI.Y.,FUNABA.Y.,TESHIROGI.Y.,TANAKA.T.,TOKUNAGA.T.,KATAGI.N.,ABE.H.,YAMAUCHI.H.,TSUGE.H.,/KATOU.N.(135),
・石崎:「近代的学知とは何であったか」、石田:「ポストモダンのニヒリズム」、堀江:「幾何学的方法とその逆説」、馬嶋:「功利主義という問題」、森田:「理性の不安、体系とその解体」、石田:「科学知の危機と危険社会」、時安:「社会科学と歴史の理論」、池田:「構造主義から脱構築へ」、桧垣:「因果的思考の陥穽」、舟場:「コミュニケーション的パラダイムの可能性」、手代木:「グローバリゼーションと多文化主義」、田中:「ビジネス、情報、知識そして倫理」、徳永:「生殖・クローン・人間製造の夢と悪夢」、樫:「「死の選択」をめぐる議論」、安部:「「自然との共生」について考える」、山内:「持続可能な開発という言葉の魔力」、山内:「平和の知を求めて」、柘植:「都市と人間」、石崎:「倫理的パラダイムの可能性」、石田:「結語」、
・273.石崎:「このパラダイムは、人間を人間として育てあげる真の意味での一般教養教育を復活させる。そしてこの一般教養教育は、数学的知識に代表される「同種的なもの」に関わる知と「異種混合の」知とを総合する哲学的な知を復活させるであろう。」

●JB35
・イノ井上章一ED.

・性欲の文化史 2
・講談社選書メチエ 2008.
・INOUE.S.,
・性欲=文化的、パンチラ、恋愛、
・まえがき(井上): AD パンチラに対する態度:フランス、日本、中国:違う。
7.「性的な現象の背後に文化を読む。」
10.中国での経験:「パンツが見えて、はずかしくないのだろうか。」−−ある中国人青年:「パンツをはいているから、だいじょうぶですよ」。
10.それと違って私(日本人)は:「私はそのパンツで心がうごく。」
11.「スカートの奥にパンツが見えてうれしく感じる気持ちは、けっして普遍的じゃあない。」
11.「いっぱんに、性欲は本能のひとつとして、語られる。....しかし、人間の性欲は、ほかの生物とはずいぶんちがう。」
14.「人は、歴史のある時点から、恋愛をするようになった。..../これは、他人に幻想をもつ力だと言いかえてもよい。前頭葉が発達していく、そのある段階で、恋心をめざめさせられたのである。」

●JB36
・イノ猪瀬直樹

・ミカドの国の記号論
・河出文庫 1996.03.
・INOSE.A.,
・記号化された通俗構造、「天皇と記号」「日本人と記号」「大衆文化と記号」、「松竹梅」の衰退、甲子園に流れる「校歌」、「紅白」と「黒白」、自民党の「ミカド喪失」、富士山、
・13. 美術史家・成瀬二不雄の研究では、富士山の峰がギザギザに描かれるようになったのは、富士山信仰と関係があるらしく、鎌倉時代ころからといわれている。
14. 三峰型の成立について、ひとつには密教思想の影響が考えられている。..三密..。

●JB37
・イバ茨城大学”グループecho”

・記憶と移動のダイナミズム
・大学教育出版 2001.10.1800Y.
・KIMURA.K.,PROUST(18),
・木村競:「まえがき」:教養科目≠古典的教養、「移りゆくものの倫理」:環境、文化、記憶、移動、都市と倫理学、「ものと場所に宿る記憶」(18)、環境、自己の確認、
・まえがき:3:「我々5人は、専門科目とは別におかれる教養科目には3つの役割があると考えている。/第1に、どんな専門分野に進むにしても現代社会を生きる人間として必要な基礎的知識・技能を身につけること。これは、いわゆる古典的教養を意味しない。現代社会の現実の問題に即した生きた知識・技能であってこそ、実社会で生きる力を根底から支えることができるだろう。/第2に、自分が学ぶ専門分野の思考の方法と知的バックグラウンドを幅広く理解すること。専門の細分化が進んだ現在の学問においては、4.専門科目を学んだだけではこのような理解が得られにくい。しかし、専門性を高めていくためにも、考え方の引きだしを多くもつこと、学問を支える知の枠組みを理解しておくことが不可欠である。/第3に、自分の専門分野以外のことに無知というのでは、高度な専門化に支えられている現代社会においては、往々にして「専門家」に煙に巻かれるということになってしまう。」
22. 「人間にとって、環境とは、何よりもこの記憶が宿るものや場所から構成されているものである。そして、そこに生きて記憶をよみがえらせることで自分が、自分たちが誰であるかということを確認しているのである。」

●JB38
・イリイチ.I.

・H2Oと水
・新評論 1986.(伊藤るり訳)
・ILLICH.I.,ALEXANDER.S.,ARIES,BACHELARD,BOLLNOW,CAILLOIS.R.,CLARK.K.,CORBIN.A.,DURKHEIM,ELIADE,ELIAS,ELIOT.T.S.,FRAZER.J.O.,FREUD,FOUCAULT,GIEDION.S.,GINZBERG.L.,HUSSERL,JAMMER.M.,KERENYI.K.,LEFEVRE.A.,LOPPE.R.,MALRAUS.A.,MUMFORD.L.,NICOLSON.M.O.,RAHNER,H,MRYKWERT.J.,SIMMEL,TAMANOI.Y.,TELLENBACH.H.,THUILLUER,G,MVERDIER.Y.,
・都市論、/H2Oと水、美(10)、動物(30)、文化、素材の歴史性、空間、居住(住む)、空間:内的;外的、ゲレージ、におい、水道、都市のオーラ、パリ、ロンドン、ローマ、ヌード、想像、聖域、「失われた「一体性」へのロマンティックなあこがれ」(33)、虚空≠非対象的な空所(45)、けがれ:心の;身体の:水の二元性(66)、浸礼神学(67)、感覚の歴史(111)、無臭都市のユートピア、聖域)37)、虚空≠非対象的な空所(45)、幾何学的連続体(52)、都市のオーラ(110)、「素材」の回復(16)、エントロピー、
・aus:ルクワート,『<まち>のイデア』352.
30.「人間の住居は、そのような繁殖のための住み処ではない。文化によって形造られているというべきである。」
34.「想像は、現実に関するイメージを形成する能力を意味するのではない。....それは、むしろ不可視なるもののイメージを形成する能力を指しているのである。」
66.「水の二元性が示される、きわめて特殊な形として注目されるのは、水が身体の汚れを落とすのと同時に、心のけがれをも落とし、清める能力をもっている点である。
107.「水はもはや浄化の担い手ではなくなり、逆に人間が水の浄化を自分の責務と心得るようになった。H2Oと身時は象徴的な反対物といえる。H20は近代の社会的な創造物であり、技術的な管理を要する希少な資源である。」
訳者あとがき:「この場合の「公共性」とは都市の生活者の道徳性や価値観、もしくは神話の世界に基づくものであって、ここにこの問題の特徴があるように思われる。」

●JB39
・イワ岩本通弥ED.

・記憶 (現代民俗誌の地平3)
・朝倉書店 2003.10.4600Y.
・IWAMOTO.M.,YANO.K.,SAITSU.Y.,NORIHASHI.H.,/TAUT.B.,MOSER.H.,KOESTLIN.K.,BODEMANN.U.,KORFF.G.,
・記憶、民俗誌、岩本通弥:「方法としての記憶」、矢野敬一:「風景に刻み込まれた記憶と短歌−−山村と林業の近現代」、才津祐美子:「世界遺産「白川郷」の「記憶」」、文化遺産、修景、景観、法橋量:「記憶とフォークロリスムス」、構成される伝統(234)、歴史主義(236)、美しい過去(237)、代償(補償、埋め合わせKOMPENSATION)(232)、アイデンティティ(234)、
・才津:205.「「文化遺産」が保存するとされる「記憶」は所与のものとして存在するのではなく、現在から過去を振り返って語る際に、その都度生み出されていくものなのである。」
219.「「景観保存基準」など明文化された基準はいくつかある220.ものの、「景観」に合う/合わないというような話が中心となる場合には、個々人の感覚的なものに頼った議論になりやすい。しかし、その個々人の感覚的なものから発せられたイメージが重なり合い、共有されることによって、一つの明確な像=最も「景観」に合うもの導き出されるのである。」
法橋:232.「ケストゥリンの、フォークロリスムスは、社会変動などによって生じた集団の不安をいやす、あるいは埋め合わせる(代償 Kompensation)セラピーであるという主張を受けて、まずフォークロリスムスを、経済的変化、人口・社会変動、コミュニケーションの条件の変化によって生じた文化過程における断絶をつなぎとめたり、橋渡しするこころみ、言い換えると「空白の埋め合わせ」だとする。」

●JB40
・ウェーバーWEBER

・社会科学と社会政策にかかわる「客観性」
・岩波文庫 1998.
・WEBER,
・客観性、文化人、文化科学、価値、意味づけ、
・AUS:橋本努339:「「あらゆる文化科学の先験的な前提は、われわれが白紙でわれわれの前にあるある一定の、あるいは一般に何らかのある「文化」を価値があると思うということではなく、われわれが意識的に世界に対して観点を決め、かつ、これの意味を意味づける能力と意欲とを具備した文化人である、ということである」(86頁)。」

●JB41
・ウス臼井隆一郎/タカ高村忠明EDS.

・記憶と記録(シリーズ 言語態 4)
・東京大学出版会 2001.3800Y.
・USUI.R.,TAKAHASHI.T.,ARITA.H.,KUDOU.T.,ASSMANN.A.,/BENJAMIN,HERDER,
・言語、物語、記憶、記録、臼井:「序 回帰する記憶のネットワーク」、高橋:「記憶の回路と証言の時代」、有田英也:「記憶のディスクール」、工藤達也:「媒質と記憶−−W・ベンヤミンの文学理論について」、A.A.:「国民文化と人類記憶の間−−ヘルダーの場合」、
・アスマン(283):「ヘルダーの名前は....極めて密接に国民文化の発見−−あるいは....発明−−と結びついている。....ヨーロッパにおける独自に刻印づけられた文化の多数性という表象は、歴史上比較的遅くになってようやく現われてきたものなのだ。「複数(形)の文化」には「単数(形)の文化」についての構想が先行するのだが、これらの構想とヘルダーは対決したのである。」

●JB42
・エリクソン.E.H.

・自我同一性
・誠信書房 1982.ORG.1973.
・ERIKSON,
・自我同一性、自我−空間−時間、環境の社会的位置づけ、歴史、社会的現実、文化とパーソナリティの関係(201)、
・22. 「各個人の自我−空間−時間とよばれるものは、このようにしてその子ども時代の環境の社会的位置づけsocial topologyと、その身体像の基本的輪郭を保ちつづける。そしてこの両者を研究するには、その患者の子ども時代の歴史との関連づけが、最も重要である。」
197.「自我同一性とは....「社会的現実」にもっとも密接な関係をもっている。」

●JB43
・エルシュテイン.J.B.

・裁かれる民主主義
・岩波書店 1997.
・ELSHTAIN.J.B.,CONNOLLY.W.E.,TAYLOR.C.,WOLIN,TOCQUEVILLE,J.PAUL II,
・シニシズム、アイデンティティ、差異の政治、多文化主義、公教育(91)、シニシズム(3)、個人主義、民主主義、不信の文化、「市民社会」、
・AUS:森JA4539,171:「たとえば、共同体主義からするシニシズム文化への批判として、J.B.エルシュテイン..参照。」

●JB44
・エルドリッジ

・ヒトななぜするのか
・講談社インターナショナル 2005,1600Y.
・ELDREDGE.N.,HAMILTON,WILLIAMS,
・遺伝子、生命、セックス、人間、文化、経済的活動、/利他的行動、血縁選択(血縁淘汰)、生命←宇宙、群選択、
・AUS:雑賀IN未来2005-05.
21. 「ハミルトンは....生物は遺伝子を共有する程度に応じて利他的行動を取りうるという考え方を示した。」
42. 「フランシス・クリックの著書『生命 この宇宙なるもの』には、地球上の生命は地球の外から来たとする興味深い一節がある。」
43. 「社会生物学者らは「血縁選択」と「相互利他性」の概念を用いてミツバチやアリの巣や脊椎動物の社会に認められる協力について説明する。しかしなぜ協力はそこで止まってしまうのだろう。人類はチンパンジーと九九パーセント近くの遺伝子を共有するのだから、この主張を拡大解釈すれば....私たちはライオンや....より、チンパンジーや他の大型霊長類の繁栄にもっと関心を持っていいはずだ。」
270.「[G・]ウィリアムズも、群選択に起因すると思われる現象がほとんどないことから、自然界では個体に基づく選択の方がふつうで優先すると主張した。」

●JB45
・オオ大越愛子

・闘争するフェミニズムへ
・未来社 2678Y.
・OOKOSHI.A.>UENO.C.(49),
・フェミニズム、日本文化解体論、
・AUS:源1989,125.:「大越愛子は、上野の姿勢についてかつて「フェミニズムの生真面目な精神に対する彼女たちの冷笑」と批判したが、....」

●JB46
・オオ大橋力

・音と文明
・岩波書店 2003.
・OOHASHI.C.,
・音と文明、脳の階層モデル、嗜好、文化、生物種としての人間、
・AUS:本田IN科学2005-06,720:「この[大橋の]モデル[「脳の階層性モデル」]では、個人の経験や嗜好に依存し最も個別性が顕著な応答を最上位の階層、社会あるいは文化による共通性をもった応答を中間階層、そして生物種としての人間に共通の応答を最も基盤となる階層と考える。」

●JB47
・オオ大峯顯/ナカ中岡+EDS.

・地域のロゴス
・世界思想社 1993.
・NAKAOKA.N.,OOHASHI.R.,SINNRANN,NISHIDA.K.,KUKI.S.,MORI.A.,
・浄土、往生、現世正定聚、/エスニックな哲学、日本哲学、負のエトノス、「離れて住む」、異郷の哲学、いき、/間文化、
・264.信心の定まるとき往生また定まる/272.N 多田:『「いき」の構造』=異郷の哲学.

●JB48
・オギ荻野昌弘ED.

・文化遺産の社会学
・新曜社 2002
・JEUDY.H.-P.,
・文化遺産、集合的記憶の美化、広島・長崎、原子爆弾(原爆)、「こんなことはもう二度と」、
・AUS:片桐
71-90.アンリ・ピエール・ジュディ:「カタストロフィの記憶」:78.「集合的記憶の美化/広島でも長崎でも、日本民族が犠牲になったという考えは存在する余地がまったくない。死者は原子爆弾の犠牲者ではない。死は威厳に満ちている。なぜなら、死は運命を自ら引き受けた結果だからである。犠牲というイメージは全面的に否定される。爆弾を落としたアメリカ人への憎悪が見えないのは、集団的犠牲という観念の絶対的な拒否から来ている。死の恣意性は次のような対立物を両立させる。ある民族を大量に殺戮する絶対的な権力の存在と、むごたらしい事実を運命、なりゆきの受容に変えてしまうことが両立しているのである。」/「カーンの平和記念館のサイン帳を見ると、「こんなことはもう二度と」という言葉が呪文のように繰り返されている。....戦争博物館は、戦争を忘れないようにすることで戦争の再発を防ぐためのものと考えられている。自己や病気の不可避の結果としての個人の死は、こうした抑止機能を果たさない。実際、故人に向かって「もう二度とごめん」などと言う人はいまい。言ったとしたら、それは趣味の悪い冗談と受け取られよう。」

●JB49
・オグ小倉志祥

・M.ウェーバーにおける科学と倫理
・清水弘文堂 S.46.
・OGURA.S.,WEBER,/GOETHE,
・文化科学、価値関係、理解、倫理学の基礎理論、相対主義、人格性、合理主義の精神、/関心(47)、日常生活、事実、理論、「人生知(LEBENSKENNTNIS)」(38)、/因果性、
・47. 「凡そ具体的現実に対しては無前提の立場はありえない。無前提を主張することは却って現実に対して誠実でないことになる。関心に基づく選択作用は科学以前の日常性をも支48配している。価値関係はこれを意識的に知性を介して行なうものに外ならない。ゲーテは「あらゆる事実的なものが既に理論であることを理解することこそが最高の事柄であろう」と言ったが、じつさいいわゆる「事実」に即するが故に理論であることを理解することこそ最高の事柄であろう」と言つたが、じつさいいわゆる「事実」に即するが故に無前提であることにはならない。日常生活において第二の自然ともなつている習俗や慣習は「妥当するものの父」であるが(378,557頁、『経済と社会』374頁)、これに即すること自体が既に無意識のうちに「平均的なもの」に価値基準を置くことである。」

●JB50
・オグ小倉利丸

・アシッド・キャピタリズム
・青弓社 1992.
・OGURA.T.,ADORNO,BENJAMIN,DEBORD.G.,LEFENSTAHL(217),SONTAG.S.(217),BAUDRILLARD(269),
・シチュアシオニスト、都市はイメージによっても規定される、複製芸術、大衆音楽の両義性、ロック、文化のポリティクス、「スペクタクル」としての消費、パラマーケット(276)、情報資本主義、80年代以降のアメリカにおける表現弾圧、ファシズム(217)、天皇制、
・217.リーフェンシュタールのヌバの写真は、ナチス政権下の映画『意志の勝利』などと本質的に変わるものではない。むしろそれは、「ファシスト的映像三部作の第三番目の作品なのである」(ソンタグ『土星の徴しの下に』101)
269.ボードリヤール:「記号の支配」

●JB51
・オルテガ

・反文明的考察
・東海大学出版会 1978
・ORTEGA,SCHPENGLER,CICERO,HUIZINGA,
・『西洋の没落』、自由、ローマ帝国、『中世の秋』、闘牛、文化とは(83)、歴史的理性、歴史的感覚、理解、了解、生、
・24. 生=周囲との対話。生きる=共に生きること。私達と共に生きる他者=周囲の世界
53. 歴史的感覚がはじまるのは、人間生活が、ほかの時代や民族においては、私達の時代、私達の文化圏におけるそれとは違っているのではなかろうかと疑惑の目を向けるときである。....歴史的感覚とは、ほかの人達と私達との間に存するこの心理的距離を感じとることなのである
56. 内面を読みとる、つまり理解する
62. > SPENGLER:しかし同時に、私達は....超歴史的な一つの理想を暗黙のうちに了解している。
87. 数学的乃至論理学的理性では不完全。 古代の理性に今日私達がつけ加えなければならないのは、正にこの歴史的理性、歴史的感覚なのである。

●JB52
・カマ鎌田東二

・聖なる場所の記憶 日本という身体
・講談社学術文庫 1996.02.
・KAMATA.T.,ORIGUCHI.S.,MIYAZAWA.K.,HIRATA.A.,ELIADE,GOETHE,STEINER.R.,NISHIDA.K.,
・聖なる場所の記憶、日本という身体、場所と国学、根源文化衝動、「神国」の地理学、宮沢賢治の花崗岩体験、鉱物、
・401FF.解説 BY 荒木美智雄:
405.N K.:国学という学問は場所性に深く根ざしている。
407.K.はELIADEに問う:人間の原初の「全体性」へのノスタルジアはどこから、なにゆえにたち起こってくるのか?
407.宮沢賢治も宗教的感覚の確かさは、石あるいは鉱物という「モノ」にたいして彼が受けとめた宇宙的な力、神秘に見られる。石は語る。....

●JB53
・カワ川向正人

・20世紀モダニズム批判
・日刊建設通信新聞社 1998.2700Y.
・KAWAMUKAI.M.,ANNDOU.T.,ITOU.T.,WAGNER.O.,NORBERG-SHULUZ,MIES,MAKI.F.,LE CORBUSIER,PEVSNER.N.,WAGBER-RIEGER.R.,WRIGHT.F.L.,
・20世紀モダニズム批判、地域文化の解体、歴史的建築、ウィーン、歴史主義、アール・ヌーヴォーの身体性(98)、バブル経済、歴史的環境との共生、機械美学、自然・風土・身体(90)、路地、イメージ零からの出発、場所性の再生(84)、アラブ世界研究所(パリ)(251)、
・90. 「モダニズム用語の建築史大家ニコラス・ペヴスナーが、「近年の警戒すべき現象」として「歴史主義の回帰」としか呼びようのない動きがあることを指摘したのが、1961年のことである。」
94.W.-R.:歴史主義の3段階:1.浪曼的歴史主義.CA.1830-60、2.厳格な歴史主義.CA.1850-80、3.後期歴史主義.CA.1880-1914(アール・ヌーヴォーあるいはウィーン・セセッションも含まれる)

●JB54
・カワ川崎修

・アレント 公共性の復権(現代思想の冒険者たち17)
・講談社 1998.2621Y.
・KAWASAKI.O.,ARENDT,
・公共性、全体主義、国民国家、反ユダヤ主義、アメリカという夢、政治の復権、労働、仕事、活動、複数性、うまれてくるものであるということ、権力、見捨てられていること、諸権利を持つ権利、公的・私的・社会的、/文化、大衆社会・良き社会、俗物主義、教養、世界、伝統、
・238.「大衆社会以前の社会、「財産と教養」の「良き社会」においては、たしかに文化はすでに交換可能な「価値」に成り下がっていた。文化は「教養」として、すなわち特定階級への参入資格を手に入れるための交換媒体になってしまっていたのである。」
240.「人間の生命の循環を越えて耐久性を持つことこそが、アレントがいう意味での「世界」の世界たる所以であり、文化、とりわけ芸術作品とは、まさにこの意味での世界を構成する諸事物の中でも、もっとも耐久性を持つことが期待されているものの総体だといえよう。」
240.「このような「耐久性」を文化概念の中心に置く文化観は、ある意味では極めて伝統的、保守的といえるのではないか。..../だが、A.の文化論に見られる明白な保守性は、他方では、少なからぬ両義性をもはらんでいる。というのも、彼女は、現代の文化における伝統との断絶を高らかに宣言し、<<伝統の手引きなしに>>過去を保存すること、過去の芸術作品を解釈することの必要性と正当性を主張しているからである。」

●JB55
・カン環境経済・政策学会ED.

・アメニティと歴史・自然遺産
・東洋経済新報社 2000.09.2500Y.
・IKEGAMI.J.,TERANISHI.T.,SAKUMA.I.,NISHIMURA.Y.,HOSODA.A.,KURIYAMA.K.,/KIHARA.K.,CULLINGWORTH.J.B.,
・シンポ:「歴史遺産と自然遺産」、池上:「アメニティの経済学」、寺西:「アメニティ保全と経済思想」、作間:「アメニティー・ケイパビリティ・風土」、歴史、快、美、効用、価値、西村:「文化遺産の広がりとその価値づけに関する考察」、細田:「環境保全に貢献する歴史的建造物保存」、栗山+「世界遺産屋久島の価値を考える−−CVMによる価値評価」、
・作間逸雄:87:「「アメニティーとは単に1つの特質をいうのではなく、複数の総合的な価値のカタログである。それは芸術家が目にし、建築家がデザインする美、歴史がうみだした快い親しみのある風景をふくみ、ある状況のもとでは効用、すなわち、しかるべきもの(たとえば住居、あたたかさ、光、きれいな空気、家のなかのサービスなど)が、しかるべき場所にあること、すなわち全体としての快適な環境をいう」。木原(1982)[『歴史的環境』],129ページおよび木原(1992)[『暮らしの環境を守る』],63-64ページ以降を見よ。Cullingworth(1964)[Town and Country Planning in England and Wales],p.133からのものである。」

●JB56
・キノ木下卓+EDS.

・多文化主義で読む英米文学
・ミネルヴァ書房 1999.
・SALDIVAR.R.,/MORRISON.T.,
・多文化主義、正典(カノン)、他者、奥田:「歴史の再構築と再記憶−−奴隷体験記に見る黒人男性ナラティヴと黒人女性ナラティヴの相違」、西本:「語りとは革新的創造行為である−−アフリカ系アメリカ人女性作家トニ・モリスン」、外岡:「アイデンティティの再現/実践−−アメリカ演劇に見る人種・文化・歴史」、人種、R.S.:「ロマンス、ファンタスティックなるもの、歴史表象」、チカーノ、物語戦術、
・SALDIVAR:272:「物語言語を最もよく理解するためには、それが二○世紀合衆国のポスト産業主義社会における現実の存在条件を読者に理解させうる戦略であるととらえられなければならない。..../274.このような物語戦術によって、小数派文化と支配的文化との関係が脱神話化されるのであるが、この過程をチカーノ文化の「差異の弁証法」と名付けることにする。」([R.S.,Chicano Narrative,1990]p.5)

●JB57
・クマ熊倉敬聡

・脱芸術/脱資本主義論 来るべき<幸福学>のために
・慶応義塾大学出版会 2000.10.3000Y.
・KUMAKURA.T.,BAUDRILLARD,VATTIMO,NANCY.J.-L.,ゴルツ.A.,
・幸福学、超美学的文化、愛、共同体、
・8.「ところで君たちにとって「文化」とは、何なのだろう。..../9.つまり、文化も、経済と同じく、グローバル化しているということ。」

●JB58
・クラ倉沢進+EDS.

・都市社会学のフロンティア 1
・日本評論社 1992.
・YOSHIMI.S.,
・都市社会学、文化としての空間、環境心理学、身体、空間=世界を住み込む形式、
・吉見俊哉「空間の実践」:
134.かつて、ハイデッガーやメルロ=ポンティがきわめて透徹したかたちで示したように、空間とは、身体が世界を住み込む(ハイデッガー流にいうなら距離を取り去る)形式なのであるが....。

●JB59
・クワ桑子敏雄

・感性の哲学
・NHKブックス 2001.920Y.
・KUWAKO.T.,
・感性の哲学、「落ちつき」の住宅論、文化の形象、感性的体験、存在感、「川で遊ばないこどもたち」、原風景と履歴、ニュータウン、歴史的感性、風景のひだ、コンセプト風景から感性風景へ、愛着の美学、
・76. 「思考はふつう普遍的概念によって行われるから、わたしたちは風景を普遍的コンセプトによって改変し、再編することができる。こうして再編された風景を「コンセプト風景」と呼ぼう。」
90. 「コンセプト風景から感性風景へ」
90. 「19世紀から20世紀は、コンセプト風景の世紀、あるいは風景のコンセプト化の世紀であった。」
91. 「では、わたしたちはどのように空間に向かえばよいのだろうか。....風景と自己の履歴とは不可分である。..../風景のなかの存在として自己を捉えることは、自己の存在をローカルなものとして捉えることである。自己の身体がローカリティの原点であり、わたしたちはこのローカリティのもとで自己の履歴を形成する。」

●JB60
・ケニー.M.

・アイデンティティの政治学
・日本経済評論社 2005.10.42000Y.
・KENNY.M.,WOLIN.S.,WARREN.M.,WALZER,GUTMANN.A.,GALSTON.W.,KYMLICKA,KLAUSEN.J.,CONNOLLY.W.,SMITH.A.,TAMIR.Y.,TAYLOR.C.,TOCQUEVILLE,NIETZSCHE,NUSSBAUM,PUTNAM.R.,HAB.,BERLIN.I.,FRAZER.N.,HEGEL,HALL.S.,MACEDO.S.,MILLER.D.,MELUCCI,YOUNG.I.,ROSENBLUM.N.,RORTY,RAWLS,
・アイデンティティの政治学、自由主義と集合的アイデンティティの政治、平等と文化、シティズンシップ、公共理性、市民的徳性、友愛、アソシエーションの道徳性、自己尊重、多元主義、ルサンチマン、社会運動、公共圏、差異の政治、承認の政治、多文化主義、共同体主義、理にかなった(REASONABLE)、文化とI.(257)、文化戦争、民主的シティズンシップ、ナショナリズム、
・50. 「自己に関するコミュニタリアン的名説明を修正・適用した、多文化主義的な自由主義」
81. 「....「文化戦争」....。民主的シティズンシップの統合を求まるという関心から離れているがゆえに、アイデンティティの政治は、何人かの自由主義理論家たちから非難されている。」
88. 「デモクラシーに見合った政治共同体が求めるような熟議と、アイデンティティの政治とが両立するのかという懐疑が、ここ四半世紀のあいだにも広まっている(1)。」
100.N (Rへの)批判者:「多元的な民主諸国にはびこる根深い対立を解決するために求められるような、理にかなった道徳的な妥協をもたらす唯ひとつの公的な視点など、存在しないのである。」
298.訳者あとがき:「アイデンティティの政治や差異の政治が「新しい」潮流だとされる見方に対して、それがかつての「解放の思想」であったナショナリズムや社会主義の現代的バリエーションかもしれない、という見地がイギリスにはあることを著者は念頭においている。」

●JB61
・ゲイ.P.

・ワイマール文化
・みすず 1987.
・GAY.P.,KROCKOW,HEIDEGGER,SCHMITT.C.,JUENGER.E.,HUEHNERFELD.P.,
・ワイマール文化、出生のトラウマ、理性の共同体、秘密のドイツ、全体性への渇望、表現主義、都市への憎悪、
・AUS:矢代/KROCKOWの紹介部分を含む。
98. N HUEHNERFELD:「彼[H.]の書物は、公刊された時にはその意味がほとんど判読できなかったが、しかし貪るように読まれた。しかも、第二次大戦中に、ヘルダーリンやH.の書物を背嚢につめて、ロシアやアフリカのどこかで死んでいった若いドイツ人兵士は数えきれないほどである。」
99. 「H.の生活−−彼の孤独、農夫のような風貌、地方に引きこもった慎重な生活、都市への憎悪−−は、近代的なモダーンな都市の合理的文明に対する拒否と軽蔑を意味し、ニヒリズムの噴出する彼の哲学を裏付けているようにみえた。....H.の作品は....ナチスのような運動を称賛することに等しかった。」

●JB62
・ゲイ.P.

・歴史の文体
・ミネルヴァ書房 1977.
・GAY.P.,RANKE,CARR.E.H.(23),
・歴史の文体、スタイル、文化、芸術、真理、客観性、科学、
・102.N R.:「神は永遠の詩を創り給う。それを読みとり、それを翻訳するのが歴史家の仕事である。」
23.CARR:「私たちが歴史の書物を読みます場合、私たちの最初の関心事は、この書物が含んでいる事実ではなく、この書物を書いた歴史家であるべきであります。・・・・・・歴史を研究する前に、歴史家を研究して下さい。」(『歴史と何か』訳27) < 筆者
277.「実際には起こらなかった事件を記憶し、実際に起こった事件を忘れることで、文化に貢献することが、不幸にもあまりにしばしば歴史家の任務となっていた。文化は、自分が使いうる過去をのぞむ。」
291.結論:「スタイルは、科学する歴史家の芸術である。」

●JB63
・ゲイ.P.

・歴史の文体
・ミネルヴァ書房 3675Y.
・GAY.P.,RANKE,CARR.E.H.(23),
・歴史の文体、スタイル、文化、芸術、真理、客観性、科学、
・102.N R.:「神は永遠の詩を創り給う。それを読みとり、それを翻訳するのが歴史家の仕事である。」
23.CARR:「私たちが歴史の書物を読みます場合、私たちの最初の関心事は、この書物が含んでいる事実ではなく、この書物を書いた歴史家であるべきであります。・・・・・・歴史を研究する前に、歴史家を研究して下さい。」(『歴史と何か』訳27) < 筆者
277.「実際には起こらなかった事件を記憶し、実際に起こった事件を忘れることで、文化に貢献することが、不幸にもあまりにしばしば歴史家の任務となっていた。文化は、自分が使いうる過去をのぞむ。」
291.結論:「スタイルは、科学する歴史家の芸術である。」

●JB64
・コーネル.D.

