滋賀大学教育学部心理学教室平成17年度卒業論文集への寄稿より

「 あなたの色に輝いて」

     渡部雅之

 Adversity makes a man wise, not rich. 直訳すれば「逆境は人を賢くするが、金持ちにはしない」です。どんなに苦労しても必ずしも金持ちになれるわけではありませんが、少なくともその苦労は大きな経験となって人を成長させる、という意味です。日本語では「艱難(かんなん)汝(なんじ)を玉にす」と表現します。今年は、賢く(wise)なること、玉となることについて考えます。
 玉とは一般に宝石のことです。いろいろな種類があるのは、みなさんもよくご存じでしょう。例えば誕生石として、12種類の石がそれぞれの月にあてられています。1月はガーネット、2月はアメジスト、3月はアクアマリン、そして4月はダイヤモンド…のようにです。たとえ自分の誕生石がアメジストだったとしても、光り輝くダイヤモンドも欲しいと願うのは、だれしもあたりまえのこと(それとも女心?)ではないでしょうか。ダイヤはその希少価値と美しさから、幾多の宝石の中でも特に尊ばれているのは周知のことです。ならばダイヤが最も優れ、他の石はそれに劣るのでしょうか。価格だけを考えるならば、答えは“イエス”かも知れません。
 では人の場合はどうでしょう。「…汝を玉にす」との喩えは、最も価格の高い人間、つまりはお金持ちを意味するのでしょうか。いえ、そんなことはありません。…not rich なのですから。玉のように高められる人の価値とは、決して金銭では計りきれないもののはずです。さらには、お金で表せない部分にこそ、本当の賢さ(wise)や玉の輝きがあるのだと考えます。
 みなさんはこの学校心理コースで心理学を勉強してきました。その4年間が学問的知識を得るばかりでなく、心というものの奥深さや不思議さへの感動を通じて、より深い人間理解に至るものであってほしいと思います。心理学は、人の行動様式を定式化することによって成り立っていますが、同時に、人々の中の多様性を肯定するための学問でもあると私は思っています。ピアジェを引くまでもなく、多様な知能が存在し、その優劣を問うことはできません。失敗から受けたストレスを解消すべく、一層完璧な仕事を目指して休み無く働く人を、私たちは尊敬と驚きの目で見つめますが、飲み屋の片隅で仕事の愚痴をこぼしあっているおじさん達だって、「愛すべき隣人」ではありませんか?
 これからみなさんが旅立つ社会には、多くの艱難が待ちうけていることでしょう。どうかそれらを真摯に乗り越えてください。その結果、あなたは将来、ガーネットになれるかもしれません、あるいはアメジストかも…。しかしどのような玉であったにせよ、ダイヤモンドでなかったからといって恥じることなどありません。なぜなら、そこにはあなたという玉にしか出せない輝きがあるからです。あなたの色に輝いて、私の前に現れる将来のみなさんを思い描きつつ、大いなる期待を込めて今年はこの言葉を贈ります。 「艱難汝を玉にす」