滋賀大学教育学部心理学教室平成20年度卒業論文集への寄稿より

「ボランティア」

     渡部 雅之

 ほとんどの方がボランティア活動というものを経験しているようです。入試の面接でも、多くの受験生が「○○のボランティアに参加しました」と答えてくれます。いまだにその種の活動に気恥ずかしさを感じる私には、皆さんがうらやましく、またそうした若者が担っていってくれるこれからの社会に、明るい展望を感じます。どうぞいつまでもその優しい気持ちと積極性を忘れないでいてください。
 一方で、無差別殺人など若者の起こした信じられないような事件に心痛めることが多いのも、現代社会の特徴です。罪を犯してしまった者の心の真実は知りようもありませんが、報道等で漏れ聞くところによると、人々とのつながりを失って孤立感を深め、生きる意味を見失ってしまった末の犯行であることも多いようです。しかも、そうした悩みを抱える若者は決して珍しい存在ではなく、むしろ増加しているとも言われます。少子化により親が世話をする子どもの数は減っていますし、情報技術の驚くほどの進歩は時間的・空間的制約を解消してくれました。ですので、かつてよりも対人間のコミュニケーションは濃くなってもよいはずです。なのになぜ、孤独を感じる若者が増えているのでしょう。
 ヒントはマザー・テレサの言葉にあります。「最も悲惨なことは、飢餓でも病気でもありません。自分が誰からも見捨てられていると感じることです。…遠くにいる貧しい人々について話したり関心を寄せたりすることは、容易で単純です。もっと難しく挑戦的なこと、それは私たちのほんの近くにいる貧しい人々に注意や関心を向けることなのです。」心理学を学んできた皆さんなら、近くにいるからこそ無視してしまう、嫌ってしまう、そんな矛盾に満ちた人の心の働きを、なんとなく理解できるかもしれません。
 遠くの人々の現実を、私たちが直接目にする機会はそう多くありません。代わってそれを教えてくれるのが報道です。例えば、新聞やテレビなどを通して流れてくるステレオタイプな情報が、私たちのいわゆる「貧困」に対する印象を決定づけます。飢えに苦しむ人々を助けるための募金活動も確かにすばらしいことですが、一方で皆さんからの優しい一言を待っている隣人がいるかもしれません。その存在に気づくこと、その人のためにあなたの貴重な時間を使うこと、それは高貴な、そして同時に非常に困難なボランティアなのです。皆さんには、ぜひそうした人間になっていただきたいと願います。