・正義の根源 CHAP8
・御茶の水書房 2002.08.3200Y.
・CORNELL.D.,KANT,RAWLS,
・ポスト・リベラリズムの正義論、「序文」、CHAP8:「スペイン語の権利:自己同一化、自由、そしてイマジナリーな領域」、自由な人格という理念、コミュニタリアンに対する私の不同意、言語と文化、
・この本?仲正昌樹『「不自由」論」が言及:183:「D.C.が提案しているのが、「イマジナリーな領域に体する権利..」というメタ権利概念である。」/187.「「イマジナリーな領域への権利」は、「自己決定権」を行使する能力を獲得するための(メタ)権利として理解することができる。つまり、「決定」する主体としての「自己」を”自分”で「決定」することのできる「権利」である。」/188.「C.が、これまでリベラリズムにおいて考察の範囲外に置かれていた「心の中の問題」である「イマジナリーな領域」を前面に出すようになった背景には、本人がそれほど望んでいなかったネガティヴ・アイデンティティーが、いつのまにか”自由”な「自己決定」の基盤になっていたり、「集団的自己主張」の根拠になったりする事態が頻繁に生じているからである。」

●JB65
・コーネル.D.

・正義の根源
・御茶の水書房 2002.08.3200Y.
・CORNELL.D.,KANT,RAWLS,
・ポスト・リベラリズムの正義論、「序文」、CHAP8:「スペイン語の権利:自己同一化、自由、そしてイマジナリーな領域」、自由な人格という理念、コミュニタリアンに対する私の不同意、言語と文化、
・この本?仲正昌樹『「不自由」論」が言及:183:「D.C.が提案しているのが、「イマジナリーな領域に体する権利..」というメタ権利概念である。」/187.「「イマジナリーな領域への権利」は、「自己決定権」を行使する能力を獲得するための(メタ)権利として理解することができる。つまり、「決定」する主体としての「自己」を”自分”で「決定」することのできる「権利」である。」/188.「C.が、これまでリベラリズムにおいて考察の範囲外に置かれていた「心の中の問題」である「イマジナリーな領域」を前面に出すようになった背景には、本人がそれほど望んでいなかったネガティヴ・アイデンティティーが、いつのまにか”自由”な「自己決定」の基盤になっていたり、「集団的自己主張」の根拠になったりする事態が頻繁に生じているからである。」
259.「私がイマジナリーな領域という理念を擁護するのは、自由な人格というカント的理念を、同一化が各々の生き方の中で構成的な役割を果たすという今日的な考えに関係付けるためである。」
267.「私は自由を、自らの根本的な同一化を評価する責任を引き受ける実践行為として理解している。」

●JB66
・コジ小路田泰直

・日本史の思想
・柏書房 1997.2800Y.
・KOJITA.Y.,WATSUJI.T.,NISHIDA.K.,TSUDA.S.,
・日本史の思想、ナショナル・アイデンティティ、デモクラシーと国体、大正デモクラシー、日本主義、津田史学の作為性(185)、風土論、日本史の誕生、公共財の荘厳化(203)、帝冠様式(205)、ファシズム、政治には虚構が必要(211)、共同体の物語←共同体の歴史(2119、京都論、足利文化(232)、/「国民国家批判症侯群」(序文)、
・199.「日露戦争後の膨張主義的帝国主義が「外に対する帝国主義・内に対する民主主義」という200.色彩を強く帯びた帝国主義であったこと」
205.「人々のの内面に「公共性の観念」を喚起できない思想に、ナショナリズムの中核を占める資格はなかった。だから日本主義は容易に、戦前期日本社会に定着しなかったのである。/..../以上、日本主義もまた、日本ナショナリズムの中核に安定的に定着できなかったのである。言い換えると、日本主義をもってしても、日本社会に強固なアイデンティティを確立することはできなかったのである。/だから大正デモクラシーは定着せず、[−−199.1.植民地帝国の現実が、その定着を妨げた。2.アジア主義の国民思想の根づよさ。−−]ファシズムに席を譲ったのである。....206.それは皮肉なことに、第二次大戦後定着した。」

●JB67
・コマ小牧治

・アドルノ
・清水書院1997.
・ADORNO,WEBER,KANT,SCHOENBERG,JAY,NIETZSCHE,HEIDEGGER,HITLER,HUSSERL,BENJAMIN,HEGEL,HORKHEIMER,MARX,MARCUSE,LUCAKS,
・アウシュヴィッツ、映画、隠語、音楽、啓蒙、死、神話、実証主義、マルクス主義、全体性、同一性、媒介、反ユダヤ主義、文化産業、弁証法、ミメーシス、ロゴス、文化、ミニマ・モラリア、自然美、
・38. 当時のKIERKE.ブーム:LUKACS『魂と形式』、JASPERS『世界観の心理学』、BARTH『ロマ書』が言及
92. 「「ミニマ・モラリア」は、ARIST.の作と伝えられる古代の「マグナ・モラリア」(大倫理学)にあやかったものと考えられる。」
147.「A.によれば、同一でないものは、HEIDEGGERの手から逃れてしまう。」  /161.A.:「深く罪科に満ちた、そしてほころびの多いこの文化の維持のために弁じる者は、野蛮の一味に与することになる。だが、また一方で、文化を拒む者は、野蛮を直接的に促進することになる−−そして、文化は実はこうした野蛮であることが露呈されたのだ」(『プリズム』)  /192.A.:「自然は自然保護地帯となり、自然の不在を証明するアリバイにすぎなくなってしまった。媒介されているものによって直接性を搾取された自然美は、イデオロギーにすぎない」(『美の理論』)

●JB68
・コン近藤和彦

・文明の表象 英国
・山川出版社 1998.2700Y.
・KONNDOU.K.,HORIGOME.Y.VS.YOSHIOKA.A.,OCHI.T.,
・「星菫派史学」、「戦後史学の胚胎した場」、近代英国の起源、ジェントルマン、祖国の運命と研究者の使命との一体化、歴史感覚、教養主義、
・AUS:論座1998.12.:「英国の歴史学の視線にメス」(エコノミスト1998.09.01.)
3.8歴史学は現在と過去との対話だという。....であれば、問いのかけかたによって応答はちがってくる。」
82. 「堀米庸三は....「総合的把握」「歴史感覚」「生きた事実への83実感」をとなえていた。その「歴史家の固有の領分」という発想にたいして、大塚左派の立場から全面的に対決したのが....吉岡昭彦である。」−− 86.「どちらもかなり純情素朴な地平にたっていた」
98. 「文明開化からマルクス主義を経由して戦後史学にいたるまでを貫いて共通したのは、世界史のなかの日本社会の運命を案じ、分析の指針を範式としての西欧..に求める、という構えであった。祖国の運命と研究者の使命とが一体化していた。」

●JB69
・サエ佐伯啓思

・20世紀とは何だったのか
・PHP新書 2004,740Y.
・SAEKI.K.,NIETZSCHE,HEIDEGGER,
・C1:近代から現代へ、ネオコン、文化(43)、C2:価値転換を迫られるヨーロッパ、C3:ニヒリズムと「存在の不安」、C4:なぜファシズムが生まれたのか−−根無し草の帰る場所、C5:「大衆社会」とは何か−−近代主義の負の遺産、C6:経済を変えた大衆社会−−貨幣の新しい意味、C7:アメリカ文明の終着点−−技術主義とニヒリズム、教養教育(209)、消費、記号、
・226.「ブーアスティンが、二十世紀のアメリカの大きな特徴は「消費コミュニティ」だといっていますが、これは、みんなが消費アイテムを共有するという意味です。ここでモノは、た227.だ欲望を充足するものではなく、社会的な記号の体系となっているということですね。」

●JB70
・シャーマ.S.

・風景と記憶
・河出書房新社 9975Y.
・SCHAMA.S.,AUGUSTUS,ARMINIUS,EVELYN.J.,TUAN,WARBURG.A.,VERGILIUS,WALPOLE.R.,COZENS.A.,KIEFER,GILPIN.W.,GRAY.T.,COLE.T.,SHELLEY.P.B.,SMITH.A.,SENECA,TURNER.J.M.W.,DANTE,CELTIS.C.,NAPOLEON,PLATON,FRIEDRICH.C.D.,FRAZER.J.,PETRARCA,HALL.J.,MICHELANGELO,RUSKIN,ROUSSEAU,ROSA.S.,
・風景と記憶、水、岩山、森、アルカディア、崇高、社会的記憶(WARBURG27)、愛国主義(パトリオティズム)、アメリカ、アルプス、イングランド、キリスト教、ゲルマン、ゴシック、修道院、狩猟、神話、スイス、スペイン、セーヌ川、庭園、帝国主義、テムズ川、ドイツ、ナイル川、風景画、風景概念、フランス、緑の十字架、/国民、国家の神話、文化地理学、
・18. 「この「風景(landscape)」という言葉....。「風景」は、16世紀にオランダから....英語に入ってきた。」
25. 「一国民としてのまとまりなるもの....、その圧倒的な魔力にしたところで、ある個別の風景の伝統の持つ呪力なくば、即ちその地勢が家郷ホームランドとして地図化され、丹精され、豊かにされていることがないなら、大方は霧消してしまうはずである。16」
666.n16:「国家の神話を創る時に風景がどう用いられるかが文化地理学最近の主たる関心事である。特に見るべきものは次のもの。....」

●JB71
・シャルボニエCHARBONNIER.G.

・レヴィ=ストロースとの対話
・みすず書房 1961.
・CHARBONNIER.G.,L.-STRAUSS,
・「信憑性の水準」「芸術と集団」「三つの相違」「自然的芸術と文化的芸術」、美の所有(66)、「対象を所有物化する欲望」、原始社会の芸術、
・AUS:谷川『形象と時間』34.N L.:美の所有:一般に「対象に対する所有の欲望」にもとづく西洋芸術そのもののレヴェルの問題=「人が存在と交流するしうるのみならず、肖似物を通して存在を我有化するという錯覚」の上に立つ、「美を専有する手段」としての芸術それ自体の問題

●JB72
・シャンジュー.J.-P.

・理性と美的快楽
・産業図書 1999.2300Y.
・CHANGEUX.J.-P.,
・芸術と神経科学、理性と美的快楽、心的表象の描写、収集家のまなざし、科学から芸術へ、危険さらされている文化遺産、期待される物納制度、/快・嫌悪の領域≠飢え・渇き・性欲の領域、美的快楽とは:、
・28. 「大脳周縁系のいくつかの領域に電気的刺激を与えると、動物では、激しい自己刺激に導く心地よい感覚を呼び起こすことができる。大脳周縁系の他の領域が興奮すると、罰という反対の効果が得られる。きわめて限定されたこれらの領域は、快楽あるいはその逆の嫌悪にかかわっており、もっぱら視床下部に存在する、飢えや渇きや性欲といったはるかに原始的な欲望を満足させることに関与している神経構造とははっきり区別される。/.... 29.美的快楽は、大脳周縁系から前頭葉皮質に至るまで、脳の組織構造の《さまざまなレベル》に位置するニューロンの集合体が共鳴し始めたり、協調的な動員された結果として生ずるものであると思われる。」

●JB73
・ショウ庄司興吉

・社会変動と変革主体
・東京大学出版会 1980.
・SHOUJI.K.,MARX,SHIBATA.S.,KAKEHASHI.A.,UMEMOTO.K.(178),OOTSUKA.H.,MARUYAMA.M.(178),
・集団主体性、労働者主体性、階級的な国民主体性、主体的人間、人格、文化、人間主義、疎外された労働、階級的主体、「主体性論争」(177)、ナショナリズム、石油危機、文化革命、焦点の定まらぬ反乱としての学生反乱(195)、人類的感覚(211)、革命的ナショナリズム(211)、民族、民主意識の私化(213)、労働者的主体性、
・AUS:橋本努330:「S.はマルクス主義の立場から、集団的主体性ないし労働者主体性(階級的な国民主体性)によって自己の意識を変革しつつ、社会主義的・コミューン的な社会を展望している。」(SEE 1980:88,192,213]
69. 「現代における主体としての人間は、個人的人格を越えて階級的人格でなければならず、「自由人の連合体」としてのコミュニズムに志向し、しかも「全面的に発達した個人」でなければならぬ」
193.「個人の主体性は、生活者的主体性から労働者主体性に高まることをつうじて、《階級的な国民の主体性》にまで高まらなくてはならない」....。こうしてのみ、日本の国民的自立はがっしりした基礎をえることができる」

●JB74
・スイ水津一朗

・近代地理学の開拓者たち
・地人書房 1974
・SUIZU.I.,WAIBEL.L.,GRADMANN.R.,SCHMITTHENNER.H.,SCHLUETER.O.,TROLL.C.,PASSARGE.S.,HUMBOLDT.A.V.,HETTNER.A.,BANSE.E.,MAUL.O.,RATZEL.F.,RITTER.C.,RICHTHOFEN.F.V.,SCHWIND.M.,
・文化景観、景観生態学、ナチズム、コロロギー、コロソフィー、地理学、
・AUS:山野2491 65. N RITTER:コロロギーChorologie=地誌学と一般地理学が結合されたもの。哲学的抽象化と具体的な説明とが結び付いたChorosophie。
74. BANSE.E.:「土地の精神は、あたりに流出する特別の気である。聖エルモーの火である精神は、山頂から、家屋の破風から、目に見えない束となって流れでる。」−−ナチスの狂気。
160.N M.SCHWIND:景観とは:「客観化された精神」「形態をもつ精神」/精神は、「文化景観」の中に継続的な「意味内容」と「表出価値」をもつ。
202.TROLL:「景観生態学」:204.:「ある景観にとって支配的な、このような相互に関連した作用の分析を、景観生態学とよぶ」

●JB75
・スギ杉本良夫

・日本文化の社会学
・岩波書店 1996.
・SUGIMOTO.Y.,
・日本文化論、
・AUS:『ナショナル・ヒストリーを超えて』(吉見)201.:AD 『諸君』1976年1月号〜70年代末:S.のいう「日本文化論が「日本礼賛論」となっていった第四期とした時期に対応」

●JB76
・スズ鈴木貞美

・日本の文化ナショナリズム
・平凡社新書 2005,860Y.
・SUZUKI.S.,HOBSBAUM,YOSHIMOTO.T.,
・日本の文化ナショナリズム、国民国家、国民文化、伝統の評価基準、帝国、大衆ナショナリズム、普遍主義と文化相対主義、大東亜共栄圏、平和主義天皇論、敗戦の思想、象徴天皇制、日本文化論、/自然への愛、
・36. 「「エスニック・グループ」は「なんらかの文化的共通項を基準にして、互いに結ばれていると自ら認めるか、他の人びとによってそのように認められる人びとの集団」を指していう。..../ 37.共通項となる文化的な要素は、土地や血縁関係、言語などを共有しているという意識、宗教、神話、社会組織、生活様式などから、その人びと、あるいは他の人びとが、その集団のまとまりにとって意味がある目印として選んだもの、とされる。」
165.「藤岡作太郎..../「昔から、自然を愛好してきた日本人」ということばを、あなたは、きっとどこかで耳にし、また目にしてきたことだろう。それは、この時代にに唱えられたものが基礎となっている。/166.その背景には、近代文明の威力に恐れとおののきを感じた人びとの心情がある。日露戦争で....。膨張する都市....。近代文明の発展に対する懐疑と反発が大きくなってゆく。それゆえにこそ、「自然への愛」が合言葉になっていったのだった。」

●JB77
・セーゲルストロール.U.

・社会生物学論争史 1、2
・みすず書房 2005,5000,5800Y.
・SEGERSTRAELE.U.,ALEXANDER.R.,ALPER.J.,WILLIAMS.G.C.,WILSON.E.O.,WYNNE-EDWARDS.V.,WARREN.N.,ELDRIDGE.N.,KAMIN.L.J.,KITCHER.P.,KIMURA.M.,CRICK.F.,GOULD.S.,KREBS.J.,CAIN.A.,CHOROVER.S.,JENSEN.A.,CHAGNON.N.,SAGAN.C.,SOKAL.A.,SOBER.E.,DARWIN,CHOMSKY,DAVIS.B.D.,TINBERGEN.N.,DENNETT,DAWKINS,DOBZANSKY.T.,NABI,HINDE.R.,HAMILTON.W.,FISHER.R.A.,FOX.R.,BATESON.P.,BECKWITH.J.,HALDANE.J.,MAYR.E.,MEAD.M.,MAYNARD SMITH,LUMSDEN.C.,LANG.R.,LEWONTIN.R.,RUSE.M.,LURIA.S.E.,LEVINS.R.,ROSE.S.,LORENZ.KO.,WATSON.J.,
・社会生物学論争史、C1:真理をめぐる闘いとしての社会生物学論争、C2:社会生物学をめぐる嵐、C3:衝突に突き進む同僚、C4:英国派とのつながり、C5:社会生物学の秘められた背景、C6:適応主義への猛攻、C7:淘汰の単位と、文化との関連、C8:批判に適応する社会生物学、C9:道徳的/政治的対立はつづく、/C10:批判者たちの心のうち、C11:科学の庭園における攻防、C12:社会生物学論争のなかのハムレットたち、C13:伝統の衝突、C14:科学の本性についての対立、C15:論争につけこむ、C16:社会生物学者とその敵、C17:論争による真実、サイエンス・ウォーズ、C18:啓蒙主義的探究の解釈、C19:科学的真理と道徳的真理の緊張関係、C20:魂を賭けた闘い、/遺伝子、自己複製子、
・238.「エルドリッジはさらにつづけて、種が実際には情報の貯蔵庫であると論じる。」
348,(2):「エルドリッジは....ドーキンスの概念に反対する根拠をアリグザンダーとボージャに見いだした。彼らは、D.に<<反対して>>、種が自己複製子だと主張していた。「種が種を生み、種が増殖する」....。」
715.(9):「ドーキンスによれば....。自己複製子としての「遺伝子」は、<<論理的な>>単位であって、階層構造のなかの「実在の」単位ではない。」

●JB78
・セン千石保

・新エゴイズムの若者たち
・PHP新書 2001.680Y.
・SENNGOKU.T.,YOSHIMOTO.T.ON MIYADAI.S.(50),
・新エゴイズム、自己決定、規範、性、尊厳、売春、責任、新まじめ主義、日本の若者文化論、新人類、非社会的行為、フリーター、ボランティア、
・61.宮台<筆者:「ここ[M.の..]で述べられている考えは、現実の社会での通念とまったく異なったものである。現実社会では「何をしても自由」ではなく、性についての倫理意識が根底にあって、コミュニケーションが行われている。そして、法律のいう「公の秩序、善良の風俗」がタテマエでも、ホンネの部分でも機能している。この事実を無視して、自己決定主義を考えるのは、現実を見ない空理空論となるだろう。」

●JB79
・セン千田稔

・風景の文化誌 I,II
・古今書院 1998.
・SENNDA.M.,KOUZAI.K.,TAKAHASHI.T.,/SENNDA.M.,MAEDA.R.,MATSUDA.Y./SENNDA.M.,TAKAHASHI.T.,YOKOI.K.,UEYAMA.S./SENNDA.M.,/YASUDA.Y.,
・風景、文化、S:「序−−景観と風景」、K:「芭蕉の風景−−『幻住庵記』にみる風景の構造−−」、琵琶湖、T./S.:「対談「風景を思う、えがく、つくる」」、/S:「言とう草木」、M:「風水とアジア」、M./S.:「対談「いま、なぜ、奈良から発信するのか」」、T:「日本人の空間認識」、Y:「風景を診る」、「奈良のデザイン大賞」、若草色、あおによし、U./S.:「対談「環境文化を語る」」、
・AUS:JA4989(香西)
II 2.(千田):「保田與重郎..は風景を精神の深奥でうけとめようとした一人である。」
33.(前田):「風景が、人の運命を左右するという思想が、アジアには古くからあった。風水思想である。」
59. 「風水が義和団事件の発火点になった」
61. 「有間皇子は紀州白浜の風景を見ただけで、病が癒えたと『日本書紀』は記す。」
148.(横井):「「奈良市の色は若草色である」と言い切り、市の広報物から建物まで若草色に染めた市長もいた。」
152.「景観の美しさは時代とともに変化する。新宿の夜、摩天楼のような高層ビル群の下にいると、その美しさとともに何か新しい興奮を覚えてしまう。」

●JB80
・ソンタグSONTAG.S.

・反解釈
・ちくま学芸文庫 1996.1456Y.
・SONTAG.S.,WEIL.S.,CAMUS,LEIRIS.M.,L.-STRAUSS,LUKACS,SARTRE,GENET,SARRAUTE.N.,INONESCO.E.,HOCHHUTH.R.,ABEL.L.,SADE,GODARD,SMITH.J.,/TAKAHASHI.Y.,
・「反解釈」「様式(スタイル)について」「無内容な敬虔」「ハプニング」「一つの文化と新しい感性」等、/「官能美学エロティックス」(489)、隠された意味、表面的なもの、
・解説(高橋康也):489.「こんにち必要なのは、作品の《隠された意味》を探し求める<解釈学>ではなく、作品の現象としての《ありよう》−−<それがいかにしてそれであるか>−−あるいはその感覚的な、ほとんど《表面的な》存在性そのもの−−<それがそれであること>−−を開示する<官能美学>である、とS.は結論する。」

●JB81
・タウンゼンド.P.K.

・環境人類学を学ぶ人のために
・世界思想社 2004,1700Y.(岸上伸啓/佐藤吉文訳)
・TOWANSEND.P.K.,STEWARD.J.H.,
・環境人類学、文化生態学、民族生態学、先祖、アマゾンのハンター、複合社会、地下環境、ハザードとリスク、人口、生物多様性、健康、環境保護運動、消費者文化、/生態人類学、文化生態学、文化進化論、進化生態学、ニューエコロジー、
・読書案内(岸上):
174.「生態人類学では人類とそれを取り囲む環境との相互作用に研究の重点が置かれるのに対し、環境人類学はこれまでのテーマとともに....など環境に関わる問題をとりあるかう。」
178.「進化生態学は....行動生態学で発達した最適採食理論を適用し始めた。/最適採食理論では、生物個体は生存率と出生率を最大にするように戦略を立て、行動するという仮定に立っている。」
178.「1970年代半ばから、生態学自体に変化の兆しが現われた。それまで生態学では、エコシステムの均衡に研究の力点が置かれていた。ところが自然の不均衡を強調する生態観が出現し、自然界にお179.ける可変性や突発性、複雑性、不確定性、不安定性が注目され始めた。この新しい流れは、ニュー・エコロジーと呼ばれる。」

●JB82
・タカ高橋正立+EDS.

・環境学を学ぶ人のために
・世界思想社1993.05.1950Y.
・UEDA.A.,
・環境学、森林、生態系、廃棄物、都市景観、グローバル・エコノミー、上田「都市の景観−文化的環境の例」、京都の景観、
・上田:京都の景観、今出川御門の風景、日本の景観は調和論では説明できない

●JB83
・タカ高山宏

・目の中の劇場
・青土社 1985.3502Y.
・TAKAYAMA.H.,BURKE,STAROBINSKI.J.,SYPHER.W.,NICOLSON.M.,WALEPOLE.H.,
・〈知〉とは〈眼差し〉による世界認識、自然のあくなき所有願望、近代、「王権神授のドラマトゥルギー」、視覚の政治学、遠近法の政治学、ゴシック的視覚、崇高、19世紀視覚文化(380)、距離の美学、ピクチャレスク美学:自然に背を向けて風景を見よと教えた;サブライム美学:危険なく自然に対する時感じられる美のアジテーター(117)、英国18世紀美学の変換、
・72.POE.E.A.AD ロマネスク:「思念のその贖われ得ぬ荒涼は、仮に想像力をどんなに掻き立ててみたところで、そいつを責めさいなんで崇高美へと化すことなどできそうにない代物であった。」
81.ひとまずそのあたり[WALEPOLEの『オトランド城綺譚』1746]で、英国18世紀美学にひとつの変換があった
97.18世紀中葉:こうして〈視〉の近代を担う美的人間が誕生する。/内面に自足した新古典主義とロココ美学にノンを言い、「ラギッドネス」を通して外なる大自然に回帰しようという呼びかけの実体がこれだった。内面化への反動と言いながら、その実は恐怖を介しての内面化の強化にすぎなかったのである。ピクチャレスク絵画....
117.S.:世界を絵のように見ることがもたらす「距離の悲哀」こそが19世紀文芸最大の問題。MARXの疎外はこの美学的疎外によって補完。

●JB84
・タカ高木博志

・近代天皇制の文化史的研究 CHAP.8-11コピー
・校倉書房 1997.10000Y.
・TAKAGI.H.,SHIGA.J.,
・明治における「伝統」の発明、天皇制、初詣で、文化財保護、美術行政、ナショナリズム、史蹟・名勝、大和三山(271)、博物館、天皇制イデオロギー、
・AUS:吉見 IN 朝日新聞 1997.06.08.
278.「1877年、天皇の京都・大和国行幸を政治的契機にして、大和における「旧慣」保存がはじまる。....こうした「旧慣」保存は....を目的として....、とりわけその目的として皇室の権威伸張が全面にでていた」
301.「明治20年代の古社寺保存政策は....。文化財保護と「皇室の崇敬」を結びつけようとするものであった。」
336.「明治中後期の地域における自主的な史蹟・名勝保存活動と、1897年....以後の行政による調査、こうした動きが大正期になって行政による公的な保存体制に結びつき、ついに1919年、国が史蹟名勝天然記念物保存法を制定するに至る。」

●JB85
・タカ高木博志

・近代天皇制と古都
・岩波書店 2006.3100Y.
・TAKAGI.H.,
・近代天皇制、古都イメージ、京都、奈良、国風文化論、文化のもつ政治性、橿原、万世一系神話、
・高木:京大人文研ap./朝日新聞2006.09.07.夕刊:高木談:「伊藤博文や岩倉具視らは....一等国としての国家的アイデンティティーを形成するためには、国の歴史や伝統を体現する『場』が必要だという結論に達した。『古都・京都』のイメージを政治的文化戦略として作り上げようとしたんです」 /+聞き手(今井邦彦)要約:国風文化論」の盛り上がり→「京都は、平安遷都後の天皇がいた『都』という性格が協調される一方、その歴史の中でも『国風文化』を視覚化する都市として整備されていきました」/京都に対し、楢葉国際色の豊かな「天平文化」の栄えた地として顕彰され。。。。。一方、万世一系神話で天皇家の初代とされた神武天皇ゆかりの橿原には、政府によってほとんど新たに「古都」が創出された。 /「愛郷心・愛国心教育や、歴史を活用した町おこしの背景にも『政治的に作られたイメージ』はつきまとう。現代に起きていることを読み解くためにも、その実態を明らかにしたい」

●JB86
・タケ武邑光裕

・記憶のゆくたて デジタル・アーカイブの文化経済 C6:
・東京大学出版会 2003,3800Y.
・TAKEMURA.M.,
・デジタル・アーカイヴ、記憶、アウラ、文化記憶と社会資本、京都ブランド、インターネット、記憶の編纂と反転、/ブランディング、伝統、ブランド国家論、
・132.「古い日本より、秋葉原や原宿に行きたい。そんな外国人が増えているといえば、それも当たり前であろう。古いものより、新しく生まれる文化に魅力があるからだ。」
136.「伝統を守るという本来の意味は、それゆえ次のようになる。時代の変化に対応し、過去の技芸や理念は継承しつつ、その時代時代の人びとを魅了しつづけていくための不断の試行、その結果としての形式がいかに変容しようともかまわない。それが伝統という理念を守ることなのである。」

●JB87
・タナ田中成明

・転換期の日本法
・岩波書店 2000.3400Y.
・TANAKA.S.,KELSEN,KAWASHIMA.T.,HART,HAYEK,SCHMITT.C.,INOUE.T.,SATOU.K.,MIYAZAWA.T.,HIGUCHI.Y.,RAWLS,SAITOU.J.,
・法システム、現代日本の法状況、法システムの正統化、正義論、多様なリベラリズム正義論とその批判(44ff.)、リーガリズム、司法改革、/法の賢慮(JURIS PRUDENTIA)(54)、賢慮主義(PRUDENTIALISM)(395)、/プロフェッショナル教育、リベラル・アーツ、教養教育、ジェネラリスト教育(392)、
・1-27,31-73,199-221,373-400
392.「ドイツやアメリカなどでは、リベラル・アーツ的な幅広い教養を身につけた者に対するプロフェッショナル教育として行われているのに対して、わが国では....大学の法学教育は、従来、このようなプロフェッショナル教育は行ってきておらず、教養教育も満足のゆくものではないという状況をを改革する必要がある。」
394.「わが国では、社会の「法化」が進み、世界的に高等教育機関の役割の変貌が進むなかで、大学における法学の教育研究が、従来のジェネラリスト養成という、目的の拡散した法学教育を惰性的に続け、法曹養成というプロフェッショナル教育に適切に対応できなかったために、理論と実務の乖離を招き、法学の教育研究体制を歪めていたのである。」

●JB88
・チョウ.R.

・ディアスポラの知識人
・青土社 1998.2800Y.
・REI.CHOW,ADORNO,ARMSTRONG.N.,VIRILIO,WEI.J.,KITTLER,CRISTEVA,SAID,JAMESON.F.,ZIZEK,SPIVAK,DIRLIK.A.,DERRIDA,BHABHA.H.,BARTHES.R.,FANON.F.,FOUCAULT,FREUD,HEGEL,BENJAMIN,BAUDRILLARD,HALL.S.,MARX,MILLER.J.H.,MOUFFE.C.,LACAN,LACLAU.E.,LYOTARD,
・ディアスポラ、アイデンティティ、階級、カルチュラル・スタディーズ、サバルタン、視覚、儒教、女性、他者、中国共産党、帝国主義、テクノロジー、ナショナリズム、ネイティヴィズム(土着主義)、フェミニズム、普遍主義、文化大革命、複数主義、ポスト構造主義、香港、民主主義、民族性(エスニシティ)、モダニティ(近代性)、湾岸戦争、毛沢東主義、オリエンタリズム、
・24ff.「サバルタン」の神聖化−−白人の罪という言説の生産性:
24. 「オリエンタリズムには特別の弟分がいる。その表象主体としての意義を強調するために、ここではそれを毛沢東主義と呼ぶことにする。」
25. 「毛沢東主義の典型とは、資本主義社会に住みつきながら、資本主義に嫌気がさしている文化批評家のことである。」
25. 「毛沢東主義は主たる戦略として、自分の言説上のレトリックを可能にしている物質的権利を言葉の上だけで放棄してみせるのだ。」
28. 「感嘆と道徳心とを混在させて、毛沢東主義者は、すべての非西欧文化をおしなべて「サバルタン」に転化し、それから今度はそれを使って同様にあらゆる「西洋」を一様に叩くのである。」
19.> 「いわゆる「他者」の表象」

●JB89
・ツジ辻成史ED.

・伝統 その創出と転生
・新曜社 2800Y.2003.
・TSUJI.S.,TAKEDA.T.,ABE.A.,MATSUTANI.T.,HASEGAWA.N.,/KAWABATA.T.,KITAOUJI.R.,SHIGA.J.(72),
・「伝統」概念、桃山文化、国民国家、「近代の超克」、魯山人>民芸(57)、国粋保存(72)、「近代的国民主義」(長谷川73)、
・AUS:朝日新聞2004.01.04:「江戸時代以前はもちろん、明治、大正期でも伝統、伝統と声高だったことはない。1930年代になって「国の伝統」「民族の伝統」といった意味合いで、にわかに使用頻度が高まる。」
74. 辻:「たとえば如是閑『日本的性格』は、日本は古代の昔から、他の文明に先駆けて近代的国民国家としての文明を準備していたと冒頭から繰り返し主張します。..../ 75.....彼の称えた「国民国家」日本は、急速な時代の推移に連れて、天皇を父と仰ぐ家族的共同体に転化していきました。」
76. 辻:「この当の伝統という概念....。さっきいったように明治・大正には滅多に使われなかった概念だし、ましてそれを国粋と同じ概念で用いたことはなかったと思います。それがこの昭和13(1938)年を境にして、立場を異にする多くの知識人によってにわかに議論されるようになり、今日的な意味での伝統概念が急速に形成されてゆきます。/....「近代の超克」....」

●JB90
・トウ東洋大学井上円了記念学術センターED.

