滋賀大学教育学部心理学教室令和4年度卒業生へ

「夢追い人」

     渡部雅之

 もう30年以上も昔のことです。発達心理学者として歩み始めた私には、ぜひともやりたいことがありました。赤ちゃんの発達研究です。乳児を対象とする研究手法は、1960年代にファンツによって確立されましたが、多くの手間と時間がかかることもあり、当時の日本には手がける者があまりいませんでした。なおさら駆け出し研究者の私には、その壁はとても高いものに思えました。そんな折、文部省(当時)のお金で海外留学させてくれるというありがたい話が舞い込みました。この機会を逃すまいと、乳児の空間認知に関する論文で名前だけ存じ上げていた英国ランカスター大学のブレムナー博士に、研究員としての受け入れをお願いする厚かましい手紙を書き、幸運にも申請日直前に承諾の返事をいただきました。その結果得られた英国での夢のような10ヶ月は、私の生涯の宝物となりました(経験の1つを私のHPに「英国でのある夜の出来事から」として掲載しています)。

 最先端の乳児研究を学んで帰国した後、当時は希少だった乳児期の専門書(ブレムナー著 『乳児の発達』 ミネルヴァ書房)まで翻訳出版しましたが、実際に赤ちゃんを研究するとなると、協力者の確保をはじめ解決せねばならない課題がやはり多く、試行錯誤の日々が続きました。卒論を兼ねたある学生さんの協力を得て、なんとか2歳半児を対象にできたのが2000年頃です。それでも、言葉を使えない2歳の壁を突破することは難しく、瞬く間に20年が経過し、そろそろ研究生活にも終止符を打つ頃かなと思い始めていた矢先でした。

 同志社大学赤ちゃん学研究センターの共同研究員募集の記事に偶然出会ったのです。この施設は、心強いリクルートスタッフと最先端の機器が完備された、乳児研究者にとっては桃源郷のような場所です。私も、昨年度と今年度の卒業生の何人かにお手伝いいただいたおかげで、非常に画期的な(自分では学説をひっくり返したと思うような)成果を挙げることができました。研究者としてこんなにワクワクする思いがこの歳になってできるとは、まったく想像もしていませんでした。キング牧師ほどに高尚ではありませんが、”I have a dream.”と長年思い続けたことで、その「夢」がようやく叶ったような気分です。

 「夢を叶えるための…」と題したノウハウ本をよく目にしますが、こんなふうに時間をかけて夢を見続けるのも意外にいいものです。昨今は教員という仕事のブラックさが喧伝されますが、そんな中でも多くの先生方が毎日頑張っているのは、子どもたちの未来に素敵な夢を抱いていらっしゃるからなのだろうと思います。

皆さんの「夢」は何ですか? どうか素敵な夢追い人になってください。