滋賀大学教育学部心理学教室平成15年度卒業論文集への寄稿より


「私が心理学を続ける理由」

     渡部雅之

 本当にたくさんの方にお世話になって、昨年ようやく博士号を取得しました。研究や論文執筆を指導して頂いた先生方は言うに及びませんが、他にもあらためて感謝のことばを伝えたい人々がおおぜいいます。
 特に、私は発達心理学(認知発達領域)を専門としていますので、幼児・児童をはじめとする多くの人々に、被験者として実験に協力してもらう必要がありました。博士論文に盛り込んだ諸研究は,足掛け20年に及ぶものであり,予備的なものまで含めると20個ほどの実験を行いました。これらに参加して頂いた方は、子どもたちがのべ約400名、大学生も約150名ほどになります。初期に協力して頂いた子ども達は、すでに社会人として歩み始めている年頃です。また大学生の多くは、親としてあるいは社会の中堅層として活躍されていることでしょう.皆さんと同じように、私も最初は右も左もわからずあれこれとまどい、時には失敗しながら、せっせと保育園に通ってデータを採っていました。今から思うとこの方たちに、失礼なことやかわいそうなことをいろいろとしてしまいましたが、それだけに一層感謝の念に絶えません。
 こんなに多くの方々にご協力頂いたにも関わらず、その成果は今のところ、心理学という限られた世界の中だけのものかもしれません。この種の基礎研究に対して、「それでこの研究は、社会にとってどんな役に立つの?」と疑問をぶつけられることがしばしばあります。「ながーい目で見て頂ければ、何かの役に立つと思いますが、今はまだその段階じゃないんです」と、いつも苦しい言い訳しかできません。社会ではここ10年ほどの間、すぐには役に立たないもの、成果が形にならないことを軽視する風潮が、一層強まったような気がします。経済的な不況から来るゆとりのなさのせいかもしれませんが、教育学部、特に心理学教室で学んだ皆さんには、そうあって欲しくはありません。人を育てること、こころを育てることが、どんなに時間と手間のかかる仕事であり、同時に価値あることかを、十分に知っているはずだからです。
 皆さんには、授業などで私の研究成果を還元してきたつもりです。それはあなたにとって、どう役立っているでしょうか。あるいはどんな役に立つと思いますか。私が伝えたことが、やがていつの日か花開き、皆さん自身の人生や、皆さんに関わる人々を一層豊にしてくれること。それが、私が心理学を続ける理由です。