講義「文化とは何か」関連文献資料2

 ver.1.1




・[番号]
・[筆者]
・[順番]
・[タイトル]
・[出版社/掲載誌]
・[キーパーソン]
・[キーターム]
・[メモ]

目次

1. メモ帖から
   
2. 邦語書籍
   JB
3. 邦語論文
   JA
4. 欧語論文
   
FA


   

   1. M


●1899
・モル.A.

・キッチュの心理学
・法政大学出版会 2800Y.
・MOLES.A.,BAUDRILLARD,
・物と人との心理学的関係の諸タイプ:禁欲主義;快楽主義;攻撃的態度;所有欲;超現実主義(シュールレアリズム);機能主義;キッチュ、アイデア商品、表現主義、美=余剰、暴力なき全体主義、消費、
・32FF.物と人の心理学的関係:A.禁欲主義、B.快楽主義、C.攻撃的態度、D.所有欲、E.超現実主義、F.機能主義、G.キッチュ 39.G:諸タイプの混合体。そこに支配しているのは、幸福な反=芸術という理念;その担い手は平均的な中流階級の人々。 39.BAUDRILLARD:「日常生活において様々な物とどのようにかかわっているか、それを知ることは、その人の世界がどのようなものであるかを推測するための、ほとんど唯一とも言っていい手がかりなのだ」 129.中産階級が繁栄していった結果、彼らは、自分達にも一定の幸福が可能だと考えるようになった→キッチュのメンタリティー。 130.1880-1914間、キッチュという生の様式は、様々な流れを自らのうちに統合しながら、その勢力を拡大させていった。印象主義
・表現主義が、それに反抗。 243.「「美とは余剰のうちにある」のだ。美とは、例えば靴屋なら靴屋が、彼本来の役割を果たすに際して付随的に、あるいは結果として現れてくるものなのである。」/「外見のみを見る者」に 244.反キッチュ]シュールレアリスト。 299.暴力なき全体主義

●1926
・三島憲一
・1
・ディルタイとニーチェ
・川上倫逸E.『ドイツ近代社会の意識と社会』
・DILTHEY,NIETZSCHE,MISHIMA.K.,
・近代と伝統、ドイツ
・フマニスムス(人文主義)、精神科学、自己救済の表現としての芸術の美、教養、ギリシア、
・227.過去の特定の時代のもつ規範性が歴史意識のなかで失われたときに誕生した精神科学は、まさにそれゆえに学問の存立に関して、その社会的位置づけに関してはじめから危機を宿していた。 228.N > 小市民;ドイツ
・フマニスムス。「フマニスムスの古代は誤った認識であり....よく見れば古代はフマニスムスに対する反証....である」 230.Dは、啓蒙以後の内面化された「宗教性」に深く根をおろしていた 233.『悲劇の誕生』は:日常生活の「現実」を....する....根源的意志を前提。そうした意志の自己認識とそれによる自己救済の表現として芸術の美が考えられていた。 234.『生に対する歴史の利害』で:精神科学一般の正当性を疑問視。 239.Dは:外面での自由は放棄して、教養へと沈潜。かつ*

●1927
・三島憲一
・2
・ディルタイとニーチェ
・川上倫逸E.『ドイツ近代社会の意識と社会』
・DILTHEY,NIETZSCHE,MISHIMA.K.,HEINE.H.,WAGNER,BENJAMIN,HORKHEIMER,HAB.,BAUDELAIRE,
・「倫理なき自由無碍なる自然力」(N.)、D=伝統との連続−−リベラリズムの限界;BENJAMIN,HORKHEIMER,HAB.はこれを越える、教養、モデルネ、
・239.* D:「人生の現実によって規制され、制限されている人間は芸術によってのみではなく、歴史の理解によって自由の境地にもたらされる」−−啓蒙された歴史主義。 241.『華やぐ知恵』355番のアフォリズムはD批判とも解釈され得る。 242.N:「倫理なき自由無碍なる自然力!それはなんと幸福であり....」 245.AD HEINE:D=ネガティヴ;N=ポジティヴ。 246.AD WAGNER:1876以降におけるNにとっては:=尊大な自己満足に生きる市民の権化。Nにとって、無意味になった時代におけるまやかしの陶酔のなかでの伝統との一体感こそは精神の堕落であり、モデルニテートの表現であった。 Dにとって:伝統との連続性のゆえにWを尊重 248.DはBAUDELAIREをモデルネとして論じえず。ここにN.との分岐点 251.MANN.T.はN.が否定した側。MANN.H.の方がN.に近い。 252.D=リベラルな教養伝統の代表者。リベラリズムに固有の限界。

●2162
・ハーバーマス
・2
・道徳意識とコミュニケーション行為:CP.1.:哲学者になにができるか ORG:Die Philo.als Platzhalter u.Interpret
・岩波 1991.
・HAB.>RORTY,
・ディスクルス:通常型;非通常型、共約的、啓発
・教化edifyingする哲学、教養主義、エリート主義、哲学と科学、
・この基本的志向そのものが承認されていない事態が続くとき、なされる。非共約的な対話。 N R.:後者が、通常性に移行することを目的としなくなったとき、むしろ逆に、普遍的な一致という目標からはずれて、〈興味深くかつ実り豊かな不一致〉なるものへの希望で満足するとき=啓発
・教化(edifying)。こうした対話に、問題を解決するという意図を放棄した哲学は流れ込んで行く。 < ここでは哲学は、決別の三形式の美徳をすべて統合。つまり、閑暇のなかで無為が持つ目立たない反抗性が、言語創造を行っているというエリート主義的な幻想や伝統の智恵なるものと結合している。教養へのこうした欲求は、真理への欲求を犠牲にするという代価を支払っている。−−24. これは、哲学と学問の間に高尚な分業体制を作るものなり。ディスクルスが通常型になっているか、そうでないかで哲学的な話し合いと学問とを明確に区別することはできぬ。

●2569
・三島憲一
・3
・ニーチェとその影
・未来社1990.
・MISHIMA.K.,NIETZSCHE,PLESSNER,
・「他に手がないための歴史主義VERLEGENHEITSHISTORISMUS」、教養主義、教養俗物、新興成金、歴史病、伝統、
・151FF.教養主義批判から自然と芸術の回復へ: 158.[N.から見て]結局新興成金のイデオローグにしかすぎない「教養俗物」 160F.N.:「歴史主義の名匠たちは、自己のうちの繊細さや感受性に磨きをかけ....。ありとあらゆる時代と人々が、彼の堅琴の上で疑似的なひびきをたてる。彼は共鳴する受動器になる下がっており....。そしてついには時代の空気全体が、こうしたさまざまにうち震える繊細な似通った共鳴に満たされるというていたらくになるのだ。....歴史的な原典のいわば表層音だけが耳に入っているにすぎない....」(シュレヒタ版全集 I 245) 161.こうした「歴史病」の市民文化全体に及ぼす結末について、PLESSNER:「成金というのはいずれも、伝統に頼って自己を装おうとするもので、ここでも〈他に手がないための歴史主義〉が成立した」

●2570
・三島憲一
・4
・ニーチェとその影
・未来社1990.
・MISHIMA.K.,NIETZSCHE,PLESSNER,
・「他に手がないための歴史主義VERLEGENHEITSHISTORISMUS」、教養主義、新興成金、歴史病、伝統、ロマン主義、擬古典主義、
・161F.P:「この〈他に手がないための歴史主義〉は....市民の自己意識をロマン主義的カテゴリーのうちにとらえ込んでおこうとする答えであった」(Die verspaetete Nation,Ffm 1974,95) 162.ミュンヘンにある擬古典主義の建造物群....。

●2591
・レーヴィット
・3
・ある反時代的考察
・法政大学出版会 1992.
・LOEWITH,HEIDEGGER,VICO,HEGEL,MARX,DILTHEY,
・H.による歴史主義の過激化、歴史性、存在の運命、歴史自体への信仰=「教養人の最後の宗教」(CROCE)、
・273.この双方[ギリシアの思考、キリスト教信仰]の前近代的な確信の解消とともにはじめて、歴史自体への信仰、歴史主義が存在しはじめた。  歴史自体への信仰=「教養人の最後の宗教」(CROCE) 273.歴史の信仰は、古代の自然の宇宙-神学から、またキリスト教の超自然の神学からのわれわれの疎外の結果である。 279.歴史主義:VICO,HEGEL,MARX 294.H.はもともとディルタイから出発した。....実際にはH.はD.の史的感覚に反して思考し、歴史主義の哲学的克服の、D.によって提示された問題を見かけ上解決したが、それは、D.の対象的に拡大された歴史主義を実存的な「歴史性」に集中し、過激化することによってである。....H.の後期の著作においては、その歴史性は「存在の運命」から考えだされる。

●2639
・三島憲一
・1
・経験と反省
・思想 1976.02.N.620.
・MISHIMA.K.,VICO,DILTHEY,HEIDEGGER,NIETZSCHE,SCHILLER,
・歴史的学問、「歴史感覚」(N.)、「歴史の過剰」(N.144)、教養、世界史、ドイツ古典主義、全体性、19世紀、
・142.VICOとDILTHEYとでは過去へのかかわり方が基本的に異なっている。前者では;現在との対比で[過去の]該博な知識から適切なものを引き合いに出せる。 143.N.が歴史的学問を批判するのは:1.なんらかの全体性への予感を放棄し個別性へ埋没したから、2.実証主義。 143.ドイツ古典主義期、ドイツ観念論期(の自己教養)はまだよかった。∵:その自己教養とは、過去をバネとしての自己解放、未来への解放をも意味していた。 144.SCHILLER:「世界史によって人間は、自己を過去の全体と結びつけ、その帰結を伴って、はるかな未来を先取りしつつ進みゆくように習慣づけられる。....個人を類へと高めてゆく。」 145.[ところが今や..]CF. N N.:「現在[19世紀]の人間の中に、『歴史感覚』と呼ばれる独特の美徳と病気以上に奇妙なものを見出すことはないであろう。」(『悦ばしき知識』)

●4043
・丸山高司
・4
・ガダマー
・講談社 1997.
・MARUYAMA.T.,GADAMER,
・われわれの歴史的実存にふさわしい解釈学、真理、近代科学、真理の確実性への変質、『真理と方法』、精神科学、存在、伝統、人文主義、教養、センスス
・コムーニス、常識(109)、
・105.G.:「われわれの歴史的実存にふさわしい解釈学」 105.G.:「真理そのものが歴史的であり、真理は歴史的な精神の生起において実現される」 105.「G.は、そうした真理経験の模範を、「精神科学」に見出した。精神科学において、われわれは「伝承に傾聴し、伝承の中に立つ」のである。....H.の「存在」は、G.においては「伝統」とみなされている。」 107.「「精神科学」ということでG.の念頭にあるのは、哲学
・文学
・美学や芸術学
・歴史学といった学問、つまり現行の学問分類でいえば、いわゆる「人文科学」である。」 108.「近代における「科学」概念や「方法」理念のもとで、「精神科学」の本来の姿が見失われてしまった。....精神科学は、「人文主義の伝統」や「教養」という観点からとらえ直されねばならない。」

●4270
・ガダーマGADAMER

・哲学
・芸術
・言語
・未来社 1977.
・GADAMER,HUSSERL,HERDER,HEGEL,HEIDEGGER,
・「精神科学における真理」「真理とは何か」「ヘルダーと歴史的世界」「ヘーゲルと歴史的精神」「現象学運動」「生活世界の学」、歴史意識(75)、地平融合(75)、歴主義、教養、
・52. 「伝承に傾聴し、伝承の内にあること、それは明らかに精神科学の中で見出すに値する真理の道である。」 61. 「このような訳で、われわれの世代においてハイデガーが真理にあたるギリシア語の意味に立ち戻ったとき、或る決定的な認識が伝達されたのである。」 76. 「われわれの歴史的実存にふさわしい解釈学は、われわれを越えて演じられる言語と会話とのこうした意味連関の展開を課題とすることになろう。」 368.AD HERDER:「「歴史主義」のこうした宣言は、H.がそれを書いたとき、単に完全な未来を約束しているだけではなかった。−−それは、あらゆるものを変え、平均化してしまうわれわれの現代においても、その正しさを変えていないのである。それは不易369.なもの、生成したものを、すなわち人間の「教養」を忘却しないように教えているからである。」

●4908
・山崎正和
・5
・歴史の真実と政治の正義
・中央公論新社 2000.12.11.1500Y.
・YAMAZAKI.M.,SHIBA.R.,
・「人権思想」、政治倫理、/「「教養の危機」を超えて−−知の市場化にどう対処するか−−」、人文学、歴史学、学の基礎づけ、マルクス主義、/「新たな知的開国をめざして」、『共産主義黒書』、/「風のように去った人−−追悼
・司馬遼太郎−−」、歴史と無関係、無時間の伝統、
・* 政治倫理に誠実であればあるほど、その不本意な実現を見なければならないということである。/....現代は正義すら迂回的に顕現されるほかない時代であり、むしろそれだからこそ、個人は内面の良心を粘り強く持ち続けなければならないのである。」 117.「彼女[ツェベクマさん]は歴史に翻弄されながらも、どこか歴史と無関係に生きているという強い印象を与える。....あるのはただ、娘を育てて自分の血筋を残すというほとんど生物学的な欲求だけで、国境にも制度にも大義にも関心のない生き方を貫いている。....「無時間の118.伝統」を感じたのである。」

●5427
・クロコウKROCKOW.C.
・4
・決断
・柏書房 1999.3800Y.
・KROCKOW,JUENGER.E.,HIELSCHER.F.,JUENGER.F.G.,
・闘争、意味、戦士、>道徳的なもの、>個人主義、>自由主義、>教養、ソ連、ボルシェヴィキ、シニカル、
・64.JUENGERにおける「闘争の絶対化」 66.HIELSCHER:「闘争の意味を闘争の中に見いだし、戦士として至高の内なる平和を確信し、戦争のための戦士でなくてはならない。」 67.JUENGER弟:「戦争を自らの本領、運命として称える英雄的な意識からすれば、道徳的なものへの関係が欠けているからこそ、戦争は有意味なものなのだ。」/ 68.「われわれが体験しつつあるのは、個人主義の完全な崩壊、人道的な思考の絶対的な破綻である。」 71.J.:「一層大胆な新しい生を準備する最善の手段のひとつは、制限を解かれて野郎自大になった精神による価値設定[R.批判]を粉砕し、市民の時代が人間に対して行ってきた教育の仕事を破壊することにある。」−−>自由主義
・教養。 73. J:ソ連(ボルシェヴィキ)に流し目を送る。:73.「これからは、身を持するにシニカル、スパルタ的、プロイセン的、あるいはヴォルシェヴィキ的であるほど、いよいよ結構だ。」

●6100

・1
・大航海 N.38.増頁特集:文化への問い
・新書館 2001.04.05.
・OKAZAWA.S.,>BENJAMIN,WITT.,
・岡沢静也:「小市民の正しい教養」:個性=神話、人生=散文、中途半端の美徳、ユーモア、
・37.N A・ハッカー:「「私は誰?」と問いかけるのは思い上がりであり、個性は神話にすぎない。現代では、すべての人が「自分はなにがしかの意味ある存在でり、他の人とはちがった価値をもつ個性だ」と信じこまされている。だが、巨大な現代社会では、全員がなにがしかの人物になれるというわけではない。」 39.クンデラ:「人生は散文である。ところが多くの人間は、自分の人生を神話に変えようとする。いわば韻文に書き直して、その(拙劣な)韻文によっておおてしまおうとする。」 39. 「B.が自殺したのは、神話への愛が強すぎたからではないか。小市民を軽蔑していた彼は、革命の熱病におかされたり、宥和やユートピアのはかなさを嘆いていた。絶望しすぎず、希望をもちすぎず、という中途半端の美徳を知らなかった。」 40.W:「ユーモアは気分ではなく、世界の見方である。」

●6101

・2
・大航海 N.38.増頁特集:文化への問い
・新書館 2001.04.05.
・OKAZAWA.S.,>BENJAMIN;ADORNO,
・岡沢静也:「小市民の正しい教養」:人生=散文、ユーモア、軽さ>重さ、
・40. B.>ケストナー。ケストナーは「ユーモアの達人だった。」 40. 「B.やA.は、額にしわを寄せて、「危機だ、絶望だ」などとつぶやきながら、晦渋なドイツ語を書いた。ケストナーは、小市民にもわかる明快なドイツ語で、軽快な散文を書いた。「人生を重く受けとめることなら誰にでもできる。人生を軽く受けとめるのはむずかしい」。/教養の達人はユーモアを、思想というナイーブな段階であたためるのではなく、技術にまで高めて使いこなす。」

●6423
・伊東亮三
・6
・社会科と文化科
・社会科研究 N.41.1993.
・ITOU.R.,
・社会科、社会科解体、初期社会科、公民教育としての社会科、教科論、CIVIC EDUCATION、CITIZENSHIP=公民的資質、地理
・歴史、19世紀、国民国家、政治的教養、政治化、
・7.「ところが、公民的資質という概念で社会科の性格を規定することになると、また次の問題が出てきたのである。つまり公民的資質育成の社会科と中学校公民的分野とはどのような関係にあるのか、また....中学
・高等学校の地理教育や歴史教育はどうなるのかということである。....だから次の改訂では高等学校社会科は解体の憂き目をみることになる。」 7.「公民教育は、歴史教育や地理教育よりもずっと遅く、しかも肩身狭く市民権を得てくる。19世紀以降の国民国家の成立にともない、国民の政治的教養と政治的訓練の必要から生まれてきた教育領域である。それは、国民の意図的な<<政治化>>を課題として生まれてきたといった方がわかりやすいと私は考えている。」

