滋賀大学教育学部心理学教室平成26年度卒業論文集への寄稿より

「S先生のこと」

     渡部雅之

 皆さんには恩師と呼べる先生がいますか。もしそういう先生と出会えたのなら、とても幸せなことですね。今年は私の恩師、S先生の話をします。
 S先生は小学校3,4年生の時の担任で、声を荒げて叱られた記憶が無いほど穏やかな方でした。子どもの目に立派な中年男に映りましたが、当時はまだ三十代半ばだったはずです。先生は、地域の国語科教員で組織された越智・今治「うしお」の会(作文の会)に所属されており、私たちにも毎日文章を書くことを求めました。やがて、さほど強制されたわけではないのに、私たちは学校行事や家庭の様子などを作文に綴ったり、時には詩や物語などを書いて先生に見せるようになりました。なぜなら、提出した文章は翌日すぐに真っ赤に添削されて返され、何度かそれを繰り返して清書した作品は、定期的に発刊されていた地域文集に掲載してもらえたからです。自分の文章が、当時はまだ珍しい活字となって市内の小・中学校で多くの目に触れることを知った日の驚きは、今でも忘れられません。
 保育園時代の私は、近くを通る列車を見るために園を抜け出しては騒ぎを起こし、小学校低学年の時には授業中に勝手に発言して先生を困らせたりしていましたので、ずっと「落ち着きのない子」と見られてきました。そんな私はS先生に出会って変わりました。作文を始めとする日々の丁寧なご指導により、一事にじっくりと取り組む習慣と物事を深く考えることの大切さを知り、そして何よりも自分に自信を持つ喜びを知ったからです。
 S先生は、その後も管理職を目指すことなく一教員のまま教職生活を終えられ、数年前に逝去されたと聞きました。耳目を驚かすような華々しい活躍があるでもなく、その名が語り継がれるような顕著な業績を残されたわけでもないようです。しかし、S先生から宝物を頂いた私のような者は、教え子達の中に多くいるはずです。そして天国の先生は、きっとそれを誇らしく思っていらっしゃることでしょう。私自身は、S先生の教えを受け継ぎ、次代を担う者(皆さんのことです)の教育に、これまで精一杯がんばってきたつもりです。その努力が十分であったのかはわかりませんが、いつか皆さんがさらに次の世代を導く立場になった時に、私の教えがその一助になってくれたらとても嬉しく思います。
 教師に対する風当たりが強い昨今ですが、今年の卒業生からは多くの人が教職に就いてくれることになり、とても心強く感じます。皆さんには、大学での学びを自分の中で十分に成熟させ、次世代へ繋げていってくれるように期待します。それがS先生や私の切なる願いでもあり、教師や親、社会人として、これから長い道のりを歩まれる皆さんの、成長と喜びの源泉にもなるはずだからです。