・文化と哲学
・すずさわ書店 1997.
・SATOU.Y.,SHIBATA.T.,SAKABE.M.,UEDA.S.,=WATSUJI.T.,NISHIDA.K.,
・佐藤:「文化の現象学−−和辻哲郎の日本文化論」、『風土』、(風景)、柴田:「国家ぬきの政治哲学は可能か」、坂部:「哲学と言語」、上田:「哲学と宗教−−西田幾多郎の思索に導かれて」、/日本文化の世界史的使命、過去という時間、象徴主義、歴史的身体、
・佐藤 16. 和辻:日本文化の世界史的使命。 17.個を主張すれば人類の普遍的な価値に触れることができる。
24.N HEIDEGGER:人間がすでに投げ込まれてしまってそれは修正がきかないものであるということが過去という時間を開く。
坂部 104.象徴主義:言葉をサイン(記号)ではなくてシンボル(象徴)と見るという考え方。
上田 121.....する私たちの行為の中のすべてに文化がたたみこまれているということまで含めて歴史的身体と西田は言っているわけです。

●JB91
・トミ富所隆治

・アメリカの歴史教科書 全米規準の価値体系とは何か (社会科教育全書38)
・明治図書 1998.2000Y.
・TOMIDOKORO.T.,
・アメリカの歴史教科書、歴史的記憶=自己同一性の鍵、哲学、多文化主義(116)、
・6.ブッシュ政権下:英語・数学・理科・歴史・地理についての全米標準を策定。−−7.クリントン政権も継承。−−この中で「歴史基準」も。
15. 「歴史の知識が政治的知性の先決条件である」
16. 「歴史的記憶は自己同一性の鍵であり、....」
17. 「歴史における基準」の2タイプ: 18.1.歴史的思考技術、2.歴史的理解
17. 「これらの理解は人間的活動の少なくとも五つの領域における人間の熱望、努力、成就と失敗の記録から引き出される。すなわち、社会的、政治的、科学と技術の、経済的、および文化的(哲学的また宗教的また審美的)領域。」

●JB92
・トリリングTRILLING.L.

・自我の反逆−−作家と思想−−
・泰文堂 S.49.
・TRILLING,JAMES.H.,DICKENS.C.,
・自我、文化、18世紀末、
・ORG:The Opposing Self
2.「昔から常に自我というものはあった。....しかしながら、18世紀末葉に明瞭なった自我は、それ以前に出現したいかなる自我とも、種類において異なっているが、私には著しく重要と思われる一つの際だった特徴をもっている。その特徴とは、自我が自らの存在の根をその中におろしている文化に対する、強烈で敵対的な想像力のことである。/....《文化》という言葉は、われわれが、知性と想像力によって達成した成果を指すのみならず、その単なる仮説や系統立てられてない価値判断、更には、その習慣や風習や迷信をも指す言葉である。」

●JB93
・トレルチ

・歴史主義とその諸問題(上)(中)(下)
・ヨルダン社 1980,82,88.
・TROELTSCH,WEBER,
・歴史哲学、歴史主義、文化、発展概念(4-283)、個性(5-368)、普遍史(5-368)、
・(下)訳者あとがき:453.「決断」「敢行」の契機を認める点で、M.=WEBER。しかし:「相違しているのはただ、私がこの立場と発展思想を結合させるのに対して、W.がこの発展思想を断固として退ける点である。彼は....この発展思想を『ロマン主義的妄想』と呼んだ」(4巻284)
要:+ (下)ニーチェ、クローチェ。

●JB94
・トレンド.D.ED.

・ラディカル・デモクラシー
・三嶺書房 1998.5000Y.
・TREND.D.,ARONOWITZ.S.,BENHABIB,DENITCH.B.,DHALIWAL.A.K.,EHRENREICH.B.,EPSTEIN.B.,ESCOFFIER.J.,EUBEN.J.P.,FLACKS.R.,FRASER.N.,GIROUX.H.A.,HOOKS.B.,MARABLE.M.,MOUFFE.C.,OMI.M.,PLOTKE.D.,SPIVAK.G.C.,WILLIS.E.,WINANT.H.,ZARETSKY.E.,
・ラディカル・デモクラシー、アイデンティティの政治、社会主義、文化戦争、PC、平等、差異、
・千葉(JA3868),P.16が:「自由主義の伝統は長らく、往々にして政治を私的利益の手段ないし通路として把捉していく道具的政治概念から、脱却することができないできたん」として、それを指摘するものとしてこれを挙げる。

●JB95
・ナガ永井彰/ヒグ日暮ら雅夫EDS.

・批判的社会理論の現在
・晃洋書房 2003,2600Y.
・NAGAI.A.,HIGURASHI.M.,MIZUKAMI.H.,SUGAWARA.S.,FUNABA.Y.,SUZUKI.M.,IWASAKI.M.,HONNETH,/HAB.,RAWLS,
・H.の近代国家論、H.における権利体系の再構成、社会国家プロジェクトのリフレクティヴな継続−−H.による手続き主義的法パラダイムの提起、コミュニケーション行為理論の展開、H.とロールズ、グルーバル化時代における批判理論の展開−−『事実性と妥当性』以降のH.:世界市民法;EU、批判的社会理論における承認論の課題−−H.とホネット、C8:批判的社会理論の承認論的転回−−A.H.へのインタヴュー、/重なり合う合意、包括的信念、倫理的≠道徳的、妥協≠論証、H.>「心情的平和主義」、「共通の政治文化」(142)、
・船場:119.Rawls(PL387):「この公的な基礎づけがたまたま成立するのは、政治的社会のあらゆる成員が、分かちもたれた政治的構想をそれぞれの異なる理性的包括的信念に埋め込む(embed)ことによって、これに基礎づけを与えるときである。」
125.Hab:「競合する生活スタイルと生活形式の評価に関する倫理的な論争について、われわれが理性的に期待できることは、参加者には明らかとなる不一致以外のなにものでもない。それに対して、政治的正義および道徳の問いが問題である場合には−−原理的には−−普遍的に拘束力をもつ解答をわれわれは期待するのである」(EA124)。」
131.「H.は、それぞれ異なる理由からある結論に同意することを「妥協」と呼び、「同じ理由に」基づいた合意が「公的に、かつ共同で」目指される「論証」と区別している(EA116f.)。」
鈴木:134.「「獣性」論文で彼[H.]は、「心情的平和主義」を明確に否定し、それとは区別される「法的平和主義」を赤緑政権が標榜していることを評価する。」

●JB96
・ナカ中村英樹

・表現のあとから自己はつくられる
・美術出版社 1987.
・NAKAMURA.H.,KATSUSIKA.H.,ENNDOU.K.,
・風景、「もうひとつのコンテキスト」、「文化的混血性のエネルギー」、「粘りのある水」、歴史的記憶・身体的記憶(207)、
・AUS:中村 IN GS 1992-09.P.148.:風景はまず[私たち人間と無限なる時空間との]〈関係〉の表れとして規定されねばならない。

●JB97
・ナカ中村公男

・画家たちの原風景

・NAKAMURA.K.,
・画家たちの原風景、自然、文化←型の所有、
・AUS:田中房太郎 33.
中村:「知的な認識が、ほとんどの場合、既成の観念や心理学的な定型によって行われているのと同じように、感覚的な認識も、さまざまな様式やパターンに則って行われるのである。パルピゾン派的な感覚の中で育った人は....を見て、これこそミレーだといって感動する。....コローなどに親しんできて初めて印象派の絵を見た1870年代の人びとは、こんなものは絵でもなんでもない....と憤慨したのである。/そういう型をもつことによってこそ文化だからである。

●JB98
・ナカ中野収

・まるで異星人
・有斐閣 1985
・NAKANO.O.,
・「ブランド志向とカタログ文化」、「政治意識と歴史意識」、「カッコヨサの変貌」、「都市空間」、「孤独なナルシスたち」;スキゾ・キッズ、カプセル人間、ポストモダン、自閉、ナルシス・スキゾ文化、私的な倫理意識としての快、
・AUS:片桐 2000,137:SEE 195.:「普遍的な価値と私的な倫理意識としての快」[< ABIKO:端的な引用ではない!]→ORG:194:「無限定の<自由>な行動を限定するものとして、<普遍>につながる価値にかわって、私的な倫理意識と美意識、195.簡単にいえば快・不快の感性があり、....。」
196.「個的な倫理意識と美意識への執着は、自意識を肥大させ、他者との心情的な接触を間接化してしまう」。

●JB99
・ナカ中野敏男

・マックス・ウェーバーと現代
・三一書房 1983.
・NAKANO.T.,WEBER,ORIHARA.H.,OOTSUKA.H.,
・物象化としての合理化、文化科学、因果的解明、行為類型論、解明的理解、責任倫理と心情倫理(196)、官僚制的機械化(276)、歯車(277)、精神なき専門人(281)、心情なき享楽人(282)、物象化、人格的社会関係、「覚醒予言性」、人生・世界の意味、
・15. 「O.は、従来の近代化論者=ウェーバーという視点に替えて、むしろ近代西欧文化そのものが持つ問題性こそが、W.の関心の中心にあったのではないかと提起する。....17/O.によれば、このようにW.を捉えることで大塚が袋小路と感じたところのものを、絶対的な閉塞点としてではなく、むしろ、....われわれをして人生や世界の意味についての問いへと強く促す「覚醒予言性」を秘めたものとして見直しえるのである。」
314.「〈近代資本主義〉は、今や、西洋の地を超えて、あらゆる文化世界を巻き込み猛威を振っている。「資本主義的運動法則」の「文明化作用」と「物象化作用」は、かつて有機体的な一体性を保っていた〈生〉の一循環に亀裂を生ぜしめ、侵略や戦争という暴力的形態をとるとらぬにかかわりなく〈人格的社会関係〉を破壊し、僭越にも、あらゆる文化世界において固有の〈文化理想〉そのものの放棄を要求している。」

●JB100
・ニーチェNIETZSCHE

・ニーチェ全集3.哲学者の書
・ちくま学芸文庫 1994.
・NIETZSCHE,AUERBACH,ARIST.,WAGNER,WINCKELMANN,EMPEDOKLES,KANT,GOETHE,SCHOPENHAUER,SCHILLER,SOKRATES,PARMENIDES,PYTHAGORAS,PLATON,BURCKHARDT,HEGEL,HERAKLEITOS,HOMEROS,MOMMSEN,JAHN,LUTHER,LESSING,
・「運命と歴史」「意志自由と運命」「われわれの教養施設の将来について」「ショーペンハウアー哲学とドイツ文化との関係」「真理の情熱について」「哲学者に関する著作のための準備草案」「苦境に立つ哲学....」「われら文献学者....」、教養、幸福、歴史、芸術、大学、価値、教育、ギリシア、国家、神話、美、文化、崇高(234)、倫理的自然主義(441)、
・AUS:三島『N.とその影』172.N.「われわれの教養施設の将来について」:「私は、教養のできる限りの拡大と流布を求める叫びが....。できるだけ多くの認識と教養−−そこからできるだけ多くの幸福−−大体その公式はこんなふうになります。」

●JB101
・ニーチェNIETZSCHE

・ニーチェ全集5,6.人間的、あまりに人間的I,II
・ちくま学芸文庫 1994.
・NIETZSCHE,(ABIKO:NARA.K.),
・幸福と文化(I-294)、幼い頃、低級文化、歴史的感覚、/歴史病(II-10)、
・ABIKO:N.はここ(I)では「歴史的感覚」を肯定的に使用:
026.哲学者の遺伝的欠陥。−−あらゆる哲学者は、現代の人間から出発して、それの分析を通じて目標に達すると思いこむという共通の欠陥を身につけている。思わず「人間」が、永遠の真理として....ちらついている。....歴史的感覚の欠如があらゆる哲学者の欠陥である....。彼らは、人間が生成してきたものであることを....学ぼうとしない....。....絶対的真理がないように、永遠の事実もない。 /292も。
ABIKO:奈良(ナ11)は:ここを手がかりに、N.を超=歴史主義として規定

●JB102
・ニシ西川長夫

・地球時代の民族=文化論理 脱「国民文化」のために
・新曜社 1995.2163Y.
・NISHIKAWA.N.,
・脱「国民文化」、地球時代の幕開、国民文化という聖域、第二の国家イデオロギー、民族=文化概念の転換、アイデンティティ論の虚偽、国民国家のイデオロギー、伝統、
・28. 「文明や文化は国民的アイデンティティの向かうべき方向を差し示しており、国民統合のための強力なイデオロギーである。」
31. 「右翼も左翼もあるいはリベラル派も同じ用語[in文化論]32を使って文化を論じることの背後には、文化にかんする《国民的》統一戦線ができているのだ。」
153.「遠い過去から語り継がれてきたと信じられていたものの多くが、実は近代になってから、政治的あるいは経済的な配慮によって作り出されたものであることを証明する数多くの実証的な研究を前にして、伝統主義者はたじろがざるをえない。」

●JB103
・ニシ西川長夫

・国境の越え方
・平凡社ライブラリー 2001.1300Y.
・NISHIKAWA.N.,SAID,TAUT.,SAKAGUCHI.A.,/UENO.C.,
・「世界地図のイデオロギー」、「好きな国・嫌いな国−−心理的な世界地図」、「サイード『オリエンタリズム』再読」、オリエンタリズム、「欧化と回帰」、「起源−−ヨーロッパ的価値としての文明と文化」、「フランスとドイツ−−大綱概念としての文明と文化」、「日本での受容−−翻訳語としての文明と文化」、「国民文化と私文化−−日本文化は存在するか?」、「二つの『日本文化私観』−−ブルーノ・タウトと坂口安吾」、「グローバリゼーション・多文化主義・アイデンティティ−−「私文化」にかんする考察を深めるために」、アイデンティティの政治性、上野:「解説−−「国民国家」論の功と罪」、
・467.「文明とはフランス人の国民意識である」「文化とはドイツ人の国民意識である」

●JB104
・ノダ野田正彰

・共感する力
・みすず書房 2003.11.2600Y.
・NODA.M.,
・共感する力、自殺、「なぜ人を殺してはいけないのか」と子どもに聞かれたら、オウム信者、戦争の記憶、日の丸・君が代、震災、アモック=文化結合精神病、
・11. 「私たちは他者への共感力を豊かにすることによって、人生をすばらしいものにしていくことがで12きる、そのことに再び気づくのではないだろうか。」
68. 「おそらく農耕と共に、農耕が発展し都市文明が創られると共に、所有、身分をめぐって殺人が始まったのだろう。」
69. 「殺人という行為が広く見られるようになり、人は殺人を想像するようになり、想像は殺人行為を生むようになった、と私は考える。」
69. 「「人はなぜ人を殺してはいけないか」と若者に問われれば、差し当たって私は「自分が殺されたくないから、殺さない」と答える。だがそれに続いて、そのような問いが広がって行く背景には、生きていることの喜びを失い、生きる目的を探究できなくなっている自分がいること、そんな生き70方を強いている社会があることを、共に考えようと伝える。」
245.「アモックは村落共同体のなかで、人が体面を傷つけられたとき、このような狂気の型を選び得ることが知られており、人は潜在的な知識に基づいて興奮していく。狂気の型をその社会が共通に認めていることから、文化結合精神病と呼ばれてきた。」

●JB105
・ノダ野田宣雄

・ドイツ教養市民層の歴史
・講談社学術文庫 1997.900Y.
・NODA.N.,WEBER,KANT,GOETHE,SCHLEIERMACHER,BISMARCK,FICHTE,HEGEL,HEBBEL,
・ドイツ教養市民層、「ナチズムへの宗教社会学的アプローチ」、指導者民主主義論、ジェントリ、ドイツ官僚制、文化、ナチズム、
・22. Wissenschaftsideologieとでも名づくべき学問に対する特有な見方と崇拝
38. 1880年代頃から:文化なる言葉もてはやされる。 39.「文化自由主義」「文化保守主義」
81.WEBER:「メッキを塗った平民の宿命的な特徴」「成上がり者の人相」として、ドイツ教養市民の精神を批判。
102.カトリック教徒の世界:ナチズムの侵食、比較的少。ナチズムは、政党がプロテスタント名望家たちのギルドと化し、精神的にも教養市民層の影響がもっとも多く残っていた領域で最も成功。
108.W.は:政治が宗教に代わって人びとに「死の意味」をあたえようとする危険がドイツにおいて最も大きいとみなす。

●JB106
・ノム野村修

・ベンヤミンの生涯
・平凡社ライブラリー 1993.
・NOMURA.O.,BENJAMIN,BRECHT,MARUCUSE,ARAGON(186),BLOCH,/SEKI.H.,
・マルクス主義、パリ、歴史の天使、新しい天使、具体的なものと想像力との弁証法的な交錯(123)、「是認的なAFFIRMATIV文化概念」(MARXUZE180)、「歴史的唯物論」(223)、「回想」(223)、「根源」(233)、「弁証法的なイメージ」(235)、B.>進歩、
・223.B.:「回想においてぼくらは、歴史を基本的に非神学的に把握することをぼくらに禁ずるような、経験をする。」
225.BLOCH:「社会主義が経済学になる以前に神学だったことを....忘れている。」
233.B.:「歴史的唯物論の根本概念は進歩ではなくて、現実化なのだ」「救いは、持続的なカタストローフのなかにある小さな裂けめにかかっている。」野村:その裂けめにおいて、歴史的時間は〈いま〉として弁証法的に構成されなくてはならない。

●JB107
・ハス蓮見博昭

・宗教に揺れるアメリカ−−民主政治の背後にあるもの−−
・日本評論社 2002.2700Y.
・BUSH,
・アメリカ・キリスト教原理主義、/C1:多文化社会における政治と宗教、C2:アメリカの政教関係についての考え方、C3:合衆国憲法と市民宗教、C4:宗教関係利益団体の台頭、C5:主要諸教派の政治化、C6:福音派の政治化と宗教保守派、C7:宗教活動の自由」規定の具体化紛争、C8:宗教と政治行動、C9:現代アメリカの戦争と正戦論、C10:東西冷戦の激化と「反共十字軍」、C11:文化戦争とセラピー国家、癒し、伝統主義、C12:妊娠中絶とアメリカ政治、C13:同性愛に関する政治的攻防、C14:公教育における宗教と政治、C15:宗教的政争に揺れる教育委員会制度、C15:大統領の不祥事をめぐる政教論争、C17:政治の総中道化と宗教の見直し、終章:アメリカの多文化共生とキリスト教、
・199.「「文化戦争」とは、....1960年代以後のアメリカで、それまでの伝統文化を批判・否定する「対抗文化」推進派と伝統文化擁護派の対立抗争が、政治的・社会的性格を強く帯び、軍事的戦争の激しささえももつようになったことを意味している。具体的な争点としては....妊娠中絶、同性愛、公立学校の宗教教育などが代表的なものである。」
212.「ノランは....アメリカは今やまさに「セラピー国家」..になったと主張している。さらに、ノランは次のように強調する。/「伝統主義者たちの間でも癒し的な言語が継続的に使われていけば、真理の変化しない基準や伝統、自己以外の道徳的権威の源泉に依存する公的論議の〔伝統主義的〕形式をますます不愉快な受け入れ難いものにしていくだろう。(中略)そして最終的には、伝統主義者たちがアピールしている道徳理解の伝統的規範を阻害してしまうだろう。」」

●JB108
・ハセ長谷部恭男

・比較不能な価値の迷路
・東京大学出版会 2000.3800Y.
・HASEBE.,GAUTHIER,HOBBES,MACINTYRE,WITT.,RAWLS,ROUSSEAU,CONDORCE,INOUE.T.,DWORKIN,TROPER.M.,DAVIDSON,KRIPKE,RAZ,MARMOR.A.,HIGUCHI.Y.,DICEY.A.V.,FULLER.L.L.,NOZICK,
・価値、「国家はそもそも必要なのか」、「比べようのないもの」、「コモン・ローの二つの理解」、「文化の多様性と立憲主義の未来」、「理性の彼方の軽やかな希望−−「ポストモダン=新しい封建制?」という疑問にポストモダニズムは答えられるか−−」、「多数決の「正しさ」−−ルソーの一般意思論とコンドルセの定理−−」、「それでも基準は二重である!−−国家による自由の設定と規制−−」、「制定法の解釈と立法者意思」、「司法審査と民主主義の正当性」、リベラリズム、「法の支配が意味しないこと」、「厳格憲法解釈論の本質と精神」、/権威の正当化、国家、(WHY BE MORAL?)、
・4.「名宛人には、権威の命じた行動であるからという理由以前に、そのような行動をとるべき別の理由があてはまっている。ラズは、権威がそのような性格を備えているという主張を、「依存性テーゼ..」と呼ぶ。/....にもかかわらず、なお権威の存在に意義があるのは、各人がそれぞれ独自に彼(女)に妥当する理由に合致した行動をとろうとするよりも、むしろ権威の命令に従った方が、その独立の理由に、よりよく合致した行動をとることのできる蓋然性が高いからである。ラズは、これWが権威の通常の正当化根拠であることから、この主張を「通常正当化テーゼ..」と呼ぶ。」(The Morality of Freedom,note6,at 53)
12. 「社会契約論と異なる議論として、自然状態に暮らす人々の自己の利益を求める活動の意図せざる結果として、....国家が....出現するという議論がある。」Nozick,Anarchy,State,and Utopia

●JB109
・ハナ花澤秀文

・高山岩男
・人文書院 1999.06.3800Y.
・HANAZAWA.H.,KOUYAMA.I.,NISHIDA.K.,MIKI.K.,SUZUKI.S.,TANABE.H.,TOSAKA.J.,KOUSAKA.M.,WATSUJI.T.,FUNAYAMA.S.,OOSHIMA.Y.,UMEHARA.T.,TSUJIMURA.K.,TANAKA.M.,NODA.M.,SUSUKIDA.K.,KANOKOGI.K.,SATOU.T.,KIHIRA.M.,IENAGA.S.,
・京都学派、資料、文化類型学、国民道徳、世界史の哲学、歴史哲学、戦争、世界史的立場、東亜共同体論、東西精神史の内面的連関、マルクス主義、
・134.「三木のみならず、....西田幾多郎自身も、蓑田胸喜ら原理日本社による「世界皇化論」、および鹿子木員信ら大亜細亜協会による「すめらあじあ主義」等の独断的曲解の立場からの攻撃が開始せられていた」
146.家永三郎:「西田は田辺をファッショと罵り、絶好同様となったと言われているのに....高山・高坂らに対しては最後まで友好的な関係を保っており、....」 < 花澤
155.『読書人』S.18年7月で佐藤通次、紀平正美ETC.:西田・京都学派批判
187f.(西田→)高山・高坂・西谷 ≠ 山内得立・田中・野田。
361.田中『学習帳から』で:西田批判。

●JB110
・ハヤ林屋辰三郎+

・風と流れと−−暮らしの中世と現代
・朝日新聞社 S.49.
・HAYASHIYA.T.,YAMAZAKI.M.,
・中世の暮らし、祭り、日本の色の認識、色のシンボリズム、徳、有徳者−−美意識追求の人々、生活文化の原形と変容、
・192.室町時代における「有徳者」:この場合、「徳」は「得」とほぼ同義。しかし、+有徳者=文化財のコレクター。

●JB111
・パスPAZ.O.

・クロード・レヴィ=ストロース
・法政大学出版局 1988.1400Y.
・PAZ.O.,L.-STRAUSS,MARX,FREUD,
・文化人類学、歴史、キリスト教、「直線的な時間観念(歴史)」(102)、
・AUS:JA5341,184:P.:「キリスト教が存在しなければ、直線的な時間観念(歴史)は生れなかっただろう。われわれはこの宗教に進歩とその行き過ぎ、そして悔恨を、つまり技術と帝国主義、そして民族学を負っているのである。」

●JB112
・ヒラ平井正

・ドイツ・悲劇の誕生3 ダダ/ナチ 1926-1932
・せりか書房 1994.
・HIRAI.T.,HITLER,GOEBBELS,ROSENBERG.A.,BEETHOVEN(67),シュヴィッタース,MIES(115),LE CORBUSIER(116),JUENGER.E.(173),トロースト.P.L.(310),ナウムブルク(479),
・ナチズム、ガール文化と理念文化(30)、文化VS文明(31)、ハノーファー抽象派(83)、新即物主義、近代建築、擬古典主義、GOE.>ベルリン西区(156)、アスファルト民主主義(157)、『二十世紀の神話』、R.:「真に歴史を形成する芸術家」(289)、表現主義、ルネサンス、
・83. シュ.> 表現主義:「腐った酢漬けの魂の画家」/シュ.:「現代のアヴァンギャルドとは抽象である」として >新即物主義。
169.シュ.> ギリシア神殿に学ぶこと
174.ブロンネン on JUENGER:「ユンガー・サークルのこの教理問答は、S4でん5H.からG.とR.に至るまでの、国民社会主義のイデオロギー全部を含んでいた。」 /218. .. on LE CORBUSIER:「建築のレーニン」
219.HITLER:「芸術は....政治的権力意志の表現でもある。」
310.T.はスパルタ的な伝統様式を近代建築と結び付ける
381.シュ.:「抽象芸術だけが、われわれの時代を反映している」
422.HITLER ON 日本  /479.ナウムブルク:「芸術は本来ルネッサンスにしかなかった。そしてルネッサンスはイタリアの土地における北方人種の育成の成果である。」/480.ユスティ派(プリミティヴなナチ美学)による表現主義の北方化 < ナウムブルク(昇華されたナチ美学):英雄的理想主義

●JB113
・フィスク.J.

・テレビジョンカルチャー−−ポピュラー文化の政治学
・梓出版社 1996.
・FISKE.J.,ALTHUSSER,BARTHES.R.,BAKHTIN,FOUCAULT,HALL.S.,LOVELL.T.,MACCABE.C.,
・テレヴィジョン、ポピュラー文化、快楽、悦楽、戯れ、リアリズム、物語、イデオロギー、ヘゲモニー、アイデンティティ、身体、官能性、意味・存在、
・AUS:『カルチュラルスタディーズ入門』330.
355.N B:「プレジールとは世俗的な快楽であり、本質的には確認をすること、特にアイデンティティといった意味あいをもつ。したがって、プレジールは文化の所産であり、文化によって生み出されるアイデンティティという意味をも含むのである。..../356.ジュイサンスとは、文化よりも人間の本質に関係する、高められた官能性によって経験される身体の快楽なのだ。..../357.ジュイサンスとは、文化の統制と、「記号内容の差異」による意味の統制からの逃避であり、したがって、特にそれが物質化される(粒、声の息、唇の肉など)方法からしても、記号表現が前面に現れてくる。」....ジュイサンスは「(自己もしくは世界の)意味にかかわるのではなく、存在と緊張にかかわっている」

●JB114
・フェマロリFUMAROLI.M.

・文化国家−−近代の宗教
・みすず書房 1993.4944Y.
・FUMAROLI.M.,CEZANNE(79),BAUDELAIRE,
・文化国家、国家の近代性、「文化省」=全体主義的、
・訳者あとがき:
345.宗教心の衰退したいま、教会の代わりをなして人びとを集めているのが”文化イベント”なのである。
346.チャットウィン.B.:「文化省という概念自体にはなにか全体主義的なところがある」(CF.『文化の悲劇』)
348.第三共和制が鋭意専念していたのは、....教育と文化遺産の保存、管理。

●JB115
・フク福多久

・アイデンティティと情報構造
・八重岳書房 1993.1060Y.
・FUKUTA.H.,
・「アイデンティティ症侯群」(3)、「風俗としてのアイデンティティ」「景観としての自然」、小共同体、伝統性・文化性、行政による地域文化の保存・活用、沖縄、>自然に対する「盆栽感覚」、
・1.「小共同体の精神性のマイナス面として「閉鎖性」が取り上げられることが多いが、もはや今日、その「閉鎖性」を実態たらしめてきた伝統性、文化性が実態としては機能しておらず、「風俗としてのアイデンティティ」「景観としての自然」の中に埋没したと言うことができる。これを象徴的に表すのが、行政が地域文化の保存や活用を言いだすことである。」
2.「「風俗としてのアイデンティティ」に固執する小共同体の成員の精神性が積み上げられれ、さらにそこに自然的、社会的制約が加えられて共同体の「精神性」がかたちづくられる過程で、情報メディアが与える影響について試論を試みたのが本書である。」
160.「「景色」を保全することが「自然」を保つことだというひ弱な都会人の発想」
161.「日本人の自然に対する「盆栽感覚」」

●JB116
・フク福田歓一

・近代政治原理成立史序説
・岩波 1971.
・FUKUDA.K.,
・政治哲学の貧困・衰退、社会契約説、価値、主観的選好(394)、デモクラシーの哲学的問題(404)、文化、
・AUS:加藤節、177
393.「まさにその現代において、政治哲学の貧困と衰退とは、ほかならぬ政治学者自らの嘆くところであって、その結果人間は政治批判の哲学的基準を見失ったかにみえる。たとえば、20世紀をおおうデモクラシーの波の中にあって、人々はそのかかげる価値にどこまで掛値のない信頼を寄せているであろうか。....394.何故に基本的人権が価値として妥当し、われわれにその承認を迫るとともに、またわれわれによって請求されるかを、客観的に明らかにしているであろうか。それどころか、学術の世界においてわれわれが今日見出すのは、自由を歴史における幻想とするか、あるいはたんなる主観的選好の表明とする、科学の名におけるシニシズムではないのか。」
404.「デモクラシーのかかげる根本価値としての基本的人権は、文化創造の自覚的論理としての「人間の哲学」によってはじめてその根拠を明らかにし得るであろう。」

●JB117
・フク福田和也/ミヤ宮崎哲哉

・愛と幻想の日本主義
・春秋社 1999.1500Y.
・FUKUDA.K.,MIYAZAKI.T.,KOBAYASHI.Y.,NISHIBE.S.,AZUMA.H.,ASADA.A.,
・日本主義、「国家の消息」「日本再構築」「現代の戦争」「保守主義の現在」「拡張するカルチャー」「生死」、ナショナリズム、学級崩壊、アメリカ・リベラリズム、ポストモダン、共同体、サブカルチャー、文化、戦後民主主義、ファシズム、オウム真理教、
・19.福田:「結局、僕は基本的に、かなり浅薄なニーチェ主義者というか、快楽主義者のエピキュリアンなので、人間は幸福に、楽しく生きる義務があると思っているんです。....その姿勢からすると、国家、国はかなり有効なフィクションです。」( 18.弱者の(ルサンチマンのナショナリズムは「一番嫌い」。)
24.福田:「カントリーの維持が大事なんだという視点をしっかりと持たなければならない。....ネーションがカントリーに対して害で、ネーションステートがなくても資源物資・経済がカントリーのあり方を崩さずに供給できるなら、ネーションステートがないほうがいいと判断することは充分ありうる。」

●JB118
・フジ藤野寛

・アドルノ/ホルクハイマーの問題圏(コンテクスト)
・勁草書房 2000.04.3500Y.
・FUJINO.H.,HORKHEIMER,ADORNO,WIGERHAUS.R.,WALZER,UENO.C.,KANT,KIERKE.,COHN-BENDIT.D.,SCHNAEDELBACH,SCHOLEM.G.,TAYLOR.C.,NIETZSCHE,HEIDEGGER,HAB.,HITLER,FREUD,HEGEL,BENJAMIN.J.,BENJAMIN,HONNETH,MARQUARD,MARCUSE,RITTER.J.,GAY.P.,
・同一性批判、「「全体性は非真である」テーゼについて」、メランコリー、「主観的「理性」と客観的「理」性」、「文化と幸福」、「倫理学の批判的社会理論への解消」、唯物論と道徳、「ユダヤ人問題との関連においてみられた「非同一的なもの」概念」、啓蒙、「ドイツの同化ユダヤ人問題」、「同一性批判から多(元)文化主義へ」、「家族論の変容」、「「埋め合わせ理論」とその批判」、「哲学することへの反省」、
・57. 「[N F.]要するに、文化とは常に欲動断念であり、欲動充足としての幸福とは原理的に衝突せずにはすまない関係にあるということである。F.に/ 58.人間を「幸福」にするという意図は「創造」のプランの中には含まれていない。[Das Unbehagen in der Kultur]/という挑発的な発言があるが、P.G.は、これを、さらに巧みに次のように言いかえている。/人間は文化なしに生きることはできない。しかし、文化の中で幸福に生きることはできない。[Freud.Eine Biographie fuer unsere Zeit]」

●JB119
・フシ伏木亨

・人間は脳で食べている
・ちくま新書 2005,680Y.
・FUSHIKI.T.,
・おいしさの諸種:情報、文化、四つのおいしさ、おいしさの生理メカニズム、ブランド、やみつき、脳、先天的なおいしさはあるか、本能、マクドナルド、過剰な快感は人類を滅ぼす、天然/養殖、「生の五感は失われ始めている。」(194)、
・AUS:山下柚実『給食の味はなぜ懐かしいのか?』15:伏木談:「まず第一に、「生理学的おいしさ」というものがあると思います。生命を維持していく上で必要な反応ですね。二番目が、「薬理学的おいしさ」。一つの食品を、中毒のように欲してしまうおいしさ。それには理由があるんです。そして三番目に、「情報がリードするおいしさ」。自分の舌で味わっておいしいかどうかを判断するというよりも、安全だとか新鮮といった情報のほうが優先されるおいしさです。四番目が「文化に合致したおいしさ」。日本の風土に根ざした、お米とかみそ汁とか、歴史の中で育まれてきたおいしさのことですね。三番目と四番目のおいしさは、他の動物にはない、人間だけの事情ですけれど。」

●JB120
・フル古川彰+大西行雄

・環境イメージ論
・弘文堂1992.2300Y.
・FURUKAWA.A.,OONISHI.Y.,KADA.Y.,YANAGI.T.,/SAWADA.N.,
・風景の文化生態学、環境問題、心象風景、「白砂青松」的風景もしょせんは自然破壊の結果に過ぎない、大和三山、「日本八景の誕生」、「町の風景」、「日本近代の風景意識」、原風景、昭和初期の風景観、日本新八景、
・書評あり ハ21
3FF.はしがき 環境問題と風景 BY 編者:
3.今日の環境問題の構造:かつての公害問題に比してはるかに複雑。
4.このようなものとしての風景の全体が構造化され、わたしたちとって透明であったとしたら、かしかに環境破壊など起こるはずはない(沢田充茂『認識の風景』)。
5.わたしたちがあきらかにしようとする風景:≠人間工学的な「物の風景論」、心理学的な「心の風景論」でとらえられるもの。−−風景を出来事としてとらえる。 /6.環境問題を歴史性と社会性の文脈からとらえようとする。風景の文化生態学/名付け・見立てとしての風景の成立7.それ(≠個人的)とは別に:原風景(私的)
277.昭和初期の日本人の風景観/昭和2年:日本新八景の選定

●JB121
・フロイト

・文化のなかの居心地悪さ

・FREUD,
・>隣人愛、幸福、文化、罪責感、攻撃性、エロース、
・AUS:思想1008(立木康介),P.12:「この著作は、幸福を請けあうはずの文化がなにゆえにそこに住まうわれわれを満足させてくれはしないのか、という問いを経由して、後半では、この不満足の原因である攻撃性と、そこから派生してたえずわれわれにつきまとう(無意識の)罪責感をめぐる、長く入りくんだ考察へと収斂してゆく。その第V章、文化によってエロースに課される諸々の制限が、じつは攻撃性を抑えるためにこそ必要とされるいわば防御策なのだということが明らかになってゆく、まさにその議論の転回軸となっているのが、「隣人愛」の掟にたいするF.の−−ほとんど「執拗なまでの」と言ってもいい−−批判にほかならない。」

●JB122
・ベネディクト.B.ED.

