研究総論

研究主題

未来を自ら切り拓く資質・能力が育まれるために必要な「真の探究」を明らかにする

 

1 研究主題設定までの経緯

 

1-1 社会的背景

 

小学校に通う子供たちの,親の世代が小学生だった1990年代を思い起こしてみると,毎朝届く新聞を通して世の中の動きを知り,当日の最新の情報はテレビのニュース速報やラジオから入手していた。ケータイはなく,パソコンはというと「Windows95」の登場によってようやく一般家庭にも普及を見せた時代だ。スマートフォンによって今の生活の中で当たり前になっている数々のことが,当時は想像することすらできなかった。

2023年は,生成AIが日本で爆発的に普及し,世間を大いに賑わせた一年であった。202211月に公開された「ChatGPT」は,プログラム生成を得意とし,この有用性に気付いたプログラマーたちは競うようにChatGPTと連携したアプリやサービスを開発していった。その結果,2023年1月には「TikTok」や「Instagram」の成長速度をはるかに超える,史上最速で一日当たりのユーザー数が一億人を突破したという。また,マイクロソフトの検索エンジン「Bing」はリアルタイムでの検索機能を有し,こちらも1日あたりのユーザー数が一億人を突破したそうだ。内閣府の「令和4年度青少年のインターネット利用環境実態調査」によると,小学生(10歳以上)の97.5%がインターネットを利用していると回答している [内閣府, 2023]。さらに,GIGAスクール構想により一人一台端末が整備された令和の学校において,生成AIの勢いは教育現場にも例外なく押し寄せてきた。生成AIがもたらす利便性と同時に,著作権侵害などの問題も指摘される中,2023年の7月4日,文部科学省から生成AIの学校での取り扱いについて,「読書感想文などのコンクールやレポートを提出する際,生成AIがつくったものを自分の成果として提出することは適切ではない」等を記した「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」が公表された [初等中等教育局, 2023]

新型コロナウイルス感染症のような未知のウイルスや,約34年ぶりの円安,ウクライナ紛争,温暖化,人口減少・高齢化,GDPの減少,地震や自然災害など,我々を取り巻く環境の変化は多岐に渡る。「すぐには答えが導き出せない」あるいは「答えがない」問題が世界中に山積しているのが現状である。従来の常識では太刀打ちできないような予測が難しく変化が著しい,そんな新しい時代が叫ばれて久しいが,目の前の子供たちは,まさにそのような予測困難な時代の渦中に生き,学び,成長し,そして未来社会へと羽ばたいていくのである。

 

1-2 本校の教育目標「心豊かで実行力のある子ども」

「いまを生きる」。これは,滋賀大学教育学部附属(以下「附属」)学校園の基本理念である。「いまを生きる」とは,幼児・児童・生徒―人ひとりが,刻―刻と変わる「いま」を大切にして,自らの目的意識を持ち,課題解決の貫徹のために精―杯の力を発揮して追究し,探究を持続させる中で,充実感を持ち,自らの可能性を拡大していく生き方を言う。このような生き方を育てる中で,自ら考え,正しい判断ができる資質の啓培を図るとともに,豊かな心情の陶冶とたくましい意志と体力を育てる教育の充実と創造を目指すものである。その中でも附属小学校では「心豊かで実行力のある子ども」を教育目標に掲げ,「『わたし』が生きる学校」を合い言葉に,子ども・教師・保護者がそろって自己実現のできる学校づくりをめざしている。

従来の常識では太刀打ちできないような予測が難しく変化が著しい時代において,今の附属小学校の教育の在り方を根本から見直さなければならないとするのは早計であろう。附属小学校の基本理念および教育目標はいかなる時代の変化においても不易のものであり,子供を育てることの本質に根ざしたものであるからだ。

 

1-3 「心豊かで実行力のある子ども」と,未来を自ら切り拓く資質・能力

 

子供たちには,予測困難な時代を,他者と協働しながら自分の手で力強く生きてほしいと願っている。そのために,本校教育目標に向かって日々の学校教育全般で子供の資質・能力を育むことを目指している。その中で見ることができた,答えがない問題に立ち向かう具体的な子供の姿の一例を紹介する。

