研究の概要

研究主題

滋賀大学教育学部附属小学校 150周年記念研究

「心豊かで実行力のある子供」育成のための認知・非認知能力統合的アプローチ

2年次- 経験と主観を活かす学び:「心豊か」「実行力」を育む教育モデルの構築 –

はじめに なぜ今「経験と主観」を問い直すのか

OECD(経済協力開発機構)は、その報告書の序文において「子どもや青年期の若者が現代の社会で成功を収めるには、バランスのとれた認知的スキルと社会情動的スキルが必要である」と述べています [1]2025年に創立150周年を迎えた本校において、改めてわが国の学校教育の歩みを学習指導要領の改訂をもとに概観してみますと、子供の生活や興味を大切にする「経験主義」と、教科の知識を体系的に教える「系統主義」の間を、まるで振り子のように揺れ動いてきたことが分かります。

戦後の昭和22年・26年改訂では生活重視の「経験」に光が当たりましたが、学力低下への懸念から、昭和33年・43年改訂では一転して「系統」を重視する詰め込み教育へと舵が切られました。その後、教育の過密化への反省から「ゆとり」の時代を経て、平成10年には再び経験を重視する「総合的な学習の時間」が創設されましたが、学力調査での順位低下を受け、再び「脱・ゆとり」へと振り戻されることになります。

このように長年、我が国の教育は「経験か知識か」という二者択一の議論を繰り返してきました。しかし、平成29年の現行改訂ではこの対立を乗り越え、教科独自の「見方・考え方」を働かせることで、バラバラだった知識と体験を、生きて働く「資質・能力」として一つに結びつける。そんな、新しい学びの姿を目指しています。

研究1年次(R7)において、本校はこの統合の姿を「基礎的・具体的・抽象的」という三層の認知スキーマ(物事の捉え方の枠組み)として明確に定義しました。これにより、子供たちがバラバラな知識をどのように構造化し、納得解へと至るのかという「知の状態」を一定程度可視化することに努めてきました。しかし、スキーマという「結果としての状態」を捉えるだけでは、子供の内面で学びがどのように生まれ、何によって突き動かされているのかという「学びの動き」の全容を説明するには至りませんでした。

研究2年次(R8)を迎える本年度は、この認知スキーマが新たに形成され、書き換えられていくプロセスそのものに踏み込みます。ここで私たちが着目するのが、子供自身の「経験と主観」です。昨今の生成AIの普及は、学びのあり方に新たな問いを投げかけています。AIは子供の学びを助ける便利な道具である一方で、その「正解」を提示する速さが、子供が本来経験すべき「情動のわきおこり」や「認知のゆらぎ」を肩代わりしてしまう危うさを孕んでいるといえます。

効率的に「平均的な正解」が手に入る現代だからこそ、私たちは、子供が安易に納得せず、自分自身の経験に照らして違和感を抱き、自分ならではの主観に基づいたこだわりを持ち続けることの価値を再評価したいと考えます。AIの回答を鵜呑みにせず、「自分はやはりこうしたい」という主観を駆動させることが、人間ならではの粘り強い探究を引き出す鍵になると考えているからです。

研究二年次を迎える本年度は、この「経験と主観を活かす学び」を研究の副題に据えます。ここで私たちが着目するのは、森田亜紀(2013 [2]や國分功一郎(2017 [3]らが説く「中動態」という概念です。佐伯胖(2014)が、人の行為を環境や他者との「関係の中で捉え」「状況に埋め込まれている」ものと説明する [4]p.93)ように、学びとは本来、素材や他者との予期せぬ相互作用によって、その状況の中に没頭し、生じている「学びがひとりでに動き出す状態」であると本研究では捉えます。子供たちが対象と向き合う中で、能動でも受動でもない、内側から自然と湧き上がるこの中動態的な学びのプロセスを明らかにしたいと考えています。

答えがすぐに手に入るAI時代だからこそ、この「心が動かされる瞬間」を大切にしたい。それこそが、自分の力で未来を切り拓く「心豊かで実行力のある子供」を育むための、本校が提案する新しい教育の姿になると信じています。

本研究のまなざし -身体から生まれる「わきおこり」と「ゆらぎ」-

これまで述べてきたように、わが国の教育は「知識」か「経験」かという二項対立の間で揺れ動いてきましたが、本来子供が育つプロセスにおいて、いわゆる「知的な理解」と「心の動き」は、決して切り離せるものではありません。自分の経験や主観を働かせるときには、必ず「どうにかしたい」という粘り強さや「おもしろそう」といった情動が生まれます。しかし、単に心が動くだけでは、一時的な「活動」で終わってしまいます。私たちが目指すのは、そうした心の揺れが、いかにしてその子なりの力へと統合されていくのか、その仕組みを明らかにすることです。

そこで本研究では、一年次から大切にしてきた「認知スキーマ(物事の捉え方の型)」の書き換えを、身体という視点から見つめ直しています。私たちが何かを深く理解したとき、それは単に言葉を覚えた状態ではなく、「腑に落ちる」とか「手応えを感じる」といった実感を伴うものです。つまり、新しい知識が自分のものへと変わるプロセスには、常に「身体的な実感」が関わっています。この視点を持つことで、どのような学習場面であっても、子供たちが実感を伴って自分なりの意味を作り上げていく姿を、同じまなざしで見守ることができるようになります。

さらに、一見すると体を動かさない静かな学びの場面であっても、子供の中では「身体」が動いています。これが「シミュレーション・モデル」 [5]という考え方です。子供は問いや言葉に触れた瞬間、過去の身体的な経験を頭の中で瞬時に再現し、それを今の学びと照らし合わせています。この頭の中の再現がスイッチとなって心が動き出し、これまでの捉え方の型(スキーマ)に「ゆらぎ」が生まれます。

このように、過去の経験と目の前の対象が重なり合ったとき、学びは「自分でコントロールする(能動)」ことも「誰かにさせられる(受動)」ことも超えていきます。頭の中のシミュレーションがスイッチとなって、内側から「知りたい」という思いが自然と湧き起こり、知の更新がひとりでに始まっていく。この、本人の意志という境界線を超えて、学びという事態がその子の内側で駆動していく「中動態的」な姿こそが、本年度の研究で最も大切にしたいポイントです。

 

[1]無藤隆、秋田喜代美(監修), 社会情動的スキル――学びに向かう力, 明石書店, 2018.
[2]森田亜紀, 芸術の中動態―受容/製作の基層―, 萌書房, 2013.
[3]國分功一郎, 中動態の世界一意志と責任の考古学一, 医学書院 , 2017.
[4]佐伯胖, 幼児教育へのいざない[増補改訂版]円熟した保育者になるために, 東京大学出版会, 2014.
[5]マイケル・トマセロ著 大堀ほか訳, 心とことばの起源をさぐる─文化と認知─, 勁草書房, 2006 .