・サイバースペース
・NTT出版 1994.ORG:1991
・BENEDIKT.M.,GIBSON.W.,TOMAS.D.,STENGER.N.,STONE.A.R.,BRICKEN.M.,
・B.:イントロ;「サイバースペースの空間原理と可視化モデル」、G:「アカデミーリーダー」、T:「精神はそっと漏れ出る虹」、S:「ヴァーチャル文化の境界物語」、B:「仮想世界」、..:「現実のサイバースペース化」、
・AUS:三上俊治「インターネット時代のリアリティ構成」IN『映像メディアの展開と社会心理』57:「B.B.はこうした仮想世界のことを「サイバースペース」と呼んだが、彼はこの仮想環境を設計するにあたって基準となる7つの設計原理を指摘している(130-233)。....これらの原理は、たとえ仮想環境であっても、設計主体は現実環境との間に著しい違和感のない58リアリティを構成しなければならないという原則を示したものといえる。」

●JB123
・ホール.S./ドゥ・ゲイ.P.EDS.

・カルチュラル・アイデンティティの諸問題
・大村書店 2001.2600Y.
・HALL.S.,
・カルチュラル・アイデンティティ、文化、
・坂本佳鶴恵が引用:215:「文化的アイデンティティとは「あるもの」というだけではなく「なるもの」なのである。」(93)/「私は「アイデンティティ」という言葉を、出合う点、縫合の点という意味で使っている。....216.このようにして、アイデンティティは、言説的実践がわれわれのために構築する主体の位置への暫定的な接着点である。アイデンティティは、言説の流れの中に主体をうまく節合もしくは「連鎖化」させた結果である」(15)。−−坂本:「アイデンティティは、主体を意味の構造に組み入れる仕方であり、「主体がとらざるをえない位置」のことである。」

●JB124
・ホール・エドワード

・文化としての時間
・TBSブリタニカ 1983.
・HALL.E.,
・文化としての時間、時間の種類、インディアンの時間、文化の時計、時間の経験、時間の地図、共調した時間(37)、
・37. それぞれの文化には、それぞれのビートがある。
111.欧米人の時間は、満たされることを待っている空の容器である。さらにこの容器には、ベルトコンベヤーの上にあるかのように移動する。

●JB125
・ボードリヤール/ヨシ吉本隆明

・世紀末を語る あるいは消費社会の行方について
・紀伊國屋書店 1995.06 1400Y..
・BAUDRILLARD,YOSHIMOTO.T.,
・消費社会、B:「世紀末のカウント・ダウン」:終末の幻想の彼方へ、現実の過剰とユートピアの喪失、欲望の充足と現実世界からの追放、アクティング・アウト、「歴史の終わり」という幻想、<悪>の透明化、ユートピアとイデオロギーの不在、亡霊化した現実、<他者性>の喪失、人工的な<他者>の生産、他者をもたない主体、/Y:「消費が問いかけるもの」:消費資本主義社会とは、潜在的な権力は大衆の手に、リコール権を明文化する、レーニンができなかったこと、憲法第九状、日本の社会の特徴、「死」にいたる三つの条件、「死後」の社会をイメージする、消費がいまの社会を解く鍵、好景気と不況を測るものさし、親鸞の「死」の見方、「死」の場所から見えるもの、/「対論」:消費社会の<死>と「死後の世界」、経済的リコール権の行使、日本の<特異性>をめぐって、/「対論(続き)」:ポスト冷戦の世界認識、イスラム原理主義をめぐって、消費者の抵抗、ユートピアの喪失と知識人の役割、過剰の時代の倫理と理念、/B:「ヴァーチャルなイリュージョン」:TV番組化した生活、「リアル・タイムで生きない」、インターフェイスの中の世界、世界の加速された終わり、自動化された世界の夢、人間の消滅の危機、世界の自動記述の種類、思考という幻想の消去、「完全犯罪」を超えて、幻想の終わり、/B:「顔のないシステム、顔のないテロル」:AD 阪神大震災、
・31ff.亡霊化した現実:
31. 「ある意味では後ろ向きの....歴史に対応して、後ろ向きの(レトロな)ユートピア、過去の、時代錯誤的な形態のリヴァイバルが見られます。..../ 33.かつて、潜在的なものはアクチュアルなものを目的としていました。今日、それは現実的なものを追放するという機能を担っています。潜在的な歴史は現実の歴史が不在である場所に存在し、情報メディアに守られて、現実の歴史の決定的不在を確認するのです。」
129ff.「リアル・タイムで生きなさい」:
131.「「メディアはメッセージである」はコミュニケーションの時代の最終的予言であり、その合言葉とその終末のサインでありつづけています。」

●JB126
・マツ松永澄夫

・食を料理する 哲学的考察
・東信堂 2004.01.2000Y.
・MATSUNAGA.S.,
・食、C4:味覚の特性、感覚と知覚、五感、痛み、C8:美味しさと二つの欲求、質の享受=趣味、余裕、文化的欲求(171)、
・62. 「感覚というのは、体における或る変様が、それへの意識的対処を求めるべく訴えかけてくるときに、体の出来事として生ずる。知覚は元来、体の外に..位置するものが対処すべき課題をなすときに、その発見として生まれる。」
67. 「私が見ているものは、私が見ていなくても、見なくなっても、其処に在る。..../ 68.それに対し、痛みは、感じられている間だけ存在している。<<感じられていることが在ること>>なのである。」
153.「シグナルとしての味」
156.「人間では、味への欲求と生命体が必要とする食べ物への欲求と、二つが分離することも生じないわけはではない。」
168.「質を物や事象への通路として受け止めることなく質自身として経験するには、質を引き起こす物や事象への対処の切迫性がないことが条件であることが理解される。言い換えれば、余裕なしには、質の、物や事象への帰属から解放された経験はない。....まさに、<<質を享受>>するという....この享受への傾きを、私は「趣味」と呼んでよいと思う。」

●JB127
・マツ松山巌

・百年の棲家
・ちくま学芸文庫 1995.
・MATSUYAMA.I.,BENJAMIN,
・「まぼろしのインテイリア」、路地、長屋、文化住宅、高層団地、同潤会アパート(161)、
・AUS:TEN PLUS ONE N.12,137:P.15:「そこに暮しの断面を見て、それをインテリアと呼ぶことにしたい。」

●JB128
・マツ松田京子

・帝国の視線 博覧会と異文化表象
・吉川弘文館 2003.10.6000Y.
・MATSUDA.K.,NISHIKAWA.N.,SAID,TOMIYAMA.I.,YOSHIMI.S.,
・博覧会、異文化表象、帝国、国民、文化、植民地近代(216)、第5回内国勧業博覧会、「われわれ」、
・7.「近年の国民国家論の興隆のなかで、「想像の政治共同体」としての「国民」形成の動態解明が、一つの大きな研究主題として焦点化し、その進展のなかで、私たちはさまざまな知見を得てきた。その一つが、「文化」という思考そのものが、「国民」形成という政治的な動態のなかで「活力」を得てきたものであり、その意味で「国民文化」という思考と相即不離の関係性を取り結ぶものであるということだ。」

●JB129
・マル丸山圭三郎

・フェティシズムと快楽
・紀伊國屋 1986.1200Y.
・MARUYAMA.K.,
・「フェティシズムと快楽」「〈近代〉批判のメリットと限界」「コトバと文化」「アナグラムと無意識」、ブランド志向、
・31. 「文化の中のすべては、自然現象と思われるものまで、フェティッシュなんだ。文化というものは、そもそも本能図式にはなかった「過剰」としてのシンボル形態によって、産み出された共同幻想なのではないか」
33. 「私の結論は....フェティシズム万歳なんです。....フェティシズムを批判するのであれば、人間そのものの否定です」
35. 「「フェティシズムは駄目だ、自然に還れ」ではなくて、自分の身体の中において、そして生き手入る社会の中において、停滞現象を起こしている生命の動き、これを回復できるだろうかという問題が立てられてまいります。これは《文化の中の実践》の問題でして、「自然に還れ」ではない。」
39. 「ブランド志向、いいじゃないですか。」

●JB130
・マンハイム

・初期論文集(全集1)
・潮出版社 S.50.
・MANNHEIM,LUKACS,TROELTSCH,HEGEL,
・「魂と文化」「ルカーチ「小説の理論」批評」「世界観解釈の理論への寄与」「科学分類の問題」「認識論の構造分析」「歴史主義」、生、相対主義、
・訳者解説:
371F.M.は:現在的文化総合を行う歴史的主体は歴史研究者の経験的自我でもなくカント哲学の超時間的な自我でもなく、むしろその中間に位すると考えられる、歴史的認識と実践的意欲とが結びつくような全体的人間だとする。....相対主義を帰結するものではないとして、歴史主義的認識の絶対性を擁護。
372.T.はヘーゲル主義者と歴史学派との対立が現代においては合理主義的な歴史哲学者と非合理主義的な生の哲学者との対立にまでつながっており、....指摘し、この両者の立場を総合する立場を自分のものとしている。こういうT.の主張もM.には強く影響している。

●JB131
・ミキ三木清

・全集 1
・岩波書店 1966.
・MIKI.K.,/(MATSUSHITA.R.),
・文化、教養、文明、
・AUS:松下(JA7275),p.142:「三木清によれば、大正期の読書「文化」は、「文明」(科学や技術)を重視する「明示時代における啓蒙思想....に対する反動」という側面をもっていた(三木清「読書遍歴」....389-90)。「教養」は、より正確にいえば、「社会」への抵抗(立身出世主義や国家に有為な人材養成のための教育への反発)のための文化と、「社会」での成功(下層階級・大衆や華族・士族層からの自己の差異化と社会的承認の獲得)のための文化という相反する二面をもっていたのである(教養主義は抵抗を逃避に読み替えることでこの矛盾に折り合いを付けたといえる)。」

●JB132
・ミシ三島憲一

・ニーチェ
・岩波新書
・MISHIMA.K.,NIETZSCHE,HEGEL,PLESSNER,(ABIKO:RITTER.J.),
・ポストモダン、自由、ドイツ文化、ナショナリズム、歴史主義、伝統とのナイーヴな連続性、
・101.言葉や伝統や人種が異なっても、自分たちで法を作り、その法を承認した者たちこそ、真の国民であるという〈普遍主義〉である。ところが、ドイツではそれが1848年以来不可能となったために、伝統とのナイーヴな連続性を捏造し、固有の〈ドイツ文化〉の存在を吹聴せざるを得なくなった。
105.P.は....この時代は正当性を失った市民階級が、自分たちの内面の空洞化を、なんでもいいから歴史的で「文化的」なものによって隠蔽しようとした「成金趣味」の「歴史主義」であるといった趣旨の....
119.HEGEL:「自然の認識によって自由になった」−−これは:近代人は、ギリシア人のように自然の森羅万象のなかに美しい神々の姿を、つまり、自由と美の融合した夢の世界を読み込み、またそのいたずらな罰や呪いにおののく人間ではない、という意味である。

●JB133
・ミシ三島憲一

・現代ドイツ−−統一後の知的奇跡−−
・岩波新書 2006.
・MISHIMA.K.,KANT,DERRIDA,HAB.,WALZER,
・C1:ドイツ統一−−国民国家の再生?、C2:統一のきしみ、「知識人」批判、C3:ネオナチの暴力、C4:中部ヨーロッパの大国?、二重国籍、C5:新たな国際情勢の中で、湾岸戦争、ユーゴ内戦、C6:過ぎ去らない過去、過去をめぐる論争、記念碑、C7:EU統合の深化とカントの希望の再生、/規範と価値、文化、
・181.HAB.ad ゴルトハーゲン:
183.「H.のこうした議論の背景には、規範と価値、普遍性とコンテクスト性という彼独自の社会理論による概念的区別がある。簡単に言えば、どんな普遍的な規範でも、それを根づかせるには個別共同体の価値が必要であり、どんな普遍主義もそれを個々の政治的共同体に定着させる動機抜きには、絵に描いた餅である、ということである。/「すべての人間は基本的人権を持つ」という条文だけでは、あまりに抽象的で政治的な力にはなり得ない。それを生かすには、その政治的共同体のなんらかの経験と結びつく必要がある。例えばドイツならば、....[ユダヤ人虐殺]....、「そういうことは二度とあってはなら184.ない」という人々の気持ちを通じて、人権がいわば文化として根づくのである。日本ならば、戦前の国家神道の経験から、宗教と政治の分離にドイツなどよりはるかに敏感になるのもそうした価値動機である。/どんな規範も血肉化されるためには、規範以外のものを必要とする。....。」

●JB134
・ミタ見田宗介

・価値意識の理論
・弘文堂 S.41.
・MITA.M.,ALLPORT,BENEDICT,COOLEY.C.H.,DEWEY,DURKHEIM,FROMM,FREUD,KARDINER.A.,KLUCKHOHN.C.,L.-BRUHL,LINTON.R.,MARX,MERTON,MORRIS.C.I.,MURRAY.H.A.,PARSONS,PIAGET,SIMMEL,SOROKIN,THOMAS.W.,WEBER,ZNANIECKI.F.,
・価値意識、パーソナリティ、文化、規範、審美的価値、/(アカデミックな研究)、
・206.審美的価値は即時的・感性的な幸福をもたらすという意味で、〈快〉価値の文化的に洗練された一様式と見ることができる。「こころよい」ものが必ずしも「うつくしい」とはいえないけれども、「うつくしい」ものは必ず、何らかの意味では「こころよい」。
+AUS:橋本努341:「問題主体は、一つのコア問題(原問題)をさまざまな方法を用いて探究するような「問題追求型」であるが、M.によれば、これに対してアカデミックな研究の本流は、一つの方法をさまざまな問題に適用する「方法適用型」である。」(2頁)

●JB135
・ミタ三谷太一郎

・近代日本の戦争と政治
・岩波 1997.
・MITANI.T.,WATSUJI.T.,TANAKA.M.,MORITO.T.,FUKUZAWA.Y.,YOSHINO.S.,OOKOUCHI.K.,ISHIBASHI.T.,YASUDA.Y.(201),MIKI.K.(337),
・「戦時体制と戦後体制」「日本における「地域主義」の概念−−ナショナリズム及び帝国主義との関連についての歴史的分析−−」「日本近代化と天皇制」、神、キリスト教、日本国憲法、第九条、「和辻哲郎の「尊皇思想」」「文化共同体としての国民あるいは民衆の統一」(和辻)、「反歴史主義的歴史観−−田中美知太郎『時代と私』についての一感想−−」、近代日本の戦争、戦後デモクラシー、大東亜協会、歴史主義、
・AUS:JA5068(かん)/209.「[ヨーロッパと違って]日本近代は前近代から「神」を継承しなかった。そのような歴史的条件の下で日本がヨーロッパ的近代国家をつくろうとすれば、ヨーロッパ的近代国家が前提としたものを他に求めざるをえない。それが神格化された天皇であった。天皇制はヨーロッパにおけるキリスト教の「機能的等価物」..として観念されたのである。」/204.「日本国憲法(とくに第九条)の改正論に対して、抵抗が強いのは、戦後日本において、そこに明治国家の天皇制に相当する「国家の機軸」を求めた国民が多かったからであろう。」
338.「[田中の]三木批判は『時代と私』を貫く歴史主義批判の一つの場合として読むべきであろう。」
339.「三木の生き方(あるいは戸坂・出らの生き方をも含めて)を支配したのは、歴史主義であったのである。」

●JB136
・ミナ港千尋

・記憶−−「創造」と「想起」の力
・講談社選書メチエ93.1996.12.
・MINATO.C.,AUGUSTINUS,BARTHES.R.,BENJAMIN,KRACAUER.S.,
・記憶、「場と記憶術」「回想の力」「写真と不在」「想起する歴史」「記憶の歴史」、歴史意識、「文化としての記憶系」、写真−歴史主義、
・228.写真の成立と歴史主義の成立が同じ時期に起きたことを指摘したのは、BENJAMINの盟友ジークフリート・クラカウアーである。−−SEE パサージュ論V

●JB137
・ミヤ宮下啓三

・日本アルプス
・みすず 2500Y.
・MIYASHITA.K.,WESTON.W.,KOJIMA.U.,SHIGA.J.,TAKAYAMA.C.,MISHIMA.Y.,RUSKIN,
・日本アルプス、見立ての文化史、近代登山、景観、奇観、美観、
・5.岩倉使節団、1873(M6)年にアルプスを見る。「「奇変」、「奇峻」、「奇ヲ競フ」、「最奇ノ峰」、「山水ノ状、愈イヨイヨ出テゝ愈奇ニ」などと、ひたすら峰の奇観に驚いて「奇」の字を連発するばかりだった。/....そこではアルプスは「奇観」ではあっても「美観」とは言いかねるものとして報告されていた。」
50. 「日本では古くから信仰登山がおこなわれていた。....明治時代には測量技師が登っていた。....その種の登山のあったことをすべて白紙に戻した状態ではじまったのが、日本の近代登山だった。」

●JB138
・ムシャ武者利光

・人が快・不快を感じる理由
・河出書房新社 1998.667Y.(夢新書)
・MUSHA.T.,
・快・不快、快適、心、脳波、1/f、音楽、ゆらぎ、癒し、美、好き嫌い、文化、学習、生理、
・78. 「美とか快感といったものは、私たちの生理学的な部分に深く根ざしているのではないか」
165.「快・不快を感じるのは、生理的なメカニズムによる部分が大きいと、私は考えている。モーツァルトとは、文化的背景も違うし、宗教も、時代も、自然環境も違う。しかし、彼のつくった音楽には心を動かされる。/..../このように主張すると、「それはあまりにも単純すぎる」という読者の反論が聞こえてくるような気がする。快・不快、つまり美意識には、もちろん生れ育った環境、すなわち文化的背景や学習などによって培われる部分が多いであろう。」

●JB139
・ムラ村松剛

・三島由紀夫の世界
・新潮社 H.2.
・MURAMATSU.T.,MISHIMA.Y.,HOELDERLIN,HEIDEGGER,
・日本への帰郷、歴史・伝統・文化の時間的連続性、国体、アイデンティティ、
・AUS:野口『日本近代批評のアングル』260.:「その同じヘルダーリンに−−ハイデガーの注釈とともに−−みちびかれて、『絹と明察』の三島は日本に、”帰郷”した」(347)
346. ad 『絹と明察』:彼の死をえがいた部分は故郷の「根源への接近」にはおのずから清澄化が作用し、「清澄ハイテレが現出される」というハイデッガーのことばを想起させる。三島が『ヘルダーリンの詩の解明』を精読していることから考えると、実際に彼がハイデッガーの論文のこの箇所を念頭において書いた可能性は高い。
478.M.『「變革の思想」とは』?:「歴史・傳統・文化の時間的連續性に準據し、國民の永い生活經驗と文化經驗の集積の上に成立する」国体。「國體は日本民族日本文化のアイデンティティを意味し..」
479.三島が切望したのは、日本の根の恢復だった。

●JB140
・モチ持田季未子

・希望の倫理学
・平凡社 1998.2100Y.
・MOCHIDA.K.>WATSUI.T.,KANT,WEIL,TODOROV,
・希望の倫理学、自然観批判(「草木の精の能に見る日本的自然観」)、言語のポリティクス、閉塞する近代、悪、文化の政治学、>江戸再評価(157)、全体主義、人格、合理主義を!(153)、
・AUS:思想1999.03.書評 BY 坂部恵
103.「日本のように土着性を保持したまま近代国民国家化に成功した国では、「啓蒙」以前のメンタリティが根強く残っている。....104.これが日本思想を停滞させている大きな原因だと私などは考えているが、逆に、近代において伝統的思考法を肯定的に評価し直す道を確保することが、京都学派の学者たちに課せられた使命であった。」

192.T:「全体主義的な悪に責を負うのは、他者と自己の非人格化である。すでにその平常の運行において全体主義制度は個人を機能に落としている。」..../194.「T.はK.の継承者たろうとしつつ、新しい方向を示唆する。ヒロイックな道徳とは対比的な、彼自身「日常的美徳」と呼ぶ別なタイプの倫理を模索することによって。」

●JB141
・モラン

・人間と死
・法政大学出版局 1973.
・MORIN.E.,NIETZSCHE,HEIDEGGER,
・死、王、個体性、19世紀後半、ロマン主義、孤立、文化的自我の破壊(333)、生、
・51. 「死は、個体性の進化の基本的運動にしたがって拡大し、確認されてゆく。」
319.「19世紀後半から、死の危機が始まる。....死は死でなく、それはただ、恐ろしいものなのだ。」
321.「....場合、《その時には、自分にとって無縁なものであるさまざまな関与の世界での、個体の孤立があらわれる》。」

●JB142
・ヤス保田與重郎

・全集 V.15.:「万葉集の精神」
・講談社 S.62.
・YASUDA.Y.,YAKAMOCHI,HOELDERLIN(9),
・『万葉集の精神』(S17):「言霊の風雅」(S16)、皇神の道義、言霊、古典論、最も古い根源の風景(9)、土俗的な古典感覚(9)、歴史、伝統、大君の観念、自然主義文化観(94)、国民精神動員派(94)、歴史意識(225)、『海行かば』(353,521)防人(397)、歴史精神(489)、近年の日本主義(527)、美学、
・94. 「我々は万葉集によつて描き出された歴史の精神とその論理を考へないときに、恐らく明治の文明開化派の修史官とその継承者、その新時代の文芸学的国文学者、及び近ごろの唯物史観一派の史家たちが犯したと同じ見解をなし、歴史の裏面の重視といふ自然主義文化観の完全な下僕となりおはし、やがて本質としての歴史の精神を照明するときに、古典に於て単に概念的国家精神の美句をさがし求める一派の国民精神動員派となり終るか、もしくは....せねばならぬこととなるであらう。」

●JB143
・ヤス保田與重郎

・全集 V.5.:「戴冠詩人の御一人者」「白鳳天平の精神」「明治の精神」/「郷土といふこと」「国宝の保存について」「万葉精神の再吟味」「岡倉天心のこと」
・講談社 S.61.
・YASUDA.Y.,MOTOORI.N.(23),YAMATOTAKERU,OKAKURA.T.,UCHIMURA.K.(193),KITAMURA.T.,SHIMAZAKI.T.,NOSANO.T.,YOSANO.A.(197),TAKAYAMA.C.(228),HOELDERLIN(256),NICHIRENN(374),
・日本論(11)、「戴冠詩人の御一人者」(S11)、古事記、日本の精神文化(21)、「白鳳天平の精神」(S12)、大和桜井(89)、日本主義(91)、「明治の精神」(S12)、アジア(200)、日露戦争(212)、市民社会的浪曼主義、反自然主義(220)、/「郷土といふこと」S7)、「国宝の保存について」(S12)、「万葉精神の再吟味」(S12)、「岡倉天心のこと」(S13)、ギリシア(256)、桜井(258)、Y.>郷土研究(259)、法隆寺修繕(370)、議事堂=醜悪(375)、
・228.「彼[樗牛]は「国粋主義」を打破するために「日本主義」を樹立した。」

●JB144
・ヤマ山下柚実

・給食の味はなぜ懐かしいのか? 五感の先端科学
・中公新書ラクレ
・YAMASHITA.Y.,MOGI.K.,WASHIDA.K.,FUSHIKI.T.,
・感覚器官のサイエンス:給食の味はなぜ懐かしいのか?、ニオイでつながる恋人たち、「痛いの痛いの飛んでいけ!」の正体、掃除機から「快音」が聞こえる?、「脳」が見ていた、/五感・クオリア・脳:共感の回路を拓く、結びつき、混ざり合う「五感」、癒し(癒される)、イメージ性(一保堂)、生理・文化、
・203.「「ぼくのなつやすみ」っていうゲームソフト....」
213.茂木:「要するに、ドリルで癒されているんだよ。回想するということは、記憶や情動に関する脳の部位がマッサージされているようなもんだと思うんです。それで癒される。」
237.鷲田:「良くも悪くも、「イメージ性」が強い。もちろん、お茶なんかにもそういうのはあって、京都なら、お遣い物にするには「一保堂」でないと格好つかないとかそういうのがありますけど、ビールやたばこのように大量に消費されるものは、本質的な味などよりもイメージ性が高い。というより最近では高くなりすぎているきらいもある。」
251.鷲田:「人間には「生理」というのがガチッとあって、その上に文化のいろんなスタイルがあるというのではなく、生理さえ文化の中にあって、少しタガが壊れるともう簡単に壊れるんだと。」

●JB145
・ヤマ山口定+EDS.

・新しい公共性 そのフロンティア
・有斐閣 2003.3600Y.
・YAMAGUCHI.,SATOU.H.,SATOU.K.,NISHIKAWA.N.,GOTOU.R.,TATEIWA.S.,OZEKI.M.,MIYAMOTO.K.,SHINODA.T.,NAKAMURA.K.,NAKATOMI.K.,TOMINO.K.,MURAYAMA.H.,FANN.S.,TSUDA.M.,MATSUSHITA.L.,(YAMAWAKI.N.),/ARENDT,RAWLS,SEN,
・公共性、小関>戦後マルクス主義史学;国民国家批判論、/山口:「新しい公共性を求めて」、佐藤:「H・アーレントと公共空間の思想」、佐藤:「家族・親密圏・公共性」、西川:「多文化主義から見た公共性問題」、後藤:「多元的民主主義と公共性」、立岩:「分配的正義論」、小関:「歴史学と公共性論」、宮本:「公共事業の公共性」、篠田:「ガバナンスと「市民社会の公共化」、中村:「国民国家を超える公共圏の可能性」、中富:「戦後憲法体制と沖縄問題」、富野:「自治体における公共空間」、村山:「公共性と市民的積極参加の制度デザイン」、F.S.:「メディア政策と公共性」、津田:「放送メディアの公共性と市民アクセス」、松下:「途上国における「公共性」問題」、
・AUS:公共的良識人 2003.07.01.山脇書評:「気鋭の歴史学者小関素明氏が、戦後のマルクス主義史学が市民的公共空間論を排斥したことや現下の安易な国民国家断罪論を批判しつつ、「私利私欲」にまみれた人間がいかに社会契約的な合意によって公共空間を立ち上げるかという視角の重要性を説いている。」

●JB146
・ヤマ山田忠彰/オタ小田部胤久EDS.