春になって6年生を迎えたA児。本校では毎年クラス替えを行うこともあり,年度初めの教室内はどこか新しくもぎこちない雰囲気が漂っている。迎えた図画工作科の授業開きでは,「○○コレクション」という実践をした。図工室にある様々な材料や用具を用いて葉書きほどの大きさの画用紙に思い思いの表現を楽しんでいき,ある程度表現が集まったら5枚程度をお気に入りのコレクションとして集める活動である。「道具や技法を組み合わせて,たくさんの表現を見つけよう。」そんな教師の声掛けで授業がスタートするも,子供たちは最初,どの道具を使おうか,どんな技法を試そうかと周りの様子を伺いながら一枚目の表現に取り掛かる様子であった。室内には,スパッタリングや吹き流し,ビー玉転がしなど,表現において不確定要素のある描画材を意図的に多く用意した。理由は,表現が完全に子供たちの思い通りにならない中で,自分でも意外性のある表現に多く出会い,「色や形を通して表すことを楽しむ」という造形の本質を大切にして一年間をスタートさせたいと思ったからだ。そんな中でA児も,「○○さんの表現はここが面白いね!」「どうやってこの模様をつくったのだろう」と,様々な表現を試し,意外性のある表現に出会っては,その表れを仲間と楽しんでいた。

お気に入りのコレクションを見つけるべく,様々に探究を進める中で,A児は「スパッタリングって筆だけでもできないかな。」と言い出した。そして,傍にあった筆に絵の具を付け,勢いよく振り下ろしてみたのである。結果表れたのは,スパッタリングでできる細かな点の集合ではなく,大小さまざまな点や線が荒々しく飛び散った表現であった。しかも,筆を振り下ろすたびに,点や線が様々に軌跡を変えて紙に表れていく。A児はこの表現が大変気に入ったらしく,「これ,いい感じじゃない。」と,仲間に表現を見せたり,やり方を仲間と共有したりしていた。絵の具が付いた筆を勢いよく振り,意図的に画用紙に絵の具のしぶきを着けるという表現によさや美しさを見いだしていったのである。

さて,本校6年生の4月といえば,委員会活動にあたる「ゆめタイム」の立ち上げや,5月に控える運動会に向けた実行委員の立ち上げ,運動会応援団の活動や運動会スローガン旗作成など,活躍が多岐に渡る。6年生―人ひとりが,まさに刻―刻と変わる「いま」を大切にし,最高学年として自らの憧れの姿の実現のために精―杯の力を発揮して追究する日々を迎えていく。そんな最中,スローガン旗作成のために連日休み時間に集まり,不透明水彩絵の具を使って着色をしていた時のことである。スローガン旗は,い組・ろ組・は組の各色のものを作成することを通して,運動会を各色,そして全校で盛り上げていくことを目的としている。A児が在籍する「い組」のイメージカラーは赤ということもあり,「情熱の炎」をテーマに掲げてスローガン旗の作成を進めていた。原案の計画に沿って一通りスローガン旗の着色が終わったのだが,「何かまとまりすぎていて『情熱の炎』っていう迫力に欠けるな。」とつぶやいていたA児。別の仲間が文字の最後に炎マークを描いているときも,さらによくできないかと頭を悩ませている様子であった。

しばらくたって,「もしかしてあの表現がイケるかもしれない」と立ち上がるA児。着色のために赤く染まった刷毛を持ったかと思うと,次の瞬間,新聞紙に向かって勢いよく振り下ろすのであった。その結果,赤い絵の具が大小さまざまな点となって不規則に飛び散っていく。それを見たA児は,「おお!飛び散った絵の具が燃えさかる炎みたいでいい感じ!」と表現に納得していた。そう,A児は,図画工作科の時間に見いだした,絵の具が付いた筆を勢いよく振ることで意図的に画用紙に絵の具のしぶきを着けるという表現を思い出し,実行に移していたのである。「いきなり大胆でびっくりした。でも,いいじゃん!」と驚く仲間を横目に,A児は非常に満足気であった。

 

1-4 各教科が担う役割

 

A児の姿は,日々の教育実践の積み重ねによって資質・能力を育み,「『情熱の炎』らしい迫力を出すにはどうしたらよいか」という問題に対して立ち向かっていくことができた子供の一例である。ここで教師として立ち止まって考えたいのは,各教科での学びが,具体的にどのように子供に根付き,問題に立ち向かっていく力となっていくのかという道筋である。

