滋賀大学教育学部心理学教室平成8年度卒業論文集への寄稿より


「変わることと変わらないこと」

     渡部雅之

 私がこの大学に来てから、今年でちょうど10年、すなわち一昔が経過しました。その間、この卒業論文集に恒例の贈る言葉を書き続けてきたわけですが、先日ある卒業生から、「先生の書かれたものをこの前読み返してみたら、とてもよいことが書いてあって感激しました」とうれしいことを言われ、どれどれと過去のものを引っぱり出してきてながめていました。
 今読み返してみると、恥ずかしくなるようなこともあり、また我ながらと自惚れてしまうような内容もありますが、一つ一つがここ10年間の私自身をとてもよくあらわしているようで、懐かしくなりました。そしてふと、この間私はどのように変わったのだろうかと考えました。私の中には、10年前と比べて大きく変わった(望むべくは成長した)所もあれば、私の本質として変わらない(あるいは残念ながら成長していない)所もあるはずです。
 生涯学習や生涯発達という言葉に代表されるように、成長し続けることが人にとって大切であるのは言うまでもありません。しかもそれは、知識を学ぶというような表面的なことばかりではなく、これまでの自分を変えるという、本質的なことまでも含めて考えねばなりません。ところが自分を変えることは、普通大きな不安を生み出します。ですから人は、そういう事態から逃げ出したり、あるいは密かにそれを行おうとするのです。私は職を得てからも結局、大学という学校生活の延長のような場で生きていますので、皆さんに偉そうなことを言う資格はないのでしょうが、学生という保護の殻を脱ぎ捨ててこれから激動の社会に巣立っていく皆さんには、自分自身を積極的に変えてみるくらいの果敢さを、どうか持っていただきたいと思います。
 と同時に、皆さんの中での変わらないものも大切にして欲しいと願います。それは、価値であったり理想であったり、あるいはこだわりという言葉で表されるものかもしれません。いずれにせよ、あなたらしさの源がその辺りにあるはずだからです。現代は価値が多様化しているといいつつも、社会的な価値観の変動や高度情報化のせいもあって、本当に私だけの価値を持つことは容易ではありません。しかし、"自分を生きる"ことはいつの世にあっても最も大切なことですし、またそれでいて大変難しいことでもあるのです。「一隅を照らす」という言葉があり、与えられた場を精一杯生きよと教えていますが、それは自分を小さな世界に閉じこめることではありません。むしろそうすることで、人はより大きな自分に出会える可能性を得るのです。また、アイデンティティという使い古された概念が意味する自己の確立も、凝り固まった自分を作り上げることでは決してなく、一層柔軟な人格の形成を目指すことであると、私は理解しています。
 変わることと変わらないこと、これらは正反対のようでいて、実は表裏一体であるのかもしれません。将来の再開で、大きく変わり、そしてまた同時に、全く変わらない皆さんにお会いできることを願っております。