・スタイルの詩学 倫理学と美学の交叉
・ナカニシヤ出版 2000.2400Y.
・SATOU.Y.,TAKAHASHI.M.,MIZUTA.K.,YUASA.H.,FUNAKI.T.,KUBO.M.,YOSHIOKA.H.,NISHIMURA.K.,OTABE.T.,YAMADA.T.,TANAKA.K.,
・佐藤:「様式の基礎にあるもの」、高橋:「スタイルの一性」、水田:「スタイルの政治学」、湯浅:「生のスタイル、表現のスタイル」、船木:「スタイルと真理」、久保:「芸術における「規範」と「自己表現」」、吉岡:「スタイルと情報」、ミーム(178)、西村:「アイデンティティの夢」、小田部:「様式とハビトゥス」、山田:「スタイルと人-間」、/文化学の基礎論としてのスタイルの詩学、
・258.山田:「文化学の基礎論としてのスタイルの詩学」

●JB147
・ヨシ吉野耕作

・文化ナショナリズムの社会学 現代日本のアイデンティティの行方
・名古屋大学出版会 1997.02.3296Y.
・YOSHINO.K.,ANDERSON.B.,BANTON.M.,BEFU.H.,BENEDICT.R.,BURKE.K.,GEERTZ.C.,GELLNER.E.,HALL.E.,HOBSBAWN,ISHIDA.E.,KAMISHIMA.J.,MANNHEIM,MARUYAMA.M.,MILES.R.,MINAMI.H.,SMITH.A.,SUGIMOTO.Y.,TSURUMI.K.,WATSUJI.T.,YANAGIDA.K.,
・文化ナショナリズム、現代日本のアイデンティティ、日本人論、エスニシティ、自民族独自論、アイデンティティの危機の救済、文化還元主義(221)、国家主義(234)、エスニー、「人種」概念(142)、
・20. エスニーethnie:近代的ネーションが成立する以前に存在する何らかの共同体、つめりネーションの歴史的原型としてのエスニー ≠ 少数民族or移民・移民集団を意味するエスニック・グループ
203.「この説明によれば、日本人論とは西洋化・工業化によって脅威にさらされたナショナル・アイデンティティを再構築する試みのひとつである。」

●JB148
・レーヴィット

・ブルクハルト−−歴史の中に立つ人間
・TBSブリタニカ 1977.
・LOEWITH,BURCKHARDT,NIETZSCHE,
・B.VS.N.,歴史主義、文化史、追憶(追想)と忘却(38)、キリスト教、青年と老年、英雄的な「未来主義」(43:原語?:「未来の生を志向すること」(『反』訳181))、
・43. N.は(『反時代的考察』第二篇結びで):より良き未来を志向する青年たちの英雄的な意志に対比させて、「没落の予感」に動かされ、「せめてわれわれを支えてくれる土くれでもあればいい」[78.L.:これについて:『イタリア・ルネサンスの文化』S.337を見よ]と考えるようなイローニッシュな存在を、持ち出している。....これはB.に当てはまる。歴史主義の系譜を決定的に解明するパースペクティヴを含んでいる。N N.:近代の歴史意識が進歩意識であるのは表面的にだけであって、究極的にはキリスト教的な終末の意識なり。 45.歴史=「仮装せる神学」78.これに対してN B.:歴史的追憶の意識≠終末論的期待の意識。
59. B.:私は追想にがっしり「根を下ろして」いて、「追想というカピトルの丘」が私を鍛えてあらゆる俗悪さに耐えさせているのだ。

●JB149
・レーヴィット

・ブルクハルト−−歴史のなかの人間
・ちくま学芸文庫 1994.1408Y.
・LOEWITH,BURCKHARDT,NIETZSCHE,
・B.VS.N.,歴史主義、文化史、追憶(追想)と忘却(56)、キリスト教、青年と老年、英雄的な「未来主義」(61:原語?:「未来の生を志向すること」(『反』訳181))、B.「過去の獲得」(27)、B.追想(追憶)に「根を下ろして」(79)、N.>装飾文化(30)、幼児(子供71)、19世紀の歴史意識(141)、B.>中世の浪漫主義的敬慕(A:中世主義511)、B.のペシミズム(511)
・030.IN N:歴史的な連続性への嫌悪=誠実への意志の表現
061.N.は(『反時代的考察』第二篇結びで):より良き未来を志向する青年たちの英雄的な意志に対比させて、「没落の予感」に動かされ、「せめてわれわれを支えてくれる土くれでもあればいい」[469.L:これについて:『イタリア・ルネサンスの文化』S.337を見よ]と考えるようなイローニッシュな存在を、持ち出している。....これはB.に当てはまる。歴史主義の系譜を決定的に解明するパースペクティヴを含んでいる。N N.:近代の歴史意識が進歩意識であるのは表面的にだけであって、究極的にはキリスト教的な終末の意識なり。 45.歴史=「仮装せる神学」469.これに対してN B.:歴史的追憶の意識≠終末論的期待の意識。
079.B.:私は追想にがっしり「根を下ろして」いて、「追想というカピトルの丘」が私を鍛えてあらゆる俗悪さに耐えさせているのだ。

●JB150
・レーマン.A.

・森のフォークロア ドイツ人の自然観と森林文化
・法政大学出版局 2005,3800Y.
・LEHMANN.A.,EICHENDORFF,ADORNO,WELLERSHOFF.D.,CANETTI.E.,GRIMM,GOETHE,STIFTER.A.,NAPOLEON,BISMARCK,FABEYER.B.,PLEIL.R.,BERNHARD.T.,PEUCKERT.W.-E.,MICHAEL.E.,JAFFE.A.,RIEHL.W.H.,/RITTER,SEEL,
・ドイツ人の自然観と森林文化、アウトバーン、安全、イギリス、猪、オーク、お気に入りの木、語りの伝統(口承)、環境、樹木、キノコ、暗闇、公園、国民のシンボル、孤独、子供時代の森、散歩、自動車、宗教、狩猟、森林美、精霊、チェルノブイリ、中世、聴覚、デーモン、農民、ハンブルク、不安、ベルリン、魔女、森の死、拠る、両親、「景観的な視線」(34)、アニミズム、自然科学、
・AUS:『世界の尺度』宣伝
16.「19世紀を代表する政治的・国民主義的な森のイデオロギーを打ち立て、....与えた宣伝家がヴィルヘルム・ハインリヒ・リールである。」
27.「ブローデルは、フランスの歴史において森に対しフランス人が感傷を抱かないことを....指摘している。」
34.「景観を評価する美的観念は、都市の世界で生まれたものである。....64」[64:リッター]
34.「ほんの200年前、医師たちは、森の空気とは基本的に湿っぽく息詰るものであり、さらに人間の肺に有害である、という理論を....拠り所とすることが35できた。」
35.「彼ら[村の庶民]の間では、森は姿あるデーモンたちが棲処とする世界であった。」
172.「現実のアニミズム的観念....。学校の自然科学の授業は、このような考えを克服することをめざしている。」

●JB151
・レイチェルズED.

・現実をみつめる道徳哲学−−安楽死からフェミニズムまで
・晃洋書房 2003.2800Y.
・RACHELS.K.,ARIST.,KANT,SMITH.A.,BENTHAM,HOBBES,MILL,
・C1:道徳とはどういうことか、C2:文化的相対主義の挑戦、C3:倫理における主観主義、C4:道徳は宗教に基づくか、C5:真理的利己主義、C6:倫理的利己主義、C7:功利主義者のアプローチ、C8:功利主義をめぐる議論、C9:絶対的道徳規則はあるのか、C10:カントと人格の尊重、C11:社会契約の思想、C12:フェミニズムと気づかいの倫理、C13:徳の倫理、C14:満足のいく道徳説とはいかなるものか、
・AUS:伊勢田2005 /133.「人間が願望や目標を持つからこそ、....」
133.「人間が「..尊厳」を持つのは、人間が<<理性的行為者>>、つまり自分134.自身の決断を下し、自分自身の目標を設定し、自分の行為を理性によって導くことができる自由な行為者だからである。」
134.「「彼らを目的それ自体として扱うこと」とは<<彼らの理性性を尊重すること>>を意味する。」
134.「今、仮にあなたが友人に、ある目的のためにお金を必要としているが、返せそうもないと真実を話すとしよう。そのとき、その友人はあなたにお金を貸すべきかどうか自分で決めること135.ができよう。/彼は自分の理性の能力を駆使し、自分自身の価値と希望に相談して、そうして自由で自律的な選択をすることだろう。/そして、もし彼がこの目的のためにお金を出す決心をしたならば、彼はその目的を彼自身の目的にすることを選ぶことになるわけである。そうすると、あなたは彼を、あなたの目標を実現するための単なる手段として用いるわけではないことになろう。まさしくこれこそ、「....常に同時に目的として....」とカントが言う意味なのである。」

●JB152
・レヴァンソン.M.ED.

・モダニズムとは何か
・松柏社 2002.(ORG:THE CAMBRIDGE COMPANION TO MODERNISM)
・LEVENSON.M.,BELL.M.,HEIDEGGER,ELIOT,
・モダニズム、小説、現代詩、演劇、文化政治学、ジェンダー、視覚芸術、映画、歴史・神話・伝統(45)、「感性の分裂」:思想と感受性の分裂、印象派、
・M.BELL:モダニズムの形而上学:
37. 「モダニズムからポストモダニズムへの変化は、形而上学上の違いというよりも、同じ形而上学の理解における異なる段階への移行である」
42. H.:「そもそも世界が像になるという事実が、モダンな時代の本質を特徴づけているのである。」
47. 「一七世紀に起こった「感性の分裂」(七)は、エリオットの大きな影響力を持つ解釈のひとつであったが、....」
72.n28:"Metaphysical Poets",in ibid[Selected Essays,3rd.edn,1951],esp.pp.286-8.
77.訳注:「感性の分裂とは、一六世紀の頃から英国人の意識に起こった、思想と感受性が分離してしまった現象。」
G.マクラウド:視覚芸術:
413.「モダニズムの革命を巻き起こした偉大な先駆者は、一九世紀後半の印象主義者たちである。」

●JB153
・ワタ渡辺修

・オルテガ
・清水書院 1996.
・ORTEGA,HEIDEGGER,MILL,
・私=私+私の環境(102)、生、遠近法、パースペクティヴ(106)、周縁性、正当性、世代、慣習、生の理性、超民主主義、歴史的理性、ピレネー、根本的実在(82)、価値と評価(123)、「文化哲学」批判(126)、
・38.N アレクサンドル=デュマ:アフリカはピレネーに始まる。
44.O.:「私はドイツの”国家的民主主義”よりも、イギリスの”個人主義的民主主義の方が好きだ。」
91.O.:「あの恥かしがり屋で複雑な性格のハイデッガーが....来て..」102.生としての私=自我である私+環境
107.「生の理性」哲学と「歴史主義」を統合し、「私=私+環境」論
118.「場所づけられない真理は虚偽である。ユートピアンは最も誤ったものである。」
123.「事物に宿る諸価値は非現実的なものである。....美は眼には見られない。美は感ぜられ、評価される。」
181.「民主主義こそ反自由主義である」  183.MILLと共通。エリート主義的自由主義を選んだ。

●JB154
・ワリア

・サイードと歴史の記述
・岩波書店 2004.
・WALIA.S.,SAID,WHITE.H.,
・歴史の記述、エグザイル、知識人、ポストモダニズム、歴史と文学、表象、オリエンタリズム、帝国主義と文化、サバルタン、反基礎づけ主義の危険性、意味、真実(真理)、リアル、基礎づけ主義、アイデンティティ、
・015.「ホワイトによると、歴史とは....修辞的な文章である。それをふまえれば、歴史の真実性は出来事についての文献証拠に内在するのではないと言えるし、歴史とは作り上げられた物語だと言うことができる。この作り上げられた「真実」はとても「リアル」であるため、「基礎」としての地位を与えられてきた。実際は、基礎づけ主義の歴史学では、客観的実在やリアリズム、真実といった、旧来の歴史家が絶対に必要と見なしているものが外在すると考える方法論が奨励されてきたのである。」
017.「意味とは、事実から引きだされるものではなく、むしろ語りの仕組みから生まれる効果なのである。」
067.「だが、サバルタンのアイデンティティが、オリエントとオクシデント(西洋)の対立関係を誇張することによって活力を得ることも、たびたび起こる。」

●JB155
・ミキ三木清

・全集 1
・岩波書店 1966.
・MIKI.K.,/(MATSUSHITA.R.),
・文化、教養、文明、
・AUS:松下(JA7275),p.142:「三木清によれば、大正期の読書「文化」は、「文明」(科学や技術)を重視する「明示時代における啓蒙思想....に対する反動」という側面をもっていた(三木清「読書遍歴」....389-90)。「教養」は、より正確にいえば、「社会」への抵抗(立身出世主義や国家に有為な人材養成のための教育への反発)のための文化と、「社会」での成功(下層階級・大衆や華族・士族層からの自己の差異化と社会的承認の獲得)のための文化という相反する二面をもっていたのである(教養主義は抵抗を逃避に読み替えることでこの矛盾に折り合いを付けたといえる)。」

●JB156
・タケ竹内洋

・大衆モダニズムの夢の跡 彷徨する「教養」と大学
・新曜社 2001.2400Y.
・TAKEUCHI.Y.,
・教養、モダン・ライフへの憧憬、教養主義とエリート教育、大学の迷走と知の転換、京都大学、学者・官僚・文士、機会の平等、大学入試、ゆとりと卓越性の共存、いじめ、教育学の自己欺瞞、文化資本、いかきょう、ヒドゥン・カリキュラム(170)、大学入試科目、
・119.「かつての学歴貴族にとって教養は文化資本だった。」....122.「学歴貴族末裔たちと学歴貴族文化の軋みがでてきたのが、1960年代後半からである。..../だから身分的特権の喪失に対する、学歴貴族末裔たちの苛立ちは、知識人や大学教授にむかったのである。」
199.「[帝国]大学入試の競争率は旧制高校などの入試競争率から比べればはるかに低く、入試科目も外国語と専門科目(文系の歴史あるいは哲学、理系の数学、物理、化学、あるいは植物学)というように少なかった。」

●JB157
・タケ竹内洋

・教養主義の没落 変わりゆくエリート学生文化
・中公新書 2003,780Y.
・TAKEUCHI.Y.,ABE.J.,ABE.N.,IWANAMI.S.,WEBER,OOE.K.,KAWAI.E.,KUROI.S.,SARTRE,TAKAHASHI.K.,NATSUME.S.,HAYASHI.F.,BOURDIEU,MARX,MARUYAMA.M.,YOSHIMOTO.T.,WATSUJI.T.,/INOUE.S.,
・教養主義の没落、旧制高校、エリート学生文化、50年代:主体性論と人格主義、岩波書店、文化戦略、/井上俊:文化の作用:適応・超越・自省、
・n 筒井:171.「教養主義は「修養主義」が内包していた人格主義をオリジンにしている」。cf.阿部次郎。....「修養主義は、江戸時代中期から民衆の間に形成された勤勉や倹約を徳目とする通俗道徳的生活規律などをパン種にし、明治172.後期から庶民を中心にひろがった。..../教養主義は....修養主義と同じく勤勉を底礎にした鍛練主義だった。したがって、教養主義は、必ずしも成熟した都市中流階級のハイカラ文化とはいえなかった。むしろ田舎式ハイカラ文化とでもいうべきものだった。」 −−174.1960年代前半まで。
211.「[全共闘派の]紛争を担った学生たちは、教養エリートを範型にした教養セミ・エリートではなく、教養エリートを苛酷に相対化した吉本隆明のほうに共感を感じていく。」
215.「技術知を旨とする経営学ブームのはじまりは、教養知が語学や外国事情に精通することによって専門知ともなりえた時代の終わりを示している。」 /217.「こうした新しい知の時代を左派から提唱したのが政治学者松下圭一だった。」−−松下:「政策インテリ」
235.「新中間大衆文化は、..1960年代前後にいわれた向上心とスノビズムがまじった新中流階級的な「中間文化」(加藤秀俊)....とは異なっている。」−−ニーチェの「畜群」に近い。

●JB158
・イノ井上俊/イト伊藤公雄EDS.

・文化の社会学 (社会学ベーシックス3)
・世界思想社 2009,2000Y.
・INOUE.S.,ITOU.K.,ADORNO,ALTHUSSER,ARIST.,EAGLETON,WILLIAMS.R.,WILSON.B.R.,UENO.C.,WEBER,ERIBON.D.,ENGELS,CAILLOIS.R.,GEERTZ,GRAMSCI,CLIFFORD,LUHN,GOFFMAN,SAID,SCHUETZ,CERTEAU,DURKHEIM,TOKUNAGA.J.,NAPOLEON,NEWTON,NOE.K.,HEIDEGGER,BERGER,PARSONS.T.,HAB.,BARTHES.R.,HIROMATSU.W.,FOUCAULT,POULANTZAS.N.,BOURDIEU,BRECHT,HEGEL,BENJAMIN,HUIZINGER,HOBSBAWM,HORKHEIMER,MERTON.R.K.,MALINOWSKI,MARX,MANNHEIM,MAUSS.M.,LACAN,LUCKMAN,L,-STRAWSS,RANGER.T.,SAKUTA.K.,MURAKAMI.Y.,HASUMI.S.,
・文化の社会学、価値、イデオロギー、虚偽意識、知識の存在拘束性、日常知と知識社会学、権力、オリエンタリズム、伝統の発明、科学社会学、パラダイム、宗教からの解放、聖と俗、アウラ、遊び、芸術、新宗教、文化資本、

   

   3.JA


●JA1
・ミシ三島憲一

・日独・戦後五○年の騒ぎのあとで
・世界 1996-02.
・MISHIMA.K.,
・新保守主義、自国の文化・歴史、
・AUS:朝日1996.1.30夕刊:三島論文は:新保守主義や、自国の文化や歴史などへの肯定的態度が、なぜドイツ(そして日本)において多くの人々の支持を集めつつあるのかを問うている。

●JA2
・トミダ

・キソヅケガランタイカ

・APEL,RORTY,QUINE,SELLARS,
・基礎付け,連帯,解釈学,相対主義,自文化中心主義,
・Rの自.:我々は自分達の光でもって仕事しなければならぬ.42.

●JA3
・PUTNAM.H.

・ウィトゲンシュタインとクワインを超えて
・現代思想 1988-07.クワイン
・WITT.,QUINE,PATNUM,DUMMETT,(ABIKO:=APEL),
・必然性,数学,規約主義,規則に従う、論理的真理、生活形式,アプリオリ,説明、前提、「われわれの<<生活形式(すなわち、われわれの生物学的事実ならびに文化的歴史によって決定される、われわれ人間の本性)」(206)、アプリオリ、
・215.「Q.は、少なくともW.と同じほど早くに、穏健な規約主義の空虚さを批判している。しかし、W.が穏健な規約主義から過激な規約主義....へと向かったのに対して、Q.は穏健な規約主義から経験主義へと向かった。」−−共に駄目。 226.「われわれが問題としているような論理的真理は、<<あまりに>>基礎的なものであるので、それがなぜ真であるのかを「説明」しようとするならば、<<説明>>という観念自体が崩壊してしまうのである。私は何も、「説明不可能」な何かがここにあると言っているのではない。すべての説明的活動において前提されているものについては、端的に、説明のための余地がなにのである。そして、そのことは、科学的説明だけでなかく、哲学的説明についても言えるのであり、そこには、治療を意図している説明も含まれる。」

●JA4
・GALBRAITH

・満足の文化 新潮社 1900Y.
・朝日新聞 1993.10.17.
・GALBRAITH,
・満足の文化、新保守主義、混合経済体制、
・「満足の文化」の担い手である「満ち足りた人々」が80年代、新保守主義革命を支持/新しい混合経済体制の時代が幕を開く。

●JA5
・ヤマ山本哲士

・環境文化科学序説
・季刊IICHIKO N.33.1994.
・YAMAMOTO.T.,FOUCAULT,MILTON.K.,BOURDIEU,WILLIAMS.R.,ORIGUCHI.S.,YOSHIMOTO.T.,YANAGIDA.K.,Y.>HIGUCHI.T.;BERQUE.A.(109),JINNNAI.N.,YONEMOTO.S.,BACHELARD,NISHIDA.K.,GIRARD,ILLICH,UMEHARA.T.,YASUDA.Y.,>Y.GUTTARI(124),
・環境文化科学、自然環境の形成、景観、風景、環境経済学、環境政治学、環境文明学、環境設計学、環境生成論≠環境現象学、場≠場所/環境、象徴的なプラチック空間(122)、
・109.景観としての環境は、実は文化環境の風土的な名辞であり、正確には「バナキュラー環境」として把握される(106.実態的なplace/milieuではなく、表象との関係で問題構成される)「場champ(という非実態的な定義空間)」である。   /109.景観が自然環境と異なるのは、村人の側からの主観的な観念が形となった「形態表象」が構成されるところにある。SEE 吉本隆明   /109.縄文的形態表象、弥生的形態表象 109.欧米のランドスケープ論やBERQUEの景観論は、実在的空間構成を客観化したものにとどまる。「家」を含んだ実際の景観は歴史環境のなかにあり、また景観とは歴史的な環境プラチックであることを見失ってはならない。   /122.景観と風景を異なるものとするのは、環境現象学のタームであり、環境生成論は、風景の表象・ランドスケープへの表象という意味形成の系の違いを探求するものである。

●JA6
・OELSCHLEGER.M.

・原野の観念 ORG:TJE IDEA OF WILDERNESS
・環境思想の出現
・OELSCHLEGER.M.,L.-STRAUSS(32),DARWIN(33),THOREAU(33),ELIADE,
・WILDERNESS(原野、原生(自然))の観念、石器時代、先史時代、狩猟採集民、トーテミズム、アニマリズム(60)、農耕文化、
・46.旧石器時代の原野観についての仮説:

●JA7
・ツジ辻内鏡人

・脱「人種」言説のアポリア
・思想 1995-08.N.854.
・TUJIUCHI,BHABHA.H.K.,TAYLOR.C.,HOWARD.J.H.,SAKAI.N.,WALLERSTEIN.I.,BLUM.L.,STEELE.S.,SCOTT.J.W.,ファノン.F.,GITLIN.T.,
・アイデンティティの政治学、黒人、インディアン、ポストコロニアル、歴史の政治学、多文化主義、差異の政治学、リベラリズム、過去性の内実、
・70. 「歴史の政治学」 72. 「アイデンティティの政治学」とは:N GITLIN:「アイデンティティは、慰安の追求であり、コミュニティへの接近である。」 76. アイデンティティが創られるコンテクスト 77. N B.:「祖国への回帰、宗教への回帰は、過去に由来をもつ何かとみなされるべきではなく、ここでは異なる枠組みの内部で再生産されているもの」なのである。 81. シカゴ文化研究グループ:アイデンティティの政治学=「真性のロマンス」 82. N WALLERSTEIN:「過去性は、すぐれて道徳的現象であり、それゆえに政治的現象であり、つねに現代的現象である。....過去性の内実も、必然的に変化するものである。」

●JA8
・ジン神保常彦

・風景から風景美へ
・山本正男監修『比較芸術学研究』第4巻
・JINNBO.T.,HUMBOLDT.A.V.,RATZEL.F.,VISCHER.F.,SHIGA.J.,BERGSON,BOLLNOW,NORBERG-SCHLUZ,INAGAKI.M.,HEIDEGGER,ODEBRECGT,KAUFMANN.F.,SIMMEL,
・風景から風景美へ、文化の風景、
・AUS:『日本近代美学序説』156: 風景の概念の中には自然の風景と共に文化の風景をも含む。

●JA9
・ウエ上野俊哉

・複眼的思考へ
・BT 1995-07.
・UENO.T.,WILLIAMS.R.,
・多元主義、英米系の人文科学におけるカルチュラル・スタディーズ(文化研究)、ポストモダニズム、
・181.純粋50年代的なモダニズムの原理でも、能天気な80年代的なポストモダンの相対主義でもない、原理的かつ根源的な多元主義を....。

●JA10
・リピット水田清爾

・モダニズムにおけるグロテスクと小説の解体について
・批評空間 II-7.1995.
・LIPPIT-MIZUTA.S.,BAKHTINバフチン,BRENNAN.T.,ANDERSON.B.,WILLIAMS.R.,BENJAMIN,HOBSBAUM.E.J.,UNO.K.,KARATANI.K.,AKUTAGAWA.R.,NIETZSCHE,YOKOMITSU.R.,SUGA.H.,MAEDA.A.,
・モダニズム、文化的アイデンティティ、国民的アイデンティティ、国語との決戦、新感覚派、コスモポリタン、
・199.小説は「想像の共同体」という国家の形成に関与。モダニズムにはまさにそのような共同体を問題化する要素がある。−−SEE WIILIAMS.R.:モ.=基本的にコスモポリタン。 201.私小説論においては、一種の文化的なアイデンティティが形成されている。SEE 柄谷 203. NIETZSCHEのディオニソスは....最終的には国民的アイデンティティを否定するもの。「『ドイツ精神』というのはわたしには悪い空気だ」/「ドイツ国民に対する攻撃」 205.(転向前の)横光は、「内面性」との闘い=「國語との決戦」。 208.横光IN「掃溜の疑問」:「今は、彼はただ此の支那街の風景の中を、支那婦人と共に漫歩する楽しさに放心すればそれで良いのだ」

●JA11
・ミシ三島健一

・時間のエネルギーあるいは広告の誕生
・パサージュ論 V への解説 1995.
・MISHIMA.K.,BENJAMIN,
・パサージュ論、広告、歴史主義、ユーゲントシュティール、シュルレアリスム、19世紀後半の文化、「ベルリンの幼年時代」、
・418.B.にとって:19世紀後半の文化=安住し、落着いた自己の「幼年時代」の文化。SEE 「ベルリンの幼年時代」 −−つまり、19世紀のイデオロギーとして切り捨てるわけにはいかないポテンシャルを感じさせる生活スタイルである。歴史主義的な装飾群がいかに空疎であっても、そこになんらかの夢(この夢のエネルギーが後に、ユーゲントシュティールへと変貌)を感じとった経験が生きている。 419.この「ベルリンの幼年時代」の文化:ちょうど開国した日本の知識人・指導層が出会った「西洋」:....と同時に、そうした「西洋」のかなでる生活スタイルが、単に資本主義や近代性以上のなんらかの夢を人々にかきたてた。 /420.ユーゲントシュティールとともに広告の新の独立が始まる。 /423.B.は:実体を失ったファサードのなかにこもっている夢を、シュルレアリストの力を借りて瞬間的に解き放とうとする

●JA12
・スミ住友陽文

・史蹟顕彰運動に関する一考察
・日本史研究 351.1991.11.
・SUMITOMO.H.,WATSUJI.T.,
・史蹟の文化財化、近代国家、国民形成、天皇制、青年団(115)、「経済と道徳の調和」の主張(106)、
・91. 史蹟とは:国家の発展や社会の進歩に関わった歴史の遺産。N 1920年の「史蹟名勝天然記念物保存要目」:....。ここには:少なくとも庶民の日常生活の一端を伝えるようなものはない。 92. 近世段階の史蹟への注目:家や旧主の事蹟に対する顕彰に値するものが保存の対象となる≠近代以降のそれ:文化財として保存の対象。 95. 文化財としての保存には:公衆に「快楽」を与えることが結びつく116.和辻:美術館(=博物館)=「公共の享楽」を目的とするもの(SEE 『古寺巡礼』(岩波文庫58) 96. それが、日露戦争後になると:1.国民教化策、....。 −−104.国土が保有する史蹟名勝天然記念物=文化財の保護は;国民性を陶冶すること。 −−116.和辻でも:「日本民族の一員として、当然鑑賞の権利をもつ」(同上)と語られる。

●JA13
・ウノ宇野邦一

・アイデンティティ狂想曲
・群像 1993.10.
・UNO.K.,UENO.C.,TAZAKI.H.,KARATANI.K.,MATSUMOTO.K.,FUKUDA.K.,FINKELKRAUT.A.,
・アイデンティティ、文化意志、美的感情、普遍的理性に依拠するフランス的な国家概念VS民族精神を精髄とする国家、「記憶の中に風景をもっていない」、文化という虚構を受け入れる心性そのものを解体することの難しさ(を)(319:柄谷批判)、
・316.上野:民族差別を撃つ闘い=民族の根拠を解体していく闘い 317.田崎英明:I.のなさをI.にしてしまえるだけの力 317.柄谷:日本の固有性←美学的な領域 317.松本:..の〈くに〉:もっと通時的、普遍的なパトリに近い 318.福田和也:明治以来の近代化にともなう喪失.... 320.松本の「隠岐島コミューン伝説」:郷土愛の表出。ナショナリズムという虚構を批判するI.を示している。 320.福田にとって:パトリはもう風景でしかなく、しかもその風景さえ欠如している(「記憶の中に風景をもっていない」)。 320.フィンケルクロート:民族の特殊性と国家の普遍性との理念的対立/ 321.I.無しでも生きられるという立場からのI.批判:普遍主義的な抑圧に似てしまう。→非決定なまま両方からの抑圧を拒否して生きるしかない。

●JA14


・世界遺産シンポジウム
・前衛 1997.03.

・世界遺産条約、日本共産党、史跡、天然記念物、名勝、無形文化財、
・辻:183.日本と世界に誇る奈良のかけがえのない文化遺産と自然・景観を保全し、後世に伝える熱い願いをこめた本日の世界遺産シンポジウムの主催者、日本共産党奈良県委員会を代表して....。 田中:186.世界遺産条約の考え方は、アメリカの国立公園の考え方と共通しています。 191.世界遺産条約と比較しても百年以上もまえに、日本には、いわば複合遺産的な考え方があったということです。/いったい、誰が、こういう考え方を文化財保護の法律のなかにもちこんだのか。「史跡」は黒板勝美という東大の国史の学者です。「天然記念物」は三好学という同じく東大の学者です。

●JA15
・HEILBRUNN.J.

・ニューライトの知識人たち
・中央公論 1997.02.
・HEILBRUNN.J.,HAB.,NOLTE,
・ニューライト、歴史家論争、多文化主義への反発、「自信に満ちた国家」、国民的アイデンティティ(382)、「歴史の正常化」(367)、
・368.ガイスラー(CDU前幹事長)IN:『ナショナリズムという間違った道』:「ドイツは古典的な国民国家としてではなく、むしろ民主的でコスモポリタンなヨーロッパ志向の国家として、経済・社会・外交政策面で大きな成功を収めた」 382.ゼーバッハー=ブラント:統一は「左翼の薄っぺらな合理的思考」では理解できない、「より奥深い民衆の魂と民族の夢、本能、感情」を示すものだ。

●JA16
・ナカ中村元

・アイデンティティーの確立と文化がリゾートをつくる
・Aff(農林水産省広報) 23-2.1992.02.
・NAKAMURA.H.,
・アイデンティティ、文化、ディズニーワールド、長崎オランダ村、
・中村:鳥羽水族館イメージ戦略責任者: 19. AD ディズニーワールド:ここには作為的なテーマというものは何もない。ディズニーワールドの根底には、常にウォルトディズニーの魂がアイデンティティーとして流れているというだけの話なのだ。 20. 長崎オランダ村には、地域的アイデンティティー、歴史的アイデンティティーが大きなウェイトを占めている。

●JA17
・ナリ成田龍一/コモ小森陽一/カンかん尚中/サト佐藤学

・対話の回路を閉ざした歴史観をどう克服するか?
・世界 1997-05.
・NARITA.R.,KOMORI.Y.,KANN.S.,SATOU.M.,/FUJIOKA.N.,
・歴史像を虚構化させる日本の文化風土、「自由主義史観」批判の根拠を求めて、アイデンティティの「語り」の建て直し、
・191.成田:彼らは歴史という「身体」を用いることによって、アイデンティティのつくり直しを提起します。

●JA18
・REVEL.J.