教科の持つ役割を考えたとき,「その教科の内容が持つ陶冶的価値,実用的価値,文化的価値等を基礎として,学校教育の中核にある人間形成において中心的な役割を果たす。」 [日本教科教育学会, 2020]ことを踏まえると,これまでもそうであったように,10年後,20年後もおよそ不変である価値と,今後時代とともに変化していく価値との両方があると捉えるべきである[1]。附属小学校の基本理念および教育目標はいかなる時代の変化においても不易のものであるが,予測不可能な未来社会に通用する教育を見据えた場合,各教科不易と流行の両方を捉え,教育目標実現のための道筋をえがく「教師の専門性」が今こそ求められているのである。ここでいう教師の専門性とは,目の前の課題に応えるための特定の知識を教授するという性質の類を指すのではない。子供たちが成人を迎え社会へと飛び立つ10年後,20年後,どのように社会が変化しようとも,その時に必要なことを自ら学び,道を切り拓いていくことができる資質・能力を育むための,教師の専門性である。

これからの子供たちは,変化し続ける社会,そして,世界的な競争と協働が進む国際社会において,力強く生き抜く力を身に付ける必要がある。一方で,「変化を起こすために,自分で目標を設定し,振り返り,責任をもって行動する能力」であるエージェンシーの概念 [OECD, 2019]や,Well-being等の視点は欠かすことができない。すなわち,個人の利益のみを追究して道を切り拓くのではなく,仲間や集団,社会にとってよい状態とは何かを常に問い,価値観を更新し続けながら歩んでいける資質・能力を育む必要があるということである。

これらを踏まえ,「今の子供たちが大人になる10年・20年後において,自分はもちろん,社会全体が豊かで幸せになるように,多様な他者と協働しながら自分の手で社会を生きる力」が育まれるための教師の専門性を明らかとすべく,研究テーマを設定した。

 

2 研究主題「未来を自ら切り拓く資質・能力が育まれるために必要な

『真の探究』を明らかにする」について

 

1 未来を自ら切り拓く資質・能力について

 

本研究では,「今の子供たちが大人になる10年・20年後において,自分はもちろん,社会全体が豊かで幸せになるように,多様な他者と協働しながら自分の手で社会を生きる力」のことを「未来を自ら切り拓く資質・能力」と定義する。

日々の教科教育,具体的に指導案レベルにおいては,育む対象はあくまでも「教科ならではの資質・能力」であり,そのことを通して,子供たちの「未来を自ら切り拓く資質・能力」に寄与することを目指す,というのが本研究のスタンスである。したがって,その教科が「未来を自ら切り拓く資質・能力」に寄与するものが何であるかを教師としてえがき,授業づくりやカリキュラムを組む際に意識することに,大きな意義があると考える。

 

2 資質・能力を獲得する過程で働かせる「見方・考え方」について

 

現行の学習指導要領では,「生きる力」を育む資質・能力の三つの柱として,「知識及び技能」「思考力,判断力,表現力等」「学びに向かう力,人間性等」と整理している。そして「資質・能力」と一体となって捉えるべきものが,同じく学習指導要領で示された「見方・考え方」である。「見方・考え方」とは,教科の特質に応じてどのような視点で物事を捉え,どのような考えで思考していくのかという物事を捉える視点や考え方のことであり,教科等の学習と社会をつなぐのが「見方・考え方」である。この「見方・考え方」が,学びの過程の中で働くことを通じて,三つの柱の「資質・能力」がさらに伸ばされたり,新たな「資質・能力」が育まれたりし,それによって「見方・考え方」がさらに豊かなものに成長していく。両者はいわば車輪の両輪のような関係にあり,双方の視点から子供の探究を捉える必要がある。そこで本研究では,「資質・能力」に加え,「見方・考え方」に着目して探究の在り方を探ることとしている。

 

3 未来を自ら切り拓く資質・能力が育まれるために必要な探究について

 

「未来を自ら切り拓く資質・能力」が育まれるための,教師の専門性を明らかにすることとはすなわち,各教科での学びが,具体的にどのように子供に根付き,問題に立ち向かっていく力となっていくのかという道筋を明らかにするということであり,授業実践レベルにおいては「子供の探究の姿」として顕在化するものである。