●6484
・草原和博
・1
・近年の社会科教育研究が示唆するもの
・社会科教育論叢 n.43.1996.(全国社会科教育学会)
・KUSAHARA.K.,
・社会科教育、社会認識の形成、市民性の育成、技術主義vs運動主義、歴史主義vs子ども主義、教養教育vs人間教育、
・101.「1990年代前半、社会科教育研究は、百家争鳴の時代を迎える。」 101.「「社会認識の形成」や「市民性の育成」という社会科の教科原理」 102.教授学的社会科教育研究」/技術主義vs運動主義 103.「運動主義..../104.市民性育成....2つ....。1つは、特定の科学にコミットし、その背後にある社会観
・歴史観を子どもと共有しようとする立場、もう1つは、身近な社会問題の解決を通して、子どもに自分なりの価値観を形成させようとする立場である。前者を歴史主義、後者を子ども主義とよぼう。」 105.「教授学的研究にみる教科観−社会化−/....大きく次の2つの流れに収斂してゆくように思われる。/1つは、技術主義の下位にあたる「教材主義」、運動主義の下位に位置する「歴史主義」、両者の底流に流れる教科観である。社会科を「教養教育」とみなす潮流といえよう。すなわち、*

●6485
・草原和博
・2
・近年の社会科教育研究が示唆するもの
・社会科教育論叢 n.43.1996.(全国社会科教育学会)
・KUSAHARA.K.,
・社会科教育、社会認識の形成、市民性の育成、教養教育vs人間教育、歴史
・地理中心、合意主義、批判主義、
・* 社会は事実として存在する。子どもには、その社会の姿を模写させなくてはならない....。....おのずとその文化を最も反映している歴史や地理に、社会科の中心的な地位が与えられることになる。/もう1つは、技術主義の下位にあたる「活動主義」、運動主義の下位に位置する「子ども主義」、双方の流れを汲む教科観である。社会科を「人間教育」とみなす潮流といえよう。」 106.教科教育的社会科教育研究:/108.2.理論験証型: 108.(2)市民性育成の特質:1.「合意主義は、子どもが意見を主張し合い、他者との関係で最終的な方向性を決定してゆく過程を重視する。その過程で、主権者を主権者たらしめる行動のし方を教授できるところに意義をみい出そうとする。」/109.2.「批判主義は、社会問題の原因やその解決策を分析する過程を重視する。一連の学習の最後で、合理的な解決策を子どもに選択させることで、現実社会の実態を批判し、将来の社会のあるべき姿を評価させている。」

●6734
・木前利秋
・1
・民主主義
・ニーチェ事典 H7.
・KIMAE.T.,NIETZSCHE,RINGER.F.K.,
・民主主義、古代奴隷制>近代民主制、教養層、私人(PRIVATPERSON)の解放、
・617.初期の小論では:「古代奴隷制の下での文化的隆盛を讃えながら、近代民主制下の文化的堕落を突いたようなくだりがある。」:N(「五つの序文」):「文化が民衆の意のままになるような場合には、・・・・・・文化の軽蔑、精神の貧困の賛美、芸術からの諸要求の偶像破壊的な否定が起こるだろう」。CF.リンガー−−「すくなくともN.がそうした[民主主義を嫌うドイツ教養層の]政治文化を背景にしていることは違いない。反民主主義にして貴族主義−−N.の言説を総覧してみれば、さしずめこう言って大過なさそうだ。」 617.中期では:「民主主義から出てくる(時として思わざる)結果を冷静に考察しようとする態度がうかがえる。」:N(『人間的』):「「現代の民主主義は<<国家の衰亡>>の歴史的形式である」。民主主義→「私人・・・・・・の解放」/他方:→「国家よりもいっそう合目的的案出物が勝利を収める」かもしれない。*

●6778
・カーナン.A.ED.
・2
・人文科学に何が起きたか アメリカの経験
・玉川大学出版部 2001.09.3800Y.
・THOMPSON.E.P.,
・人文科学、アメリカ、大学、リベラルアーツ、ポストモダニズム、歴史学、ホイッグ的歴史学、マルクス主義、教養学部、歴史主義、
・CHAP11:社会的行為としての学問: 228.「トンプソンの敵はホイッグ党による秩序とその主人である資本主義だけでなく、現在の利益に目的論的に行為的であるホイッグ的な歴史である。....トンプソンの物語では....。今日の生活様式に近い過去の残存にはもはや主要な関心はない。むしろ、成功がもたらした破産を認め、過去において負けた英雄たちから学ぼうと考えている。」 229.「理由ははっきりしないが、歴史学はトンプソンの著作が出版[1963]されて以来三○年もの間....教養学部の最も影響力のある分野となった。....歴史主義とは過去の思想と行為は環境の効果としてみなすとき最もよく理解できると考える立場である。歴史主義の威信はある程度、ポストモダニズムとの結合に由来する。」 230.「マルクス主義もホイッグ的歴史学の一類型である。」

●6835
・笹倉秀夫
・1
・近代法の再定位
・創文 2001.10.
・SASAKURA.H.,MANN.T.,
・近代法、市民、旧中間層(旧市民)、教養自由主義、ヴィクトリアニズムの再生IN1950年代、当為≠法的フィクション、
・3.「旧中間層は1870年代に至るまで増えていった。「近代法」は本来この階層と密接な関係を有しているのだが、T.M.が....描いているように、この階層は古い伝統の中で「秩序」や倫理性を重視しつつ近代を担ってきた点で、「近代法」の複合性を体現しており、産業資本主義と営業面でもメンタリティーの面でも順接の関係にはなかった。こうしたBuergerの伝統は、20世紀に入っても持続する....。これが1950年代における「ヴィクトリアニズムの再生」を解くカギでもある。....北欧社会主義は、1960年以来....教養自由主義が民主主義と結合し、現代ヨーロッパで新しい「近代」像を現出させている。」 6.「フィクションとは事実でないものをそれと知りながら一定の本質的類似性に基づいて事実と見なすことである。....当為は法的フィクションとは異なる」。

●6836
・笹倉秀夫
・2
・近代法の再定位
・創文 2001.10.
・SASAKURA.H.,リンガー,VEBLEN,
・近代法、市民、旧中間層(旧市民)、教養自由主義、反民主主義、ベル
・エポック、家庭回帰、衒示的消費、マナー、伝統回帰、反産業主義、
・3.「リンガーが『読書人の没落』で指摘しているように、からら[近代法を担ったBildungsbuergertum]の「教養自由主義はしばしばその本来のブルジョワジーに対して強い嫌悪感を示し、その唯物論的精神と純粋の利益政治を」非難した。しかし教養自由主義を奉じる人々はまた、「あらゆる民主主義的志向をも拒絶し、自分たちを国民の中の精神貴族、そでなくとも上層階層の一部とみなしていた」(訳83)。」 4.「この文化[ベル
・エポックの文化]の特徴は、産業資本主義が確立したこの時期においても西欧では貴族
・ジェントルマン文化の権威が高く、成功した産業資本家がそれに取り込まれたことにある。また、女性に家庭回帰、エリアスのいう「文明化の過程」に見られるマナーの洗練、ヴェブレンのいう「衒示的消費」の傾向が右の点と相まって、社会全体に伝統回帰
・権威主義や反産業主義の気風を強めたことにある。」

●6865
・太田直道
・4
・カントの趣味判断論 二
・宮城教育大学紀要 26-1,28-1,29-1,1991,93,94
・OOTA.N.,KANT,GADAMER,GRACIAN.B.,
・趣味判断、美、教養社会(2-3)、感官の趣味≠反省の趣味(2-4)、論理的判断、主観的妥当性、
・2: 3.「G.によれば、この語[趣味]は、B
・グラシアンに端を発する。グラシアンは新しい市民社会の理想として教養社会Bildungsgesellscaftという理想をかかげ、その旗印として趣味という新しい生活様式を提唱した人物である。」 4.「趣味は感性的な快を一方の端にもち、純粋な美意識を他方の端にもつ。この点で趣味は二重存在としての人間の性格をよく表している。」 4. 「「すべてのチューリップは美しい」....というような表現は論理的判断であり、客観的な認識に属する事柄である。それに対して趣味は具体的個物の判断の世界に属する。その限りそれは直接的には主観的妥当性しか持ち得ない。」

●6866
・太田直道
・5
・カントの趣味判断論 二
・宮城教育大学紀要 26-1,28-1,29-1,1991,93,94
・OOTA.N.,KANT,
・趣味判断、美、教養社会(2-3)、感官の趣味≠反省の趣味(2-4)、ALS OB、構想力と悟性、
・4.N K:感官の趣味≠反省の趣味。「前者はたんなる私的判断であり、普遍性を要求するものではなく....。/それに対して反省趣味のみが美的判断となることができる。....その判断からは一人称は打ち消される。....「このチューリップは私にとって美しい」とは表現されない。反省趣味はたんに普遍的5.に語り、「ist」という繋辞を用いることによって<<あたかも>>普遍的である<<かのような>>表現を用いるのである。」 5.「趣味判断の主語となるものは必ず個別的対象でなければならなかったが、それの述語は対象には関わらない。そうではなくて、主観の認識能力(構想力と悟性)に関わるのであって、いわばそれらの作業の点検を行うのである。そしてその営みが主観自身にとって好ましい状態にあるか否かを判定するのである。」

●6868
・太田直道
・7
・カントの趣味判断論 二
・宮城教育大学紀要 26-1,28-1,29-1,1991,93,94
・OOTA.N.,KANT,
・趣味判断、美、教養社会(2-3)、投影(2-10)、ALS OB(2-10)、目的なき合目的性、戯れとしての自由、
・10. 「直観の対象は現象の多様であり、たんなる素材にすぎないが、主観はあたかもそこにこそ「自由の戯れ」があるかのように読みとろうとする。小川のせせらぎの絶え間ないさざめきは、それをながめる者の心をなごませるが、このなごみは認識能力の諧和の感性的な受けとめである。しかし我々は、せせらぎが戯れているといい、川の流れに自由があると感じる。しかし川の流れに自由があるのではなく、あたかも自由であるかのように感じるのである。この「投影」が理念的世界の人間的な基礎をなす「Als ob−哲学」(アディッケス)の一つの現れであることは論を俟たない。」 11. 「「目的なき合目的性」は道徳的な理性理念ではなく、反省的判断力にとっての、己れの自由の「投影」にすぎない。そしてその自由は、自発性としての自由ではなく、戯れとしての自由である。」

●6908
・WILLASCHENK.M.ED.
・1
・REASON AND NATURE
・LIT VERLAG,MUENSTER,2000.
・MCDOWELL,KIPF.J.K.,KOEHLER.F.,
・S.73-79:KIPF.J.K./KOEHLER.F.,"MORAL FACTS,VALUES,A.WORLD VIEWS",S.91-114:M.:"RESPONSES",欲求、倫理的判断の発展、形成(教養BILDUNG)、実在概念、
・77. 「[M.の]この描像によれば、欲求は実質的ではない。道徳的(ないしは賢慮的)な人格の特定の世界観に単に結果的であるにすぎない。」 78.(13):「倫理判断の発展に関するこの[M.の]スケッチは、伝統の転形およびBildungというドイツ語の概念の含意への言及による
・実在概念の開放性とのアナロジーを手段として、展開されている。」

●6955
・MCDOWELL

・RESPONSES
・READING MCDOWELL ED.BY N.H.SMITH
・MCDOWELL>HONNETH,ARIST.,GADAMER,HEGEL,
・反省性、実践知(実践的知恵)、性格、>方法主義、BILDUNG(教養形成)、
・302.「A.に関して私が書いたものにおいて、私は、A.が反省性の要求に十分な重みを与えていないことを認めた。しかし、A.自身が書いたもののにおいても、それが完全に欠如しているわけではない。....A.の実践知は、人が直面しているように思われる個々の実践的必然性がどのように理解可能なかたちで一致する(hang together)かの感覚を含んでいる。/H.は、倫理的性格に関する私のA.的概念は単なる習慣と合理的熟慮との間の中間の立場を占める、と言っている。これは私には誤っていると思われる。私が思うには、A.の実践知はすでに合理的熟慮の能力を含んでいる。このような能力は、人が単なる習慣を超えて形成された倫理的性格をすでに身につけた後でなお獲得する必要がある何かではない。」 303.H.はG.よりH.[Fortbildung]と言っているが、「方法主義を拒否するなら、そもそも[両者間に]tensionがあることはそう明瞭ではない。」

●8808
・ガダマー
・2
・真理と方法 I
・法政大学出版局 1986.3700Y.
・GADAMER,SCHILLER,
・美的教養、芸術作品、趣味、抽象作用、本来の生の連関、宗教、純粋な芸術作品、美的意識、美的判別、美的な質、
・120.「われわれがS.にその淵源を見出した美的教養の理念は、もはやなんの内容的尺度も認めず、芸術作品とその作品が属してい世界との一体性を解消するところにその特質がある。....121.基準となる趣味や規定された趣味すべてから反省によって抜け出したものとしての美的意識....。..../こうしてわれわれが芸術作品と呼び、美的に体験するものは、抽象作用の成果に基づいている。ある作品が根ざしている本来の生の連関がどのようなものであろうと、それをすべて度外視することによって、また、宗教的あるいは世俗的機能という、もともと作品の存立の場であり、そこで作品が意味をもっていたことがらすべてを度外視することによって、作品は〈純粋な芸術作品〉として見えるようになる。....私はこうした美的意識の働きを〈美的判別aesthetische Unterscheidung〉と名づけてみたい。/それによって特徴づけられるのは、十分に内容を定められ規定された趣味が、選別と拒絶を通して行う弁別とは違って、美的な質そのものに基づいてのみ選別を行うような抽象化である。」

●10158
・アーレントARENDT

・過去と未来の間
・みすず 1994.09.4944Y.(引田隆也/斎藤純一訳)
・ARENDT,EINSTEIN,ARIST.,KAFKA,KANT,JESUS,CHRIST.,DESCARTES,NIETZSCHE,HEISENBERG,PLATON,HEGEL,HOBBES,MACHIAVELLI,MONTESQUIEU,/ARNOLD.M.,
・「文化の危機」:>教養俗物主義;「甘美と光輝」、教養、文化、「真理と政治」DOXA、栄光、観照、記憶、共通感覚、ギリシア、キリスト教、権力、行為、公的領域、思考、生の様式、正義、制作、全体主義、尊厳、徳、美、人文主義、ポリス、ローマ、理性、民主制、/キッチュ(274)、記憶(282)、世界性(282)、文化的精神、趣味(288)、耽美主義(289)、現われ、事物、博物館、公的領域(295)、
・松下良平(in:現代思想2009-04)が依拠。 see 270ff.:俗物教養主義。 271.>俗物主義(philistinism)。 。271.「問題の核心は、もっぱら「無教養」で凡庸であることを本質とするこの種の俗物主義が、時を移さず、〔教養俗物主義という〕また別の展開へと引き継がれてしまった点にある。」 271.文化世界=....を証言する世界。272.文化的な事実であることの基準=「相対的な永続性」 273.「「文化」という言葉そのものが疑わしいものとなったのは、まさにそれが「完成の追求」、しかもマシュー
・アーノルドにとっては「甘美と光輝の追求」と等しい意味での「完成の追求」を意味するようになったからである。....教養俗物の困る点は、自らの生活からリアリティー−−たとえば馬鈴薯飢饉のような「散文的な」事柄−−を遠ざけておくために、もしくはリアリティーを「甘美と光輝」のヴェールを通して眺めるたまに、「純粋詩」の領274.域に逃げ込んでしまうということである。」

●10159
・アーレントARENDT

・過去と未来の間
・みすず 1994.09.4944Y.(引田隆也/斎藤純一訳)
・ARENDT,
・「伝統と近代」:伝統、ローマ、ロマン主義、/公的幸福(4)、
・31. 「実際、伝統の事実が意識されあるいは強く自覚されて、年月そのものが権威と同一視された時代は、西洋の歴史においてわずか二度だけである。最初に自覚が生じたのは、ローマ人が古典ギリシアの思想と文化を自らの精神の伝統として受容することによって、ヨーロッパ文明の形成にこの伝統が永続的な影響力をもつべきことを歴史的に決定したときであった。....再度、伝統の意識の高揚と賛美が生ずるのはようやくロマン主義の時代になってである。(ルネサンスにおける古代の発見は、伝統の軛を断とうとする最初の試みであり、源泉そのものに遡ることで伝統の支配しない過去を樹立しようとしたのであった。)今日、伝統はしばしば本質的にロマン主義的な概念と見なされる。しかし、ロマン主義はたんに伝統の議論を19世紀の議題にしただけである。ロマン主義による過去の賛美は、まさに近代が伝統への依拠を当然と見なしえなくなるまでにわれわれの世界と一般的な環境を変貌させ始めた時期を記録するにすぎない。」