・記憶の重荷
・思想 1996-08.歴史の詩学
・REVEL.J.,RENAN,BRAUDEL,
・過去の喚起、記念事業、文化遺産、記憶、博物館、アイデンティティ、連続性、共同性、自己を対象と一体化させる誘惑、
・190.過去の喚起の3タイプ:1.記念行事、2.文化遺産化、3.記憶の生産と、記憶の新体制とでも呼ぶべきものの定着。 194.「中世以来、ネーションの物語りは、三つの役割を担っていた。第一にアイデンティティを確認すること、第二に連続性を保証すること、第三に運命の共同性を強固にすること」 196.RENAN in 『国民とは何か』で:「ネーションとは共同の経験に根ざした「精神的原理」であると定義」 201.BRAUDELは:自己を対象と一体化させる誘惑を断ち切る必要性を主張

●JA19
・サイ斎藤純一

・多元主義的デモクラシーの展望
・月刊フォーラム 1997.08.
・SAITOU.J.,CONNOLLY.W.,DAHL.R.,SHKLAR.J.N.,AYLORO.C.,BERLIN.I.,BUTLER.J.,
・多元主義的デモクラシー、ポリアーキー、多文化主義MULTICULTURALISM、差異の政治、寛容、アイデンティティ、「不正義の感覚」(S.)、斎藤>T.> リベラリズム、アブジェクトABJECT(55)、民主的なエートス(56)、
・53. N T.:.... 53. 斎藤> TAYLOR。 55. C.:「批判的に呼応するエートス」。斎藤:「このエートスは、自-他のアイデンティティの境界線を堅持するリネラルな「寛容」tolerationとは違い、他者、とりわけ周縁化されてきた他者による差異化・多元性のドライブが自己のアイデンティティを動揺させるのをただちに退けない「寛大さ=余裕」generosityを意味する。自己は、何らかの一義的アイデンティティによって所有されるべき「領土」territoryとしてあるのではないという思想が背景にある。」

●JA20
・ヤノ矢野暢

・国民形成への「文化主義」的接近−−タイ国の政治的統合の論理−−
・日本政治学会ED.『国民国家の形成と政治文化』1980.
・YANO.T.,GEERTZ,DEUTSCH.K.W.,LASSWELL,SNYDER.L.L,DOOB.L.W.,ANDERSON.B.,
・国民形成、ナショナリズム、「文化主義」(B.A.)、タイ、
・3.「D.の考えでは、民族性や国民性は先天的に備った特性ではなく、社会的学習と習慣獲得の過程を通じて《形成される結果》である。」

●JA21
・サエ佐伯啓思

・メディア・グローバリズムと文化防衛
・アステイオン 1997-秋
・SAEKI.K.,BELL.D.,NIETZSCHE,
・メディア・グローバリズムと文化防衛、『資本主義の文化的矛盾』、「コスモポリタン文化」など厳密にはありえない、
・130.「この価値の体系は、歴史の中で自生的に生み出されてきたという以外にないであろう。これを「伝統」と呼ぼうが「慣習」と呼ぼうが、文化はいずれ、歴史の中で大きく変移することのない価値の体系を軸に構成されているわけである。」 131.「情報資本主義がもたらしつつあるものは何か。それは、端的に言えば、無国籍かつ無責任な「資本の運動」と、歴史的かつ自生的な価値体系としての「文化」の間の抗争である。」 133.「価値や歴史を負荷した文化を背負わない人間、これは一体、何物なのだろうか。ニーチェはそれを明瞭に、ニヒリズムの時代の到来と予見したのであった。....あの三島由紀夫がいささかエキセントリックな口調で唱えた、「文化防衛」ということの意味を改めて論じることすら必要であろう。」

●JA22
・ミウ三浦雅士

・人類の星の時間のメディア
・アステイオン 1997-秋
・MIURA.M.,SAID,ルヴェル.J.F.,
・文化が欲望を生む、テレビ、民主主義的資本主義、国家、人類の起源に関する二説(159)、
・162.N ウォーラステイン:生産力、経済力の点で、「世界経済」は「世界帝国」に勝る。 164.ルヴェル.J.F.:「進歩を確実にする唯一の経済システムは資本主義である。最悪のやり過ぎと、もっとも深刻な過ちを防止し、早急に訂正することが出来る唯一の政治システムは民主主義である。」この「民主主義的資本主義」を阻害するものとして国家あり。 170.「およそ正反対に思えるが、知識人は明らかにシャーマンに似ている。観念の遍歴そのものがすでにシャーマニズムに属していると言っていい。」

●JA23
・ハセ長谷川宏

・ヘーゲルは国家主義者ではない
・大航海 NO.20.
・HASEGAWA.H.,HEGEL,
・『精神現象学』、国家、教養、絶対知、
・101.「絶対知を求めて世界を遍歴する意識が、ドイツ国籍の意識だったり、ドイツ国家を強く意識する意識だったりすることはありえなかった。」/「いうならば、『精神現象学』の意識は、「ナショナルな」意識ではなく、「インタナショナルな」意識だったのである。」/「ヘーゲルは国家の哲学者というよりも知の哲学者と呼ぶほうがはるかに似つかわしい。」

●JA24
・カンかんさんじゅん

・内的国境とラディカル・デモクラシー
・思想 1996-09.ラディカル・デモクラシー
・KANN.S.,HALL.S.,NANNBARA.S.,BALIBAR.E.,HAB.,BHABHA.H.,FOUCAULT,
・ラディカル・デモクラシー、戦後民主主義、内的国境、在日、対抗的市民権、「文化の政治」(34)、文化本質主義(36)、アイデンティティ、複合性、
・31.ゴードン.A.:「インペリアル・デモクラシー」/K:「1905年以降、「インペリアル・デモクラット」たちは、対外的32には天皇制と一体となった帝国の拡大を、国内においては経済的公平と政治改革を支持し、立憲主義と民衆の政治関与を支持するという考えに立っていた」 36. 「アイデンティティは、われわれが過去の物語によってその位置が設定されていると同時に、そのような物語の内部にわれわれ自身を位置づける場合のいろいろなやり方に与えられている名称に他ならない。」 36. 「民族的マイノリティが、民主主義の思想的かつ社会・政治的な根拠を問い返す作業を進めつつ、同時に内部に二項対立的な表象(文化)の構造を超え出る複合性(complexity)へと開かれていくとき、ラディカル・デモクラシーの地平がはじめて見えてくるのではないか。」

●JA25
・キベ木部尚志

・ドイツにおけるラディカル・デモクラシー論の現在
・思想 1996-09.ラディカル・デモクラシー
・KIBE.T.,HAB.,HONNETH,KYMLICKA.W.;KERSTING.W.>HAB.,NAGEL.T.,TAYLOR.C.,KANT,MAUS.I.,BENHABIB.,
・ドイツ統一、人民主権、民主主義的法治国家、多文化主義、承認闘争、「種々の集合的連帯と多元的に構成されたアイデンティティーとの新しき総合」(B.220)、
・213,224.KYMLICKA > HAB.の「立憲愛国主義」:224.「「憲法愛国主義」の矛盾は、一方では、市民権を特殊な民族的および文化的特徴−−なかんずく言語−−から独立したものと考えながらも、他方では、民主主義的実践のために言語を必要不可欠とする点にある。」 220.「確かに、このような「種々の集合的連帯と多元的に構成されたアイデンティティーとの新しき総合」(S・ベンハビブ)*は、きわめて困難であるに違いない。T・ネーゲルが指摘するように、連帯の問題はきわめて厄介な性質をもっている。連帯は、政治制度が機能するためには必要な条件であるが、しかし特殊な自己同定と結びつき易いため、排除を生んだり、種々の集団のあいだでの協働作業を妨げる要因ともなる*。しかしそうした困難にもかかわらず、現代社会が直面する状況はこの課題の切迫性を物語っている。」 * S.Benhabib,"From Identity Politics to Social Feminism",in:D.Trend(ed.),Radical Democracy 1996. * T.Nagel,Equality and Partiality,pp.177ff.

●JA26
・GREENBLATT.S.

・ルネサンスの自己成型
・現代思想 1989.02.特集=ニュー・ヒストリシズム
・GREENBLATT.S.,HUNT.D.,GEERTZ,
・ニュー・ヒストリシズム、ルネサンスの自己成型、アイデンティティ、/文化の詩学、
・120.「近代初期においては、アイデンティティの生成を支配する知的、社会的、真理的、美的構造に一つの変化がある」

●JA27
・カミ上条勇

・ハプスブルク帝国とオットー・バウアー
・情況1997-12.特集:「帝国」のアルケオロジー
・KAMIJYOU.I.,BAUER.O.VS.LENIN,
・文化的民族自治、少数民族、民族同化、
・52. 「このレーニンの考えに対して、B.は、少数民族問題を考える上で、いわゆる近代国家の法における国民の形式的53な平等に疑問を唱えた。彼によれば、近代国家は、中央集権的な国家に対して、国民をばらばらな個人に分解し、その上で法的に平等な権利を与えるのである。これは、「原子=中央集権」的国家体制を意味する。それは、少数民族に集団としての権利を与えるものではない。」 56. B.は:「母語での教育によってこどもたちが自民族との絆を保ちうるようにする一方で、多数民族の言語の教育によって学校が同化の妨げにならないように配慮する。」 SEE 丸山敬一ED.『民族問題』中の「バウアー」

●JA28
・イソ磯前順一

・歴史的言説の空間 石母田英雄時代論
・現代思想 1997.09.特集=教科書問題
・ISOMAE.J.>ISHIMODA.T.,
・歴史的言説の空間、英雄時代論、文化的ヘゲモニー、
・169.「石母田の場合、そこに個性と共同性が合致した理想的な民族共同体をおもいえがいたのである。」 169.付記:「石母田の英雄時代論文は、歴史的根拠、共同性、主体性、そして文化的ヘゲモニーにかんする問題を歴史研究がかかえていることを示している。」

●JA29
・カワ川本隆史

・愛国心とコスモポリタニズム
・思想 1998.03.
・KAWAMOTO.T.,NUSSBAUM > RORTY,
・愛国心、国民的アイデンティティ、コスモポリタニズム、人間性、多文化主義、差異の政治、資本主義のグローバリズム、
・1.N R:「「私たちの大部分は、自分たちの国との一体感を今なお保っている」にもかかわらず、左翼思想の聖域となり果てた大学・学部では「差異の政治」の名のもとに愛国心や「国民としての誇り」が否定2.されようとしている。だが「国民的アイデンティティを分かち合っているという感覚」は決して邪悪なものではない。文化的な差異を尊重することと愛国心とを両立させることは可能であるし、そうした帰属感を抱きながら仲間たちの貪欲や冷淡さに恥じ入ることに何ら矛盾はない。むしろ自国の国の振る舞いに羞恥を覚えることができるのは、これが《私の》国だと感じる限りにおいてなのだ。」 < N.は「偏狭な愛国心を克服すべき「コスモポリタンの教育」という目標を掲げる。」 3.「コスモポリタニズムや人間性といった「古い皮袋」に、多文化主義という「新しい酒」をあえて盛ろうとする一古典学者の冒険にこれからも注目したい。」

●JA30
・ヨシ吉見俊哉

・雑誌メディアとナショナリズムの消費
・ナショナル・ヒストリーを超えて 1998.
・YOSHIMI.S.,NODA.N.,ANDERSON.B.,YOSHINO.K.,KANN.S.,
・商品としてのナショナリズム言説、日本文化論、自由主義史観、「遠隔地ナショナリズム」(206)、政治の美学化(208)、メディア・文化仲介者、大衆、ポストモダン、新保守主義、
・198.志位和夫:「私たち日本共産党は、日本をほんとうの意味で世界に誇れる国にしたいという意味で愛国の立場に立っている」。 201.日本論IN『諸君』:70年代:「あくまで教養主義的なスタイル」 ≠ 80年代:「きわめて露骨な攻撃性」 208.N かん:「世界各地で、そして日本でも陳腐なかたちで起きている「国民の再定義」は、今日のグローバル化のなかでの政治の美学化の新たなる次元を示している。」 209.「80年代末から90年代にかけて、いわゆるポストモダン的な若者文化と新保守主義の論壇メディアの間にある種の融合現象が生じていたように見える」 211.吉野:「メディアや文化仲介者に媒介されてナショナリズム言説が大衆的に消費される過程を批判的に分析」せよ。

●JA31
・ホリ堀尾輝久/コバ小林陽太郎

・学校はエリートを育てるべきか(対論)
・朝日新聞 1998.08.31.
・HORIO.T.,KOBAYASHI.Y.,
・リベラルアーツ(一般教養)、哲学、
・K.:「リベラルアーツ(一般教養)の作り直しが必要です」 K.:「アメリカではリベラルアーツ中心の小さな大学が隆々と続いています。企業人が哲学や思想を勉強するアスペン研究所のような組織も大切にされている。」

●JA32
・ミナ港道隆

・記憶然り、忘却然り
・現代思想 1998.11.臨時増刊:特集:ニーチェの思想
・NIETZSCHE,MINATOMICHI.T.,LACOUE-LABARTHE,
・記憶、忘却、然り、大いなる正午、運命愛、主体、国民国家、民族文化主義、良きヨーロッパ人、
・110.「今「然り、然り」が「われわれ」主体の自己に対して発せられるとしよう。それは「われわれ」主体を維持するという約束であるだろう。しかし、機械的反復の中でその約束が忘れられる可能性を、そこから排除することはできない。その時「われわれ」は、主体としての同一性を失い、例えば「国民」の限界を忘れ、「国民」には収まらない、「良きヨーロッパ人」をも超えて、全く異なる多様な他者たちとの連携へと増殖して行くかも知れない。その可能性を誰も抑え込むことはできない。主体の忘却。それは、主体が忘却するのではなく、主体を忘却することになるだろう。それこそが「大いなる正午」への準備の一歩である。恐らく。」

●JA33
・シマ島亜紀

・対話的人格と正義論−−ハーバーマス、ラーモア、アッカーマンの批判的考察−−
・ジュニア・リサーチ・ジャーナル(北大法学研究科)N.4.1997.
・SNIMA.A.,HAB.,LARMORE,ACKERMAN,TAYLORO.C.,GUTMANN.A.,RAWLS,KINGWELL.M.,INOUE.T.,BEINER.R.,
・対話的人格と正義論、契約論的リベラリズム=固い人格(175)、多元主義、シティズンシップ、共同体主義、「文化を担っている」存在(GUTMAN,195)、アイデンティティ、政治的共同体への帰属、中立性原則、
・168.古典的な契約論的リベラリズム(CF.Locke→Nozick)の立場への三批判 197.「K.は、H.の完全暴露のモデル、すなわちそれがより良いという理由のみで、より良い論拠が勝つという非制約的な会話は、現実にはあまりに理想的にすぎ....規範的には役に立たない、と述べている。」 197.「A.のシティズンシップのコンセプションとは異なり、B.は、それを政治的共同体それ自体への帰属の一つの形態だとする。」

●JA34
・RAZ.J.

・貿易摩擦か文化摩擦か 日本、そして他者の問題
・へるめす(小特集=ジャンケレヴィッチ)N.52.1994.
・RAZ.J.,DOWER.J.W.,NAJITA.T.,DALE.P.,
・経済摩擦、文化摩擦、日本人論、文化という神話、アイデンティティ、独自性、メタファー、
・62. 「I.が混乱した世界では、自己と他者の区別があいまいになり、自己は自分の支配の効く安全な位置63を奪われ、多くの他者との接触によりI.の感覚が揺らぎ、シンボルとその意味内容は、その大半が突き崩されて空虚になってしまっているが、このようなところでは、確固たる古き実体に対する新たなノスタルジーと評価が姿をあらわしてる。このような体制にあっては、おそらく多くの国の人々が神話としてのI.の再構築に向かうだろう。」 64. 「イデオロギーはメタファーを使うが、それによって、そのイデオロギーが事実であると錯覚させる。」 64. 「詩や政治においてはメタファーは強力な装置である。しかし、政治においては戦争を招いてしまう可能性もある。」

●JA35
・オオ大橋良介

・「国境」とはいかなる場所であるか
・創文 1999.01・02,N.406.
・OOHASHI.R.>NOE.K.,SUZUKI.S.,
・『悲の現象論 序説−−日本哲学の六テーゼより−−」、民族、国家、文化、近代の超克、産業革命、
・35. 「「民族国家」が幻想だということは、すでに19世紀において露呈したことでした。英米という先発のヨーロッパに広がったこの概念は、ビスマルクのドイツ帝国において矛盾を来たし、これが両次世界大戦の遠因になりました。」 36. 「現在の私は、民族を、「局処的文化共同体」と考えています。また国家を、「回互[えご][互換的自他関係]」として構想しています。」 36.N.<: 「『中央公論』「座談会」での発言は、鈴木の思想を見るベースとしては、不十分と思います。なぜなら近代に関する彼の本来の認識は、戦後の彼の著『産業革命』に示されるからです。.... 37.かれら[京都学派]....の「問い」は....「近代社会システム論」の次元を超えるという意味で、「超近代」です。」

●JA36
・フナ船津衛

・自我のゆくえ
・社会学評論 48-4.1998.
・FUNATSU.M.,BLUMER.H.,COOLEY.C.H.,ERIKSON,GECAS.V.,GOFFMAN,HOWARD.J.A.,JAMES.W.,MEAD,MITA.M.,SCHWALBE.M.L.,TRILLING.L.,TURNER.R.H.,YAMAZAKI.M.,
・近代的自我、役割コンフリクト、内的コミュニケーション、自我の危機、アイデンティティ、「鏡に映った自我」(C.)、「文化的ホームレス」、「インパルシブな自我」、「真の自我」、誠実、
・19. 「自我は自立的な「個体的自我」から、依存的な「関係的自我」に変わっている。現代人の自我はいくつもの小さなアイデンティティからなる自我となる。いわゆる「自我の危機」といわれるものは合理的、自立的、統一的である「近代的自我」のイメージの消滅であり、関係的、多面的・多元的、感情的、流動的な自我の出現であるといえる。....「内的コミュニケーション」を活性化して、「解釈」過程を展開することによって、主体的な行為を形成し、社会の変容を行なうことができるようになる。」 24. 「20世紀前半においては、他者や社会に対して「誠実」であることが「真の自我」の実現と結びついていた(T.,1972)。しかし、こんにちにおいて、そのような「誠実」は「真の自我」の実現と結びつかない。他者に「誠実」であるためには「うその自分」を表現していかざるをえない。」

●JA37
・ワシ鷲田清一

・脱力的公共性(ウオッチ論潮)
・朝日新聞 1999.04.27.夕刊
・WASHIDA.K.,EDAGAWA.K.,
・脱力的公共性、コミュニケーション、ろう文化、だめ連、
・鷲田:」ここでヒントになるのは、親密な極私的関係でもマスメディアを通じた国家政治のイメージ的消費でもなく、その中間にある社会生活の公共地帯に各人が想像力の触手を伸ばしていく、荒唐無けいともいえる手法だ。」

●JA38
・KOSOLOWSKI.P.

・近代(モダン)の限界としてのリスク社会−−ポストモダンの文化のために−−
・比較法史研究 6,未来社 1997.
・KOSLOWSKI.P.,BECK.U.,
・リスク社会、ポストモダン、文化、自然支配の危機、自己同一性、自己形成、常態化、科学主義の神話、「リスクなき近代化の持続というユートピアが終焉したということ」(322)、
・323.「社会の新しい倫理化と文化志向性が特徴づけるのは、近代産業社会からポストモダンの文化社会への移行です。社会を統一するものはただ合理性や個人の利益の内に存するのではありません。また、社会を統一するものを、自己の利益からまったく独立に、国家理性や公共324.の福祉として規定することもできません。このことを社会的生の秩序、社会的存在の解釈である倫理と文化が示しています。合理性を単なる経済原理としてあるいは機能主義的な目的と手段の最適化として規定してしまうならば、それは不十分です。むしろ、合理性は質料的[具体的]文化的目的によって社会的意味を付与し、内容的に充実することに頼らざるをえないのです。/....近代のリスクゆえに、ポストモダンの文化社会は、[社会を]正当化し、統合することのできる文化を再び獲得するよう務めなくてはならないのです。」

●JA39
・キタ北畠能房

・共生にみる自然保護と文化財保護の意義
・あうろーら N.15 1999-春
・KITABATAKE.Y.,LEOPOLD.A.,
・共生にみる自然保護と文化財保護の意義、使用価値・交換価値、
・157.「文化財保護の意義は、単体としての建造物なりの学術的価値の保全にのみあるのではなく、それにかかわる環境、歴史、信仰観念等がある種の秩序関係を保って継承されていくことにある。」

●JA40
・ニシ西川長夫

・国家論の現在と国民国家の行方−−「国民国家論」の立場から−−
・神奈川大学評論 N.34.1999.
・NISHIKAWA.N.,KAWAMOTO.T.,UEHARA.S.,ISHIMODA.T.,NISHIO.K.,
・国民国家論、戦後歴史学、自由主義史観、多文化主義、クレオール性、
・63. 「戦後歴史学のなかで国民と国民国家が批判の対象をまぬがれたことが、最近になって奇妙な現象をもたらしている。戦後歴史学に代表されるような戦後の歴史学への対決をめざして「新しい歴史教科書をつくる会」を結成して、「自由主義史観」をかかげている人たちの言説が、戦後歴史学の最盛期を特色づける、竹内好、石母田正や上原専禄の言説に類似してきたという現象である。それは川本隆史の表現を借りれば....。」 64. 「戦後歴史学とそれ以後の歴史学がもちこんでしまった欠落=盲点の第二は、自己の存在、つまり制度としての歴史学を対象化しえなかったことであろう。」

●JA41
・ヤマ山岸常人

・文化財<復元>無用論
・建築史学 23.1994.
・YAMAGISHI.T.,
・文化財復原、平城宮、
・95. 「学問的に正確な「復原」がいかに困難かはこれ以上の贅言は不要であろう。究極のところ「復原」とは「復原」設計者の嗜好の産物に他ならず、その意味では本質は現代建築と変らないと言ってよい。」 107.> 平城宮大極殿(復原)

●JA42
・オオ大森淳史

・虚偽の行方−−制度としての「芸術」
・神林恒道+EDS.『芸術における近代』1996.
・OOMORI.A.,HEGEL,NIETZSCHE,DANTO,
・歴史的教養の害悪、教養の神殿、ロマン主義、近代性、過去への観念的憧れ、N.>「美的遊民」(268)、「ポスト・ヒストリー」(D.278)、
・266.「ロマン派的な漂う精神性は、ある意味で、真の近代性..を告げ知らせるしるしでもある。それは、近代の「自由な精神」にとって、いわばやむを得ぬ運命のようなものでもある。宗教を中核とするその実体的基盤を失った芸術は、今度はその「自由さ」において空々漠々たる普遍的人間性の理念を頼りに....が、それはまた芸術がどこにも居場所を持たない根無し草的存在になっていったことをも意味している。そうした根無し草的芸術にとって、過去を観念的に憧れ、過去の知識を集積・分類し、これを信奉し、....というようなことが一般的現象として起こるようになる。「今日....反省的教養と批判....が芸術家の心をとらえている」。....という事態の中にH.が「芸術の崩壊」を口にしなければならなかった重要な要因が存在する。」/H.がみたこの「害悪を、生の名においてはげしく糾弾したのは、N.であった。」

●JA43
・オオ大澤真幸

・「戦前」としての現在 (ナショナリズムの影3)
・朝日新聞 2000.07.01.夕刊
・OOSAWA.M.,
・ナショナリズム、多文化主義、エスノ・ナショナリズム、京都学派、
・「....は、バルカン地域のラディカルなエスノ・ナショナリズムと多文化主義が連続していることを暗示している。..../実際今日、どこであれ、排他的なエスノ・ナショナリストや人種主義がその論拠としているのは、あからさまな偏見ではなくて、多文化主義である。」 「そもそも、今翻ってみれば、日本のウルトラ・ナショナリズムの哲学的な骨格のひとつとなった、京都学派の「世界史の哲学」は、多文化主義そのものである。」

●JA44
・キタ北村光二

・文化相対主義を超えて
・創文 2000.06.N.421.
・KITAMURA.K.,MATSUDA.M.,
・人類学、文化相対主義、コミュニケーション、認識と行為、文化の境界を越える共有の生活実践、
・12. 「もっと深刻な問題として、....文化相対主義にしがみつくことをやめる一方で、西欧近代の思考を相対化するという立場を明確にして....異文化理解を可能にする自文化(西欧近代)と異文化に共通の基盤を探し求めようという方針を立てたとしても、そのようなより包括的で超越的な第三の地平を想定してコミュニケーションにおける合意を形成しようとするやり方は西欧近代に特有のものであり....。」 12. 「松田素二は、「抵抗」の人類学を構想するというコンテキスト13(『抵抗する都市』)岩波書店、1999年)でこの問題を取り上げ、そこからの脱出の糸口を....に求めた。それは、生存と行動の便宜を核にした日常的思考と生活実践という経路を通して、異なった者どうしが相互に異なったままままに交流・交感することができるとする考え方である。文化の境界を越えて共有している生活実践の構えを手がかりに共同の実践を行うなかで....。」

●JA45
・ヨシ吉本浩和

・哲学と文化
・アルケー N.8.2000.
・YOSHIMOTO.H.,HEIDEGGER,NIETSCHE,
・哲学と文化、
・147.「..../しかしながら、まさにN.やH.に見られる徹底的な反時代性こそが、深層において、そして長期的には、文化に貢献すると言えるのではないか。」

●JA46
・ノダ野田浩資

・<歴史的環境>というフィールド
・環境社会学研究 N.2.1996.
・NODA.H.,
・歴史的環境、住民の意思決定、対抗テクノクラート、知識人、意味、文化、
・21. 「<歴史的環境>は「人の生きる意味を支える基盤」(大河編,1995:3)または「環境の文化的側面」(木原,1982:ii)と位置づけられ、その破壊は、地域社会の「人間関係の崩壊」「地方文化の衰弱」「精神の喪失」につながるとされる。」

●JA47
・タウ田浦武雄

・アメリカにおける大学カリキュラムの動向−−ハーバード大学のコア・カリキュラムを中心として−−
・愛知学院大学 教養部紀要 40-2.1992.
・TAURA.T.,
・大学コア・カリキュラム、教養、6領域:外国文化、歴史的研究、文学と芸術、道徳的論究、科学、社会的分析、
・4.「コア・カリキュラムは、人間、社会、自然等の領域における知識の量的獲得というよりも、アプローチのしかた、学習のしかたの学習を協調している点が、注意されるべきであろう。」 5.六領域:1.Literature and the Arts,2.Historical Study,3.Social Analysis,4.Moral Reasoning,5.Science,6.Goreign Culture. 7.「道徳的論究の諸コースの共通目標は、人間経験の中でおこってくる選択と価値との重要な8.今日的問題を論議することである。過去における諸選択を示してきた思想の重要な伝統を学生に教えること、又道徳的生活の性質を人々がいかに理解してきたかを学生が自覚することをたかめることを追求する。」

●JA48
・ミシ三島一

・あたらしい歴史教育の背景
・歴史・地理教育 N.14.1955.12. ・MISHIMA.H.,
・歴史教育、歴教協、「民族の正しい遺産と継承」、文化財、
・16. 「民族文化の問題に関しては、政府が国宝をユネスコの国際管理計画にもとづき外国に移管する準備をすすめていると伝えられている際であり、また現に三井文庫の古書籍をはじめ貴重な芸術品・文献等の海外流出が注目をひきはじめた時であった。民族の正しい遺産と継承の上にこそ、歴史教育は行われなければならないのに、その土台の失われたことをうれえたのであった。」

●JA49


・第19分科会 高校
・歴史地理教育 1988.10.臨時増刊号
・KARASUYAMA.
・世界史必修化=つけ焼き刃の高校段階だけの必修、国際理解教育、新・前川レポート、社会科解体、文化史の強調、
・112.「烏山報告は....「新・前川リポート」んどの豊富な資料を裏づけとして使ったものである。政府などの「国際化」は、諸外交の人々と対等・平等に交流していくうえでの教育の論理から出てくるものではなく、経済大国としての日本、日本資本の海外進出の地ならしなどのためのものであることをおさえ、さらに、日本人に対しては、現在の日本国家を絶対視するよう要求するものであることをあきらかにしている。....さらに「世界史必修」問題では、教育課程審議会の最終答申を例にあげ、社会科解体のための、つけ焼き刃の高校段階だけの必修であることをあきらかにし、歴史教育そのものが、「社会の構造と動態の学習を軽視し」た文化史の強調などを内容とするものにされようとしていることを指摘した。」

●JA50
・タテ立野良介

・ヴィルヘルム・パーペートの「芸術哲学」−−相対主義の克服という観点で−−
・美学 51-4.2001.
・TATENO.R.,PERPEET.W.,ROTHACKER,HEIDEGGER,HUSSERL,
・芸術哲学、相対主義の克服、文化、現実、世界、人文科学、意味、存在、関心、
・26. R.は「人間の文化活動の根拠と考えられるものから、人文科学を再構築する」。 27. 「現実とは「無関係性」そのものである。..../「世界」は、人間が「現実」と関係をもちそれを解釈することで生まれたものだ、と理解される。」 28. 「P.も[H.同様]、意識、あるいはより内面化された意識としての「関心」を人間の文化活動の始まりとして把握している。存在物は存在物として「意識」され(「関心」がもたれ)、そのことでその存在物はその意味=存在に向かって考察されるのである。」 28. 「世界とは、現実を「意味づける(erdeuten)」ことで、意味(Sin)をもった状態である。」

●JA51
・オオ大津栄一郎

・実用と教養
・図書 2002-01.
・OOTSU.E.,NINOMIYA.S.,
・実用と教養、小欲、大欲、
・1.二宮尊徳:「真の学問とは凡人の小欲を大欲へ導く手段である」

●JA52


・豊郷小校舎 解体?存続? 文化的価値どう判断
・朝日新聞 2002.02.07.
・ボーリズ,
・豊郷小校舎、文化的価値、建築、アール・デコ
・「文化庁建造物課によると、近現代の建造物で、文化的価値を認め、工事の差し止めを命じたケースは過去にはないという。」

●JA53
・イコ生駒俊明

・「大学システム改革への提言」 教育か研究か 自ら特化を
・日経新聞 2002.03.02.夕刊
・IKOMA.T.,ORTEGA,
・大学改革、教育か研究かの特化を、教養教育、社会貢献、
・「あくかでも本来の職務は教育と研究であり、その成果を社会に還元することが社会貢献である。」 「オルテガは大学の本質を教養教育に置き、その外側に専門職業教育を、さらにその外側に科学研究を置き、研究は大学でやっても良いし、やらなくても良いとする。これは教育と研究を同時に行うべきだとするフンボルト型の大学と相対するものであるが、社会の大衆化を見通したオルテガの洞察はまさに現在に通ずる

●JA54
・ボール.S.J.

・教育、メージャー主義、そして「死者のカリキュラム」
・教育学年報3,1994 (大田直子訳)
・BALL.S.J.,OOTA.N.,THATCHER,BAKER.K.,CLARKE.K.,MAJOR.J.,/OOTA.N.,
・ナショナル・カリキュラム、イギリス教育における「文化的復古主義」、音楽、地理、歴史、コモンセンス、ヴィクトリアニズム、
・193.大田:「B.教授は、保守党対労働党、あるいは保守党=右派(反民主的)、労働党=左派(民主的)といったドグマを一切斥けている。....私を含め多くの研究者は、1988年教育改革法以降ナショナル・カリキュラム導入までの経過を、一貫してサッチャー率いる保守党の戦略の実現としてのみ単純化して、把握してきたように思う。....B.教授は保守党内の近代主義者と伝統主義者との対立についても視野にいれている。」

●JA55
・シリしりあがり寿

・地球防衛家のヒトビト(まんが)
・朝日新聞 2003.06.19.

・日本の食文化、クジラ、ソバ、寿司、マヨネーズゴハン、
・1:「なぜ日本人はクジラを食べるの?」/「まあ日本の食文化だからな」 2:「オトーサンのスキなそばみたいに?」/「まあそうだ」 3:「オカーサンのスキなお寿司も?」/「そうだな」 4:「ボクの大スキなマヨネーズゴハンも!!」/「100年早い::」

●JA56
・ボール.S.J.

・岐路に立つ親たち イギリスにおける親の公立学校と私立学校の選択:象徴的商品経済のなかでの行動
・教育学年報5 教育と市場、世織書房,1996.(深見匡訳)
・BALL.S.J.,BOURDIEU,
・教育と市場、公立学校・私立学校、学校選択、原理と実利、文化的資源、
・205.ブルデュー:「教育市場は階級闘争の最も重要な場の一つとなってきている」

●JA57
・オノ小野順子

・自国史内容編成の視座−アメリカ教育論争を手がかりにして−
・教育学研究 43-2,1997.
・ONO.J.,MORITA.M.,
・歴史スタンダードをめぐる論争inアメリカ、民主主義社会、自国史教育、アイデンティティ、多文化主義、
・AUS:『社会科教育学ハンドブック』明治図書,2001,219f.:「小野(1997)は、米国の歴史スタンダードをめぐる論争を自国史教育のあり方についての視座という視点から再構成し直し、論争の本質が、国民的アイデンティティの寄り所となる民主主義社会の普遍的理念を過去・現在・未来のいずれに重点をおいて解釈してゆくか、その志向性の相違にあることを明らかにした。」

●JA58
・オオ大日方純夫/ハガ羽賀祥二

・今なぜ「伝統」をとりあげるのか
・歴史評論 2003.10.
・OOBINATA.S.,HAGA.S.,/KAWAI.H.,
・歴史、伝統、文化、国民国家、自由主義史観、「こころのノート」、
・64.羽賀:「「伝統」という言葉は明治期にはないようだ。」 65.羽賀:「「伝統」は社会・集団・共同体の内部にある、「古き」・「善き」・「おおやけ」なる事物を探り出し、意味づけることを通じて認識され、創り出されてくる。それは歴史的・倫理的・公共的な価値をもつものとして再認識さ66れ、歴史的倫理的共同性をもつように人々の行為を規制していくのである。」

●JA59
・ニシ西欣也

・美学上の文化的多元主義−−その成立と含意をめぐって−−
・美学 54-2,N.214.2003.
・NISHI.K.,HERDER>KANT,WILLIAMS.R.,MANN.T.,COLERIDGE,
・美学上の文化多元主義、文化的共同体、趣味、国民的趣味(25)、文化ナショナリズム、C.:教養(文化)>文明、共同体、民族、伝統、関心、
・18. 「実際のところ、ヘルダーは美を判定する個人や創作を行う個人を公共の領域から切り離して考えようとはしていないという点である。それどころかむしろ、ヘルダーの言う芸術の真の理解者は、ある意味でカントの場合よりも一層強い絆によって共同体と結ばれているのである。」 25. 「たとえば佐々木健一氏は美的判断に関して、「共同体の合意」に支えられた「範例」が美しさの判定基準として存在することを指摘し、「美は歴史と文化の規定を受けている」と述べる(『美学辞典』203f.)