では,子供の探究の在り方とはどのようなものか。本研究では,3年間の研究により,もともと子供たちが行っていた探究の在り方を一から見直し,附属教員の教科の専門性を生かして,「10年・20年後に通用する資質・能力を育むための探究」を各教科で明らかにするという覚悟を持って,従来の探究と区別して「真の探究」と命名している。

探究的な学習については,「小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 総合的な学習の時間編」で,「①日常生活や社会に目を向けた時に湧き上がってくる疑問や関心に基づいて,自ら課題を見付け,②そこにある具体的な問題について情報を収集し,③その情報を整理・分析したり,知識や技能に結び付けたり,考えを出し合ったりしながら問題の解決に取り組み,④明らかになった考えや意見などをまとめ・表現し,そこからまた新たな課題を見付け,更なる問題の解決を始めるといった学習活動を発展的に繰り返していく。要するに探究的な学習とは,物事の本質を探って見極めようとする一連の知的営みのことである。」と定義されている [文部科学省, 2017]。この過程には順序性はなく,例えば,課題を見いだし解決方法を考えているうちに新たな課題が生まれることや,創造する中で別の解決方法を取り入れることもある。情報に溢れた変化の激しい未来社会においては,今よりさらに柔軟な探究の在り方が求められるであろう。探究によって独自の答えを導き出すにとどまらず,常に思考を更新し続ける姿勢を持ち,そこから新しい問いや課題につなげ,絶えず調整しながら探究を繰り返すことが必要である。また,探究的な学習は,総合的な学習を充実させるための学習方法というだけでなく,他教科等の見方・考え方を結びつけて総合的に活用することや,実社会・実生活の課題を探究して自己の生き方を問い続けるあり方としても学習指導要領に示されている。

では,各教科における「探究」はどうあるべきか。奈須は『「資質・能力」と学びのメカニズム』において,資質・能力が身に付いた状態について,「子供たちが明晰な自覚を持ってその教科ならではの「見方・考え方」を身に付け,さらにその教科が主に扱う領域や対象を踏み越えて,それらを様々な問題解決に自在に駆使できるようになるということです。」としている [奈須正裕, 2017]。つまり,子供の探究の在り方を捉えるにあたって,もともとその子供が持っている見方・考え方は教科の本質に沿ったものであるか,ということから考える必要があり,まずもって明らかにすべきなのは,「教科の本質とは何か」ということである。教科で育成する「見方・考え方」は,子供にもともとあるもので,各教科の学習の中で顕在化させ,働かせて学習することにより,より質の高い「見方・考え方」に高めていくことができる。教科の本質に沿うためには,教師や子供が教科の本質を見極めていないといけない。そこで,一年次の研究では,教科の本質を見いだし,教科の本質を踏まえて教科ならではの見方・考え方を働かせながら探究する子供の実際を明らかにしていった [滋賀大学教育学部附属小学校, 研究紀要 第70集, 2024]

教科ごとに,授業実践により教科の本質を見いだいした(内容は1年次のもの)

次に,探究の姿をどこでどのように捉えるかということを考えた。学校教育には様々な枠組みがあり,教科,あるいは総合的な学習の時間という枠組みに始まり,学年,単元,そして1コマの授業の枠組みの中で子供の学びは展開される。本校では,探究の姿を,これらの枠組みを超えた大きな姿として捉えることを試みた。「見方・考え方」の具体について,「コンピテンシー・ベイスの授業づくり」において,「見方・考え方」とはすなわち,「その教科の個別知識・技能を統合・包括する『鍵概念』」であり,「その教科ならではの認識・表現の『方法』」であるとしている [奈須正裕・江間史明・他, 2015]。つまり,子供が探究をするにあたり,これまでの学習で身に付けてきた「概念」や「方法」を整理したものが「見方・考え方」なのである。

そこで2年次の研究では,「知識・価値・創造物を深化させる教科ならではの方法」と「知識・技能を統合・包括する主要な概念」の2つの視点で単元や題材,学年の枠組みを超えた別の場面において,どのように見方・考え方が働くのかを整理した [滋賀大学教育学部附属小学校, 研究紀要 第71集, 2025]

教科ごとに,見方・考え方を2つの視点で整理した(内容は2年次のもの)

以上をふまえて,2年次までに見いだした未来を自ら切り拓く資質・能力が育まれるために必要な「真の探究」の在り方をまとめると,次のようになる。

 

