研究総論

.研究によせて

1.社会的背景

VUCA(予測困難で不確実、複雑で曖昧)の時代といわれ始めて、10年が過ぎようとしている。時代は想像することが困難なほど早く変化していく。人工知能(AI)、Internet of ThingsIoT)、デジタルトランスポーテーション、メタバース等、数年前までは映画の世界の中の出来事だと思われていたことが現実のものとなりつつある今、KDDI代表取締役社長 高橋誠氏が「技術者が開発することをとめることはできない」と話すように、科学技術は、これからも急速に発展するであろう。また、現在も私たちの生活に大きな影響を与えているCOVID-19のような未知のウイルスや温暖化、人口減少・高齢化、GDPの減少、地震や自然災害など、これからの社会においても劇的な変化が待ち受けていることは確信の域に達している。

また、ここ数年でオンライン会議等が急速に普及したことにより、世界と容易につながれる時代が到来した。同時通訳ソフトの開発改良によって、世界と繋がる中で生じることばの壁もなくなり、文化も考え方も異なる世界の人々と繋がることができるようになっている。

子供たちが社会に出る時には、さらに多様で、激動の世の中が待ち受けているであろう。子供たちは、自分はもちろん、社会全体が豊かで幸せになるように、多様な他者と協働しながら自分の手で未来を切り拓く力を育んでいくことが、今求められている。

 

2.「いまを生きる」附小の子

本附属学校園の教育の基本理念は「いまを生きる」であり、本校の教育目標は「心豊かで実行力のあるこども」である。「心豊かで実行力のある子」には、自分が創りたいものや自分が知りたい課題を見つけること、資質・能力を活用して問題解決すること、友達と協働し創り出すことの3つが相互に関わり、繰り返されることで達成できるものである。

朝、外で挨拶をしていると、空を指し何か話している2人の子どもがいた。じっと上の方を見つめ、動こうとしない。どうしたのかと子供たちに声をかけると、「ほらっ、あそこ。」と言う。子どもの目線に合わせてじっと見てみると、高いイチョウの木から垂れる細い糸の先に小さな幼虫がぶら下がっていた。「よく気づいたね。」と話すと、子供たちは気づいたことが当たり前のように、「だってぷらぁってなってたもん。」と胸を張る。「なんだろう。」「ミノムシかな。」「上に行ったり下に行ったりするの。」と子供たちは不思議そうに話す。春になって出てきた生命に気づき、じっと見つめてその不思議に浸る子どもの姿があった。大人なら見落としそうな小さな命も、子供たちの目を通すと、大きな不思議を秘めた学びへと代わっていく。2人は、その後もひとしきり話していた。また、ある子は、竹馬の練習を始めた。重心が後ろになり、バランスをとることができないその子は、コツコツと音を立てながら軽快に歩く友達をじっと見つめていた。そして、おもむろに、「どうしたら歩けるの?」と友達にたずねた。繰り返し試し、じっくり見ても掴めない何かを子どもは自ら他者に働きかけることで、見つけようとした瞬間である。その子は、数日のうちに見事歩けるようになった。ここに、本校の目指す子供の姿が見られる。材に関わることで子どもの中から「こうしたい」「こうなりたい」「これが分かりたい」という願いが湧き起こり、自らの資質・能力を活用したり協働したりして解決していくこの姿こそが、本校の教育目標を体現した姿である。

上智大学総合人間科学部教育学科教授である奈須正裕先生は、著書「個別最適な学びと協働的な学び」の中で「すべての子どもは生まれながらにして有能な学び手であるというものです。子どもは学ぼうとしているし、学ぶ力をもっています。」と述べている。まさに、今、子供たちに育むべきは、有能な学び手として子供たちの中にもともと存在する力を最大限引き出し、自分から社会に関わり、人に関わり、事物現象に関わりながら問題解決していく力であり、それが、未来に生きる子供たちに必要な力である。

 

.研究主題について

本校の研究主題は、以下の通りである

未来を自ら切り拓く資質・能力が育まれるために必要な

『真の探究』を明らかにする

 

1.真の探究とは

真の探究とは、2つの学びの姿を定義している。

一つは、「対象に関わり、課題を見いだしたり、創造したいものを見いだしたりし、解決方法を考え実行したり、友達と協働したりして問題解決するこの一連の探究の過程を主体となって繰り返し行うこと」である。この学びによって、知識や価値や創造物を生み出すとともに、子供が主体となって、自ら問題解決していくことの連鎖を生むことで、その知識や価値、創造物が深化させることができる。