●10160
・アーレントARENDT
・1
・過去と未来の間
・みすず 1994.09.4944Y.(引田隆也/斎藤純一訳)
・ARENDT,VICO,PLATON,ARIST(59),RANKE.DROYSEN,
・「歴史の概念−−古代と近代」:歴史、不死生、観照、循環、摂理、/カタルシス(57)、娯楽(57)、不死の名声(58)、
・54. 「西洋の歴史の始まりにおいては、人間の可死性と自然の不死性の区別、人間の作ったものとそれ自身で存在するものとの区別は、歴史を叙述する際の暗黙の前提であった。」 63. 客観性:Ranke:「事物の純粋観望」(<D:「去勢された客観性」) 64. 「近代とともにこうした観照の客観性はその基盤を失い、したがって新しい正当化への展望を不断に求められるようになった。歴史科学にとって、旧い客観性の基準がなおも意味をもちえたのは、歴史家が、総体としての歴史は、観照によって一全体として把握されうる循環現象であると信じる場合(ヴィーコは、古代後期の理論に従いなおこの意見をとっていた)か、もしくは、歴史は人類を救済する何らかの神の摂理....によって導かれると信じる場合の、いずれかに限られていた。しかしながら、実際にはこの二つの考えはいずれも、近代の新しい歴史意識にとってはきわ65めて異質なものであった。」

●10161
・アーレントARENDT
・2
・過去と未来の間
・みすず 1994.09.4944Y.(引田隆也/斎藤純一訳)
・ARENDT,AUGUSTINUS,
・「歴史の概念−−古代と近代」:過程概念=近代、≠ギリシア
・ローマ+キリスト教、時間の連続性、意味、
・83. 「過程という近代の概念は歴史と自然の双方に浸透しており、それ以上に、近代を過去から根本的に分かつ観念はない。....過程という概念は、具体的なものと一般的なもの、ここの事物や出来事と普遍的な意味とが分かれてしまったことを含意している。..../84.....はるかに重要なのは....ギリシアやローマの歴史叙述にあっては、個々の出来事、行ない、事柄の生起のもつ意味−−ローマ人にいわせるならそれらの教訓−−はそれ自体でおのずから顕わになるということが自明とされていた点である。」 85. 「歴史を過程とするわれわれの考えは、....たんなる時間の連続性と尊厳を認めている」。 86. 歴史概念:キリスト教≠近代の。/ 87.「アウグスティヌスが世俗の歴史に対してとった態度は、力点が逆であったにしても、歴史に対するローマ人の態度と本質的に変わりなかった。A.においても歴史は範例の宝庫であり、世俗の歴史の経緯のうちに出来事を時間的に順序すけることはまだ重要ではなかった。世俗の歴史は循環する。」

●10162
・アーレントARENDT
・3
・過去と未来の間
・みすず 1994.09.4944Y.(引田隆也/斎藤純一訳)
・ARENDT,HEGEL,HOBBES,MEINECKE(91),
・「歴史の概念−−古代と近代」:無限の過去
・未来、不死性、近代の歴史意識、19世紀の人文科学≠古代の復興、世俗化、超越的世界、観念(92)、
・90. 「人類の歴史が無限の過去....へと遡りつつ同時に無限の未来へと延びるようになたのは、現代になってからである。....この二つの無限は、....地上における潜在的な不死性を人類に与える。」 91. 「真理は時間の過程そのものに宿りそこで自らを顕わにすると考えることは....近代の歴史意識すべての特質である。19世紀における人文科学ヒューマニティーズの台頭は、歴史に対する同様の感情によって促されたものであり、したがって以前の時代に繰り返し生じた古代の復興とは明らかに異なっている。」 91. 「「世俗化」が意味するのは、まさしく世俗的なものが勃興するに伴い超越的世界の光が翳ることであるとすれば、近代の歴史意識がこの「世俗化」ときわめて緊密に結びついていたことは疑いえない。」

●10163
・アーレントARENDT
・4
・過去と未来の間
・みすず 1994.09.4944Y.(引田隆也/斎藤純一訳)
・ARENDT,HOBBES,
・「歴史の概念−−古代と近代」:地獄、世俗に内在する意味、政治、不死性、複数性、
・93. 「ホッブズですら「地獄の火」を大いに恐れながら死んだ」。 93. 「神ですら変更することのできぬ独立の内在的意味を世俗的領域のうちに見出すこと、これが重要だたのである。」 94. 「ギリシア人にとってもローマ人にとっても、政治体は生命の可死性と行ないの虚しさを克服しようとする人間の必要から創設された。」 95. 「われわれが不死性の観念に触れるのは、もっぱら芸術作品の普及の魅力とは、あらゆる偉大な文明がもつと想定される総体的永続性などをとおしてであり、....」 97. 「ラテン語の「生きる」という言葉はつねに「人びとの間に在ること」と同義であり、それゆえローマ人の解釈では、永久の生命とは、死によって人はたとえ現世に別れを告げねばならないとしても、人びとの間からけっして離れる必要はないことを当然にもいみした。こうして、政治の生の根本要件の一つである人びとの複数性は....。」

●10164
・アーレントARENDT
・5
・過去と未来の間
・みすず 1994.09.4944Y.(引田隆也/斎藤純一訳)
・ARENDT,DROYSEN,
・「歴史の概念−−古代と近代」:近代→現代、絶対的な可死性、不死性、永続性、われわれの時間意識、歴史、
・99.「近代が現代世界へと発展してきた経緯を振り返るなら、すでに幾世紀も前から人びとが絶対的な可死性の考えに慣れ、その結果としてもはやこの考えに心を悩ませなくなり、....。」 99. 「不死性への関心がともかくも存在するかぎり、不死性への渇望アタナティセインはほとんど一つの必然となる。したがって、近代が、近代が人類の潜在的不死性を発見したのも、永続性をもつ厳密に世俗的な領域を探し求める努力におぴてであった。このことは、われわれの時間意識にはっきりと表われており、しかもわれわれの100.歴史概念の実質をなしている。」 100.D:「動物や植物にその類概念があるように・・・・・・人間には歴史がある。」

●10165
・アーレントARENDT
・6
・過去と未来の間
・みすず 1994.09.4944Y.(引田隆也/斎藤純一訳)
・ARENDT,MARX,HEGEL,KANT,HERDER,
・「歴史の概念−−古代と近代」:功利主義:無意味性、近代:初期
・後期、フランス革命、政治的行為、古代人、
・107.「功利主義の哲学から究極的な無意味性が生じた」 /「マルクスは....こうした無意味性を免れることができた。....歴史が語らねばならない物語の具体的意味を見出したと考えたからである。」 108.「Mは、近代初期の政治への関心と近代後期の歴史への熱中との境い目に立つ最後の思想家であった。世俗的なものの再発見に応えて新しい政治哲学を打ち立てようとした近代初期の試みが放棄されてしまう時点がどこかを知りたいと思うなら、109.フランス革命暦が制定10年語に早くも廃止され、革命が、二つの無限への延びる歴史過程のなかへといわば再統合された瞬間を想い起こしさえすればよい。フランス革命....ですら、新しい歴史過程を開始させるに足る十分に独立した意味をそれ自身のうちに含んでいないことが真実と認められてしまったかのようである。....政治的行為はその歴史的位置づけとは無関係に意味をもつという古代の人びとの確信が拒否されたこと、....を含意している。」

●10166
・アーレントARENDT
・7
・過去と未来の間
・みすず 1994.09.4944Y.(引田隆也/斎藤純一訳)
・ARENDT,HEGEL,KNAT,
・「歴史の概念−−古代と近代」:政治、観照的な歴史哲学、功利主義
・プラグマティズム(115)、全体主義(117)、自然科学、世界喪失、大衆社会、全体への逃避、
・111.「Hと対照的にKの場合には、近代を政治から歴史へと逃避させた動機づけはなお一目瞭然である。それは「全体」への逃避であり、」 111.「Kが....歴史の概念を自らの政治哲学に導入するのを迫られたことは、近代が政治理論−−観照に対する活動の優位という近代の信念には明らかに他の何よりも適合している−−から本質的に観照的な歴史哲学へと重心を移さざるをえなかったその困惑の質を類まれな正確さで示している。」 114.「歴史過程は、政治の領域が求めてやまなかった「慰めなき偶然」からのししゅうてきな解放と尊厳を与えるかのように思われたのである。」 120.「この二重の世界喪失−−自然の喪失およびすべての歴史を含む最もひろい意味での人工のものの喪失−−が後に残したのは、人びとを切り離すと同時に結びつける共通世界をもたず、絶望的に孤立した分離のうちに生きるか、さもなくが、大衆へと一緒くたに押し込まれる人びとの世界である。」

●10195
・エリオット.T.S.
・6
・文芸批評論
・岩波文庫 1938.1998(40).
・ELIOT,ARNOLD.M.,PATER,RUSKIN,
・「アーノルドとペイター」(143-):産業主義(145)、教養、ヒューマニズム(人文主義)(147)、キリスト教の情緒、「A.の知的享楽主義」(154)、唯美主義、芸術の精神、
・148.「キリスト教の情緒はその信仰がなくても持ち続けられるしまた持ち続けねばならない、ということをアーノルドの本は力説しようとしたのだ。」 148.「二つのちがった型の人間には二つのちがった型の結論が引き出される、−−一つは宗教は道徳であるということで、もう一つは宗教は芸術であるということだ。A.が宗教のたまねい行なった運動の結果は、宗教を思想から引き離すことである。」 154.「芸術や建築に見られるいくつかの型について本当の感受性を持っていたラスキンは、あらゆることがらをすぐに道徳上の言葉に置き換えてみてもとからある自分の要求を満たしていた。」 155.「ペイターは主としてモラリストである。....[P:]「芸術の精神で生活を扱うのは、生活を手段と目的の一致したものとすることで、そういう扱い方をすすめるのが芸術や詩の本当の倫理的意義である。」」

●10168
・広田照幸
・2
・ヒューマニティーズ 教育学
・岩波書店 2009,1300Y.
・HIROTA.T.,DEWEY,SCHLEIERMACHER,
・教育学、教育の目的
・目標(107)、発達
・有為
・教養、ポストモダン論(113)、学校のカリキュラム、
・113.ポストモダニズムの洗礼を受けて→1。歴史的モデルの喪失。2。人間形成論の流動化。3。(教育の私事化→)公共性問題が再構成を余儀なくされる。 124.n Dewey:>目的
・手段の二元論。1。>外的な目的。2。「活動の内部でそれを方向づける計画として発生する目的はつねに125.目的であるとともに手段であ」る。3。「教育はそれ自体としてはいかなる目的ももっていない」。目的をもつのは親
・教師。+4。「非常に多くの目的が、異なったいろいろな時代に、述べられてきたし、それらはみな大きな局所的価値をもっていた」:三つの一般的目的:1.「自然に従う発達」。ルソー。2.「社会的に有為な能力」。3.「目的としての教養」=「人格的、精神的に豊かにすること」。+5。三つのバランス。 127.n シュライエルマッハー:(国家と教会の間等で)「人倫的関係が不一致な状態である。だから、普遍妥当な倫理学で教育を方向づけることはできない。」 → 一方で:「現状に対して有能かつてきにんであるように育成」、他方で:「共同生活のあらゆる点で不完全性を改善しようという衝動と才能を有するにいたる」ことを目的とすべし。

●10196
・エリオット.T.S.
・7
・文芸批評論
・岩波文庫 1938.1998(40).
・ELIOT,ARNOLD.M.,PATER,
・「アーノルドとペイター」(143-):美的宗教、教養、「芸術のための芸術」(161)、感受性、思想の崩壊、
・157.「宗教がある程度後退して窮屈になり、A.のような人があらわれて教養は宗教より広いときびしい態度で言い出すと、「宗教的芸術」が出てくるし、それから後に「美的宗教」が続いてくる。」 161.「この本[P.『享楽主義者メイリアス』]の本当の意義は、19世紀の思想と感受性の歴史にあらわれたある時期の記録としてのものだと私は思う。その時代には思想の崩壊が起こり、芸術や哲学や宗教や倫理や文学の孤立が162.はじまったが、これを止めるためにとにかくこれらを綜合してみようとさまざまな途方もない試みが行なわれている。」

●10210
・アーノルド.J.H.
・1
・歴史(一冊でわかるシリーズ)
・岩波書店 2003,1400Y.
・ARNOLD.J.H.,
・好古家
・歴史家:愛情
・物語、ピュロニズム、
・53.「「好古家」と「歴史家」には明確な相違点がある。....54.おおまかに言えば「歴史家」は、壮大にして教訓的な物語というキケロ的モデルに触発された、長い時代を扱う娯楽性のある歴史を書いていた。対して好古家は、気まぐれに、興味をひかれた時代に関係するものなら手当たり次第に何でも観でも収集していた。彼らの胸にあったのは、語るべき壮大な物語というより、表現すべき大いなる愛情であった。」 60.「好古家によって文書史料の調査のためのツールは与えられた。「ピュロニスト」による歴史への問題提起は、歴史文書には不正確な記述があることに向けられたもので、そこから彼らは、歴史文書に対するいっさいの信頼を捨て去らなければならないと主張した。好古家的な対応策は−−とくに歴史学者によって徐々に取り入れられたそれは−−過去に行なわれた説明の正確性を吟味する方法論を与えるとともに、過去を研究する学者は詳細な分析によってナンセンスの中から真理を選り分けることができると主張することになった。」

●10211
・アーノルド.J.H.
・2
・歴史(一冊でわかるシリーズ)
・岩波書店 2003,1400Y.
・ARNOLD.J.H.,/VOLTAIRE,HUME,VICO,CONDORCET,/FUKUI.N.,
・歴史、好古家(53)、V.>些末な細部(63)、国民国家(185)、/理性、啓蒙、
・63.「18世紀は、一般に「啓蒙」と呼ばれる流れとの関連で考えられており、歴史に関する「真実の物語」は諸々の哲学的問題と結びつけられることになった。歴史の新たな目的が、過去の時代と歴史文書をめぐる歴史家の見方にも影響を与えることになった。ヴォルテールはこう述べている。/些末な細部に災いあれ! 後世はそれをすべて見捨てる。それらは大いなる作品を損なう害虫である。/54.V.が歴史の詳細な部分を拒絶したことは、啓蒙期の学者たちがピュロニスト的な歴史否定に立ち戻ってしまったのではないかと感じさせるかもしれない。....だが実際のところ18世紀には、それとはまったく異なる動因が働いていた。歴史を、啓蒙の思想家たちが考察していた理性は、事物の本性、人間というテーマに<<ふさわしい>>ものにしようとする欲望がうごめいていたのである。/V.、ヒューム、ヴィーコ、コンドルセのような著述家たちは、過去についての研究を、人間存在の本質やそれを取りまく世界の働きといった「大問題」に取り組むために用いた。」

●10212
・池野範男
・1
・市民社会科歴史教育の授業構成
・社会科研究 64,2006.
・IKENO.N.,
・市民社会科歴史教育の授業構成、≠教養主義社会科(文部省)
・科学主義社会科(社会科学科);児童中心主義(社会科の初志をつらぬく会)、
・51.「市民社会科がこれまでの社会科と大きく異なる点は、子どもたちが教育や学習の意義を見つけることができるように、授業を組織することである。/知識を基盤にした教科主義の社会科は、知識そのものに教育、学習の意義を見い出す1)。..../これまでの社会科にも、子どもたちが教育的意義を見い出すことができるものはあった。たとえば、児童中心主義の社会科はその代表的ななものである2)。しかし、この社会科は、子どもたちの生活上のせまい部分に意義を見つける子ども社会生活科とネーミングできるようなものである。..../ 52.市民社会科はこれまでの社会科が抱えてきた課題を克服するために、社会科で取り扱うことは「社会」そのものであるという使命を提示した。」 60.n1:「教養主義社会科(理解社会科、文部省社会科)、科学主義社会科(社会科学科)と称されている社会科はこのタイプである。」 60.n2:「昭和22,26年版の社会科、社会科の初志をつらぬく会の主張する社会科はこのタイプの事例である。」

●10217
・THOLFSEN.T.R.
・1
・THE AMBIGUOUS VIRTUES OF THE STUDY OF HISTORY
・TEACHERS COLLEGE RECORD,79-2,1977.
・THOLFSEN.T.R.,ORTEGA,RANKA(247),
・THE AMBIGUOUS VIRTUES OF THE STUDY OF HISTORY、OAH、歴史、象牙の塔尚古主義(IVORY TOWER ANTIQUARIANISM)(247)、現在主義(PRESENTISM)、歴史的感覚、
・245. A recent report by a special commite of the Qrganization of American Historians (OAH),"The Status of History in the Schools,"1 documented in detail a widespread decline in the position of history in both secondary and higher education. 245.n1: Richard S.Kikendall,"The Status of History in the Schools,"<>,62(1975),557-70. 247.....Hence one can readily understand why the <> sonorted at the anti-presentism passage in the OAH report,interpreting it as an expression of ivory tower antiquarianism. 248.the historcal sense--as opposed to a narrow present-mindedness--is essential to an understanding of man. 249.Ortega:"man has no nature: what he has is a history"[<>,p.217]

●10218
・THOLFSEN.T.R.
・2
・THE AMBIGUOUS VIRTUES OF THE STUDY OF HISTORY
・TEACHERS COLLEGE RECORD,79-2,1977.
・THOLFSEN.T.R.,
・ルネサンス
・啓蒙の歴史記述=実践的;実践的正当化 < 歴史家:真理の没利害的追求、
・253. The historiography of Renaissance and the Enlightment emphasized the practical value of the study of history....../historians are reluctant to accept such a practical justification for their discipline. Rheir first allegiance is to traditions of scholarship and science that emphasize the disinterested pursit of the truth for its own sake.