①子供が主体となって,物事の本質を探って見極めようとする一連の知的営みであり,調整しながら繰り返し行う

②子供が教科の本質を踏まえて教科ならではの見方・考え方をする

③単元や題材・学年・教科の枠組みを超えた別の場面においても,子供が教科ならではの見方・考え方を働かせる

※下線部の具体については,1・2年次の研究において各教科部で明らかにしている。

本研究の範囲

(木村 仁)

3 1・2年次の研究成果について ※研究紀要第71集をご参照ください

 

4 3年次の研究について

 

研究主題

未来を自ら切り拓く資質・能力が育まれるために必要な「真の探究」を明らかにするⅢ

 

研究仮説

教科ごとに「資質・能力」と「見方・考え方」の双方の視点から子供の探究を捉え,その教科が「未来を自ら切り拓く資質・能力」に寄与するものをえがきながら授業実践をすることによって,各教科における「真の探究」を明らかにすることができるのではないか。

 

1  各教科で育まれる「資質・能力」と,働かせる「見方・考え方」をえがく

 

1・2年次の研究において,各教科での学びが,具体的にどのように子供に根付き,問題に立ち向かっていく力となっていくのかという道筋を「真の探究の姿」として顕在化することを試みてきた。前述の通り,1年次は各教科の本質をえがきながら授業実践を重ねることで,教科ならではの見方・考え方によって探究する子供の姿が明らかになった。また2年次では,「知識・価値・創造物を深化させる教科ならではの方法」と「教科固有の知識・技能を統合,包括する主要な概念」で見方・考え方を整理しながら授業実践を重ねることで,単元や題材・学年等の枠組みを超えた別の場面においても,教科ならではの見方・考え方を働かせて探究する子供の姿を明らかにした。つまり,1年次および2年次の研究では,「見方・考え方」を軸として探究する子供の姿を明らかとしてきている。

ここで,「見方・考え方」が,学びの過程の中で働くことを通じて,三つの柱の「資質・能力」がさらに伸ばされたり,新たな「資質・能力」が育まれたりし,それによって「見方・考え方」がさらに豊かなものに成長していくという双方の関係性に立ち返ってみる。1年次および2年次の研究によって,教師の「見方・考え方」への理解が深まり,子供たちも教科ならではの「見方・考え方」を働かせることができるようになってきたといえる。したがって,3年次においては,「見方・考え方」を捉えることを継続すると同時に,「見方・考え方」に呼応する形でより豊かになる「資質・能力」をえがく。

資質・能力の三つの柱のうち「知識及び技能」「思考力,判断力,表現力など」と比較すると,「学びに向かう力・人間性等」と「見方・考え方」とのつながりがやや見えづらいという課題があった。「学びに向かう力・人間性等」については,情意や態度面が深く関わると同時に,「自分の思考や行動を客観的に把握し認識する,いわゆる『メタ認知」に関わる力を含むものである。」 [文部科学省, 小学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説 総則編, 2017]ことからも,各教科で育む対象として,資質・能力の三つの柱を一体のものとして今一度つながりを深く見いだすことに留意する。

以上を踏まえ,指導案に,「本単元で育む資質・能力の重点」として,

・何を理解しているか,何ができるか(生きて働く「知識・技能」の習得)

・理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力」の育成)

・どのように社会・世界と関わり,よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養)

の三つの柱に整理して記述する。(※道徳科は,資質・能力を「道徳的心情」「道徳的判断力」「道徳的実践意欲・態度」で明確にえがく。)

「見方・考え方」については,「その教科の個別知識・技能を統合・包括する『鍵概念』」であり,「その教科ならではの認識・表現の『方法』」である [奈須正裕・江間史明・他, 2015] ことから,今年度も「見方・考え方」を以下のように捉えて指導の中で顕在化させていく。

①「その教科の個別知識・技能を統合・包括する『鍵概念』」

子供たちが未知の問題事象に対峙したとき,多くの知識をただ覚えているだけでは,関係する表面的な事柄を羅列するだけになり,問題解決に結びつけることは難しい。知識を関係のある順に並べていくのではなく,その問題解決に適したものを子供たちが選び,問題解決に適した形へとしていく必要がある。その際,子供たちが要素と要素の関係を整理し,構造化する拠り所となり,働かせるものを「教科固有の知識・技能を統合,包括する主要な概念」とする。

