滋賀大学教育学部心理学教室平成11年度卒業論文集への寄稿より


「よりよき自分探しのために その弐」

     渡部雅之

 昨年に引き続き,心理学ブームを横目で見つつ自分探しを考えます.
 心理学という学問をよく知らない人々は,これを学ぶことで,己を知り,他人を知り,さらには生き方までも変えれるのではないかと期待している向きがあります.しかし4年間心理学を勉強してきた皆さんには,心理学に何ができていずれのイメージが虚構であるのか,もうよくおわかりのことでしょう.
 私たちの心理学研究室では,心理学の中でも基礎研究に近い領域を扱う先生方や卒論生が多くいます.また,たとえ卒論テーマが「いじめ」という生々しい現象であっても,調査研究の結果得られた資料は,その一側面について控えめに物語ってくれるものでしかありません.卒論発表会などで,「それで,君の研究は,実際の教育場面にどのように活かせるの?」といった質問を受けることがありますが,この時も,確固たる教育的処方を示すことを要求されていると考える必要はありません.
 自戒を込めて述べるなら,こうした基礎研究は,えてして研究のための研究,あるいは理論のための研究になりがちです.しかし,すべての科学が人類の幸福に貢献すべきものである以上,そして特に心理学は,あらゆる人が関わらざるを得ない極めて身近な問題を扱っているからには,常に社会との繋がりを忘れてはなりません.
 最近の若者は政治や経済に対する関心が薄くなったと言われますが,こうした領域にも,私たちが学んだ心理学の知識を活用し,自分自身の関心を広げていくことができます.例えば先日,大阪府知事選挙がありました.翌日の新聞に得票結果等が掲載されていましたが,この中に興味深い図を見つけました.支持政党ごとにみた有権者の投票行動分布です.自民党や民主党支持者には,支持する党の推薦候補がいたにもかかわらず,これ以外の候補者に投票した者が結構な割合でありました.ところが共産党や公明党を支持する有権者のほとんど全てが,党推薦の候補者に投票していたのです.
 この投票行動データを基に,各党を1人の人間に喩えて遊んでみましょう.自民党や民主党は,それなりの主義はあるものの,一方では結構いい加減なところもある,付き合っても肩の凝らない人物のように思えます.一方,共産党や公明党は,常に確固たる信念を持ち,これに従って生真面目に行動するタイプのようです.いずれの人物が好ましいと考えるかは価値観の問題ですが,これらの党の現在の支持率は,案外,個々人の対人場面における嗜好を反映したものであるのかもしれません.
 こんなふうに諸現象を心理学的に解釈してみることで,当該領域に対する興味が増し,大学で専攻した心理学とは全く関係のなさそうな分野にまで,関心を広げていくことが可能です.そしてこのことは,皆さんにも一生続く自分探しの旅を,より一層意義深いものにしてくれるはずです.