●JA60
・ウエ上野千鶴子

・市民権とジェンダー−−公私の領域の解体と再編−−
・思想 2003.11.N.955.
・UENO.C.,DELPHY.C.,ENLOE.C.,FINEMANN.M.,HEATER.D.,HIGUCHI.Y.,ISHIDA.Y.,KANOU.M.,KERBER.L.,KOBAYASHI.Y.,MUTOU.K.,NISHIKAWA.N.,NISHIKAWA.Y.,NOUMURA.H.,OGINO.M.,OGUMA.E.,SINODA.S.,RAWLS,SATOU.F.,SCOTT.J.W.,SEDGWICK.E.,SEN,SHIMABUKURO.M.,TAYLOR.C.,TSUJIMURA.M.,
・市民権、ジェンダー、公私、人権/公民権/市民権、国民国家と市民権、パロディとしての女権、平役と市民特権、国民化の論理、女性の国民化と平役、公的暴力とジェンダー、私的暴力とジェンダー、公私の領域の再編成、市民権とジェンダーの分配公正、ポスト国家の市民権、/リベラル・フェミニズム、男女共同参画、>多文化主義、差異の承認、国民国家、国籍、
・23. 「これ[リベラルフェミニズム]をフェミニズムのキャッチアップ・モデルと名づけたのはマリア・ミースである。このキャッチアップモデルは、アメリカではNOW派の主流派フェミニズムに代表され、日本では「男女共同参画」と呼ばれる国策フェミニズムとなったが、ここには男性を模範とした市民権の内容を疑わない、という前提がある。」 28. 「多文化主義が、集団帰属を通じての差異の本質化を前提とし、かつ多様性の承認の上における新たな国民統合の技術と化していることには、すでに批判がよせられている[Taylor 1994=1996;鄭 2003]。国民国家のもとでの「差異の承認」が問題なのではない。むしろ国籍をもひとつの差異の変数とすることで、個人はさまざまな差異の交差する結節点として存在している。ジェンダーもまた、集団属性ではなく、差異の変数のひとつにほかならない。」

●JA61
・ナガ永原慶二/ナカ中村政則

・歴史学は時代にどう向きあってきたか
・週刊 読書人 2003.05.09.
・NAGAHARA.K.,NAKAMURA.M.,
・歴史学、南北朝正閏論、歴史教育、国民国家、社会史、文化史、テクスト、>歴史=物語、
・1.中村:「1949年、50年は、戦後歴史学のスタートで第一次黄金時代。マルクス歴史学がこの時になぜ力を持ったかというと、戦前の皇国史観をぶち壊すにはマルクス主義のような普遍的な法則でないとできなかったからだと思います。大正教養主義では破れなかった。服部之総が藤田五郎に宛てた手紙の中で、東北会津の奥深い農村にも世界史の基本法則が貫徹していることを知りえた喜びを書いていますが、戦後歴史学の第一期に特有のそうした雰囲気があった。」 2.永原:「だからといって、絶対の真理はないのだから自分の思ったことだけを書けばよいという考え方をとると、歴史は物語だという考えも肯定されることにもなります。[/]歴史の研究は常に実証的な手続きを経て、その共通の土台の上に歴史像をめぐり自由に議論しあえるから真実に迫れるのだと思います。その場合、個々の歴史家の認識はどこまでもア・ヒストリーです。[/]歴史は物語だと言う人はこの学問としての約束から飛び出そうとしている。」

●JA62
・サト佐藤秀明

・『村上龍全エッセイ』論
・国文学 H5-3.特集:村上龍 欲望する想像力
・SATOU.H.,MURAKAMI.R.,
・意味、制度、ストーリー、快楽、>「家畜化」、文化、
・115.「モノやコトにどうしようもなく付着している「制度」に村上龍は気づいているのである。だから、性的な「ストーリー」を引き裂いて、「無表情な女の子の大股開き」を「大切で尊いもの」(「サバンナ 性のある風景」)として写すビニール本制作者に共感を寄せるのだ。それは、「制度」となった陳腐な「ストーリー」を破棄して、新たにもっとコクとうま味のある「ストーリー」を創造しようという態度から来ているのではない。暴力的に「意味」や「ストーリー」を剥ぎ取り、「シンプルで、美しい、生命体としての法則」(「エルビス・プレスリー」)を露出させようとする営みなのである。」 116.「例えば人は、女性の肉体に「意味」と「ストーリー」を貼り付け、安手で好もしいささやかな物語に埋没して、身の危険のない快さを味わう。/こういう傾向を村上龍は「家畜化」と呼び、「家畜化への異議申し立て」(「ビニ本が教える」)を唱えるのである。」 116.「「意味」や「ストーリー」という「制度」の捨象は、大きな枠組みで言えば文化の否定であり、歴史の逆行である。」

●JA63
・オオ太田好信

・文化の客体化−−観光をとおした文化とアイデンティティの創造−−
・民族学研究 57-4,1993.
・OOTA.Y.,BRUNER.E.,FOUCAULT,GEERTZ,GILROY.P.,GREENWOOD.D.,HANDLER.R.,HOBSBAWM.E.,IMAFUKU.R.,L.-STRAUSS,LYOTARD,MALINOWSKI,MEAD.M.,SAID,THOMAS.N.,TURNER.T.,YANAGIDA.K.,
・文化の客体化、アイデンティティ、観光、真正さ、純粋な文化、エキゾティシズム、ケチャ(バリ島)、伝統、『遠野物語』、ふるさと(393)、
・383.「本論は、文化の担い手が自己の文化を操作の対象として客体化し、その客体化のプロセスにより生産された文化をとおして自己のアイデンティティを形成する過程についての分析である。....ここでは、観光を担う「ホスト」側の人々が、観光という力関係の編目を利用しながら、自己の文化ならびにアイデンティティを創造していることを確認する。」 389.「ケチャを創り出したのは、バリの人々ではなく、ドイツ人、ワルター・シュピースである。..../390.この例から、バリの芸能がヨーロッパ人の抱いたバリにたいするイメージをモデルとして創造されたことがよくわかる。」 391.「こう考えると、伝統的な文化要素という実体は存在しないことになる。文化の客体化によってつくりだされた「文化」は、選択的、かつ解釈された存在なのである。」

●JA64
・ゴン権左武志

・イラク戦争はなぜ「正しい戦争」ではないのか?−−イラク戦争の正当性をめぐるハーバーマスの考察−−
・創文 2004.04.N.463.
・GONNZA.T.,HAB.,BUSH,SCHMITT.C.,
・イラク戦争、正戦、「特定の民主的文化」、新保守主義(ネオコン)、コソボ紛争、対等な普遍主義>旧帝国の普遍主義、法的平和主義>信条的平和主義、
・3.HAB.(>「中東の民主化」):「西欧が民主的決定手続きや人権規定という「政治的根本価値」に認めている普遍主義的な妥当性要求は、特定の政治生活、特定の民主的文化を・・・・・・全ての社会のモデルと見なす帝国的要求と混同してはならない。地平の彼方に消えていく世界を自己中心的な世界像の視点(Perspektive)から認識した<<旧帝国の普遍主義>>は、後者の種類の要求であった。これに対し、近代の自己理解を特徴づけるのは、自分自身の視点を脱中心化し、同等な他者の解釈視点から自分の見方を脱相対化するよう求める<<対等な普遍主義>>である。」(vgl.F.A.Z.,17.April 2003,S.33.) 4.HAB.on コソボ紛争:「H.は、三十万人に上る被害者からコソボでの民族浄化の証拠は明らかであり、国際法上の「人間性への犯罪」に当たる以上、安保理の委任なしでも国際法上の命題から援助の全権を引き出すことができると述べ、コソボ介入に反対する「信条的平和主義者(Gesinnungspazifist)」に対し、「法的平和主義者(Rechtspazifist)」と自称する。」(Vgl,Die Zeit,29.April 1999,S,1,6f.)

●JA65
・コバ小林慶一郎

・小林慶一郎の経済早わかり UFJ統合で見えたもの
・朝日新聞 2004.08.22.
・KOBAYASHI.K.,JACOBS.J.,HAYEK,
・市場主義VS設計主義、二つの道徳律(組織統治の倫理、市場の倫理)、UFJ問題、不良債券問題、文化、
・「思想家のジェイン・ジェイコブズは、人間には、二つの活動に対応する二つの道徳がある、と指摘した。一つめの活動は、動物と同じく、資源を採取または奪取し、仲間に分配するという活動。もう一つは、人間固有の活動で、それが市場での交換である。」 記事の要約: 1:人間には、組織統治の倫理と市場の倫理という二つの道徳律がある。 2:組織統治の倫理で、市場経済まで律しようとすると、設計主義という誤りに陥る。 3:経済政策では、状況に応じて二つの道徳律を使い分ける必要がある。その切り替え巧拙を決めるのが、文化の力といえる。

●JA66
・モリ森川輝一

・アレント解釈を読む(一)(二・完)
・名城法学 52-1,4,2003,04.
・MORIKAWA.T.,ARENDT,GRAY.J.,HONNETH,JAY.M.,BEINER.R.,BERNSTEIN.R.,BENHABIB,KAWASAKI.O.,LYOTARD,WHITE.S.K.,HAB.,DISCH.L.J.,KANT,ARIST.,HEIDEGGER,SCHUERMANN.R.,ONO.N.,FYNSK.C.,GADAMER,VILLA,MOUFFE.C.,HONIG.B.,CONNOLLY.W.E.,RAWLS,
・暴力と自由、ポリスのアポリア、公共性、共和主義、アゴニズム、政治、個人の名声(ポリス)と政治的空間そのものの永続性(ローマ)(62)、英雄的・闘技的側面と調停的・参加民主主義的側面(69)、人間存在の不気味さ(67)、活動、判断力、アリストテレス主義とカント主義(68)、公共文化(73)、近代、ラディカル・デモクラシー(76)、ペリクレス的市民とソクラテス的市民(84)、公民的ヒューマニズム、
・93.RAWLS:「H.A.によって強力に且つ悲劇的に表現されている公民的ヒューマニズムの一形態」

●JA67
・サエ佐伯啓思

・「真の保守主義」再生しかない
・論座 2005-07.
・SAEKI.K.,
・保守主義、伝統、「善き社会」、倫理的精神(エートス)、>高層ビル、日本の精神文化、美意識、国民性・郷土性、文化、ネーション、国のかたち、
・64. 「「善」は具体的な実践としてしか表出しえない。そこには確かに、ある社会の「国民性」あるいは「郷土性」というべき文化が存在する。....「善き社会」の構想は、ある意味で「伝統の発見」そのものであるからだ。/特に日本のように、近代史、とりわけ戦後の近代化の過程で、伝統的な文化様式や生活空間の破壊が絶え間なく行われてきたところではそうである。伝統的な美意識、自然環境への繊細な配慮、信頼や調和をキーワードとした人間関係、自己主張よりも謙譲を美徳とする道徳観、仏教からくる無常や、神道からくる純粋さ、儒教からくる秩序観念などを背景とした倫理的精神(エートス)、「利」よりも「義」を重んずる「義の精神」、アメリカ文明の高層ビルとは対極にある質素で自然と調和した低層の伝統的な木造建造物、進歩する歴史観ではなく栄枯盛衰の歴史観、これらは日本の精神文化の核を形作るものであった。「善き社会」は、いずれ、これらの価値観の再発見とその具体化を含むものでなければならないであろう。」 65. 「文化的な集合体としての「ネーション」という意味での「国のかたち」」

●JA68
・マツ松元雅和

・「自尊心の社会的基礎」とリベラルな多文化主義の課題
・日倫57大会発表原稿 2006.
・MATSUMOTO.M.,WOLFF.J.,LYMLICKA,WILLIAMS,RAWLS,PAREKH.B.,BARRY.B.,DANIELS,EYAL.N.,MCKINNON,ARMITAGE.F.,WALDRON.J.,BENHABIB,OKIN.S.M.,GALEOTTI.A.E.,
・自尊心、リベラルな多文化主義、アイデンティティ、
・筆者=慶応大学法学研究科D:m-mt df6.so-net.ne.jp

●JA69
・ノダ野田浩資

・伝統の消費−−京都市における町家保全と都市再生をめぐって−−
・環境社会学研究 12,
・NODA.H.,GIDDENS,IKEGAMI.A.,KATAGIRI.S.,LANDRY.C.,URRY.J.,GOTOU.K.,
・伝統の消費、京都、景観、歴史的環境、観光のまなざし、テーマパーク化、創造的都市、世界文化遺産、町屋保全、「まちなか観光」、/構築物(69)、
・57. 「本稿では、歴史都市・京都をとりあげることによって、世界遺産という「外からのまなざし」によって、「古都という名称のテーマパーク化」が進行しつつあるという、悲観的な診断をもとに、グローバル化の進む現代社会において「外からのまなざし」「グローバルなまなざし」に抗した「都市再生」のあり方について考えてみたい。」

●JA70
・オオ大村敬一

・「伝統的な生態学的知識」という名の神話を超えて−−交差点としての民族誌の提言−−
・国立民族学博物館研究報告 27-1,2002.
・OOMURA.K.,LAVE.J.,BERGER.P.L.,BERKES.F.,BERLIN.I.,HOBSBAWN,BOURDIEU,CLLIFORD,DENNY.J.P.,DESCOLA.P.,PALSSON.G.,DORAIS.L.-J.,FREEMAN.M.M.R.,FURUYA.Y.,GEERTZ.C.,IMANISHI.K.,IRVING.L.,JOHANNES.R.E.,KISHIGAMI.N.,MATSUDA.M.,MATSUI.K.,OOTA.Y.,ロサルド.R.,SAHLINS.M.,WENZEL.G.,
・イヌイト、生態学、>本質主義、構成的体制と日常世界の弁証法、開かれた文化分析、交差点としての民族誌、
・25.「本論文の目的は....従来の諸研究が陥ってしまった本質主義の陥穽から離脱するための方法論を考察することである。....従来の伝統的な生態学的知識の諸研究は、1970年代以前の民族科学研究の自文化中心主義的で普遍主義的な視点を修正し、イヌイトの視点からイヌイトの知識と世界観を把握する相対主義的な視点を提示するという成果をあげた。しかし一方で、これらの諸研究は、イヌイト個人が伝統的な生態学的知識を日常的な実践を通して絶え間なく再生産し、変化させつつあることを忘却していたために、本質主義の陥穽に陥ってしまったのである。....実践の理論や千住的リアリズムなど、本質主義を克服するために提示されている研究戦略を参考に、伝統的な生態学的知識を研究するための新たな分析モデルを模索する。....レイヴ(1995)が提案した分析モデルに注目し、その分析モデルに基づいて、26人間と社会・文化の間に交わされるダイナミックな相互作用を統合的に把握する視点から伝統的な生態学的を再定義する。」

●JA71


・文化価値 保全の力に(湿地再発見4)
・朝日新聞 2008.10.23.夕刊

・湿地の文化的価値、湿地保全、ラムサール条約、
・「石川県加賀市のレムサール条約登録地、片野鴨池..では、伝統文化と保全が深く結びついている。/..../「食文化や子どもの遊びなど生活になじんでいたり、そうした湿地の文化的価値にもっと光を当てたい」。....はそう意気込む。/28日から韓国で開かれるレムサール条約締結国会議の間には、会場の一室で「湿地の文化的価値〜アジアを中心として」と題してシンポウジウムを開く。韓国の風水思想やネパールの湖信仰、マレーシアの水田での漁業などアジアの湿地文化を日本の事例とともに紹介する。/辻井さんは「動植物の保護だけでは生物に関心のある人しか引きつけられない。潮干狩りも日本人の干潟への愛着を示す文化だし、そこで楽しんだ記憶が、残したいという思いにつながる。文化や経済にも視野を広げないと湿地保全は停滞する」と心配する。」

●JA72
・ツチ土屋盛茂

・プランクの実在論、決定論と物理的世界像−−カントの後継者、ポパーの先駆者として(一)
・香川大学教養教育研究,1.1996.
・TSUCHIYA.M.,PLANCK.M.,KANT,POPPER,HEISENBERG,
・実在論、決定論、物理主語的世界像、教養教育、因果性、不確定性原理、量子力学、
・AUS:JA7136. 129.「量子物理的事象で因果的法則性が成り立たないように見えたのは、実は、問いの立て方がまちがっていたためだ、ということが明らかになる。電子の位置と速度(運動量)を求めたり、....電子の軌道を求めたりするのは、古典物理学の世界像で行なわれていたことである。なぜなら古典物理学の世界像においては、「....個々の要素事象の各々は、直接時間空間的に近接する局所的事象によって、他を考慮することなく、一義的に決定されているということが、因果的な物理的思考の前提になる。」(1929,I,S.151)....ということが、因果的な思考の前提になっていたからである。ところが量子力学の世界像においては、物理的対象は、そのような局所的事象から成っていると考えることはできなくなった。むしろ、システム全体のすべての地点に関係129.する全体的なものと巻挙げなくてはならなくなった。

●JA73
・ヤマ山本隆+

・食べ物のおいしさと脳の科学

・YAMAMOTO.T.,SHIMURA.T.,SAKO.N.,
・食べ物のおいしさ、脳科学、味覚、おいしさの観念的要因、「おふくろの味」、文化的影響、脳内物質:ベンゾジアゼピン;ドーパミン)、前頭連合野、「すいかニューロン」(YAMAMOTO.T.+)、
・おいしさ:2つに分けるべし:1.体が必要としているものを摂取したときの快感、2.口腔感覚とくに好ましい味覚を感じたときの快感。:「好ましい(palatable)感覚」 「私ににとっておいしい「おふくろの味」も他のにとには何とも思わなくても不思議ではない。」 「観念的要因とは先入観念とか情報操作によっておいしさ・まずさは影響を受けるということである。」 「同じ紅茶なのに英国御用達の紅茶と言っておく方がケニア産の紅茶と言っておく場合よりおいしいと答える人が多いという実験事実(ブランド指向に訴えた情報操作)」 「このような観念的要因は動物にはみられない。」 「前頭連合野というのは....高次の情報処理をするところで、特にヒトで大きく発達している部位である。....食べ者の嗜好性は地域、文化、慣習、宗教、教育、公告、宣伝などの影響も受ける。このような影響も前頭連合野での情報処理過程に大きな影響を及ぼすと考えられる。」

●JA74
・マツ松下良平

・リキッド・モダンな消費社会における教育の迷走
・現代思想 2009-04.特集:変わりゆく教育
・MATSUSHITA.R.,ARENDT,WILLIAMS.R.,SENNETT,BAUMAN.Z.,MIKI.K.,TAKEUCHI.H.,TAKADA.E.,ARNOLD.M.,
・文化>消費、教育、「文化」の今日の日本での意味(136)、俗物教養主義:「文化=教養に親しむ人は社会の現実から身を引き離して(つまり現実をM・アーノルドのいう「甘美と光輝」のヴェール越にながめて)、たとえば「自己完成」のために文化=教養を利用するようになった」(138))
・128.n Arendt:文化>消費。「文化とは、人の一生や世代を超えた永続性や耐久性や不死性をもたらすもの」 129.→筆者:こうした「陶冶=教養」としての教育を! 131.「リキッド・モダン社会は、市民教育を成り立たせるのに必要な条件を<<土台から>蝕んでいく[。]....そこでは市民であるために必要なもの、すなわち、共同体やアソシエーション、他者とのかかわり、対話や討議、歴史(過去と未来・過去と未来を関連づける物語)、よりよき社会への関心、実践的思慮、市民的徳(卓越性)、といったものが形骸化したり不可能になったりするからである。」 136.「「永遠」は、「不死への努力」に対する懐疑から生まれた。「永遠」についての「観想」は「人びとの間にあること」を拒否し、「活動的生活」や「政治的生活」の源泉にして中核である「不死への努力」を「観想」の下僕にしたのである。」 138.もっとも:「<<文化によって装われた教育>>」(「文化が教養として理解されてきた歴史が生み出した教育」/俗物主義)≠「<<文化としての教育>>」

●JA75






・ ●JA76
・ヤマ山本隆+

・食べ物のおいしさと脳の科学

・YAMAMOTO.T.,SHIMURA.T.,SAKO.N.,
・食べ物のおいしさ、脳科学、味覚、おいしさの観念的要因、「おふくろの味」、文化的影響、脳内物質:ベンゾジアゼピン;ドーパミン)、前頭連合野、「すいかニューロン」(YAMAMOTO.T.+)、
・おいしさ:2つに分けるべし:1.体が必要としているものを摂取したときの快感、2.口腔感覚とくに好ましい味覚を感じたときの快感。:「好ましい(palatable)感覚」 「私ににとっておいしい「おふくろの味」も他のにとには何とも思わなくても不思議ではない。」 「観念的要因とは先入観念とか情報操作によっておいしさ・まずさは影響を受けるということである。」 「同じ紅茶なのに英国御用達の紅茶と言っておく方がケニア産の紅茶と言っておく場合よりおいしいと答える人が多いという実験事実(ブランド指向に訴えた情報操作)」 「このような観念的要因は動物にはみられない。」 「前頭連合野というのは....高次の情報処理をするところで、特にヒトで大きく発達している部位である。....食べ者の嗜好性は地域、文化、慣習、宗教、教育、公告、宣伝などの影響も受ける。このような影響も前頭連合野での情報処理過程に大きな影響を及ぼすと考えられる。」

●JA77
・マツ松下良平

・リキッド・モダンな消費社会における教育の迷走
・現代思想 2009-04.特集:変わりゆく教育
・MATSUSHITA.R.,ARENDT,WILLIAMS.R.,SENNETT,BAUMAN.Z.,MIKI.K.,TAKEUCHI.H.,TAKADA.E.,ARNOLD.M.,
・文化>消費、教育、「文化」の今日の日本での意味(136)、俗物教養主義:「文化=教養に親しむ人は社会の現実から身を引き離して(つまり現実をM・アーノルドのいう「甘美と光輝」のヴェール越にながめて)、たとえば「自己完成」のために文化=教養を利用するようになった」(138))
・128.n Arendt:文化>消費。「文化とは、人の一生や世代を超えた永続性や耐久性や不死性をもたらすもの」 129.→筆者:こうした「陶冶=教養」としての教育を! 131.「リキッド・モダン社会は、市民教育を成り立たせるのに必要な条件を<<土台から>蝕んでいく[。]....そこでは市民であるために必要なもの、すなわち、共同体やアソシエーション、他者とのかかわり、対話や討議、歴史(過去と未来・過去と未来を関連づける物語)、よりよき社会への関心、実践的思慮、市民的徳(卓越性)、といったものが形骸化したり不可能になったりするからである。」 136.「「永遠」は、「不死への努力」に対する懐疑から生まれた。「永遠」についての「観想」は「人びとの間にあること」を拒否し、「活動的生活」や「政治的生活」の源泉にして中核である「不死への努力」を「観想」の下僕にしたのである。」 138.もっとも:「<<文化によって装われた教育>>」(「文化が教養として理解されてきた歴史が生み出した教育」/俗物主義)≠「<<文化としての教育>>」

●JA78
・カト加藤匠

・“Culture”とは何か−−アーノルドと文化研究をつなぐもの
・桐朋学園大学研究紀要 30,2004.
・KATOU.T.,ARNOLD.M.,WILLIAMS.R.,ELIOT.T.S.,WILDE.O.,TOMIYAMA.T.,HEBDIGE.D.,
・文化、芸術、教養、「甘美と光」「ヘレニズム主義」(84)、国家、観念、伝統、
・79.R.W.:「文化の定義には三種類ある。」 /「この定義が興味深いのは、ディック・ヘブディッジ..が指摘した、語義として80の「文化」のもつ二側面−−「優れたものの指標」、「生活のすべて」−−を的確に表現しているためである。」 87.A.:「Cultureこそが観念の社会化というものだ。」

●JA79
・イナ稲本竜太郎

・アーレントにおける「物化」概念の推移−−エッセイ「文化の危機」と「政治と文化」講演について−−
・千葉大学社会文化科学研究 11,2005.
・INAMOTO.R.,ARENDT,CICERO,
・文化、物化、功利主義、教養俗物、仕事・労働・活動、趣味、政治、記憶、芸術作品、モダンアート、

   

   4.FB


●FB1
・APPIAH.K.A./GATES.H.L.JR.EDS.

・IDENTITIES
・U.OF CHICAGO PR.1995.
・MICHAELS.A.B.,
・M.:"RACE INTO CULTURE:A CRITICAL GENEALOGY OF CULTURAL IDENTITY",
・AUS:木下卓ED.(KA45)70(外岡):「これ[多文化主義の動き]に対して、アメリカ社会の断片化と人種再隔離を推し進めるだけだという批判が、様々な立場からなされている。[:]このような批判が生じるのは、多文化主義における「文化」の概念が、過去から連続して流れる文化伝統とそれを支える固有の人種/民族のアイデンティティを前提としているからである。ある文化集団の構成員は、「血」の連続によってその文化伝統の構成員としての地位が保証される。多文化主義における「わたしたち」の文化、「彼らの」文化、「わたしたちの」歴史、「彼らの」歴史、という区別は、結局のところW.B.マイケルズが指摘するように、形を変えた人種主義にもなり得る(M...pp.57-62)。」

●FB2
・SOPER.K.

・WHAT IS NATURE?
・BLACKWELL 1995.
・SOPER.K.,ADORNO,ANDERSON.B.,APPLETON,ARIST.,ATTFIELD.R.,BACON,BAKHTIN,BARELL.J.,BAUDELAIRE,BENTON.T.,BHASKAR.R.,BLAKE.W.,BURKE.E.,CHOMSKY,DWAKINS.R.,DESCARTES,DOLLIMORE.J.,EAGLETON,FOUCAULT,FREUD,GOODIN.R.,HARDY.T.,HARVEY.D.,HAYWARD.T.,HEGEL,HEIDEGGER,JONSON.B.,KANT,KOLODNY.A.,L.-STRAUSS,MARX,NAESS.A.,NIETZSCHE,O'NEILL.J.,PASSMORE,POPE.A.,REGAN.T.,ROLSTON,ROUSSEAU,SINGER.P.,VIRGIL,WILLIAMS.R.,WORDSWORTH,
・NATURE,ECOLOGY,AESTHETICS,ANIMAL,ANTHROPOCENTRISM,ART,BIOLOGY,BODY,COUNTRYSIDE,CULTURE,ETHNOCENTRISM,ENVIRONMENT,FEMINISM,HUMAN NATURE,LANDSCAPE,NATIONALISM,NATURALISM,PASTORAL,REALISM,ROMANTICISM,SEX,TABOO,AMENITY(241),
・234.「風景はイデオロギー的概念である。」
241.「もっとも洗練された精神でも、かなり定常的に、その自然への趣味を変えてきている。その限りで、その欲求において文化的に「構成された」ものであったと言っていい。我々はこうリーズナブルに問えるが、自然に対する反応が単純に「自然的」であった共同体がかつてあったであろうか。」

●FB3
・HOLLINGER.D.A.

・POSTETHNIC AMERICA:BEYOND MULTICULTURALISM
・BASIC BOOKS,1995.AMA:PB.10.40D.
・HOLLINGER.D.A.,APPADURAI.A.,DEWEY,GEERTZ,HALEY.A.,KALLEN.H.,KINSEY.A.,KUHN.T.,NAGEL,NASH.G.B.,NUSSBAUM,REED.I.,REICH.R.B.,RORTY,SANDEL,WALZER,WOLIN.S.,
・POSTETHNIC AMERICA,BEYOND MULTICULTURALISM,IDENTITY,AFFILIATION,AFFIRMATICE ACTION,CIVIC NATIONALISM,COMMUNITY,CULTURE,DIVERSITY,ETHNIC IDENTITY,GLOBALIZATION,HISTORICISM,INEQUALITY,NATIONALISM,PLURALISM,複数性、帰属、RACISM,ポストエスニック、アイデンティティ、関わり、
・AUS:斉藤IN現代思想1997-07.175:S.:「D.H.は、「アイデンティティ」に代えて「関わり(affilitations)」という言葉を用いることを推奨している。「アイデンティティ」が所与(事実確認)性・単数性を含意するのに対して、「関わり」は行為遂行性・複数性を示唆し、結果として帰属の状態というよりもむしろアイデンティティが形成される複合的で動態的な過程に光を当てることができるからである[cf.H.:6f]。ちなみに、彼のいう「ポストエスニック」は、他から規定された関わりよりも自発的に選択され、選択し直される複数の関わりを評価するものである[cf.116f]。」

●FB4
・HUYSSEN.A.

・TWILIGHT MEMORIES:MAKING TIME IN A CULTURE OF AMNESIA
・ROUTLEDGE.NY.1995.AMA:PB.19.99D.
・HUYSSEN.A.,RILKE,JUENGER.E.,KLUGE.A.,MCLUHAN,KIEFER.A.,SLOTERDIJK>ADORNO,BAUDELAIRE,BAUDRILLARD,BENJAMIN,BENN.G.,BOHRER.K.H.,BRECHT,CAGE.J.,CELINE,ENZENSBERGER,FOUCAULT,FREUD,GRASS.G.,HAB.,HEGEL,HEIDEGGER,HIGGINS.D.,HITLER,HORKHEIMER,KAFKA,KOHL.H.,LACAN,LUEBBE.H.,LYOTARD,MACIUNAS.G.,MARQUARD,MARX,MIRBEAU.O.,MUELLER.H.,NIETZSCHE,SCHIRRMACHER.F.,SIMMEL,SPEER.A.,SYBERBERG.H.J.,WAGNER,WEBER,WOLF.C.,
・TWILIGHT MEMORY,MAKING TIME IN A CULTURE OF AMNESIA,NATION,RACE,MUSEUM,AUSCHWITZ,AVANT-GARDE,BONN,COLD WAR,DADAISM,BERLIN,FASCISM,GERMANY,ICONOGRAPHY,MODERNISM,NAZI,POP CULTURE,SOVIET,THIRD REICH,WEIMAR CULTURE,WORLD WAR,
・AUS:JA4358(ヨネヤマ)245:「わたしたちは今、「前例をみない規模のメモリー・ブーム」を目撃しているところだ、と世紀末ヨーロッパの文化風景を論考するなかで、A.・H.は評した。」(P.5)

●FB5
・GERGEN.K.J.

・THE SATURATED SELF
・BASIC BOOKS,1991.PB.18D.
・GERGEN.K.J.,/LYONS.J.,WHITE.H.,,
・SATURATED SELF,MODERN VISION OF SELF,POSTMODERN CULTURE,SELF-RENEWAL,SINCERITY,18C.,/EMOTIONAL MEANING,
・AUS:片桐2000
8.Emotional meaning is a social and cultural achievement.--Catherine Lutz,Unnatural Emotions
11.John Lyons proposes that the centrality of the self was largely a product of late-eighteenth-century thought.(11)
261.11:John O.Lyons,The Invention of the Self.
109.In White's terms,"historical narratives...are verval fictions,the contents of which are as much 'invented'as 'found.'"

●FB6
・HACKING.I.