●10219
・LEE.Y.S.
・1
・A DIVIDED INHERITANCE:SCOTT'S ANTIQUARIAN NOVEL AND THE BRITISH NATION
・ELH 64-2,1997.
・LEE.Y.S.,SCOTT,
・尚古主義的小説(ANTIAUARIAN NOVEL)、歴史への非理論的態度、収集、国民的PERTIMONY回復への情緒的欲求、
・538. the objectionable dimension of antiquarianism lay in the untheorized attitude toward history behind its characteristic activities of gather-ing,collecting,and compoling. While those activities could be interpreted as proceeding from a sentimantal desire to restore a national partimony,the very egregiousness of this antiquarian foraging drew attention to the troubling processes of loss and extinction that made the retrieval necessary.

●10220
・LEE.Y.S.
・2
・A DIVIDED INHERITANCE:SCOTT'S ANTIQUARIAN NOVEL AND THE BRITISH NATION
・ELH 64-2,1997.
・LEE.Y.S.,SCOTT,BURKE.E.,
・尚古主義(ANTIAUARIANISM)、断片、尚古主義的好奇心、愛国(愛郷)心、伝統主義、尚古的
・ピクチャレスク的
・愛国的好奇心、
・539. antiquarianism was based on the gathering of scattered material and discursive fragments,.... 540. 「スコットの歴史的あるいは尚古的小説」 540. They[スコットの小説] give the illusion of resolving the tension between antiquarian skepticism and patriotic credulity. 540. <> consistently associates the abstract,rhetorically-driven sentiment of Burkean traditionalism with the farcical,the fanatical and the delusive. 541.「Sの尚古主義は、愛国的歴史主義への曖昧な関係に立つ。」 541.尚古主義の愛国的イデオロギーとの非両立性。 541.combined motives of antiquarian,picturesque and patriotic curiosity

●10221
・LEE.Y.S.
・3
・A DIVIDED INHERITANCE:SCOTT'S ANTIQUARIAN NOVEL AND THE BRITISH NATION
・ELH 64-2,1997.
・LEE.Y.S.,SCOTT,BURKE.E.,
・尚古主義(ANTIAUARIANISM)<B、保守主義、「哲学的アナロジー」、愛国的プロパガンダ、B:慣習>物質的名残(relic)、
・543. Burke goes out of his way to deplore[非難する] antiquarianism as the antithesis of the intuitive conservatism that manifests itself in reverence for inherited orders:[Burke:]"We are guided not by the superstitution of antiquarians,but by the spirit of philosophic analogy." 543. Burke shrewdly aligns[一線に並べる] antiquarianism with the idolatry that blindly worships the letter of the law--as opposed to the "spirit of philosophic analogy." 543. Burke's idea of the national entity,in contrast,depended on constructing history as a seamless envelope of custom;actual institutions and material relics were insignificant.... 543. Antiquarian literalism would indeed have been fatal to the patriotic propaganda,....

●10222
・LEE.Y.S.
・4
・A DIVIDED INHERITANCE:SCOTT'S ANTIQUARIAN NOVEL AND THE BRITISH NATION
・ELH 64-2,1997.
・LEE.Y.S.,SCOTT,BURKE.E.,
・尚古主義(ANTIAUARIANISM)、尚古主義的好奇心、騎兵、遺物、
・551. Scott lingers out of 552.antiquarian curiosity;the "great object of [his] ambition," he notes,"was to possess the armour of a cuirassier[重騎兵],"[P,6:157) as well as to acquire other relics[遺物] of historiacl interest.

●10223

・1
・HUMANITIES
・WIKIPEDIA 2009.10.04.
・DILTHEY,GADAMER,FISH.S.,
・ヒューマニティーズ(人文学)(HUMANITIES:CLASSICS;HISTORY:LANGUAGE;LAW;LITERATURE;PERFORMING ARTS;MUSIC;THEATRE;DANCE;PHILOSOPHY;RELIGION;VISUAL ARTS)、リベラル
・アーツ教育(LIBERAL ARTS EDUCATION)、正当化
・正統化、市民性、自己-反省、クリティカル
・シンキング、快楽、
・ヒューマニティーズの正当化: 市民性、自己-反省:cf.Dilthey,Gadamer Some.like Stanley Fish,have claimed that the humanities can defend themselves best by refusing to make any claims of utility[30] (Fish may well be thinking primarily of literary study,rather than history and philosophy.) Any attempt to justify the huanities in terms of outside benefits such as social usefullness....or in terms of ennobling effects on the individual (such as greater wisdom or diminished prejudice) is ungrounde,according to Fish,.... critical thinkingは他でも可能。 n30: http:....

●10224

・2
・HUMANITIES
・WIKIPEDIA 2009.10.04.
・FISH.S.,HAB.,
・ヒューマニティーズ(人文学)、正当化
・正統化、快楽(共通の:≠私的レジャー)、
・scholars like Fish suggest that the humanities offer a unique kind of pleasure,a pleasure based on the common pursit of knowledge (even if it is only discipinary knowledge). Such pleasure contrasts with the increasing privatization of leisure and instant gratification[喜び] characteristic of Western culture; it thus meets Juergen Habermas' requirement for the disregard of socal status and rational problematization of previously unquestioned areas necessary foe an endeavor which takes place in the bourgeois public shhere. M.Minsky:ヒューマニティーズ
・芸術へ廻す金があったら、私へ....→よりよい学生を育成できる。[32]

●10225
・アリストテレス
・1
・遊び

・ARIST.,IWATA.Y.,
・遊び≠目的、幸福、活動、観想、芸術、宗教、
・岩田: 383.「遊びは、なるほど、一見遊び以外に何の目的ももたないようにみえるので、究極の自己目的であるように思われる。....しかし、遊びは幸福ではない、とA.はいう。....[EN,X,6,1176b28-33]....遊びが活動ではなくて休息の一種に他ならないからである[1176b34]。....384.「「真面目に努めるために遊ぶ」のであって、その逆ではない[1176b33]....」 384.「こうして、それ自身のために選ばれる活動、すなわち、幸福の名に値する活動として残るものは徳に即した活動以外にはない。」 384.「人間の本性における最善の部分は理性であるから、理性がそれにもっとも固有の卓越性を発揮している観想的活動が究極の幸福である」 396.芸術的もしくは宗教的観想はテオリアの圏内に入る?。 396.詩歌、音楽、絵画、超克などの芸術活動:「高度に精神的な活動ではあるが」、洗練された遊び。

●10226
・アリストテレス
・2
・遊び

・ARIST.,IWATA.Y.,PLATON,
・宗教的観想、/教育における遊び、
・396.「祈りにおける人格的な神との神秘的合一というような意味でなら、A.の中にはそうした宗教的観想は存在しない、と断言してよい。しかし、全く知的に神的存在を観想するという意味ならば、....。」/397.含む;宇宙の観想。 214.Platon AD 教育:「たとえば、大工たらんとする者は測量を....総じて真実の真似事を遊びながら習得せねばならぬ。....[Leges,I,643b4-d5]。この主張におけるP.の意図は、徳の獲得は理性的判断による意識的努力のみによっては難い、という点にある。」 ABIKO:では、P.の芸術排除論は?

●10227
・稲本竜太郎
・1
・アーレントにおける「物化」概念の推移−−エッセイ「文化の危機」と「政治と文化」講演について−−
・千葉大学社会文化科学研究 11,2005.
・INAMOTO.R.,ARENDT,
・文化の危機、芸術、物化、功利主義、教養俗物、仕事
・労働
・活動、近代、大衆社会、娯楽、
・31.「ここ[「文化の危機]]での「芸術」は「制作」の精髄を指し、精神性といった美のイデオロギーではなく、「物化」として性格づけられる。」−−本稿:A.の「物化」概念の推移に着目。 32.「近代化において、功利主義を旨とする中産階級は、文化に無関心な態度から、文化を、自分が社会において「教養」を示す手段として利用しはじめた。同時に「文化は生の現実からの逃避手段となった」。..../20世紀に入ってから勃興した「大衆社会」とは、「あらゆる文化的事物を消費すること」を特徴とする「消費社会」であり、文化への危険性は19世紀社会よりも高い。というのは、文化的事物を社会的ステイタスという目的の手段として扱い始めた「教養俗物」は、それでも文化を破壊するには至らなかったかRである。それにたいして「大衆社会」では、「文化が大衆に広がるのではなく、娯楽の産出のために文化が破壊される」。(BPF207) この社会と大衆社会という区別は....「仕事」と「労働」という区分にそれぞれ対応する。そしてA.は、この両領域から独立していられるときにのみ、芸術が存在すると捉える。」

●10228
・稲本竜太郎
・2
・アーレントにおける「物化」概念の推移−−エッセイ「文化の危機」と「政治と文化」講演について−−
・千葉大学社会文化科学研究 11,2005.
・INAMOTO.R.,ARENDT,CICERO,
・文化、過去の記憶、「文化的精神」、美への感受性、不死、名声(38)、
・33.n Arendt(『間』):「「文化 culture」という語はラテン語の「colere」から派生し、1)古代ローマの、自然の発展のうえに人々の住む世界が成立するという意味と、2)過去の記憶−−ここではローマ人からみたギリシア芸術の所産−−を<<気遣う>>という意味とを保っている。キケロの「文化的精神 cultural animi」は、もっぱらこの2)の意味を指しているが、そこにはさらに、美への感受性が見取られる。それは「趣味 taste」、つまり「美的な物事を制作するひとびとつまり芸術家自身ではなく、観察者すなわち美的な事物に囲まれている人々のもつ美への感受性」である。」 38.A(ZVZ287):「人間の偉大さは、死すべき者が物事を成し言葉を語る不死性となること、つまりつねい回想されるということに存するが、偉大さを求める欲求は名声である。」

●10229
・稲本竜太郎
・3
・アーレントにおける「物化」概念の推移−−エッセイ「文化の危機」と「政治と文化」講演について−−
・千葉大学社会文化科学研究 11,2005.
・INAMOTO.R.,ARENDT,
・文化、物化、活動、政治、名声、芸術作品、制作、記憶
・潜在的な不朽性、
・38.「このひとびとの恒常的現前と話し合いと行為とが、公的領域を保証すると同時にそのないじ津である。そしてこのことこそが、A.のいう「(政治的)活動」なのだが、..「文化の危機」ではこのことが明示されていない。しかし『人間の条件』では....。....そこ[ポリス]では行為と言葉の「名声」が主導的な役割を果たす。死すべき者の「可死性」にもかかわらず、「偉大なものを不死にすること」つまり「永続性」を、この恒常的現前において保つことが政治である。/そして<<その上で>>、「詩人と芸術家と世界を創作する制作行為一般は、名声を生み出すために、またその本質上はかなく移ろいやすいものを持続し損なわれないものにするために、活動と政治的組織よりもはるかに優れた保証を提供する」。この「保証」「耐久性」に対応する制作または芸術制作の特徴が、「物化」である。」 39.「「政治的活動」と「芸術作品」とが、ともに「記憶」に関わるという考え」 39.「「記憶」に関わる「潜在的な不朽性」」

   

   2. JB


●2JB1
・草光+EDS.
・2
・英国をみる−−歴史と社会(歴史と社会 N.11)
・リブロポート 1991.
・KUSAMITSU.T.,RANKE(72),マコーリー,SCOTT,トレヴェリアン,
・「歴史は文学か科学か」、歴史=文学、歴史主義の源泉=SCOTT、細部への関心、過去と現在との結合、
・草光:71.N トレヴェリアン:歴史家の仕事:過去と現在とを詩的想像力によって結びつけること。70.T.:「オックスフォードのセント
・ジョンズ
・コレッジの庭園は誰が見ても美しいものである。しかし歴史の愛好家にとっては、その外面的な魅力に[17世紀の]内乱の時のコレッジのイメージが重なって、自分の心の中のコレッジにたいする親近感が融合されるのだ。」 73.N トレヴェリアン:歴史=文学。81.歴史の叙述=芸術。 N マコーリー:SCOTTの歴史学へ与えた功績:細部への関心。 N T.:19世紀に特徴的な歴史主義の源泉=S.。つまり:..などが時代
・地域
・階級などによってそれぞれ異なることをS.は明瞭に示した。 74. 「ある出来事やある思想などが、それらの時代や社会によって大きく性格付けられて生起する、という歴史観は、実は19世紀に入ってから、しかも一小説家によってなされた」 75. N T.:歴史家の資質:歴史的こころをもつこと、創造的構想力

●2JB2
・バターフィールド.H.
・4
・ウィッグ史観批判
・未来社 1967.
・BUTTERFIELD,ACTON,GIBBON,
・歴史と価値判断、歴史と道徳判断、真の歴史的情熱≠ウィッグ史家の情熱(−−プロパガンダ108)、歴史的想像力、美的な歓び、多様性、細部、過去への愛、
・103.ウィッグ史家の情熱は、しばしば現在のなにかに対する情熱を、そっくりそのまま過去に移そうとするところから生れる。 CF.自由主義の伝統に対する情熱。だが、真の歴史的情熱というものは、過去のために過去を愛するということである。 CF.GIBBON。その背後には、多様性のなかにひとびとをおいて理解しようとする強い情熱があり、過ぎ去った時代を、現在とは異なった事態のなかにおいて研究しようとする欲求がる。真の歴史的情熱というものは、歴史的想像力を働かせている人に、ああこれで少しはものごとが解ってきた、ああこれで少しは新しいまことのことの解釈が見えてきた、というふうに、その報いとして訪れるものである。そして、これこそ歴史家の業績であり、美的な歓びなのである。 106.具体的な細部にまで降り立って考察する 147.B.:「過去をそれ自体のために愛し、その中に住もうと試みた」

●2JB3
・バルト.R.
・5
・テクストの快楽
・みすず 1978. 1648Y.
・BARTHES,BACHELARD,SADE,FOURIER,NIETZSCHE,
・イデオロギー、快楽、日常生活、細部、快楽主義=ペシミズム、
・* この影とは、イデオロギーを《少々》、描写を《少々》、主題を《少々》、である。」 88. 「二つの倫理、一方では、多数派の平板な倫理、他方では、少数集団の(政治的 および/あるいは 科学的)厳格の倫理に苦しめられている社会において、快楽が(更には、悦楽が)締め出されている」。 71. 「バシュラールはこうして読書レクチュールの純粋批評を確立することができた。しかも、快楽を土台としてそれを築いたのである。」 100.「どうして歴史や小説や伝記の中に時代や人物の《日常生活》が表象されているのを見て、快楽を覚えるのだろう..。なぜこまやかな細101.部に対する好奇心があるのだろう。」 108.「快楽主義はほとんどすべての哲学から放逐されてきた。快楽主義の復権要求はサドやフーリエといった周辺の哲学にしか見られない。ニーチェにとおても、快楽主義はペシミズムである。*

●2JB4


・現代詩手帖 1985-12臨時増刊号 特集:ロラン
・バルト

・BARTHES.R.,HARA.H.,TAKI.K.,CHIBA.F.,IMAMURA.H.,NIBUYA.T.,ASABUKI.R.,OKAZAKI.K.,TAKEDA.S.,/FOURIER,KARATANI.K.,TURNER,PROUST,YOSHIDA.K.(150),SADE,BERGSON,
・快楽、悦楽、身体、写真、テクスト、視覚、ストゥデウィム/プンクトウム、自然、/コノテーション、現実レエル(083)、欲望(088)、アミエルの日記、きょうの天気、日常的な細部(152)、快楽:サド的;フーリエ的(215)、
・026.B:「私はここで暮したいと思う」 213.今村:「F.特有の「快楽計算」」(≠ベンサムの計算) 214.「F.にとっては、快楽は人間の魂を累進的に豊かにし、人間の共同社会を豊かにする根本的原動力である。」 215.「F.の快楽は、サド的快楽とは正反対である。」 221.N:「15世紀以後はっきりとした眩*をともなって、視ること、視像は「聴き取り」の《専制》から《離脱し始める》。」 292.「コノテーション/デノテーションというB.の概念装置(これは彼の神話学の土台だが)」 +M4722(岡崎論文)

●2JB5
・安田常雄

・〈国民史〉の発想と方法−−『国民の歴史』の読み方について−−
・歴史学研究 N.741.2001.09.特集:歴史を叙述するということ
・YASUDA.T.,NISHIO.K.,
・歴史の叙述、史料と評価、経験とモティーフ、レトリック=説得の技術、構想力と細部のリアリティ、

●2JB6
・クリューガーED.
・3
・変貌する人間
・勁草書房 1991. 4700Y.
・VAN DEN BERG,KRUGER.D.,HUME(68),
・メタブレティカ、バロック時代の終わり−非-ユークリッド幾何学、空間の無限性、教会建築の歴史、宇宙、ゴシック様式−細部の誇張、ネオ
・ゴシック、新古典主義、
・62. バロック時代の終わりと非−ユークイッド幾何学の始まりとは一致する。 62. 「ネオ−ゴシック、新古典主義建築、非−ユークリッド幾何学の始まり、そして神経症の起源の間の関係をどうすれば例証することができるだろうか。これがVDBの著書の主題である。」 68. 18世紀:空間は無限だという概念が現出。「人びとはもはや、どうやって適切な空間を想像するかを知らず、そこに住まう世界としての空間そのものが、その性質を失ったのではないだろうか」 68FF.諸時代、72FF.教会建築の歴史、76FF.霊性とそれに対応する出来事、79FF.宇宙の発見とそれに対応する出来事 72. その当時[6世紀]、地球は疑いなく無限であると受け取られ、すべての教会はバジリカ様式だった。 79. 1140年以降の:細部の誇張は、世界からの神の離脱の表明とみな*

●2JB7
・クリューガーED.
・4
・変貌する人間
・勁草書房 1991. 4700Y.
・VAN DEN BERG,KRUGER.D.,/RIEMAN,
・メタブレティカ、神、教会、非-ユークリッド幾何学、ネオ
・様式、世界の無限性、孤独、(伝統)、
・* される。神の不在を人は見ることができるのだ。神は人間の宗教的主題へと移行し、したがって一層高い教会が必要だった。 81. ふり返ってみると、宇宙は無限だとみなされていたのは、ネオ−様式の時代の間だけだったことがわかる。 83. 「「1733年に二つの新しい世界が告知された。....孤独な無限の世界と、コミュニケーションの有限の世界....」/....サッケリ以後、鋭角(孤独)の幾何学がまず重要となった。1985年にやっとリーマンの声明によって、鈍角(ともにいること)の幾何学が考慮された。」 84. 「孤独は神がいなくなってしまった時に感じられたのである。神がいなくなった時、もはや独りでいることは可能ではなくなった。神がおわした時、人は独りでいることができたのだろう。何が一層自然なのか。世界が神へ向かってひたすら無限であった時には、誰も孤独でなかったのである。」

●2JB8
・広川洋一

・ギリシア人の教育
・岩波新書
・SOCRATES,PLATON,ISOCRATES,
・徳(ARETE)、徳性、教育、 教養、一般教養(パイデイアー)、
・174.徳−−正義
・節制といったそれぞれの徳性−−

●2JB9


・同志社 外国文学研究 N.33・34.1982.

