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◆これまでの研究の概要と遷移                    
 これまで特に魚類を対象として、生物の社会システムと生息地の空間構造の関係を、おもにSCUBA潜水による行動観察の手法によって研究してきました。いわゆる、フィールド・ワーカーです。熱帯雨林などに生息する霊長類や鳥類の社会システムの研究をお手本として、水中をフィールドにしています。水中で観察することの一番の利点は、空間内を自由に動き回れることです。森の中を自由に飛び回りながら観察しているようなものです。この分野では、一般に、餌資源や配偶者をめぐる競争に注目して群れや縄張りの構造、雌雄の関係などを研究することが多いのですが、私は特に生物にとっての隠れ場所の存在形態と社会システムの関係に興味をもっています。人間の世界のように明文化された法律のようなものが存在しないのにもかかわらず、生物の世界には予想外に洗練された社会システムが成立しています。例えば、人間以外の生物では、無益な闘争を繰り返して無秩序化することもありませんし、必要以上に搾取を続けることによって資源(時間・エネルギー)を浪費することもありません。研究の目標は、攻撃的干渉の頻度を減らしたり、すみわけを促進するような生息空間の構造、すなわち隠れ場所の形態と社会システムの関係を,、フィールドでの観察から明らかにすることです。
 1985年より、イソギンチャクを隠れ場所や繁殖場所として用いるクマノミ類を、研究のモデル生物(つまり、調査対象種)としてきました。クマノミ類とはイソギンチャクとの共生関係で有名なサンゴ礁魚です。
 まず、隠れ場所(つまり、イソギンチャク)が豊富な場所(愛媛県愛南町の室手海岸)において、個体識別を施したクマノミの縄張り行動と配偶者の獲得行動を2年間追跡し、観察しました(Hattori & Yanagisawa 1991)。その後、隠れ場所が少ない場所(沖縄県本部町の瀬底島)において、同様にクマノミ類(→写真:この写真はカクレクマノミ)の社会システムと行動パターンを観察し、種内や種間で比較しました。
 その結果、隠れ場所の分布様式は予想に反して成魚の繁殖行動や配偶システムには影響していませんでしたが、縄張り行動と配偶者獲得行動のパターンには大きく影響することがわかりました(Hattori 1991, Hattori1994)。すなわち、各個体が採用する具体的な配偶者獲得戦術は、他のライバルが採用する戦術の頻度に大きく影響されるため、隠れ場所の局所的な分布様式によって戦術の頻度は決まることをゲーム理論(進化的に安定な戦略モデル, 通称ESSモデル)を用いて予測・検証しました(Hattori & Yamamura 1995)。社会システム全体の様相は隠れ場所間の移動のしやすさによって決まっていたのです。しかし、個体が採用する具体的な戦略(どのような状況でどのような戦術を採用するのかのルール)は本質的にどの個体でも同じであり、隠れ場所がどのように分布していても配偶者を獲得しやすいような戦略を採用していたのです。
 このような繁殖戦略の研究と平行して共存システムの研究も行い、全く同じ種類のイソギンチャクを利用するクマノミ類2種の共存には、不連続な隠れ場所の分布と大きさの違いが不可欠であることも明らかにできました(Hattori 1995)。これらの研究成果により、1993年3月、大阪市立大学理学部(動物社会学研究室)にて博士号(理学博士)を取得しました。
ハマクマノミ

 学位取得後は、様々な理由から、クマノミ類のテーマを中断せざるをえなかったのですが、1999年より再開しました。
 手始めに、同種のイソギンチャクを利用しながら敵対関係にあるクマノミ類2種の繁殖戦略を観察しました。大型種は攻撃行動の点からは優位に振る舞い、小型種の成長と繁殖を抑制するのに対して、小型種は自分より強いはずの大型種への敵対的行動を継続し、最終的には費用対効果により、移動能力の高い大型種は別のイソギンチャクに引っ越すことを見いだしました。一見劣位な小型種は、「待ち戦略」を用いて巧妙に隠れ場所を乗っ取っていたのです(Hattori 2000)。
 この研究を発展させ、同じ隠れ場所を利用しながら敵対するクマノミとハナビラクマノミの共存・社会システムを、メタ個体群的な空間構造に注目して解析してみました。その結果、植物生態学で著名な空間生態学の理論、すなわち「競争と分散の種間トレードオフ」の理論が全く環境の異なる海洋生物にも適用できることを明らかにできました(Hattori 2002)。すなわち、同一資源をめぐり競争関係にある場合は、一つの場所の資源を占拠できる闘争に強い「競争優位種」と、複数の場所を移動して新たな資源を発見できる移動分散に強い「移動分散優位種」であれば、同じ地域に共存できるのです。興味深いことに、一見劣位な小型種が「最終的な乗っ取り」の観点からは競争優位種と見なすことができ、一見優位な大型種が引っ越すのであるから移動分散優位種と見なすことができるわけです。闘争に弱く移動力の劣る小型種は、生息場所に執着しているように見えますが、最終的には欲しいものを手に入れています。移動力のある大型種が闘争コストを避けるために、結果的に小型種に隠れ場所を譲っており、大型種は新たな場所を開拓していることになります。
 さらに、ハマクマノミ(←写真:小林都さん撮影)を用いて、イソギンチャク密度の非常に高い場所において、優位個体による劣位個体の成長等の社会的制御について観察し(Kobayashi and Hattori 2006)、これと比較しながら、イソギンチャク密度が低い場所で、必要に迫られた場合においても、ハマクマノミが本当に隠れ場所間を移動しないのかどうかについて調べました(Hattori 2005)。その後、定説となっている「ランダムな配偶システムが雄から雌への性転換を進化させた」のかどうかについて、隠れ場所の環境収容力に注目して最適化モデルを作成し、他のクマノミ類のデータも用いて検証しました(Hattori 2012)。この研究は、日本では評価されませんでしたが、ある日突然、FrederichとParmentier博士からBiology of damselfishesという本の中でCasadevall博士と共著で研究内容を紹介してほしいとの依頼があり、スズメダイ科魚類の性転換と群れ構造というテーマでまとめることができました(Hattori and Casadevall 2016)。