もう一つは、「各教科に固有の見方・考え方が、前述の学びの過程の中でより洗練され、汎用的に使えるようになること」である。教科の学びの中で子供たちが目の前の材に触れたとき、子供たちはもともともっていた見方や考え方、または、それまで育んできた教科固有の見方や考え方を働かせて、その子なりの課題や創造したいものを見いだし、学びを始める。しかし、そこで働かせている見方・考え方は、教科の本質というには十分ではない。子供たちは、前述の一連の探究の過程の中で、さらに教科の本質につながるものへと洗練し、その本質に価値を見いだすのである。その洗練された見方や考え方は、教科の中にとどまらず、教科を超えた全く別の場面で活用できるようになるのである。

真の探究とは、この2つの学びを表す。

2.育むとは

「育む」に類似した言葉として、「育てる」がある。「育てる」は、「成長させる」「教え導く」「しこむ」というように、教師が教授する側に見て取れる。奈須先生は、「すでに子どもたちが展開している「学び」をそのまま就学後も連続させ、さらに各教科等の特質に応じた「見方・考え方」に繰り返し触れさせることで、知識の構造を徐々にその教科等の特質に応じたものへと修正・洗練・統合していけるよう支援するのが教師の仕事であり学校の任務なんだ。」(奈須2020)と書かれている。産業社会から知識基盤型社会へと変化をとげた今、知識を教師が系統的に教授するのでは子供の学びは生まれない。子供一人一人の学びに寄り添い、子供自身のもつ学び手としての原石を子供たちが見つけ出し、磨いていけるように、教師はコーディネート、ファシリテート、サポートしていく必要がある。それを「育む」と表した。

 

.研究仮説

現在、日本では、教科ごとに目標が設定され、育むべき資質・能力が明文化されている。これは、その教科に限定したからこそ育まれる資質・能力があり、その教科ならではの資質・能力は、未来を切り拓くために欠かすことのできないものであることは、言うまでもない。

先にも述べたように、本来子供たちは生まれながらにして有能な学び手である。同じモンシロチョウの幼虫を見ても、「モンシロチョウと全然形が違う」「色がきれいで形がかわいい」「ゆっくりだけど、前に進めている」「大きい幼虫と小さい幼虫がぶつかった」「フンの大きさが違う」など、様々な視点で見つめるものである。そこに、教科固有の見方が働いていると考える。その教科固有の見方や考え方を存分に働かせることで、「どのように成長していくのだろう。観察しよう。」「幼虫の色と形からイメージを膨らませて、どの材料を使うといいかな。」「どんな体の使い方をしたら前へ進めるのだろう。」「2匹の幼虫がお話しているみたい。どんなお話かな。」「キャベツを食べる量と体長の関係はあるのかな。表にしてみよう。」と、探究が始まるのである。そして、この子供たちの有能な学び手としての力が最大限発揮され、探究の連鎖が生まれることこそが、私たちが求める子供の姿であり、真の探究である。

同じ物を見ても、働かせる見方・考え方によって、育まれる資質・能力は異なる。つまり、教科固有の見方・考え方を明確化することによって、未来を切り拓くために必要な資質・能力が明らかになると考えられる。その教科固有の見方・考え方、資質・能力こそが、教科の本質であり私たち教師が見失ってはならないものであると考える。

以上のことから、今年度研究における研究仮説を次のように設定した。

 

未来の社会に通用する見方・考え方を教科ごとにえがき、それを体現する授業を

デザインすることで、未来を切り拓くために必要な真の探究が明らかになるのではないか。

 

.本年度の研究について

前述の研究仮説を検証するために、以下の通り研究を進めていく。

1.未来社会に必要な教科固有の本質(見方・考え方)をえがく

今年度は、本校に在学中の子供たちが社会にはばたく時代の未来の社会像から、教科の本質(見方・考え方)をえがく。これは、今後長く続く未来へも汎用できるものであると考える。

2.教科固有の本質(見方・考え方)を体現する授業を実践検証する

子供たちが教科固有の本質(見方・考え方)を働かせ、探究する授業をデザインすることで、真の探究をする子供の姿から汎用的に用いられる資質・能力を明らかにしていく。