②「その教科ならではの認識・表現の『方法』」

学習において,子供たちが知識・価値・創造物を深化させるための方法は様々である。各教科等の取り扱う対象や領域へ,子供たちがその教科ならではのアプローチをすることによって,その教科固有の知識・価値・創造物を深化させることができる。その方法を「知識・価値・創造物を深化させる教科ならではの方法」とする。

 

4-2 未来を自ら切り拓く資質・能力に,各教科が寄与するものを今一度えがき直す

 

1年次研究の教科提案において,各教科が「未来を自ら切り拓く資質・能力」に寄与するものとは何かを「教科の本質」内にえがいている。2年間かけて「教科ならではの見方・考え方」を明らかにしてきたことで,各教科が「未来を自ら切り拓く資質・能力」に寄与するものが何であるかを,より深くえがける段階にあるといえる。教科の内容が持つ陶冶的価値,実用的価値,文化的価値等を踏まえ,10年後,20年後の不易と流行の両方を今一度えがき直すことで,それに伴って「資質・能力」や「見方・考え方」を検討し直すことにつながる。

教科の持つ役割や「見方・考え方」の中身は誰が決定するものなのか。それは学習指導要領が定めて現場が従うべき正解というものではない。本校研究においては,「見方・考え方」を働かせることが教科ならではの学びを促し,ひいては「教科ならではの資質・能力」を育むことに作用することを踏まえつつ,教師の教材研究の視点として「見方・考え方」を意識し,教科が「未来を自ら切り拓く資質・能力」に寄与するものを議論するものとして位置付ける。そうすることによって,授業づくりやカリキュラム編成も,より提案性のあるものとなっていく。

 

4-3 「真の探究」の在り方を見いだし,各教科実践の中で子供の姿として顕在化し,「真の探究」の姿を省察する

 

この2年間の研究で,もともと子供たちが行っていた探究の在り方を一から見直し,附属教員の教科の専門性を生かして,「10年・20年後に通用する資質・能力を育むための探究」を見いだすべく授業改善を繰り返した結果,未来を自ら切り拓く資質・能力が育まれるために必要な「真の探究」の在り方が見えてきた。3年次においても,引き続き各教科実践から「真の探究」を議論し,その在り方を更新していく。

研究のゴールとして,1・2年次までに見いだした,

①子供が主体となって,物事の本質を探って見極めようとする一連の知的営みであり,調整しながら繰り返し行う

 

②子供が教科の本質を踏まえて教科ならではの見方・考え方をする

③単元や題材・学年・教科の枠組みを超えた別の場面においても,子供が教科ならではの見方・考え方を働かせる

という3つの姿や,3年次に新たに見いだした姿を踏まえた「真の探究」を各教科実践の中で子供の姿として顕在化し,実践をもって各教科における真の探究の姿とはどのようなものかを省察することで初めて,「『真の探究』を明らかにすることができた」と言えるだろう。

3年次の研究について

 

4  今年度研究の方法

①昨年度までの成果に基づいて,

・各教科ならではの「見方・考え方」,およびその視点をえがく。【教科提案2「真の探究」内】

・各教科,見方・考え方の系統性を見いだす。【教科提案3

②見いだした系統性を踏まえて,

・「本単元で子供が働かせる,教科ならではの見方・考え方」および「本単元で育む資質・能力の重点」をえがく。【指導案3,4】

・「各教科が,未来を自ら切り拓く資質・能力に寄与するもの」をえがき直す。【教科提案1】

③授業参観を経た研究会で,子供の姿から見いだした「見方・考え方」と「資質・能力」とのつながりや,「真の探究の姿」を共有する。

④①~③を繰り返すなかで,未来を自ら切り拓く資質・能力が育まれるために必要な「真の探究」のよりよい在り方を議論する。

⑤実践で見られた子供の姿から,顕在化した「真の探究」の姿をまとめる。【指導案(実践集)8

⑥研究の成果として,教科の真の探究について省察しまとめる。【教科提案2】

[1] ここでは,陶冶的価値を「考え方やものの見方が身に付くという価値」,実用的価値を「内容の習得が日常生活に欠かせず,役に立つという価値」,文化的価値を「社会的有用性,歴史的意義,特徴や性質の価値」と解釈して,これらを各教科に当てはめて考えた場合,10 20年後に不易と流行があるという意味で示している。