滋賀大学教育学部心理学教室令和元年度卒業論文集への寄稿より

「未来へ種を蒔く」

     渡部雅之

 昨年からグレタ・エルンマン・トゥーンベリ(Greta Ernman Thunberg)という名前を、 テレビ・新聞や SNS でよく目にしますね。ご存知のとおりスウェーデンの 17 歳(現在) の少女です。普通の若者と違うのは、気候変動に大きな危機感を持ち、日常生活で二酸化 炭素排出量の少ないライフスタイルを周囲を巻き込んで実践しているだけでなく、2018 年から始めた「気候変動のための学校のストライキ」を皮切りに、有効な対策を積極的に打とうとしない政府や政治家、ビジネス指導者を強い口調で叱咤し続けていることです。特に、「あなたは私たちの未来を盗んでいる」とのメッセージは若者の共感を呼び、世界中の学生達が環境問題対策の推進を求める声を上げ始めています。
 地球がなんとか持ちこたえているのをよいことに、地球環境という富を気ままに消費し続けようとする現代人に対し、グレタさんが発する警鐘は、日本の私たちにもけっして無関係ではありません。現代人が豊かな生活を享受するため、まだ生まれてもいない子ども達を含めた未来人の富を収奪している構図は、環境問題以外にもあります。例えば、日本 国債の発行残高は約 900 兆円にのぼり、地方政府の借金である地方債の発行残高も約 200 兆円もあります。この途方もない金額は、今から社会に出て行く皆さんや、皆さんの子孫の世代一人ひとりに背負わされた借金なのです。
 このように私たちは、目先の生活を豊かにすることだけにどうしても目が行ってしまいがちです。自分がもう生きていないような長い時間軸で物事を考えるのは、とても難しいことだからです。教育においても然り。昨今、「アクティブラーニング」や「豊かな人間性」、「英語四技能」など、さまざまな教育目標や教育方法が声高に推奨され、学校現場には変革が強く求められています。これら現代的教育課題の重要性を否定するものではありませんが、教育とは本来、国家百年の計と言われるように、じっくりと腰を据えて長期的な視点で取り組むことが大切だと思います。自分の手で子ども達が目に見えて変わっていくのを見ることは、親や教師にとって確かに嬉しいことです。しかし、たとえすぐに成果は現れなくとも、自分が本当に大切だと考えることをしっかりと伝え続けていったなら、それはいつの日にか −その子が大人になった時か、場合によってはその子の子どもや孫の世代になってから− 必ず大きな実を結ぶはずです。
 滋賀大学教育学部で 4 年間心理学を学ばれた皆さんは、入学時にくらべると、見違える ほどに成長されました。しかし、大学生活で得た本当に大切な学びは、土の中に眠る種のように、まだ皆さんの中で芽吹きの時をじっと待っているのかもしれません。そして、これからの長い人生の中で大きな課題に遭遇した時に、そいつはようやく大輪の花を咲かせ、力強く皆さんを支えてくれると信じます。私たちが蒔いた種が、皆さんの人生を少しでも彩るお手伝いができたなら、教員としてこれに勝る喜びはありません。