 クマノミ類以外のテーマでは、1991年に、シクリッド類の適応放散で有名な東アフリカのタンガニイカ湖の岩礁にて6ヶ月間、魚類の社会システムの研究にチャレンジしました。しかし、調査開始後にフィールドのあったザイール共和国(現コンゴ共和国)でクーデターが発生し、その後約一ヶ月間、隣国ブルンジ共和国に退避せざるを得なくなりました。しかし、ブルンジ共和国でも暴動が発生。第一次世界大戦時にドイツで建造されたという「リエンバ号」でタンガニイカ湖を南下し、タンザニア経由でザンビア共和国へ移住しました。貴重な経験はできましたが、肝心の研究の方はまとめきれておりません。しかし、この年、湾岸戦争やソ連の崩壊まであり、アフリカの歴史と生活、および西洋史などを勉強することができ、人生観は大きく変わりました。

 大学院終了後の1994年より4年間、琵琶湖で潜水調査を行いました。琵琶湖に移入した外来魚の生態と生息地の構造に注目し、湖岸の地形の改変と沈水植物群落の立体構造、とブルーギルの場所利用との関係を研究しました。これまでに、急深になると生育深度の深いコカナダモが優占し、この種は在来種と異なって冬に枯れないため、水草帯を隠れ場所とするブルーギルには好適な生息地となることを明らかにしました。40年以上も前に米国より移入したブルーギルが、多様な湖岸形態を持つ琵琶湖にどのように適応しているのかも研究していましたが、外来魚駆除によってブルーギルが観察しにくくなり、その後、モーターボートの危険性や水草の刈り取り等の影響により、このテーマの研究はやめてしまいました。言い訳になりますが、モーターボートやジェットスキーの滑走は潜水浮上時には相当に恐ろしく、また、ルアーフィッシングの標的にされるのも意外と恐ろしいものです。まだ危険性の低かった時に、ブルーギルの調査とともに水草のデータを集めており、この水中植生の季節変化の観察は珍しいようでしたので、浅場の湖底の傾斜と水草植生の季節変化について研究成果を報告できました(Hattori 2004)。

 1995年に滋賀大学教育学部に赴任後は潜水調査以外の研究テーマも模索しています。これまで、琵琶湖の内湖の景観構造に着目して水域を区分し、水鳥の多様性と行動様式などの関係を学生とともに研究しました。この結果、水深数十センチメートル以下の極めて浅い水域と、特に周辺に人間が多く生息する場合、ヨシ帯などの遮蔽物が水鳥の多様性に影響していること等を明らかにできました(Hattori & Mae 2001)。

 1998年4月から、文部省の在外研究でオーストラリアのクイーンズランド大学に1年間留学し、亜熱帯河川の景観構造(河畔林や淵など自然の構造物の空間配置や微地形)と、レインボウフィッシュの場所利用を現地でのスノーケル観察により研究しました。一般に河川の魚類群集は、上流域では河畔林から供給される落下生物に依存し、中・下流域では付着藻や水草に依存しますが、レインボウフィッシュは中流域の水草帯に生息し、小型個体は表層で落下生物を、大型個体は底層の水草帯で水生生物を採餌するなど、中流域の景観構造に対応した採食戦略などが明らかになりました。特に小型個体は、日光を空中捕食者(カワセミ)の認知や体温上昇のために積極的に利用しながら水面採餌することを、モデル飛翔実験などにより確かめました(Hattori & Warburton 2003)。

 2001年3月からは、空港問題で有名な石垣島の白保サンゴ礁(←写真:黒っぽく見えるのがサンゴ群落、沖の白波までの部分がサンゴ礁)を新たなフィールドとして設定しました。サンゴ礁の微地形とイソギンチャク類の分布様式、およびそこに生息するクマノミ類の社会システムの研究をしました。現在は、高解像度航空写真(空中写真)の画像解析を応用して生息地の広域的な構造を抽出し、実際のフィールドでのクマノミ類やスズメダイ類等の分布と行動観察を重ね合わせることにより、社会システムの成立基盤を生態学的に分析しようとしています。
 
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 今後も多様な生物が生息するサンゴ礁や河川、湖など、ごく浅い水域を対象とし、生息地の空間構造と生物の共存・社会システムの関係を、フィールドワークと野外観察により明らかにしていきます。

 (2001年1月執筆、2004年2月、2013年3月改訂)

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