・HAB.,HOELDERLIN,
・HAB.:「日常語
・学術語
・教養語」、

●2JB10
・リオタールLYOTARD

・ポストモダン通信
・朝日出版
・LYOTARD,POPPER,ADORNO,HAB.(13),WELLMER(13),BENJAMIN,BAUDELAIRE,KANT,
・ポストモダン、アヴァンギャルド、美的経験(13)、崇高(22,109)、脱正当化(39)、大きな物語(40)、正当化の物語(75)、全体主義(75)、フランスの大学教養課程改革(105)、哲学的行為(159)、

●2JB11
・バフチン

・叙事詩と小説(著作集7)
・新時代社 1982.
・BAKHTINバフチン,GOETHE,
・「ゲーテと教養小説」、国家、
・AUS:バーバ(JA2712)

●2JB12


・RONZA 1996.06.
・朝日新聞社 1996.05.07.
・KATOU.N.,OOMAE.K.,TSUITSUI.K.,TAKEUCHI.H.,
・日本型経営、新教養論、

●2JB13
・ニーチェNIETZSCHE

・ニーチェ全集4.反時代的考察
・ちくま学芸文庫 1993.
・NIETZSCHE,
・歴史主義、「歴史の過剰」、骨董的(好古的)(ANTIQUARISCH)(尚古主義)、蒐集狂(147)、教養(197)、>骨董家
・墓堀人(197)、歴史病、(骨董的→)「本来の歴史的感覚」(146)、
・134.「三通りの観点で歴史は生ける者に属している。すなわち歴史は活動し努力する者としての彼に属し、保存し崇敬する者としての彼に属し、苦悩し解放を要する者としての彼に属す。これら三通りの関係には三種の歴史が対応する。すなわち、歴史の<<記念碑的>>あり方、<<骨董的>>あり方、<<批判的>>あり方、この区別をすることが許されるならば、そうなるのである。」

●2JB14
・兼岩正夫

・ルネサンスとしての中世
・筑摩書房 1992.
・KANEIWA.M.,
・「中世歴史記述における理念と事実との分離」「中世の歴史記述と古典的教養」「西洋、古代
・中世の歴史思想」「歴史の科学性について」「現代ヨーロッパの歴史的自覚」、

●2JB15
・サイファーSYPHER.W.

・現代文学と美術における自我の喪失
・河出書房新社 1988.2500Y.
・SYPHER.W.,EINSTEIN,ARNOLD.M.,ARIST.,INGRE,IONESCO,ELIOT,ORTEGA,KAFKA,CAMUS,CARLYLE,KIERKE.,GOEDEL,GOCH,CONSTABLE,SARTRE,SCHOPENHAUER,デビュッフェ,ドラクロワ,NIETZSCHE,HEIDEGGER,BUBER,BECKETT,MUSIL,MONDRIAN,LUPASCO,ロブ=グリエ,
・自我の喪失、ロマン主義、実存、ビートの革命、匿名の自我、D.:『反教養的立場』、

●2JB16
・阿部謹也

・「教養」とは何か
・講談社現代新書 1997.
・ABE.K.,HAB.,
・教養、「公共性としての「世間」」、
・鷲田IN正論197-08が書評

●2JB17
・福田恆存

・私の幸福論
・ちくま文庫 1998.
・FUKUDA.T.,
・幸福、美醜、自我、宿命、自由、教養、快楽と幸福、

●2JB18


・諸君 1998.10.

・SAEKI.K.,SAKAKIBARA.E.,NISHIBE.S.,FUKUDA.K.,KIRITOOSI.R.,/KOBAYASHI.Y.,
・S.+:「アメリカニズムを超えて」、Y.:「教養のガイドラインを求めて」、「和田「心臓移植」30年目の真実」、K.:「小林よしのり『戦争論』が説く「公の道」」、

●2JB19
・近藤和彦

・文明の表象 英国
・山川出版社 1998.2700Y.
・KONNDOU.K.,HORIGOME.Y.VS.YOSHIOKA.A.,OCHI.T.,
・「星菫派史学」、「戦後史学の胚胎した場」、近代英国の起源、ジェントルマン、祖国の運命と研究者の使命との一体化、歴史感覚、教養主義、
・AUS:論座1998.12.:「英国の歴史学の視線にメス」(エコノミスト1998.09.01.) 3.8歴史学は現在と過去との対話だという。....であれば、問いのかけかたによって応答はちがってくる。」 82. 「堀米庸三は....「総合的把握」「歴史感覚」「生きた事実への83実感」をとなえていた。その「歴史家の固有の領分」という発想にたいして、大塚左派の立場から全面的に対決したのが....吉岡昭彦である。」−− 86.「どちらもかなり純情素朴な地平にたっていた」 98. 「文明開化からマルクス主義を経由して戦後史学にいたるまでを貫いて共通したのは、世界史のなかの日本社会の運命を案じ、分析の指針を範式としての西欧..に求める、という構えであった。祖国の運命と研究者の使命とが一体化していた。」

●2JB20


・This is 読売 1999.03.

・YAMAZAKI.M.,NAKAMURA.Y.,KITAOKA.S.,NODA.N.,ITOU.M.,INOKI.M.,
・山崎:「「教養の危機」を超えて」、中村:「クラウゼヴィッツの戦争は終わった」、北岡:「憲法九条の呪縛から抜け出すとき」、野田:「国民国家から帝国の時代へ」、伊東:「日本経済 喪われた10年」、猪木:「私が闘った空想的平和主義者たち」、

●2JB21
・神林恒道ED.

・芸術における近代
・ミネルヴァ書房 1999.06.3600Y.
・SCHLEGEL,HURD.R.,HERDER,WINCKELMANN,KANT,LONGUINUS,BURKE.E.,ROSENBLUM.R.,LYOTARD,NEWMAN.B.,FRIEDRICH.C.D.,KIEFER,KANT,NIETZSCHE,ADORNO,BENJAMIN,
・芸術における近代、小田部:「「ゴシック」再興からロマン主義へ」、神林:「崇高と近代」、仲間:「C.D.フリードリヒの近代性と20世紀美術」、潮江:「「楽園」の転換」、新印象主義、ナビ派、大森:「虚偽の行方」、教養、岡林:「作品の政治権力論をこえて−−カルチュラル
・スタディーズと芸術研究」、

●2JB22


・草思 1999.10.特集:日本の大学はどうなるのか
・草思社
・ISHIDA.T.,OOMIYA.T.,TSUCHIYA.K.,TSUTSUI.K.,
・大学、教養、

●2JB23
・文芸春秋ED.

・日本の論点 2000
・文藝春秋
・MORIOKA.M.,MIYAZAKI.T.,FUKUDA.K.,SAEKI.K.,NISHIBE.S.,KOBAYASHI.Y.,HOSAKA.M.,MATSUMOTO.K.,SAKAKIBARA.E.,UMEHARA.T.,YONEMOTO.S.,KOYANO.A.,KAWAKAMI.K.,HASHIZUME.D.,
・生命倫理、日本経済、アメリカの一極支配?、アメリカ経済、円、中国経済、ODA、保守政治、周辺事態法、愛国心、ナショナリズム、国旗
・国家、PFI、金融危機、自治体破産、リストラか雇用維持か、少子化、介護、脳死移植、遺伝子組み替え食品、ダイオキシン、原発、少年法、セクハラ、学級崩壊、教養、リナックス、

●2JB24
・山崎正和

・歴史の真実と政治の正義
・中央公論新社 2000.12.11.1500Y.
・YAMAZAKI.M.,SHIBA.R.,KOUSAKA.M.,
・「歴史の真実と政治の正義」、「道徳的価値体系の衝突」、「多様化社会の国家像」、「人権思想−−国境越える価値」、「「教養の危機」を超えて」、人文学、「新たな知的開国をめざして」、「風のように去った人−−追悼
・司馬遼太郎」、反歴史主義の文学、「公」の文学、「『最後の将軍』をどう読むか−−追悼
・司馬遼太郎」、「「精神の外交家」を友として−−高坂正尭著作集
・解説」、
・第一論文はORG論文に即したMあり。

●2JB25
・鷲田小やた

・思考練習−−知的生活を楽しむ読書作法−−
・三一書房 1995.850Y.
・WASHIDA.KO.,
・人格、内部性、外部性、コンピュータ、デモクラシー、教養、欲望、戦争、歴史、タブー、

●2JB26


・論座 2000.11.


・教育荒廃、教育改革、「国民会議」、日米経済関係、国立大学独法化、原子力、主婦保護政策、教養教育、戦後歴史学、大きな物語、
・314.書評 浅羽通明『大学講義 野望としての教養』 by 稲葉振一郎:「切り捨てられた教養を世界観として再建する」/315.「単なる「専門教育」への準備段階ではない「教養教育」、「素人が玄人になろうとするため」ではなく「ずぶの素人が筋金入りの素人になろうとするため」(野矢茂樹『論理学』..「はじめに」より)の「教養教育」の構築という課題に。」 316.書評 中塚明『歴史家の仕事−−人はなぜ歴史を研究するのか』 by 成田龍一:「歴史学は、「個別的な特殊研究」として始まり、「部分」=ミクロを対象とするのであるが、その「部分」から「全体をどう展望」するかに歴史学の叙述=認識の要があることも、著者は力説する。」−−アナール派やテッサ・モーリス=鈴木(「全体」という概念に批判的;>大きな物語)と異なるが、これらへの言及なし。

●2JB27
・オルテガ

・大学の使命
・玉川大学出版部 1996.
・ORTEGA,
・大学、教養、人文学、「悪しき習慣」(12)、

●2JB28


・立教大学<全カリ>のすべて リベラル
・アーツの再構築
・東信堂 2001.02.2100Y.

・リベラル
・アーツ、カリキュラム、(教養教育?)、

●2JB29
・城達也

・自由と意味 戦後ドイツにおける社会秩序観の変容
・世界思想社 2001.2200Y.
・JYOU.T.,ADORNO,ELIAS.N.,KANT,GREIFFENHAGEN,GAY.P.,GOETHE,GEHLEN,JAY.M.,SCHELSKY.H.,SCHIMITT.C.,DUBIEL.H.,NIETZSCHE,HEIDEGGER,HAB.,FOUCAULT,FREYER.H.,HUMBOLDT,HEGEL,HORKHEIMER,MULLER.J.,MOSSE.G.L.,JASPERS,LUEBBE.H.,LUHMANN,LEPENIES.W.,LENK.K.,
・戦後ドイツにおける社会秩序観の変容、古典的知識人、教養、戦後知識人、ドイツ教養階層、科学主義的な世界構築、批判理論、
・筆者:熊大。社会学。京大院修了。

●2JB30
・現代アメリカ教育研究会ED.

・特色を求めるアメリカ教育の挑戦−−質も均等も
・教育開発研究所 H.2.

・1980年代アメリカ教育改革議論、エクセレンス、コア
・カリキュラム、一般教養教育、AP試験、

●2JB31


・別冊 環 2 特集:大学改革
・藤原書店 2001.03.1800Y.
・TADA.T.,SAKAKIBARA.E.,KAWAKATSU.H.,WALLERSTEIN,BOURDIEU,KITAGAWA.S.,NAKAUCHI.T.,YAMAGUCHI.M.,/HEIDEGGER,
・大学改革、W:「大学、そして学の未来へ」、社会科学、B:「大学的知とは何か:スコラ的理性の批判」、哲学、社会学、歴史学(71,76)、北川:「ハイデガーの大学論」、中内:「日本の大学制度の社会史」、「座談会:日本の大学の現在」、古藤晃:「漂流する「大学改革」論議:90年代に急浮上した「大学改革」問題の背景を探る」、一般教養(156)、記憶力偏重の入試の是正、SP1試験(≒SAT)(164)、/「「大学改革」のためのブックガイド」、
・164.「改革の目標として大学入試の多様化が挙げられていますが、その眼目は記憶力偏重の入試の是正と言えます。改善のための具体的な指針は打ち出されていませんが、現状に代わる、あるいはそれを補うものとして、昨今企業が入社試験で採用しているSPI試験や、アメリカ合衆国で行われているSAT..に近いものだと考えてよいでしょう。」

●2JB32
・田中成明

・転換期の日本法
・岩波書店 2000.3400Y.
・TANAKA.S.,KELSEN,KAWASHIMA.T.,HART,HAYEK,SCHMITT.C.,INOUE.T.,SATOU.K.,MIYAZAWA.T.,HIGUCHI.Y.,RAWLS,SAITOU.J.,
・法システム、現代日本の法状況、法システムの正統化、正義論、多様なリベラリズム正義論とその批判(44ff.)、リーガリズム、司法改革、/法の賢慮(JURIS PRUDENTIA)(54)、賢慮主義(PRUDENTIALISM)(395)、/プロフェッショナル教育、リベラル
・アーツ、教養教育、ジェネラリスト教育(392)、
・1-27,31-73,199-221,373-400 392.「ドイツやアメリカなどでは、リベラル
・アーツ的な幅広い教養を身につけた者に対するプロフェッショナル教育として行われているのに対して、わが国では....大学の法学教育は、従来、このようなプロフェッショナル教育は行ってきておらず、教養教育も満足のゆくものではないという状況をを改革する必要がある。」 394.「わが国では、社会の「法化」が進み、世界的に高等教育機関の役割の変貌が進むなかで、大学における法学の教育研究が、従来のジェネラリスト養成という、目的の拡散した法学教育を惰性的に続け、法曹養成というプロフェッショナル教育に適切に対応できなかったために、理論と実務の乖離を招き、法学の教育研究体制を歪めていたのである。」

●2JB33


・哲学
・哲学史論集 I
・北大哲学倫理学研究室 2002.
・APEL,BURCKHART.H.,
・A.:「政治、法、市場経済による外的強制を前にした共同−責任の倫理学としての討議倫理学」、B.:「共同責任の開発としての、討議における教養形成」、村上友一:「個体性と同一性−−バークリ、ロック、デカルト−−」、

●2JB34
・舘昭

・大学改革 日本とアメリカ
・玉川大学出版部 1997.2800Y.
・TACHI.A.,
・大学改革INアメリカ;日本、一般教育、教養概念、

●2JB35
・中井浩一

・「勝ち組」大学ランキング
・中公新書ラクレ 2002.680Y.
・NAKAI.K.,
・大学「トップ30」、大学改革、遠山プラン、教員養成系大学の縮小
・再編、教養教育(23)、大網化、

●2JB36


・論座 2002.07.


・「みずほ混乱の核心に迫る」、「パレスチナ紛争と中東政治の現実」、「脱
・マニュアリズムが「考える力」を育む」、「教育の階層差をいかに克服するか」、「新書だけで学び直す一般教養15講+α」、「アフガニスタンの戦争を総括する」、「京都合意を超えて」、

●2JB37


・論座 2002.09.

・KAYAMA.R.,YAMAGUCHI.J.,SONE.Y.,SEKI.H.,IKUI.H.,NAKAYAMA.H.,
・住基ネット、日本語ブーム、「岐路に立つ小泉政権と民主党」、「ノンフクション「教養派」15選+α」:少年犯罪;「弱者」;言論の自由;失われた10年;科学者VS.素人;共産主義禍;中山元:「ひとはなぜ哲学者になるのか」、北朝鮮、

●2JB38
・寺崎昌男

・大学教育の可能性−−教養教育
・評価
・実践−−
・東実践 2500Y.

