2009年度学校心理コース卒業論文要約
小学生の学級での居場所保有感とクラス担任のリーダーシップ行動との関連 内川智恵美
小学生にとって、学級が居場所になるには級友関係が一番重要であり、続いてクラス担任との関係が重要である。しかし、級友関係が上手くいっている子、そうでない子に関係なく、クラス担任のリーダーシップ行動によって子どもは学級を居場所と思えるのか調べている研究はこれまでにない。そこで、本研究ではクラス担任のリーダーシップ行動を先行研究にあるPM理論に基づいて、指示や注意といった行動からなるP行動と人間関係の維持に努めるM行動の2種類から考察することにした。結果、級友関係が上手くいっているかどうかに関係なく、クラス担任のM行動によって、子どもは学級を居場所だと感じることがわかった。しかし、級友関係が上手くいっていない子どもだけで分析してみると、担任のP行動によって居場所と感じていることがわかった。
青年期におけるアパシーと『退屈』の特徴について 川瀬 麻美
本研究では日本語版退屈尺度の作成を行い、次いで退屈と類似概念とされているアパシーとの比較を通して退屈概念の位置づけを検討した。日本語版退屈尺度作成にあたっては、Farmer&Sundberg(1986)によって作成された退屈尺度(BPS)を日本語に翻訳し、併存的妥当性を確かめるために本来指摘されてきた攻撃性との相関を調べた。結果1%水準で有意な正の相関が見られたため、この13項目からなる尺度を日本語版退屈尺度とした。続いて、相関によって退屈とアパシーの比較を行った。結果、退屈とアパシーは別の感情ではあるが仮説以上に共通点が多く、位置づけが明確にできなかった。そこでMassimini&Carli(1988)によるフロー理論に当てはめて考えることにした。退屈の2因子の高低の組み合わせをフロー理論の能力軸と挑戦軸の組み合わせに当てはめて分散分析を行ったところ、これまでの研究結果との一致が多く見られ、退屈概念はフロー理論に当てはめて考えることが最も妥当であるとの結果を示すことができた。
マウスの新生児に及ぼす体毛、羊水、唾液の複合刺激による効果 川西 麻衣
近年の親子関係の研究は、母子関係から父子関係に移行している。子をひきつける親の刺激は、成長するにつれて変化していく。両親の刺激に対する子の反応変化は、1日齢の新生児を研究したものはまだなく、胎児からの発達変化の研究は不十分である。そこで本研究では、両親の体毛と羊水と唾液の刺激に着目し、刺激に対する1日齢の新生児の反応の比較を通して、父親の刺激に対する子の反応を検討した。実験の結果、1日齢で、母親の体毛と羊水は頭部の動きを活発にし、父親の体毛と羊水は前肢の運動を促す可能性が示された。体毛と唾液の複合刺激も、父親と母親で刺激効果が異なることが明らかとなった。本研究において、父親の体毛と父親の唾液は、1日齢の新生児の口と頭部の運動を促すことが明らかになった。父子関係が成立することで、子は父親の保護を受け、生命が維持される。母親とも同様に関係が成り立つことで、集団が維持され、種の維持につながっていくのである。
魔術的思考に影響する諸要因の発達的変化 木村 友美
幼児が想像上の存在を信じるなどする思考の在り方を、Piaget(1929)は、「魔術的思考(magical
thinking)」と呼んだ。これは子どもだけが持つものではなく、大人にも残っている(Adorno,Frenkel‐Brunswik,Levinson
& Sanford,1950)。魔術的思考には、実在性、個人にとっての価値、権威、状況、経験の影響することが示唆されている(Piaget,1929
; Woolley,1979 ; Subbotsky,2005 ; 富田,2009)。しかし、これらは個別の研究から見出されたもので、5つの要因を同時に取り上げた研究はない。そこで、大人と子どもの魔術的思考について影響する要因をそれぞれ調査し、さらにその結果を比較して発達的変化について考察した。大学生と小学4年生を対象に質問紙調査を行った。その結果、大人の魔術的思考には5つの要因すべてが絡み合いながら影響していたことが分かった。子どもについては、すべての要因において明確な影響は見られなかった。しかし、実在性と個人にとっての価値は残る要因に比べて相対的に大きな影響力を持っていたことが分かった。ここから、小学4年生はこれらの要因に影響されるごく初期の段階であったのではないかと考えた。今後、成長するにつれてこれらの要因への依存度が大きくなっていくのだと思われる。