・THE SOCIAL CONSTRUCTION OF WHAT?
・HARVARD UP.1999,2003(9),2557Y.
・HACKING.I.,AUSTIN,BLEULER.E.,BLOOR.D.,CARNAP,FEYERABEND,FOUCAULT,FREUD,GOODMAN.N.,KANT,KUHN,LAKATOS,LATOUR.B.,MANNHEIM,MAXWELL,PICKERING.A.,POPPER,PUTNAM,QUINE,RAWLS,RUSSELL,SOKAL.A.,WOOGLER.S.,/BERGER.P.,LICKMANN(24),HUSSERL,WEBER(25),PIAGET(25),
・SOCIAL CONSTRUCTION,GRADE OF COMMITMENT,CONSTRUCTIONISM,CULTURE WARS,EDINBURGH SCHOOL,GENDER,KINDS,NOMINALISM,REAL,UNMASKING,/CONSTRUCTIVSM(41),
・41.Kant was the great pioneer of construction.....We have logical constructions,constructivism in mathematics,and,following Kant,numerous strains of constructionism in ethical theory,including those of John Rawls and Michel Foucault.

●FB7
・TURNER.S.

・BRAIN/PRACTICES/RELATIVISM: SOCIAL THEORY AFTER COGNITIVE SCIENCE
・U.OF CHICAGO PR.2002.
・TURNER.S.,BERLIN.I.,BOURDIEU,BRANDOM.R.,CHURCHLAND,COWLING.M.,DAVIDSON,DEWEY,DURKHEIM,ELIOT.T.S.,FOUCAULT,GEERTZ,HAB.,HACKING.I.,HAEGERSTROM.A.,HOBBES,HUME,KANT,KELSEN,KUHN,MACHIAVELLI,MACINTYRE,DE MAN,H.,MANNHEIM,MAUSS.M.,MAYER.J.P.,MEAD.G.H.,MEAD.M.,,IYATA.Y.,NEEDHAM,OAKESHOTT,PARSONS.T.,PCIKERING.A.,POLANYI.M.,RAWLS,SCHMITT.C.,SEARLE,SHILS.E.,WEBER,WITT.,
・BACKGROUND,BELIEF,CHANGE,CIVILITY,COGNITIVE SCIENCE,INTENTIONALITY:COLLECTIVE;I;WE,COMMUNICATION,CONNECTIONISM,CONTEXTUALISM,CRITICAL THINKING,CULTURE,EXPLANATION,FACT,FOLK PSYCHOLOGY,FRAMEWORK,HISTORICISM,IDEOLOGY,IMPLICIT NORM,LANGUAGE,LAW,LIBERALISM,NORMATIVITY,NORM,PRACTICE,RELATIVISM,RULE,SAMENESS,SHARING,SOCIAL CONSTRUCTIONISM,THEORY THEORY,TRADITION,UNDERSTANDING,IMPLICIT RULE,/TACIT,HABIT,
・AUS:FA5614(TURNER)
1. That connectionism is the best model for what social theory traditionally called "habit," and that there are no sufficiently plausible competitors to connectionsit/habit models for explaining "tacit" parts of culture.
17.Searle:「深い無意識の規則-遵守の観念は不整合である」(1995,229.n.2)/背景の仮設(1983)。

●FB8
・HOINACKI.L./MITCHAM.C.EDS.

・THE CHALLENGES OF IVAN ILLICH:A COLLECTIVE REFLECTION
・STATE U.OF NEW YORK PR.2002.2347Y.
・ILLICH.I.,HOINACKI.L.,MITCHAM.C.,FITZPATRICK.J.P.(S.J.),BOYARS.M.,MCKNIGHT.J.L.,BOTTOMLEY.G.,FARIAS.D.,KUGELMANN.R.,SANDERS.B.,SCHWARTZ.D.B.,GARRIGOS.A.,FALBEL.A.,PRAKASH.M.S.,BURKART.E.J.,HULBERT.A.,ROBERT.J.,DUPUY.J.P.,TIJMES.P.,DUDEN.B.,/DOSTOYEVSKY.F.,DURMONT.L.,ELLUL.J.,FROMM.E.,HEIDEGGER,LEVINAS,MARX,M.-PONTY,MUMFORD.L.,PLATON,POLANYI.K.,SCHUMACHER.E.F.,SPELLMAN.F.C.,/GIRARD.R.,JESUS,
・ASKESIS,BASIC NEEDS,CATHOLIC,CERTAINTIES,COMPUTER,CONVIVIAL,CULTURE,DEATH,DISEMNODIMENT,ECONOMY,ENERGY USE,EVIL,FRIENDSHIP,GENDER,HEALTH,HOMO ECONOMICUS,HOPE,HOSPITALITY,HUMAN CONDITION,LIFE,LIMITS,MEDICINE,MODERNITY,NATURE,NEMESIS,POWER,PROGRESS,RELIGION,RESPONSIBILITY,RITUAL,SACRED,SCARCITY,SCHOOL,SILENCE,SUBSISTENCE,SYSTEM,TECHNOLOGY,TOOL,VERNACULAR,WATER,/ARROGANT,LOVE,CHARITY(119),PROMETHIAN FALLACY(164),MEANING,IDENTITY,ART OF LIVING(166),SUFFERING(184),
・119.Garrigos.A.: The Western mind has allowed itself to be seduced by an arrogant confidence in the human ability to think and love.
166.Hulbert.A.: The final section of his[P.Viveret] paper tentatively introduced the sphere of religion into the debate in terms of the demand for meaning and identity,and spirituality as the art of living.  /167. a trade off between the management of society (the profession of the bureaucracy),and the autonomous action of citizens,....
184.Robert.J.: For him[Illich],physical decay and death call for an art of suffering,not for therapies.

●FB9
・LONERGAN.B.

・A SECOND COLLECTION
・U.OF TORONTO PRESS,1974,ED.BY RYNA.W.F.J./TYRRELL.B.J.
・LONERGAN.B.J.F.,ARIST.,AUGUSTINUS,BLONDEL.M.,DEWART/L/.DEWEY.DILTHEY,FICHTR,GADAMER,HEGEL,HEILER.F.,KANT,KIERKE.,MILLS.C.W.,NEWMAN.J.H.,NIETZSCHE,PARSONS.T.,PLATON,RAHNER.K.,SCHELER,SCHELLING,SCHLEIERMACHER,SCHOONENBERG.P.,SCHOPENHAUER,TEILLARD DE CHARDIN,THOMAS,WEBER,
・"THE TRANSITON FROM A CLASSICIST WORLD-VIEW TO HISTORICAL-MINDEDNESS","THE FUTURE OF THOMISM","THE SUBJECT","THE ABSENCE OF GOD IN MODERN CULTURE","PHILO.A.THEOLOGY","THE ORGINS OF CHRISTIAN REALISM",/THE IMMANENTIST SUBJECT(75),THE EXISTENTIAL SUBJECT(79),INTEREST<>VALUE(168),"
・"THE SUBHECT"はFAも在り。
79. Such doing,at first sight,affects,modifies,changes the world of objects. But even more it affects the subject himself. For human doing is free and responsible.....By his own acts the human subject makes himself what he is to be,....
79. while the reflexive,self-constitutive elements in moral living has been known from ancient times,still it was not coupled with the notion of the subject to draw attention to him in his key role of making himself what he is to be.
168. man's self-control can proceed from quite different grounds. It can tend to be mere selfishness......At the opposite pole it can tend to be concernes solely with values;..... "

●FB10
・KEYES.C.F./DANIEL.E.V.EDS.

・KARMA.AN ANTHROPOLOGICAL INQUIRY
・U.OF CALIFORNIA PR.1983.
・BUDDHA,GEERTZ,GOMBRICH.R.F.,L.-STRAUSS,WEBER,
・KARMA,HINDUISM,ACTOR-ACTION IDENTITY,CAUSATION,CULTURE,DESIRE,DEMON,DESTINY,DHARMA,DOGMA,DUALISM,ETHICS,FATE,FESTIVAL,GHOST,GOD,HEAVEN,HELL,INTENTIONALITY,KUNAM,MAGIC,MERIT,MYTH,PERSON,RATIONALIZATION,RESPONSIBILITY,RITUAL,SIN,SOUL,SPIRIT,SUBSTANCE,SUFFERING,VIRTUE,/MERIT-TRANSFERENCE,TRANSCENDENT BENEFITS,
・AUS:FA6019
279.C.F.Keye,"Kammic Theory of Popular Theravada Buddhism":279: a merit-transference from son to parents or to others.....all those who....will receive transcendent benefits,a reward of great merit(punna),thereby ensuring a decrease in suffering in the future.

●FB11
・GRAEBER.D.

・TOWARD AN ANTHROPOLOGICAL THEORY OF VALUE
・PALGRAVE,2001.
・GRAEBER.D.,BAUDRILLARD,BHASKAR.R.,BLOCH.M.,BOAS.F.,BOURDIEU,DERRIDA,DUMONT.L.,DURKHEIM,EVANS-PRITCHARD,FIRTH.R.,FOUCAULT,GOLDMAN.I.,GREGORY.C.,HAGEN.M.,HAMMEL.G.,HEGEL,HOBBES,LEACH.E.,L.-STRAWSS,MARX,MAUSS.M.,MUNN.N.,PLATON,POLANYI.K.,SAHLINS.M.,SAUSSURE,TYLOR.E.,WEINER.A.,PIAGET,
・C1:THREE WAYS OF TALKING ABOUT VALUE,C2:CURRENT DIRECTIONS IN EXCHANGE THEORY,C3:VALUE AS THE IMPORTANCE OF ACTIONS,C4:ACTION AND REFLECTION,OR NOTES TOWARD A THEORY OF WEALTH AND POWER,C5:WAMPUM AND SOCIAL CREATIVITY AMONG THE IROQUOIS,C6:MARCEL MAUSS REVISITED,C7:THE FALSE COIN OF OUR OWN DREAMS,OR THE PROBLEM OF THE FETISH,IIIB,/HUMAN ACTION,ALIENATION,ANTHROPOLOGY,ARISTOCRACY,BEAUTY,CAPOTALISM,CLASS,COMMODITY,COMMUNISM,CONSUMPTION,CONTRACT,COSMOLOGY,CULTURE,CYNICISM,DEAT,DESIRE,DISPLAY,ECONOMICS,EXPLOITATION,FAME,FEMINISM,FETISHISM,FOOD,FREEDOM,GENDER,GIFT,HIERARCHY,HUMANITY,IDENTITY,IDEOLOGY,IMAGINATION,INDIVIDUAL,KINSHIP,KABOR,LAW,MAGIC,MARKET,MEANING,MONEY,NATURALIZATION,NEOLIBERALISM,PERSON,PERSPECTIVE,PLEASURE,POLITICS,POWER,PRACTICE,PRODUCTION,PROPERTY,RANKING,REALISM,REALITY,RECIPROCITY,RELIGION,RITUAL,SACRIFICE,SCIENCE,SELF-INTEREST,SOCIETY,SOUL,STRUCTURE,TOTALITY,UTILITARIANISM,VALUE,
・AUS:FA6274(Barilan.Y.M.)p.169: AS Graeber(2001) shows....They[many cultures] see value as an encompassing <> between the personal sphere and its extraneous physical and metaphysical realms20. On these schemes People share value: they do not contain it possessively or exclusively. /p.172.n.20: Possibly this is what Williams' distinction between "thin" and "thick" moralities (Willimas,1985,p.140ff.) points at. One kind of thick theories of morality incorporates the relationship between persons and reality.

●FB12
・CAMPBELL.J.

・THE LIAR'S TALE:A HISTORY OF FALSEHOOD
・NORTON,2001.
・CAMPBELL.J.,THOMAS,ARIST.,BERLIN,FREUD,NIETZSCHE,DARWIN,DERRIDA,DESCARTES,ELIOT.T.S.,FOUCAULT,GALILEO,GOETHE,HAB.,HEGEL,HUME,HUSSERL,HUXLEY.T.H.,JAMES.H.,KANT,LACAN,LAMARCK.J.-B.,LENIN,LOCKE,MALLARME,MARX,MONTAIGNE,MOORE,MURDOCH,NEWTON,OCKHAM,ORWELL.G.,PATER.W.H.,PLATON,PROTAGORAS,RANDALL.J.H.,ROUSSEAU,RUSE.M.,RUSSELL,SARTRE,SOCRATES,SOLOMON.R.,SOREL.G.,WILDE.O.,WITT.,EINSTEIN,SAUSSURE,
・LIAR,FALSEHOOD,GOODNESS A.TRUTH,ADAPTATION,ANATOMICAL FEATURE,ARCHE,THE ARTIFICIAL,ART,CHIRISTIANITY,COMMON SENSE,CONSCIOUSNESS,CULTURE,DECEPTION,DECONSTRUCTION,DEMOCRACY,ENLIGHTENMENT,EVOLUTION,FAITH,GOD,HISTORY,IDEALISM,ILLUSION,INSTINCT,LANGUAGE,WORD,LITERATURE,LOGOS,MEANING,METAPHOR,MODERNISM,MORALITY,NATURAL SELECTION,POETRY,POLITICS,POSTMODERNISM,PSYCHOANALYSIS,REVOLUTION,ROMANTICISM,SCIENCE,SELF-DECEPTION,SOCIALISM,SOPHIST,SPEECH,UNIVERSAL,VICTORIAN ERA,WILL,
・AUS:FA6274(Barilan.Y.M.),p.172,n.22: As Campbell(2001) shows in lenght,goodness and truth are not inseparable twins.

●FB13


・ACTA ANALYTICA V.21 (21-1: PARTICULARISM / PHILOSOPHY OF LANGUAGE +)
・2006.
・HORGAN.T.,/DANCY,MILLIKAN,BRANDOM,PEREBOOM,/KANE.R.,
・1:HORGAN.T./POTRAC.M.:"PARTICULARIST SEMANTIC NORMATIVITY",CAIN:"CONCEPT NATIVISM A.THE RULE FOLLOWING CONSIDERATIONS",/2:MCKEEVER.S.D.+:"PARTICULARISM A.THE CONTINGENT A PRIORI",SMITH.B.:"PARTICULARISM,PERCEPTION A.JUDGEMENT",SANDIES.C.:"DANCY CARTWRIGHT:PARTICULARISM IN THE PHILO.OF SCIENCE",PELLEGRIO.G.:"PARTICUKARISM A.INDIVIDUATION",..:"GENERALISM WITHOUT FOUNDATIONS",PILLER.C.:"PARTICULARISM A.THE STRUCTURE OF REASONS",/3:WHITING.D.:"BETWEEN PRIMITIVISM A.NATURALISM:BRANDOM'S THEORY OF MEANING",KINGSBURY.J.:"A PROPER UNDERSTANDING OF MILLIKAN",HENDRICKS.S.:"SENTIMENTALISM A.THE PROBLEM OF CULTURE",/4:BERFOSKY.B.:"THE MYTH OF SOURCE":CONDUIT(9),CAMPBELL.J.K.:"FAREWELL TO DIRECT SOURCE INCOMPATIBILISM",MILLS.E.:"THE SWEET MYSTERY OF COMPATIBILISM",
・ABSTあり(Y56)
21-4,p3:Berofsky: Since this description (call this account of self-determination KSD) can be fullilled in a deterministic world,it is from that perspective an acceptable description of the self to a compatibilist.
16.n2: Kane's characterization of acts of self-forming will do not require that the acts be uncaused for he supposes that it is possible that an act can be caused,even if not determined. Causes need not be or presuppose sufficient conditions.

●FB14
・MONROE

・THE HEART OF ALTRUISM:PERCEPTIONS OF A COMMON HUMANITY
・PRINCETON UP.1996.
・MONROE.K.R.,AXELROD,BECKER.G.,BRUNER.J.,DAWKINS,EISENBERG.N.,ELSTER.J.GILLIGAN,HEIDEGGER,HOFFMAN.M.L.,HUME,JOHNSON.J.,KANT,KOHN.A.,KREBS.D.,LERNER.M.J.,NAGEL,PILIAVIN.J.A.,RAWLS,TAYLOR.C.,TONNIES.F.,TRIVERS.R.,TVERSKY.A.,WILSON.E.O.,WUTHNOW.R.,
・ALTRUISM:PARTICIPATION(146),PERSPECTIVE,EMPATHY,ANONYMITY,BEHAVIOR,BOUNDED RATIONALITY,CHARITY,COGNITIVRE FRAMEWORK,CULTURE,ECONOMIC THEORY,DUAL UTILITIES OF ALTRUISM,PSYCHIC GOOD,TASTE FOR ALTRUISM,ENTREPRENEURS,EVOLUTIONARY BIOLOGY,FEMINISM,GENETICS,GROUP SELECTION,HEROES,HOLOCAUST,IDENTITY,INCENTIVE,KIN SELECTION,PRISONER'S DILEMMA APPROACH,PHILANTHROPIST,RATIONAL CHOICE THEORY,RELIGION,SELF-IMAGE,SELF-INTEREST,PSYCHIC UTILITY(7,146),
・AUS:FA6295(Carter),p.51.
146. What is important in participation altruism is the altruist's part in causing another's good fortune and not the increased welfare of the recipient.

   

   5.FA


●FA1
・NIELSEN,K.

・RATIONALITY AND RELA

・WINCH,LUKES,HOLLIS,
・RELATIVISM,RATIONALITY,CULTURE,
・ARE THERE ALTERNATIVE STANDARDS OF RATIO..313.

●FA2
・CANFIELD,J

・WITTGENSTEIN AND ZEN

・WITT.,SEARLE,HUNTER,RYLE,
・CUSTOM,LANGUAGE GAME,CULTURE,MYSTICAL BASE OF L.,
・ANTHROPOLOGICAL VIEW.394.NATURAL HISTORY.394.

●FA3
・LUGG,A.

・WAS WITT. A CONSERVA

・WITT.,WINCH,NYIRI,SPENGLER,
・CONSERVATIV,JUSTIFICATION,RELATIVISM,CULTURE,
・FORMS OF LIFE EXIST PRIOR TO THE POSSIBILITY OF...JUSTIFICATION.

●FA4
・LEAR.J.

・MORAL OBJECTIVITY

・KANT,WILLIAMS,WITT.,WINCH,
・JUSTIFICATION,EUDAIMONIA,CULTURE,IDEOLOGY,
・137.W>K:DETACHEDな視点から他者の関心を見るなら→行為の動機

●FA5
・LEAR.J.

・MORAL OBJECTIVITY

・KANT,WILLIAMS,WITT.,WINCH,
・JUSTIFICATION,EUDAIMONIA,CULTURE,IDEOLOGY,
・なくなる.148.Wに行為の正当化不可能性が出てくるのは,.からのみ

●FA6
・PRINSLOO.E

・THE CONTEXT-DEPENDEN

・WINCH,WITT.,HORTON,E.-PRICHARD
・CONTEXT-DEPENDENCY OF RATIONALITY,CULTURE,
・242.整合性の文化依存性.

●FA7
・FUCHS.D.

・THE DEMOCRATIC CULTURE OF UNIFIED GERMANY (CHAP6 OF ....)
・INTERNET
・FUCHS.D.,VEBRA,ALMOND,NOZICK,RAWLS,LEPSIUS,
・DEMOCRATIC CULTURE,POLITICAL CULTURE,DEMONSTRATION VS.SOSCALISATION,DEMOCRATIC VALUE,LIBERAL D.,SOCIALIST MODEL OF D.,WELFARE STATE,GERMANY,
・1.「政治的文化は、the citizenryの政治的態度によって構成される・政治の主観的次元である(Verba 1965,315;Alomond 1980,26)。....この広い定義は、特定の分析的問いを構築することによって狭められうる。」
4.「政治的文化のパラダイムによるなら、民主的価値へのコミットメント、民主的システムへの支持は、そのシステムの堅固化の必要条件である。....人々は、長期に渡って民主的制度の経験をもたない時でも民主的価値を獲得しうるか?....完全に別々の回答がこの問いに対して与えられる。二つの対立する立場は、demonstration仮説、socializsation仮説として描かれうる。」/6.後者=。
5.「自由民主主義の政治的RATIONALEは、純粋に手続的であって、実質的ではない。」

●FA8
・KRIEKEN.R.V.

・CITIZENSHIP AND DEMOCRACY IN GERMANY:IMPLICATIONS FOR UNDERSTANDING GLOBALIZATION
・FORTHCOMMING 1999.
・KRIEKEN.R.V.,ALMOND.G.A.,ANDERSON.B.,ARON.R.,BRUBAKER.R.,DAHRENDORF.R.,ELEY.G.,ELIAS.N.,HAB.,KYMLICKA,LEPSIUS.M.R.,MILLER.D.,PEUKERT.D.J.K.,SUENKER.H.,SCHUMPETER,VERBA.S.,WEBER,
・CITIZENSHIP A.DEMOCRACY IN GERMANY,POLITICAL CULTURE(4),GERMAN FASCISM,LIBERALISM,NAZI,NATION,NATIONALISM,TRADITION,HISTORY(5),IMAGINED COMMUNITY(6),VOLK,NATIONAL IDENTITY,COSMOPOLITIAN VIRTUE,DETACHMENT,COOL,THIN VS.HOT,THICK,
・7.The German experience of fascism indicated that there can be a profound tension between the ethnocultural 'imagined community'of the Volk nation,and liberal conceptions of citizenship and democracy,and it suggests that best possible 'shell'for the latter may a 'cool'and 'thin'(see Turner's discussion....Elias's(1987)discusion of 'detachment')political conception of both state and nation,rather than a 'hot'ad 'thick'idea of national or cultural identity.

●FA9
・CZUDNOWSKI.M.M.

・A SALIENCE DIMENSION OF POLITICS FOR THE STUDY OF POLITICAL CULTURE
・THE AMERICAN POLITICAL SCIENCE REVIEW,62-3,1968.
・CZUDNOWSKI.M.M.,ALOMOND.G.A,VERBA.S.,
・THE CONCEPT OF POLITICAL CULTURE,SALIENCE DIMENSION OF POLITICS,CATHECIC MEANING(PARSONS,886),MAGNITUDE OF POLITICS(883),
・878.Originally proposed by Almond in 1956-2 and developed by Almond and Verba in <>,the concept of political culture refers to patterns of politically relevant orientations of a cognitive,evluative and expressive sort. It is intended to provide a researchable connecting link between the psychological tendencies of individuals and groups and the structural-functional characteristics of poltical systems,and to translate such concepts as "historical heritage" or "national character" into sets of cultural components more amenable to measurment and comparison across nations.
879.「文化的次元は....個人・集団によって、政治的に重要と「客観的に」定義されてきた行動に帰属させられる個人的・主観的意味に言及する。」

●FA10
・CRONIN.C.

・DEMOCRACY AND COLLECTIVE IDENTITY:IN DEFENCE OF CONSTITUTIONAL PATRIOTISM
・EUROPEAN JOURNAL OF PHILOSOPHY,11-1,2003.
・CRONIN.C.,HAB.,ANDERSON.B.,BARBAR.B.R.,CANOVAN.E.,HEGEL,HILLGRUBER.A.,HOBSBAWM,HOLUB.R.C.,INGRAM.A..KYMLICKA,MAIER.C.S.,MARKELL.P.,MASON.A.,MCCARTHY.T.,MILLER.D.,RAWLS,SCHULZE.H.,SMITH.A.D.,TORPEY.J.,VIROLI.M.,WEHLER.H.-U.,YACK.B.,
・DEMOCRACY,COLLECTIVE IDENTITY,CONSTITUTIONAL PATRIOTISM,PATRIOTIC ATTACHMENT,NATIONALISM,REPUBLICANISM,CULTURAL COMMONALITY,POLTICAL A.LEGAL CULTURE,CULTURALLY PLURARISTIC DEMOCRACY,DELIBERATIVE THEORY OF DEMOCRACY,
・1.Some thinkers sympathetic to the republican tradition....hold that self-governing political communites,or the constitutional principles on which they are based,can provide sufficient focus for forms of loyalty and patriotism that do not presuppose prior cultural commonalities.(2)
21.(2):See Viroli(1995),Ingram(1996),Barbar(1996),Mason(1999).

●FA11
・KORFF.G.

・FOLKLORISMUS UND REGIONALISMUS

・KORFF.G.,GLASSBRENNER.A.,KOESTLIN.K.,MOSER.H.,BAUSINGER.H.,LUHMANN.N.,
・FOLKLORISMUS,REGIONALISMUS,KULTURELLE KOMPENSATION OEKONOMISCHER RUECKSTAENDIGKEIT(46),"FOLOKLORISUMUS ALS THERAPIE"(KOESTLIN)(40),HISTORISUMUS(40),
・AUS:?
40.Koetlin deutet den Folklorisumus als ein System,das Verhaltungssicherheit und soziale Identitaet garantiert und so in der Lage ist,heilsam-therapeutische Effekte dort zu erziehen,wo Krisenerscheinungen und Leidensdruck diagnostizierbar sind. "Folklorosimus als Therapie",so lautet der Title und die These des Koestlin'schen Aufsatzes,....
40.....den Folklorisumus,der ja gewissermassen die alltagashermeneutishe Variante des Historismus darsellt.
46.....meines Erachtens,dass man sich dem Folklorisumus mit der These von der kulturelle Kompensation oekonnomischer Rueckstaendigkeit naeheren kann,....

●FA12
・MCNEILL.T.

・MYTHOLOGIES(1957):LECTURE1,2,3

・MCNEILL.T.,BARTHES.R.,EAGLETON.T.,//SAUSSURE,BRECHT,MARX,
・MITHOLOGY,MASS CULTURE,CONNOTATION(SUPPLEMENTARY MEANING;SECONDARY M.),IDOLOGY,NATURALIZING;UNVERALIZING(EAGLETON),CONSTRUCTED REALITY,NATIONAL IDENTITY,/FRANCE'S IMPERIAL CRISES,THE SEXUAL POLITICS OF THE DOMESTIC,THE CHANGING CULTURE OF THE WORKING CLASS,TECHNOCRATIC ICONS,CAR,MASS CULTURE,THE INTELLECTUAL,/SEMIOLOGY,MYTH,SIGN,PHOTOGRAPH,BLACK SOLDIER,FEENCH IMPERIALITY,NATURALNESS,CONNOTATION,SECOND-ORDER MEANING,
・3-4/6:Myth is to be found at the level of the second-level sign,or at the level of connotation. Barthes makes a distinction between denotation and connotation. Denotation can be described,for the sake of convenience,as the literal meaning. Connotation,on the other hand,is the second-order parasitical meaning. The first-order sign is the realm of denotation;the second-order sign the realm of connotation and,therefore,of myth.

●FA13
・KLOSKO.G.

・POLITCAL CONSTRUCTIVISM IN RAWLS'S POLITICAL LIBERALISM
・THE AMERICAN POLITICAL SCIENCE REVIEW,91-3,1997.
・KLOSKO.G.,RAWLS,BARRY.B.,COHEN.J.,CONNOLLY.W.,GALSTON.W.,HUNTER.J.,LIPSET.D.,MILLER.D.,
・POLITICAL CONSTRUCTIVISM,"FULLY COMPREHENSIVE"(635),INTUITIVE IDEA(637),"REASONABLE"(637),STABILITY(642),POLITICAL CULTURE(637),
・635.R.describes a moral view as "comprehensive" if it contains answers to a full range of difficult and controversial questions,for example,what is of value in human life and ideals of personal character. A view is "fully comprehensive" if it encompasses "all recognized values and virtues within one rather precisely articulated system"(R.1993,13).
637.R.recognizes this in his requirement that construction be from intuitive ideas in the political culture and the need for a second stage in the construction process.

●FA14
・ALEXANDER.R.D./BORGIA.G.

・GROUP SELECTION,ALTRUISM,AND THE LEVELS OF ORGANIZATION OF LIFE
・ANNUAL REVIEW OF ECOLOGY AND SYSTEMATICS,VOL:9.1978,pp.449-74.
・ALEXANDER.R.,BORGIA.G.,DAWKINS,DUNN.L.C.,HAMILTON.W.D.,LEWONTIN.R.C.,MAYNARD SMITH,TRIVERS.R.L.,WILSON.E.O.,
・GROUP SELECTION,LEVELS OF ORGANIZATION OF LIFE,SPECIES,SEXUAL GENOTYPES,GENOME ORGANIZATION,SOCIAL ALTRUISM,INCLUSIVE-FITNESS-MAZIMIZING,CULTURE,
・AUS:社会生物学論争史348,(2):「エルドリッジは....ドーキンスの概念に反対する根拠をアリグザンダーとボージャに見いだした。彼らは、D.に<<反対して>>、種が自己複製子だと主張していた。「種が種を生み、種が増殖する」(A./B.)....。」

●FA15
・MACINTYRE

・THE SPLENDOR OF THE TRUTH
・THE THOMIST 58-2,1994.
・MACINTYRE,WOJTYLA(JOHN PAULII),KANT,THOMAS,STEIN.E.,
・VERITATIS SPLENDOR,MORAL THEOLOGY,>NORTH AMERICAN CULTURE,NATURAL LAW,THEONOMY(178),LIFE,SELF,OBJECT,>CONSEQUENTIALISM,CONSUMER,>RELATIVISM,THE MEANING OF ONE'S OWN LIFE(189),FREEDOM,PROPORTIONALIST(181),
・177.VS,57: "Hence obedience to God is not....a <>".----178."theonomy".
179. n Thomas: I may not,whatever the predictable outcome in terms of a balance of benefit over harm,<> the death of the aggressor. What I may and should intend is only to defend myself.....
185. economic interests....will reduce persons "to use-value or a source of profit"....political interest....will threaten integrity and legality. These are evils not only of totalitarianism. They may also result from "an alliance between democracy and ethical relativism"....
191. that connection between the objectivity of the law and the autonomy and freedom of the self....
193.我々の条件

●FA16
・DESCOLA.P./PALSSON.G.EDS.

・NATURE AND SOCIETY:ANTHROPOLOGICAL PERSPECTIVES,ROUTLEDGE,1996.
・AGRICULTURE AND HUMAN VALUES,15,1998.
・DESCOLA.P.,PALSSON.G.,
・>NATURE-CULTURE DUALISM(180),ONTOLOGY OF DWELLING(180),
・Pallson:インド?
180. P. identifies three main paradigms for understanding human-nature relations: orientalism,paternalism,and communalism.

●FA17
・SOMMERS,T,

・THE TWO FACES OF REVENGE: MORAL RESPONSIBILITY AND THE CULTURE OF HONOR
・BIOLOGY AND PHILOSOPHY,ACCEPTED 7.MARCH 2008.
・SOMMERS.T.,BOYD.R.,FEHR.E.,FEINBERG.J.,KANT,LOEB.D.,MACKIE,NAGEL.T.,NICHOLS.S.,STICH.S.,VAN INWAGEN.P.,
・2 FACES OF REVENGE,MORAL RESPONSIBILITY,HONOR CULTURE,PUNISHMENT,JUSTICE,RATIONAL SELF-INTEREST,RETRIBUTIVE INSTINCT,
・1. Retributive emotions and behavior are thought to be adaptive for their role in improving social coordination. However,sice retaliation is generally not in the short-term interests of the individual,rational self-interest erodes the motivational link between retributive emotions and the accompanying adaptive gebavior. I argue that two different sets of norms have emerged to reinforce this link: (1)normas about honor and (2)normas about moral responsibility and desert.

●FA18
・LIGHT.A.

・LIGHT ONE UP,PASS IT AROUND
・GRIST,2008/11/24ETSURANN
・LIGHT.A.,PUTNAM.R.,VARNER.G.,LEOPOLD.A.,SINGER.P.,SHUTKIN.B.,
・ECOLOGICAL CITIZEN,CIVIC RESPONSIBILITY,ANIMAL,PUBLIC PARTICIPATION IN RESTORATION ECOLOGY,GLOBAL WARMING,INTRINSIC VALUE,STEWARDSHIP,DISAGREEMENT,HOLISM,INDIVIDUALISM,AGRICULTURE=UNNATURAL?,PHILOSOPHY,
・due to resources,competing ethical obligations to humans,etc.,our intuitions that we should protect or restore the environment often come in conflict with other competing ethical considerations.....Once we integrate a more morally responsible framework into environmental decision--making then we will be faced with many tragic choices that I hope smart philosophers can contribute to solving.
ad holism vs.individualism: I think that proponents of both views often misunderstand opponents and that,at the end of the day,there is very little that they disagree on when it comes to larger environmental policies.


2009.10.01.作成



授業用資料ホームページへ戻る。