・大学教育、教養教育、評価、

●2JB39


・PROSPECTUS N.5.特集:クリティカル
・シンキング
・京都大学大学院文学研究科哲学研究室 2002.
・SHINAGAWA.T.,IWASAKI.G.,YOSHIDA.H.,/MITANI.N.,DEGUCHI.Y.,
・クリティカル
・シンキング、教養教育、

●2JB40
・小田中直樹

・歴史学ってなんだ?
・PHP新書 2004.680Y.
・ODANAKA.N.,
・C0:悩める歴史学、C1:史実を明らかにできるか、歴史書と歴史小説、「大きな物語」は消滅したか、「正しい」認識は可能なのか、C2:歴史学は社会の役に立つか、従軍慰安婦論争と歴史学、歴史学の社会的な有用性、「日本人」というアイデンティティ、C3:歴史家は何をしているか、高校世界史の教科書を読みなおす、日本の歴史学の戦後史、歴史家の営み、CX:歴史学の枠組みを考える、「物語と記憶」という枠組み、「通常科学」とは何か、「コモン
・センス」とは何か−−新しい「教養」、

●2JB41


・社会と倫理 16
・2004.南山大学
・OKUDA.T.,TAKEUCHI.H.,BESSHO.Y.,YAMADA.A.,
・奥田:「応用倫理学論序説−−担い手、方法、名宛人」、竹内洋:「教養主義の盛衰」、別所良美:「「歴史の真実」と「ネイション
・ステイト」、ナショナリズム、人間の実存的欲求であるアイデンティティ欲求、宗教、
・別所:48. 「アンダーソンによれば、近代になって宗教的な信仰が薄れてきたが、そのために空いた人間の心の空白を埋めるもの、それが「ナショナリズム」だということになります。彼自身はこれほど明確に断定していませんが、ほとんどそういう説明になっています。ナショナリズムとは、人間の実存的欲求であるアイデンティティ欲求が宗教によって満たされなくなった時代に、代替欲求対象としてのネイションに対する情念的結びつきのことであり、それゆえ、人間の実存にとって不可避な現象だということになります。....」

●2JB42
・加茂直樹代表

・社会哲学研究資料集 V
・2004.03.
・KAMO.N.,ISEDA.T.,ISHIMURA.K.,ITOU.M.,KASHIWABA.T.,KATOU.K.,CHIBA.T.,TSURUTA.N.,SAKAI.A.,SHIMANOUCHI.A.,SUGA.F.,NAGAOKA.S.,MARUYAMA.T.,YANAGISA.Y.,/ABIKO.K.,/MURPHY.J.G.,MACINTYRE,DWORKIN.R.,ALFORD.C.F.,SUNSTEIN.C.R.,/MOUFFE,SCHMITT.C.,NANCY,
・伊勢田:「感傷性の倫理学的位置ずけ」「日本における動物愛護運動の倫理観」、石村久美子:「中絶と女性の自己決定権」、伊藤/柏葉:「予防原則の倫理学的含意−−BSE対策を事例として−−」、加藤:「「政治的なもの」をめぐって−−シュミットとムフ」、千葉胤久:「現在の日本におけるスピリチュアルペイン理解をめぐって」、鶴田:「シンガーの動物解放論」、坂井:「教育評価の方法−−教養教育の「目的目標」と「教育の効果」」、島内:「テロリズムの帰結主義的正当化論の検討」、菅富美枝:「「社交」としての自発的援助
・支援行為」、長岡:「ナンシー
・クルーザン裁判」、丸山:「水俣病事件
・環境正義
・予防原則」、柳澤:「「心の教育」について考える−−『心のノート』の何が問題か−−」、M:「仕返しすること:赦しとその限界」、M:「愛国心は徳なのか?」、D:「ヘルスケアに関する分配における正義」、A:「ホイッスルブーワーたち:破壊された生活と組織の権力」、

●2JB43


・論座 2007.02.特集:時代と表現/「コピペ「化される教養

・KOBAYASHI.Y.,SATOU.K.,SUGITA.A.,UCHIDA.T.,ABE.S.,TAKAGI.H.,NONAKA.H.,
・教養、「複製時代の政治」、ニセ科学、ジュニア京都検定、高木:「「郷土愛」と「愛国心」はどのように繋がれてきたか」、「感情の衝突」、

●2JB44


・世界思想 2001-春,n28

・KATOU.H.,SATOU.M.,TAKEUCHI,Y,M
・教養、

●2JB45


・論座 2006.12.総力特集:北朝鮮核問題


・北朝鮮核問題、消えゆく教養、世論と政治、スキャンダル、

●2JB46 @
・茂木健一郎/林望

・教養脳を磨く!
・NTT出版 2009,1200Y.
・MOGI.K.,HAYASHI.N.,
・教養、

●2JB47


・世界思想 N.36.2009-春 特集:大学と教養

・UCHIYAMA.K.,TAKEUCHI.H.,TAKEO.J.,BANNDOU.M.,
・大学と教養、中央教育審議会答申、センター入試、リベラル
・アーツ≠一般教育(16)、

●2JB48
・アーノルド.D.

・環境と人間の歴史
・新評論 1999.06.2800Y.
・ARNOLD.D.,
・近代の自然観、環境、「風景と国民的アイデンティティ」、ジェファーソン的風景、原野、

●2JB49
・高田理惠子

・グロテスクな教養
・ちくま新書 2005.740Y.
・TAKADA.R.,TANIGAWA.T.,TOSAKA.J.,YOSHINO.G.,MIKI.K.,NAKANO.Y.,KATOU.S.,KAMEI.K.,MIURA.M.>KARAKI.J.,MASHIMO.S.,TAKEYAMA.M.,YAMAMOTO.Y.,SHOUJI.K.,NAKANO.K.,MIYADAI.S.,ABE.K.,YAMAZAKI.M.,ASABA.M.,AZUMA.H.,TACHIBANA.T.,MIURA.H.,TAKAUCHI.Y.,KARATANI.K.,ETOU.J.,HASUMI.S.,NISHIBE.S.,NATSUME.S.,MASAMUNE.H.,TSUTSUI.Y.,ABE.N.,UENO.C.,INOUE.S.,NODA.N.,MOSSE.G.,TSUTSUI.K.,OGUMA.E.,MARUYAMA.M.,HASHIKAWA.B.,YAMADA.M.,ASADA.A.,NAKAZAWA.S.,
・教養、戦争、出版社、教養主義の二重構造、唐木:修養>教養派:享受、ニュー
・アカデミズム、日本的教養主義、「アカ
・ジャー」(西部)(136)、
・AUS:松下(JA7275) 022.唐木(『現代史への試み』):修養。/023.「「放蕩に走ろうとする諸欲望、諸煩悩をおさえて、典型に従って自己を型にまで仕上げること」、つまり「自己規制による自己形成」を目指した「修養」にたいして、大正期の「教養派」(唐木の命名)の方法である「文学と人生論についての古今東西に渉っての読書」は、たんなる「葛藤のない享受」にすぎない。..../だが、ここで注目するべきは、唐木のメッセージ自体が、すぐれて「教養派」であったことのほうだろう。....三浦雅士..『青春の終焉』..../024.教養俗物を批判したニーチェを喜んで読んだのが、当のドイツ教養市民たちと日本の「教養派」であったように....。むしろ、本当に皮肉な成り行きは、唐木の教養主義批判的な教養主義への批判が出てこなかったことなのだ、と三浦は続ける。」 127.「そもそも、ニューアカデミズムと呼ばれた現象が日本的教養主義の最後の姿ではなかったか、とはよく指摘されてきたことである。」

●2JB50
・三浦雅士

・青春の終焉
・講談社 2001.
・MIURA.M.>KARAKI.J.,
・教養、
・AUS:高田りえこ

●2JB51
・唐木順三

・現代史への試み
・筑摩書房 1963.
・KARAKI.J.,
・修養>教養、
・AUS:高田りえこ

●2JB52
・唐木順三

・唐木順三全集 第三巻:「増補 現代史への試み」+
・筑摩書房 S.42
・KARAKI.J.,
・修養>教養、/「現代史への試み」(ORG:S23-):二:個性に立つ教養派の擡頭:大正昭和の教養≠ルネッサンスの、性格人、
・96. 「大正昭和の教養が、個性と文化財を尊重したこと、人間、人生の問題を中心にしたこと、さういふ点は、かのルネッサンス時代のヒューマニズムを連想させるかもしれない。然しそれは似て非なるものであった。ルッネサンス人は古典を自らの意志で選びとった。ギリシア、ローマを選んだといふこと、.... 97.それはルネッサンス人が単に個性ではなく形をもつたといふことである。性格人であつたといふ証拠である。それは政治的ですらあつた。ところで、大正以来の教養は自らの手で古典を選んだか。バイブルからホイットマンにいたるまで、すべてが古典であるといふことは、何物も古典ではないといふことである。」

●2JB53
・吉永圭

・リバタリアニズムの人間観
・風行社 4725Y.
・YOSHINAGA,HUMBOLDT,
・リバタリアニズムの人間観、教養(BILIDUNG)、

●2JB54
・越智道雄ED.

・リベラル
・アーツと大学の「自由化」−−教養
・専門科目の活性化をめぐる考察
・明石書店 2005.
・OCHI.M.,TUCHIYA.K.,/DEWEY,
・土屋:「リベラル
・アーツ教育の可能性」:教養、世界市民主義、
・AUS:宗像2009

●2JB55
・タフーリTAFURI.M.

・建築神話の崩壊
・彰国社 1981.
・TAFURI.M.,BENJAMIN>ENGELS,PIRANESI,SIMMEL,BAUDELAIRE,
・アヴァンギャルド(95)、尚古主義、19世紀の曖昧さ、ロマン主義的折衷主義、大都市(メトロポリス)、風景画(6)、自然観(7)、都市資本主義(7)、メトロポリスの群衆に関するENGELSの記述(反動的態度)からBAUDELAIREの群衆に対する考察へと移っていく道筋(97)、テクノロジー、
・AUS:TEN PLUS ONE N.7,31. 53. 「折衷主義の建築が工学技術テクノロジーの発達に厳密に対応し得なかったのは、その《精度の世界》を真正面から受け止めようとしなかったからにほかならない。これに対して、都市は工学技術の進歩とそれがもたらす様々な対立を一身に引き受けようとしたのでのである。」 54. 「尚古主義的な郷愁と崇高さへの飛翔とを持って、ピラネージに、聖なるものの失墜という恐るべき予言を開示させたあの曖昧さは、またその半面、ロマン主義的折衷主義が情け容赦ない人間環境の商品化に加担する上での手段ともなっていく。」 54. 19世紀の曖昧さ←偽りの誠実さ 96. BENJAMIN > ENGELS(「いまだ地方色豊なドイツの出身者」)の「都市における群衆への《精神的反発》」(『著作集15』)

●2JB56
・井上章一

・アート
・キッチュ
・ジャパネスク−−大東亜のポストモダン
・青土社 1987.
・INOUE.S.,
・ポストモダン、ファシズム、キッチュ、帝冠様式、ナショナリズムの表現、日本趣味、モニュメンタリズム、ポストモダンの源流、

●2JB57
・宇波彰

・メドゥーサの眼 写真の社会学
・青弓社 1986.1500Y.
・UNAMI.A.,BENJAMIN,ADORNO,BARTHES.R.,L.-STRAUSS(83),GILARD(85),
・写真、記号論、キッチュ、ブリコラージュ(83)、ポスト構造主義(85)、
・85.ポスト構造主義とキッチュとには重なり合うものがある。

●2JB58
・カリネスクCALINESCU.M.

・モダンの五つの顔
・せりか書房1989.
・NIETASCHE,BAUDELAIRE,
・モダン、ポストモダン、アヴァンギャルド、デカダンス、キッチュ、

●2JB59
・斎藤稔ED.

・芸術文化のエコロジー
・勁草書房 1995.
・SAITOU.M.,AOYAMA.M.,KUNIYASU.H.,KUBO.M.,AIZAWA.T.,NISHOMURA.K.,SUGIMOTO.T.,/GILPIN.W.,ALISON.A.,
・「人間と自然環境」「自然とテクノロジー」「コスモロジーからエコロジーへ」「風土
・環境
・芸術」「表象としての風景美」「キッチュの美学」「建築のエコロジー」、ピクチャレスク(113,119)、風景の性格(119)=景色が醸し出す情緒的特質、
・相沢:116.N GILPIN ON ピクチャレスク:1.風景における多様性(=偶有的な美:CF.枯れ木、天候)→ピクチャレスク/2.風景の全体的構成が「壮大な一つの風景が、それと調和しそれに二重の価値を与える偶然的な状況の雰囲気を伴って、予期せず眼に飛び込んでくる時ほど、大きな喜びはない」といったとき=ピクチャレスクな景色 117.N G.:「我々が賛美する景色を今楽しむことよりも、それを二三本の瞬時の線によって、回想しつつ記録として書き留めることのほうが喜びは大きい。」 119.ALISONは:想像力に強い印象を与えて美や崇高を高める効果を与えるもの(例えば廃墟)をピクチャレスクな対象と名付けている。 122.英国のロマン主義以前の風景論の傾向:1.ピクチャレスク美学、2.観念連合美学、3.崇高美学。3.に対する1,2,の、表象としての美→人々

●2JB60
・佐野正彦+

・リアリティの社会学
・八千代出版 1990.
・DURKHEIM,GARFINKEL,LYOTARD,BELL.D.,GOFFMAN,FOUCAULT,BERGER.P.,BLAU.P.M.,
・異常と正常、常識、エスノメソドロジー、消費社会、キッチュとガシェット、スティグマ、レイベリング、逸脱アイデンティティ、権力、統制、子供、まなざい、ミクロ権力、

●2JB61
・高橋英夫

・ブルーノ
・タウト
・講談社学術文庫 1995.900Y.
・TAKAHASHI.H.,TAUT.B.,WATSUJI.T.,INOUE.S.,HORIGUCHI.S.,KISHIDA.H.,SHIRAI.K.,ORIGUCHI.S.,SAKAGUCHI.A.,
・東照宮、桂離宮、キッチュ、

●2JB62
・西村清和

・現代アートの哲学
・産業図書 1995.09.2678Y.
・NISHIMURA.K.,REYLE.G.(157),WORRINGER,
・現代アート、美的モダン、アヴァンギャルド、美しくない「芸術」、作品、フィクションの快楽、歴史と物語、趣味、キッチュ=際物、写真、ポップ、美的多元主義、「美術館的墓地」、R.on 快楽、悪趣味、ネオ
・キッチュとしての広告、ハイ
・キッチュ(150)、VIEW≠LANDSCAPE(風景)、
・149.キッチュ:日本語で言うと:「際物(入り用の季節の「まぎわ」にだす商品)」 149.キッチュと呼ばれるもの:「寄生の美学」に立つ美的対象(=状況や経験に寄生してはじめて美的経験を可能にするもの) 153.キッッチュ的態度:人間の自然本性からするひとつの美的ふるまい156.アートワールドにおける「理由づけのディスコース」という文脈におかれる作品とはちがって、キッチュとは、さしあたり個人的趣味のレベルで享受され消費される美的現象なり。 242.キッチュが一切ない世界:ある種の全体国家や、戦争や災害による危機状況の風景に似ているだろう。−−150.CF.WORRINGER:「美術館的墓地」 171.写真家が言うview≠伝統的なlandscape

●2JB63
・美術出版社ED.

・現代芸術事典
・美術出版社 2500Y.
・KIEFER.A.,
・現代美術、アール
・デコ、遠近法、キッチュ、芸術至上主義、シュルレアリスム、ツァイトガイスト、ネオ
・ダダ、ポストモダン、未来派、モダニズム、

●2JB64
・前田愛

・文学の街
・小学館ライブラリー 1991.ORG.:1986.
・MAEDA.A.,KUNIKIDA.D.,TANAKA.Y.,/KARATANI.K.,
・リアリズム(69)、風景、スノッブ、キッチュ、表参道(ヴールヴァール風の景観)(261)、/都市空間、名所、歌枕(279)、
・279.解説:日本における「名所」とは、実は、「名所(などころ)」で、その場所には言葉の記憶が堆積しているのだ、とかつて前田さんから教えられたことがある。

●2JB65
・吉田鋼市

・アール
・デコの建築 合理性と官能性の造形
・中公新書 2005.700Y.
・YOSHIDA.K.,
・アール
・デコの建築、アール
・ヌーヴォー、キッチュ、乾いた官能性、ファッションの時代、キャバレー、キュビズム、バウハウス、ポスト
・モダン、ファサード保存の功罪、

   

   3. JA


●2JA1
・HAB.

・日常語
・学術語
・教養語
・外国文学研究(同志社)N.33/34。1982.
・HAB.,STEG.,ESLER.W.E.,
・日常語
・学術語
・教養語、専門語、社会化、

●2JA2
・三宅晶子

・ベンヤミンのテクストに鳴り響くベルの音
・思想 1994-06.840.
・MIYAKE.A.,BENJAMIN,HITLER,
・キッチュ、ファシズムにおける大衆とメディア、映画、

●2JA3
・太田喬夫

・美的享受と美的価値
・美
・芸術
・真理
・OOTA.T.,GEIGER.M.,GIETZ.L.,
・美的享受、キッチュ、単なる喜びの態度、美的価値の特性、快、深さ、
・183.N G:1.単なる喜びの体験≠2.享受体験。享受体験≠3.美的享受の体験 184.1.は、その動機を享受の外に求めうる。2.はできぬ。自己充足的。3.は観照の契機によって2.から区別される。観照:KANTの「無関心的満足」OR「静観」に近い。 189.キッチュの享受(≒ディレッタンティズム)。N ギーツ:キッチュはキッチュ享受をおこなうキッチュ人間の独特の態度、すなわち対象との間の距離感を喪失させ、超越を志向せず、主観内在化を好む態度に起因する。 192.N G:美的価値独自の契機:1.直観性、2.唯一無二性、3.「自我の調和的一致」としての快 + 実存的意義を主観に与えること。 195.N G:深さが、美的体験の決定的なこと

●2JA4
・RAJCHMAN.J.