大学生の互恵的友人関係及び上手なあきらめと友人関係満足度との関連 杉本 麻衣
本研究は、大学生の友人関係満足感に関わる要因として、「現実の友人関係」及び「友人関係の理想と現実とのズレ」という環境要因に加えて「上手なあきらめ」という個人差を考慮して検討した。大学生男女259名を対象に質問紙調査を実施し、因子分析により、友人関係満足感は「親友の存在」「自己閉鎖性」「周囲からの好感」という3つに分類された。一方、友人関係は「自己開示・信頼」「相互刺激」「親密」「類似」「頻繁な関与」の5つが抽出され、これらの現実水準と満足感との関連を分析した。その結果、「親友の存在」は「自己開示・信頼」「相互刺激」「頻繁な関与」と、「周囲からの好感」は「類似」「頻繁な関与」とそれぞれ有意な関連が見られた。しかし、ズレにおいてはどの満足感とも有意な関連は認められなかった。また、満足感における友人関係と上手なあきらめとの交互作用を分析した結果、現実水準でのみ一部で有意な交互作用が見られた。
大学生における社会的スキルとソーシャルサポートの関連に関する研究 田中 伸明
(略)
文章理解と記憶に及ぼす音読・黙読の効果 伴 康輔
読みには音読と黙読があり、それらには心理学的な差異がある。その差異について、文章理解と記憶の両面で大学生を対象として実験を行った。その際、3つの読みの方略(記憶・コントロール・イメージ化)にも着目し、音読と黙読との交互作用についても検討した。実験は集団で行い、A5サイズの問題用紙に記憶テストと理解テストが書いてあるものをそれぞれ配布した。時間をはかりながら、実験者の合図で実験を進めた。方略についての教示は実験前に行った。実験を行った結果、記憶テストにおいて方略要因の主効果、交互作用が有意となった。音読テストにおいては、読み方要因の主効果、方略要因の主効果がそれぞれ有意であり、交互作用も有意であった。しかし、本研究には「課題文章間の難易度の差」や「方略の統制」といった問題があるため、この実験結果が全てとは言えない。今後の課題としては、「課題文章の難易度の統一」や「他の方略も使用する」ことなどがあげられるだろう。
新生児マウスにおける母親と父親の選好の差異 東山 晃大
(略)
教員養成課程の学生における教育実習中の関係的自己の可変性と教職志望度との関連 古川 玲奈
教職を目指す教員養成課程の学生にとって教育実習は今後の進路を左右する大きな出来事の一つであるとともに多くの心理的問題も孕んでいる。そこで本研究では教育実習における不安やストレスを低減する方法の一つとして、関係的自己の可変性という観点に着目し、その解明を行った。その結果、教育実習中の様々な場面において実習生は自己を関係や場面に応じて変容させていることが示された。さらに、関係的自己の可変性が教職志望とどのように関連するのかについて検討を行った。より微細な実習生の変化を捉えるために職業的同一性を用い、その達成度と職業志望との組み合わせによる4群で分析を行った結果、職業的同一性の程度に関わらず教職志望の強い実習生は場面によらず常に「教師」として積極的でまじめな自己に変容しており、一方で教職を志望していない学生、特にその同一性の高い学生は、教育実習中に必要に応じて積極的でまじめな自己に変じるが、その変容の程度は教職志望者よりも大きいことが明らかになった。
公的自己意識、賞賛獲得、拒否回避欲求が羞恥感情に及ぼす影響 丸地なつ美
人から注目されたときなどに誰もが感じる羞恥感情について、その羞恥感情を引き起こす状況の新しい分類と、公的自意識、賞賛獲得欲求、拒否回避欲求の3つの心理特性が羞恥感情に与える影響の検討という2つの目的を、大学生を対象に研究した。第1の目的であった羞恥感情を引き起こす状況の分類については菅原(1998)らの先行研究を参考に、独自の羞恥感情尺度を作成して回答を求めた。これを因子分析した結果、「他者主導型因子」、「自滅型露呈因子」、「否定的評価懸念因子」、「自滅型行動制御の失敗因子」、「加害型因子」という5つの型に分類することができた。第2の目的については、3つの心理特性を高群、低群に分け、それぞれの傾向の強さによって羞恥感情の強さに差が生じるのか対応の無いt検定を行い、さらに、3つの心理特性と5つの羞恥の因子とのパス解析を行った。その結果、公的自意識は「自滅型」に関わる羞恥を、賞賛獲得欲求は「他者主導型」の羞恥を、拒否回避欲求はほぼすべての羞恥感情を喚起させる要因の一つであることが明らかとなった。