滋賀大学教育学部心理学教室平成29年度卒業論文集への寄稿より

「井深信男先生を偲んで」

     渡部雅之

 学校心理教室の元教員である井深信男先生(滋賀大名誉教授、聖泉大元学長)が、昨年11月にご逝去されました。謹んでご冥福をお祈りします。
 井深先生はコンパの席で「幸運の女神には人生で3度出会う。その前髪をつかめるかが大事だよ」とよく話されていました。今となって確かめるすべはありませんが、恐らくこれは「Seize the fortune by the forelock. ―幸運の前髪をつかめ―」という西洋の諺と、日本でもよく言われる「人生には3度チャンスがある」を組み合わせたのでしょう。人生を好転させる機会はいつ訪れるかわからない(長い人生でたった3度だけ!)上に、幸運の女神(the fortune)には前髪しかないと言われていますから、躊躇しているとすぐに逃がしてしまうと仰りたかったのだと思います。
 好機を逸しないためには、日頃からの準備がとても大切です。私たちは一生の中でたくさんの人や出来事に出会います。しかし、当然ですが、そこに見てわかるような吉凶の札が掲げられているわけではありません。ですから、いずれが幸運をもたらしてくれるのか、あるいは悪魔の囁きかを、見定める眼力がまずは必要です。そして、「これぞチャンス!」と思ったら、確実に捕まえる腕力も不可欠です。こうした2つの能力は、毎日のたゆまぬ努力によってこそ育成されます。「幸運は用意された心のみに宿る」、「運も実力のうち」などと言いますが、少ないチャンスを確実にものにできる人は、やはり日頃からそれだけの準備を重ねているのです。昔から「若い時の苦労は買ってでもせよ」と言われているのはそういうことなのでしょう。
 心理学を学ぶこともこれに似ています。「いったい何の役に立つのだろう」と思いながら勉強してきた理論や法則は、だんだんと人を見る目を豊かにしてくれるはずです。その結果、ある日、隣人が発したかすかなSOSに気付くかもしれません。その時、心理学の方法論や技法をしっかりと学んだあなたなら、素早く支援の手を差し伸べることができるでしょう。学校心理教室での学びは、あなたの大切な人を支え、そうして生まれる幸せの輪の中で、あなた自身の人生を豊かにするチャンスを与えてくれるのだと思います。
 社会に出てからも、まだまだあなたの勉強や努力は続きます。それは、いつかやって来る女神を迎える準備です。決して怠らないようにして下さい。「私の人生は充実して幸運でした。」皆さんがそんな一生を送れることを心から祈っています。いつの日か、「こんな女神に出会いました・・」という嬉しい土産話を持って、大学を再訪してくれることを楽しみに待っています。