・AnywhereとNowhere
・Anywhere 1994.
・RAJCHMAN.J.,ARENDT,HEIDEGGER,DELEUZE,FOUCAULT,
・NOWHERE、ヘテロピア、キッチュな消費主義、柔らかいニヒリズム、場所を持たぬもの=U-TOPIANS、
・271.D.におけるNowhere:すべての場所を超越する何かではなく、またどんな所与の場所にも位置づけられないし、それが生じるどんな場所にも完全には限定されないような何かの到来を意味している。 272.それは:FOUCAULTが「ヘテロピア」とか「他の空間」と呼ぶものなのである。 272.現代のわれわれ場所を持たぬものu-topians。 274FF.Anywhereについての三つの考え: 1.普遍的理性のA.、2.シュミレーションのA.、3.「現実的潜在性のA.」2.は:ほかのすべてのものとすべての場所の終りを告知する柔らかいニヒリスム−−すなわち、キッチュな消費主義のエートスに典型的な、シニシズムと感傷、パニックと麻痺の間の揺れ動き−−に行き着く。

●2JA5
・筒井清忠

・書評:カーノカン.W.B.『カリキュラム論争−−アメリカ一般教育の歴史
・朝日新聞 1996.03.10.
・TUTUI.K.ON CARNOCHAN.W.B.,
・カリキュラム論争、アメリカ一般教育の歴史、「新しい教養」、

●2JA6
・多木浩二

・一九世紀都市と視線
・講座 20世紀の芸術 1 1989.
・TAKI.K.,BENJAMIN,オースマン,
・19世紀都市、パノラマ館、支配する眼、産業のもたらす新しい視線、写真、パサージュ、鉄道、写真、イリュージョン(キッチュ)、折衷、ブルジョワジー、資本主義、
・237.この独房[オースマンの言う独房]こそ、19世紀のブルジョワジーが都市のなかにそだてあげる個人主義の室内空間であった。B.がそのことに注意したのは、都市全体が資本主義に対応して一種の全体的機械として形成されていくことの不可欠の対現象としての室内空間と私生活の発達があったことであった。またこのスウィート
・ホーム(家族の空間)の幻想は奇妙なほど、パノラマ館が一望監視のシステムをつくりだしつつ、しかも完全に窓のない密室であったこと、密室であったからこそあのイリュージョンが可能であったことに似ていたのである。 239.むしろ装飾的なイリュージョン[キッチュ]と鉄骨に示される産業社会のリアリズムとが必然的に並存し....。ブルジョワジーには経済的な資本以外に歴史と文化の資本が必要であった。 247.家族の写真:現実の歴史(物語)化。

●2JA7
・道籏泰三

・悲劇(トラウアーシュピール)としてのパサージュ−−ベンヤミンにおける「覚醒」についての一視点
・ドイツ文学研究(京大総合人間)40.1995.
・MICHIHATA.T.,BENJAMIN,
・悲劇、パサージュ、バッロク、19世紀前半のパリのパサージュ(128)、エンブレーム(寓意画)−−商品(130)、ファンタスマゴリー(131)、フェティッシュ、モード、永劫回帰、亀(134)、マキャヴェリスト、キッチュ(145)、原史、復活のアレゴリー(148)、アレゴリー詩人−−フラヌール(149)、室内(150)、商品の弁証法、覚醒、
・156.B.:「イメージと目覚めの弁証法を強力にわがものとする」(1935.08.16付け,アドルノ夫人宛て書簡:Br.2-688)

●2JA8
・大友正広

・文字に書かれなかったものを読む身体−−ヴァルター
・ベンヤミンの「イメージ」の生産圏と「パサージュ論」構想の生成
・人文論集(静岡大学)43-2.1993.
・BENJAMIN,
・パサージュ論、空間と身体の関係(95)、「夢のキッチュ」(94)、

●2JA9
・道籏泰三

・ボロとクズの弁証法
・現代思想 1992-Z:特集:ベンヤミン
・BENJAMIN,MICHIHATA.T.,ADORNO,BRETON,
・アウラ、シュルレアリスト、アレゴリカー、キッチュ、ユートピア、原史、集団の無意識、
・59. シュルレアリストたちは、アレゴリカーが死物に眼を向けるように、商品経済のなかで廃棄された物たち、次々と斬新なものを市場に提供することによってしか存続できない永劫回帰のサイクルから脱落した「げてもの(キッチュ)」たちからイメージを汲み、それを公然と人前にさらす。  「物が夢に向けるのは、キッチュとしての側面なのだ」(『夢のげてもの』著作集8,46-7) 61. だがいったいなぜ19世紀なのか 61. 集団の無意識のなかに保管されているこの〈原史〉の経験が、新規なものと浸透し合うことによってユートピアを生み出す。 62. ADORNOのからの引用(パサージュ論のメモN5・2)−−これはみごとにB.の方法を核心をとらえている。

●2JA10
・江上計太

・「崇高」と「キッチュ」という対極
・美術手帖 1994.06.N.689.
・EGAMI.K.,
・崇高とキッチュ、インスタレーション、アウラ、
・108.「崇高」と「キッチュ」という対極的な理念が同等の価値をもって交錯しているような世界が実現できれば、.....。

●2JA11
・多木浩二

・倉俣史朗のデザイン 過剰からゼロへ 消費社会を逆照射
・朝日新聞 1996.07.04.夕刊
・TAKI.K.,KURAMATA.S.,
・消費社会、デザイン、キッチュ、
・デザインの成熟=資本主義の成熟と不可分。/消費社会は悪しき趣味しか育てない。....デザインはキッチュになる宿命をもっていた。/倉俣はまったく本能的に、それらを避けねばならないことを理解していた。

●2JA12
・藤田治彦

・ウィリアム
・モリスと反修復運動
・美学 184.46-4.
・FUJITA.H.,MORRIS.W.,RUSKIN,
・反修復運動、古建築物保護、好古協会(THE SOCIETY OF ANTIQUARIES)VS建築家(2)、、歴史的建造物、(歴史主義)、修復、復元、保存、
・6.R.in 『建築の七灯』:「古い建物には何らかの生命が、かつてそこにあったものの、そしてそれが失ったものの、何か神秘的な暗示があった。雨や太陽によって残された柔らかな線に、えも言われぬ甘美さがあったのである。」:歴史的建造物は歴史的記録なのではなく、歴史そのものなのだ。 8.R.は修復に代わる保護[
・保存]という理念を指し示す。 10. MORRIS in 「装飾芸術」:....:M.にとって古建築物は大自然に遠い都市部ではそれに代わるものであり、歴史そのものであった。そこに学び、その偉大な過去を想うことを通じて、現代の醜悪さ再認識するべきである。そのようなデザインの教育を通じて高貴でかつ民衆的な芸術の出現を期するべきであるとM,は説く。    / 11. Restoration:修復; Reconstruction:復元; 7.Preservation:保存

●2JA13
・鈴木聡

・岐路に立つ国民教養
・講座 学校 I 柏書房 1995.
・SUZUKI.S.,
・科学の制度化、アマチュアリズムの復権、国民国家、国民共通教養、義務教育、

●2JA14
・筒井清忠

・教養の芳香と形骸化
・朝日新聞 1997.02.02.
・TSUTSUI.K.,MOSSE,NODA.N.,
・教養、人文的教養、ドイツ型、

●2JA15
・貝瀬英夫

・スコットの『好古家』の特異性
・国士館大学教養論集 33.1995?
・KAISE.H.,SCOTT.W.,
・『好古家』、過去、歴史、

●2JA16
・筒井忠

・「新しい教養」へのヒント
・季刊アステイオン 1997-新年
・TSUTSUI.K.,
・新しい教養、中国的教養、文人趣味、

●2JA17
・鷲田清一

・「教養」とは何か(阿部謹也著)
・正論 1997-08.
・WASHIDA.K.ON ABE.K.,TANAKA.M.,HAB.,
・教養、公共性、「なくて、ならぬ」もの(アネアンカイオン)−−「最も必要なものだけの国家」(田中)、アレテー、

●2JA18
・中川理

・「鴨川にパリ風の橋」論争を考える
・朝日新聞 1197.12.19.夕刊
・NAKAGAWA.O.,
・「鴨川にパリ風の橋」論争、京都、景観、キッチュ、

●2JA19
・長谷川宏

・ヘーゲルは国家主義者ではない
・大航海 NO.20.
・HASEGAWA.H.,HEGEL,
・『精神現象学』、国家、教養、絶対知、
・101.「絶対知を求めて世界を遍歴する意識が、ドイツ国籍の意識だったり、ドイツ国家を強く意識する意識だったりすることはありえなかった。」/「いうならば、『精神現象学』の意識は、「ナショナルな」意識ではなく、「インタナショナルな」意識だったのである。」/「ヘーゲルは国家の哲学者というよりも知の哲学者と呼ぶほうがはるかに似つかわしい。」

●2JA20 @
・堀尾輝久/小林陽太郎

・学校はエリートを育てるべきか(対論)
・朝日新聞 1998.08.31.
・HORIO.T.,KOBAYASHI.Y.,
・リベラルアーツ(一般教養)、哲学、
・K.:「リベラルアーツ(一般教養)の作り直しが必要です」 K.:「アメリカではリベラルアーツ中心の小さな大学が隆々と続いています。企業人が哲学や思想を勉強するアスペン研究所のような組織も大切にされている。」

●2JA21
・宮島喬

・文化的再生産の社会学
・社会学評論 47-4.
・MIYAJIMA.T.,BOURDIEU,
・教養、

●2JA22
・蓮沼啓介

・教科書論争への提言−−講座派史学の病幣
・あうろーら N.12(98ー夏)
・HASUNUMA.K.,
・講座派史学、一般教養の転回と展開IN明治、日本史の時代区分論、

●2JA23
・米本昌平

・教養
・教育の危機(論壇時評)
・朝日新聞 1999.02.25.夕刊
・YONEMOTO.M.,YAMAZAKI.M.,KAWAKAMI.R.,SASAKI.K.,
・教養
・教育の危機、

●2JA24
・松原隆一郎

・論壇崩壊?(ウオッチ論潮)
・朝日新聞 1999.03.30.夕刊
・MATSUBARA.R.,AZUMA.H.,YAMAZAKI.M.,
・論壇崩壊?、教養、

●2JA25
・西井正弘

・京都大学における教養教育−−「比叡山フォーラム」に参加して
・書斎の窓 1996.11.
・NISHII.M.,
・教養教育、一般教育、全学共通科目、英語教育、

●2JA26
・大森淳史

・虚偽の行方−−制度としての「芸術」
・神林恒道+EDS.『芸術における近代』1996.
・OOMORI.A.,HEGEL,NIETZSCHE,DANTO,
・歴史的教養の害悪、教養の神殿、ロマン主義、近代性、過去への観念的憧れ、N.>「美的遊民」(268)、「ポスト
・ヒストリー」(D.278)、
・266.「ロマン派的な漂う精神性は、ある意味で、真の近代性..を告げ知らせるしるしでもある。それは、近代の「自由な精神」にとって、いわばやむを得ぬ運命のようなものでもある。宗教を中核とするその実体的基盤を失った芸術は、今度はその「自由さ」において空々漠々たる普遍的人間性の理念を頼りに....が、それはまた芸術がどこにも居場所を持たない根無し草的存在になっていったことをも意味している。そうした根無し草的芸術にとって、過去を観念的に憧れ、過去の知識を集積
・分類し、これを信奉し、....というようなことが一般的現象として起こるようになる。「今日....反省的教養と批判....が芸術家の心をとらえている」。....という事態の中にH.が「芸術の崩壊」を口にしなければならなかった重要な要因が存在する。」/H.がみたこの「害悪を、生の名においてはげしく糾弾したのは、N.であった。」

●2JA27


・「小学校から教養教育」
・朝日新聞 2000.05.30.

・教養教育IN小学校、人間形成、倫理性、歴史
・文学、環境問題、教養人、少年事件、
・「....。「学校が受験指導に偏り、幅広い人間づくりを怠ってきたのではないか」との反省から、もっぱら大学で実施されてきた教養教育を、小学校段階から採り入れることを視野にいれている。....学校では受験に必要がない部分を省く傾向が強く、倫理観や幅広い物の見方が養われていないという指摘がある。折しも少年事件が続発していることから、「処方せん」の一つとして、規範意識を持たせられるよう、早い時期から教養教育を採り入れることが発案されたという。....中教審内部では....「小、中、高校でも環境問題や歴史、文学などを素材に教養教育を進めて人格を形成する」といった意見がある。....大学教育をめぐっては、全人的な教育機能が弱まっているという指摘がある。....企業には「中途半端な専門教育よりも、教養人として洗練された人材を迎えたい」という要請が強まっている....。職業上必要な高い倫理性を身につけられる教育....。」

●2JA28
・長田謙一

・帝冠様式と博物館
・立命館
・言語文化研究 9-1.1997.
・NAGATA.T.,KISHIDA.H.,MAEKAWA.K.,HORIGUCHI.S.,
・帝冠様式、ファシズム、アイデンティティ、和洋折衷、モダニズム、大東亜建築、キッチュ、
・AUS:JA5233

●2JA29
・瀬口昌久

・文化における哲学の位置
・アルケー N.8.2000.
・SEGUCHI.M.,PLATON,FUJISAWA.N.,
・テクネーの知と哲学の知、文芸への批判、パイデイアー、教養、

●2JA30
・竹内洋

・大学という病 第二章 黄色いノートと退屈な授業
・中央公論 2001-02.
・TAKEUCHI.H.,OOMORI.Y.,
・大学崩壊、教養主義、マルクス主義、経済学部の誕生、

●2JA31


・「教養」小学校から教育
・朝日新聞 2000.11.27.

・教養教育IN小学校、N 中教審中間報告:教養=「一人ひとりが主体的に生きる資質や能力」、

●2JA32


・21世紀の大学像を求めて 理系と文系の総合探る
・朝日新聞 2000.11.26.
・KOBAYASHI.Y.,NISHIGAKI.T.,HASEGAWA.M.,ITOYAMA.K.,OKAMOTO.K.,HASUMI.S.,
・21世紀の大学像、理系と文系の総合、東大教養学部、

●2JA33
・大津栄一郎

・実用と教養
・図書 2002-01.
・OOTSU.E.,NINOMIYA.S.,
・実用と教養、小欲、大欲、
・1.二宮尊徳:「真の学問とは凡人の小欲を大欲へ導く手段である」

●2JA34


・教養教育充実へ重点大学
・日経新聞 2001.12.18.

・中教審答申案:教養教育充実、

●2JA35
・生駒俊明

・「大学システム改革への提言」 教育か研究か 自ら特化を
・日経新聞 2002.03.02.夕刊
・IKOMA.T.,ORTEGA,
・大学改革、教育か研究かの特化を、教養教育、社会貢献、
・「あくかでも本来の職務は教育と研究であり、その成果を社会に還元することが社会貢献である。」 「オルテガは大学の本質を教養教育に置き、その外側に専門職業教育を、さらにその外側に科学研究を置き、研究は大学でやっても良いし、やらなくても良いとする。これは教育と研究を同時に行うべきだとするフンボルト型の大学と相対するものであるが、社会の大衆化を見通したオルテガの洞察はまさに現在に通ずる

●2JA36
・石田英敬

・「教養崩壊」の時代と大学の未来(特集:大学−−「改革」という名の崩壊)
・世界 2002.12.
・ISHIDA.H.,
・大学「改革」、教養教育、

●2JA37
・寺崎昌男

・「大学問題」を見る
・教育学年報1,1992
・TERASAKI.M.,
・大学問題、単位制度、教養部の解体と一般教育、自己評価
・自己点検、

●2JA38
・加藤周一/フィールド.N.

・「教養」の再生のために
・世界 2003-10.
・KATOU.S.,FIELD.N.,/SO.K.,SONTAG.S.,
・教養、教養教育、CORE CURRICULUM、他者、

●2JA39
・関口昌秀

・共通教養論の問い直しと市民教育
・教育 2003.12:特集/「学力問題」を市民性教育にひらく−−シティズンシップの形成
・獲得−−
・SEKIGUCHI.M.,
・共通教養論、市民教育、あいまいな基礎学力という言葉、

●2JA40
・長谷川一

・「教養」、ノスタルジアの地政学ジオポリティクス
・創文 2004.1・2,N.461.
・HASEGAWA.H.,
・教養、人文書、人格陶冶、ノスタルジア、

●2JA41
・葛西康徳

・Humanities as an Activity
・創文 2004.1・2,N.461.
・KASAI.Y.,
・教養、ヒューマニティーズ、古典教育、

●2JA42
・竹内洋

・教養からの逃走−−東大生
・京大生の延命戦略
・中央公論 H.11-9.
・TAKEUCHI.H.,
・教養教育、学歴帰属、教養の終焉、

●2JA43
・坂井昭宏

・人文系教養教育の評価−−学部専門教育の創造的復権をめざして−−
・大学教育学会誌 26-1,2004.
・SAKAI.A.,
・一般教育、教養教育、基礎専門、カリキュラム、ローカル
・パラダイム、哲学
・倫理学、ポスト減、

●2JA44


・教養復権(大学の力5)
・朝日新聞 2003.01.06.

・教養教育、>大綱化、

●2JA45
・土屋盛茂

・プランクの実在論、決定論と物理的世界像−−カントの後継者、ポパーの先駆者として(一)
・香川大学教養教育研究,1.1996.
・TSUCHIYA.M.,PLANCK.M.,KANT,POPPER,HEISENBERG,
・実在論、決定論、物理主語的世界像、教養教育、因果性、不確定性原理、量子力学、
・AUS:JA7136. 129.「量子物理的事象で因果的法則性が成り立たないように見えたのは、実は、問いの立て方がまちがっていたためだ、ということが明らかになる。電子の位置と速度(運動量)を求めたり、....電子の軌道を求めたりするのは、古典物理学の世界像で行なわれていたことである。なぜなら古典物理学の世界像においては、「....個々の要素事象の各々は、直接時間空間的に近接する局所的事象によって、他を考慮することなく、一義的に決定されているということが、因果的な物理的思考の前提になる。」(1929,I,S.151)....ということが、因果的な思考の前提になっていたからである。ところが量子力学の世界像においては、物理的対象は、そのような局所的事象から成っていると考えることはできなくなった。むしろ、システム全体のすべての地点に関係129.する全体的なものと巻挙げなくてはならなくなった。

●2JA46
・小田川大典

・アーノルド『教養と無秩序』の生成と構造
・イギリス哲学研究 18,1995.(一部修正版)
・ODAGAWA.D.,ARNOLD.M.,HEINE,>BENTHAM;COMTE;MILL,ROUSSEAU(14),HERDER,
・教養、ギリシア気質
・ナザレ気質(7/23)、>機械的手段(9)、真の幸福、実際的利益、ピューリタニズム、「国民生活の主流」、国家、フマニテート(人間性)、
・12/23.A.:「....、そして真の幸福とは正しい理性の命令を好み、その権威に服従することだということを、人々が教養のもたらす光明によって悟るとすれば、我々は教養から実際的利益を得ることになる。」 19.「....という第3章の構想を放棄し、最終的な解決を或る種の歴史的実体としての国家、すなわち歴史の中で「思想と教養の主流」=「人間生活の豊かで大きな流れ」=「国民生活の主流」(V:245)を具現する現実的な国家に委ねてしまう。すなわち彼は「正しい理性」=「最良の自我」を現実の国家体制に実体化してしまったのである。」 23.n10:「A.は明らかにヘルダーの所謂「フマニテート」概念を念頭に置いている。」

●2JA47
・松浦良充

・リベラル
・エデュケイションと「一般教育」
・教育学研究 66-4,1999.
・MATSUURA.Y.,HUTCHINS.R.M.,BELL.D.,BLOOM.A.,TACHIBANA.T.,TSUTSUI.K.,KIMBALL.B.A.,
・リベラル
・エデュケイション(教養教育LIBERAL EDUCATION)(39)、一般教育、アメリカ高等教育、GENERAL E.(419),リベラル
・アーツ、ARTES LIBERALES理念
・LIBERAL-FREE理念(420)、「共通コア」カリキュラム、シカゴ大学、共通コア、ハーバード大学報告(1945)、ハッチンズ
・カレッジ、
・41.リベラル
・エデュケイションの二つの系譜:1。「弁論家」の系譜(n K:artes liberales理念):cf,Broome;2。「哲学者」の系譜(n K:lioberal-free理念):17,8世紀に。cf.Dewey。 46.「わが国における「教養」概念を、歴史社会学的に考察している筒井清忠によれば、日本語の「教養」には、次の3つの意味があると言う。「(1)専門に対する基礎としての教養、(2)幅広い知識としての教養、(3)文化の習得による人格の完成という意味での教養」である[『日本型「教養」の運命』1995,p.173]

●2JA48
・中井淳史

・集古の伝統 尚古の系譜−−日本歴史考古学の近代−−
・日本語
・日本文化 N.31,2005.大阪外大
・NAKAI.A.,TSUBOI.S.,YANAGIDA.K.,NAGAI.K.(6),
・「集古会」、収集家
・愛好家(3)、好古家(3)、歴史学
・考古学、モノ、坪井:「弄古、好古、尚古」(20)、
・4.AD 当時の盛況:八木:「其賑やかなることは一見浅草の仲店に類し、洵に欲界や、利益を忘れる小児遊びの様な感じが致しました。」(1935) 15.「彼ら[『集古会』メンバー]の作業は、現代の歴史学
・考古学の眼からみると一抹の違和感を覚える。これらを学問的素材としてとりあげるとき、私たちは通常、....。要するに、私たちの議論はモノを出発点としながらも、それがおかれていた世界を考えることを究極的な目的とするのである。しかしながら、彼らの論説はこのような視点をまったく欠いているのだ。ただひたすらに、モノの実態をみきわめることに紙幅が費やされているのである。」 20.両者間の距離の変化:「戦後の歴史考古学が社会経済史的視点を導入し、「歴史的」的考古学を志向していったことも看過できない。/古きモノを社会や経済のなかで評価する試みとは、必然的にモノよりコンテクストを重視する姿勢へとつながる。」

●2JA49
・日野龍夫

・偽証と古代学−−近世尚古主義者の遊び−−
・文学。。
・HINO.T.,FUJI.T.,
・近世尚古主義者の遊び、偽書、
・藤貞幹(45)

●2JA50
・相磯洋一

・「キッチュ」考
・安田女子大学紀要 23,2000.
・AISO.Y.,ISHIKO.J.,UMINO.H.,HATANO,TSURUMI.S.,
・キッチュ、知的好奇心、ポスト
・モダニズム、『限界芸術論』、コピー、写真、芸術、美意識、事例:こけし;ねぶた祭り:だんじり祭り;菊人形;銭湯、アールヌーボー、ビッグベン、日光(東照宮)、ガウディ、

●2JA51
・坂野徹

・好事家の政治学−−坪井正五郎と明治期人類学の軌跡−−
・思想2001-01,N.907.
・SAKANO.T.,TSUBOI.S.,TOMIYAMA.I.,YAMAGUCHI.M.,SAKAI.N.,TORII.R.,MATSUDA.K.,KATOU.H.,FUKUZAWA.Y.,YANAGIDA.K.,
・好事家の政治学、明治期人類学、国民国家「日本」、社会ダーウィニズム、好古家、度俗、遊び、「集古会」、博物趣味、古物、江戸時代後期、知で遊ぶ、オリエンタリズム、美人(176)、
・163.「日本における人類学研究の創始者が好事家と評されるような人間であること、これは一体何を意味するのだろうか。」 163.「坪井の多義的な知のあり方」 164.「古物への興味関心自体は、もともと江戸時代に起源をもつ。江戸時代後期には、石器や土器を含む様々な古物の収集
・研究がブームとなっており、....」 173.「五 好事家の政治学−−国家と遊びとのあいだ」 173.AD 集古会:「やがて....江戸文化趣味の会と化していったという。」 175.「西洋に由来する概念[未開
・文明]を受容する際、それがもつ政治性をどこかでずらし、好事家的知の中へと換骨脱胎せずにはいられない坪井の態度」 176.「彼自身の「組立写真」の実践が、絶えず「遊び」へと逸脱していく運動を内包していたこと」 177.「彼が自ら選んだのは、その知で遊んでしまうという方法だった。」

●2JA52
・桑原雅子

・民衆の科学技術理解をめぐって−−サイエンティフィック
・リテラシー再考−−
・桃山学院大学教育研究所研究紀要 9,2000.
・KUWABARA.M.,
・民衆の科学技術理解、リテラシー概念の変遷、読み
・書き
・算、個人の幸福、STS、「楽しい科学」、ナショナル
・カリキュラム、国民的教養、
・AUS:鈴木 3.「民衆の側の個々人の必要に応じたサイエンティフィック
・リテラシーをという主張がある。リテラシーの獲得を人権の問題ととらえる立場である。....個人の幸福....。」 4.「リテラシー概念の変遷」:5.署名リテラシー/1930年代米国:機能的リテラシー:日常の印刷物を読み理解する能力/第2次大戦後:拡張−−ユネスコ1962:「自分自身とコミュニティーの発展のために、読み
・書き
・算の技能を使っていける」−−IALS1995。/他方:人権の問題としてとらえる立場。/→コンピュータ
・L.;サイエンティフィック
・L./7.カルチュラル
・L.−−マルチカルチュラリズム;ナショナル
・カリキュラム(国民的教養) 9.「科学技術専門家が文化としての科学技術、社会のなかの科学技術という面でのサイエンティフィック
・L.をもっているかといえば、答えはノーである。」−−STSプログラム。 13.ゆとりの教育→「楽しい科学」。 /「国民的教養としての物理教育」(『物理教育』43-4,1995)

●2JA53
・原淳一郎

・近世における参詣行動と歴史意識−−鎌倉の再発見と懐古主義
・歴史地理学 47-3,2005.
・HARA.J.,OMOTE.T.,BITOU.M.,HAGA.S.,
・歴史意識、懐古主義、知的充足感(1)、知識欲的参詣(18)、教養人、

●2JA54
・山崎正和

・遊戯論批判
・中央公論 N1060,S.50.
・YAMAZAKI.M.>HEUZINGA,CAILLOIS,KUKI.S.,
・遊戯論批判、生産至上主義、休息、惰性からの飛躍、実生活、遊び、自由、遊び半分、まじめ、通人(262)、利己的満足(263)、余暇、効用、芸術
・哲学、いき、美意識、いなせ、目的、文化、スタイル、
・AUS:山田262.

●2JA55
・下澤和義

・ロラン
・バルトの晴雨計
・ユリイカ 1996-6.特集:ロラン
・バルト
・SHIMOZAWA.K.,BARTHES.R.,FLAUBERT,CAMUS.R.,/ABIKO,
・一種の贅沢な細部(161)、無意味な現実の断片(161)、天気(163)、/A:尚古主義、
・160.on B.on 晴雨計:「調整された観測機具、順調に動いている機械、それは気圏の複雑な系のなかで快調に動いていることの幸福であり、その幸福への誘引力だけが偏流してゆく欲望の有意津の導き手である。気圧計への視線は、カフェテリアでのジゴロとの視線の交換、言い換えれば、ルノー
・カミュにおいて「トリック」という隠語で呼ばれているものと同じ様な接触の経験なのだ。」 161.「晴雨計の存在....。その意味するところは「これが現実だ」−−あるいは、晩年の『明るい部屋』において、「写真」の本質として顕揚されている「それはかつてそこにあった」−−と読者に告げる効果、指向的対象的な錯覚の効果である。言い換えれば、具体的な現実の記号は、物語的な構造に組み込まれなくても、それだけで充足して存在しうるほど強力であるということ、これが近代の写実主義を支えている認識論的な地平ということになる。」 ABIKO:自己修正:こうしたものを尚古主義の例とするのはX。

●2JA56
・藤野一夫

・文化政策の公共哲学のために
・岩波講座 哲学 月報14(第15巻付録)
・FUJINO.K.,ADORNO,MIKI.K.,KANT,SCHILLER,GADAMER,HAB.,ARENDT,HASHIMOTO.T.,
・文化政策、美的モデルネ、反省的判断力、美的自律、美的仮象、芸術嫌悪、美的遊戯論、アゴーン、
・1.「近代市民社会の中で確立された美的自律性は、現実社会における近代化
・合理化とその根を同じくしながらも、「美的仮象」の理念化作用によって社会的近代に対抗し、その矛盾を深く抉り出す超越論的原理を担ってきた。それは科学技術な市場経済の合理化とは異なる「もう一つの近代」といってよい。その「美的モデルネ」を生み出す源泉となったのは、カントの「反省的判断力」である。..../反省的判断力の次元に、アドルノは「文化的なもの」の本質を見出す。/....2.文化は、普遍が特殊と和解できない限り、普遍に対する特殊のねばり強い抗議なのである。([A.,]『文化と行政管理』) 2.「「金持ちの道楽やインテリの知的好奇心のために公的支援など不要」といった十把一絡げの「芸術嫌悪」の合唱は、某府知事だけでなく、格差社会に怯える若年層にも広がっている。」 3.「三木の文化の公共性論は、シラーからガダマーの「美的遊戯論」、さらにはハーバーマスの「コミュニケーション行為論」へと連なる「美的-政治的判断力」の射程に定位している。しかも、アーレントのアゴーン主義的「活動」概念を先取りするような視点から、政治的判断力の、文化政策的基礎付けすらもが意図されていたのである。」

●2JA57
・中村生雄

・一神教の”神”と多神教の”自然”(日本文化論10章 2)
・書斎の窓 2009.10.
・NAKAMURA.I.,
・日本文化論、一神教の”神”と多神教の”自然”、

●2JA58
・中村生雄

・一神教の”神”と多神教の”自然”(日本文化論10章 1)
・書斎の窓 2009.09.
・NAKAMURA.I.,
・日本文化論、文化と文明、

●2JA59

・揺らぐ『日本的な美術』上(学問を歩く)
・朝日新聞 1995.09.01.夕刊
・KITAZAWA.N.,SATOU.D.,
・日本画、
・二人に共通しているのは、こうした「日本画」や「絵画」の成立の動きもすべて、政治や経済の動きを背負っており、純粋で、絶対的、永遠的な「日本的なもの」などは存在しないという点だ。北澤氏は「日本画」という分類も不滅ではないという。

●2JA60
・福田和也
・近代の超克について
・国文学 H16-1.特集:柄谷行人の哲学
・トランスクリティーク
・KARATANI.K.,FUKUDA.K.,MURAKAMI.T.,OKAKURA.T.,MARUYAMA.M.,
・近代の超克、日本画、
・113.「日本画とは、岡倉天心の発明品、114.フェノロサと協同して、発明した新奇かつインチキなジャンルである。..../こうした絵師たちの伝統的なあり方に、無理やり近代西欧的な芸術概念を持ち込んで、日本画を捏造したのが、ごく初期の文部官僚であった岡倉天心だったのである。」 114.「同時に柄谷は、『茶の本』における、天心の日115.本にたいする規定が、後の西田幾多郎の「無の場所」に対応していると書いている。」 115.天心にとって、日本文化を「具体的に売ることが大事だったのである。」 115.「村上隆と岡倉天心の並行性」 117.丸山<K.:「日本の天皇制などそんなに根の深いものだと思いません。それがいかに根深いかを強調するような『分析』が、そのように見えさせているだけです。」

   

   4. FA


●2FA1
・FISH.S.

・WILL THE HUMANITIES SAVE US?
・2008.01.06.
・FISH.S.,>KRONMAN.A.,
・JUSTIFICATION OF THE HUMANITIES,PLEASURE,MEANING OF LIFE,EDUCATION,UTILITY,ACTIVITY,GOOD,/"HAMLET",
・AUS:FA6756 It is not the business of the humanities to save us,no more than it is their business to bring revenue[収入] to a state or a university. What then do they do? They don't do anything,if by "do" is meant bring about effects in the world. And if they don't bring about effects in the world they cannot justified except in relation to the pleasure they give to those who enjoy them. / To the question "of what use are the humanities?",the only honest answer is none whatsoever. And it is an answer that bring honor to its subject. Justification,after all,confers value on an activity from a perspective outside its performance. An activity than cannot be justified is an activity that refuses to regard itself as instrumental to some larger good. The humanities are their own good.

●2FA2
・MARATOS.J.

・THE USE AND ABUSE OF EDUCATION FOR CULTURE;LESSONS FROM NIETZSCHE
・THE INTERNATIONAL JOURNAL OF SOCIAL EDUCATION,14-2,1999/2000.
・MARATOS.J.,NIETZSCHE,KOLAKOWSKI.L.,STREHLOW.T.G.H.,RAUCH.J.,GELLNER.E.,BABA.T.L.,DE LACEY.P.,KRAVERZ.N.,D'SOUZA.D.,HELU-THAMAN.K.,FREIRE,ROBERTS,HAACK.S.,BERLIN.I.,BARTH.H.,
・EDUCATION,CULTURE,HISTORY:MONUMENTAL;ANTIQUARIAN;CRITICAL,CONSERVATISM,
・53. Thus,reactionary conservatism and the critical conception are familiar bedfellows.

●2FA3
・FISH.S.

・THE USES OF THE HUMANITIES,PART TWO
・2008.01.13.
・FISH.S.,
・JUSTIFICATION OF THE HUMANITIES,PLEASURE,EDUCATION,UTILITY,EFFECT,ENJOY,LITERATURE;PHILOSOPHY;HISTORY,CRITICAL THINKING,

●2FA4


・KITSCH
・WIKIPEDIA,2009.10.07.
・ADORNO,BRAUNGART.W.,BROCH.H.,CHEETHAM.M.A.,DORFLES.G.,ELIAS.N.,GELFERT.H.-D.,GIESZ.L.,GREENBERG.C.,KARPFEN.F.,KRISTELLER.P.Q.,KULKA.T.,KUNDERA.M.,MOLES.A.,NERDRUM.O.,OLALQUIAGA.C.,REIMANN.H.,RICHTER.G.,SHINER.L.,THULLER.G.,WARD.P.,
・KITSCH,SENTIMENTALITY,POPULAR,ART,

●2FA5
・GREENBERG.C.

・AVANT-GARDE AND KITSCH
・1939.
・GREENBERG.C.,VALERY,ELIOT,KEATS,PICASSO,RILKE,YEATS,JOYCE,REPIN,
・AVAN-GARDE A.KITSCH,
・AUS:FA6801


2009.11.24.作成



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